カテゴリ:雑記( 67 )

こんにちは、北浜は画廊喫茶フレイムハウスにて、猫のひたいのように小さな店を経営する阿守です。秋風が涼しく吹き抜けて、土曜日の北浜は人もまばらで静か。道端にはどこへ行けばいいのかわからない外国人観光客がウロウロしており、普段の大勢の会社員がいないことで、外国人の数は増えていないのですが、ウロウロがひときわ目立っている状態。


金曜日のこと、つまり、昨日のこと。


ヒゲの男は南船場のパン屋「き多や」へ立ち寄りバゲットを抱えて北浜のオフィスへ行く。ちゃっちゃかちゃっちゃかと仕事を適当に切り上げて、版画家の柿坂万作の居城、「画廊喫茶フレイムハウス」へ向かう。


店に行ってみると、青いカーデガンの女と7~8年給料の出ていない女がお茶をしていた。7~8年とはなかなかのものである、ウイスキーもそれくらい寝かせれば、いっぱしのものになるであろうと、ヒゲの男はぼんやりと考える。


彼女たちは一旦、青山ビルにあるギャラリーへ行くため店を出る。すると宗教画のモデルの女がやってきて、短時間の滞在であるのに常人の一週間分の酒をひとりで飲みだす。


しばらくして、先述の二人が店に戻ってくる。ヒゲの男は今月の19日の演奏に備えて、お客がいようがいまいが関係なく一心不乱にギターの練習をする。万作は壁画に取りかかる、まったくもって喫茶というよりはアトリエである。


すると、締まりの悪いガラス戸が開かれ、吟遊詩人の女が友人のベレー帽をかぶった異国風の女を連れてやってくる。吟遊詩人の女は大きなグリーンのバッグを抱えている。


バッグを開け放つと、そこには小型のハープ(竪琴)が入っていた。万作とヒゲの男は珍しそうに楽器を見入っている、「ちょっと弾いてみてもらえませんか」とヒゲの男が彼女へことばを発したが、これは何もヒゲの男固有の意見ではなく、その場にいた誰もが考えていたことを代弁しただけである。


吟遊詩人の女はハープを特徴ある指運びで演奏しながら、物語を紡ぎだす。


竜と人間が争っていた時代の話しが、ハープの音色とともに聴衆の耳へ運ばれてくる。ナイロンの弦が空気を震わせ、それが水面の波紋のように拡散しながら店内に響く。インターネットと違うところは、それが炎上しないところだ。


地底人のような声の男、常連のガルパンの男がやってきて、ハープに興味津々であるところを示す。


「あの手がいいですねぇ」とはガルパンの男の感想。静かにうなずくのはいつの間にか来店されていたグラフィックデザイナーの男。


聞くところによると吟遊詩人の女の友人も歌をやるとのこと、是非、一聴させていただけないかとヒゲの男はベレー帽の異国風の女に頼み込む。


異国風の女はギターを片手にイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を歌いだす。これはまた見事な歌声、吟遊詩人の知り合いにはこの高いレベルの音楽家がゴロゴロいるのかと思うと、随分と恐ろしくなってくる。


この異国風の女はヒゲの男よりも一回り年齢が下であるが、ヒゲの男が知らない一回り上の世代の外国の曲をよく知っている。つまるところ、彼女からすれば二回り上の曲をレパートリーとして持っているのだ。クイーン、ディープ・パープル、TOTO、クラプトンなどなど。


吟遊詩人の女と異国風の女は、地底人のような声の男より、音楽への貢物としてビールをそれぞれ一杯ずつおごられる。


一曲だけで終わるわけはなく、そこから終電まで二人は歌うこととなった。常連の不思議な女と、そのボスが二人の歌い手と入れ替わるようにやってきた、冥途の土産ということで異国風の女は帰り際に、本日、三度目の「ホテル・カリフォルニア」を歌うこととなった。


異国風の女がその気風のよさで頑張ってくれたことにより、吟遊詩人の女は「カントリー・ロード」を一度口ずさむだけでよかった。持つべきものは友である。


彼女たちのテーブルには、シェフ兼版画家の柿坂万作が腕をふるった、風の谷のナウシカのオウムみたいな外観の料理が運ばれてきていたが、どのような味だったのか二人に感想を訊くのを忘れてしまった。


吟遊詩人の女は「竜と人間が争っていた時代の物語」を組曲(4曲)として持っている。


ハープとギターによって紡がれるストーリーの一部始終を聴いてみたいものだ。


そして、万作の描くドラゴンなる生き物も壁画で見てみたいものだが、いかがなものだろうか。


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by amori-siberiana | 2017-09-09 12:47 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを経営する阿守です。日々、喫茶店に集う人のことをブログに書いていくだけのダイアリーとして開設しましたが、集う人たちが変人ばかりなので、マッドネスな印象があるのは否めません。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


この木曜日のこと、ヒゲの男は北浜のオフィスでいつものようにコーラを飲んでいた。スタイルのよい冷えたコーラ瓶を冷蔵庫から取り上げ、栓抜きで王冠を剥ぎとり、そこへレモン果汁を垂らして飲むのがヒゲの男の矜持である。


コーラ瓶を持って自分のデスクに戻ってくると、アラタメ堂の主人が声をかけてくる。


「阿守さん、少し、時間あります?」


「ええ、時間なら幾らでもあります。どうかしましたか」


「実はね、新しいゲームを手に入れたんですよ。これをやってみたくてね」


アラタメ堂のご主人の目はキラキラと輝いている、そんな目で見られてノーといえる日本人がどこにいるだろうか。その話しの流れのまま、三人は画廊喫茶フレイムハウスへ移動することになる。


三人…?


あと一人は誰?となるだろう。当然だ。


隣の席で起業の準備をしているサーファーの上仲青年、彼がアラタメ堂の策略によって、半強制的にフレイムハウスへ連行させられることとなったのだ。起業までの道のりは遠い、頑張れ上仲。


店には版画家の柿坂万作、そして常連の不思議な女とガルパンの男。そしてテーブルを囲みゲームに興じる三人の男たち、雨降りの静かな時間が流れた。


そういえば…。と、ヒゲの男は自分の小学校時分のことを思い出した。


雨の日、校庭が使えないとき、当時の担任だった岡田先生は教室でボードゲームに興じることを許してくれていた。それ以来、これまでうっとうしかった雨の日は、ヒゲの男にとって特別な意味合いを持つようになった。


将棋の強い先生であった。どんな手を打ったとしても軽くいなされたが、ヒゲの男の友人でパキスタンと呼ばれていた少年が打った一手が凄かったみたいだ。


「いい手を打つな」と、これまでには見たことがないほど嬉しそうな顔をしていたメガネの先生の顔が思い出される。ヒゲの男は、先生を驚嘆させたのが自分ではなかったことを悔しがったが、パキスタンはそういう部分の才能は誰よりも飛び抜けていた。


しかし、パキスタンも将棋の駒を進めるのは得意であったが、人生という自分の駒を進めるのには随分と苦労したようだ。風の噂にもならない些末なことではあるが、ヒゲの男は旧友のことをいつも案じている。そんな彼が今では先生と呼ばれている、嬉しいことである。


今年に入ってだろうか、何年かぶりにパキスタンへ連絡をしたことがある。


版画家の柿坂万作が鋭意、製作中であるアレが理論的に可能なのか不可能なのかを彼に訊くためだ。ヒゲの知人のなかで物理とかそういったものに専門的な知識をもち、精通しているのはパキスタンくらいしかいないからだ。


パキスタンの電話番号がわからない。なので、彼の香川県の実家のほうに連絡をして電話番号を聞き出して、その番号にかけてみた。


ルルルルルル。呼び出し音がなる。


「はい、●●です」と、女性の声がする。これは多分、パキスタンの細君の声であろうとヒゲの男は理解する。


「もしもし、あなたの旦那の古い友人で阿守というものです。少し、あなたの旦那に訊きたいことがあるので取り次いでもらえないでしょうか」


「はい…、アモリ…さん?」


「そうです、阿守です」


「えっ!?もしかして…、失礼ですけれどシベリアンニュースペーパーの阿守さんですか!?」


「は、はい…。そのとおりですけど」


「ええっ!?どうして阿守さんが私の番号を!?ええ!?どういうことなんですか!?なんで?なんで?」


「いや、あなたに連絡をしたわけではなく、先ほども申し上げたのですが、旦那さんとは旧友で…」


「あ!はいっ!はいっ!すぐに代わります!あの…、私、ずっとシベリアンのファンでした、これからも頑張ってください」


「ありがとうございます、旦那さんを…」


世の中、なかなか面白いことが起きるものである。ヒゲの男とパキスタンのやりとりは、ものの10秒かからずに終わったが、それよりもヒゲの男はパキスタンには良い細君がいるのだなと安心した、そしてなによりこの珍妙なやりとりが愉快だった。


テーブルの上でゲームはどんどん進行していく。


姫や騎士、魔術師や大臣、伯爵令嬢もいれば僧侶もいる。それらが勢ぞろいしたテーブルの光景は、そこだけ中世に戻ったような空間である。将棋の盤はテーブルのそれよりさらに狭い、その盤の上で人生の栄光を勝ち取るものもいれば、壮絶な挫折を強いられるものもいる。盤ひとつの上にどれだけの人間が人生を賭けてきたのだろうか。


ゲームというのは宇宙の破片の一部なのかも知れない。


テミスの天秤の片方にゲームを置いたとき、その重さと釣り合うものは何であろうか?


ヒゲの男は自分の前に並べられた、カードを見ながら考えていた。


その思考をさえぎるかのようにハイタッチの男こと冷泉がやって来る。冷泉は手にバランタインの17年をさげて、それを店に寄付してくれるとのこと。


ブレンドしたスコッチウイスキーの逸品である。シングルモルトとは違い、その味わいはより調和がとられ、多種多様な文化の融合を味覚に訴えかけてくるようだ。


中世の宗教改革者として高名なマルティン・ルターはこういった。


酒と女と歌を愛さぬ者は一生をアホとして過ごすのだ


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by amori-siberiana | 2017-09-09 12:46 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにて昼はコーヒーを、夜はウイスキーを飲んでるだけの阿守です。


このお店、もっぱら、料理を作ったり飲み物を提供したりするのは版画家の柿坂万作がしている。ヒゲの男は何をしているのかといえば、なにやら難しそうな顔をして、メガネをかけたり外したり、かけたり外したりしてるだけだ。


そう、昨日もヒゲの男は考えていた。画廊喫茶フレイムハウスをなんという名前に改名すべきか考えていた。候補は幾つか出そろっており、現在、二つに絞られている。


【銀壺画塾】という日活ロマンポルノのタイトルのような名前が、まずはひとつ。


【薔薇十字喫茶】というフランス文庫の官能小説のような名前が、もうひとつ。


なんという究極の二者択一であろうか。二人の男が太陽の下、半裸で健闘を称えあうべき店の名称が漢字の羅列だと、なかなか気色の悪いものだ。


どちらにしても、暖簾も名刺も新しく作り直さなければならないとすれば、資金的な理由により、少しの時間的な猶予が必要である。「まだ、考える時間と余地はあるだろう」とヒゲはタカをくくって、考えることをその日はやめた。


さて、昨日の話し。


ヒゲの男は画廊喫茶フレイムハウスの下の店の大将と話しをする機会を設けた。議題は単純明快。打楽器の入るイベントのときに、実際のところ、どれほどの騒音や振動が下の店に影響を与えているかということである。


ヒゲの男は一階の大将に向かい、こう伝える。


「19日の火曜日なんですけれど、また、パーカッションが入ったイベントがあるので、貴店にご迷惑をお掛けしてしまう可能性もあるので、先にご容赦を願えればと挨拶に来ました」


大将は苦笑しながら、こういう。


「ひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあるんですが、いいですか?」


「もちろんです、どうぞ、遠慮せずにおっしゃってください」


「うちの店、もう三年ここで商売させてもらってるんですけど、上からまったく何も聞こえないですよ」


「ああ、そうなんですか」


「ええ、うちの店もスピーカーが三つあって、そこから音を出してるんで、まずフレイムハウスさんの音が気になったことはありませんね」


「そういっていただけると、助かります」


「そうだ、もうひとつだけ言っておきたいことがあるんです」


「どうぞ」


「以前に警察がそちらに来たときのことなんですけど、この辺の噂じゃあ、僕が騒音問題でお宅に警察を呼んだってことになってるみたいなんですけど。絶対、ないですから。僕、そういうふうに言われるんが、ほんまにイヤでね。なんやったら警察に連絡して、訊いてみてもろてもいいです」と、大将は苦笑しながら、そのようにいう。


「はい、そちらさんの通報じゃないことは百も承知しています。噂というのは噂を流したい人間にメリットがあるよう流されていますから。そこを精査すればネズミがどこにいるのかは簡単にわかります。ただ、それに関しては僕がこのお店に関わる前のことなので、僕としては今さらそれを咎める気もありません」と、ヒゲの男は返答する。


大将とヒゲの二人に共通している問題は通報者が誰なのかでは一切ない。通報するのは一般人としてしっかりと認められた権利である、そこにナンセンスな恨み節などはない。事実とは違う風評を流されることが迷惑千万な問題なのだ。その認識がお互いにあるということが確認できたことは、今後なによりの糧となる。


「いやぁ、話しができてよかったですわ」


「僕のほうこそありがたい限りです、どうぞ、今後とも宜しくお願いします」


二人の男はそれぞれの担当する店へ行くために別れる。同じ平米で仕事をする仲だ、わだかまりなど持ちたくはないのは当然の思い。


画廊喫茶フレイムハウスは「架空読書会」の日。


開店早々、架空読書会を提案した洒落た名前の女がやってくる。それに続いて夜には珍しい妖精の女、青山ビルのギャラリーの女、青いカーデガンの女(昨日はライトグリーンだった)、そして常連の不思議な女の到着を待ち、架空読書会はスタートした。


ヒゲの男こと阿守が万作が製作した木製のバーカウンター(兼ステージ)の中に入り、ホワイトボードに架空の本のタイトルを書き、それについて読後感想を述べるのである。


◆小説「アンタのソレイユ」 著者:ヨラン・ハッチンソン


ホワイトボードには、そう書かれていた。


不思議な女が落ち着いた声でいう、「このアンタという距離感が絶妙な訳だなと思ったの、あなたじゃなくてアンタという若干、近い距離感。確か、翻訳されたのはハヤシキクコさんでしたわよね?」


ホワイトボードには、翻訳:林喜久虎と追加される。


「林さん自身がハッチンソンの生まれ育った街を知ってらしたから、この見事な訳に繋がったんだなって感じました」といったのは、洒落た女だったであろうか。


「そう、確か林さんってイェーテボリ大学に留学してらしたと記憶しています」と、適当なことを抜け抜けというのはヒゲの男。


キリのいいところで、ヒゲの男はホワイトボードを洒落た名前の女に渡す。


◆小説「ぼくはかいだんをおりられない」


「主人公の少年がどうしても階段を下りられない。そのとき、階段に着地すれば音の出る装置をつけてみたら、メロディーになって楽しく下りられるんじゃないかって、発案するじゃないですか」と、ヒゲの男。


「周りの大人はみんな、下りろっていうんですよね」と洒落た名前の女。


「そう、それで、少年がキラキラ星を階段を使って演奏しようとして、最初のドから次のソに飛んで、結構な距離があるから足を骨折するじゃないですか」と、ヒゲの男は続ける。


「まさに骨折り損のくたびれ儲けよね」と、不思議な女は当意即妙な合いの手を入れる。


「そして、師匠がでてきて。見てろ、俺ならこんなこともできると、リストのラ・カンパネルラを階段で弾こうとするんですけど、2オクターブ離れてるところを飛ぼうとして、やっぱり骨折するじゃないですか」


笑いながら、ホワイトボードを不思議な女に回す。不思議な女は黒のマジックで何やら書き込んでいる。


◆小説「明日の句読点」 著者:井上ましか


ヒゲの男はこの「井上ましか」という、ありそうで聞いたことのない絶妙な名前が面白くて、笑いをこらえきれない。カウンターで一人で口を押さえて笑いをこらえている。


架空読書会がはじまってから、グラフィックデザイナーの男、そして漫画家の男、会計事務所のオーナーの男、上仲くんがやってきている。店内が混雑してくれば喧噪も増え、これがなかなか情緒あるものであった。架空読書会を観察するものもいれば、まったく別の話しをするものもいる。


万作はタバコを吸う暇すらなく、せっせと厨房にて温かいものから冷たいものまで、なんでも作る。


ヒゲの男は「そういえば、アメリカからの帰りの飛行機で上仲くんが見た映画がめちゃくちゃ良かったそうなんですよ。僕はまだ観ていないので、上仲くん、みんなに説明してあげてよ」と上仲に無茶ぶりをする。


「ええっ!?僕ですか!?」と素っ頓狂な声をあげる上仲、その様子をニヤニヤと見つめるカウンターに座る二人の女と、観客の女たち。


ホワイトボードには、ぽつねんと、ヒゲの男によってこう書かれていた。


◆映画「THE 肉屋」


上仲は覚悟を決めた顔をして、映画について神妙に語りはじめる。


「みなさん、僕があまりの感動によって、飛行機を降りれなくなった映画をご紹介します」


「それって、ジャンルは何になるの?」と、不思議な女が痛烈な質問を入れる。


「ええと…、はい、ラブロマンスです」と、上仲はスポーツマンらしい反射神経を見せる。


グラフィックデザイナーの男と漫画家の男は、あふりらんぽについて語っている。会計事務所のオーナーは画廊喫茶フレイムハウスのために最新兵器を持ってきてくれている。ギャラリーの女は流麗なイントネーションで、ヒゲの男に問いかける。


「あなたたち、ありもしない本について、みんなでおしゃべりになってらっしゃるんでしょう?それってね、あなたたちの経験から出てくることなのかなと私は思うんですよ。だとしたらね、痛々しくてとても聞いてられないんですよ」と、心優しいことをいう。


ガゴッと音がする。


締まりの悪いガラス戸が開かれて、ぞろぞろと若い酔っぱらいたちが入ってくる。


そしてその一団の最後尾に入ってきたのは、そう、予想どおりのハイタッチの男こと冷泉だった。ゲーム会社の社長の男と冷泉は入り口付近にいた、会計事務所オーナーの男と合流して、談笑をはじめる。


なるほど、若い酔っぱらいたちは、ゲーム会社の社員であろう。


ここで、ちょっとしたハプニングが起きたのだが、それは店にいた客たちの協力によってすぐさま事態収拾となった。万作とヒゲの男はとてもありがたい気持ちになった。


店内でのハプニングが収拾しないうち、絶好のタイミングで、ドアの外からガハハーという豪快な女の笑い声がする。


バックパッカーのような大きな荷物を背負った音楽家のガハハの女が、いちげんさんのムラサキさんを連れて来たのだ。


ガハハの女はガハハと笑いながら、ハプニングを乗り越えて悠然と席に着くや早々に、「あ~、万作さん!ジンバック!いや、ウイスキー!いや、やっぱり、ジンバック!ガハハハー」と、飲み物を注文する。


今日は安治川の向こうにある、雲南省のような名前のところでライブをした後だということで、都合よくベネズエラの弦楽器であるクアトロを持ってきていた。


ヒゲの男が「何か一曲、お願いできないか」と相談すると、「えーと、なんにしよかなー、えーと、ガハハハ」とクアトロを取り出す。


「みどりきみどりふかみどり」というオリジナル曲を弾きだした。その柔らかな声からは先ほどまでガハハと笑ってた女と、歌っている人物が同じだとは考えられない。なんたるメタモルフォーゼか。


それでは皆さん、ご一緒に!とガハハの女がいう。


「みどり~、きみどり~、ふかみどり~」と店内には男どもの野太い合唱が何度もウェーブのように起きる。


何か演奏してくれとお願いして、すぐ酒場に一体感をもたらす音楽の力は偉大なりと、
ヒゲの男はここにきて音楽の価値を見直している。


ギャラリーの女は、バーのカウンターにある棒についての歴史を会計事務所のオーナーとヒゲの男に説明した。カウボーイが馬を繋ぐための棒だったのよと。


それくらい昔のバーの話しをひとつしよう。


当時、西部劇で我々がよく知る時代のアメリカは無法者で溢れていた。一度、乱闘がはじまると銃撃戦となるのが常であったそうだ。


特にピアノが置いてあるようなバーは人気店であり、そういったピアノバーのどの店にいっても同じ文句の貼り紙があり、こう書かれていた。


「ピアニストは撃たないで!」


酒場にとって音楽家は、なくてはならない存在であり、代えの効かない役割を担っているのだ。もしも撃ち殺されてしまうと、当時は代わりのピアニストが来るまでに随分な時間と経費がかかっていたのだ。


夜はそのまま更け、店に残ったのはゲーム会社の社長と社員、会計事務所のオーナー、冷泉、万作、ヒゲの男。これだけになると、やっぱり、殴り合いがはじまるのであった。


「なんやねん、このファイトクラブ感!」とゲーム会社の社長は呆れていたが、結局、最後には奮って参加していた。


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by amori-siberiana | 2017-09-07 17:45 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、株式仲買人の繁栄と没落の雰囲気を色濃くのこす町、北浜にて猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスの阿守です。


昨日、ヒゲの男はいつものように北浜のオフィスにて、なんだかよくわからない仕事をしたあと、ランチ営業中であろう画廊喫茶フレイムハウスへ足を運んだ。


容赦も躊躇もなくカーペットの敷かれた階段をのぼり、店内に入ってみると、妖精の女がコーヒーを飲んでいた。常連の不思議な女から「彼女は妖精よ」と銘打たれたこの女は、どうやら版画家の柿坂万作が腕をふるった料理のファンなのだとか。


妖精の女が今、階段を上がってきたばかりのヒゲの男にむけて、このように言ってくる。


「阿守さん、今日はマグロの漬け丼が食べられるそうですよ」


その日、昼食は摂らなくてもいいだろうと考えていたヒゲの男も、マグロの漬け丼ということばを聞いて、口のなかにワサビ醤油の風味、そしてマグロの優しい食感が疑似再生される。


「万作さん、漬け丼って僕の分もできますか?」と、ヒゲの男は版画家に問う。


「うーん、ちょっとさっき出したんとは部位は違うんですけど、そのへんに問題がないんやったら作れますよ」と版画家の男は、やたらと丁寧に教えてくれる。


ヒゲの男はマグロの漬け丼を頼んだ。食欲がなかったヒゲであったが、そんな主張は何らの信ぴょう性もなかったかといわんばかりに、一気に胃の中へ、白米とマグロをかき込んだ。


「以前は、ビンチョウマグロは安いのに、ええ部分とそうやない部分が一緒くたになっとったんですわ。ワシ、それを見つけたとき、うおおおっ!これは?と思うて喜んどったんですけど、最近はちゃんと部位によって値段を変えるようになりましてな。売り手もそのへんのことがわかる奴が出てきたんちゃうかなぁと、思っとったんですわ」


ワサビのかたまりにむせながら、ヒゲの男は版画家の話しを聞く。


「ところが、今日行ってみたら、うおおっ!?これは久しぶりにあたりとちゃうやろか?いうのんがありましてな、あれぇ?これでこの値段は…(中略)、というわけですねん」


と、いうわけですねん。


さて、夜になり店へ訪れてきたのは、吟遊詩人の女。


先日、給料日前で900円しか持っておらず、アイスコーヒーの中身が分離するまで時間をかけて大切に飲んでいたが、ヒゲの男の「ちょっと歌ってみてくれませんか」の一言で、素晴らしい歌声を披露して、「あっぱれ!」の喝采とともに一杯の酒とピザを数切れ、みんなからプレゼントされた女である。


「あっぱれ」の割には手に入れたアイテムが少ないと思われるだろうか?残念ながら、そんなに店内に人がいなかったので、それは仕方がないのである。もしも、何千人と聴取がいたならば、吟遊詩人の女は新車のレクサスを手に入れていたかも知れない。そのレクサスのハンドルを手のひらで回すという愚挙に出たかも知れない。


案外、数の力は偉大なのだ。


万作は全身に鳥肌がたち、普段、滅多に視線をスマホから離そうとしないガルパンの男は、彼女の歌に聴き入って「阿守さん、すぐにライブしてもらいましょ」と、珍しいことを言う。歌の力は偉大なりだ。


すると、常連の不思議な女がやってくる。常々、この不思議な女は「吟遊詩人の女と会いたい」といっていたので、ようやく念願が叶ったというところだろう。早速、出会って初日に二人は意気投合していた。そして安定のガルパンの男もいつの間にか来店。そのあとグラフィックデザイナーの男も来店。起業を目指す上仲くんと知人のいちげんさんの女もやって来る。メンツは整った。


「賽(サイ)は投げられた」と、カエサルは言ったそうだ。


早速ではあるが、吟遊詩人の女に「カントリーロード」を歌ってもらう。もしかしたら記憶補正していた部分があるかも知れない、皆が期待する。


まったく見事!素晴らしい歌であった。


上仲がジタバタと驚きながらいう。


「うわっ!ヤバいです!ヤバいです!デビューしましょうよ!YouTubeにあげましょうよ!阿守さん、これはヤバいですよ」


さすがは誠実で愚かなほどにストレートな男である。その発想たるや、雨が降れば傘をさし、暑くなればクーラーのスイッチを入れましょうよ。と言ってるのと同じである。彼の実直さは敬愛に値するものであるが、あまりに直球勝負ばかりなので、バッターからすると何がくるのか予想できてしまうのだ。しかし、ヒゲの男や周囲のひねくれた先輩たちは、そういう彼の滑稽さが可愛らしくもある。捨て置けない存在なのだ。


なぜなら、社会で生きていくには、デッドボールも有効手段だということが身に染みてわかっているからだ。そして三振をいくつとったではなく、ゲームセットまでに相手するであろう、最低27人のバッターに対して、合計27球で終わらせられることを考えているからだ。


ガゴッという音が聞こえる、締まりの悪いガラス戸が開放される。


来店者の顔は見えずとも、その挙動と視線で誰が来たのか、すぐにわかる。ハイタッチの男こと冷泉と、スーツケースの男の来店だ。


スーツケースの男は常に日本中を飛び回っているような印象がある。今日は名古屋からの帰りで、すぐ東京へ行き、その後に高知へ行くとのこと。仕事で全国を回るのと、遊びで全国を回るのとでは、それこそ気持ちが全然違うものだ。


つまり、人間というのは気分の生き物なのだ。この気分ひとつで自分の人生を花開かせたり、崩壊させたりする。生きるということは、常にどの選択肢を選ぶかという主観と、外因との偶発的必然性の連続である。この「気」というものは、取り扱うのがとても難しい。どれだけ崇高な「気」をもっていたところで、質屋で値段はつかないのだ。


逆にいえば、どれだけ悪辣で愚かなる「気」を持っていたところで、今の時代では取り締まることができないのである。


人はなんとか自分の「気」を表現しようと躍起になる。使えるものならなんでも使う。ところが不思議なことに、自分の「気」のすべてが目に見えるかたちで棚に並べられるとしたら、みんなが間違いなくそうされることを断るであろう。


冷泉とスーツケースの男は奥のテーブルに収まる。


吟遊詩人の女が歌う、カントリーロードが絶品であるとヒゲの男がいう。冷泉はブログで彼女の存在を知っており、「聴きたい、聴きたい」という。


吟遊詩人の女はカントリーロードを歌う。


冷泉は右手に電子タバコをもったまま、阿呆のように口をぽかんとあけ「ヤバいですね」と一言、スーツケースの男は凄いものを見たという丸い目をする。拍手喝采がまた起きた。斥候の男もやってきて、そこからは店内のあらゆるところから歌が聴こえてくることとなった。


吟遊詩人の女がヒゲの男にこういう。


「お店のなかでの話題が、ビジネス主流なのが、北浜らしいですね」


ヒゲの男は画廊喫茶フレイムハウスをロイズ保険組合を生んだ、カフェ「ロイズ」のようにしたいと常々考えている。


錬金術と人の繋がりこそという実業家と、夢想を持ち抱える芸術家が気兼ねなく共存できる場所、一般人のふりした変人と、変人のふりした一般人とが共有できる場所。巧みな文化というものは、いつも互いを認め合い迎合融合することによって成立したものだ。


相互の成熟した部分を拝借することで、新しいものは生まれてくるはずなのだ。


ビールにトマトジュースを加えるだけで、トマトビールジュースにはならず、「レッドアイ」という新しい名前になる。


だからといって、宇宙のどこか知らないところからやってきたマテリアルなど、ひとつもなく、あったものを巧く使っただけなのだ。


「画廊喫茶フレイムハウス」


その名前では収まりきらないような人が毎日やってくる。そろそろ、この名前とも、タイム・トゥ・セイ・グッバイだ。


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by amori-siberiana | 2017-09-05 11:52 | 雑記 | Comments(0)

こんばんは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスをどうにかしようとする阿守です。どうにもならなさそうなら、さっさと撤退するところでしたが、どうにかなりそうな感じになってきました。恐ろしいものです。多分、このお店に来られる人たちが、地軸をどうにかしているのではないでしょうか。


さて、日曜日の話し。


その日は完全にオフ日だと決め込んだヒゲの男は、昼間は金勘定のために店へ行く。店というのは言わずと知れた、画廊喫茶フレイムハウス。二階は喫茶店で、三階は版画家の柿坂万作のアトリエ兼住居である。


先月末に家賃(9月末まで)を払えたことで胸をなでおろしたヒゲは、万作にこう問いかける。


「万作さん、野暮なことをお聞きしますけれど、ご自身の給料はどれくらい残っていますか?」


今の画廊喫茶フレイムハウスの経営についてだが、給与は毎月の決められた日、ヒゲの男が万作へ払っているという状態。といっても高給なんてものは渡せるわけがない、人間が人間らしい生活を送るにギリギリか、ギリギリちょっと届かないくらいの給与ではある。だが、これまでのように赤字を出すことは一切なくなった。


「うーん、ええと、阿守さん、よう今のタイミングで聞いてくれはりました」と版画家の口角は多少なりとも上がる。


「つまり、財布にお金がないということなんですね」


「ええと、ちょっとは…、あるん違うかな。いや、そないいうても2000円くらいのもんですよ。ワシもどないしよかなぁと思っとったんです」


「わかりました、前倒しにしてお渡ししますね」


ヒゲの男はそういって、版画家に給料を一週間ほど先に渡す。どうせ、来月も一週間ほど先に渡すことになるだろうことは、火を見るより明らかであろうことはヒゲの男もなんとなく予感している。


万作は急に冗舌となり、いろんなことを話しかけてくるがヒゲは帳簿とにらみ合って何やら考えごとをしているので、版画家の口から流れでるトピックは左から右へと流れて、ただ、テンポのよいところで「うん」とか「すん」とかの相槌を打つに留まる。


画廊喫茶フレイムハウスに関わって、およそ二か月が過ぎようとしている。傾きかけていた看板は平衡感覚を取り戻して立ち直り、版画家が随分と滞納していたものや、借金もなくなった。さらには版画家には毎月の給与が払えるようになった。


ところがだ、ヒゲの男はここまで全くの無給である。


ただ、お金では手に入らなかろうものを、この二か月で手にすることができた。それはヒゲの男がもっとも欲していたものなのかも知れない。枯れに枯れていた感覚だったのかも知れない。忘れていた感覚を取り戻したとき、ヒゲの男のカチカチに固まっていた心は、水を吸い取って膨らむスポンジのような弾力を得た。


その、どちらか選べといわれてもな…、難しい選択だ。


ヒゲの男がそんなことを考えていると、星師匠が店にやってきて、店中の掃除をしてくれた。金のことを考えてもキリがないやと、ヒゲの男はギター片手に「6666 556」、「5565 656」、「5655 555」、「5656 555 3」と数えている。万作はアトリエで例のものを製作中。


その夜、テリーから連絡があった。


東梅田にいるので、北浜まで来るとのこと。このテリーというのは、ヒゲの男が音楽家だった時代、ヒゲに関連するイベントの舞台監督や照明を取り仕切っていた男である。つまりは、ヒゲの男の頭のなかを良く知った男。


今日は店に行かないでおこうと決めていたヒゲの男も、テリーが来るのであれば無下にもできず、渋々、店に行くことにする。


店には先客がいたが、入れ替わるように退店する。なんでも自転車で尼崎まで帰るのだそうだ、なかなか骨の折れることで大変でしょうと同情すると、そんなことはない秋の夜風は気持ちのいいものだと返答してくる。なるほど、確かに涼しい風が店のなかを駆け抜ける。


店に先にいたガルパンの男とテリーと僕。


三人で、ひとつの趣向をはじめた。


「自分にとっては感動的だが、他人の心にはまったく響かない音楽を聴く会」である。


内容を書いてもダラダラするだけなので割愛させていただくが、ガルパンの男は強かった。この道ではキング・オブ・キングスではなかろうか、風格すら漂わせる。


それほど、他人が聴いてもピンと来ない曲をよく知ってるし、さらには度し難いことに、そういった曲を愛せる男なのだ。ガルパンの男、おそるべし。


そういえば、今日、9月5日。版画家の柿坂万作が画廊喫茶フレイムハウスを前のオーナーから引き継いで、6周年だか7周年だかを迎えることとなった。


やっと、第一段階を越えることができたかと、無事でなによりだったことに感謝する。


みなさま、今後とも宜しくお願いいたします。









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by amori-siberiana | 2017-09-05 01:24 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにて損してるのだか得してるのだか、いまだによくわからない商売をしている阿守です。


この目的のよくわからないブログを楽しみにしておられる方、ブログの更新ができなく申し訳ありませんでした。心身の健全さを守るため、完全オフの日を作ってみました。なるほど、一日休むと全然違うものです、頭がすっきりと晴れたような感覚が戻ってきます。


さて、時間は巻き戻り、土曜日のこと。


画廊喫茶フレイムハウスの店内では、版画家の柿坂万作とギター弾きの阿守がいる。この二人で先ほどからガタガタゴトゴトと、机を動かしたり椅子を動かしたりしていて、どうにも落ち着かない雰囲気である。


万作がいう。


「ワシ、考えたんですけど、今日のイベントとかやっぱりインド風に地べたに座るほうが、雰囲気が出るんと違いますやろか」


阿守はまだインドに行かないので、インドでの音楽の聴きかたについてのイメージが湧かないが、確かにそのほうが良かろうと賛同する。


「わかりました、そしたら万作さんのアイデアにのって、全て片付けて、カーペットを敷きましょう」


そういう顛末で、二人は机と椅子、散らばった美術書などを整理整頓していたのだ。けれど、そもそも先日にシタール奏者が視察に来たとき、そんなことを言ってなかったか?という記憶もあったが、そのときは面倒だからということで断ったような気がする。


いつの世も、どれだけよいアイデアだとしても、それが具現化するかどうかは提案者側よりも、実行者側の判断に委ねられることが多いものだ。そうやって、これまでどれほど社会的にも良質なアイデアが、実行者側の怠惰と無能によって無かったことにされ、有耶無耶になってきただろうか。


一段落ついて、万作は風呂へ行く。ヒゲの男は敷き詰められたペルシア風のカーペットをながめていると、どうにも寝そべりたくなる。大の字に寝そべりたくなる。カーペットの品質の良し悪しは、誰が織っているかでも、素材が何かなのでもない。


そのカーペットを目の前にして、人間が「どうにも倒れ込みたい」という欲求の引力に、どれだけ捉えられてしまうかである。


ヒゲの男はさらさら抵抗する心持ちもなく、すんなりとカーペットの上でごろんとなる。その刹那、夢うつつがやってきて、よい気持ちになる。夢の国だ。


ゴガッ!


締まりの悪いガラス戸が開け放たれ、これからというタイミングでシタール奏者の男がやってきた。国破れて山河ありとは昔の偉そうな人が残した詩だが、北浜にある猫のひたいのような店からは、山も河も見えない。ただ、間の抜けた駐車場が見えるのみである。


シタール奏者はいう。


「あれ?結局、この(桟敷の)形にしたんや」


「そうそう、万作さんがそうしたほうがいいんじゃないかって言うからね」


「俺、この前、そうしたらええやんって言うたけど、それはできへんって言うてなかったっけ??」


「昨日の絶対が今日にはもう通用しない世の中だからね」と、ヒゲの男は妙なことをうそぶく。


タブラ奏者も合流して、リハーサルがはじまる。カーペットの引力はシタールとタブラの合奏により、さらなる強固な武装を整えてヒゲの男を誘惑する。


万作が風呂から戻ってくる、客がやってきて、今日のイベントのスタートとなる。


イベントの内容は二部構成、前半は一曲で終了した。たった一曲?と思われる人もおられるかも知れないが、一曲が40分~50分あるのだ。その質量たるや十分なものである。


二人の音楽家は以前、40分~50分ある曲の感想を客に求めたところ、「演奏の手が早く動いていた」ということを散々言われて、苦笑せざるえなかったという話しをしてくれた。手が早くなるところは、全体の10%にも満たない部分であるのだから、そこだけ特化してみられたら、自分たちがサーカス一座の心境であろうことはヒゲにもわかる。ただ、そのお客の反応もわからなくはないという共感が、場内を笑いに誘った。


一部と二部のあいだに、イベントをしているとは知らずに会計事務所オーナーの男がやってくる。素晴らしいキックを持つ男であり、終演後はタブラ奏者の男と体の鍛え方について話し込んでいた。


一部、二部ともに演奏は盛況のうちに終わり、甘美なる響きは引き続いて、店内のあちらこちらでの雑談の喧噪に移行して、特別な夜を名残惜しむようであった。


ヒゲの男も冷やかし程度に演奏に参加させてもらった。これも彼にとっては良い思い出となるだろう。


夜も更けきったころ、タブラ奏者の特別講義が舞台上で行われる。舞台から「デンナー、デンナー、そうでんなぁ」という関西風にもとれる呪文のようなことば、そして鼓の音が交互に聴こえてくる。周囲には好奇心旺盛な客が集まり、タブラと奏者をジッと見ている。


それを酔った目で見ていたシタール奏者が、むくりと椅子から尻をもちあげる。


「俺、20何年もタブラと一緒にしてるけど、今までどないして叩いてんのか、教わったことなかったわ」


楽器を教わっている彼の好奇心の目は、宮廷音楽家のそれとはうって変わって、少年の目つきのままだったように、ヒゲの男は思った。


酔っぱらったヒゲの男の思いなので、どうなのかはわからない。

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by amori-siberiana | 2017-09-04 12:33 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスは昨夜も騒がしい一日となった。繁盛しているのか、暴挙にかられているのか、それは誰にもわからないが、賑やかなことに変わりはない。


なにが騒がしいかといって、一番のニュースはこの店にゆかりのある、出っ歯の男が小説家としてデビューすることが公式に発表されたのだ。常々、北浜から文化人を発信したいと目論んでいる、ヒゲの男からするとこんなに嬉しいことはない。


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~異世界も日本も捨てがたい! 大人のための『時々帰れる』欲張り冒険譚!!~

【本のタイトル】アラフォーおっさん異世界へ!!でも時々実家に帰ります

【著者】平尾正和

【発売日】2017年10月10日

【出版元】カドカワBOOKS

【値段】1200円(税抜き)

【WEB】https://kadokawabooks.jp/product/arafoossan/321706000620.html

【概説】1通のスパムメールで、突然異世界に放り込まれてしまった敏樹(40)。しかし彼は、自由に実家に戻れるスキルを手にして……?危なくなったら即帰宅!アラフォーおっさん流・空気を読まない異世界旅が始まる!

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以上が、小説の概要となる。


画廊喫茶フレイムハウスにいるヒゲの男と、この小説家として文壇の門扉を叩こうとする男とは同郷の知人であり、双方とも音楽家として同じステージにて20年以上にわたり付き合ってきた仲である。手放しで応援したくなるのは無理もない話しである。


しかも、ヒゲの男にはこの小説家をキッカケとして、北浜独立の戦略上における重要拠点を築こうという狙いもある。あらゆる芸術、あらゆる文化、あらゆる歴史というのは、そのほとんどをことばに頼っている。となれば、物書きと組むことは理にかなっているのである。


平尾よ頑張れ。平尾よ羽ばたけ、その少し顔より前に突き出た歯を、杭のように地に突き立てて、進んで行くのだ。あっぱれ!人生の博打は始まったばかりだ。


さて、ヒゲの男こと阿守が北浜のオフィスにて仕事をしていると、一通のメールが入ってきた。差出人は画廊喫茶フレイムハウスの共同経営者である、版画家の柿坂万作。どうやら、ヒゲの男と同郷の友人がランチに来ているとのこと。ヒゲの男はさっさとデスクの上を片付けて、店に行くことにした。


店に行くと、遠距離にいるのに見慣れた知人の顔があった。少し後になってクレオパトラの女が店にやってきたので、版画家の万作を含めて昼間っから、草刈り機で足を切断したというような話しをする。クレオパトラは食事中に勘弁してくれというような顔をして手で耳を塞ぐが、万作は気にせずそのまま突っ走る。


「田舎にあるよう研いだ、草刈り鎌とか、えらい切れますからね、ひひひ」とは万作。


話しが一段落したところで、ヒゲの男は翌日のシタール演奏会の準備のため、音響機材をシタール奏者の男のところまで取りに行く。


シタール奏者はちょうど生徒さんをレッスンしていたところだった。聞き慣れないことばがわんさか出てくる、「パニサガレダ~」のような呪文を旋律にのせて声に出している。多分、インドの音階の呼び名なのであろうと、わざわざ聞かなくともなんとなくはわかる。


重たい機材をシタール奏者より渡される。


「阿守くん、帰りは地下鉄?」


「そのつもりだよ」


「これ重いから、地下鉄で帰るんやったら、ここをこう向かえばエレベーターのある入り口になるわ」と、シタール奏者は丁寧に教えてくれる。


ヒゲの男は、「大丈夫、大丈夫」と意気揚々、シタール奏者のところから機材を持ち出してきたが、ものの30秒ほどで音をあげてしまい、タクシーを呼ぶはめになった。


一度、北浜のオフィスへ立ち寄る。北浜人狼を主催するアラタメ堂の主人がいたので、今日、最終のリハーサルをさせて欲しいとお願いする。ついでにカフェ・コンサルの男と、インバウンド事業で一旗あげようと目論む上仲、さらにまた違う業種のインバウンド事業で一旗あげようと目論む大学生に声をかけ、フレイムハウスで人狼に付き合ってもらうことにした。


一度は北浜のオフィス内で、アラタメ堂の主人が持ってきた「ゲスカノ」という新しいゲームをしていたのだが、どう考えてもオフィス内との空気感が嚙み合わないので、フレイムハウスへ移動することにしたのだ。


店に一同が集結したのち、人狼の最終リハーサルが行われる。


常連のガルパンの男はゲームに加わらないが、ご機嫌にビールを飲みすすめる。常連の不思議な女もやって来るが今日は様子が違う、白いカッターシャツの若い男を連れている。なんと、常連の不思議な女が部下である新入社員を連れてきたのだ。


常連の不思議な女が会社で働いている姿を、ヒゲの男は一切、これっぽっちも想像できなかったが、部下がいると違うものである。なんだか腑に落ちた。


ワイワイしていると、冷泉がたわわに実った見事な巨峰とマスカットを手土産にやってくる。いちげんさんを一人連れている、この男をマイナーな男と名付けることにする。


マイナーな男は2万円で起業して、今では年商16億を稼ぐまでに成長させた男だそうだ。早速、ヒゲの男に促されて上仲くんが自身のビジネスプランをマイナーの男にぶつけるが、1R秒殺。


不思議な女と、その部下の新入社員の男も加わって、人狼は夜がとっぷりと更けるまで繰り返されることとなった。


ウイスキーのストレートと、ハイボールをチェイサーにして飲みながら、冷泉は言う。


「マイナーさん、僕の腹を殴ってください」


「いや、僕は殴りませんよ。ここで僕が殴ることによって、どんな社会的貢献が起こりうるというんですか」と、マイナーな男は当然のことを言う。


「社会的貢献は…、ない、です」と、冷泉は思ったままを述べる。


「だったら無意味じゃありませんか、全体の利益にも福祉にもならないことを僕はしたくないのです」と、これも至極当然な論である。


「いや…、意味は、あります」と、冷泉は滑舌わるくいう。


「どんな意味があるんですか!?」と、上ずった声でマイナーな男はいう。


「…わかりません」と、冷泉は言いながら高らかに笑いだす。


不思議な女が合いの手を入れる。


「冷泉のすること、それについての共感は、私にはないけれど、行為のまえにその理由を解さずまま拒否をしてたら、戦争にしかならないんじゃない?」


「いやいやいやいや、ちょっと待て!姉さん!話しがえらく大きくなってるぞ!この話しはどこへ向かおうとしてるんですか!」と、マイナーな男は大いに慌てる。


この一連のやりとりは横から見ていても、腹を抱えて笑うにはもってこいだ。


ヒゲの男は、冷泉の趣味なのか性癖なのか、それともそれを凌駕する何かなのかわからないが、こういった珍妙な論議を毎日繰り返していくうちに、いつも同じことに思いをはせるのだった。




臨済宗の祖、臨済は、確かに殴られたことによって、悟ったのだ。と。



とにもかくにも、画廊喫茶フレイムハウスは小説家の平尾正和さんを応援いたします。

えいえいおー、えいえい、おー!

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by amori-siberiana | 2017-09-02 14:19 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、これは大阪は北浜にて、猫のひたいのような小さな店、画廊喫茶フレイムハウスに集う人たちのグダグダ話しを克明にとらえたブログである。


最近、北浜の画廊喫茶フレイムハウスに出入りするヒゲの男は悩んでいた。


北浜には本屋とたこ焼き屋がない。厳密にいえばどこかにはあるのだが、ヒゲの男が好んで入れるような店は今のところない。いつもなら昼の暇な時間には、版画家の柿坂万作が料理の腕をふるっているのを見に行くのだが、今日にかぎっては版画家はデッサン教室をしているので入れない。


朝には冷涼な気候であったが、昼には突き刺すような日差しが頭を照らし、外をウロウロするのもはばかられる心持ちであった。だが、秋に近づいていることには変わりはなさそうだ。


ヒゲの男は、オフィスから近くにあるスパニッシュ建築の青山ビルに入る。青山ビルの一角にはギャラリー「遊気Q」があり、暇なときに行けば、大体は時間を潰せるのだ。ギャラリーに入ると、先日まで大量にあったアジア風の服や雑貨がなくなっており、また次の展示の用意がはじまっていた。


ギャラリーのオーナーの女はヒゲの男に問いかける。


「阿守さん、あなた、クリニャンクールはご存知?」


「ええ、もちろんです。パリ観光の醍醐味のひとつですから」


クリニャンクール(Clignancourt)の蚤の市は、約3000軒の露天商がひしめき合うパリで最大の胡散臭いマーケットだ。たまに圧倒的なガラクタの中から、とんでもない逸品が見つかったりしたときは、パリの新聞を騒がせたりする。


「私はね、このギャラリーをクリニャンクールのようにしたいんですよ。ほら、あそこ行くと露天商が足元に数点の商品をね、ただ、並べて腕組んで突っ立ってるだけじゃないですか。買いたいなら買ってみるがいいという、なんだか偉そうな雰囲気でしょう」


「確かにそういう風情のところ、ありましたね」


「でも、いろんなものがあってね。私はあそこの雰囲気が大好きなのよ」と落ち着いてはいるが、ギャラリーの女は抑揚の効いた声色で楽しそうな顔をする。


ヒゲの男は蚤の市ときいて、あまり良い思い出がない。いや、あまりではなく、ひとつもない…。だから、蚤の市で他人が手に入れた逸品などを見せられたときには、どうして自分はハズレばかりを引いてしまうのかと、自身の運命と目利きのなさを呪うことが多々あった。


はるか、以前、とんでもなく美しい石が土台にはめ込まれた指輪を買ったことがあった。結構な値段はしたが、それこそ一目惚れ。それを購入しては太陽の光に照らして、悦に浸っていた。なんと神秘的な色だろう、宇宙から地球をみたときは、こういう色合いに見えることだろうと、心は高揚感で満たされた。


どこかからどこかへ向かう飛行機の中。いつものように指輪を古代の呪術師のように、指でなでていたら、石の表面がはげた。というか、めくれた。


「…えっ!?」


ヒゲの男が恐る恐る、めくれた石の表面をつまんで、どんどん剥ぎとってみると、それは神秘的な色をしたカッティングシートが貼られていただけの、ただの石だった。


「畜生!」とヒゲの男は憤怒したが、それ以来、その石はどこへ行ったのか行方はわからない。多分、日本ではないどこかの国で、再び石に戻って憮然と空を見上げていることであろう。


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ギャラリー「遊気Q」が主催するイベント。


青山ビル巴里祭は9月4日(月)~21日(木)まで。※定休日は10日、17日。
昼の12時から夜の19時まで開催中とのことです。


9月5日はタロット占いの先生が1000円で占ってくれるので、ヒゲの男も人生初めての占いに行って来ようと考えています。


パリのクリニャンクールの蚤の市が、青山ビルにやってくる!


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画廊喫茶フレイムハウスに行くと、版画家の柿坂万作がイーゼルを片付けしていた。店にはペルノ(アニスのリキュール)の匂いが溢れていて、つい先ほどまでデッサン教室をしながら版画家と生徒が飲んでいたのだということがわかる。


同じタイミングで店にやってきた求職中の女が黄色いケトルを熱心にデッサンしだす。ヒゲの男は昨日の続きでギターの練習をして、万作は上の階へ行き、ガタガタと何かをしている。この時点ではここが何をするところなのか、他の人の目から見て、まったくわからないだろう。


常連の不思議な女、ガルパンの男がやって来る。それに続いてグラフィックデザイナーの男もやって来る。店内には手拍子が激しめのロマの音楽がかかっていた。


不思議な女が口を開く。


「前にクラップの音の素材を探して、音を重ねていたとき、自分のミスで少しズラして重ねてしまったの。そしたら、予期せぬ素晴らしいグルーヴが出たの」


ヒゲの男はその話しを聞いて、すぐさまスティーブ・ライヒの「クラッピング」を思い出し、その着想が故意かどうかは抜きにして、同じような手法で作られた曲があるということを説明する。


するとデッサンに必死の女以外、みんなで手拍子をしだす。四人が四人とも好き勝手にクラッピングを開始する、不思議な女の手拍子の音はウッドブロックのような音がして、特異であり、それを真似てみるがなかなかできない。


当分のあいだ店には、パンパン、パシパシという音が充満して、さらにこの店が何をするところなのか見当がつかなくなる。


随分と夜が更けてきて、そろそろ帰ろうかと思った頃、ゴガッという音とともにガラス戸が開けられ、アニメーターの男と、ナースの女が迷い込んできた。


これも縁と一緒に長渕剛を歌いだす、ギターを弾くのはヒゲの男。


「順子」のイントロを弾いているとき、またドアが開く音がする。


ギョロリと店内を見回し、ニヤニヤとしている姿が目に入ってきた。男の格好は全身が黒で統一され、ETROのデザイナーが好みそうな柄が、これまた黒で入ったスーツ。


そう、東京の出張から戻ってきたばかりの冷泉(ハイタッチの男)であった。


冷泉は誰に促されるともなく、宴の輪に加わり、長渕を熱唱する。それにつられて次第に他のメンツの歌声も大きくなる。


冷泉は最後、ヒゲの男にリクエストをしてくる。


それは、加藤登紀子の「時には昔の話を」だった。


ヒゲの男は、確かこの曲をつい最近ギターで弾き、その伴奏にのせて号泣しながら歌っていた、とある経営者の太った男を思い出した。


歌に翼があるといったのは、メンデルスゾーンというお坊ちゃんであっただろうか。




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by amori-siberiana | 2017-09-01 13:22 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにいる阿守です。


毎日、毎日のように「暑い」を口にしていたのがウソのように、朝から涼しい風が通勤ラッシュの人々の間を吹き抜けてゆく、証券取引所のある町。天狗の鼻のようにそびえたつタワーマンションもあれば、そろそろ時代的にも法律的にも限界だろうという具合の平べったい木造家もある。


各戸が各戸なりの思惑をもったまま、秋の到来を迎えようとしている。


このブログを書いている、ある方面の人たちから総帥と呼ばれるヒゲの男も、そんな景色のなかの一部分となり、なんとなく寝食して、なんとなく今日を生きているのである。


このヒゲの男が「総帥」と呼ばれる所以は何か?


この御大層な呼び名を取り立てて本人自ら所望したわけではないが、この男は遥か昔に音楽家であったそうだ。それが本当なのかウソなのかはわからない、ただ、今でもギターなる楽器を飲酒して気分がよくなると、よせばいいのに店の客の前でチラホラ弾くこともある。それで喝采があれば、もう一曲くらい弾こうとなる、さらに喝采があれば、喝采がなくなるまで弾いてしまう。そして手を痛める、ということを長らく繰り返している。


とにかく総帥と呼ばれることと、音楽は関係しているのであろう。


昨日、ヒゲの男は、朝に北浜のオフィスへ出社して、昼過ぎに会社の受付嬢に「ちょっと、遊んでくる」と言い残し、画廊喫茶フレイムハウスへ足を運んだ。


阿守がドンドンと冥府へ通じるような細い階段をあがると、その足音に気づいたであろう別の足音が、さらに上の階からドスドスと音を鳴らして落ちてくる。


ドンドンとドスドスはお互いの中間地点である二階で合流する。


ドスドスの足音を立てて降りてきたのは、版画家の柿坂万作であった。


昼をとうに過ぎていたということもあり、店内にお客はいなかった。これを好機と考えた阿守はおもむろに店の壁画の前に無造作に置かれているギターを取り出して、弾きだす。


「万作さん、そろそろ自分の演奏も近いのでギターの練習してても構いませんかね?」


「そら、お好きなようにされたらよろしいですわ。ワシ、上で洗濯しとりますよって」


若い頃とは違う。練習をしておかないと、下手になるとか感覚を忘れるのようなものではなく、体の筋というか腱というのか、そういう強い意志とか心の持ちようだけではどうにもならないものが動かなくなることを阿守はここ最近、感じているのだ。


自分のCDをかけて、自分で演奏する。なんだか急に眠くなってくる。それでも頑張る、やっぱり眠くなる。


ちなみに新しいペルシャ柄のカーペットを二枚ほど上のアトリエから持ってきて敷いてみる、ギターを置いて「亡命ロシア料理」という本をペラペラとめくってみる。


「これはなかなか秀逸な本だな」と一人で感心して、カーペットの上にごろりと寝転がり、そのまま、だらしなく寝てしまう。ハッと気がついて目を覚ますと、もう開店時間の半刻前になっていた。


今日は平日なので客がくるとしても、遅くの時間からになるであろう。そう考えたヒゲの男は午睡の前にしていた練習の続きをやる。ガラガラガラズドーン!と勢いのある音を立てて、万作がシャッターを開ける。


ヒゲの男の予想に反して、開店早々いきなり洒落た名前の女がやってくる。


「練習の途中なのだ、目の前ですまないけど、練習をやり切ってもいいか?」と、ヒゲの男は洒落た名前の女に問うてみる。


「どうぞ、気にせずお構いなく。あっ、万作さん、なんか食べるものありますか?」と、洒落た名前の女はいたってマイペースである。


ヒゲの男は総帥を目指してひたすら練習をする、洒落た名前の女はオムライスをひたすら食べる。そろそろ切り上げようかという頃合いを見計らうかのように、洒落た女が拍手をする。それならもう少し弾いてみようかと気を良くしたヒゲの男は、練習を続ける。


結局、一時間ほど、そのやりとりが続いた。


ヒゲの男はギターを置いて、今さらながら寝起きの温かいコーヒーを万作に注文する。ガリガリと猛烈な勢いでコーヒーの豆を挽き、ドリップ方式で丁寧に淹れられるコーヒーはその香りによって、なんらかの達成感を彷彿とさせてくれる。


おもむろに洒落た女が大きめの茶封筒を差し出してくる。


「これは…、何?」


「私の書いた絵本です」


「へえ…」


手渡された絵本をみてみると、確かに「文」のところに洒落た名前の女が記載されてある。読んでみるとこれが見事な出来映えであった。


絵本に描かれていた、宇宙の果てと、海の底を奏でる音を想像してみる。


万作にも絵本を渡す、万作は「うーん、うーん」と唸りながら、ここのこういうところが、こうやったらよかったのになぁと、自分なりの理想を洒落た名前の女に伝える。二人はそこから絵本作家の話しとなり、大いに盛り上がっていた。


そんな折、カピバラの魔女と、前世はスペインのジプシーだった女が店にやってくる。


二人とも音楽家で、ヒゲの男とは旧知であり、以前、どこか遠くの東欧のチョコレート売りを主題とした音楽を作っていたそうである。とにかく、この二人は喋りだすと止まらない。カピバラの魔女は「アハハハ」と蠱惑的に笑い、ジプシーの女は「ガハハハ」と豪快に笑う。


アハハハ!


ガハハハ!


アハハハ!


ガハハハ!


店の中には、その二つの笑い声が呪術における重大な祈祷のように鳴り響いていた。


それに続いて、常連の不思議な女、常連のガルパンの男がやって来て、一番奥の席に尻を落ち着ける。


そうだ、せっかく不思議な女が来たのだから、「架空読書感想会のリハーサルをしてみませんか」とヒゲの男は洒落た名前の女に振ってみる。


「感銘を受けた本があるんです。タイトルは地球殺人事件というものです。でも、誰一人、殺されないんですよね」


そこから、地球殺人事件についての読書感想が進むが、ネタがあまり出ないので、タイミングのいいときに洒落た名前の女が、不思議な女にこう尋ねる。


「なにか、最近お読みになられましたか?」


不思議な女は落ち着いた声で、こう答える。


「ええ、亀の甲羅を読みました」


「待ってください!亀の甲羅といえば僕でしょう!その本は随分と読みこんだのですから!」と、ヒゲの男も入ってくる。


架空図書、亀の甲羅について話しを進めていく。先ほどの地球殺人事件よりは面白い内容になってくる。次は不思議な女が、洒落た名前の女に尋ねる。


「なにか、最近、お読みになられました?」


洒落た名前の女は、天井を見上げながら、こういう。


「もしも犬に絵を描かせたら、を読みました」


「主人公の六郎さんが、生活保護を受給する描写に数ページをこと細かく割いていて、とても痛々しかったです」と、ヒゲの男はもちろん乗っかる。


「でもさ、あの犬が尻尾をつかって絵を仕上げる描写は秀逸なのよね。ほら、あの三人組の名前、なんて言ったっけ?」と、思いっきり適当なことをいうのは不思議な女。


「ああ、武藤さんと小林のいっちゃんのことですね。六郎さんとその二人で、ザ・トライアングルというグループだったはずです」と、ヒゲもやり返す。


「河川敷でホームレスをしながら、それでもそういうのを暗く感じさせないのは、作家さんの巧みな技量だと感じました」とは、洒落た名前の女。


架空読書感想会のすぐ隣では、やっぱり、アハハハとガハハハが応酬されている。こんな混沌とした地獄の集会所のような中でも、澄ました顔してビールを飲める安定のガルパン男。


ガゴッ。


締まりの悪い地獄の集会所のガラス戸が開く。やってきたのは最近ヒゲを剃った男と、男に連れられてきた、いちげんさんのマティスの女だ。


マティスの女は絵を描く、その色彩の使い方たるや、鑑賞者にとんでもないインパクトを残すものである。


「今日は何か楽器を持ってきてないの?」と、ヒゲの男はガハハハの方に訊いてみる。


「えーと、小さめの笛なら、持ってきてるかな?あるかな?ないかな?あるかな?ガハハハ」と返事が戻ってくる。


前世がスパニッシュ・ジプシーだった女はリュックサックからアイリッシュ音楽で多用される笛を取り出す。


ヒゲの男もギターを構え、コードの確認をして、そこからなんとも陽気な演奏がはじまる。アハハハの女も歌声を入れてくる。サラッと演奏は終わり、拍手喝采をいただく。


「そうなんよ、ここ(店)、いきなり(音楽の演奏が)始まるねん…。そっからは目が釘付けになってしまうねん。最初に俺が来たときもそうだった」と、店の説明をマティスの女にしてくれるのは、最近ヒゲを剃った男。


そのあと、フレイムハウスのテーマ曲(頌歌)をコラール風に演奏したり、アハハハとガハハハとマティスが前世占いの話しや、恋の裏切り話しで盛り上がってるところへギターを持っていき、アハハハの女が激しい呪いのような曲を弾き語ってくれる。ガハハハの女にもギターを持っていくと、柔らかい呪いのような曲を弾き語ってくれる。


「私は一言もしゃべらない」と来店前に宣言していたというマティスの女は、いつの間にか前言撤回の模様。これまで貯金していたことばを使い果たすかのように、見事なまでのことばの散財のしかただった。


洒落た名前の女は21時には帰路につかないと、タクシーになると言っていたが、気がつくと時刻は22時半を過ぎていた。


そういえば、洒落た名前の女は、小惑星探査機「はやぶさ」が好きだと語っていた。是非、星師匠と遭遇させてみたいものだ。「はやぶさ」が夜空に火花を散らし、果てていく様をプラネタリウムで見て、ヒゲの男と星師匠、そして隣の名前も知らないおっさんは号泣していた。


誰しも、いつかは果てるのだとしたら、思いっきり泣いたり笑ったりしておかないと、大損だ。


「あの人ら、プロですね。はあぁ…、発声の仕方が全然違うんで、ワシ、すぐわかりましたわ」と、誇らしそうに感想を漏らすのは、北浜のスティーブ・ジョブスこと版画家の柿坂万作であった。


どこのどのへんがスティーブ・ジョブスなのかは、誰も知らない。


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by amori-siberiana | 2017-08-31 12:27 | 雑記 | Comments(2)

「よろしければ、画廊喫茶フレイムハウスというお店のお名前を変えていただきたいのです」と女はいう。


「つまり、フレイムハウスという同じ名前の店が隣同士にあることで、今後なんらかの弊害があるとか、見込まれるということですね?」と、ヒゲの男は女に伺う。


「はい、お互いに、していることが多少違いますから」と女はいう。


「なるほど、よくわかりました」とヒゲの男はいい、チラと厨房にいるこちらもヒゲの男である版画家の柿坂万作さんのほうを見る。




…さて、時間はこれよりも4時間ほど逆戻る。




いつものように北浜のオフィスに顔を出してコーヒーを飲みながら仕事をこなしていると、一件のメールが入ってきている。


文面は丁寧であり人懐っこい。最近、隣のフレイムハウスに顔を突っ込んでるヒゲの男に対する若干の様子うかがいと、彼女自身の奥に秘めた何かを感じさせる情感豊かなもの。


差出人は画廊喫茶フレイムハウスの隣にある、サロン喫茶フレイムハウスのオーナーからであった。


いはく、「本日の14時00分、画廊喫茶フレイムハウスにて、今後の良い関係のために三人でお話しをさせてはいただけないか」とのこと。前日までは伝言ゲームを介して、面会するつもりはないと断っていた偏屈なヒゲの男も、大先輩からの直接の連絡とあれば断る道理もない。


ヒゲの男はメールを返信する。


「よろしくお願いします。今後の良い関係という部分に何があるのか気になりますが」と、言いたいことを言っておく。


昼過ぎ、北浜のオフィスを出る。隣のサロン喫茶フレイムハウスのオーナーの印象を想い起しながら、近くの花屋に入り、そのイメージのままの花を活けてくれと花屋のオーナーに無茶をいうが、快く引き受けてもらった。店内には久しぶりに聴く、サンボーンのサックスが小気味よく鳴り響く。


「サンボーンか…、これは有線ですか?」


「いえ、私のものです」


「このアルバムの最後の曲が好きなんですよ、若い頃、それこそCDがダメになるほど聴きました」


「そうなんですか」


まだ、14時00分までに時間があるので最後の曲を聴いてから花屋を出ようと考えた。若い頃に聴いた馴染みのアルバムというのは、自然と曲順まで覚えていて、次の曲がはじまってもいないのに、脳内で期待再生されているものだ。


ところが、全然、違うミュージシャンの曲がかかった。いよいよかという期待値の株価は一気に下落して唖然とする。花屋のオーナーがいうには、iPODをシャッフル選曲にしているのだそうだ。


花を買ったのなんて何年ぶりだろうか。そんなことを考えながら、ヒゲの男は堺筋の大通りを車の進行方向とは逆に、南へと歩いていく。


店に到着して、そのまま花をサロン喫茶フレイムハウスへ持ち込み、改めて簡単ではあるが挨拶をさせていただく。オーナーも喜んでくれたようで、なによりだ。兎にも角にも、女性に花を渡すというのは、なかなか気恥ずかしいものだ。幾つになっても慣れない。


花を渡し終わったあと、階段をのぼり、締まりの悪いガラス戸を押す。そういえば、自分もこのドアを最初に開けたとき、店内の情報がまったくなく、どれほど不安だっただろうかと思い出した。


ゴガッ。


ちょうどオムライスの仕込みをしていただろう版画家の万作さんの尻が目の前に現れる。筋肉質のデカい、これぞ百姓といった具合の尻だ。この尻の持ち主が夜な夜な三階のアトリエにあるプールで、ぷかりぷかり浮いているのかと思うと、なかなか気色悪い。


「あれっ!阿守さん来た!ワシはてっきり逃げ出したもんやと思いました!」と版画家は素っ頓狂な声を出す。


「あのね、あなたのそういう発想どうにかなりませんか?逃げるとか追うとか、そういうことじゃないでしょうに。隣のオーナーさんから僕のところへ直接連絡があったので、それで来たのです」


「うわぁ、ほんまに三人で話しするんですか」


ちょうどランチを楽しんでいたであろう、不思議な女はそのやりとりを聞いて、いたずらっぽい顔で黙ったまま苦笑し、午後の仕事へ戻った。


14時をほんの少し回った頃、隣のオーナーさんがやって来る。お土産に立派な梨をもってきてくださった。万作さんは、このタイミングで?というところで厨房にて食器を洗いだし、こちらの方へは一向にやって来ない。万作は逃げた。


足踏みオルガンの隣のテーブル、それを挟みこむようにサロン喫茶フレイムハウスのオーナーと、最近北浜に出入りしている、得体の知れない阿守という珍しい苗字を持つヒゲの男が座り、ゆったりと話しだす。


オーナーの女から画廊喫茶フレイムハウスの歴史が語られる。ヒゲの男はたまに合いの手や質問を入れながら話しを聞く、万作はやたらに食器を洗う。


「そういった経緯がフレイムハウスにはあったのですか」


「万作さんとか、他のお客さまからとか、何も聞いていらっしゃらなかったのですか」


「いえ、もちろん多少なりとも聞こえてくることはありましたけれど、やっぱり他人さまのいうことですから、まったく頭に入れていませんでした」


ヒゲの男は、噂というものを毛嫌いしている。それは本人が以前に「噂」や「伝言」の本質に関わった仕事をしていたからかも知れない。とにかく一切の信頼を置くことはないと心に固く決めている。その割に、妄想は得意だったりするから、わからないものだ。


「それで、今後のお互いのためにどのようなことを望まれますか。あなたとは面倒な腹の探り合いをしなくて済みそうだから、僕としてはありがたいのです。単刀直入にお話しいただければ幸いです」とヒゲの男は聞く。


オーナーの女はそのことばを聞いて、微笑んだあと、こういう。


「よろしければ、画廊喫茶フレイムハウスというお店のお名前を変えていただきたいのです」と女はいう。


「つまり、フレイムハウスという同じ名前の店が隣同士にあることで、今後なんらかの弊害があるとか、見込まれるということですね?」と、ヒゲの男は女に伺う。


「はい、お互いに、していることが多少違いますから」と女はいう。


「なるほど、よくわかりました」とヒゲの男はいい、チラと厨房にいるこちらもヒゲの男である版画家の柿坂万作さんのほうを見る。


万作さんは相も変わらず、ひたすら食器を洗っている。


そんな万作さんの後ろ姿を見ながらヒゲの男は口を開く。


「サロン喫茶フレイムハウスのお客さまから、隣にもフレイムハウスがあることで何らかの混乱があったり、こういったデメリットがあったという苦情でもありましたか?」


「いいえ、そういうことはないんです。ただ、先月、警察が来たときのことが怖くて」


そういえば、僕が画廊喫茶フレイムハウスに関わる前、7月の初め頃であっただろうか。店内で打楽器も入ったジャズの演奏を遅くまでしていると、警察がやって来たのだと万作さんから聞いたことがある。近隣の住民から警察へ騒音の苦情が入ったのだろう、音楽は使いかたを間違えば、演奏者がどれだけ愉快だろうと聴衆がどれだけ熱狂しようとも、それはただの迷惑になるのだ。当然のことだ。


なので、ヒゲの男は打楽器を使う際には、必ず隣接する下の店舗へ頭を下げて協力を求めている。そういう当たり前のことをしてこなかったのは、万作さんの万作さんならではの欠点である。


警察が最初に連絡をいれたのは、フレイムハウス違いの隣のオーナーさんのところだったとのこと。「いえ、うちじゃないです、違います」と、隣のオーナーさんは万作さんに連絡を取ろうとするが、万作さんは携帯電話を持ってはいるがタイムリーに受信することは、ほぼ、ない。


今はまだいいが、今後なにかがあったときに「フレイムハウス」と名前がでると、自分の店が風評被害を被ってしまう不安があるとのこと。その理屈もよくわかるし、同感だ。


そもそもヒゲの男がフレイムハウスに冷蔵庫を買ったのも、放っておいたら今後なにかが起きそうな気がしたから、毎夜のように夢に出てくる断末魔となったお客の叫び声を打ち消すため、その一心であった。


万作さんにそのことを話すと。


「これまで大丈夫やったんで、なんとかなるん違いますやろか」と平然とする。


これまで「大丈夫」だったことが、今後の「大丈夫」に関して一切の確約にならないことは誰でも知っていることだ。


「至極、正当な言い分です。ただ、店の名前を変えるかどうかの最終的な判断は僕ではなく、万作さんにお任せすることになりますが、構いませんか?万作さんはどう思われますか?」


厨房から出てきた版画家は口を開く。


「うーん、ワシはそないにこの店の名前に執着しとりませんので、変えたほうがええんやったら変えますけど、姉さん(隣のオーナーのこと)がつけた暖簾をほんまに変えてもええんですか?」


「はい、構いません。暖簾を新しくすることで費用が必要なのなら、私が新規開店のお祝いということでお金も出しますから」


ヒゲの男がいう、「どうして、これまでそういう話しをお二人でしてこられなかったのですか?」


「万作さんとは言葉が通じないときがあるんです、いつも誰か通訳が必要で…」と伏し目がちに隣のオーナーさんはいう、これはさすがに大笑いしてしまった。


「わかりました、では、変えるという方向で検討させてください。最終的なお返事をするまでに時間的な猶予が欲しいのですが、構いませんか?」


「それはもちろんです、よろしくお願いします」


「他に何か要望があれば、今のうちにおしゃっていただけますか?」


「他に…、そうですね、このお店にあるテーブルとか椅子とか、処分しなければいけない状態になったときには、一報をいただきたいのです」


「つまり、このお店が潰れたときの話しをされているのですね?」


「失礼ですけれど、そういうことです」


「言いにくいことを、ズケズケとストレートに何でもおっしゃってくださるので助かります、見事です」とヒゲの男は久々に爆笑する、隣のオーナーも一緒になって笑う。


会談は終わった、とても有意義な時間であった。僕が隣のオーナーであれば、彼女と同じような不安を持っていたことだろう、ただでさえ不安感を持っていた店に新しい男が入りこんできて、北浜を自治・独立させるなどと言い出したりする。冗談なのか本気なのかわからないにしても、厄介な隣人であることに変わりはない。


共存共栄のために店の名前を変えることがベストなのであれば、是非もなし。結論は来週の火曜日までに出すことを画廊喫茶フレイムハウスの二人は彼女に約束した。


その夜。


常連の不思議な女がヒゲの男にこういう。


「あもあも、新しい店の名前でこういうのどうかなっていうのがあるんだけど」と落ち着いた声でいう、しかし、彼女の目がいたずらっぽく笑っている。


「どうぞ、おっしゃってみてください」


「フレイム喫茶 画廊ハウス」


「別にそれでもいいんですけれど、それでサロン喫茶フレイムハウスのオーナーさんが納得してくれますか?」と笑いながらヒゲの男は、横のテーブルに座っていたサロン喫茶のオーナーさんを見やる。


昼夜にかけて来店していただいた隣のオーナーさんは何も言わずに苦笑する。


「オーナーさんがお昼に帰られてから、万作さんと二人でアイデアは幾つか出してみたんですよ」


「例えば?」


「画廊喫茶、魑魅魍魎とか、画廊喫茶、百鬼夜行とかですかね」


「ボク、その名前だったら絶対に店へ入らなかったですよ」と発言するのは、久しぶりにお店にやってきた、ニューヨークで高校生活をするジャックという少年であった。明後日には夏休みを終えてニューヨークへ戻るとのこと。


緑の手袋をした私のフィアンセという曲を延々と演奏していた彼だ。


「若い子がみんな、ジャックのようだったらいいのに」と漏らすのはガルパンの男、そのことばを感慨深げにうなずき、同調の意を示すのはグラフィックデザイナーの男。


ジャックは質問ばかりしてくる。そして彼の質問はいつも本質をついてくる。それが彼の生来の資質なのか、それとも周囲の環境に恵まれたおかげなのかはわからない。とにかく彼の質問に答えるというのは、ヒゲの男にとって自分への問いかけであったりもする。


ジャックに、ひとつの話しをした。


若い王様が善良な治世をするため、賢者を世界中に派遣する話し。


賢者たちが世界で見聞したことを10000冊の本として王様のもとへ持ち帰るが、王様の都合によってどんどん要約されるよう指示される、10000冊が100冊になり、100冊が1冊になる。そして最後には一言になるという、ヒゲの男が長年にわたって好んで用いる話しだ。


「めっちゃ、気になりますね…」とジャックはいう。


ジャックは冬にまた北浜へ帰ってくるという。まるで渡り鳥のようだ。ヒゲの男には、内容は残酷だが、大好きな渡り鳥の話しがある。それはまた冬に話そう。


ジャック、結局最後まで本当の名前は教えてくれなかった。知りたいわけではないが、何がどうなってジャックと呼ばれるようになったかのプロセスには興味がある。


本名が伊藤若冲とか瀬戸内寂聴のような、「じゃく」の発音が入っているのであれば、ちょっと本名を聞いてみたかった。


昨日はどこかからいらしたお客さまが、店のトランペットに油を差してくれたのだと万作さんが教えてくれた。誇らしそうにラッパのピストンを動かす万作さんと、潤滑油により自由を得たラッパは、隣り合わせのフレイムハウスの新しい幕開けを高らかに鳴らそうとするのであった。


万作さんは頬に息をためて、一気にラッパを吹く。


ブーーーーーっという不細工な「ド」の音が店中に響いた。


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by amori-siberiana | 2017-08-30 13:01 | 雑記 | Comments(0)


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