2017年10月07日(土) ◆北海道から広島まで、揺り籠から墓場まで。

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを助太刀しているヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


午前中、ヒゲの男は北浜のオフィスで宗教画のモデルの女と話しをしていた。話しの内容は実にくだらないもので、自分たちの知り合いで誰が一番、乙女であるかというものだった。ヒゲの男は、すぐに一人の男を思い浮かべる。20年間、恋の戦争に全敗の男である不動産デザイナーの男だ。宗教画のモデルの女は、ヒゲの男が推挙した人物の名前を聞いて爆笑して同意する。


去年、破滅的な恋を経験した不動産デザイナーの男は、それ以来、ミュージシャンのことなど解りはしないが、とにかく轟音を求めて激しい系のコンサートに通い続けてるそうである。


「なんか、こうして話してたらフレイムハウスみたいやなぁ」と、のんきな声色で宗教画の女はヒゲの男に伝える。ヒゲの男はそのことばを聞いて、昨夜の売り上げを店へ回収しに行くことを思い出したので、行くことにする。


とにかく画廊喫茶フレイムハウスの再建に着手してからというもの、朝はまあまあ早く、そして夜は猛烈に遅いので、慢性的な睡眠不足なのをなんとかしなくてはならんとヒゲの男は考える。健全な食事、しっかりとした睡眠、そして日光浴。この三つさえあれば、これ以上、自身の人間性が歪まずに済むだろうと考えているのだ。


外は雨が降っており、ランチを少し過ぎた頃合いの店に到着すると、ガランとしている。版画家の柿坂万作がアトリエからドタドタと音を立てて下りてくる。下りてくるというより、重力に従順なる信徒が落ちてくるという感じだ。


ヒゲの男は日次収支を終わらせ、上の階にある版画家のアトリエからペルシア風の絨毯を持って下り、店の中で広げて、そこで寝ることにした。外からの雨音が、「眠れ、眠れ」と囁いているようで、自然の声に忠誠を示すがごとく眠ることにしたのだ。


…。


ヒゲの男は小一時間ほど眠った。頭はすっきりとしてギターでも練習しようかという気持ちになったので、そそくさと舞台に置きっぱなしにされているギターを持って、ジャラランとはじめる。


店は万作がシャッターを開けるのと同時に、その「喫茶店」という機能を世の中に誇るが、世の中のほうはあまり相手にしてくれなさそうな一日であることは、二人のヒゲの男にはわかっていた。


万作はおでんを作り、ヒゲの男はオルガンの横にある一番奥の席に深々と腰かけて、ロシア料理のレシピのような本を読みながら、この際なのでウォッカをストレートであおる。自分が以前に所属していた詩吟の会に「シベリア」という名前をつけておきながら、このヒゲの男はロシア料理なるものを食べたことがないので、本に書かれた文面を追いながら味をイメージしていくが、ハーブや香辛料が沢山入る料理がでてくると、一気に追いかけられなくなる。


与えられた情報と、自身の経験が折り合わない場合、それを仲介してくれるのは今回の場合に限っていうと、白樺で丹念に濾過されたウォッカなのである。


常連の不思議な女がやってくる。


「万作さん、エプロンはしないんですか」と、落ち着いた声で不思議な女がいう。そういえば、ヒゲの男は万作のためにと黒色のエプロンを買ったのだが、そのエプロンが活躍しているところを見たことがない。エプロンひとつで、結構、いい値がしたのだ。


「うーん、ワシ、どうもエプロンが苦手なんですわ。ほんでから、自分でも、なんでこないにエプロンが好かんのやろかと考えたんやけど、ワシの小さいころ、近所に目の細い女の子が住んどってから、その女の子が、なんていうたかな…。うーん、ワシが…(中略)…、というわけで、エプロンがトラウマになっとるんやなと、そういうわけなんやと、自分でわかりましてん」


…。


不思議な女は何も言わず静かに雨音に耳を澄まして、その音を愛でている。ヒゲの男は奥の席で静かに読書をしている。おでんもそろそろ煮えてきた頃合いであろう。


そんな頃合い、音響屋の浩司ばいがやって来る。店に入ってくる動作がチンピラのそれと同じであるのは、今に始まったことではない。店に貸していた、音響機材の一部を取りに来たのだ。


「随分と遠くへ行かれてたようですね」


「そうやで、1500キロ車で走ったわ。でも、オレ、昔…、何年前やったかな3200キロ走ったことあんで」


「すごい距離ですね」


「バンドのツアーしとったときにな、オレ一人が運転やったからな」


「けど、パチプロしてた頃は北海道まで行ってたんでしょう」


「行っとったな。大阪で打つ台がなくなってな、最初は名古屋に行ってん。そっから札幌行って、そっから最終的に広島まで行ったわ」と、誇らしそうに自身のノスタルジーを語る浩司ばい。


我が家に帰ってくるように店に来ていたガルパンの男が口を開く。「それって、なんで北海道まで行くんですか」と。


「あ、出禁(出入り禁止)になるんですよ。ボクら攻略法知ってたんで玉を出しまくって、出した分の金は店からもろて、ほんで出禁になるいう感じですね」


「古き良き時代…」と、苦笑しながら落ち着いた声でいったのは不思議な女だ。ヒゲの男は当時はロン毛で革パンを履いていたという浩司ばいを想像する、目当ての台を置いているパチンコ屋をシラミ潰しに日本全国駆け巡っていた、文字どおりシラミのような生活をしていた浩司ばいの姿を思い浮かべると、笑いが込み上げてくる。


ギタレレの女がやってくる。どうやら、はっさくさんという人工知能からメールが届いたそうで、7日と10日の来店が無理なので今日来てくれたのだそうだ。大変、ありがたいことだとヒゲの男は頭が下がる思いである。雨の中、駆けつけてくれて店で食事を摂りながら、浩司ばいのシラミ伝説をにこやかに聴いている様は、末期の患者に慈愛を示す看護師のようであった。


夜も更けてくる。明日から演奏三昧になることであるし、ヒゲの男も今日は早めに休むかと思っていた頃、不動産デザイナーの男がやってくる。万作が女子三人に囲まれて、鼻の下を伸ばしている写真を額縁に入れて、また持ってきてくれた。そう、いつしかヒゲの男が遠目にレンブラントの絵と見間違えた写真である。


万作はこの写真を人生の絶頂地点と考えているらしく、もうどのようなことがあっても悔いはないのだそうだ。


ガルパンの男はそれが気に食わない。「どうして万作だけがこんないい思いができるんですか?僕もしたいです。僕は4人がいいです」と、素直に胸のうちを話しだす。ヒゲの男と不動産デザイナーの男、そして当事者である万作は大声で笑う。


そこから一気呵成にガルパンの男は心中を語るが、これがことごとく面白い。不動産デザイナーの男もその勢いに乗じて面白いことをいう。


「へえこらへえこらして、仕事もろてね。ほんで深夜まで仕事するでしょ、次の日にそれがひっくり返ったりするわけですよ。デザイン作るときにレイヤーで、印刷時にはわからんように、くそったれ!とか書いたりしますよ」


「ひっくり返る恐ろしさは自分も何度か経験した。僕の場合は先日まで仲が良かった顧客が消費者センターに入ったり、警察に行ったり、裁判起こしたりされてましたからね。だから、顧客の見極めのために資産調査とか現地まで足を運んでました。最終的には人なんですよね」と、ヒゲの男も自身の経験を不動産デザイナーの男に返答する。


その夜は雨が断続的に降り続いた。


万作はヒゲの男のために、味噌に砂糖を溶いたものをおでんのタレとして作ってくれた。ヒゲの男の故郷は四国という島なのだそうだ、島という言葉から想起されるほどに遠くはない。それは世界地図を見れば誰でもわかることだ。


そこではおでんを辛子ではなく、甘い味噌で食べるのだ。故郷の味、故郷の方言、故郷の友。それらを故郷で味わうより、別の場所で故郷と遭遇したときのほうが味気を感じるのはどうしてだろうか。


そして、故郷というのは、どれくらいの距離があれば「故郷」と呼べるのであろうか。こんな大切なことが辞書にも載っていないのである。


ヒゲの男の故郷から見える山はどれも低い。その景観における低さは見ているものに優しさや、ゆとりを教えてくれるものでなく、退屈を助長して、常に新しい場所を求めよと、子供だったヒゲの男に脅迫してくるのであった。



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by amori-siberiana | 2017-10-07 13:34 | 雑記 | Comments(0)


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