カテゴリ:雑記( 122 )

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、みなを幸せにする漢方薬の調合をしているヒゲの男こと、阿守のブログです。


今月の22日と23日には北浜の少彦名神社にて大祭「神農祭」があり、来月の2日よりは北浜のクントコロマンサにて大祭「万作祭」がある。これより北浜は祭事つづきとなる模様である。前者は主に薬の神様として人々から崇められており、無病息災、家内安全、病気平穏という具合に薬に関係すること全般にご利益があるとされる。後者は特に神格化されたものではなく、主催側の自己の利益の追従にのみ主眼をおいた祭りである。効能は「暇つぶし」程度のことであろう。


前者のご祭神はお二方おられて、日本医薬の祖神である少彦名命(すくなひこなのみこと)と、中国の炎帝神農(えんていしんのう)である。少彦名命はガガイモの実にのって海の向こうよりやってきたそうで、大国主(おおくにぬし)の呼びかけにより悪童である少彦名命は懸命に国造りのサポートをすることとなる。出身は常世(とこよ)とされ、薬、温泉、呪術、穀物、知恵、酒、石の神を兼任するフレキシブルで忙しい神である。


クントコロマンサにも経営者が二人おり、版画家の柿坂万作(かきさかまんさく)と四国出身の阿守孝夫(あもりたかお)である。阿守は万作の呼びかけによって、店の経営に乗り出すことになった。出身は四国の讃岐(さぬき)とされ、音楽、温泉、呪術、穀物、コピペ的知識、アルコール、星を愛するステレオタイプに忙しい男である。


炎帝神農というのは中国からやってきたということもあり、漢方の神様であるが、その由来的な側面から的屋や香具師の守り神であるともされている。伝説によると人々に植物の効能を教えるため、いろんなハーブを食べて体調を崩し、最終的にはヘロインのオーバードーズで死んだということだ。ジャニス・ジョップリンの死よりも随分と前のことである。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が店に行くと、常連のガルパンの男と日本全国温泉マニアの男。そして会計事務所オーナーの男がそれぞれ酒を飲んでいる。会計事務所のオーナーはつい先日のことになるが落とし物をしたそうで、随分とパニックになっていたが無事に見つかったとのことで、天下安泰の形相でハイボールをチェイサーにウイスキーのストレートをあおっていた。そこへ斥候の男と隣のフレイムハウスの女主人がやってくる。


会計事務所のオーナーの男は「僕が店に到着したとき、僕ともう一組しかお客さんがいなくて、この店でこんな暇なことあるんやと思った」とヒゲの男に伝えるのであったが、実はこの店は元来こうなのであったのだということを返答する。ヒゲの男が週に一度くらいでこの店に来ていた頃は、毎日毎晩が寂寞の動かぬ時間を演出していたのだ。会計事務所のオーナーからすれば、ハイタッチの冷泉がいるとき、また単身で訪れるときは大体が土日のイベントのときに来ているので、賑やかな店が当然となっており、静かな店内は彼にとって意外な発見であり、新鮮な体験であったようだ。


これまで5か月ほど水商売というものをやってきたが、これは遊んでいるのかはたまたビジネスをしているのかメリハリの難しい仕事だなとヒゲの男は感じている。今までの仕事はオンとオフがはっきりとしていた、ところが今は違う。ひたすら飲んでいる、酒が出るのだから飲んで当然なのであるが、どうもそれを心のどこかが仕事と捉えていないのである。


取り急ぎ、奥の銀歯が着脱可能になってきたので、これをなんとかせねばならない。なにをするにも、まず食うことからはじまるとブレヒトもいっている。食うことに歯がゆさを感じながら、人は何も考えられないのである。


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by amori-siberiana | 2017-11-17 17:18 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と共同経営するヒゲの男こと、阿守のブログになります。ようおこしやす。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男はいつもの通り北浜のオフィスへやって来る。どうにもストールの巻き方が定まらないので、どうにかならないものかと受付の女たちに相談するが、皆が一様に口を揃えてそのままでいいというので、それならばと釈然としない気持ちのまま、そのままにしておく。洗面所の鏡の前でああでもない、こうでもないと云々うなっていたのがバカらしく思えるものである。気になっているのは本人ばかりで、世間の人などはそんなことはどうでもいいのだろうと考えると、少しだけ気が楽になる。


ヒゲの男はブログを早々に切り上げて、早速、週末に店に来いという一方的で利己的な営業メールを顧客にメールで送りつける。名前と顔が一致する人もいれば、まったく誰なのかわからない人もいる、それでも容赦なくどんどん送りつける。アクションを起こさなければリアクションなど起きないのである、果報は寝て待てといわれるが、いつの世に限らずとも、寝て待っていてやってくるのは孤独と病と貧困だけである。


昼過ぎになりヒゲの男は店に向かう。店では版画家の柿坂万作がなにかの仕込みをしている。製作中の肖像画はステージの中央にて静かにイーゼルにもたれかかっていて、その配色具合の所為もあるだろうが、ヒゲの男に秋を感じさせた。


ヒゲの男は経理を済ませて、そのまま青山ビルの一画にあるギャラリー遊気Qへ足を運ぶ。来月からはじまる万作祭のため、再度、椅子を借りることをギャラリーの女にお願いする。「好きに持ってってくださいな」とギャラリーの女は気前よく貸してくれる。ギャラリーでは繊細で綿密なるガラス細工で作られた万華鏡がところ狭しと並べられており、ヒゲの男が鏡筒をもってぐるぐる回すと、アルハンブラ宮殿に細工された紋様のようなものがじっくりと変化しだす。その美的なること小宇宙をのぞき込むようであった。


ヒゲの男はそのまま地下鉄に飛び込む。といっても線路に飛び込むのではなく、電車の中に飛び込むのである。いつしかのフランス映画「髪結いの亭主」のようなサプライズは今のところヒゲの男の胸中にはないのである。そのまま京都へ行く、北浜から京都は非常にアクセスがよい。運がよく時間に文句をつけぬのであれば、北浜から一本で京都に到着する。


昔ならば歩いて行くしかなかった京都であろうが、蒸気と内燃機関と電気と鉄鋼と、それらに付随する先人たちの発明に感謝しながら、ヒゲの男はその気持ちを貨幣に込めて券売機へえいやと放り込む。


店によく顔を出してくれるグラフィックデザイナーの男が京都でコンサートをするというので、それを見に行くのである。どうせ音楽を聴きながら飲むのであろうから、夜のうちに京都から大阪へ戻ってくるのは面倒くさいなと考えたヒゲの男は現場近くのゲストハウスにて一夜を過ごすことにした。


ヒゲの男が京都に到着したころには、日も落ちる時間であり夕焼けが京都の町を燃やしていた。チェックインが21時までなので先にゲストハウスへ入る。受付を終わらせてひととおりの宿の説明を受けて、そのまま畳の広間へ案内される。真ん中には長尺の堀炬燵があるので、そこへ入りのんびりしている。ヒゲの男がライブの時間がくるまでくつろいでいると、新潟の女がチェックインしてくる。手にはケーキを持っており、ヒゲの男の前で食べようとするが一人で甘味を食べるのは気おくれしたのか、半分をヒゲの男にくれる。遠慮を知らないヒゲの男は差し出されたケーキを半分ほどスプーンで割って無暗に食べだす。


するとオーストラリアから観光でやってきたネイサンと名乗る男も広間へ入ってくる。自分の名前は「ネイサン」だと名乗るが、ヒアリングに期待できないヒゲの男には「俺は姉さんだ」と聞こえるので、この異国人は何を言ってるのだといぶかしがる。ヒゲの男は「お前の姉さんがどうした?」と聞き返すが、ネイサンは自分の名前を「ネイサン」と繰り返す。しばらくして、姉さんとネイサンの誤解が解けて爆笑する。


時間もそろそろなので、ヒゲの男はライブ会場へ行く。ネイサンは焼き鳥を食べに行く、新潟の女は風呂へ行く。


ライブ会場に到着する、常連の不思議な女とそこで合流した。二条城近くにあるこのライブ会場は蔵を改築した様相で、太く頑丈な木製の張が天井を支えており、音もまろやかに聴こえる。まもなく演奏が始まる、本日はグラフィックデザイナーの男のバンドのワンマンライブなので、じっくりと集中して楽しむことができた。


とても心地よく揺れるグルーヴ感をもつバンドであった。多分、世界で一番多い基本的なパート編成で構成されているバンドであるが、その押しつけがましくなくリズムの波を拡散させていく妙技はヒゲの男に新たな真理を発見させるものであった。おっさんバンドほどエロくて魅力的なものもなかろうと、バンドの原初体験をしたような気持ちになり、ヒゲの男もゆらゆらと座敷席で揺れていた。


例えるなら、ラザホージウム、ドブニウム、シーボーギウム、ボーリウム、ハッシウム、マイトネリウム…。これらの若く、重く圧しかかってきて、自己中心的で痛々しく下手をすれば被曝してしまうような複雑な元素に飽き飽きしていたところ、「すいへーりーべーぼくのふね」という簡潔にまとまった誰しもが親しみのある元素と再会して、安心と洗練されたストイシズムを感じたのだ。


ウイスキーを一杯だけ飲み、気持ちよく宿に帰って大広間に入る。日本刀を追いかけまわす女と京都の紅葉を追いかけまわす女。ポルトガルの男とアラバマの女、この冬を長野の白馬で仕事するオーストラリアの女、そしてネイサンがいる。ヒゲの男は我が家のようにこたつに潜る、ポルトガルの男がヒゲの男に向けて「お前はここのオーナーか?」と訊いてくるが、ヒゲの男はいや今日来たばかりだと答える。オーナーであるなら、薄暗い二段ベッドで寝起きはしなかろう。


皆が炬燵に足を入れているが、全然温くない。ヒゲの男はコンセントのそばにいるアラバマの女に炬燵のスイッチの設定がどうなっているのか確かめさせる。やはり「切」になっていたので、それを「3」にまでするように指示する。アラバマの女は、はいはいと言われたとおりにする。ポルトガルの男に詩人のフェルナンド・ペソアは未だにポルトガルで絶大な人気があるのか?と問うと、もちろんだ、彼は英雄だよと返答がある。日本では知る人ぞ知るになっている、彼の国の英雄詩人についてヒゲの男は考える。


日本刀を追いかけまわす女に、どうして刀を追いかけまわすのかと訊く。女はヒゲの男に「刀剣乱舞」を知ってるかというが、ヒゲの男は何のことかわからないと返答する。女の説明によれば、日本刀が擬人化されて…、どうやらこうやら説明してくれたが、ヒゲの男は女に説明だけさせておいて、その実、頭には入っていない。なにをどんなキッカケで好きになるのかわからないものだなと、人間の趣向の多様性に感心することしきりであった。


日本刀を追いかけ回す女は、コンビニのおでんの容器をジッと見ている。いよいよ見るでは解決しないのでヒゲの男に訊ねる。おでんの容器はずっとこの色なのか?という。女がいうには関東ではこのような色ではなかった、関西ではずっとこの色なのか気になって仕方がないというのだ。ヒゲの男は苦笑しながら「そんなことは知らん」と炬燵の上にあった折り紙で鶴を折りだす。


ところが鶴の折り方を忘れて、最初の二工程くらいで手が止まる。すると白馬で働くオーストラリアの女が鶴はこう折るのだとヒゲの男に教える。ヒゲの男が教えを請いながら自分も子供の頃は目隠ししてでも折れたのだと弁解すると、ネイサンが笑う。それにしても教え方の上手な女である、言葉も通じないのにどんどん的確に折り方を擬音語だけでヒゲの男に説明していく。どうしてそんなに上手なのかとヒゲの男が訊くと、彼女は以前、自閉症の子供を相手にボランティアで折り紙を教えていたとのこと、なるほど納得である。

ネイサンも鶴を折りながら「俺は祇園で鶴をみた」といいだす。デタラメを言ってはいかんよとヒゲの男がいうと、ネイサンはデジカメを小型のバッグから取りだして写真を一同に見せる。もちろんのことそこに鶴はおらず、それはサギであった。


そぞろに自室へ戻り眠る。ヒゲの男とネイサンは話し込む。人生というのはどこで何があるのか解らんものだ、そして自分という人間もわからんものだ。10を3で割るように尽未来際考えても考えてもわからないものなのかも知れないとヒゲの男はいう。ネイサンはそういうことなら俺にも思い出す話しがあると、そこから2時間ほど盛岡の蕎麦の食い方のように話しを次々としだす。


夜も更けて、ヒゲの男は眠くなったのでベッドに行くとネイサンに伝える。そしてネイサンに明日はどこへ行くのかと訊ねる、ネイサンは少しばかり逡巡したのち、ヒゲの男にこう伝える。


SOMEWHERE (どこか)


完璧な答えである。


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by amori-siberiana | 2017-11-16 16:26 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を拠点にして、ここを日本のマンハッタンにしようと企図しているヒゲの男こと、阿守のブログです。マンハッタン計画とは違います。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は日課として北浜のオフィスへ行く。北浜のオフィスでなにをするかといえば、取り立てて何もしない。ただ、毎日アプリの将棋だけは欠かさずに三度ほどネットワーク対戦をする。どうして三度なのかといえば、無課金で可能なのが三度までという制限を設けられているからだ。これが四度なのならヒゲの男は四度ほどやるだろうし、五度していいのなら五度するだろう。ところが、無尽蔵にしていいのであれば、とっくに飽きてしていないであろう。人というのはある程度の制限があるほうが執着欲を掻き立ててくれるものである。無尽蔵にすることが可能になって、それをそのまま無尽蔵にしようとするのは、これは天命を受けて棋士となるべしと自覚する人のみであろう。


ヒゲの男がデスクでぼんやりとコーヒーを飲んでいると、ヒゲの男の眼前に洋菓子が並ぶ。ふと顔をあげると、大学生の女が「よければどうぞ」といってくれる。ヒゲの男は恐縮しながら、ブラッドオレンジの入った円形のフィナンシェ菓子をいただき、その場で食べる。世の中が戦争中であろうが休戦中であろうが、暑かろうが寒かろうが、甘いものは決して我らを裏切らない。それはひとえに、甘いものは裏切らぬよう創意工夫をもって人間が開発した技術だからだ。


そのままヒゲの男はオフィス内を移動して、大学生の女の上司である女社長に挨拶をしにいく。オフィスでいつも目立っているのでどんな人なのか気になったと彼女らはヒゲの男に言ってくれたが、気になるから駆除しようとか排除しようとかイジメてやろうとか思わぬところが、彼女たちの人柄の良さである。婚活やウェディング関係の会社をしているとのこと、ヒゲの男はこの業種に関して随分と関心があるので、よせばいいのに根掘り葉掘りと訊いてみる。


婚活アプリに登録している人は本当に実在する人なのか、また、登録者に送られてくる「イイネ!」のような異性からのアプローチは実際にその当人自身が送っているのか?というものである。そんなことはもちろんだと女社長は答える。この時点でヒゲの男は恐れ入った。


というのも、ヒゲの男が以前、アルバイトで関わっていた仕事でも同じような業種をしていたが、そっちは完全にオペレーター(通称:サクラ)を雇っていたのだ。会員数も適当であり、会員のデータも本人の意志確認などどうでもいいまま名簿業者や同業種の悪い奴らから買っていたのである。無課金の会員に課金を促すよう、実在しない異性から下心をくすぐるようなアプローチメールが送られてくる。人心を惑わし金を吸い上げるという、なんとも始末におえないシステムであった。


そういうのが当たり前だと考えていたヒゲの男からすれば、女社長のような清廉潔白のビジネスをしている人間には頭があがらない。いちいち感心しながら、話しを訊く。いつしかアラタメ堂のご主人も輪に加わっての話しになる。ちなみにアラタメ堂のご主人はリンゴの入った洋菓子をもらっていた。


そのあと、美容デザイナーの女からパンフレットを見せられる。ヒゲの男は偉そうにそれを見ながら、デザイナーの女に「次からはデザインするときに、海外の新聞を買ってきて参考にしてみればいい」という。さらには「デザインは視覚化されたジャーナリズムなので、自分がデザインする商品のことに精通していたほうが、より説得力を増すものを作れるだろう」ともいう。デザイナーの女はふんふんとうなずきながら、コーヒーを飲み干す。


自分が苦労しないでいい範囲のアドバイスであれば、人というのは、どんどんと正論が出てくるものだが、いざ自分がそれをしなくてはいけないとなれば、正論と苦労は双方天秤にかけられて、均衡をとるあいだに曖昧になってくるものだ。もちろんそれはヒゲの男に限らずとも、そういうものであろう。


第一、日本人はとても難しいことを常日頃させられている。ひらがな、カタカナ、漢字、そして外来語をひとまとめにしてデザイン化しなくてはならぬ使命を負わされている。世界中を見回しても、デザイン性ひとつにここまで苦労させられる人種が他にいるだろうか。そんな困難な中で機能美に辿り着こうとする日本人は非常に度を越えて勤勉で研究熱心な民族である。


今日はこれより、11月18日(土)アラタメ堂の挑戦状と、11月19日(日)の日曜スペシャルの営業メールをしなくてはならんので、失礼させていただくこととする。取り立てて後者は参列者が寂しく、このままではせっかくの極上の音楽が台無しになってしまうので、諸氏に協力をお願いをしてくる。


多分、ヒゲの男は花粉症を本格的に発症したようである。鼻水は止まらぬ、くしゃみは出る、目は眼球を取り出して洗浄してやろうかというくらいかゆく、肩こりはひどい。


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by amori-siberiana | 2017-11-15 11:43 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、虎視眈々と世の中を牛耳ってやろうと考えながら、その実、世の中に牛耳られているヒゲの男こと、阿守のブログです。


また雨である。権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤という言葉はすでに世間では通用しなくなっているが、とにかく雨にはウンザリさせられる。特に今の季節、雨が降った翌日などは、ぐっと気温も下がり心身ともに冷え込んでしまうのである。いつも腹加減がよろしくないヒゲの男にとっては、結構な問題となっているのだ。かといって、四季折々の変容を見せる地に生まれたことを呪いはしない。好みと自身の適応はまた別問題なのであろう。無類の蕎麦好きなのに、ある日を境に突然蕎麦アレルギーになってしまった知人がいるではないか。


ある寒い日の話しを書いておこう。店にはまったく関係のないことであるが、せっかくの機会なので書いておきたい。形にしておかなければ、それはなかったことと同じになるからだ。別になかったことでもいいのだが、教育について書いていたときに思い出したことがあるのだ。


南仏といってもやはり冬は寒い。といっても降雪するようなことはない、ただ、地中海の風は冷たく、海からの風によって海岸沿いにあるベンチはさらに冷たくなり、そこへ座るものの体温を抜き取っていく。


ヒゲの男はカンヌという町にいた。映画祭で有名なカンヌ、そこはセレブと呼ばれる人たちとイベント誘致で儲けようとする地元の権力者と、そしてそのどちらにも属することのない圧倒的多数の一般人によって成立する町だった。もちろんヒゲの男は映画祭に行ったのではなく、映画祭が開催される同じ場所で音楽の国際見本市が開かれて、そこに参加していたのだ。世界中のレコード会社、イベンター、人材派遣、広告屋など、およそ音楽に関わる職種の人間が一堂に介するイベントだ。


ヒゲの男が北浜のオフィスにいるのは、このカンヌで開催された「MIDEM」という見本市の広大な会場内の各国ブースに似ていて、そこが気に入っているのかも知れない。


ヒゲの男が収まっていたのは、もちろんのことジャパンブースである。そこで沢山の人と知り合うことになり、様々な国と地域のブースへ足を運んでは、そこにあるサンプル版のCDを持ち帰ってくるという、音楽三昧な一週間を過ごしていた。本来はここでビジネスを行うべき場所であり、そのためにJETROの人間たちが助力してくれるのだが、ヒゲの男に至ってはここへ何をしにやって来たのかあまり解っていない。ブースのあらゆるところで交渉が始まる、会場の外のカフェでもあらゆるところで接待のようなことが行われている。


完全に場違いなところへ来てしまったと、ヒゲの男は鬱屈とした気持ちになる。毎日、どこの国の誰と商談をしたかという成果報告書をJETROに提出しなければいけないのだが、何も書くことがないことを繰り返すほど苦痛で恥ずかしいものはない。そのうち会場にいるだけで強迫観念が芽生えてきて、とうとうヒゲの男は会場から逃げ出してしまう。


会場は海に面していてすぐ隣にはヨットハーバーがある、ヨットハーバーに併設されている多数のカフェもMIDEM関係者で埋め尽くされている。MIDEM関係者は首から社員証のようなものをぶら下げており、すぐそれと解るのだ。ヒゲの男は自分の首から社員証を剝ぎとり、そのまま海とは反対側の北へ向かう。北へ向かったカフェもMIDEM関係者ばかりで、それを避けるように市街地の奥へ入って行くと、そのうち下町のようなところへ出る。腹も減ってきたので、一人で下町のカフェに入り食事を摂る。その日の食事はそれを摂取するものの心的作用が大きく影響して、砂を噛むような味であった。


そのまま会場には戻らずにバスに乗って宿に帰る。なんらかのイベントがある時期のカンヌのホテルなどは恐ろしいほど高額になっており、そして予約も取れないのでヒゲの男の宿というのは町の郊外にあるのだ。


宿に帰ってベッドに横たわり何をするでもなくボンヤリしている。多分、眠っていたのかも知れない。すると電話が鳴る、ジャパンブースで知り合った男からであった。


「阿守君、会場にいないけれど、どうしたのか?」と電話の向こうから問いかけがあった。


「すいません、ちょっと体調を崩したので宿に戻っています」とヒゲの男は適当なことをいってその場をとりつくろう。


「今日はもうこっち(会場)に戻って来ない?」とその男はヒゲの男へいう。


「そうですね、今日はもう戻らないと思います」とヒゲの男は返答する。


「そうか、残念だな。実はね、阿守君と話しがしたいという外国人の女性がジャパンブースの受付に来ていたんだけれど、今は不在にしてるということで残念がってたんだよ」


ヒゲの男は自分のスケジュール帳を見るが、そのようなアポイントは入っていない。それどころかヒゲの男のスケジュール帳などは真っ白で何もないのだ。「一体、誰だろう?」とヒゲの男はイタチに化かされた気になる。そんなヒゲの男の考えなど知らぬ電話の男はさらに言葉を紡ぐ。


「それにしても美人だったな。あんな美人と商談できるなんて、羨ましいよ」と。


ヒゲの男は「今からすぐ会場へ戻ります!」と返答して、ベッド脇に放り投げていた鞄を持ちバス停へ走ることとなった。電話の向こうではヒゲの男のその返答に苦笑いが返ってきていた。


会場に戻って受付の女に自分を訊ねて女性が来なかった?と訊くと、来たような来てないようなとよくわからない反応をする。今になって思うのだが、多分、これは受付の女やここで知り合った男たちのワナだったのであろう。なんと人騒がせで迷惑千万、さらに付け加えるなら、とてつもなくありがたいワナであった。ヒゲの男の一日はここから激変するのである。宿に籠ったままでは経験できなかったであろう、出来事が連鎖的に起きる。


戻ってきたはいいが、尋ね人もいなくなったヒゲの男はジャパンブースにて大音量で自身のバンドの音楽が流れていることに気づく。ふと見ると、大画面にシベリアンなんちゃらのライブ映像が流れている、これはどういうことなのか?とヒゲの男は受付のフランス女に訊くと、今の日本のイチオシを流せと上司からいわれたので、これをかけているのだとのことだ。ヒゲの男は照れ臭いが、その照れ臭さは感謝の裏返しである。感謝をそのまま抱擁やリアクションで表現できるほど、ヒゲの男の文化は成熟していないのである。それもことさら西洋人と比べると、自分はどうしてここまでシャイなのかと恥じてしまうほどだが、なるほどこれでも当人は感情溢れる男だと自負しているのである。


とくに何もすることなくジャパンブースにいると、一人の男が声を掛けてくる。やたら肌を焼いているような男だ、この男は大手レコード会社の男でヒゲの男にむけて「一緒に近くでやってるジャパンナイトに行かないか」と誘う。ジャパンナイトというのは、MIDEMの来場者に向けての日本を知ってもらおうとするコンペのようなものだ。その日の出演者は小野なんとかというボサノバの女である、日本なのにボサノバ?と斜に見てしまうヒゲの男はどちらかというと考え方が古いのかも知れない。


会場はケバケバしくライトアップされてトランシルバニア地方の妖館みたくなったホテルである。ヒゲの知人の作曲家はこのライトアップの感想をヒゲの男に問われて、「ああ、欲しい!もっと欲しい!…という感覚だな」と的を得た評価を与えていた。


イベントが終わったあと、肌を焼いた男に連れられて飲みに出かける。さすがは大手レコード会社の男である、あちらこちらから外国人が挨拶に来たり、サンプルを渡されたりしている。これほどのサンプル版をどうやって持ち帰るのかとヒゲの男は肌を焼いた男に訊ねる、「捨てて帰るしかないね、もったいないけど」という。確かにそれ以外に方法はなさそうである。


この大手レコード会社の男は後日、ヒゲの男のバンドを見るように自身の社内の人間に伝えた。その使命を受けたレコード会社の女が心斎橋にあったクアトロという会場にやってきたが、ヒゲの男のバンドを結構凹むくらいに、辛辣に酷評した報告書を提出していた。ところが、世の中には妙な縁があるものだ。さらに後年、ヒゲの男のバンドが他社でCDリリースをすることになったとき、テレビやラジオや雑誌などの媒体、さらにはレコードショップなどへの挨拶まわりなどをしてくれたのは、その酷評した彼女であったのだ。


本人は以前に自分が酷評したバンドとは覚えていなかったようで、一緒にキャンペーン回りをしながら、あのときは散々メタクソに書いてくれて感謝しているとヒゲの男は笑いながら本人に伝えた。「だって、本当にいいと思わなかったから、そう書いたんだと思います」と彼女も笑いながら返答する。


このクアトロでのライブの日で何を演奏したのか思い出すことはできないが、ひとつ覚えているのは当日、ヒゲの男がシベリアンなんちゃらというバンドの前にやっていたバンドでディレクターをしていた、また別の大手レコード会社の男が来ていたことである。前のバンドについてはヒゲの男の一身上の都合によって空中分解したところが多大であるので、ヒゲの男は妙に落ち着かなかったことが記憶にある。人とは一度別れたとしても、ひょんなところで思わず出くわすものである。それは本人たちの都合でというよりも、偶然の作用が大きいようである。


文章が長くなったが、実はまだ本題には入っていない。「教育」について思い出したことがあり書き出したのであるが、そこへ辿り着く前に疲れたので、またの機会にする。


カンヌでワインをたらふく飲んだあと、酩酊したヒゲの男は深夜バスが来るのをバス停で待つことになる。深夜なのでバス停には誰もいない、単身、寒さに震えながらそこでバスの来る時間を待っていると、一人の男がやってくる。ヨーロッパでもない、アフリカでもない中東でもない、そういった顔をしている男。防寒も兼ねているのだろうレインコートを羽織っており、ヒゲの男と一緒にバスを待つ。


その男はヒゲの男に「お前はMIDEMの関係者なのか?」と問う。ヒゲの男は「そういうことになっている」と答えて、MIDEMの入館証明書をその男に見せる。その男はヒゲの男の顔写真と名前が入った証明書を見て、ニッコリ笑いながらこういう。


「私と同じ名前だな」と。


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by amori-siberiana | 2017-11-14 13:33 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作さんと共同経営する、ヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は店に行く。今日は夕方より次の日曜日に演奏をする古池のおじきが店にやってくるのだ。古池のおじきというのはギター弾きであり、巧妙なギターを弾く。ヒゲの男とは全然違うタイプのギタリストであり、この二人が合わさればどういった音楽になるのだろうと個人的な興味も尽きない。といっても、ここでスタンダードのジャズ演奏をしたのでは何も面白くもないし、さらにいえばヒゲの男はジャズが弾けない。


そこで浮かんだアイデアがある、ジャズ畑の古池のおじきにヒゲの知人であるギタリスト、真鍋という男の作曲したものを原曲を聴かせずに演奏してみたらどうかということだ。真鍋という男が作る曲は道筋がきちんとある、つまりはその道筋に沿って歩行すれば(走ってもいいのだが)、おのずとゴールに辿り着けるようになっているのだ。これがヒゲの男の曲ではそうはいかない、ヒゲの男は道筋を作っていない、ぽんとスポンジケーキだけ作って渡し、あとのデコレーションは自分自身でしてくれという勝手気ままなものだ。


日曜日には真鍋という男の曲だけでなく、ヒゲの男の曲も一緒にやってみる。どちらにしても原曲を知らない古池のおじきが、どのように対処するのかとても楽しみなイベントとなろう。


店の階段を昇ると、すでに古池のおじきがギターを傍らに置きビールをあおっている。ヒゲの男もギターを取り出して、こんな感じの曲があるのだと説明する。古池のおじきは、ヒゲの男がギターのどの部分(ポジション)を弾いているのかのぞきこむ。のぞきこむことで、この辺の音階を弾いているのかとギタリストならば判断材料になるのだが、あいにくとヒゲのギターは特殊な音列になっており、なんらの参考にならない。視覚的ヒントは一切ないのだ。


一般的なギターのチューニングは太いほうから、


E(ミ) A(ラ) D(レ) G(ソ) B(シ) E(ミ)


ところが、ヒゲの男が使うチューニングにいたっては、


E(ミ) C(ド) D(レ) G(ソ) A(ラ) B(シ)


このようになっている。6弦中で3つの音が違うのである。半分一緒なのだから四捨五入でなんとでもなるのではないかといわれる諸氏もおられるかも知れないが、そんなに簡単な問題ではないのだ。


互いのギターの音色を確認して、この日はヒゲの男の小品をちらりと合奏してみることで終わった。譜面も渡さずに口頭でああだこうだと説明するヒゲの男、こんな伝統芸能の教えのようなことに付き合ったくれた古池のおじきには感謝しかない。


二人の男がギターにいそしむ頃、万作は厨房からステージに移動して、納期が迫っている肖像画を描く仕事をしている。音と絵画は同時に仕事をしあっても共存でき、尚且つ互いを打ち消し合わないものだなと再認識する。聴覚から入ってくる情報と、視覚から入ってくる情報は一瞬にして脳に伝わり、そこでどのような像を結ぶのであろうか、それは人それぞれの経験や趣向が如実に反映されるのであろう。


しばらくすると、ハイタッチ冷泉がいちげんさんの二人を連れてやってくる。聞くところによると、この二人は学生時代の学友であり、互いにインターンで冷泉の会社に来てからの知遇になるとのこと。それがかれこれ数年前の話しになるそうだが、そのときから酒席での腹の殴り合いは変わっていないとのことをヒゲの男に教えてくれた。


二人のうちの一人、教育熱心な男としておこう。この男は一流企業に就職してすぐにやめ、自分で起業したのだ。扱う商材は教育。「今の日本の学校教育は社会の一般的な実用性からかけ離れてしまっている」と警鐘をならす。これについてはもっともなことだ、ヒゲの男はそれについてもろ手を挙げて同感である。役に立つと信じさせられて、ちっとも役に立たない教育にどれだけ人生の無駄な時間を費やしたものか。


ヒゲの男に関していえば、学校を辞してからやっと教育の意味がわかった。自分に丸っきり学がないことを都会に出て初めて自覚して恥じた。田舎では学がないということで恥じるより、学校を辞したということの世間体で恥じることのほうが大きかったので、それは前者とは比べものにならぬほど些細でどうでもいい問題だ。他者からの評価に甘んじて生きるより、自分で自分の非力を自覚することのほうが悲劇なのである。だから、とにかく勉強した。大人になって勉強した。


だからといって学校を辞めるがいいとはちっとも思わない、学びたいことを正確に持っている人間が惜しみなく学べる場所がもっとあって然るべきである。独学というものは費用は安く済むかも知れないが、危険な部分もある。独学で陥りやすいワナは、ある事象について自分にとって都合のいい考え方になってしまうことだ。ここの判断が甘くなると、結局、得られた知識は自己満足の悪臭を放つものになってしまう。


教育とは、よく噛むことだ。よく咀嚼すること、決してひけらかすことではない。その人間の内面へ無意識のうちに浸透して血肉となるものである。


教育熱心な男との話しをしながら、自分よりも干支がひとまわりほど違う人間とこうして教育について大いに語り合うことは嬉しさ以上に救われた気持ちにもなった。世の中がほんの少しだけ明るくなるような予感がする。ほんの線香花火ほどの明るさかも知れないが、線香花火ほど美しいものもない。オリンピックの聖火などは消えても別にどうでもいいのだが、こうした火はもっともっと広げて、託していきたいものである。


ヒゲの男が根城にする北浜には、適塾というものがある。福沢諭吉がよく学んだところとして有名なところだ。福沢翁ほど教育の重要さを説いて有名になった人もいないだろう。教育があるとないのでは雲泥の差があると、その必要性を十分に知らしめた。


今、ヒゲの男の財布には福沢諭吉は、いらっしゃらない。


いらっしゃらないのだ。


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by amori-siberiana | 2017-11-13 16:18 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、人生についてやんごとなきことを考えているヒゲの男こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は北浜のオフィスでコーヒーを飲んでぼんやりしたあと、そのまま店に行く。今日は青山ビルにあるギャラリー「遊気Q」にて、カンテのコンサートがあるという。先だって遊気Qのオーナーである女から連絡があり、クントコロマンサに貸したままにしている残りの椅子を持ってきて、そのまま演奏を観ていかれるのがよろしかろうという。


そういえば、カンテなるものやフラメンコなるものを間近に見たことがないなと気がついたヒゲの男。ならばそれもよろしかろうと、店に行き椅子を持ってギャラリーへ行くことにしたのだ。店に行くと星師匠がいる、腹が減ったということで版画家の柿坂万作の作る、お好み焼きを食べることになる。


このお好み焼きが見事なもので、牛すじとこんにゃくが甘辛く味付けされてふんだんに入っており絶妙なアクセントとなる。お好み焼き全体については、中はふわふわで外はカリカリで香ばしく仕上がっており、文句のつけようがない。「うーん、キャベツをあまらせとったんで、それをなんとか使わんとと思うて作りましてん」とのこと。


さらに続いて「いつでも作れるんですけどね、なんでメニューにのせんかいうたら、一枚焼くんにごっつい時間かかりますねん」という。なるほど、確かに客が連れで来て、お好み焼きを複数枚ほど注文された日には、鉄板のないこの店では一枚一枚に時間がかかってしまい、客にも気を使わせてしまうことは想像に難くない。


お好み焼きを食べ終わったあと、ヒゲの男は三階のアトリエへ昇り、ある地域の歴史的に重要な文化財的な椅子を三脚ほど持っており、そのままギャラリーへと向かう。先日、他の椅子を返却に行った日は台風の最中だったので、曇り空であれど雨が降らないのはとても助かる。雨降って地固まるというが、雨ばかり降られては地も崩れ落ちよう。過ぎたるは及ばざるが如しというではないか。


ギャラリーまでは歩いてものの5分ほど。予定していた時間より早めに到着したが、ギャラリーはすでにスペイン人のエンリケ先生が歌うカンテを聴こうという人たちがチラホラ来ている。ギャラリーの女がヒゲの男を見つけて、そのままヒゲの男をエンリケ先生に紹介する。ヒゲの男はそこでエンリケ先生とジプシー(スペイン語ではヒターノといっていた)とは何たるかを話し込む。お前は詩人のガルシア・ロルカを知ってるかと先生はヒゲの男に訊く、ヒゲの男はもちろんだと答える。


エンリケ先生はロシアの作曲家アラム・ハチャトゥリアンとフランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルを足した顔つきをしており、小柄ではあるのに人を圧倒するような雰囲気を持っている。先生、今日はご機嫌がよいそうでヒゲの男に向けて、40年ほど前、自分がスペインから日本にやってきたときに、どれほど入国管理官からイジメられたのかを懇々と話す。「阿守、お前にこんな話しをして済まないとは思ってるが、時代が違うとはそういうことなのだ」という。


時代の流れとは恐ろしいものである。フラメンコもいつの間にか観光化してしまい、いつしか陳腐になってしまったのだとエンリケ先生は寂しそうな目をする。私は本物のフラメンコを知っている、だから本物のフラメンコが歌えるのだ。私は楽譜など読めたためしがない、フラメンコに楽譜などはないのだ。本物を知らずして、本物が証明できるわけがあるまい。なあ、阿守よ。とエンリケ先生の話しは熱を帯びる。


ヒゲの男が熱心にうなずきながら先生の話しを訊いているとき、ふと少女が先生とヒゲの男のところへやってきた。先生の孫娘なのだそうだが、琥珀のように美しい目をしている。孫娘の登場で先生は途端に、ただの爺さんになり、笑顔で孫娘をハグするのである。ヒゲの男はその光景を微笑ましく見ていた。


自分にとってかけがえのないものを持つことができる人の笑顔とは、こうも周囲を豊かにするものなのかと、嬉しくなった。


フラメンコというものをある作家が怒りの文化であると書いていたことがある。もちろん、まったくそれはなくもないのだが、そこに特化して見てしまうのはあまりに物事を極端に捉えすぎではないだろうか。第一、怒りの文化など後世に残してどうするのだ。見世物にして皆に広げてどうするのだ。怒ることは誰に誇れるものでもない、赦すことが肝心なのだ。困難をどのように乗り越えて赦すに至ったのか、そういった知恵や工夫を残していかなくてはならない。赦しは偉大であり、そしてなにより豊穣である。


エンリケ先生のカンテはもちろん素晴らしかった。ただの爺さんがまた歌手の爺さんに戻り、そしてその歌手の隣には、小さな女の子が手拍子をしながら、新しい瞬間の鼓動を刻むのである。




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by amori-siberiana | 2017-11-12 17:21 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、ありとあらゆるペガサス幻想を紡ぎだすヒゲの男、阿守のブログです。


昨夜、というべきではなく深夜。それはそれは壮絶なる雨が降った。そのおかげともいうべきか、北浜の気温はぐっと下がり肌寒さのなか銀杏の葉が道端を染めるようになった。以前は銀杏が散ると、そこからなんともいえない臭いがしていたものだが、最近は銀杏の雌雄を分別して植樹するのだそうで、以前ほど臭いが気になることはない。ヒゲの男がレンタルビデオ屋で働いていたころ、そこへくる常連客から殻に包まれたままのギンナンをひとつもらった。食べるでもなし、眺めるでもなし、そのままポケットのなかに放置していたら、いつしか凶悪な臭いを放つようになっていたことを思い出す。なんでもかんでも、もらわないほうがいいものだと、そのとき知ることとなった。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は北浜のオフィスから店に行き、そこから日本橋へ南下することにした。ヒゲの男と版画家の柿坂万作の居城であるクントコロマンサ。そこへやってくる斥候の男がライブをするというので、千日前にあるアナザードリームという老舗のライブハウスへ向かったのだ。


千日前アナザードリーム。ヒゲの男にとっては懐かしい名前である。


ヒゲの男が大阪へやってくる。同郷の小説家の男、ピアノ工房の男、ディジュリドゥ奏者の男、そして紙ならなんでも扱う会社の男の5人でバンドを組むことになった。別に純粋な香川県人でなければメンバーになれないという縛りはなかったが、知人もいないのであるから知己のあるメンツでやるより仕方がない。1996年とか1997年の話しであったと思われる。


バンドを結成して初年度に、音楽メーカーのヤマハが主催している「TEEN'S MUSIC FESTIVAL」というコンテスト形式のイベントに出場した。それまでライブなど一度たりともしたことはなかったし、どうするものかもわからなかったヒゲの男たちであったが、コンテスト形式なのでエントリーさえすればそれで出場ができたのだ。会場はバナナホールであった、この辺では一番競争率の高いエリアに出場して、見事にその場では優勝することとなった。当日の楽屋は足の踏み場もないほどのミュージシャンを目指す若者であふれていた。ヒゲの男たちのように右も左もわからないものから、すでにシーンで活躍している若き獅子までいろいろであった。


優勝者発表の際、ヒゲの男たちのバンド名が呼ばれたら会場から悲鳴があがった。現役で活動している優勝候補のバンドが幾つもあり、当然そういったバンドが優勝するものと思われていたところ、見たことも聴いたこともない田舎者が歓喜の美酒を飲むことになったのである。ヒゲの男は恐縮しながら、悲鳴を背中で感じながらステージ上にあがる。司会は歌手のaikoであったのは覚えている。いきなり自分たちのことを評価されたことに対して気持ちの準備ができてなかったわけであるが、小説家の男などは豪胆で冷淡なので、トロフィーをもらって当然くらいに思っていたかも知れない。


功績を得たからには、なにか行動しなくてはならない。まず、どうしようかということでレコーディングをすることにした。関西大学前のジュエルというレコーディングスタジオでオリジナル曲を録音(2曲)することにした。当時はアナログ録音の終焉の時代であり、ADATという小型のビデオテープのようなものに音を録音していくのだ。ビデオテープと磁気によって、何がどうなって音が保管され再現されるのか、その仕組みはまったくといっていいほど理解していないが、アナログ録音を経験できたことは良い経験であった。鳥の存在を知らずして飛行機には乗れないものである。


そうして出来上がったCD-RをCDとカセットテープが一緒になったコンポに放り込んで、CD-Rに詰め込まれた音情報をカセットテープにコピーして増産する。できたものをデモテープと呼び、そしてこの増産行為をダビングと呼んでいた。つまるところ、こういうバンドですよという名刺代わりだ。


デモテープを作ったのだから、次はライブをしようということになった。ライブといっても客といえば、メンバー各人の学友とか職場の同僚とかそういう類であり、バンドのファンというのは一人もいなかった。ライブとは名前ばかりの発表会のようなものだ、それで金を取ろうというのだから、ここまで人の義理にすがったこともなかろうと今さらながら思う。


誰が言いだしたのかわからないが、ヒゲの男が生まれて初めてブッキングにてライブをすることになった場所が千日前のアナザードリームである。当時の演奏のVHSをいまだに持っているのだが、再生する機械と機会もないので、どのようなライブだったのか確認のしようもない。ライブ当日、他のバンドのすべてが出演キャンセルとなったため、いきなりワンマンライブとなったのは衝撃的だった。メンバーがどのような服装で出演したのかすら当然のごとく忘れたが、どうせ汚い格好だったことに間違いはない。


結成間もないバンドなので曲は5曲くらいしかなかったが、それでも当時のヒゲの男たちのバンドの曲は長いもので1曲が10分くらいあったので、なんとなく発表会にはなったような気がする。ありとあらゆる知人にライブに来てくれよと請願して、なんとか集まった人たちから拍手をもらうのは、どうにも照れ臭かった。


ヒゲの男たちのバンドはアナザードリームでの発表会から、ほどなくして解散をすることになるのであるが、それ以来、アナザードリームに来たことはなかったので、おおよそ20年以上ぶりに会場に再訪することになる。感慨深いどころの話しではない、まるで前世の記憶をたどるようなものであった。会場の内外について何ら一切覚えていないことを改めて知ることとなった。


ヒゲの男が会場の前までくると、「あ、阿守さん」と声を掛けてくれるものがある。その聞き覚えのある声色の主は常連のガルパンの男であった。ガルパンの男と一緒に会場がある地下におりていく、地下にいるのは大体のところ地底人と世間的に相場が決まっているものだが、地底人はおらずにエイリアンと妖精がいた。会場は200人以上の会社帰りのサラリーマンたちがひしめき合うという、なかなか見られない光景である。なるほど、社会人バンドというのはこういう客層なのかと興味深い。


エイリアンは前座の演奏が気に入らないので、初っ端からブチキレている。そうそう、音楽を楽しめるまでに育てるのは、こういったエイリアンのような聴衆の力が甚大なのである。エイリアンを納得させられる音楽が作れれば、まだ出会わない地球上に隠れているエイリアンたちの琴線にも響くであろうことは自明の理だからだ。


芸術でもビジネスでも、なんでもそうなのだが、創作目標を圧倒的多数ではなく、誰かひとりに絞ることは人間の技において有意義なメリットを生み出すものである。皆に受け入れられようとしてはいけない、その魂胆というのは他者から透けて見えるものであり、その承認欲求の旺盛さが敬遠されてしまうのである。では、目標をどんな人にするのかについてだが、これについては目標を設定する側のセンスが問われる。真面目過ぎてもいけない、趣味に偏りすぎて自我が強すぎる人間でもいけない、精神のバランスが均衡で、物事中庸で公平、きちんと納税している人をターゲットにするのがよかろう。


会場にてヒゲの男は人の波をかいくぐり、ステージの最前列に陣取る。ヒゲの男の知っている曲ばかりを演奏してくれるので、ヒゲの男は嬉しさに発狂する。なかでもヒゲの男が愛してやまないSPICE GIRLSの「WANNA BE」を演奏して、そのあとにOASISの「DON'T LOOK BACK IN ANGER」がはじまった頃には、発狂もクライマックスである。


ヒゲの男もコピーバンドをしてみたいという欲求に駆られる。そう考えてみると演奏してみたい曲がわんさか出てくるのだ。オリジナルの曲など1音たりとも書けなくなっているのだが、書く気があるのかといわれれば、今はない。機会があればそういうことも再燃するのかも知れないが、誰に求められているわけでもないので、怠惰なヒゲの男は自らを奮い立たせて作曲の意欲を増進させる努力もしない。ただ、やはりコピーバンドはしてみたいとヒゲの男は改めて実感した。魔法の成分がどうなっているのか知ろうとするには、その魔法をそのまま真似て、ロジックを解析するのが一番である。


ヒゲの男は懐かしのライブ会場をあとにして店に戻る。店に戻るとちょうどハイタッチ冷泉と民泊の男が殴り合いをしているところで、厨房では版画家の柿坂万作がパンチの素振りをしているという、いつもの見慣れた光景がそこに広がっていた。


ヒゲの男がOASISを知ったのは、世間が彼らに熱狂するより、ずっとずっと後である。ヒゲの男はいつも遅いのである。流行の終電でやっとこさ追いつくという有り様である。しかし、終電ならではの乗客の忘れ物や落とし物、酩酊して下車できないままの乗客をじっくりと観察できるのも醍醐味ではある。


スイスで毎夏モントルージャズフェスティバルという大規模な音楽のイベントがある。そこへ行ったのはいいが、ヒゲの男は金がないのでフリーライブしか見られない。もちろんフリーライブでも凄まじい演奏をする奴らだらけなのだが、とにかく金がないのであちこち楽しもうという気も起らない。せっかくのお祭りなのに、なんだかやりきれない倦怠感を覚えながらホステルのロビーでぼんやりとMTVなるものを観ていた。


そこで偶然、貧しさと倦怠感をそのままバンドで表現したようなOASISの「WONDERWALL」という曲を聴いて、一発で惚れた。こんな素敵な労働歌があろうかと身震いしたのだった。みんなが口を揃えて歌いたくなるような、団結の歌である。


オアシスは何から何までクールだった。


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by amori-siberiana | 2017-11-11 13:21 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)をプロデュースしている、ヒゲの男こと阿守のブログです。


そういえば先日のことである。


店に版画家でシェフの柿坂万作と常連のガルパンの男、そしてヒゲの男の三人がなにをするでもなく佇んでいると、誰かが階段を昇ってくる音がする。ゴガという音とともに締まりの悪いガラス戸は開け放たれ、そこにいたのは用心深そうな男であった。見るからに会社帰りという具合の男は、開口一番こういう。


「水タバコが吸える店ってここですか?」


店内にいた三者が一様に顔を見合わせて、「???」という表情を浮かべる。会社員の男は水タバコという語句で検索をかけたところ、GOOGLEがこの店を指示したということを説明する。なるほど、おそらく水タバコを吸う男が来るということを書いたブログが検索に引っかかって、この会社員はそのように考えたのであろう。


ヒゲの男は会社員の男が何を見てやってきたのか知りたいので、会社員のスマホを見せてもらう。会社員から受け取ったスマホには、肉切り包丁をもって気色の悪い笑顔を浮かべるハイタッチ冷泉の写真がある。よくこの写真を閲覧してやってきたものだと感心すると同時に呆れる。


「ここで水タバコは売ってはいませんが、アヘンなら店内を探してみると、あるかも知れませんよ」と、ヒゲの男はウソともホントとも取れないようなことを平然と会社員に伝える。


「うーん、水入れたコップ用意して、ストローでタバコを吸ったら同じになるんやないですかね」と、これまた珍妙なことを言いだすのは版画家の万作である。ガルパンの男といえば、自己のスマホの中にて戦車を展開して戦争中であった。


目当てのものがなかった会社員は店の階段をそのまま下りていった。毎日、とにかく何かある店である。


さて、昨日のこと。


クントコロマンサ店内では、メインテーブルでは妖精の女と友人が食事を楽しんでいる。オルガン横の奥の席ではヒゲの男とアラタメ堂、そして常連の不思議な女が量子テレポーテーションの話しをしているが、それについての専門的な知識をもった人間が誰もいないので、いつの間にか「どこでもドア」の話しになる。


アラタメ堂はエビが好きで仕方がないそうである。自身が福岡へ出張に行っていたころ、大阪で一番エビを食べる男という代名詞を背負って、ご苦労にも血気盛んにエビを胃袋へ詰め込んでいたそうだ。もちろんエビの頭のミソまで吸い出すとのこと、エビから見ればアラタメ堂のバタリアン的行動は看過できないものであろう。


時代が変わり、人間が自らの想像力と破壊力によって自滅し、エビがこの惑星のトップに立つことがあれば、世紀の虐殺者としてアラタメ堂は裁判なしで死刑になるのではなかろうか。


常連の不思議な女も北海道の知人がこちらにやってきたとき、自分たちがエビの頭の脳髄まで吸い出すのを見せたところ、野蛮人を見るような白い目で見られたのだという。「あなたたち、これは捨てるところよ」と諭されたのだと、笑いながら話す。


ヒゲの男とガルパンの男は有頭エビを好まないので、その北の国からきた人間の意見に同意するが、アラタメ堂や不思議な女いはくには、なにを隠そうエビの頭ほど美味なところはないのだそうだ。アラタメ堂はとにかくエビが食べたいといい、明日のランチは1900円もするエビを食べることに決めたと、宣言を出す。


エビというのは元来めでたい食べ物である。もちろん、色合いが紅白なところもあるが、それよりもその生き方が素晴らしい。


エビは生きているあいだ、いつまでも殻を脱いでいき、今の姿にこだわらない。世の中が冬支度をはじめようかという秋にエビは逆で殻を脱ぐ。株でいうところの逆張りである。エビは生きている限り、固執せずに殻から脱し続けて、いつまでも若さを失わない。よりよく変化することを繰り返すということで、エビはめでたいのだそうだ。


つまり、永遠の18才なのである。


ヒゲの男は1900円もあれば、この店で目玉焼きが17個ものっかったパーフェクト・コロマンサが食べられますよと爆笑する。その話しを厨房で聞いていた万作は「ワシ、それ頼まれても、作りませんよ…」と、事前に釘を刺しておく。不思議な女は「コロマンサで例えたらダメよ」と、苦笑しながらいう。


ヒゲの男の母親も甲殻類が好きで、母親の実家へ行ったおりにカニなどが出ると、それはそれは凄惨な食べ方をするのである。よくいえば豪快、よくいわなければ野卑に食べる。カニの殻のことごとくは剥かれ、臓腑はえぐられて、最後は血管に残った体液すら吸われるような思いをするカニの気持ちを想像するとヒゲの男はいつも食欲が失せるのであった。


ヒゲの男には変なところ潔癖な部分がある。


他人の家で出されるものが苦手である。おにぎりなどはその最たるもの、あと飲み物の回し飲みなども苦手である。スコットランドでギャレスという男からタバコが回ってきたときも、えらく躊躇したものだった。そういうこともあり、ヒゲの男は潔癖でできあがっているのかというと、そうでもない。他人がみたら驚くような部分で潔癖とは疎遠でガサツだったりする。


話しは量子テレポーテーションからエビの話しへ移り、さらには不思議な女が子供のころに見た、大気中で燃えながら降りてくる人工衛星の話しになった。不思議な女が友人の家へ、星の観測をするという口実でファミコンをしに行った日、空に謎の光が現れたのだ。不思議な女はそれが人工衛星が大気圏内に突入した際に放たれる閃光だったということを、後になって知る。


「それは貴重な体験をしましたね」と、ヒゲの男は羨望のまなざしで不思議な女を見る。扱いとしては「火球」になるそうであるが、夜空のショーのなかでもとびっきりの体験であろう。自分が見たいと思ったときに見られるものではないのだ、流れ星というものは毎晩、行くべきところへ行けば見られるものだが、火球となればこれはグッとハードルが上がる。そうそう見られるものではない。


ヒゲの男も火球を一度だけ見たことがある。岡山の山奥だった、星空の下に寝転がり、誰が聴くでもなしギターを弾いていると夜空にバチバチと火花を散らしたような閃光が走った。ヒゲの男はキリスト教徒ではないが、「いよいよアルマゲドンがやってきたのか」と、ミーハーにも終末思想が頭を過った。しかし、最後の審判はいつまで経っても訪れないので、後になって調べてみるとそれが「火球」だった。


ヒゲの男がその話しを母親にすると、母親も小さい頃、火の玉を見たことがあるといっていたが、どこかヒゲの男の見てきた火球とは雰囲気が違う。母親がいうには夜空ではなく、ふわふわと目の前を通り過ぎていったというのだ。なるほど、母親のいっている火の玉というのは、鬼火と呼ばれる怪異のものか、球電と呼ばれる自然現象であろう。


そういえば、今日は母の69回目の誕生日である。誕生日を迎えた母親に向けてメール以外になにもしていないが、どういうことをすれば一番の親孝行になるのか、ヒゲの男はいまだにわからない。わかろうとすればするほど、わからないのである。


母親からは「こんなに太陽の光がありがたい日なのだから、日光浴でもしてビタミンを蓄えておけ」と忠告の返信があった。


母親に69才になった心境はどのようなものか訊いてみた、母親からは一言だけ回答があった。


「複雑な年ごろです」と。


母親もまだまだ思春期なのかも知れない。


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by amori-siberiana | 2017-11-10 13:01 | 雑記 | Comments(2)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。コロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて、かごの中に愛と勇気を一杯詰めこんで、配り歩いているヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


といっても日付が変わったばかりの頃。つまり、これから書くことは一般的な認識では一昨日の深夜ということになる。ヒゲの男と小説家の男は安宿にチェックインする、一泊で2000円。それでシャワーとトイレが完備されているのであるから、こんなにお得なことはない。チェックアウトも朝の11時なので、随分と良心的である。


安宿は老舗のうなぎ屋だったところを改装してゲストハウスとして利用しているとのこと。その低料金に惹かれてやってくるのか、それとも交流を求めてやってくるのか、圧倒的に外国人宿泊者が多い。ヒゲの男と小説家の男の二人とも、こういったドミトリーなホステル暮らしには慣れっこなので、なんら不便を感じるようなことはない。


とにかくヒゲの男が貧乏旅行をしていたその脇には必ずといっていいほど、この血色の悪そうな顔にギョロリとした目、そして出歯の男が影のようにいるのである。ヒゲの男にとってITの黒子は冷泉であるが、貧乏旅行においての黒子は小説家の男なのである。


ゴシック建築になど興味がないとロンドンで本ばかり読んでいた、この小説家の男を巧みにダマしてビッグベンまで連れて行った。いつもと地下鉄が違うと違和感をもっていた小説家の男だが、地下鉄の駅から出るや目の前にビッグベンなる建物が現れるや、言葉を失っていたではないか。


スコットランドでは海岸でドラムを演奏して、地元の奴に気に入られてパブへ行き、随分と酩酊した。湖水地方では小説家の男は何を考えたかボートを借りて、湖に漕ぎだす。静まりかえった不気味な湖であったが、ボートが湖の中心部へ到着したときに大雨が降りだす。小説家の男は半ばヒステリーになりながら、ボートに入ってくる水を転覆しないように掻きだしては、命からがら岸に辿りつくような冒険譚もした。その様子を小高い丘の上から見ていたヒゲの男は腹を抱えて笑っていた。


リバプールではビートルズゆかりの「キャバンクラブ」で演奏するということで、ホステルの英雄となり他のホステル宿泊客のほとんどがライブに来ることとなった。マンチェスターでは、日本円を5000円しか両替しない旅行をしている小説家の男に、ディジュリドゥ奏者がストリート演奏で稼いだ金を小説家の男に恵んでいた。


イタリアでは早朝に叩き起こされ、スイスではマッターホルン山麓で凍傷になりかけ、オーストリアでは洗濯ばかりをして、ミュンヘンではビアホールでたらふく酒を飲み、そのまま深夜列車に乗ってパリへ行く。パリではインラインスケートを履いて、毎晩のようにぐるぐるとルーブル美術館のピラミッドを回り、スウェーデンでは船に乗り、フィンランドでは落ちたリンゴをテニスのラケットで打ちまくった。


インターネットがやっと普及しだした頃だったので、ネット内にはそんなに多くの情報はなかった。そういった探し物をするのに一番有効だったのは、まだ紙の媒体であった。


ヒゲの男は当時のことを懐かしみながら、小説家の男と一緒にホステルのカウンターでカップ麺をすすっていた。カウンターの奥には段差があり、そこは座敷となっている。座敷にはテレビがあり、そのテレビが乗っかっている台にはスーパーファミコンと初代のマリオカートがある。ヒゲの男は地元ではマリオカートの神といわれていたのだ。


およそ20年ぶりにマリオカートをやってみるが、頭のなかではスムーズな動きをするはずなのに、実際はなんだか手につかない感じがする。イライラしたままゴールをすること、全盛期に比べて2秒も遅くなっていることにショックを受けて、ヒゲの男はマリオカートをやめて自室に戻りフテ寝をすることにした。


寝ては起きて、その日の宿泊先を決めて、そこへ移動して寝る。そして当時は連泊できる安宿が少なかったので、起きたらすぐに宿を叩きだされ、その日に泊まれるところを探すために電話をかけまくって、その宿がある用事もない街へ移動してという繰り返しだった。今になってみれば楽しそうな思い出に聞こえるであろうが、これはこれでなんらの安らぎも得られない苦難の旅であった。


人は安定が続いたときには、反乱を望み。不安定が続いたときには何に代えてもいいからと、安定を望む。いつだって人の考えることに一貫性などないのだ、その場その場で決めていたり、流されたり、大河の上に揺れる笹舟のようなものであろう。


店のことはどうしたのだ?といわれるかも知れないが、特に何もなかったのだ。いつものクントコロマンサ、1分間を誰が60秒だと決めたんだという具合で、ゆっくりと時間が流れていた。


さて、明後日の11日(土)のことであるが、北浜にあるツタの絡まる風情ある青山ビル。そこのギャラリー「遊気Q」にて、カンテ(スペインの伝統的な歌)とフラメンコギターのライブがある。歌いあげるのはエンリケ先生、入場は無料だとのことなので是非、時間に余裕があるかたは行ってみていただきたい。ヒゲの男は椅子をギャラリーの女に返却するついでに、見に行こうと考えている。


由緒あるポートピア'81(神戸ポートアイランド博覧会)の椅子は、まだ返却できていないのだ。


久しぶりにトニー・ガトリフ監督の「ベンゴ」という映画のサウンドトラックを聴いてみたくなった。これに出ているトマティートが、悪魔のように不気味で格好いいのだ。


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by amori-siberiana | 2017-11-09 19:01 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)にて化粧もせずに、なんらかを企んでいるヒゲの男こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は北浜近くにあるゲストハウスで起きる。一泊の予定であったが、なかなか居心地がいいものだと考えたので、もう一泊することを受付の女に伝える。というよりも、キャリーバッグをヒゲの男のベッドがある四階から一階へ下ろすのが面倒なので、さらに一泊すると判断したのであろう。平日のゲストハウスは閑散としていて、外国人がまばらにそれぞれ好き勝手なことをしているという状態である。ヒゲの男の意向は、すんなりと受付にて受け入れられることとなる。


ヒゲの男は宿をでて、北浜のオフィスへ立ち寄り、そこから南船場のパン屋「き多や」へ向かう。アハハの女から連絡があり、「今夜、店に行くからオムライスとフレンチトーストを食べたい」とのことだったので、バゲットを買いに行くのだ。


そういえば…。ヒゲの男はあることに気がつく。


「き多や」は南船場に本店があるのだが、それよりも少し北側に支店(三休橋店)があることを思い出したのだ。歩いても本店と支店では5分くらいの距離なのだが、ヒゲの男の現在地からすれば支店のほうが近い。なるほど、それなら支店へ向かおうと決める。


昼が過ぎた頃であったが、運がいいことに三休橋店にはバゲットが二本あり、そのうちの一本を購入する。ヒゲの男がバゲットをトレーに置き、会計をしようとすると店員の女が、ヒゲの男にこういう。


「今日はこちらの方が都合がよかったのですか?」


ヒゲの男は自分の行動が見透かされたことにより、ドキリとする。別段、何か悪事をしているわけでも背信行為をしているわけでもないが、ドギマギしながら「はい!そうなんです」と返事する。


「阿守さん…ですよね?、いつもありがとうございます」とは、店員の女。


「どうして、僕のことをご存知なのですか?」と、ヒゲの男はキツネにつままれたような思いになる。


店員の女は軽やかに微笑みながら、「き多やでは、阿守さんを知らない人はいませんよ」と返答をしてくれる。バゲット一本でここまで重宝してくれるのであれば、ヒゲの男は店中のパンをすべて買おうかと豪気に駆られるが、過ぎたるは及ばざるが如しなので、必要なものだけ買うことにした。接客の極意をここに見たりという具合であった。


バゲットを抱えて店に行く、版画家の柿坂万作は炊き上がったご飯を相手にオムライスの下ごしらえをはじめていた。しばらくすると、大きなキャリーバッグを抱えて小説家の男が階段を登ってくる。今夜はどうやら小説家の男とヒゲの男が店でイベントをするそうだ。イベントといっても演奏がメインのものではないので、浩司ばいが用意してくれた機材に小説家の男が持参した機材を繋いで、音が出るかどうかをテストするだけでいいので、たいしてすることはない。


開店前に星師匠が手伝いにやってくる。星師匠は階段、二階、三階、買い出しにと東奔西走してくれる。クントコロマンサが開店する、客がやってくる。ヒゲの男がいうことには、今夜はヘヴィメタルを語り合う会なのだそうだ。


イベントの内容について、あれをこうしたこれをどうしたという説明は後日にすることにする。書きだすとキリがないものであり、実は一度でいいので系統だててメタルというものについて文字に起こしてみたいという思いもあるからだ。ここで時間に追われながら中途半端に書いたのでは、苦労のかいがないというものだ。イベントの概要はメタリカの「Enter Sandman」を契機として、その曲が発表される以前のメタルシーンと以降のメタルシーンの流れを追うものであった。革命的なアルバムであったのだ。


ヒゲの男はこれを「Eマイナーの挑戦状」と呼んでいる。


この日、小説家の男とヒゲの男は同じ宿に泊まることとなっており、そこの門限が23時ということなので、話したいことは沢山あったが、時間は無情にも刻一刻と迫ってきているので、逃げ出すように二人で店を出る。途中のトイレ休憩も入れずに、メタル談義にお付き合いいただいた諸氏には感謝である。


メタルにまったく興味のない版画家の万作がいうには、ヒゲの男が関わったこれまでのイベントのなかで抜群につまらないイベントだったそうであるが、来場者からの声はおおむね良好である。


今回のために機材や資料の提供をしてくれた、皆に感謝を述べる。ありがとう。


次回は、是非ともジャパメタをやってみたいものだ。


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by amori-siberiana | 2017-11-08 21:21 | 雑記 | Comments(0)


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