2017年8月15日(火) ◆津軽海峡、夏景色

こんにちは、将来は「ミスター北浜」と呼ばれるようになり、中学校の公民の教科書に載って、後世の受験生の頭を悩ませるような存在になりたい阿守です。今は、猫のひたいのような小さな店、画廊喫茶フレイムハウスを経営しております。


昨日、朝からオフィスにてアメリカ帰りの起業家の男とビジネスの話しをしていました。その男は若い好青年であり、端正な顔つきに引き締まった肉体、屈託のない笑顔という、僕にはないものを持っています。そんな彼が社会貢献にもなるイベントをしていると聞いたので、それなら是非に画廊喫茶フレイムハウスを使ってくれとお願いしました。


「もしかしたら、僕のイベントには誰も来ないかもしれないけれど、お店にとってそれがリスクにはなりませんか?」と彼は僕に訊いてくれます。


「心配ない、そもそもイベントがなくてもジリ貧なんだから、僕がお店を少しばかり自由にできるあいだは、意義あることに使いたい。それが成功した、失敗したはその後の自分が考えればいい。」とは僕。


彼はこう反応する。


「実はこういうイベントで収益が出たら、そのすべてを寄付へ回すようにします」


僕はこう返す。


「そうしよう、金っていうのは、その金を必要とする人が自由に使えるようになるべきだよ。」


「ほんと微々たる額なんで恥ずかしいんですけど…」


「微々たる額に込められた大きな理想、それで結構じゃないか」とは口にして言わず、僕は心のなかでツイートするにとどめて、彼の話しを聞いていました。


それで決まったのが8月19日(土)の夜のイベントなのですが、こちらについてはイベントの項目にてご紹介させていただきます。


8月19日のイベントのことを版画家の柿坂万作さんに伝えるため、僕は昼過ぎにはオフィスを後にしてお店に向かいました。すると、珍しいことに常連客のガルパンの男が来店しているのです。僕は太陽があがっている時間に彼を目撃するのは、初めてかも知れません。万作さんは、やっぱり何に使うのかまったくわからない物品を黙々と工作している。


その姿に僕は自身の郷土の文人である菊池寛の短編小説、「恩讐の彼方に」の主人公である市九郎を重ねてしまうのである。


《あらすじ》


豊岡生まれの版画家、柿坂万作は、主人である浅草田原町の旗本、中川三郎兵衛の愛妾であるお弓と密通し、それが三郎兵衛の知るところとなり、手討ちされそうになる。とっさに反撃に出た万作は、逆に三郎兵衛を斬ってしまう。万作は、茶屋の女中上がりのお弓にそそのかされて出奔、中川家は家事不取締に付き、お家断絶と沙汰される。


大坂の北浜で喫茶店を開いた万作とお弓は、表の顔は喫茶店の夫婦であるが、その裏で人斬り強盗を生業として暮らしていた。


江戸出奔から3年目の春、自らの罪業に恐れをなした万作は、お弓の許を離れ、美濃国大垣在の真言宗美濃僧録の寺である浄願寺で、明遍大徳の慈悲によって出家を果たし、法名を了海と名乗り、滅罪のために全国行脚の旅に出た。


享保9年(1724年)8月、赤間ヶ関、小倉を経て、豊前国に入った万作は、宇佐八幡宮に参拝し、山国川沿いにある耆闍崛山羅漢寺を目指した。樋田郷に入った万作は、難所である鎖渡しで事故によって亡くなった馬子に遭遇した。


そこで、その難所の岩場を掘削して、事故で命を落とす者を救うため、世界で初めてのワープ装置を作るという誓願を立てる。その誓願以来、万作は自身の発明のため某国のFBIなる機関から自分の命が狙われているのではないかという、妄想に悩むこととなる。


といった具合である。


…これ以上、話しを掘削しても何も出てこないので先に進むこととする。


ランチの時間が終わり、ガルパンの男は帰路につき、万作さんはお風呂へ出かけ、僕はお店でギターの練習をしていた。


通常の開店より少し早めの時間、宗教画のモデルの女が階段をのぼってやってくる。彼女はベラルーシ(首都:ミンスク)と日本のハーフなのだそうだ。実は完全な日本人だが、そのハーフっぽい顔立ちのため、いちいち説明するのが面倒くさいのでベラルーシと日本のハーフということにした。


ガタっと締まりの悪いガラス戸が開かれ、女が開口一番、こういう。


「阿守さん、お店の前で迷ってる人がおったから、一緒に連れてきたけど入ってもろてもええ?」


顔に似合わず、ベタベタの大阪弁である。


いや、そんなことはどうでもよくて、そうではなく今日一日のハプニングをもたらせてくれそうな朗報である。とにかくこの画廊喫茶フレイムハウスほど「迷ってる人」が似合う喫茶店もなかろう。道に迷う、人生に迷う、ただただ彷徨う、そのいずれもウェルカムなのがこの猫のひたいのような小さな店。


「どうぞどうぞ、入ってもらってください」


「おいでー、入ってええってよー」、宗教画の女に招き入れられて、ネギマ(自称)の女はいそいそと門扉をくぐり、フレイムハウスに初登場である。


聞くところによると僕の書いてるブログをみて、興味がわいたそうでお盆休みを利用して名古屋から来てくれたとのこと。方向音痴のために北浜までなんとか到着したはいいものの、店の所在地がわからずに北浜あたりを迷っていて、やっとのことで店の前まで到着したのだそうだ。お暑いなか遠路はるばる、ご苦労さまでした。


朝に名古屋をでて、フレイムハウスに到着するのが夕方なのだから、これは結構なグレートジャーニーである。なんでも日帰りのつもりで来ているので、名古屋へ帰るには「20時くらいの電車に乗らないといけない」とネギマの女はいう。


20時がタイムリミットか、ここでは一瞬だぞと僕は思った。


そうこうしているうちに、海賊の末裔のフリーランスライターの女、そして履歴書の女、データ出力の男、常連の不思議な女、青いカーデガンの女という具合にお客さまが続々と来店されて、取り留めのない話題で宴会となる。


宴もクライマックスを迎えようとしていた頃合いには、韓国からの旅行者(カップル)も店にやってきてオムライスと焼きそばを食べる。


「これからこのカップルのために歓迎の音楽をみんなで歌おうよ」と宗教画の女の無茶ぶりが炸裂する。僕の目の前におかれた楽譜には「津軽海峡 冬景色」と書かれていたので、そこに書かれてあるままにAm(イ短調)を弾きだす、歌いだしたのは名古屋からやってきたネギマの女であった。


あ~あ~、津軽海峡~、冬、げ~し~き~♪


ネギマの女は見事に歌い上げ、店内から拍手と歓声が飛び交った。カップルの旅行者は何度も「ありがとうございます」を繰り返して、珍妙な共同体ができあがった。


時間は夜の23時くらい。


ネギマの女は名古屋へ帰るタイミングをすっかり逃していた。

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by amori-siberiana | 2017-08-15 16:36 | 雑記 | Comments(0)


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