こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにいる阿守です。


毎日、毎日のように「暑い」を口にしていたのがウソのように、朝から涼しい風が通勤ラッシュの人々の間を吹き抜けてゆく、証券取引所のある町。天狗の鼻のようにそびえたつタワーマンションもあれば、そろそろ時代的にも法律的にも限界だろうという具合の平べったい木造家もある。


各戸が各戸なりの思惑をもったまま、秋の到来を迎えようとしている。


このブログを書いている、ある方面の人たちから総帥と呼ばれるヒゲの男も、そんな景色のなかの一部分となり、なんとなく寝食して、なんとなく今日を生きているのである。


このヒゲの男が「総帥」と呼ばれる所以は何か?


この御大層な呼び名を取り立てて本人自ら所望したわけではないが、この男は遥か昔に音楽家であったそうだ。それが本当なのかウソなのかはわからない、ただ、今でもギターなる楽器を飲酒して気分がよくなると、よせばいいのに店の客の前でチラホラ弾くこともある。それで喝采があれば、もう一曲くらい弾こうとなる、さらに喝采があれば、喝采がなくなるまで弾いてしまう。そして手を痛める、ということを長らく繰り返している。


とにかく総帥と呼ばれることと、音楽は関係しているのであろう。


昨日、ヒゲの男は、朝に北浜のオフィスへ出社して、昼過ぎに会社の受付嬢に「ちょっと、遊んでくる」と言い残し、画廊喫茶フレイムハウスへ足を運んだ。


阿守がドンドンと冥府へ通じるような細い階段をあがると、その足音に気づいたであろう別の足音が、さらに上の階からドスドスと音を鳴らして落ちてくる。


ドンドンとドスドスはお互いの中間地点である二階で合流する。


ドスドスの足音を立てて降りてきたのは、版画家の柿坂万作であった。


昼をとうに過ぎていたということもあり、店内にお客はいなかった。これを好機と考えた阿守はおもむろに店の壁画の前に無造作に置かれているギターを取り出して、弾きだす。


「万作さん、そろそろ自分の演奏も近いのでギターの練習してても構いませんかね?」


「そら、お好きなようにされたらよろしいですわ。ワシ、上で洗濯しとりますよって」


若い頃とは違う。練習をしておかないと、下手になるとか感覚を忘れるのようなものではなく、体の筋というか腱というのか、そういう強い意志とか心の持ちようだけではどうにもならないものが動かなくなることを阿守はここ最近、感じているのだ。


自分のCDをかけて、自分で演奏する。なんだか急に眠くなってくる。それでも頑張る、やっぱり眠くなる。


ちなみに新しいペルシャ柄のカーペットを二枚ほど上のアトリエから持ってきて敷いてみる、ギターを置いて「亡命ロシア料理」という本をペラペラとめくってみる。


「これはなかなか秀逸な本だな」と一人で感心して、カーペットの上にごろりと寝転がり、そのまま、だらしなく寝てしまう。ハッと気がついて目を覚ますと、もう開店時間の半刻前になっていた。


今日は平日なので客がくるとしても、遅くの時間からになるであろう。そう考えたヒゲの男は午睡の前にしていた練習の続きをやる。ガラガラガラズドーン!と勢いのある音を立てて、万作がシャッターを開ける。


ヒゲの男の予想に反して、開店早々いきなり洒落た名前の女がやってくる。


「練習の途中なのだ、目の前ですまないけど、練習をやり切ってもいいか?」と、ヒゲの男は洒落た名前の女に問うてみる。


「どうぞ、気にせずお構いなく。あっ、万作さん、なんか食べるものありますか?」と、洒落た名前の女はいたってマイペースである。


ヒゲの男は総帥を目指してひたすら練習をする、洒落た名前の女はオムライスをひたすら食べる。そろそろ切り上げようかという頃合いを見計らうかのように、洒落た女が拍手をする。それならもう少し弾いてみようかと気を良くしたヒゲの男は、練習を続ける。


結局、一時間ほど、そのやりとりが続いた。


ヒゲの男はギターを置いて、今さらながら寝起きの温かいコーヒーを万作に注文する。ガリガリと猛烈な勢いでコーヒーの豆を挽き、ドリップ方式で丁寧に淹れられるコーヒーはその香りによって、なんらかの達成感を彷彿とさせてくれる。


おもむろに洒落た女が大きめの茶封筒を差し出してくる。


「これは…、何?」


「私の書いた絵本です」


「へえ…」


手渡された絵本をみてみると、確かに「文」のところに洒落た名前の女が記載されてある。読んでみるとこれが見事な出来映えであった。


絵本に描かれていた、宇宙の果てと、海の底を奏でる音を想像してみる。


万作にも絵本を渡す、万作は「うーん、うーん」と唸りながら、ここのこういうところが、こうやったらよかったのになぁと、自分なりの理想を洒落た名前の女に伝える。二人はそこから絵本作家の話しとなり、大いに盛り上がっていた。


そんな折、カピバラの魔女と、前世はスペインのジプシーだった女が店にやってくる。


二人とも音楽家で、ヒゲの男とは旧知であり、以前、どこか遠くの東欧のチョコレート売りを主題とした音楽を作っていたそうである。とにかく、この二人は喋りだすと止まらない。カピバラの魔女は「アハハハ」と蠱惑的に笑い、ジプシーの女は「ガハハハ」と豪快に笑う。


アハハハ!


ガハハハ!


アハハハ!


ガハハハ!


店の中には、その二つの笑い声が呪術における重大な祈祷のように鳴り響いていた。


それに続いて、常連の不思議な女、常連のガルパンの男がやって来て、一番奥の席に尻を落ち着ける。


そうだ、せっかく不思議な女が来たのだから、「架空読書感想会のリハーサルをしてみませんか」とヒゲの男は洒落た名前の女に振ってみる。


「感銘を受けた本があるんです。タイトルは地球殺人事件というものです。でも、誰一人、殺されないんですよね」


そこから、地球殺人事件についての読書感想が進むが、ネタがあまり出ないので、タイミングのいいときに洒落た名前の女が、不思議な女にこう尋ねる。


「なにか、最近お読みになられましたか?」


不思議な女は落ち着いた声で、こう答える。


「ええ、亀の甲羅を読みました」


「待ってください!亀の甲羅といえば僕でしょう!その本は随分と読みこんだのですから!」と、ヒゲの男も入ってくる。


架空図書、亀の甲羅について話しを進めていく。先ほどの地球殺人事件よりは面白い内容になってくる。次は不思議な女が、洒落た名前の女に尋ねる。


「なにか、最近、お読みになられました?」


洒落た名前の女は、天井を見上げながら、こういう。


「もしも犬に絵を描かせたら、を読みました」


「主人公の六郎さんが、生活保護を受給する描写に数ページをこと細かく割いていて、とても痛々しかったです」と、ヒゲの男はもちろん乗っかる。


「でもさ、あの犬が尻尾をつかって絵を仕上げる描写は秀逸なのよね。ほら、あの三人組の名前、なんて言ったっけ?」と、思いっきり適当なことをいうのは不思議な女。


「ああ、武藤さんと小林のいっちゃんのことですね。六郎さんとその二人で、ザ・トライアングルというグループだったはずです」と、ヒゲもやり返す。


「河川敷でホームレスをしながら、それでもそういうのを暗く感じさせないのは、作家さんの巧みな技量だと感じました」とは、洒落た名前の女。


架空読書感想会のすぐ隣では、やっぱり、アハハハとガハハハが応酬されている。こんな混沌とした地獄の集会所のような中でも、澄ました顔してビールを飲める安定のガルパン男。


ガゴッ。


締まりの悪い地獄の集会所のガラス戸が開く。やってきたのは最近ヒゲを剃った男と、男に連れられてきた、いちげんさんのマティスの女だ。


マティスの女は絵を描く、その色彩の使い方たるや、鑑賞者にとんでもないインパクトを残すものである。


「今日は何か楽器を持ってきてないの?」と、ヒゲの男はガハハハの方に訊いてみる。


「えーと、小さめの笛なら、持ってきてるかな?あるかな?ないかな?あるかな?ガハハハ」と返事が戻ってくる。


前世がスパニッシュ・ジプシーだった女はリュックサックからアイリッシュ音楽で多用される笛を取り出す。


ヒゲの男もギターを構え、コードの確認をして、そこからなんとも陽気な演奏がはじまる。アハハハの女も歌声を入れてくる。サラッと演奏は終わり、拍手喝采をいただく。


「そうなんよ、ここ(店)、いきなり(音楽の演奏が)始まるねん…。そっからは目が釘付けになってしまうねん。最初に俺が来たときもそうだった」と、店の説明をマティスの女にしてくれるのは、最近ヒゲを剃った男。


そのあと、フレイムハウスのテーマ曲(頌歌)をコラール風に演奏したり、アハハハとガハハハとマティスが前世占いの話しや、恋の裏切り話しで盛り上がってるところへギターを持っていき、アハハハの女が激しい呪いのような曲を弾き語ってくれる。ガハハハの女にもギターを持っていくと、柔らかい呪いのような曲を弾き語ってくれる。


「私は一言もしゃべらない」と来店前に宣言していたというマティスの女は、いつの間にか前言撤回の模様。これまで貯金していたことばを使い果たすかのように、見事なまでのことばの散財のしかただった。


洒落た名前の女は21時には帰路につかないと、タクシーになると言っていたが、気がつくと時刻は22時半を過ぎていた。


そういえば、洒落た名前の女は、小惑星探査機「はやぶさ」が好きだと語っていた。是非、星師匠と遭遇させてみたいものだ。「はやぶさ」が夜空に火花を散らし、果てていく様をプラネタリウムで見て、ヒゲの男と星師匠、そして隣の名前も知らないおっさんは号泣していた。


誰しも、いつかは果てるのだとしたら、思いっきり泣いたり笑ったりしておかないと、大損だ。


「あの人ら、プロですね。はあぁ…、発声の仕方が全然違うんで、ワシ、すぐわかりましたわ」と、誇らしそうに感想を漏らすのは、北浜のスティーブ・ジョブスこと版画家の柿坂万作であった。


どこのどのへんがスティーブ・ジョブスなのかは、誰も知らない。


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by amori-siberiana | 2017-08-31 12:27 | 雑記 | Comments(2)


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