こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さい店。画廊喫茶フレイムハウスにて漂流する阿守です。自らの意志なきペットボトルでも、漂流すれば海の反対側へ到達することもあります。目指せ、堀江健一。


さて、昨日のこと。


雨が降ったり止んだりと安定しない曇天模様のなか、画廊喫茶フレイムハウスの中では版画家の柿坂万作と、総帥と呼ばれるヒゲの男がなにやら話し込んでいる。他人の話しを聞くのは、野暮なことではあるが、この際だから聞いてみるのもいいだろう。


「万作さん、19日のイベントなんですけれど、お客さんも結構来られるので食事は出せないことにしてもいいですか」


「ああ、そら構いませんけど、それやったら…、前の土屋さんときみたいに、おにぎりでも握りましょか」


「そうしましょう、よろしくお願いします。それと、その日はテーブルも撤去しようと考えているので、ジンジャーエールとかコーラなどのソフトドリンクをお渡しするとき、グラスが必要だよという人だけに、別途のグラスをお渡しするのはどうでしょうか?」


「うーん、どういうことやろか?」


「つまり、ソフトドリンクの瓶とグラスの二つを渡されても、置くところがないからということです」


「ふうん…」


来るべき日に備えて、二人は、ああでもないこうでもないと話し合いをしている。一応、話し合いのメドはついたようなので、ヒゲの男は店をでて、近くの青山ビルのギャラリー「遊気Q」へ向かう。毎週、火曜日はそこに占い師がいるのだ。たまに…、いないときもあるそうだ。


ヒゲの男はツタが絡まるスパニッシュ建築のビルに入っていく、赤紫の印象的な羽織をまとったギャラリー・オーナーの女と、黒を基調にした格好の占い師の女が、テーブルを挟んで斜めに向かい合って椅子に座る。


ヒゲの男は、画廊喫茶フレイムハウスへ立ち寄るよる前に、青山ビルへ入ってみて、占い師はいるかどうかを確認しに来ていたのだ。そのとき、占い師はいなかったがどうやら北浜まで出向いてくれた模様。


「あなたのブログを読んでね、今日あたり来るんじゃないかと思ってたんですよ。まあ、大変にご苦労されていらっしゃるんですね」とギャラリーの女は品のいい声でいう。


「苦労しかないので、いつしかその苦労すら感じなくなってきましたがね」とヒゲの男は自嘲しながら占い専用のテーブルに移動する。


「それでは、阿守さんのお名前(フルネーム)と生年月日をここに書いてください」と占い師の女はヒゲの男に紙を差し出す。


その出された紙にヒゲの男は「阿守孝夫」と書き込む。


占い師の女は「阿守孝夫」と書かれた紙をメガネ越しに凝視しながら、口を開こうとする。早くもお告げがやってくるのかと、ヒゲの男は心構えをする。


「阿守さん…、達筆でいらっしゃるのね」


ありがとうございます、とヒゲの男は答えて、続きの自分の生年月日を占い師に伝えてみる。


「何時ごろにお生まれになられたかわかりますか?」


「えっ?時間ですか?自分のことなんですけど…、何時ころに生まれたのか記憶にないもので…、時間によって違いますか?」


「午前なのか、午後なのかによって違うのです」


お分かりの人もいるだろうが、ヒゲの男がやるのは四柱推命である。ヒゲの男は困った顔をするが、思い出そうにも自己の未生以前から、この世界に登場した幕開けの瞬間など思い出せるわけもなく、そのとき、もう一人の当事者であったであろう母親に連絡をする。

「もしもし、孝夫ですけれど。お母さん、僕が生まれたのは何時くらいでしたか?」と随分と前略して、本題を母親に突きつける。


「急になにをいよんかと思たら…、そなんなぁ、40年も昔のこと覚えとらへんがな!」と電話の向こうには快活な歯切れよい初老の女の声がする。


「今、占い師さんのところに来てて、何時ころに生まれたかが重要だといわれてる」


「おう、おう、占うてもろたらええんじゃが。なにからなにまで見てもろたらええきんな、いつんなったら春がくるんか見てもらえ、見てもらえ」


「いや、それで僕が生まれたのは午前なのか、はたまた午後なのかどっち?」


「どうやったかな…。朝か…」


「朝だったら、午前だね」


「いや、朝やったら先生(医者)が来んきん…。昼か…」


「だったら、正午かな」


「昼ではなかったな…、夜か…」


「午後ってこと?」


「多分なぁ…、朝か、昼か、夜…、やったような気がするわ…」


「…多分じゃなくて、絶対そのうちのどれかだと思うよ。世界中の誰もがその範囲内で生まれてると思う。お母さん、確実に正解に近づいて来てる、もう少し頑張ろう」


「知らん、知らん、自分で思い出せ!」と電話の向こうの初老の女は電話をぶった切る。これでは禅問答である。


世の中、誰しも母親がいるはずであり、誰しも自分が生まれた瞬間のことなど思い出せないものであるが、自分がここにいるということは、必ず、他人の力を借りて生きてきたということである。感謝することは大切なこと。ヒゲの男の母親は、陣痛がひどくなってきても産道が開かずに、最終的に腹を切り開くこととなったのだ。


「忘れたみたいなので、午前でお願いします」とヒゲの男も早速、適当に開き直る。


わかりましたと占い師はいいながら、何やら怪しげな書物を片手に、怪しげな数字を羅列していく。


「これは…、特殊ですね。阿守さん、あなたを構成しているのは全てが『陰』です」と神妙な顔つきになった占い師はいいだす。


「陰…?」とヒゲの男は釈然としない様子。


「非常に美しいです。とても厳しく、そして美しいです。雪が一面に降り積もる景色、そこに燈籠があります。凛とした椿(ツバキ)の花がひとつ咲いています。それがあなたです」と占い師はイメージを伝えてくれる。


「まるで日本画ですわね、あらぁ、いいじゃないですか」と声を発したのは、いつの間にか占いテーブルをのぞきこんでいたギャラリーの女。


「なにがどういいのか、わからないんですが…。その美しさというのは、報われるのでしょうか」と、ヒゲの男は慎重に訊いてみる。


「あなたは冬のままでいるのがいいいでしょう。太陽の光や夏の暖かさがあると、阿守さんは醜く朽ち果てていってしまいますから」


「つまり、厳しい環境だからこそ、美しさが際立つ。苦労するからそこに絶妙たる美のたたずまいがある…、ということでしょうか」


「そうです。阿守さん自身が太陽や夏になろうとしてはいけません。そうではなく、太陽や夏と組んで、影から操るのです」


「隠れて生きよ、というわけですか」とヒゲの男は、古代ギリシアの哲学者エピクロスのことばを思い出す。


「隠れても隠れても表舞台に呼び出されてしまう特性がありますが、それでも巧みに隠れるのです」と占い師はアドバイスをくれる。


ヒゲの男は少しのあいだ、ぼんやりと自分のことを考える。そして、どうしても訊いておきたいことを思い出して、占い師に向けてことばを発する。


「午後なら…、どうなりますか?」


「おぼろげにながら、山が見えるようになります」


「山…、ですか」


「山です」


ヒゲの男は自分の故郷から見える、そんなに高くはない山、それが雪に染まっている風景を思い出す。朝日山という山であっただろうか、その山では過去に小さい動物園をしていたが、管理が行き届かず放逐されたニワトリなどが野生化して狂暴になっていると噂に聞いたことがある。


それとも大麻山だろうか。以前、沖縄の人間が地図にある「大麻」という名前だけに引き寄せられて、この辺まで迷い込んできたことがあったと、友人から聞いたことがある。その沖縄県人が野生化して、狂暴になっているかどうかまでは知らない。


占い師とギャラリーの女、そしてヒゲの男は占いテーブルを囲んで、そこから店の名前についての話しをすることとなった。


その夜、シタール奏者の男が絨毯を貸して欲しいとやってきた。


ヒゲの男はこのシタール奏者がビールをあおる、その横顔を見ながら「陰陽」どちらなのか考えてみる。服装だけみれば明らかに「陽」な感じはする、しかしながら素人目には、全然わからない。もし「陽」なのであれば操らなければならない。


よし、それなら操ってみようと考えてみる。


ビール一杯だけのつもりで来ているシタール奏者に向けて、それとなく心のなかで念を送る。


「もう一杯飲め、もう一杯飲め、もう一杯飲め…」


雨の音が窓ガラス越しに強くなってきた。絨毯を持って帰るには不都合な天気である。


「局地的な雨やから、もうすぐ止むん違うかな」とシタール奏者はスマホの天気アプリを見ながら言い、そして版画家の万作と、どこそこで金を拾った話しなどをしている。


「雨、まだ止めへんなぁ。グラスこのままでええんで、もう一杯、ビール」とシタールの男はグラスを万作へ差し出す。


そそがれるビール、満足そうにビールを飲むシタール奏者。そのグラスの向こう側で湾曲に歪んで見えるのは、わずかに微笑む、ヒゲの男。


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by amori-siberiana | 2017-09-13 12:39 | 雑記 | Comments(0)


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