カテゴリ:雑記( 67 )

こんにちは、大阪は証券取引所の由緒正しき町、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを営む阿守のブログです。


さて、昨日のことになるがヒゲの男は南船場のパン屋「き多や」へ、バゲットを買いに行く。そこでパン屋の女から「わざわざ関東の人と九州の人が阿守くんからの紹介やいうて、うちのお店に来てくれたで」と教えてもらう。


「アンタ、ちゃんとうちのこと宣伝してくれてんねんなぁ」と、ことばを続けてパン屋の女は感心したようにヒゲの男を見る。ヒゲの男も遠路はるばる、律儀に「き多や」に顔を出してくれるなんて律儀なお客さんだなと感心することしきり。


バゲットとパン各種を赤い紙袋に抱えて、店に行ってみると昨日までの狂騒がウソのように店は片付いており、ステージは折りたたまれていて、バー・カウンターとなっている。この一見、便利そうにみえるバー・カウンターだが、今のところ残念ながら無用の長物となっている。版画家の柿坂万作が作りたくて、作ったものなのだ。決して、作る必要に迫られて作ったものではない。


ヒゲの男は上のアトリエから楽譜を持ってきて、何やら計算する。何を計算しているのかと覗いてみると、今月の30日に画廊喫茶フレイムハウスで演奏をする吟遊詩人の女の曲を分解して、それを書き留めているのだ。


吟遊詩人の女は「DADGAD」という変わったギターのチューニングを使う。ヒゲの男は「CGCGCD」という珍妙なギターのチューニングを使う。


つまり、「DADGAD」のチューニングにおける吟遊詩人の女の指のポジションから、音階を抜き出して、その響きがなんたるコードになるのかを解析する。そして、解析したのち、ヒゲの男のチューニングにおいてはどこに指をおいて鳴らせばいいのかと書き起こしているのだ。


なんたる、面倒な作業であろうか。


その昔、黒船来航に揺れていた日本。アメリカ人のペリー提督と江戸幕府側の人間が話すために、英語から一度、オランダ語を通じて日本語に訳されていたと記録に残っているが、それと感覚的にはよく似ている。何度もフィルターを通すことで水のように濾過されればいいが、人の思いというのは水ではない。だから、ただただ、ややこしく歪曲してしまうだけなのだ。


ことばというものには二種類あり、発せられた瞬間から一気に経年劣化していくものもあれば、発せられたときには無意味であったとしても、後になって絶大な効果を持つものもある。ヒゲの男はことばを使うとき、この二つに注意をして使っている。


常連のガルパンの男が来店して、その後、理科の先生にはならなかった女が階段をのぼってやってくる。万作はいつものようにカウンターのなかで壁画に取りかかる。店のなかには吟遊詩人の女の歌がスピーカーから、すこし響いては巻き戻され、響いては巻き戻されを繰り返し、その都度、ヒゲの男の目の前にあるメモに文字が並んでいく。


ヒゲの男がおもむろにペンを右手に持った状態で指揮者の真似事をする。ややこしい曲があるのだ、「6666 5555 5556 6666 6666 5555 5556…。わからん」とブツブツ言いながらヒゲの男は拍子をメモに書きつけていく。


「あっ!」


大きな声をあげたのは、ヒゲの男であった。指揮棒のようにして振っていたペンが、その猛烈なる遠心力によってインクが溢れだし、ヒゲの男の右手を真っ黒に染めたのだ。


真っ黒といえば、いつも黒い服に身をまとったハイタッチの男こと冷泉は最近になって顔を出さない。


「阿守さん…、僕、ドクター・ストップがかかったかも知れないんです。これから休肝日を作ろうと思ってるんです」と言い残してから、冷泉は店に足を運んでいない。


ゴガッ。


締まりの悪いガラス戸が開かれる、いちげんさんの最強のパンチを持つ男がやってきた。それに続いて、上下ともダークスーツに身を包んだ冷泉がやってくる。冷泉と一緒に来店してきたのは、これまたいちげんさんの愛媛から来た男である。


冷泉は入り口すぐ近くの椅子にもたれかかる最強のパンチを持つ男を見て、口を開く。


「あ、あれ?こ、こんなところで、なにを、してるんですか」と驚いた様子。どうやら顔見知りのようである。若干、呂律が回っていないのは体内にアルコールがすでに取り入れられている証拠であろう。


最強のパンチの男は、どうやら冷泉が昼間、今晩21:30頃にフレイムハウスで飲むとSNSを使用して宣言していたのに乗っかったようであった。


そのあと、会計事務所のオーナーもやってくる。そう、俊敏な蹴りを持つ男で興味本位でキックボクサーのやり方で蹴ってみてくれと左足を差し出したヒゲの男を華麗に病院送りにした男である。


久しぶりのメンツが揃ってしまった。はじまるのは、もちろんのこと殴り合いである。


冷泉と最強のパンチを持つ男が、互いを殴りあう。ヒゲの男は腹を殴られる音を聴くために、コルトレーンのジャズを止める。冷泉が最強の男にパンチを繰り出す。


アレクサンドル・カレリンを小型にしたような体躯を持つ、最強の男は冷泉のパンチを受けて、「ほう、いいパンチだ」と満悦そうにいう。


「どうせなら、5発くらい連続でパンチしてください」と冷泉に向かって、追加オーダーを要請する。


冷泉の右パンチが最強の男の腹をめがけ一閃する、1発、2発、3発…、8発。乾いた音が店中に響く、理科の先生にならなかった女はその一部始終を興味深そうに見ていた。その瞳は確かに化学者がモルモットの動向を期待して見るような目であった。


次は冷泉が最強の男のパンチを受ける番である。しかし、最強の男がいうには利き手の右を今日は封印するとのこと。


ヒゲの男は最強の男にきく。


「どうして、右は封印されてるのですか?」


「ああ、今日、筋トレをしすぎたんですよ。なので利き腕は使いものにならないのです」という。なるほど、これもある種の先行投資なのだなとヒゲの男は考えた。今より未来、未来よりもう一歩先。今の筋肉痛はのちの布石となって効果を出すのであろう。会計事務所のオーナーは店を壊さぬように、殴りあう二人の位置関係に気を使ってくれながら、ニヤニヤしている。


そんなやりとりが続くなか、ゴガッという音がする。


また、とんでもないタイミングでいちげんさんがやってきたのである。端正な顔立ちをしたスマートな男がファイトクラブの最中に店に入ってくる、どうやらここにいる面々とは付き合いがある男のようだ。


冷泉がヒゲの男に向かって、彼を紹介する。


「あ、阿守さん、彼の仕事を阿守さんは、めっちゃ好きなんじゃないかなと、僕は思てるんです」と、たどたどしく日本語を繋ぐ冷泉。


「そうなんですか、是非、どんな仕事をしているのか知りたいです」と、ヒゲの男は顔を突き出し気味にして応答する。


「彼の会社はね、ヌキをしてくれる会社なんです」


「ヌキ…?」


「はい、ヌキです」


「もしかして、マッサージ屋さんという看板を掲げながら、追加料金を出せば別室へ消えていくというヌキの商売をしてるのですか?」


ここで一同は爆笑する。ヌキの会社のオーナーも苦笑をする。


会計事務所のオーナーのフォローがここで入る。


「加藤さん、それ説明、雑すぎ!」


よく聞いてみると、彼の会社は画像から必要な部分を抜きとるとき、フォトショップなどを使わず、自動的に白抜きしてくれるソフトを開発したのだということ。それを「ヌキ」というらしい。冷泉の説明ではまったくわからなくて当然なのだ。別にヒゲの男がやましさを心に持ち抱えて、ここぞというときに発露したのではない。


「阿守さん、すいません、ギターを弾いてください」と、いつも唐突に冷泉はヒゲの男にオーダーをする。


冷泉と会計事務所オーナーは「リトアニア舞曲」が好きなので、ヒゲの男はそれを弾く。聴きたい人間がいるのだから、弾くしかなかろう。


するとヌキ会社のオーナーの男もギターをするという。ヒゲの男は一般的なチューニングになっているギターを彼に渡して、そこから一緒にセッションをしてみることとなった。最初の一音を出した時点で、このヌキの男はそんじょそこいらのギターが趣味ですとは違うなということは、ヒゲの男にはわかっていた。


適当なセッションが終わったあと、おもむろにヌキの男はヌーノ・ベッテンコートの「MIDNGHT EXPRESS」を弾きだす。ヒゲの男は驚愕する、まさか自分以外の他人がこの曲を弾くことを目にすることができるとは(!)。


ヌキの男、若い頃は「広島のイングウェイ」という異名を持っていたとのこと。ヒゲの男と会計事務所のオーナーと、広島のイングウェイは学年が同じということで、聴いている音楽などもリンクしている。腹の殴り合いは、いきなり音の殴り合いへと発展する。


「僕、恥ずかしい話しですが、TEEN'S MUSIC FESTIVALという音楽コンクールに出場して、地元でベストギタリスト賞をもらったんですよ」と広島のイングウェイはいう。


彼が広島でベストギタリスト賞をもらったのと同じ頃、四国地方の高松で同じコンクールに出場して、そこでベストギタリスト賞をもらっていたのは何を隠そう、目の前にいるヒゲの男である。


そこからはロック音楽の祭典である。広島のイングウェイはメタリカを弾き、香川のヒゲの男はメタリカを大声で歌う。レディオヘッドの「CREEP」になると、会計事務所オーナーも身を乗り出してくる。音楽にさほど興味がなさそうな冷泉は、先ほど店に入っていた常連の不思議な女となにやら話しをしている。


不思議な女が広島のイングウェイに落ち着いた声でいう。


「あれやって欲しいの、ニルヴァーナの…」


広島のイングウェイはその指を「F」のコードに合わせる、「SMELLS LIKE TEEN SPIRITS」のはじまりである。冷泉が近すぎる距離感でヒゲの男の隣にやってきて、一緒に大合唱をする。とにかく何度も何度もハイタッチを求めてくるので、見ているほうの手が痛くなってくる。


Hello, hello, hello, how low…。呪文のように投げかけられることばである、一体誰に向けられているのか、その実、誰にも向けられていないのかも知れない。


「おっ、誰か来はったな」と、万作がいう。


締まりの悪いガラス戸は開き、いちげんさんが入ってくる。このクソやかましい宴の最中によくぞ入ってきたと一同から祝辞を述べられる。埼玉からやって来ている内燃機関エンジニアの男だ。深夜にもかかわらず、どうも店から賑やかな歌声が聴こえてくるので、いてもたってもいられずに勇気をだして階段をのぼってきたのだそうだ。


よくよく、人間の好奇心というものは、不可思議な発動のしかたをするものである。


不思議な女がエンジニアの男から聞くところによると、昨夜の「ガエル・ガルシア・ベルナル四重奏団」のイベントのときにも、店から音楽が漏れてくるので気になって仕方がなかったのだそうだ。店の前の駐車場で、「入るか、入るまいか」を逡巡しながらタバコを5本吸い、そしてその日は断念したのだという。


ところが昨夜だけでなく、今夜も店はやかましい。もう気になって仕方がなかったそうである。


音楽の宴はエンジニアを加えて、さらに続き、そこからはビジネスにおける経営者哲学の話しになった。その話しもヒートアップして、夜中の2時まで論議することとなった。色んな職種の人間がひとつのところに集まり、経営者側の人間と従事者側の人間とが気兼ねなく意見交換をする場所というのは、フレイムハウスならずともバーでの大きな醍醐味であろう。


フレイムハウスが特筆すべきは、彼らがたまに殴り合うことである。


ここは体育会系のカフェなのか?とよく聞かれることがあるが、それはある側面からの特徴しか捉えていない質問である。


ここは、出会い系なのだ。


その夜、広島のイングウェイとDREAM THEATERの「METROPOLIS」の間奏部を帰りのタクシーのなかで口ずさみながら、ヒゲの男は自分が若返ったような錯覚をもった。


冷泉とヒゲの男は飲み足りないということで、ヒゲの男が行きつけだった絶品のコーヒーをだす「キリギリスの店」へ向かうが、あいにく閉まっている。


二人は鈴虫がなく近くの公園へ行く。セメント製の遊具の高台によじのぼる。冷泉は近くのコンビニで買った、富士の天然水(1.5L)をガブガブと飲みだすが、酔っぱらっているのか、半分くらいはダークスーツをビタビタに濡らすこととなってる。


普段は子供たちの居城であろうこの場所に、ヒゲの男は寝転がる。空にはすでに冬の星座が出てきており、ダイヤモンドの形を描いている。


「あの赤い星、わかりますか」とヒゲの男は寝転がったまま、体育すわりの冷泉に問いかける。


「はい、赤いの、ありますね」


「あれ、ベテルギウスっていう超巨大な星なんです。でも、もしかしたらすでにこの宇宙から消滅してしまってるのかも知れないんです。今の光は600年前の姿なんです」


「光の…、速さ…、宇宙、すごいですね」


酩酊状態の冷泉はそうつぶやいたあと、最近、彼が知り合った老人の話しをヒゲの男にする。リッツ・カールトンでいつもプカプカと浮いている老人の話しだ。とても風変わりで素敵な億万長者の男である。


誰もいない公園の遊具の上で、高名な投資家ウォーレン・バフェットを切り口として、「投資」の本質について二人は話しあう。


「投資をギャンブルだと考えてる人間は多いのだけれど、つまるところそういう人は個人主義のギャンブルや小遣い稼ぎ程度の投資しかできないのだと思います。けれど、それは投資の意味合いにおいて最たる重要なところを欠落させています」


ヒゲの男のことばを聞いて、冷泉は静かにうなずく。


「僕は投資というものは、社会全体の成長を促すためにすべきだと考えています。そしてその成長は万民の豊かさをもたらすものであれば、なおのこと良質です」


寝転がって星を見ながら理想を口にしたヒゲの男は、「それ、やりましょ」とハイタッチを求めてきた冷泉のハイタッチに応えて、立ち上がり、高台の遊具に備え付けられた滑り台を立ったまま、するすると滑り下りる。


冷泉もヒゲの男の真似をして、立ったまま滑り台を降りようとするが、滑り台の半ばで千鳥足はもつれ、真っ黒なスーツのまま地面にもんどりをうって転んだ。


「阿守さん、僕、多分、血ぃ出てます…。アハハハハ!」と豪快に笑う冷泉。


時刻は朝の4時を少しばかり過ぎていた。



投資で成功する秘訣は、自分自身に内在する― ベンジャミン・グレアム


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by amori-siberiana | 2017-09-21 16:07 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにて喜劇を演じている阿守です。


まだまだ湿気を含んだ夏の名残りの風が吹く北浜。その北浜にてオフィスにこもってコーヒーばかりを飲んでいるヒゲの男がいる。この男はいろんな職種の人間が集まる複合型のオフィス(コワーキングスペース)において、どんどん格好が崩れてきている。


この男が北浜のオフィスにやってきたとき、まだ会社をしており、それなりの格好をしていた。人を外見で判断するのはよくないが、85%の人は外見で決まるのだ。そうでなくては、ここまでブランド業界が長続きするわけがない。人が服を着るのではなく、自尊心と見栄が服を着て尊大に歩いているのが世の常だ。


話しを戻そう。このヒゲの男が北浜のオフィスへやってきて、少しして彼の会社は解散した。一人のバカ野郎が会社の金を使い込んでしまったのであるが、そんなことはどうでもいいのである。ヒゲの男はこのバカ野郎が使い込んだ金を海外口座などに隠しているのではないかと、独自に潜入捜査を開始したが、スカンピンだということがわかったので追求するのをやめた。


追求を深めていくと、妖怪が沢山でてきたのである。人外魔境にヒゲの男は興味があるが、ヒゲの男の一番嫌いなことばは「筋(スジ)」とか「仁義」とかである。こういう金縛りのような質実が伴わないことばを繰りだす妖怪連中が出てきたので、ヒゲの男はアホらしくなってきたのである。


ここでヒゲの男の人生は大きく変わる。


自分たちの仲間で作った会社が解散したことで、ヒゲの男は明日から何もすることがなくなった。正確にいえば、近日中に何もすることがなくなるのであった。


そんなとき、時を同じくして来月には店を畳んでホームレスになってしまう男が北浜にいた。版画家の柿坂万作という男である。度重なる家賃滞納、客からの借金、光熱費の未払いが重なって、クビが回らなくなっていた。ヒゲの男はこの店へ週に一度くらい訪れる客であった。


この二人が互いに絶好のタイミングで出会ってしまったことで、画廊喫茶フレイムハウスを二人で共同経営していくことになった。


それからというもの、ヒゲの男の北浜オフィスにおける服装はどんどんと崩れていき、今では「NASA」と書いたシャツに綿パンというラフなものになった。そもそも北浜のオフィスはヒゲの男が、「会社が、もしものときには」ということを想定して用意しておいたオフィスである。


以前の会社の仕事をそのまま個人で引き継ぐ、それが実現できれば人件費もかからずに坊主丸儲けくらいに考えていたが、業務引き継ぎの場合は、それをめぐって社内の利権闘争に発展することは必定であり、それを回避するために同業種での独立は諦めた。


いや、正確にはウンザリしていたのだ。バカのように毎日文章を書いて書いて書きまくって、人心を操ることにすっかり飽きてしまった。生活の豊かさと引き換えに、何かを失っていくような気がしていた。いや、その実、何も失っていないのかも知れない。とも考えていた。


が、ヒゲの男が画廊喫茶フレイムハウスに関わるようになってから、ヒゲの男はやっぱりいつの間にか何かを失っていたのだということを確信した。とにかく笑うことが多くなったのだ、あざけり笑うのではなく、心底、愉快だから笑うことが多くなった。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が自分の店でイベントをすることになった。版画家の柿坂万作はその怪力によって、店にあるテーブルをすべて上の階のアトリエへあげる。


日和見音楽家であるヒゲの男が、ランチの営業を早めに切り上げて、偉そうにリハーサルなどをするというのだから、恐れ入ったものである。


ヒゲの男とは同郷の友人であり、長年の苦楽を共にしてきたらしいギター弾きの男がやってくる。さらに同じく長年の友人である太鼓もちではなく、太鼓を叩く男がやってくる。この太鼓の男は近頃、小説家としてデビューするそうであり、それを意識してかどうか鳥の巣のようなパーマをあてていた。


万作はリハーサルの途中、頃合いを見計らって銭湯にいく。この銭湯から戻ってくる時間がいつも開店ギリギリなので、ヒゲの男は冷や冷やさせられることが多い。しかし、考えてもみるとイベント慣れしていない人間の行動はこんなものであろう。


それを見越して、ヒゲの男は宗教画のモデルの女を三顧の礼にて迎えている。彼女がいないと幾つかのイベントは完全にその機能をマヒしてしまっていたであろう。まったくもって、ありがたいことである。


当日、ガエル・ガルシア・おにぎりという特別メニューを出すことになっていたが、万作は風呂へ行ったまま帰ってこないので、結局は宗教画のモデルの女が握ることとなった。


「なんだかすいません、いつも苦労ばかりかけてしまって」と、ヒゲの男は宗教画のモデルの女に感謝と詫びを伝える。


「ええよ~、気にせんといてぇ~」と、宗教画の女はその異国風の顔立ちからは想像もできない、完全無欠の大阪弁のイントネーションで快く返答してくれる。


しばらくして、万作が風呂から戻ってくる。


「いやぁ、ワシの計画どおりやな。今日はイベントやからはように帰ってきましてん」と、胸を張っていうが開店時間は間近である。なかなかタイトロープな時間概念をもつ万作の放った珠玉の一言に呆れながらも、セッティングは整う。


少し遅れて、電気工事士の山本という男が店にやってきて、出演するメンバーも全員が揃うこととなり、イベントの開始である。


一曲目は「THE MINT」という名前がつけられた曲だ。


不思議な浮遊感をもつ曲である、基本的にはたった二つのコードが押し合い引き合いを繰り返すだけの単純明快な曲である。ところが、そのどちらも地に足がついていない、重力を感じない世界の音が散文的に流れるようなのである。なにがどう影響して、そのようなアンサンブルになっているのかは謎だが、ヒゲの男はこの曲を最初にもってくるのを好む。


そういえば、ミントという植物の香りは、それを嗅いだ人間を遠い故郷に連れかえる効能があるといわれるので、妻に嗅がせないようにしたというヨーロッパの古い風習があると聞いたことがある。


ここからギター弾きの男が作曲したという曲が続く。コードを鳴らすだけで勝手に物語が進行していくという卓越した戦略のもとに構成された音楽たちだ。洒落たコードを組み立てる男だ。


二部構成で行われた本イベント。メインである「サン・ジェルマンの殉教」という曲は二部の最初に演奏された。


とても小さな音からはじまった曲は、ギター弾きの男が奏でる当て所なき独白を経由して、徐々に音の幅を広げていく。曲の導入部の静寂なところで、万作がアイスピックで氷をガツガツする音をさせるが、ヒゲの男にはその音が心地よかった。氷を砕く音、その音はアイゼンを山肌に突き立てながら、凍てついた山を登りこえる音と同じだ。


太鼓叩きの小説家の男、電気工事士の山本と名乗る男のベースが静かなるままにうねっていく。我慢に我慢を重ねて音を紡いでいくさまは、賽の河原に石を積み上げるがごとく。その所作は一見すると無意味なことではあるが、石を積み上げる人間にはその人間なりの考えがあるのだ。


そしてその刹那、音が弾ける。


いきなり光が差し込んでくるのである。目が潰れそうな焼けつく太陽の光ではなく、一日中、太陽の落ちない土地に降り注ぐ柔らかな光である。ヒゲの男はこの曲を作ってはみたが、これまで4人でここまで来れたことはなかった。宝の地図の案内のままに音を紡いでいっても、いつも目当てのものはそこにはなかったのだが、…この日は違った。


今まで来たことのない場所に入り込んでしまったことにヒゲの男は演奏中に気がついた。いつかは行ける日が来るだろうと、長年、待ち望んでいた瞬間だったのだ。


そこには何がある?


そこにあるのは記憶のタイムカプセルだ。ヒゲの男が詰め込んでいた感情の記憶が冷凍保存されてそこに眠っているのであった。社会的になんら価値のある宝ではないのだが、ヒゲの男はいつの日か到達できるだろうという瞬間が、よりによってこの猫のひたいのような小さな場所でやって来るのかと驚いた。曲が進んでいくごとに、それは期待から確信へと変わっていった。そして、確信したと同時に安堵に変わった。


やっと、「殉教」が完成したのだ。


最後の音は確か「E(ミ)」であっただろうか。


そういえば、数学上で「E(e)」は離心率を指す。


ヒゲの男は数学などほとんどわからない。アリストテレス以前の数学すらよく知らない。だが、ヒゲの男はこの「離心率」ということばが好きである。このことばに勝手な自己解釈をつけている。この曲を終わらせるには、絶対に「E(e)」で終わらせるのだとヒゲの男は誓っていた。そうしなければいけない理由があるのだ。


人が前に向いて歩いていくには、過去に心を置き去りにしたままではいけないのだ。悲しいことだが、そこから自分の心を引き離さなくてはならない。いつまでも死体の横で一緒に寝るわけにはいかないのだ。


この日の「E(e)」は長く長く続いた、それは本当の別れを惜しんでいるかのように長く長く続き、そして、しっかりと途絶えた。


最後の一音は、空間と時間へ、消え入るように、還元されていった。


演奏者している人間も、それを聴いている人間も一緒にたったひとつの「E」の音を追っていた。


長い旅は終わり、長い拍手がなった。なんという温かい拍手であろうか。これではヒゲの男がみんなにチップを払うべきである。


そして、次の曲がはじまった。


店の時計は、長い旅が終わったままの時間で止まっている。次の曲のときに時計を止めたのだ。そういうことをしても平気な場所が、愛すべき画廊喫茶フレイムハウスだ。ナンセンスなことで一杯な割り切れない割り算のような、喫茶店である。


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by amori-siberiana | 2017-09-20 16:52 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを切り盛りするヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、日曜日のこと。


朝のうちからヒゲの男は道具屋筋に行き、店名を「画廊喫茶フレイムハウス」から切り替えるタイミングで、のれんも一新しようと考えているため、予算がどれくらいになるのかの調査を開始する。ついでに革靴のゴム底が剥がれてきているので、その修理も兼ねての外出である。


「なんぼフェラガモでも、やっぱり日本の湿度にはかなわんな」とは、靴修理の達人の男。年齢の割にしっかりとした髪を蓄えてはいるが、その全てが白髪となり、それが職人としての風格となり独特の雰囲気を持っている。


代えの靴を持ってきていなかったヒゲの男は、取りあえずの応急措置だけしてもらうことにした。


イベントの日だけでもメニューがあったほうがいい、という助言を宗教画のモデルの女からもらっていたので、ヒゲの男は画廊喫茶フレイムハウスに合うメニュー帳を道具屋筋で探してみる。飲食業に関連するものを扱う店が並ぶ道具屋筋、近場にありながらヒゲの男にはこれまで無縁だった通りではあるが、今となっては重要な場所である。


目当てのメニュー帳があったので、そのままランチ営業をしている画廊喫茶フレイムハウスへ向かう。そこでデザイナーの女と合流して、青山ビルにあるギャラリー「遊気Q」へ向かう。


先日、ギャラリーにて四柱推命占いをしてもらったとき、火曜日のイベントで店に椅子が必要だから貸してくれないかと、ヒゲの男はギャラリーの女に頼み込んでいたのである。ギャラリーの女は快く了解をくれた。


ギャラリーに到着して椅子を運びだすが、これがなかなか重たい。パイプ椅子なのにどうしてこんなに重いのかとヒゲの男が苦心していると、ギャラリーでオーナーをする女がいう。


「その白い椅子が重たいんですよ」


確かに黄緑の椅子が7脚、そして白い椅子が3脚ほど一緒になって逆さのまま積み重なっている。この3脚が相当な重量があるのだ。


「でもね、それは由緒正しき椅子なんですよ」と、ギャラリーの女はいう。


「ええ、どういう由緒を持ってるのですか?」と、合点のいかないヒゲの男は聞き直すが、ギャラリーの女は椅子をひっくり返せばわかるとだけ返答をする。


ギャラリーから堺筋を超えて画廊喫茶フレイムハウスまで椅子を運び、逆さに積み重なった椅子をひっくり返してみると、座席のクッションのところに「PORTOPIA '81」と書かれていた。


それを見た版画家の柿坂万作がいう。


「うわぁ、懐かしいもんが出てきよりましたなぁ」


「万作さん、このポートピアっていうのをご存知なんですか?」


「そら、阿守さんは知らんで当然なんやけれど、これ1981年に開催された神戸ポートアイランド博覧会のときのもんですわ」


版画家はヒゲの男とデザイナーの女にそう説明して、博覧会のキャンペーンソングであったゴダイゴの「ポートピア」という曲を口ずさむ。残念ながら版画家は音痴なので、どんな曲なのかは、まったくわからない。


連休最後の祝日ということで、客足もなかろうと、ヒゲの男は明日のイベントに備えた練習をはじめることにした。常連のガルパンの男がやって来る。


そのあと、コケェッの男と映画鑑賞会の女がやってくるので練習を中断して、談笑に加わる。ヒゲの男はビートルズの曲をコケェッの男と一緒になって適当に歌う、今日は一度だけ「コケェッ?」と発してくれた。


サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」の弾いているとき、広告代理店の女がやってくる。ペルセウス流星群を見に行く前日に店に来ていた女だ。来月、オリオン座流星群を沖縄の離島で見るという計画があることをヒゲの男に話している。ヒゲの男はうんうんとうなずきながらも、以前に占い師の女から忠告された「あなたは冬に属しているので、南へは行かないほうがいい、溶けてしまう」という託言を思い出す。


ヒゲの男は心に決めたのである。どうしても南へ行かなければいけないときは、遠回りになっても北から出ようと。ヒゲの男が北の門から出たとしても、地球が本当に丸いのであれば、南の楽園に辿り着くはずである。


「おっ、また誰か階段のぼってきたな」と、万作が聞き耳をたてる。


送風と換気を兼ねているため、いつものガラス戸は開放されていたので「ガゴッ」という音はならない。今しがた階段をのぼってきた足音の主は、猫のひたいのように狭い廊下から、猫のひたいのように小さな店内を見回す。


「あっ!阿守さんいる!」と声をあげる。


二人の客はそのまま店に入ってくる、聞くところによれば一人は九州は福岡から、一人は横浜から大阪へやって来ているのだとのこと。


福岡の女は手土産に「明太子」をヒゲの男に渡す。ヒゲの男は素っ頓狂な声をあげて狂喜する。昼にヒゲの男と万作は明太子が食べたいといっていたばかりであった。なんたる奇遇か。


遠路はるばる、ヒゲの男を訪ねて福岡からやってくる女の気もなかなか知れたものではないが、それに平然と付き合う横浜の女も相当なものである。


四種の明太子を早速、店にいる客で味わうことにした。万作は南船場のパン屋「き多や」のバゲットを薄く切り分けて皿に盛ってくる。


●普通の明太子
●イカの入った明太子
●柚子風味の明太子
●バジルソースと明太子


それぞれを軽く焼いたバゲットに塗りつけて、各人が食べるが、沸きたてられた食欲は収まることを知らないので、結局、万作は三度も四度もバゲットを焼くことになった。とにかく酒もすすむ。


宴会の様相になってきた店、そこへまた、いちげんさんが二名やって来る。


音楽家派遣会社のオーナーの女と、作曲家の男である。オーナーの女はヒゲの男が椅子に座って明太子を一心不乱に食べている姿をみて、「この男は音楽家である」と感得したとのこと。正解。


さて、夜も更けてきたので帰ろうかとヒゲの男は支度をする。


支度をしながら、作曲家の男に向けてなにげなく聞いてみた。好きなミュージシャンは誰ですか?と。作曲家の男はいろんなジャンルを聴きますからと前置きして、少し悩みながら、こういった。


「…ショスタコーヴィチですかね」


「ごめんなさい、今、誰といいましたか?」と、ヒゲの男は聞き返す。


「はい、ショスタコーヴィチです」


ヒゲの男は満面の笑みとなり、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の最終楽章の冒頭を口ずさむ。


「ヒャア~~~ッ、ダンダンダンダンダンダンダ、ダ、ダンダンダーン、ダカダッカダーダ、ダ、ダ、ダ、チャーチャチャ、チャチャチャチャ、チャーチャチャチャ、チャッ、チャンチャンチャッ!」と、ヒゲの男は唐突に歌いだした。


すると作曲家の男は「ダカダンッ!」とヒゲの男が進行させたパートの後にやってくる、ティンパニーのパートを口ずさむ。


心の友の誕生である。


百万語のベタついた美辞麗句などよりも、ショスタコーヴィチの数秒を一緒に共有しただけのほうが遥かに格上だ。ヒゲの男は帰る支度を放ったらかして、そこから三人で深夜の2時までクラシック三昧の話しになる。


ヒゲの男はラヴェルが好きだと伝えながら、ピアノ協奏曲ト長調(第一楽章)の冒頭部の旋律をギターで弾く。バスク風のフレーズである、三人の話しは自然にバスク地方の話しへと飛び火する。


話しはクラシックを飛び越えて、バスクのレストラン「ムガリッツ」へ到着する。オーナーのムガリッツ訪問談義などを聞きながら、ヒゲの男もムガリッツでオーナーシェフをするアンドニ・ルイス・アドゥリスの考え方のスマートさについて話し込む。彼も徹底したジャーナリズムをその仕事の根底においている。


万作は片肘をついて眠たそうに話しを聞いたり、夏の万作祭であまっている、まだ何も書かれていない扇子に絵筆で何かを描き込んでいる。


阿波座にとても素敵なバスク料理の店があるのだと、オーナーの女から教えてもらう。ヒゲの男は秋の万作祭が無事に終われば、自分へのご褒美にそこへ行こうと心に誓うのであった。


ショスタコーヴィチと、後輩のロストロポーヴィチの抱腹絶倒の話しがあるのだが、それはまた次の機会に話すこととしよう。


作曲家の男はショスタコの5番、第三楽章を自分の葬送に使いたいそうだ。ヒゲの男は第三楽章はスルーしていいものと勝手に考えていたが、以前にゲルギエフが指揮する同曲を生で聴いてからは、その考えを改めた。


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by amori-siberiana | 2017-09-19 13:27 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、歴史豊かな北浜の町で猫のひたいのような小さな店。北浜の難破船、画廊喫茶フレイムハウスを曳航する阿守です。


台風一過のあと、関東では暑さがブリ返してきている模様。だからといってヒゲの男は関西に住むので、「そうなのか」と他人事の反応を見せながら、暑い暑いという群馬県あたりのインタビューをテレビで鑑賞する。北浜のオフィスにはドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」が優しく流れている、ああ、今日もいい天気だなと、中原中也のような風情を感じるヒゲの男であった。


さて、土曜日のこと。


ヒゲの男は昼に店へ行く、すでにアハハの女が到着しており、版画家の柿坂万作にランチのオーダーを済ませていたところだった。ヒゲの男も万作の手間を考えて、アハハの女と同じものを注文する。ゴーヤとパクチーが満載の「冷やしエスニック」という名がつけられた、万作の創作料理である。


ヒゲの男とアハハの女は出された食べ物を胃の中に押し込め、コーヒーで一息ついたあとに昨夜の続きをはじめる。アハハの女の曲を採譜して、近い将来のイベントに備えるためである。


ヒゲの男はアハハの女に曲から連想するもの一切合財を聴き取り調査する。音楽をきっかけとして、その遥か遠望には何が見えるのかとか、手元には何があるのかとか、ズケズケと容赦なく聞いていく。アハハの女も自分が見ていたもの、また日毎に変わるであろう見えるものをヒゲの男に伝える。そんな二人のやりとりを見捨てて、万作は三階のアトリエで例のものを製作する。


外からの風は一層強くなり、台風の予感がするものであった。空に浮かぶというより、押し流されてくる散り散りの雲は、自分の身を粉にして人々に教訓を与えんがため、大空の神ホルスから遣わされた伝令のようだ。


アハハの女は泳ぐのが好きだそうだ。水の中から水面を眺めたり、水面から顔を出すのが好きなのだそうだ。泳ぐという行為がそれをもって「遊べる」というところまで卓越していないヒゲの男には解りかねる感覚だが、ヒゲの男がストーカーのように夜空をのぞくのや、万作が気狂いのように例の製作に取り組むのと、そう変わりはないことであるのかも知れない。


ヒゲの男は音楽を音楽的に理解するのには慣れていないし、時間がかかる。何度も何度も咀嚼してみんなが飽きた頃、やっと理解を示すほどだ。なので、作曲者の情報を頼りにしてジャーナリズム的に感得するほうが身の丈にあっている。


アハハの女の曲を聴きながらヒゲの男は想う。このアハハの女は笑いながら泣いて、泣きながら笑っている。このどちらに重点を置いてもいけないし特化してもいけない、この破綻した関係性の共存は破綻することによってのみ、危うい調和がとれているのだ。そしてその調和が成立したとき、なんともいわれぬ「美」が生じるのであろう。


練習が終わり、アハハの女は帰る。ヒゲの男は台風が来るまえに店を出て、自身のギターのピックを預けてある星師匠のところへ向かう。万作は風呂へ行く。


ヒゲの男はそこから4時間あまり台風の中を彷徨うことになるとは知らず。万作は行きつけの銭湯が台風のため、営業休止をしているとも知らず。


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by amori-siberiana | 2017-09-19 11:46 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスをどうにかする阿守という、偉そうにヒゲなんて生やしてみてる男のブログです。


さて、土曜日の話し。


画廊喫茶フレイムハウスではジプシースウィングの演奏会があり、ミュージシャンが店にいるということに安心したヒゲの男は、これ幸いと店を版画家の柿坂万作に任せて、隣のサロン喫茶フレイムハウスへ向かう。


向かった先に何があるのかといえば、東洋医学の男に指圧をしてもらうのである。座っているだけの仕事をしていても、こうしてどこか体に不具合がでるというのは、つまるところ何をしてても不具合は生じるのであろう。


ヒゲの男は東洋医学の男が店でしているイベントの際など、スマホを取りだして写真撮影をする所作を気に入っている。
片手にスマホを構えて、そのスマホをメガネをずらし凝視するさまは、広大な宇宙の一点にいる運命の人をジッと見ているかのような、凄まじい無言の迫力があるのだ。


途中、FMラジオ局のディレクターの男に連絡をして、電波ではないインターネット・ラジオとはいかなるものなのか、また投資の対象になるのかなどを、懇々と意見交換する。


そして、日曜日。

朝は南船場のパン屋「き多や」へ立ち寄り、フレンチトースト用のバゲットを仕入れる。そこから、カードゲーム収集家であるアラタメ堂の主人と昼過ぎに北浜のオフィスで合流したのち、フレイムハウスへ移動してアラタメ堂が持参してきたゲームに興じる。

舞台の上に置かれたテーブルを囲み「新・成敗」というゲームをする三人の男たち。


アラタメ堂の主人、版画家、そしてヒゲの男の三人はスポットライトを浴びながら、カードに書かれた成敗の口上を各自が述べていく。台風前夜の土曜日の北浜に人通りはなく、やることもない大人が三人、こうして淡々とゲームをしている光景がすでに社会から成敗されてしまったように思えて、ヒゲの男は自嘲気味に笑う。


しばらくすると、いちげんさんの骨董商がやってくる。骨董商はコーヒーを一杯だけ飲み、350円を払って帰ろうとした。それはそうだろう、雨をしのげればという理由で入店した喫茶店。入ってみるや、そのステージで男たち三人が「罪だけ斬れる剣はなし、いずれ地獄で出会おうぞ」などと、真剣に言いあっているのだから誰でも「こりゃ、まずいところに入ってしまった」と退店するはずだ。


ところが、この骨董商。帰り際にゲームに興味があるような素振りを見せる、ヒゲの男はその一瞬を見過ごさなかった。その刹那、遠路はるばる広島からやってきた骨董商もステージにあがり、カードゲームに興じることとなっていた。


しばらくすると、歌をうたうアハハの女がやって来る。アハハの女もそう遠くないうちに、この店で歌をうたうことになっているそうだ。ヒゲの男とそのことで何やら打ち合わせをしている。前後して常連のガルパンの男もやってくる。さらにはサンディエゴの風こと、起業を目指すでサーファーの上仲も来店。彼の場合は悪しき諸先輩方に呼び出されて、半ば強制的に来店させられたクチであろうことは傍目にもわかる。


最近、彼はサーファーはサーファーでも、「陸サーファー」ではないのか?との疑念の声があがっている。名誉挽回のためにも七つの海の波を制覇する、その姿を見せて欲しいものだ。


さらに、アラタメ堂のご主人の呼びかけに応えて、ゲームセンス・ゼロの女がいちげんさんとしてやってくる。


ところが、ヒゲの男の打ち合わせに付き合わされていたアハハの女がゲームセンス・ゼロの女と目があったとき、唐突に絶叫する。魔女の発作か!?と周囲は思ったが、どうやらこの二人は小学校の同級生だったとのことがわかった。こうした偶然の鉢合わせのことを「セレンデピティ」というそうだが、あまり言葉に出していってる人を見たことはない。


次にはアハハの女に呼び出されて、ハコ女がやってくる。ハコ女もどうやら歌をうたうのだ。


ハコ女は一人で持ち抱えるには重たそうな悩みを、アハハの女に打ち明ける。二人の声のトーンは枢密院にて日本国憲法が密かに作られたそれを想起させるものであったが、ステージではゲームの熱気に溢れたテンションの高い声が飛び交う。ヒゲの男は黙々とギターを弾き、万作は厨房でせっせかと料理を作る。この両極端のコントラストの狭間にいたガルパンの男はというと、やはりスマホに指を這わせて、彼なりの戦車道を楽しんでいる。


享楽の夜は、ハコ女の壮絶なる歌で締めくくられた。それはまるで、一人の女がカミナリに打たれてから、それを境に別人格が乗り移ったかのような歌であった。


All is fair in love and war ー (恋と戦争は、あらゆることが正当化されるのよ)


これは、ガルパンに出てくる、ダージリン嬢のことばであっただろうか。みなさん、台風にはお気を付けください。


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by amori-siberiana | 2017-09-17 11:02 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを共同経営しているかも知れない阿守です。


北浜、北浜といっても、どのへんの北浜の話しがメインかといえば、堺筋という大通りの東側のお話し。もしかすれば、あと何年かあとには北浜全土についてお話しをすることになるのかも知れないが、今のところは猫のひたいのように小さな店だけの話し。


昨日の昼、ヒゲの男はエイリアンの居城へお邪魔して、ギャラリー経営とは何か?そのためのノウハウはどうすればいいのか?を訊きに行く。


「あのね!ギャラリーっていうのはね!オーナー、それぞれにやり方があってね!勉強になんてなりゃしないのよ!ギャラリーなんてしてるのは、変人ばかりなのよ!変人!あそこも変人、ここも変人、頑固な変人ばかりなのね!」とエイリアンはまくしたてる。


皆から、エイリアンと呼ばれるくらい変人の彼女のビュー・ポイントからみる「変人」というのは、究極、普通の人なのではないだろうか?とヒゲの男は腹のなかで思ったが、禅問答になりそうだったので口には出さなかった。


「フレイムハウスも雰囲気が変わったね!阿守さんが出てくるまでは、ゆったりした空間があったのに、今じゃ、以前のお客さんなんて来てないんじゃないですか?」とエイリアンは言いたいことをいう。


「そうなのかも知れません、自分が入ったことによって良かれ悪かれ変わった部分はあるでしょう」


「金だけ出して、お店のやりかたに口を出さなけりゃよかったのよ。そうしたら、北浜の連中から、阿守はよくやった!とでも言われたかも知れないですけどね!今、私の耳にはね、アンタがよくやってるなんて噂、ぜんっぜん!聞かへんわ」とエイリアンは鬼の首を取ったような勢いでヒゲの男に突っかかってくる。


「そうですね、差し出がましいことをしてしまったのかも知れません。まだまだ、粋と野暮がどんなものかわからないようで」


「アンタの世代ってそういう世代なの!?」


「いや、僕個人の考え方を同世代全体に投影して、その様式のなんたるかを論じるのは、一切の参考にならないと思います」


「フレイムハウスに、出来そこないのオーナーがやってきたのよ!」


「そうです、期待外れの、ボンクラというところでしょう」


エイリアンの言いたい放題はまだまだ続くが、ヒゲの男はなかなかこれは面白いなと得心しながら、エイリアンの話しをうなずいて訊いている。この女から語られる話しは、ほぼ雑音ばかりであるが、その雑音をかき分けてみると、誰も話してくれない真実が隠れていることをヒゲの男は直感で知っているからだ。


カール・セーガン博士が情熱を傾けた、SETI(地球外知的生命探査)もノイズをかき分けて、宇宙の向こうにいるエイリアンとの交信をその拠り所とするではないか。


エイリアンは「本当ならね、こういう話しは金を取るのよ、コンサルよ!あるのかないのかわからないようなことを書いて、文章一本でマンションを買ったんですからね!私は!」と言いながら、自己のギャラリー経営のことについて、ほんの少し語ってくれた。


ヒゲの男はギャラリー経営のことなど、さっぱり無知蒙昧であるので、これはとても参考になった。


ただ、やっぱりヒゲの男でもひどく凹んだ。


一緒にギャラリーへ連れていったプランナーの女も、「あそこまで主観だけでモノ言わんでもええのに…、口は出すけど、金は出さんような何もせん人に比べたら、阿守さんはマシ違う?」と慰めてくれた。互いの言い分があって世の中が成立しているのだ、何も言えない世の中に比べれば、それはひどく恵まれたことなのである。


意見の好き嫌いはあるが、だからといって意見を封殺してしまっては、人間は成長しない。


そのまま店へ行くと、大学生の女が来ていた。ファイナンシャル・プランナーの試験に合格したとのこと、合格発表はまだであるが、今の段階で合格したと公言できるのは、とんでもない自信だなとヒゲの男は思った。


ふと、店のカウンターに目をやると、見たことのないレンブラントの絵が飾ってある。


「ん?…」


レンブラントのようだが、よく見るとどうも違う。ヒゲの男は近寄ってみる、絵じゃなく写真だ!そして、そこに写っているのは女子たちに囲まれた、版画家の柿坂万作であった。


「あれ!レンブラントか何かかと思ったら、これ、鼻の下を伸ばした万作さんじゃないですか。この写真をどうしたんですか?」


「うーん、それ、最近ヒゲを剃った男のお客さんからいただきましてん」と、照れ笑いしながら説明するのは、被写体の主役である万作本人。


光のあたり具合、人物像の浮きでる感じなど、遠目に見ればレンブラントの絵画のようである。ヒゲの男はこの写真を気に入った。写真がレンブラントのように見えるのは、つまるところ、暗がりの店内での撮影のため、絶妙にピンボケしており、さらに解像度が低いからである。


ゴガッ!と音がして、締まりの悪いガラス戸が開く。


入ってきたのは、今月の30日、この場所で歌をうたう予定の吟遊詩人の女だった。吟遊詩人の女はヒゲの男と「竜と人間が生きていた時代」の音楽について、なにやら打ち合わせをしている。吟遊詩人の女がギターを弾き、ヒゲの男はその手の位置をメモする。


ヒゲの男は融通が利かない音楽家なので、テスト前の受験生のように音のひとつひとつを入念に調査する。


そのあと、カフェ経営のコンサルをする男がラジオ局広報の男を連れて来店してくる。ヒゲの男は自分に収入があるとき、ある有名FM局の番組枠を買いとって、自分の理想のラジオ番組を作ろうと考えていた時期がある。


ヒゲの男の理想のラジオ番組とは…。


それはヒゲの男の母親のフトしたひとことに起因している。そう、自分の息子が生まれた時間について一切の記憶のない女である。


その女がいうには、ひとりでドライブをして夕焼けを見に行く、自分のお気に入りの懐かしい曲がラジオでかかる。なかなかいい曲をかけるもんだと感心していると、曲が終わらぬうちに、おしゃべりなDJなる役目を負った人間が口を挟んでくる。まったくもってけしからん。先ほどの一瞬の感心を返上して欲しい。というワケである。


映画「ゼロ・グラビティ」。この映画の主人公の女(サンドラ・ブロック)が自分の娘を亡くしたときのことを、地球を遠望しながら相手の男(ジョージ・クルーニ)に話すシーンがある。そのやりとりのなかで、こういったセリフがある。


【娘を亡くしたとき】


「私はただ車で走っていた」、「馬鹿な死にかた」。


【娘が亡くなってからの彼女は】


「朝起きて、仕事に行ってドライブしている、ただ、それだけ」。


ヒゲの男はこの映画をみたとき、自分の母親と同じ境遇だと考えた。ヒゲの男の母親もとても若い娘を亡くしている。馬鹿な死にかただった。拒食と過食を繰り返し、必死に戦ったあと、自らの吐瀉物に埋もれたなかで内臓はその機能を停止した。最後は医療ミスによって、16年という短い期間で、彼女の心臓の鼓動は止まった。


最期のことばは、「水を飲ませて欲しい、酸素が欲しい」だった。


水!酸素!


幾らでもある。そこいらじゅうに幾らでもある!なのに、なんで死ぬんだ、バカ野郎!


ヒゲの男は、ラジオを使って母親を救いたかったのである。常々、ずっとずっとそうしたいと考えている。その場しのぎのバカ話しなどなく、ただただ、延々と音楽を繋いでいくというラジオ番組を持ちたかった。宣伝が入らないようにするには、自分が買いとるのが手っ取り早いと考えていたのだ。


しかし、その番組の実現は今のところしていない。


先日、名古屋でラジオのディレクターをする男が夜中に画廊喫茶フレイムハウスでラジオの意義について熱弁するのを、万作もヒゲの男も、来場者もしっかり聞いた。人と人の繋がりは、それだけで人をしっかりと救えるものだということを改めて知った。


人が人を救うこと。それが慈善であろうが偽善であろうが、そのようなことはどうでもいい。行為に先立って評価など気にしていては、何もできやしないのである。


ラジオについて話しをしていると、常連のガルパンの男と、この土曜日にフレイムハウスでイベントをするアラタメ堂の主人、不思議な女、そして、いちげんさんであろう山中湖の男がやってくる。一人がお腹が空いたというと、感染症のように空腹は訪れるもので、皆が「何か食わせろ」と一揆も辞さぬという表明をしだすので、万作は厨房でひっきりなしに料理を作る。


そういえば、30日、吟遊詩人の女はマイクを通して歌うのだろうか。ヒゲの男は吟遊詩人の女に確認をしてみるが、どちらでもいいとのこと。ありがたい返答である、この店にはマイクというものがないのだ。そろそろ、マイクくらい置いておいたほうがいいのだろうかと悩んでいたとき、ヒゲの男の電話が着信する。


相手は音響屋の浩司ばいである。用件はこれから店にくるとのことだった。


なんともタイミングのいいことだ、鴨がネギを背負って北浜へやって来るとの朗報に、ヒゲの男の胸は高鳴った。


浩司ばいは、ヒゲの男が音楽家をしていたときに、無理難題ばかりをヒゲの男から押し付けられては、それを実現させてきたという男である。ヒゲの男にとっては救急救命士のようなものだ。


まもなく浩司ばいと、イベント統括の男、プランナーの男、アンビエント音楽家が店にやってくる。店内は混雑している。


逃げ遅れた吟遊詩人の女は、そこでやっぱりカントリー・ロードを歌うことになってしまうのであったが、最後は拍手喝采に包まれた。彼女をキッカケにして、店内ではあちらこちらでギターが響き、取り留めもない音楽というジャンルの作曲合戦が行われるのであった。


遅れてやってきた斥候の男が万作にいう。内容はさすがは斥候という感じだ。


「ここ税務署、来た!?近辺、入られてるみたいやで」


まだ、税務調査官が来ていないことを万作は斥候の男に伝えた。


税務署で働く人間に、多少の想像力と判断能力があるのであれば、こんなところへ来るはずはなかろうとヒゲの男は考えている。


予想外かも知れないが、ヒゲの男、実は税務処理は完璧であるのだから。石から血は絞れないのであることは、子供でもわかる。

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by amori-siberiana | 2017-09-15 14:22 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを版画家の柿坂万作さんと共同経営している、阿守のブログです。


お店は、先週までの喧噪はどこへ行ったのか?というような、静かな一週間が続いている。こういうときは読書でもすればいいのかも知れないなと、ヒゲの男は唇にかかってくるヒゲを抜きながら考えたが、図書館へ行くよりもハローワークへ行ったほうが、身のためになるのではないかとも考える。


北浜をこれまでに散々と喧伝されてきた、ステレオタイプな大阪のイメージから独立させ、この一帯を稀代の英雄が跋扈するマンハッタンのようにしたい。我こそは北浜のラスプーチンになるのだと、おこがましくも差し出がましい理想を持っているヒゲの男であったが、店で一週間も暇が続くと、明日をどうやって生きようかという現実的で初歩的な問題の解決に全精力を傾けることになっている。


溺れている人間が、溺れている最中に「自身の泳ぎかたをもっと工夫しようかな?」などと考えたりはしないものだ。


とはいいつつも、秋の万作祭にむけて、やっておかなければいけないことは山ほどある。取りあえずはそれをこなしながら、ジタバタしても仕方なかろうと開き直っているのである。


画廊喫茶フレイムハウスという屋号は、秋の万作祭(9月30日~10月10日)の終了をもって新しい屋号に変更することとする。それとなく知らぬ間に変わっているようにしたいものだ。暖簾も新しいものを作り、名刺も新しいものを作り、店判も刷新しなくてはならない、古い酒を新しい瓶に詰め替えるだけのような作業だが、なかなか骨が折れそうだとヒゲの男は店でコーラを飲みながら考えていた。


「最大多数の最大幸福とは…」と、ベンサムのことばを頭のなかで繰り返しながら、ベンサムの遺体の頭部が、学生のいたずらの標的になっていたことを思い出し、皮肉なものだと笑ってしまうのであった。


さて、今日は書くべきことがない。雄弁の銀、沈黙の金というではないか。といっても、よく喋ったほうであろう。


新たな発見といえば、昨日、店にやってきた京都の女にカポタストの装着のしかたを教わったくらいのものであろうか。


これはまさにヒゲの男にとっては、青天の霹靂であった。今の今までカポタストを逆につけていて、弾きにくい弾きにくいと周囲に不平を漏らしていたのである。ところが正しい装着をしてみると、そのような弾きにくさは一気に解消された。10年の悩みが10秒で解決に導かれたのだ。


自分だけで考えるから、こういうことになるのだ。これを知ってれば、ヴィヴァルディの「四季」のとき、どれだけ楽だったであろうか。バカ野郎。

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by amori-siberiana | 2017-09-14 11:52 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さい店。画廊喫茶フレイムハウスにて漂流する阿守です。自らの意志なきペットボトルでも、漂流すれば海の反対側へ到達することもあります。目指せ、堀江健一。


さて、昨日のこと。


雨が降ったり止んだりと安定しない曇天模様のなか、画廊喫茶フレイムハウスの中では版画家の柿坂万作と、総帥と呼ばれるヒゲの男がなにやら話し込んでいる。他人の話しを聞くのは、野暮なことではあるが、この際だから聞いてみるのもいいだろう。


「万作さん、19日のイベントなんですけれど、お客さんも結構来られるので食事は出せないことにしてもいいですか」


「ああ、そら構いませんけど、それやったら…、前の土屋さんときみたいに、おにぎりでも握りましょか」


「そうしましょう、よろしくお願いします。それと、その日はテーブルも撤去しようと考えているので、ジンジャーエールとかコーラなどのソフトドリンクをお渡しするとき、グラスが必要だよという人だけに、別途のグラスをお渡しするのはどうでしょうか?」


「うーん、どういうことやろか?」


「つまり、ソフトドリンクの瓶とグラスの二つを渡されても、置くところがないからということです」


「ふうん…」


来るべき日に備えて、二人は、ああでもないこうでもないと話し合いをしている。一応、話し合いのメドはついたようなので、ヒゲの男は店をでて、近くの青山ビルのギャラリー「遊気Q」へ向かう。毎週、火曜日はそこに占い師がいるのだ。たまに…、いないときもあるそうだ。


ヒゲの男はツタが絡まるスパニッシュ建築のビルに入っていく、赤紫の印象的な羽織をまとったギャラリー・オーナーの女と、黒を基調にした格好の占い師の女が、テーブルを挟んで斜めに向かい合って椅子に座る。


ヒゲの男は、画廊喫茶フレイムハウスへ立ち寄るよる前に、青山ビルへ入ってみて、占い師はいるかどうかを確認しに来ていたのだ。そのとき、占い師はいなかったがどうやら北浜まで出向いてくれた模様。


「あなたのブログを読んでね、今日あたり来るんじゃないかと思ってたんですよ。まあ、大変にご苦労されていらっしゃるんですね」とギャラリーの女は品のいい声でいう。


「苦労しかないので、いつしかその苦労すら感じなくなってきましたがね」とヒゲの男は自嘲しながら占い専用のテーブルに移動する。


「それでは、阿守さんのお名前(フルネーム)と生年月日をここに書いてください」と占い師の女はヒゲの男に紙を差し出す。


その出された紙にヒゲの男は「阿守孝夫」と書き込む。


占い師の女は「阿守孝夫」と書かれた紙をメガネ越しに凝視しながら、口を開こうとする。早くもお告げがやってくるのかと、ヒゲの男は心構えをする。


「阿守さん…、達筆でいらっしゃるのね」


ありがとうございます、とヒゲの男は答えて、続きの自分の生年月日を占い師に伝えてみる。


「何時ごろにお生まれになられたかわかりますか?」


「えっ?時間ですか?自分のことなんですけど…、何時ころに生まれたのか記憶にないもので…、時間によって違いますか?」


「午前なのか、午後なのかによって違うのです」


お分かりの人もいるだろうが、ヒゲの男がやるのは四柱推命である。ヒゲの男は困った顔をするが、思い出そうにも自己の未生以前から、この世界に登場した幕開けの瞬間など思い出せるわけもなく、そのとき、もう一人の当事者であったであろう母親に連絡をする。

「もしもし、孝夫ですけれど。お母さん、僕が生まれたのは何時くらいでしたか?」と随分と前略して、本題を母親に突きつける。


「急になにをいよんかと思たら…、そなんなぁ、40年も昔のこと覚えとらへんがな!」と電話の向こうには快活な歯切れよい初老の女の声がする。


「今、占い師さんのところに来てて、何時ころに生まれたかが重要だといわれてる」


「おう、おう、占うてもろたらええんじゃが。なにからなにまで見てもろたらええきんな、いつんなったら春がくるんか見てもらえ、見てもらえ」


「いや、それで僕が生まれたのは午前なのか、はたまた午後なのかどっち?」


「どうやったかな…。朝か…」


「朝だったら、午前だね」


「いや、朝やったら先生(医者)が来んきん…。昼か…」


「だったら、正午かな」


「昼ではなかったな…、夜か…」


「午後ってこと?」


「多分なぁ…、朝か、昼か、夜…、やったような気がするわ…」


「…多分じゃなくて、絶対そのうちのどれかだと思うよ。世界中の誰もがその範囲内で生まれてると思う。お母さん、確実に正解に近づいて来てる、もう少し頑張ろう」


「知らん、知らん、自分で思い出せ!」と電話の向こうの初老の女は電話をぶった切る。これでは禅問答である。


世の中、誰しも母親がいるはずであり、誰しも自分が生まれた瞬間のことなど思い出せないものであるが、自分がここにいるということは、必ず、他人の力を借りて生きてきたということである。感謝することは大切なこと。ヒゲの男の母親は、陣痛がひどくなってきても産道が開かずに、最終的に腹を切り開くこととなったのだ。


「忘れたみたいなので、午前でお願いします」とヒゲの男も早速、適当に開き直る。


わかりましたと占い師はいいながら、何やら怪しげな書物を片手に、怪しげな数字を羅列していく。


「これは…、特殊ですね。阿守さん、あなたを構成しているのは全てが『陰』です」と神妙な顔つきになった占い師はいいだす。


「陰…?」とヒゲの男は釈然としない様子。


「非常に美しいです。とても厳しく、そして美しいです。雪が一面に降り積もる景色、そこに燈籠があります。凛とした椿(ツバキ)の花がひとつ咲いています。それがあなたです」と占い師はイメージを伝えてくれる。


「まるで日本画ですわね、あらぁ、いいじゃないですか」と声を発したのは、いつの間にか占いテーブルをのぞきこんでいたギャラリーの女。


「なにがどういいのか、わからないんですが…。その美しさというのは、報われるのでしょうか」と、ヒゲの男は慎重に訊いてみる。


「あなたは冬のままでいるのがいいいでしょう。太陽の光や夏の暖かさがあると、阿守さんは醜く朽ち果てていってしまいますから」


「つまり、厳しい環境だからこそ、美しさが際立つ。苦労するからそこに絶妙たる美のたたずまいがある…、ということでしょうか」


「そうです。阿守さん自身が太陽や夏になろうとしてはいけません。そうではなく、太陽や夏と組んで、影から操るのです」


「隠れて生きよ、というわけですか」とヒゲの男は、古代ギリシアの哲学者エピクロスのことばを思い出す。


「隠れても隠れても表舞台に呼び出されてしまう特性がありますが、それでも巧みに隠れるのです」と占い師はアドバイスをくれる。


ヒゲの男は少しのあいだ、ぼんやりと自分のことを考える。そして、どうしても訊いておきたいことを思い出して、占い師に向けてことばを発する。


「午後なら…、どうなりますか?」


「おぼろげにながら、山が見えるようになります」


「山…、ですか」


「山です」


ヒゲの男は自分の故郷から見える、そんなに高くはない山、それが雪に染まっている風景を思い出す。朝日山という山であっただろうか、その山では過去に小さい動物園をしていたが、管理が行き届かず放逐されたニワトリなどが野生化して狂暴になっていると噂に聞いたことがある。


それとも大麻山だろうか。以前、沖縄の人間が地図にある「大麻」という名前だけに引き寄せられて、この辺まで迷い込んできたことがあったと、友人から聞いたことがある。その沖縄県人が野生化して、狂暴になっているかどうかまでは知らない。


占い師とギャラリーの女、そしてヒゲの男は占いテーブルを囲んで、そこから店の名前についての話しをすることとなった。


その夜、シタール奏者の男が絨毯を貸して欲しいとやってきた。


ヒゲの男はこのシタール奏者がビールをあおる、その横顔を見ながら「陰陽」どちらなのか考えてみる。服装だけみれば明らかに「陽」な感じはする、しかしながら素人目には、全然わからない。もし「陽」なのであれば操らなければならない。


よし、それなら操ってみようと考えてみる。


ビール一杯だけのつもりで来ているシタール奏者に向けて、それとなく心のなかで念を送る。


「もう一杯飲め、もう一杯飲め、もう一杯飲め…」


雨の音が窓ガラス越しに強くなってきた。絨毯を持って帰るには不都合な天気である。


「局地的な雨やから、もうすぐ止むん違うかな」とシタール奏者はスマホの天気アプリを見ながら言い、そして版画家の万作と、どこそこで金を拾った話しなどをしている。


「雨、まだ止めへんなぁ。グラスこのままでええんで、もう一杯、ビール」とシタールの男はグラスを万作へ差し出す。


そそがれるビール、満足そうにビールを飲むシタール奏者。そのグラスの向こう側で湾曲に歪んで見えるのは、わずかに微笑む、ヒゲの男。


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by amori-siberiana | 2017-09-13 12:39 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを切り盛りする阿守です。


今朝の北浜は朝からあいにくの雨模様。誰からともなく総帥と呼ばれているヒゲの男は、雨を満喫するためのアイテムとして、お気に入りの傘を二本ほど持っている。しかし、今日に限ってはその傘のどちらもない。


傘の骨が24本ある「mabu」というメーカーの傘は画廊喫茶フレイムハウスの傘立てに忘れてきた。傘の形状がユニークな鳥かご調の「Fulton」というメーカーの傘は、お店の常連である冷泉さんに貸しているので、二本とも手元にないのだ。ただ、傘を冷泉に貸した日、彼は朝の5時までどこかで飲んでいたらしいので、傘の行方を誰も知らないのではないだろうか。


昨日の夜のこと。


画廊喫茶フレイムハウスには足踏みオルガンがあり、そのオルガンの上にはバイオリンの弓が無造作に立てかけられてある。他にはサザエさんの漫画、寺山修司のエッセー、洒落た名前の女が置いていった本などが並べられていて、それはそれなりにうまくホコリをかぶって調和している。


ヒゲの男はおもむろにバイオリンの弓をギターの弦にあてながら、なんともいえない音を奏でる。常連の不思議な女がもう一本のギターで音をかぶせてくる。グラフィックデザイナーの男はチェロの弦をつまみながら、低音をあわせてくる。


ガルパンの男は、目をスマホに落としてゲームをしながら、片手でシェイカーを振る。奇妙なアンサンブルができあがった、版画家の柿坂万作はカウンターのなかへ入り、片肘をついてその様子を眺めている。


北浜音響派と名付けられた急造楽団の演奏は、これより1時間半ほど続くことになる。


全員が演奏に飽きた頃、不思議な女きっかけで新しい屋号の話しとなった。


万作がカウンターの中から、そのぎょろりとした目で話しだす。


「ワシが考えたんは、銀壺(ぎんつぼ)っちゅう名前なんですわ」


不思議な女がそれを受け、「画数が多いと、女子は来ないですよ」と落ち着いた声でいう。


グラフィックデザイナーの男は「それは(銀壺のこと)、ないな」と一蹴する。


その夜、皆でいろいろと屋号について意見を交換してみる。ヒゲの男も三階建ての二階(中空)であり、階段が急だということを考慮して、ギリシアの断崖絶壁の上に建つ修道院にちなみ「北濱メテオラ」という名前を提案したが、1秒もかからずにスルーされた。


「万作んとこでええん違う?」と誰かがいう。


「ワシの店のことを、みんな、そないにいうて呼んどりますから、なんら差支えはないですわな」と、万作は異存なしの模様。


「北濱アトリエ マンサクントコ」とヒゲの男はホワイトボードに書きつけて、字面を吟味してみる。


「僕は果たして、この店のことをなんと呼んでいたでしょうか?」とヒゲの男は万作に訊いてみる。


「あぁ、阿守さんは、ワシんとこいうて呼んでどりましたよ」と万作の博覧強記がここで顔をのぞかせる。


「北濱アトリエ ワシントコ」とヒゲの男はさらにホワイトボードに付け足す。


ワシントコときたら、どうにも何かを付け足さないと収まりが悪い気がする。そんなときガルパンの男とヒゲの男が目を合わせて、一斉に声を出す。


「ワシントコDC!」


店内にはケタケタした乾いた笑い声が響く、「北濱アトリエ ワシントコDC」とホワイトボードに改めて書いてみると、また面白い。


「DCには…、どないな意味があることにしたらええですやろ?」と万作は笑いながらガルパン男とヒゲ男に訊ねる。


ヒゲの男はDCと略される、事柄についてまとめてみた。


◆【ダ・カーポ】=音楽記号で最初に戻ること

◆【ダイヤモンド・クロッシング】=鉄道の分岐器

◆【防空指令所】=自衛隊の防空施設

◆【男子中学生】=読んで字のごとし

◆【デートクラブ】=恋人を紹介するという建前の風俗営業


なかなか、どれも特異な感じである。そして、そのどれもがしっくりこないので、DCの意味は特に気にしないようにすることにした。


今日は「紅茶のブルゴーニュ酒」といわれるキーマン紅茶を買って店に持っていこうと考えている。ヒゲの男は「世界三大」ということばに滅法弱いのである。

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by amori-siberiana | 2017-09-12 12:42 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。片足を奈落へ突っ込んでいた、画廊喫茶フレイムハウスをどうにかする阿守のブログです。


さて、土曜日のこと。


ヒゲの男は北浜のオフィスで考えごとをしていた。自身が心斎橋にて会社勤めしていたとき、その休日にはよく北浜へ出掛けていたのだが、まさかこの北浜で商売をしだすとは夢にも思っていなかった。いや、正確にいうと一度チャレンジしかけたのだ。


堺筋という大通りに面した立地的には70点くらいのレトロな建物が一棟あった。そこにはイングリッシュ・パブが入っていて、ヒゲの男もよく通っていた。お店で酔っぱらってお気に入りの帽子を忘れてきたのも、この店である。


ヒゲの男が帽子を取りに行くと、そのパブは店を閉めており、テナント募集の貼り札がされてあった。ヒゲの男は唖然とした、お気に入りの帽子とお気に入りのパブの両方を失ったのだから。


しかし…、と、ヒゲの男は考えた。


「これは不幸中の幸いなのではないか、自分がこのパブを経営していくのはどうだろうか?だが、果たして上手くいくだろうか。飲食の経験はあれど、経営の経験はない」と、ヒゲの男は悩んでいたが、思い切ってそのテナントを管理している不動産屋にコンタクトを取ってみた。


初回の保証金、7,000,000円が必要といわれた。


「さいなら!」と言い残して、ヒゲの男は電話を切った。


しかし、今、そのパブの裏手で猫のひたいのような店を切り盛りすることになるとは、どういった因果があるのかと、ヒゲの男は考えていた。


画廊喫茶フレイムハウスはヒゲの男が飲み歩いて、最後に行きつく場所だった。体内にアルコールが回るとどうしても歌いたくなったり、ギターを弾きたくなってくる。自由気ままに歌えて、ギターが弾ける場所というのは、版画家の柿坂万作のところくらいしかなかったのだ。


土曜の人もまばらの閑散とした街を歩いて、牙城フレイムハウスへ向かう。店で星師匠とも合流をして、月次収支の計算をはじめる。


客足に恵まれたことにより、ヒゲの男の月給は先月の3000円から70000円にあがったが、結局ここから光熱費、そして来月の家賃を支払うことになれば、ないのと同じである。ただ、少なくともヒゲの男の耳くそのような貯金を切り崩さなくてもいいようにはなってきた。


版画家の柿坂万作が口を開く。


「阿守さん、そろそろ店の名前を決定せんとあかんのと違いますやろか?」


「同感です、隣のお店からもいち早く改名して欲しいと念押しされてますから」


「銀壺(ぎんつぼ)でよろしいでしょ、ワシ、もう考えるんも面倒くさいんで、これで決定でええんやないですか」


「万作さん、ちょっと待ってください、まだリサーチの途中なのでこういうことは早まらないほうがいいですよ」


「もう、ワシが決めたんやから、それで決定やな!誰がなんと言おうと銀壺(ぎんつぼ)で決定!はよ、看板つくらんとあきませんな」


版画家はそういいながら、遠慮と勝ち誇りが混ざった、微妙な表情をする。


「銀壺(ぎんつぼ)では、いちげんさんが入りにくいのではありませんか」と、ヒゲの男は自身の胸のなかで釈然としない思いを述べる。


「阿守さん、ワシの店が銀壺やったとしても店に入っとったんやないですか?店の名前やいうて、そないに意味ありませんやろ」


「いや、どうでしょうか。一応、画廊喫茶フレイムハウスという名前を見て、入ったと思いますよ。銀壺だったら、入らなかったかも知れません。もしもこうだったらの話しは無意味ですが」


「もう悩むだけ無駄やないですか?ワシが銀壺でいくというんやから、それはもう決定ということでよろしいやろ」と、版画家は同じことを繰り返して強硬しようとする。


ヒゲの男はどうにも、そのアイデアが浮かばないことを棚にあげての権威主義的な強硬策が気に入らない。


「わかりました、それではお好きなようになさってください。阿守は経営から手を退かせていただきます」


「ええっ!?そないに店の名前って重要やろか!?」


店の名前も重要であるが、もっと重要なのはそこへ至るプロセスである。共同経営である以上は両者が納得した合意のうえでこそ前に進むべきだ。それができていない場合は、必ずどこかのタイミングでこういう些末な部分が、あとになって人間不信などのトラブルの発端になるであろうことは予想するに容易である。


「ワシ、案外、自分でネーミングセンスあるなと思たんは、自分のこと万作と名乗ってからは、これ、不思議なことに運がどんどん向いてきよるんですわ」


どこのどのへんを掻い摘んで、運が向いてきたといってるのかヒゲの男にはさっぱりわからない。名前なんて重要ではないと気焔を吐いていた版画家が、次の瞬間にはネーミングセンスに自負があるといいだす。論理破綻であるが、ヒゲの男もいちいちそこを突っ込みはしない。詮無いアラ捜しをしても、それは徒労と停滞を呼ぶだけであるからだ。


とはいっても、ヒゲの男も頭の動きが鈍く、これといった店名における対案もないので、版画家ともう一週間の猶予を持つことにした。版画家はみずからのアイデアを出してくれているのだ、ヒゲの男もそれなりの名前を考えて、選択肢を豊かなものにしなくてはいけない。


これが問題の先延ばしなのか、それとも賢明な再考慮なのかは、まだ誰にもわからない。


銀壺画塾 「時忘庵」。


今のところは、これが暫定的ではあるが、互いの折衷点である。


そして、日曜日を迎えることとなる。


タッキー国王のモノポリー大会、国王自身が病欠であったために「打倒!国王」で来店された人たちには肩透かしを食わらせてしまったが、理解のある参加者たちで救われた思いだった。結果としては、ヒゲの男がマップ上の土地の半分を手中に治めることで快勝をして、第二回のモノポリー大会は終わった。


参加者がそぞろに帰宅をして、店内には万作と阿守だけになる。


「阿守さん、やっぱり銀壺にしませんか?店のなかをこないして見渡したら、これは銀壺って感じでしょ?」と、万作は同意を求めてくるが、「…」と、ヒゲの男はうんともすんとも言わずにやり過ごす。


ヒゲの男は、タロット占い(他に四柱推命も)の女は、毎週の火曜日に青山ビルのギャラリーに顔を出すと、ギャラリーオーナーの女から聞いていたことを考えていた。自分のなかで案外、自然にタロットという新しい選択肢ができたことにヒゲの男は苦笑していた。


悩める時間がまだあるのだから、時間は十分に使って、悩むがいいだろう。今日にでも決めないと腹を召されよといわれるわけでもない。


そして悩んでいるような時間こそ、将棋やチェスの世界でもビジネスの世界でも、「即決英断」と同じくらいの効力を持つものである。悩んでいるということは、前進について考えている証拠でもある。


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「一方はこれで十分だと考えるが、もう一方はまだ足りないかもしれないと考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む」


松下幸之助





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by amori-siberiana | 2017-09-11 11:54 | 雑記 | Comments(0)


北浜のビジネス街にある、昭和レトロなカフェのブログです。            大阪市中央区淡路町1丁目6の4 2階上ル