2017年11月14日(火) ◆いつかの出来事を忘れぬように記しておく。

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、虎視眈々と世の中を牛耳ってやろうと考えながら、その実、世の中に牛耳られているヒゲの男こと、阿守のブログです。


また雨である。権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤という言葉はすでに世間では通用しなくなっているが、とにかく雨にはウンザリさせられる。特に今の季節、雨が降った翌日などは、ぐっと気温も下がり心身ともに冷え込んでしまうのである。いつも腹加減がよろしくないヒゲの男にとっては、結構な問題となっているのだ。かといって、四季折々の変容を見せる地に生まれたことを呪いはしない。好みと自身の適応はまた別問題なのであろう。無類の蕎麦好きなのに、ある日を境に突然蕎麦アレルギーになってしまった知人がいるではないか。


ある寒い日の話しを書いておこう。店にはまったく関係のないことであるが、せっかくの機会なので書いておきたい。形にしておかなければ、それはなかったことと同じになるからだ。別になかったことでもいいのだが、教育について書いていたときに思い出したことがあるのだ。


南仏といってもやはり冬は寒い。といっても降雪するようなことはない、ただ、地中海の風は冷たく、海からの風によって海岸沿いにあるベンチはさらに冷たくなり、そこへ座るものの体温を抜き取っていく。


ヒゲの男はカンヌという町にいた。映画祭で有名なカンヌ、そこはセレブと呼ばれる人たちとイベント誘致で儲けようとする地元の権力者と、そしてそのどちらにも属することのない圧倒的多数の一般人によって成立する町だった。もちろんヒゲの男は映画祭に行ったのではなく、映画祭が開催される同じ場所で音楽の国際見本市が開かれて、そこに参加していたのだ。世界中のレコード会社、イベンター、人材派遣、広告屋など、およそ音楽に関わる職種の人間が一堂に介するイベントだ。


ヒゲの男が北浜のオフィスにいるのは、このカンヌで開催された「MIDEM」という見本市の広大な会場内の各国ブースに似ていて、そこが気に入っているのかも知れない。


ヒゲの男が収まっていたのは、もちろんのことジャパンブースである。そこで沢山の人と知り合うことになり、様々な国と地域のブースへ足を運んでは、そこにあるサンプル版のCDを持ち帰ってくるという、音楽三昧な一週間を過ごしていた。本来はここでビジネスを行うべき場所であり、そのためにJETROの人間たちが助力してくれるのだが、ヒゲの男に至ってはここへ何をしにやって来たのかあまり解っていない。ブースのあらゆるところで交渉が始まる、会場の外のカフェでもあらゆるところで接待のようなことが行われている。


完全に場違いなところへ来てしまったと、ヒゲの男は鬱屈とした気持ちになる。毎日、どこの国の誰と商談をしたかという成果報告書をJETROに提出しなければいけないのだが、何も書くことがないことを繰り返すほど苦痛で恥ずかしいものはない。そのうち会場にいるだけで強迫観念が芽生えてきて、とうとうヒゲの男は会場から逃げ出してしまう。


会場は海に面していてすぐ隣にはヨットハーバーがある、ヨットハーバーに併設されている多数のカフェもMIDEM関係者で埋め尽くされている。MIDEM関係者は首から社員証のようなものをぶら下げており、すぐそれと解るのだ。ヒゲの男は自分の首から社員証を剝ぎとり、そのまま海とは反対側の北へ向かう。北へ向かったカフェもMIDEM関係者ばかりで、それを避けるように市街地の奥へ入って行くと、そのうち下町のようなところへ出る。腹も減ってきたので、一人で下町のカフェに入り食事を摂る。その日の食事はそれを摂取するものの心的作用が大きく影響して、砂を噛むような味であった。


そのまま会場には戻らずにバスに乗って宿に帰る。なんらかのイベントがある時期のカンヌのホテルなどは恐ろしいほど高額になっており、そして予約も取れないのでヒゲの男の宿というのは町の郊外にあるのだ。


宿に帰ってベッドに横たわり何をするでもなくボンヤリしている。多分、眠っていたのかも知れない。すると電話が鳴る、ジャパンブースで知り合った男からであった。


「阿守君、会場にいないけれど、どうしたのか?」と電話の向こうから問いかけがあった。


「すいません、ちょっと体調を崩したので宿に戻っています」とヒゲの男は適当なことをいってその場をとりつくろう。


「今日はもうこっち(会場)に戻って来ない?」とその男はヒゲの男へいう。


「そうですね、今日はもう戻らないと思います」とヒゲの男は返答する。


「そうか、残念だな。実はね、阿守君と話しがしたいという外国人の女性がジャパンブースの受付に来ていたんだけれど、今は不在にしてるということで残念がってたんだよ」


ヒゲの男は自分のスケジュール帳を見るが、そのようなアポイントは入っていない。それどころかヒゲの男のスケジュール帳などは真っ白で何もないのだ。「一体、誰だろう?」とヒゲの男はイタチに化かされた気になる。そんなヒゲの男の考えなど知らぬ電話の男はさらに言葉を紡ぐ。


「それにしても美人だったな。あんな美人と商談できるなんて、羨ましいよ」と。


ヒゲの男は「今からすぐ会場へ戻ります!」と返答して、ベッド脇に放り投げていた鞄を持ちバス停へ走ることとなった。電話の向こうではヒゲの男のその返答に苦笑いが返ってきていた。


会場に戻って受付の女に自分を訊ねて女性が来なかった?と訊くと、来たような来てないようなとよくわからない反応をする。今になって思うのだが、多分、これは受付の女やここで知り合った男たちのワナだったのであろう。なんと人騒がせで迷惑千万、さらに付け加えるなら、とてつもなくありがたいワナであった。ヒゲの男の一日はここから激変するのである。宿に籠ったままでは経験できなかったであろう、出来事が連鎖的に起きる。


戻ってきたはいいが、尋ね人もいなくなったヒゲの男はジャパンブースにて大音量で自身のバンドの音楽が流れていることに気づく。ふと見ると、大画面にシベリアンなんちゃらのライブ映像が流れている、これはどういうことなのか?とヒゲの男は受付のフランス女に訊くと、今の日本のイチオシを流せと上司からいわれたので、これをかけているのだとのことだ。ヒゲの男は照れ臭いが、その照れ臭さは感謝の裏返しである。感謝をそのまま抱擁やリアクションで表現できるほど、ヒゲの男の文化は成熟していないのである。それもことさら西洋人と比べると、自分はどうしてここまでシャイなのかと恥じてしまうほどだが、なるほどこれでも当人は感情溢れる男だと自負しているのである。


とくに何もすることなくジャパンブースにいると、一人の男が声を掛けてくる。やたら肌を焼いているような男だ、この男は大手レコード会社の男でヒゲの男にむけて「一緒に近くでやってるジャパンナイトに行かないか」と誘う。ジャパンナイトというのは、MIDEMの来場者に向けての日本を知ってもらおうとするコンペのようなものだ。その日の出演者は小野なんとかというボサノバの女である、日本なのにボサノバ?と斜に見てしまうヒゲの男はどちらかというと考え方が古いのかも知れない。


会場はケバケバしくライトアップされてトランシルバニア地方の妖館みたくなったホテルである。ヒゲの知人の作曲家はこのライトアップの感想をヒゲの男に問われて、「ああ、欲しい!もっと欲しい!…という感覚だな」と的を得た評価を与えていた。


イベントが終わったあと、肌を焼いた男に連れられて飲みに出かける。さすがは大手レコード会社の男である、あちらこちらから外国人が挨拶に来たり、サンプルを渡されたりしている。これほどのサンプル版をどうやって持ち帰るのかとヒゲの男は肌を焼いた男に訊ねる、「捨てて帰るしかないね、もったいないけど」という。確かにそれ以外に方法はなさそうである。


この大手レコード会社の男は後日、ヒゲの男のバンドを見るように自身の社内の人間に伝えた。その使命を受けたレコード会社の女が心斎橋にあったクアトロという会場にやってきたが、ヒゲの男のバンドを結構凹むくらいに、辛辣に酷評した報告書を提出していた。ところが、世の中には妙な縁があるものだ。さらに後年、ヒゲの男のバンドが他社でCDリリースをすることになったとき、テレビやラジオや雑誌などの媒体、さらにはレコードショップなどへの挨拶まわりなどをしてくれたのは、その酷評した彼女であったのだ。


本人は以前に自分が酷評したバンドとは覚えていなかったようで、一緒にキャンペーン回りをしながら、あのときは散々メタクソに書いてくれて感謝しているとヒゲの男は笑いながら本人に伝えた。「だって、本当にいいと思わなかったから、そう書いたんだと思います」と彼女も笑いながら返答する。


このクアトロでのライブの日で何を演奏したのか思い出すことはできないが、ひとつ覚えているのは当日、ヒゲの男がシベリアンなんちゃらというバンドの前にやっていたバンドでディレクターをしていた、また別の大手レコード会社の男が来ていたことである。前のバンドについてはヒゲの男の一身上の都合によって空中分解したところが多大であるので、ヒゲの男は妙に落ち着かなかったことが記憶にある。人とは一度別れたとしても、ひょんなところで思わず出くわすものである。それは本人たちの都合でというよりも、偶然の作用が大きいようである。


文章が長くなったが、実はまだ本題には入っていない。「教育」について思い出したことがあり書き出したのであるが、そこへ辿り着く前に疲れたので、またの機会にする。


カンヌでワインをたらふく飲んだあと、酩酊したヒゲの男は深夜バスが来るのをバス停で待つことになる。深夜なのでバス停には誰もいない、単身、寒さに震えながらそこでバスの来る時間を待っていると、一人の男がやってくる。ヨーロッパでもない、アフリカでもない中東でもない、そういった顔をしている男。防寒も兼ねているのだろうレインコートを羽織っており、ヒゲの男と一緒にバスを待つ。


その男はヒゲの男に「お前はMIDEMの関係者なのか?」と問う。ヒゲの男は「そういうことになっている」と答えて、MIDEMの入館証明書をその男に見せる。その男はヒゲの男の顔写真と名前が入った証明書を見て、ニッコリ笑いながらこういう。


「私と同じ名前だな」と。


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by amori-siberiana | 2017-11-14 13:33 | 雑記 | Comments(0)


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