こんにちは、株式仲買人の繁栄と没落の雰囲気を色濃くのこす町、北浜にて猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスの阿守です。


昨日、ヒゲの男はいつものように北浜のオフィスにて、なんだかよくわからない仕事をしたあと、ランチ営業中であろう画廊喫茶フレイムハウスへ足を運んだ。


容赦も躊躇もなくカーペットの敷かれた階段をのぼり、店内に入ってみると、妖精の女がコーヒーを飲んでいた。常連の不思議な女から「彼女は妖精よ」と銘打たれたこの女は、どうやら版画家の柿坂万作が腕をふるった料理のファンなのだとか。


妖精の女が今、階段を上がってきたばかりのヒゲの男にむけて、このように言ってくる。


「阿守さん、今日はマグロの漬け丼が食べられるそうですよ」


その日、昼食は摂らなくてもいいだろうと考えていたヒゲの男も、マグロの漬け丼ということばを聞いて、口のなかにワサビ醤油の風味、そしてマグロの優しい食感が疑似再生される。


「万作さん、漬け丼って僕の分もできますか?」と、ヒゲの男は版画家に問う。


「うーん、ちょっとさっき出したんとは部位は違うんですけど、そのへんに問題がないんやったら作れますよ」と版画家の男は、やたらと丁寧に教えてくれる。


ヒゲの男はマグロの漬け丼を頼んだ。食欲がなかったヒゲであったが、そんな主張は何らの信ぴょう性もなかったかといわんばかりに、一気に胃の中へ、白米とマグロをかき込んだ。


「以前は、ビンチョウマグロは安いのに、ええ部分とそうやない部分が一緒くたになっとったんですわ。ワシ、それを見つけたとき、うおおおっ!これは?と思うて喜んどったんですけど、最近はちゃんと部位によって値段を変えるようになりましてな。売り手もそのへんのことがわかる奴が出てきたんちゃうかなぁと、思っとったんですわ」


ワサビのかたまりにむせながら、ヒゲの男は版画家の話しを聞く。


「ところが、今日行ってみたら、うおおっ!?これは久しぶりにあたりとちゃうやろか?いうのんがありましてな、あれぇ?これでこの値段は…(中略)、というわけですねん」


と、いうわけですねん。


さて、夜になり店へ訪れてきたのは、吟遊詩人の女。


先日、給料日前で900円しか持っておらず、アイスコーヒーの中身が分離するまで時間をかけて大切に飲んでいたが、ヒゲの男の「ちょっと歌ってみてくれませんか」の一言で、素晴らしい歌声を披露して、「あっぱれ!」の喝采とともに一杯の酒とピザを数切れ、みんなからプレゼントされた女である。


「あっぱれ」の割には手に入れたアイテムが少ないと思われるだろうか?残念ながら、そんなに店内に人がいなかったので、それは仕方がないのである。もしも、何千人と聴取がいたならば、吟遊詩人の女は新車のレクサスを手に入れていたかも知れない。そのレクサスのハンドルを手のひらで回すという愚挙に出たかも知れない。


案外、数の力は偉大なのだ。


万作は全身に鳥肌がたち、普段、滅多に視線をスマホから離そうとしないガルパンの男は、彼女の歌に聴き入って「阿守さん、すぐにライブしてもらいましょ」と、珍しいことを言う。歌の力は偉大なりだ。


すると、常連の不思議な女がやってくる。常々、この不思議な女は「吟遊詩人の女と会いたい」といっていたので、ようやく念願が叶ったというところだろう。早速、出会って初日に二人は意気投合していた。そして安定のガルパンの男もいつの間にか来店。そのあとグラフィックデザイナーの男も来店。起業を目指す上仲くんと知人のいちげんさんの女もやって来る。メンツは整った。


「賽(サイ)は投げられた」と、カエサルは言ったそうだ。


早速ではあるが、吟遊詩人の女に「カントリーロード」を歌ってもらう。もしかしたら記憶補正していた部分があるかも知れない、皆が期待する。


まったく見事!素晴らしい歌であった。


上仲がジタバタと驚きながらいう。


「うわっ!ヤバいです!ヤバいです!デビューしましょうよ!YouTubeにあげましょうよ!阿守さん、これはヤバいですよ」


さすがは誠実で愚かなほどにストレートな男である。その発想たるや、雨が降れば傘をさし、暑くなればクーラーのスイッチを入れましょうよ。と言ってるのと同じである。彼の実直さは敬愛に値するものであるが、あまりに直球勝負ばかりなので、バッターからすると何がくるのか予想できてしまうのだ。しかし、ヒゲの男や周囲のひねくれた先輩たちは、そういう彼の滑稽さが可愛らしくもある。捨て置けない存在なのだ。


なぜなら、社会で生きていくには、デッドボールも有効手段だということが身に染みてわかっているからだ。そして三振をいくつとったではなく、ゲームセットまでに相手するであろう、最低27人のバッターに対して、合計27球で終わらせられることを考えているからだ。


ガゴッという音が聞こえる、締まりの悪いガラス戸が開放される。


来店者の顔は見えずとも、その挙動と視線で誰が来たのか、すぐにわかる。ハイタッチの男こと冷泉と、スーツケースの男の来店だ。


スーツケースの男は常に日本中を飛び回っているような印象がある。今日は名古屋からの帰りで、すぐ東京へ行き、その後に高知へ行くとのこと。仕事で全国を回るのと、遊びで全国を回るのとでは、それこそ気持ちが全然違うものだ。


つまり、人間というのは気分の生き物なのだ。この気分ひとつで自分の人生を花開かせたり、崩壊させたりする。生きるということは、常にどの選択肢を選ぶかという主観と、外因との偶発的必然性の連続である。この「気」というものは、取り扱うのがとても難しい。どれだけ崇高な「気」をもっていたところで、質屋で値段はつかないのだ。


逆にいえば、どれだけ悪辣で愚かなる「気」を持っていたところで、今の時代では取り締まることができないのである。


人はなんとか自分の「気」を表現しようと躍起になる。使えるものならなんでも使う。ところが不思議なことに、自分の「気」のすべてが目に見えるかたちで棚に並べられるとしたら、みんなが間違いなくそうされることを断るであろう。


冷泉とスーツケースの男は奥のテーブルに収まる。


吟遊詩人の女が歌う、カントリーロードが絶品であるとヒゲの男がいう。冷泉はブログで彼女の存在を知っており、「聴きたい、聴きたい」という。


吟遊詩人の女はカントリーロードを歌う。


冷泉は右手に電子タバコをもったまま、阿呆のように口をぽかんとあけ「ヤバいですね」と一言、スーツケースの男は凄いものを見たという丸い目をする。拍手喝采がまた起きた。斥候の男もやってきて、そこからは店内のあらゆるところから歌が聴こえてくることとなった。


吟遊詩人の女がヒゲの男にこういう。


「お店のなかでの話題が、ビジネス主流なのが、北浜らしいですね」


ヒゲの男は画廊喫茶フレイムハウスをロイズ保険組合を生んだ、カフェ「ロイズ」のようにしたいと常々考えている。


錬金術と人の繋がりこそという実業家と、夢想を持ち抱える芸術家が気兼ねなく共存できる場所、一般人のふりした変人と、変人のふりした一般人とが共有できる場所。巧みな文化というものは、いつも互いを認め合い迎合融合することによって成立したものだ。


相互の成熟した部分を拝借することで、新しいものは生まれてくるはずなのだ。


ビールにトマトジュースを加えるだけで、トマトビールジュースにはならず、「レッドアイ」という新しい名前になる。


だからといって、宇宙のどこか知らないところからやってきたマテリアルなど、ひとつもなく、あったものを巧く使っただけなのだ。


「画廊喫茶フレイムハウス」


その名前では収まりきらないような人が毎日やってくる。そろそろ、この名前とも、タイム・トゥ・セイ・グッバイだ。


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by amori-siberiana | 2017-09-05 11:52 | 雑記 | Comments(0)

こんばんは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスをどうにかしようとする阿守です。どうにもならなさそうなら、さっさと撤退するところでしたが、どうにかなりそうな感じになってきました。恐ろしいものです。多分、このお店に来られる人たちが、地軸をどうにかしているのではないでしょうか。


さて、日曜日の話し。


その日は完全にオフ日だと決め込んだヒゲの男は、昼間は金勘定のために店へ行く。店というのは言わずと知れた、画廊喫茶フレイムハウス。二階は喫茶店で、三階は版画家の柿坂万作のアトリエ兼住居である。


先月末に家賃(9月末まで)を払えたことで胸をなでおろしたヒゲは、万作にこう問いかける。


「万作さん、野暮なことをお聞きしますけれど、ご自身の給料はどれくらい残っていますか?」


今の画廊喫茶フレイムハウスの経営についてだが、給与は毎月の決められた日、ヒゲの男が万作へ払っているという状態。といっても高給なんてものは渡せるわけがない、人間が人間らしい生活を送るにギリギリか、ギリギリちょっと届かないくらいの給与ではある。だが、これまでのように赤字を出すことは一切なくなった。


「うーん、ええと、阿守さん、よう今のタイミングで聞いてくれはりました」と版画家の口角は多少なりとも上がる。


「つまり、財布にお金がないということなんですね」


「ええと、ちょっとは…、あるん違うかな。いや、そないいうても2000円くらいのもんですよ。ワシもどないしよかなぁと思っとったんです」


「わかりました、前倒しにしてお渡ししますね」


ヒゲの男はそういって、版画家に給料を一週間ほど先に渡す。どうせ、来月も一週間ほど先に渡すことになるだろうことは、火を見るより明らかであろうことはヒゲの男もなんとなく予感している。


万作は急に冗舌となり、いろんなことを話しかけてくるがヒゲは帳簿とにらみ合って何やら考えごとをしているので、版画家の口から流れでるトピックは左から右へと流れて、ただ、テンポのよいところで「うん」とか「すん」とかの相槌を打つに留まる。


画廊喫茶フレイムハウスに関わって、およそ二か月が過ぎようとしている。傾きかけていた看板は平衡感覚を取り戻して立ち直り、版画家が随分と滞納していたものや、借金もなくなった。さらには版画家には毎月の給与が払えるようになった。


ところがだ、ヒゲの男はここまで全くの無給である。


ただ、お金では手に入らなかろうものを、この二か月で手にすることができた。それはヒゲの男がもっとも欲していたものなのかも知れない。枯れに枯れていた感覚だったのかも知れない。忘れていた感覚を取り戻したとき、ヒゲの男のカチカチに固まっていた心は、水を吸い取って膨らむスポンジのような弾力を得た。


その、どちらか選べといわれてもな…、難しい選択だ。


ヒゲの男がそんなことを考えていると、星師匠が店にやってきて、店中の掃除をしてくれた。金のことを考えてもキリがないやと、ヒゲの男はギター片手に「6666 556」、「5565 656」、「5655 555」、「5656 555 3」と数えている。万作はアトリエで例のものを製作中。


その夜、テリーから連絡があった。


東梅田にいるので、北浜まで来るとのこと。このテリーというのは、ヒゲの男が音楽家だった時代、ヒゲに関連するイベントの舞台監督や照明を取り仕切っていた男である。つまりは、ヒゲの男の頭のなかを良く知った男。


今日は店に行かないでおこうと決めていたヒゲの男も、テリーが来るのであれば無下にもできず、渋々、店に行くことにする。


店には先客がいたが、入れ替わるように退店する。なんでも自転車で尼崎まで帰るのだそうだ、なかなか骨の折れることで大変でしょうと同情すると、そんなことはない秋の夜風は気持ちのいいものだと返答してくる。なるほど、確かに涼しい風が店のなかを駆け抜ける。


店に先にいたガルパンの男とテリーと僕。


三人で、ひとつの趣向をはじめた。


「自分にとっては感動的だが、他人の心にはまったく響かない音楽を聴く会」である。


内容を書いてもダラダラするだけなので割愛させていただくが、ガルパンの男は強かった。この道ではキング・オブ・キングスではなかろうか、風格すら漂わせる。


それほど、他人が聴いてもピンと来ない曲をよく知ってるし、さらには度し難いことに、そういった曲を愛せる男なのだ。ガルパンの男、おそるべし。


そういえば、今日、9月5日。版画家の柿坂万作が画廊喫茶フレイムハウスを前のオーナーから引き継いで、6周年だか7周年だかを迎えることとなった。


やっと、第一段階を越えることができたかと、無事でなによりだったことに感謝する。


みなさま、今後とも宜しくお願いいたします。









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by amori-siberiana | 2017-09-05 01:24 | 雑記 | Comments(0)


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