カテゴリ:雑記( 198 )

こんにちは、北濱にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


今朝より北濱はビジネス街としての面目躍如とばかりに動きだす。もちろんまだ本領発揮とまではいかないが、それでも慌ただしく往来を行き交う人は外套を着こんで仕事に向かう様子である。社会という車輪がじわじわと回りだす、その車輪の下敷きになるのは果たして誰なのか。ヘルマン・ヘッセ君でもわかるまい。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は電話で母親と話しをしている。新年早々の母と子での形式的な年賀挨拶に終始するのかと思えば、どうやら違う。老いた母親一人を故郷に残して正月に帰っても来ないで一体何をしているのかとヒゲの総帥の母親は息子に問う、息子は母親の腹から出てほんの20年のうちに偉そうにもヒゲを生やしており、それがまた20年ほど続いている。ヒゲの総帥はこれこれこういうことがあったのだと説明する。


以前の仕事をしていたときヒゲの総帥の母親は「そんな大金を持ってどうするのか、恐ろしい、人生は金ではない後生だからそんな仕事は辞めてくれ」と言っていたのだが、この日になってみれば「男がそんな小銭をかき集める仕事をしてどうするのだ、不安で仕方ない、人生に金は必要だ後生だからそんな仕事は辞めてくれ」と言いだす始末。結局のところ何をやっても後生だからと付いてくるのであるから、これを額面どおり受け取って行動しているとそのうち息をすることも後生だからと言われそうである


自分もいつまでも元気ではない、お前が大阪で暮らさないといけない決まりはない、かといって戻って来てくれとも思わない、もっとフラフラせずにしっかりしてくれないかというようなことを延々と言われるので、ヒゲの総帥は新年早々に気持ちがクサクサしてくる。しまいに亡き父や妹のことを話しだしては受話器の向こうですすり泣く母親の声を聞いていると、世界もこの辺で終わるのではないかとまで思えてくる。これからのことは今月中に一度は帰省するからそのときに話そうと電話を切り上げるヒゲの総帥。


すると話し足りなかったであろう母親はショートメールでいろいろと自己の考えを送信し続ける。ヒゲの総帥の母親も最近はi-PADを購入したそうで、Googleのストリートビューで世界中を旅しているのだという。もちろん、ストリートビューでクントコロマンサの店の前までも来たことがあるのだという。なかなか田舎の母親にとってもストリートビューは刺激的なおもちゃであるようだ。


ヒゲの総帥は店に向かう。到着するとすでに常連の不思議な女と醤油売りの女、そして裁判官の女が七輪を中心に据えた半包囲作戦を展開している。ヒゲの総帥も七輪の正面に座り、これで隙間の程度はあるものの囲碁でいえば七輪は詰んだということになる。常連の不思議な女が初詣の話しをする、行った先の寺で拝観した半跏思惟の観音さまのアルカイックスマイルがそれは良かったのだという。アルカイックとは何かという話しになり、ヒゲの総帥が「古代ギリシア語が由来で起源とか根源を意味するものだ」と注釈を入れる。万作が自作の餃子を焼いて持ってくる、ヒゲの総帥以外は餃子を食べだす。


ヒゲの総帥は初詣にまだ行かない。特にこれまで決まったところがあるということはないが、島根半島の端にある美保神社には新年のたびに何度か足を運んでいた。大きな神社ではないが、その海からの冷気漂う雰囲気や青石畳の通り、寂れた漁港と険峻な風景というのが気に入っていたのである。巨大隕石が落ちてきた場所があるのだそうだが、今までそこへ辿り着けたことはない。鳥居の前には数軒のひなびた土産物屋があり、そこにひとつに入っては店の婆にイカを炙ってもらい、塩辛い昆布茶をフーフーいいながら石油ストーブの前で飲むのが好きだった。


醤油売りの女と裁判官の女にもそれぞれ年の越しかたを聞く、しばらくするとテンポが速めのドンドンドンという音が階段から聞こえてくる。まるで階段に染みついた呪詛を踏みつぶしながら登壇するような感じである。「冷泉さんやな」「冷泉だ」と万作とヒゲの総帥はタイミングを同じくしていう。ゴガッという音とともに現れたのは全身黒ずくめの男、ハイタッチ冷泉であった。冷泉も新年早々、酒豪の家族たちに囲まれて大いに酒浸りだったとのことに苦言をもらす。


すると不動産デザイナーの忌部もカラカラと笑いながらやって来る。全員で七輪を囲み車座となって雑談をしながら、黒豆の入った餅を七輪の上で焼く。凍らせておいた餅はぷくっと膨れてきて、醤油にさらりと溺れさせられたあとは口の中に入る。忌部の会社は大正14年にできた船場ビルディングの中にあるのだが、ヒゲの総帥と忌部はそこで新春麻雀大会をいつするかの日程の話しをしだす。メンツが足りない場合はどうすればいいのかと考えていると、不思議な女が「エイリアンさんに声を掛けてみたら」という。エイリアンを知っている忌部はその名詞を聞くとやはりカラカラと笑いだし、「なんか安っぽい役でアガルとエイリアンさんにめちゃくちゃ言われそうですね」と想像できることをいう。


「そういえばエイリアンさん星師匠を巻き込んで婦人口論というのを開きたいと言ってたな」とヒゲの総帥は思いついたように口にする。「婦人公論なんてもうあるじゃない」と不思議な女はきょとんとしていうが、「公論じゃなくて口論なんですよ」とニヤニヤしながらヒゲの総帥は切り返す。「エイリアンは常日頃から脳内に108くらいのアイデアを持ってる人ですから、出てくる発想のひとつひとつが大胆不敵で愉快ですよ」と言葉を足すのはヒゲの総帥。「煩悩の数や…ないですか、ぐふふ」とはウイスキーをガブ飲みしている冷泉の言葉。


夜も更けて死についてどう考えるかの話しを経由してストーカーの話しになる。相手から返信もないのに長文のメールを送信したことがあるかどうか、また送ったときの心境はどういったものであるのかを忌部を中心に話しだす。


この手の話しで忌部の右にでるものはいない。ひと月(30日)のうち2~3日だけ幸福を感じることができると豪語できる稀有な男なのだ。


ヒゲの総帥は麻雀もいいが、7枚の札を使ったポーカーもしてみたい。テキサス・ホールデムというのだ。


ヒゲの総帥は常々ポーカーの試合中で行われるテクニックはビジネス交渉術に活用できると考えており、自身でもポーカーの国際大会などは暇さえあればチェックするようにしていた。中でもお気に入りはLiv BoereeとToni Petterssonの決戦である。


女帝Livは勝ち目のない戦いをして、やはり負けてしまうのだが、自分の負けを悟ったときの顔つきがとても潔く、見ているものに好感を与えるものである。強さが彼女の魅力の全てではなく、やはりこういった勝負の向こう側にある人間性が垣間見える瞬間、その人の本質を知るような気がする。


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by amori-siberiana | 2018-01-05 13:30 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


一昨日はお店にふらりと立ち寄りましたが、どうにも気分が優れないのでそのまま帰り、16時間くらい寝たヒゲの総帥。一度眠りのスポットに入ると体が太古から受け継ぐ哺乳類の遺伝子に操られるかのように冬眠モードとなる、幾らでも眠れるという境地に届く。ただ単純に予定もなく、初詣する信心もなく金もないので寝るのが生きていくのに一番効率のいい方法である。かのベンジャミン・フランクリンでも「そうだそうだ、それが効率的だ」と称賛してくれるだろうという体である。


こういった自己否定的な考え方はビタミンDの欠乏からくるものだと常連の不思議な女がいっていたので、ヒゲの総帥は鳥肌を立たせながら日向ぼっこをしたりする。なんでも手を陽光にかざしているだけでビタミンDを体が作ってくれるそうなのだ。エストニアで日本料理屋を経営するマークも同じことを言っていた、ビタミンの欠乏によってどうにも太陽の上がらない冬季などは自分を弑することを考えてしまいがちなのだそうだ。


ヒゲの総帥にとって冬季の鬱屈状態はかれこれ20年以上の付き合いになる。いつもこの時期が来るとどうにも生き難い考え方になってしまうのだ。そんなとき、自分の隣にはいつもギターがあった、なので作曲などは冬季が最適であったのは事実である。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は女将軍歌合戦の戦場となった舞台の片付けに店へ行く。戦場といっても刀や鎧が落ちているわけではなく、落ちていたのはアハハの女のケーブルとコルセットくらいのものであった。昼間といえども吹きすさぶ風は強く、たまに霰が落ちてきたりする。まだまだ北濱の往来はまばらである。国破れて山河在り…、ここが戦場であったことを忘れさせるほどの賑わいが金曜日には行われるのかと想像すると、なかなか愉快である。


版画家の柿坂万作は来るべく5日の金曜日のためにオムライスの仕込みを通常よりも多めにしている。これで間に合えばいいのだが、間に合わない場合は頭をかいて誤魔化すさとヒゲの総帥はヤン・ウェンリー提督を気取る。とにかく万作とのあいだに存在した境界線はすっと無くなったのである。かといって恒久的になくなるのかといえばそんなことはない、人間は常々気づかぬうちに変わっていくものである、また感情の有刺鉄線が互いの間に敷かれるかもしれない、そのときはそのとき、また殴り合いをすればいいのだ。


万作は壁画に取りかかる、ヒゲの総帥は新しくなった七輪の暖から猫のように離れない、店内には版画家とヒゲの総帥の二人きりの時間がずっと続く。懐かしい感覚である、北の大国の文豪ツルゲーネフは「二人の男がいて、その二人が特に何も語ろうとしない場合、それは父と息子だとわかる」のようなことを書いていたが、版画家とヒゲの総帥は父と子ではない、ツルゲーネフ君に補足改訂を望むものである。


ゴガッと音がして締まりの悪いガラス戸が開く。やってきたのは江戸堀のヘミングウェイであった。この男は江戸堀でバーをしているのだが、自身のバーの開店前にやって来たのである。バーの名前は「ツァーリボンバル江戸堀」といい、ヒゲの総帥が不思議な女に連れられて行ってからというもの、丸三日間通ったほど居心地のよいバーである。数年ぶりにコロマンサにやってきたというヘミングウェイの登場に万作はなんだか落ち着きがない。その落ち着きのなさは「嬉しい」という彼なりの感情のように見えた。「うーん、何年振りやろ、こっちに来てくれたん」と万作は彼が帰った後、感慨深そうにいっていた。


数日前、ヒゲの総帥はツァーリボンバル江戸堀で自身が北濱という土地でやりたいことを語った、それと万作がどうにもならんという愚痴もこぼした。前者のことに関してはヘミングウェイは「一緒に何かやってみるか」とヒゲの総帥にいう、後者のことに関しては「俺が万作に言うたってもええぞ」と助け船を出してくれた。ヒゲの総帥は彼という個性の存在が賢明なる知性と公平なる見地の上に立っていることを知り、とても安心した。


ヘミングウェイは万作にこの壁画は着手してどれくらいなのか尋ねたり、ローマ風であることと大阪の関連性を尋ねたりする、万作は書生のように素直にあれこれを答える。そのあと、ヘミングウェイとヒゲの総帥は土着音楽がショービジネスの世界でどうやって流行歌に取り入れられていくのかの話しをする。ヘミングウェイはR&B側からの推論を述べ、ヒゲの総帥は西洋の民族音楽側からの推論を述べる。


そうこうしていると、また客がやってくる。四人組の若い韓国からの旅行者である。「うーん、食べもん頼まんとってよ、食べもん」と客を目の前にして口に出す万作にヒゲの総帥は「万作さん、それがいけないのですよ」と注意をすると、ハッとしたような顔で万作は「すんません」と苦笑する。結局、彼らは四人ともが食べ物をオーダーすることになったが、万作はそこからは不平もいわず見事なナポリタン・スパゲティを四人分作りあげた。本人がいうところでは、ルパン三世「カリオストロの城」バージョンのナポリタンだとのことだ。


韓国人たちの食欲は大盛りのスパゲティを一瞬にして空にするほどであった。


さすがは柿坂万作であるとここで面目躍如をしておく。


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by amori-siberiana | 2018-01-04 15:34 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


元旦にしては多少の暖かさを残す北濱。人通りはまばらで時折往来する人たちを見かけても、何かしらの用事を抱えているであろう感じである。明らかにいつもの北濱とは違うという様相である。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は夕方に店へ行く。店に行くと常連のガルパンの男がビールを飲んでおり、版画家の柿坂万作は店内でうろうろしている。ゴガッという締まりの悪いガラス戸が開け放たれた瞬間に「昨日のアレはなんだ!」とヒゲの総帥は怒号をあげる。万作は「うーん、アレといわれても、ワシにはさっぱりわからんのですが、何を怒っとるんですか?」という。ヒゲの総帥は万作に詰め寄る、お互いの顔は数センチのところで睨み合いとなる。誰かがヒゲの総帥の頭を後ろから押せば、接吻してしまうような距離である。


ヒゲの総帥は万作があらゆる人に感謝を忘れ、自身の気分によってというには度が過ぎて体たらくな仕事をしているといい、改善の余地なくばこの店などは潰した方がマシだという。そもそも家賃と給料をヒゲの総帥からもらうようになってからというもの、それが当たり前になり万作は周囲に気を遣わせるようなことばかりをしているのだ。思い当たるフシがあったり、何か反論があるかとヒゲの総帥は万作に問う。


「うーん、ひとつ確認ですねんけど、ワシが阿守さんを雇っとるんですよね?」と万作がいう。ヒゲの総帥はこの意表を突いた言葉に思わず大声で笑ってしまう。「俺がお前に雇われなくてはならんいわれがどこにある」「いや、それより、お前って誰にいうてますねん」「お前にでんがな、柿坂万作君!」「うーん、最初の契約と違うやないですか?」と万作はいう。


「まあ、阿守さんも落ち着いて、万作も冷静に」と常連のガルパンの男はスマホでガルパンをしながら二人に呼びかける。


「万作さんが僕を雇ってるということですか、それは初耳でした、どういった了見でそうなりますかね?」「うーん、経理を誰がするかいうことだけの話しやと思いますねん。阿守さんやなくてワシがしたらそれはワシが雇っとるいう話しになりますやろ?」「いえ、あなたの理論はまったく理屈が伴っていません」「そうやろか…」と万作は考え込む。なるほどこの版画家が我が物顔に振舞うには、それなりの屈折して歪曲した現状認識の土台があったのかとヒゲの総帥はハッとする。しかしながら、こうも短期間に自分の都合のいいように歴史を書き換えられてはたまったものではない。


そもそも…。


夏の暑い日。


「来月で店が潰れますねん」と万作はヒゲの総帥にいう。聞くところによると家賃を滞納しており客からも金を借りており、冷蔵庫も潰れているという状態であった。「よかったら、阿守さんここの店してみませんか?」と万作は話しを持ってくる。「ほう、幾らで貸してくれるのですか」とヒゲの総帥が万作に問うと、家賃分だけあればいいという。万作がいうには自分は外へ働きに出るからというのだが、ヒゲの総帥がここの店をしたとしても不用意にちょんまげの男が出たり入ったりするのは勘弁して欲しい、それに万作には万作の魅力がありここまで店をやって来たのであろうからいなくなるのは勿体ない。それならということで万作にはここに残ってもらい、人件費も払うので家賃を含めて総額で幾らだとヒゲの総帥は訊く。万作はその金額をいい交渉は成立した。


「家賃も払うてくれて、ワシを雇うてくれるいうことは阿守さんがこの店のオーナーいうことですな」と万作はいうが、ヒゲの総帥は「対外的にはプロデューサーということでいいではないですか」という、万作は「なんで?」と問い返すが、常連のお客さんからしても阿守という男が急にオーナーになったとして共感を得られるはずもないし、目立てば目立つほど出来なくなることの方が多いので、実質的にオーナーは自分であったとしてもそれは場合によって使い分ければいいと万作に説明する。万作は「そないなこと考えたこともありませんでしたわ、ワシからしたら天使みたいなもんや」と言っていた。


その半年後には、ワシが阿守さんを雇っとるという話しをシラフでするのだから困ったものである。ワシ原理主義である、いや、原理などより以前のワシ至上主義だ。


つまり、ワシ至上主義(別名:ワシズム)に則って考えると、ワシの住居へ勝手に人を沢山連れ込んできて、ワシに炊事させて、ワシに掃除させて、なんでワシはこないに毎日を束縛されて生きなあかんのや。ワシにはワシの生活のリズムがある、ワシの予定が優先されて然るべきだ。と考えが帰結して、それが行動に出るのも当然であろう。しかし、それはまったくもって現実と違う。そんなだから客足は遠のいて行ったのだ。


ヒゲの総帥は万作に説明する。これこれはこうで、これこれはこうでしたよねと糸をほどくように説明する。「うーん、そうやったかも知れんな…」と版画家は考え込む、「あまりにも自分の都合によって事実が変わっています。だから公私混同できてしまうのです」とヒゲの総帥がいうと、「うーん、ワシ、頭おかしいんかな」と万作がいうのでヒゲの総帥は「そうだ」と相槌をうつ。


二人は椅子に座りながら話しをする。


その特異な性格のおかげでいろんな人が嫌な思いをさせられてきてるのだ。なんでもかんでもワシの運があるということで片付けて、ワシは救われて当然、ワシ以外は皆が下郎というような考えが行動や表情で出る。周囲の皆は理解がある人間ばかりなので「変人」で片付けてくれるが、それはお前の資質に惚れてるからではなく、周囲が大人だからだ。と万作にいう。協力してくれる人、イベントしてくれる人、お客さん、皆が大人だから大目に見てくれているのだ。それに甘えきって絵も描かずに腹ばかり出やがってと散々にいう。


けれど、柿坂万作には魅力もある。夢もある。ヒゲの総帥は柿坂万作の夢を果たすために前に進んでいる、それなのにヒゲの総帥が連れてきたお客に対してくだらんことをするな。メモして買い物へ行け、伝票はきちんとつけろ、相手の言葉にまず否定形から入るな、開店時間をごまかすな、状況を読め、なんでも自分が一番と脳たりんなことは考えるな、などなど説明する。「ワシも…、絵を教えてくれいう人がおって、ちょっと書かせてみたら、ほらできた、俺は上手なんや、いう人間には教えるんが一番苦手ですねん、もしかしたら、それに自分がなっとったんやないかと、なんというか、ごっつい反省しとります」と万作は自己の経験に基づく話しをする。


そしてヒゲの総帥への不満も漏らす。「片付けは全然せえへんし、なんでワシがこの人の片付けせないかんのやろと思いますねん」というので、ヒゲの総帥は素直に詫びて今後は改善すると約束する。


「こういう話し合いも必要ですよ、二人で共同経営者なんですから」とガルパンの男は絶妙な間合いで言葉を入れてくる。


ヒゲの総帥と万作はお互いに非礼を詫び、そして新年の挨拶をする。そういえば新潟の米マイスターからもらった大吟醸は新年まで開けずに置いていたのである、皆で乾杯することにした。やっと年が明けるような気がした、とてつもなく美味い酒である。


ゴガッと締まりの悪いガラス戸が音をたてて開く。


そこに立っていたのは新年早々、上下とも軍服に身を包んだエイリアンであった。元旦からいろいろと凄まじいテンションである。


この日のエイリアンのマシンガントークは実によかった。エイリアンの止まらない話題によって店内に残っていた我々の怒号の痕跡は完全に消滅して、「長者盛」の大吟醸の香りに溢れることとなった。



新年早々、お騒がせをしたが、今後ともクントコロマンサを宜しくお願い申し上げます。


謹賀新年。


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by amori-siberiana | 2018-01-02 17:57 | 雑記 | Comments(0)

旧年中は大変お世話になりました。皆さまよりのご愛顧はなにものにも代えがたき幸せでありました。


明けましておめでとうございます、北濱にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


旧年中は大変お世話になりました、また本年からもどうぞ宜しくお願いいたします。


まずお詫びをしなくてはいけない。大晦日は皆でへべれけになって幻の酒を飲みながらギターを弾こうと約束していたのだが、それを果たすことができなかった。楽しみにしていた諸君には申し訳ないことをした。ごめんなさい。


さて、昨日の大晦日のこと。ヒゲの総帥は昨今では経験のないくらい不快極まりない大晦日を経験することとなった。新年早々、不愉快なことを記さなくてもいいようなものであるが、そんなご都合主義のスタンスを良しとしていたのではこのブログの魅力は半減してしまうであろう。起きたことを起きたままに書く、それがヒゲの総帥のブログを書くモチベーションとなる。第一、不機嫌なことが起こらない物語など退屈を助長するだけのものである。


ヒゲの総帥は夕方すぎに店へ向かう。「こんにちは」とヒゲの総帥は声を掛けるが版画家の柿坂万作はいよいよ挨拶すらしない。ヒゲの総帥はギターの弦を古いものから新しいものへと交換する、交換が終わりチューニングを開始すると万作は唐突に店内に音楽を鳴らしはじめる。見え透いたボイコットで、まるで子供のようだと呆れるがヒゲの総帥は構わずにチューニングをして、リハーサルを始める。


星師匠が年末最終日だというのに休みを返上して手伝いに来てくれるが、万作は星師匠に対して感謝もなく「うーん、ワシの予定では今日はなんもないんで、手伝いはいらんのです」という。星師匠が椅子の用意をしていると「うーん、今日はようけ人が来たりするんですか?ワシの予定では今日は静かに年を越そういう予定ですねん」と面倒臭そうにいいだす。


ユージがやって来て常連のガルパンの男もきている。ユージが食事のオーダーをするが見え透いた無視をする万作、見るに見かねた星師匠が仲介に入り厨房の万作へ伝える。「うーん、食べもんを作る予定がなかったんでご飯炊いてないんですわ。焼きうどんとかならできるんやけど」と面倒臭そうに答える。ユージは「ほな、焼きうどんとコロマンサできますか」とオーダーすると、「やから、ご飯ないって」と鬱陶しそうに言葉を吐き捨てる万作。


ガルパンの男がビールを注文する、万作は厨房で作りたくもない焼きうどんを不機嫌そうに作っている。気を利かせて星師匠がビールを入れようとする、ビール樽の開栓方法がわからないのでどうすればいいのかを万作に問うと、万作は声を荒げてイライラを星師匠にぶつける。


そして、情けのないことに「うーん、ワシ、もしかして酔っぱらっとる?」とガルパンの男に同調を促して、自分の自己弁護をはじめる。さらには自分がこうして星師匠に厳しくいうのは、将来どこかのタイミングでビール樽の開栓が役に立つであろう。人は学ぶことを忘れては成長がない、ワシの自衛隊の知り合いなどは…(以下省略)と取って付けたような訓示を述べる。完全ボランティアの星師匠をまるで丁稚奉公であるかのような扱いである。


喉元すぎれば熱さ忘れるという諺を生き写しにした感じである。


そこからも何度も何度もワシの予定、ワシの予定を繰り返し強調するこの柿坂万作という男に愛想が尽きたし、なにより星師匠に対しての申し訳なさでたまらなくなった。これまで常連の不思議な女をはじめ、あらゆる沢山の人に支えられて半年間ほど存続してきた店であるが、自称オーナーのこの版画家は最近、度を超えている。ワシアピールに必死なのだ。生活すべての面倒をヒゲの総帥がみても、それはつまるところワシの強運のおかげという。いろんな人が店に来るようになっても、イベントをしようにも面倒臭そうな顔ばかりをする。すんなりと良い顔をすることが一切ない。


とにかく本人がどうする気でいるのか話し合いをしてみることにした。年も改まったことである、やるべきことと個人の好き嫌いを一緒くたにして公私混同を露骨に表し、絵も描かない版画家として好き勝手に生きられたのでは困るのである。


金は出して口は出さないのが粋だとエイリアンに助言されて心に留めていたが、それもここまでである。ヒゲの総帥の我慢の糸はプツリと切れた。これは殴り合いをしなくてはいかん。


今後どうなるとしても自身が請け負ったイベントは責任をもって開催させていただくので、そこは心配していただかなくても大丈夫です。


新年早々、一休禅師のような気分である。ご用心、ご用心。



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by amori-siberiana | 2018-01-01 18:32 | 雑記 | Comments(2)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は店に行く。北濱のオフィス「ザ・ジンクス」は29日で本年度の活動を終えたので年が明けて1月5日までは行くことはない。そうなるとヒゲの総帥の毎日のサイクルが変わってくるので、常に何かひとつできていないという喪失感をもたらすこととなる。店から道一本を隔てたタワーマンションはがらんとしている、いつもがらんとしているところだが、より一層がらんとしており、まるで家に人が骨ごと食われてしまったような気配すらする。北濱の年末はそういった感じだ。


店に行くと孤独を愛する男ユージがラーメンを食べ終えたあとだった。ヒゲの総帥はユージと宇宙のことについて話しをしながら舞台の上に並べられた音響機器を見つめる。先日、バイオリンの王子がやってきて壮絶なる演奏を終わらせたあと版画家の万作がすぐ片付けをしていたので、どこのどの部分にどのケーブルが繋がっていたのかなどメモする暇がなかった。そういえばあの夜は電気がショートして真っ暗闇の店内にローソクがぼうと並べられており、次の日にヤマトコが修理をしに来てくれたのだが機材が舞台にあったままでは不都合であったのだろう。これは致し方がない。


時間がきてユージは北の方角へ消える。ヒゲの総帥はなるようになれと浩司ばいから借りている音響機材を設置して繋いでみる。一応、自分本位なりに理路整然とケーブルは機材同士を繋いだであろうからこれで音が出るだろうとマイクテストをしてみるが、やはりこれがうんともすんともいわない。もうそろそろ女将軍たちもリハーサルにやってくるであろう時間なのにこれでは大いに弱る。浩司ばいに連絡をしてみるが、そういえば実家のある九州の帰路途中だということをSNSで知っていたので、ヒゲの総帥はさらに弱る。


ヒゲの総帥はスマホを取りだしてある男に連絡をとってみる。ヒゲの総帥がシベリアンなんちゃらという音楽隊をしていた時代、重要なライブやツアーに帯同していた音響屋、タカハシン・コルテスという男である。ただ、この一見するとヴァンパイアのような男も今となっては音楽関係の仕事をしておらず、それはそれは偉そうな会社で偉そうにしているのだと風の噂に聞いていたので、年末は忙しいかも知れない。


タカハシンが電話に出る、ヒゲの総帥は逼迫した状況に陥っていると伝える。機材は何を使ってるのかとタカハシンがいうので、ヒゲの総帥はそれぞれをすべて伝える。夕方から壮絶な飲み会があるがそれまで時間があるというので音の問題解決にむけてタカハシンはクントコロマンサへ来ることとなった。ヒゲの総帥はこれで万事が解決するだろうとウイスキーをチビチビやりだす。この男は自身の問題を他人になすりつけることに関しては超一流であるが、本人はそれを自覚して済ましているのか、それとも自覚しないままで済ましているのかは判然としない。


タカハシンがやって来る、血色の悪そうな顔で不機嫌極まりない表情が浮かぶ。ぐつぐつ言いながらヒゲの総帥がセッティングした機材を見て笑いだすタカハシン。「これで音が出るわけがないだろう」と呆れながら機材を繋ぐケーブルをあっちこっちと繋ぎかえるとすぐに音が出た。「今日はどういう楽器が来るのだ」というタカハシンにヒゲの総帥は歌のマイクは一本で、ギターが二本あれば事足りると伝える。伝えながら「そうだ、この男に何もかもしてもらえばいいではないか」という合理的な考えがヒゲの総帥に浮かぶ。


「まあ、コーヒーでも飲めよ」とタカハシンを落ち着かせてヒゲの総帥は弾き語りで井上陽水の少年時代を歌いだす。するとやはり元来が音職人のタカハシンは音のバランスが気になるようで、機材を色々と触りだしてボタンを押してはツマミを回し、フェーダーを上げたり下げたりして最適な音作りを開始する。ヒゲの総帥はしめしめと思う。タカハシンは音を作りあげたあと、まだ何かが気に食わないような顔をする。どうやら舞台上の機材の置き場所と配線の簡素化ができていないことが気にかかるという。ヒゲの総帥は舞台からおりてウイスキーをさらにチビチビやりだす、タカハシンは機材を持ちあげては運び持ち上げては運びして、自身の納得いくミニマムで効率的な配置にしていく。そして不要なケーブルをどんどん巻いて片付けていく。


そうこうしていると吟遊詩人の女がギターを担いでやってくる。ここでタカハシンの集中力を断念させてはもったいないと、ヒゲの総帥はすぐに吟遊詩人の女にギターを持たせて歌ってくれとお願いする。訳もわからないまま舞台の上に乗っけられた小柄な吟遊詩人はギターをかき鳴らして歌いだす、タカハシンは渡り鳥が本能的に海を渡るために飛ぶが如くに吟遊詩人の音作りを開始する。しばらくするとアハハの女もやってくるので、もちろんのことアハハの女の音作りもタカハシンがすることになる。「なんで、俺はこの年末に仕事させられとんやろ…」と訝しい顔をしながらも徹底的に音を作りあげるタカハシンはやっぱり音楽家であろう。やることを盛大にやってタカハシンは壮絶な飲みに繰り出して行く。


審査員のアラタメ堂と電気工事士のヤマトコがやってくる。ヒゲの総帥はアラタメ堂の口真似をしてハイボールを注文する、星師匠がハイボールを作ってアラタメ堂のところへ持って行く。出演者全員で10秒ほどのミーティングをして本番をダラダラ飲みながら待つことになる。


今回の「女将軍歌合戦」の特異なところは出演者の二人が交互に歌うということである。どうして交互に歌わせて個人の世界観を損なわせるようなことをするのかと言われるかも知れないが、それについては愚鈍蒙昧なる意見である。そもそも、歌う人間と聴く人間の今の関係性ができたのはどうしてであろうか。演奏する側と聴く側の今ある境界線を設けたのは誰であろうか。そこには何かしらのコンセプチュアルなものが存在してそうなっているのであろうが、それはいつの時代のどこのどういった場所を想定して成立したのものなのか、果たしてそれは理屈や現在のニーズに適したものなのだろうか。今一度、整理整頓させておく必要があるとヒゲの総帥は考えたのである。過去からやってきた現在進行形の当たり前が未来の当たり前であるという保証は一切ないのである。ならば、その境界線を曖昧にしてみることが重要であり、芸術家の仕事なのである。


芸術家の仕事というのは社会における新しい価値観の創出、簡単にいえばそれのみに帰結して然るものである。その芸術家がいつの間にか囲いの中に囚われて、舞台の上で教祖のように自己演説を終始して、聴き手に一時的な享楽を与えマヒしているのでは芸術の未来は暗い。芸術とアルコール依存症はまったく別のものなのである。


今回は三つのセクションを用意した。まず演奏をする者、そしてその価値を上げ下げして評論するもの、さらにはそれに巻き込まれる聴き手である。ヒゲの総帥はトリックスター的な立ち位置で司会ということにした。この三つ巴のアイデアは財産三分法を基に考えたものである。その全てをユーモアで包み込んだ壮大なる実験であるのだ。


が、演奏が始まるころには全員が酩酊しており、ただの愉快な宴会になった。既存の価値観の境界線を曖昧にせずとも勝手になろうとしていた。


アルセアが歌う、審査員が点数を出す。審査員には「10点」しか出せない縛りがあるので得点というのは無意味だ。芸術を点数化することのナンセンスだが、場を盛り上げるには即効性のある麻薬のようなもので有効なのだ。無意味化させることでそれは役目からユーモアへと変化して、この音楽会が演奏者以外にも役を演じる出演者がいる状態となる。そこに多様化が生じる。


演じる側と聴く側のあいだに介在する産業を生かすがためだけに、境界線は張られていたのだなとヒゲの総帥は知ることとなる。ところがいつの間にかそれがさも当然のように形式だけが内容を含まずに突き進むこととなり、今の未来の光が見えない音楽業界になる。更地にすることが必要な業界の最右翼にいるのが芸術関連の業界である。


もっと大量に学者を投入しなくてはならん、御用組合のような者ばかりが雁首を揃えるのではなく、ナンシー関のような切れ味鋭い脳みそを持つ学者が必要なのだ。日本人が世界の芸術産業に進出するにはニッチ産業から脱却して、アウトプットの仕方をシフトチェンジすることが早急に必要なのだ。「コンセプトアイデア」から「商品」へ移る過程の一歩手前でブリーフィングの精度をあげればモノづくりの下手くそな諸外国でも通用することになる。大量の人、一流の技術でしか実現できない世界はなんと味気のないパンのようであろうか。


ゴガッという締まりの悪いドアが開け放たれ、冷泉とその友人がやって来たとき、女将軍の演奏は終わる、素晴らしい二人の演奏であった。演奏後の舞台上でてんやわんやになっていたケーブルなどに静かなる秩序を取り戻させていたのは、昔は音響屋だったガルパンの男であった。


ハイタッチ冷泉が連れてきた男と女。男はパソコンを触りまくるという、女は人形の服を作りまくるという、ヒゲの総帥は人形を見るとそこに善悪不一致の呪詛を感じるのだと訳のわからないことをいいだす。三面鏡を自分がのぞき込んだとき、自分が幾人も映るのだが、そのなかの一人の自分が謀反を起こしそうな気がするのと似ている。静かな湖や海を見るとそこへ飛び込まなくてはいけない気がするのと似ている気がする。


いつしか夜は更け、人狼大会がはじまり、そののち「笑ってはいけないゲーム」がスタートされ、どどどドキンちゃんが静寂の北濱にこだまするのであった。この日、山の向こうからやってきた男ことファラオはとうとう近場にホテルを取ることになったとのこと。いつもながら皆さまの決死のお付き合いに感謝する。


ヒゲの総帥のいるオフィスではある男がオフィス内の人間にミカンを配って歩く。ヒゲの総帥も漏れなくミカンを受け取ったが、そのミカンを配る姿を見ると梶井基次郎の「檸檬」を思い出すのである。ゾクゾクする。人形の目の奥にもそれに通じる何かを感じるのである。


ビタミンDの不足であろうか。


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by amori-siberiana | 2017-12-31 15:10 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


昨日は二日酔いと寝不足と戦っていた。その戦いの勝敗は後世の歴史家のみが結末を知ることになろう。


さて、一昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱にあるオフィスでコーヒーを飲んでいる。右隣にはアラタメ堂のご主人がおり、オフィスの中ではこの二人が延々とぐだぐだ喋っている。ヒゲの総帥の左隣には最近同僚となった教育ビジネスの女がいるのだが、二人の会話を聞きたくもないのに入ってきて思わず吹き出して笑っている。


アラタメ:「阿守さんはイエスみたいですね」
阿守:「そうですか?イエスは旧約聖書では最後どうなるんでしたっけ」
アラタメ:「いや、僕が言ってるのはイエス・キリストじゃなくて、千石イエスのことですよ」
阿守:「それ、昭和のカルト集団の教祖じゃないですか」
アラタメ:「僕が阿守さんをイエス・キリストにたとえるわけがないじゃないですか」


このようなどうでもいい話しを何時間も聞かされる隣の女はたまったものではないだろうが、この二人は構わずに着地点のない話しを続ける。


ヒゲの総帥はオフィスを出て堺筋を横断しスコッチウイスキーを専門的に扱うバー「マギー」に向かう。ヒゲの総帥がクントコロマンサをどうしようかと悩んでいるときに、ここへ立ち寄ってマギーの女主人から発破をかけてもらったものだ。えらく昔のことのように感じるがほんのつい半年前のことである。マギーの女主人へ無事に年を終えられそうだということを年末の挨拶がてら伝えて、スコッチを一杯だけあおりマギーを出る。スコットランドのグレンリヴェット蒸留所にて12年間ほど眠っていた酒は今日一日が壮絶なることを予感させる薫りであった。


マギーを出て店へ行き経理を済ませるとすぐにシュリケンの男がやってくる。このシュリケンの男というのはヒゲの総帥の中学時代の朋友であり、天国よりもクソ退屈な学校生活を互いに切磋琢磨しながらユーモアを磨いていくことで乗り越えた仲なのだ。「この前、らっきょがこの店に来たよ」と口を開いたのはヒゲの総帥だった。らっきょというのも同窓の男である。ヒゲの総帥の話しは続く「らっきょの家の人間からうちの母親に向けて電話がかかってきて、うちの子供に関わらないで欲しいといわれたのを思い出したから、その件で随分とらっきょをイジってやったのだ」としょうもない昔のことをさも一大事のようにいう。シュリケンの男はそれを受けて「それをブログで読んで思い出した、実は俺のところにもらっきょの家の人間から電話がかかってきてたぜ。卓球部のみんなで観音寺のニチイに行へ遊びに行くという計画をしていたところ、らっきょの親から電話がかかってきた」という。ヒゲの総帥はふんふんと頷きながらニタニタして「それでなんと言われたね」と問う。シュリケンの男もニタニタしながら「受験の時期なのにそんなことさせて大丈夫なんですか!?」と随分剣突を食らわされたと話しをする。


二人はらっきょを是非とも呼ぼうということになったが、京都に住むらっきょからは丁重にお断りの連絡があった。なるほどさすがは賢明であるなと二人はまた笑う。もしも、らっきょがクントコロマンサに来ていれば、ヒゲの総帥とシュリケンの男の実家には色白のらっきょの母親からの鬼電が入っていたかも知れない。何もかもが懐かしい話しであり、愉快な思い出である。


「それにしても、お前は郷土愛がないな」と笑いながらシュリケンの男がいう。「果たしてそんなものが必要かね、生きていくのに邪魔なだけだ。とにかく自分には郷土愛なる服は似合いそうにない」とヒゲの総帥は澄まして酷いことをいう。ヒゲの総帥はウイスキーをストレートで飲み、シュリケン君はハイボールをひっきりなしに飲み、さらにはトリプルコロマンサを三度も注文することになる。常連の不思議な女と直属の部下の男、ガルパンの男、さらには斥候の男とゲームセンス・ゼロの女がやってくる。温泉マニアの男もやってきたが、そのまま通り過ぎるように帰った。


版画家の柿坂万作が用意した七輪を囲んで、ゲームセンス・ゼロの女が描いた一コマ漫画のセリフを不思議な女とヒゲの総帥がかわるがわる読んでみるが、作者であるゲームセンス・ゼロの女は勘弁してくれと顔を紅潮させる。シュリケンの男もヒゲの総帥が紅潮するような学生時代の旧悪をどんどん暴露していく。しまいには「お前、シベリアンなんちゃらをもう一度しろ」と脅迫してくる。それに対して煮えたか沸いたかわからないような生返事をするヒゲの総帥。シュリケンの男が黒いポシェットから何かを取りだす、取り出だされたのは今から25年前にヒゲの総帥が中学校で売りさばいていた当時のデモテープであった。


歌っているのはらっきょ、ギターをかき鳴らしているのはヒゲの総帥という具合でその内容は音楽なんてものではなく音楽以前である。いや、その言葉すらおこがましいほどの体たらくが詰まったものであり、ヒゲの総帥は「お前、どうしてそんなものをまだ持っているのか」と驚愕する。シュリケンの男はレイプ魔のような顔をして参ったかという態度に出る。らっきょが名付けたデモテープの作品の名前は「STAIN」。見事なものだ、四半世紀をまたいでも文字どおり「汚点」そのものである。そしてこのシュリケンの男の一連の行動は明らかにテロ行為である。


ヒゲの総帥とシュリケン君は酩酊状態で店を出て、すぐ裏にある年末にできたばかりのもんじゃ焼き屋へ入る。シュリケンはバカのひとつ覚えのようにハイボールを飲み、ヒゲの総帥は日本酒を冷やで飲みながらもんじゃをつつく。「全身黒ずくめの男、冷泉さんという人に会ってみたいぞ」とシュリケンがいうのでヒゲの総帥は冷泉に連絡をする。幸か不幸か冷泉とスケジュールの折り合いがつき、シュリケンを連れて冷泉が待ち構える店へ行く。


店に到着すると質の悪そうな木製の大きなテーブルにハイタッチ冷泉がおり、その正面には人妻を操る会社の社長ことミスター・ジャイアンツ、さらに社員の青鬼シュウと赤鬼ショウ、そしてドレス貸しのアドビが陣取っている。ヒゲの総帥はシュリケンを皆に紹介する、シュリケンは自分がここに来たのは与沢翼のようになったヒゲの総帥の心を取り戻すためだといい、場の笑いを誘う。ヒゲの総帥は訳のわからぬことを言うなとシュリケンの紹介を代わってする。さらにテーブル各人が自己紹介を終えて、そこから冷泉が殴り合いと同じくらいハマっている「笑ってはいけないゲーム」をすることとなった。


「今日は、みんなにひとつだけ、覚えて帰って、欲しい、ことがあるんです」と冷泉は神妙な顔をしていう。ヒゲの総帥がそれは何かと問うとゲームに負けた人間が酒を飲むときの掛け声を合わせたいのだとのこと。冷泉はその掛け声らしきものをまずは一人で振付つきで歌いだす。


アモさん、飲んでぇ、お願い、心込めてぇ、ド・ド・ド・ドキンちゃん、ド・ド・ド・ドキンちゃん、ド・ド・ド・ドキンちゃん、ド・ド・ド・ドキンちゃん


楽しそうに一人で歌う冷泉を横目にミスター・ジャイアンツは「どうしてドキンちゃんなのか合点がいかない」と冷静な意見を口にするが、常軌を逸している冷泉の耳には届かなかったであろう。


シュリケンも巻き込まれての壮絶なドキンちゃんがスタートする、目の前には猪口に注がれた麦焼酎だけが天井に睨みを利かせて憮然としているのだ。


ゲームのあと一向は解散せずにそのまま明け方まで、江戸堀のヘミングウェイがやっているバーで飲みだす。店内中央にある柱を中心にヒゲの総帥と冷泉とミスタージャイアンツは店の東側で何やら相談事を開始する。西側ではアドビとシュリケンと赤鬼と青鬼が何やら話しをしているのだが、それはほとんど聞き取ることができない。


夜更けを経験しないまま朝が来る。田舎だとニワトリの鳴き声がどこからともなく聞こえたり、えらく遠くで走る始発電車だか回送電車だかが線路を揺らす音が聴こえるのであるが、ここでは特にそういったことはない。


ヒゲの総帥は以前、アニメ版のアンパンマンの脚本家と話しをしたことがある。ヒゲの総帥自身がジョークの一環としてドキンちゃんというキャラクターの性格はこういった心理描写が根底にあるのではないかと極端な論を述べたところ、その脚本家は真剣に考えだして「そうかも知れない…」といった。後輩の中途半端な質問にも真摯に向き合ってくれる、よい先輩であった。インターネット上だけのお付き合いではあったが。


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by amori-siberiana | 2017-12-30 11:09 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱のオフィスを抜けて南船場にあるパン屋の「き多や」へ向かう。そもそもヒゲの総帥が北濱で商売をするとなったとき、最初に助言を求めにいったのがパン屋のオーナーであった。「喫茶店なんて、お金もった暇人がするもんやで」と素晴らしいアドバイスをいただいたが、まさに現実はそのとおりであった。この日はフレンチトースト用のバゲットを買いに行く。


バゲットを抱えて店に行く。すでに大学生の女が帝王のように椅子に腰をかけて、我が家のように振舞っている。女の目の前には見たことのないギターケースがあるので、ヒゲの総帥はこれをどうしたのかと女に訊ねると、どうやら実家にあったギターを持ってきたのだとのこと。ヒゲの総帥はケースを空けてみる、出てきたのはヤマハのクラシックギターである。これがなかなかご機嫌な鳴りをするので、そのまましばらく弾く。


それからニューヨークで高校生をしているスズマサがやってくる。スズマサは冬休みの課題を抱えており、その内容が「自分の近くにいる奇人変人からその人生に何があったのかを聞いてくる ※家族をのぞく。800文字以内」というものでインタビューをしたいのだという。ヒゲの総帥はそれなら版画家の万作などは格好の標的になろうと推薦するが、スズマサはすでに標的が決まっているようで、それは眼前のヒゲの総帥であった。


スズマサからインタビューを受けるヒゲの総帥、その途中に常連の不思議な女がやって来る。さらには全体重を階段に乗せて昇ってくる音がする、ゴガッという締まりの悪いガラス戸が開く、入ってきたのは全身が黒ずくめの男。華族のハイタッチ冷泉であった。大学生の女は念願叶い冷泉と初めて遭遇できたことでテンションが上がる。そこから水タバコの男もやってくる、この男とヒゲの総帥はチェ・ゲバラを愛する同志である。


「うーん、阿守さんの人生を800文字におさめるんとかは失礼になるんちゃうかな」と万作はモルモットとなったヒゲの総帥を気遣うが、ヒゲの総帥は「できるものなら、575の俳句くらいにまで短縮してくれていい」といたって平然としている。不思議な女はニヤニヤしながら白ワインを飲む。冷泉と水タバコの男はカウンター前の席で何やら意見交換をしている。


インタビューが終わる。書生のスズマサ君はヒゲの総帥の口から語られた人生をニューヨークに持ち帰るため、パソコンを駆使して記録を保存する。その最中、スズマサは自分は映像の仕事に興味があるといいだす。「ならば、この店のCMをi-PHONEだけですぐに製作してくれ。コンセプトはこの店に誰も来るなというものだ」とヒゲの総帥は支離滅裂なことをいう。「聞いたことのない依頼ですね、でも、クライアントの要望は絶対なので頑張ります」と返事をする書生君。早速、店のCMの撮影が開始された。今回ばかりは人を巻き込むのが得意な冷泉も巻き込まれた形になる。


「U2のボノだか共同制作者のブライアン・イーノだかが言っていた。レコーディングの現場に一台のテープレコーダーしかなかったとしても、我々は素晴らしいアルバムを作るだろうと。その言葉を僕はハッタリだとは思わず、本当にそうなるのだろうと感じる。つまり、大事なのはハードやソフトの進歩のように目立つところにあるようなものではなく、その根底にあるものなのだ、しっかり撮れ」とヒゲの総帥は講釈を垂れながらスズマサに放り投げる。しかし、その詭弁の裏側にあるのはスズマサが撮影に夢中になっているあいだ、ヒゲの総帥は静かにゆっくり酒が飲めるという明確な理由がある。


撮影が佳境を迎えた頃、アラタメ堂のご主人がやってくる。これ幸いと出来上がったCMの品評会が開始されることとなった、審査員はアラタメ堂のご主人とデザイナーである不思議な女。それぞれからこうしたほうがいいという意見をスズマサはうんうんと聞く。アラタメ堂のご主人が出した得点は「43点 特記:見るべきものはある」であった。まずまずであろう。


ヒゲの総帥はその模様を見ながら、自分が若い頃にこうした大人たちとの出会いがあれば良かったのにと思う。自分がアレをしたいコレをしたいと考えることを、その場で実践して評価をもらえてアドバイスをもらえるような環境が欲しかった。もしかすると出会っていてヒゲの総帥が気がつかなかっただけかも知れないが、気がつかないのであれば、それはなかったことと同じである。


世の中、地球のほんの少し先で地獄を見ている人間がいるのに助けに行かず、えらく遠くにいるらしい神に祈りを捧げたりする不器用さである。確かにそれが人間なのだ。2017年、世の中は仮想通貨だインバウンドだ、乗り遅れるな乗り遅れるなと皆が躍起になっている。考え方がどんどん投機的になってきている、最終的にはこの騒ぎの詰め腹を誰が切らされるのかと想像すると、どうにもいたたまれない気持ちになる。こんな日はバーバーの「弦楽のためのアダージョ」でも大音量で鳴り響いていただきたい。それなのにいつまでたってもベートーベンの第九をプログラムに詰め込んで、シラーの訳のわからない経文じみた説教を大威張りで歌っているようでは何も起こらない。


CMを撮り終えたあと、書生スズマサに自身の母親から電話がかかってくる。「阿守さん、代わってくれますか?うちの母です」という。ヒゲの総帥は大いに恐縮しながら電話を受け取り書生のご母堂さまとお話しをさせていただく。幾つになっても母親というものを話しをするときは背筋が伸びて緊張するものである。


母親が息子をこの店に送り込んだということは、息子の話しからヒゲの総帥やこの店にいる大人のことを信頼しているということである。これはとても名誉なことである。


インタビューに慣れていないスズマサのために、過去に音楽雑誌社でインタビュアーをうんざりするほど担当してきたアラタメ堂がインタビューのコツを教える。ちょっとした寸劇だ。アラタメ堂のご主人はインタビュアー、ヒゲの総帥は通訳、不思議な女は超有名な海外の大物歌手という設定で劇は開始される。これが面白くてたまらない、厨房で万作は「これはおもろいな」と笑いまくる。


できあがったCMをお見せしたかったのだが、アラタメ堂を経由してスズマサから転送されてきたデータには音声しか入ってなかったので、また今度。


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by amori-siberiana | 2017-12-28 17:09 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


本日は昨日よりも一層風が冷たく外を歩くだけでも財布の中から1000円ずつ無くなっていくような気がする。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱のオフィスでコーヒーを飲む。隣にはいつものようにアキラメ堂のご主人がおり、なにやらカタカタとパソコンを打っている。仕事をしているのだか、新たなボードゲームを購入しようとしているのかは判然としない。ヒゲの総帥も何をするでもなくパソコンを触ってると着信がある。かけてきたのはミスタープラムという男だ。


このミスター・エックスとヒゲの総帥は15年来の知人であり、ヒゲの総帥が音楽家として駆け出しのときにメディアの面で多大な尽力をしてくれた男である。当時、ミスタープラムはメディア部門のプロデューサーをしていたが、そこが他社に譲渡されたタイミングで野に下り、そして今は法曹界で多忙を極めているとのこと。


ミスタープラムは不動産関連での70億から80億の話しがあるので相談に乗って欲しいとヒゲの総帥に連絡をしてきた。久しぶりの億の間である。ヒゲの総帥の以前の仕事においては月曜日と木曜日は常に100億4700万の話しばかりであったが、そんな毎日にとことんウンザリしていたようだ。クントコロマンサという店の再建に乗り出してからは100円や200円の話しばかりなので逆に活気が出てきたものだ。ヒゲの総帥は電話で当該不動産要件の概要をプラムから聞き、電話でするような話しでもないのでよければ北濱のオフィスへ来ないかと誘う。ミスタープラムは14時と16時にアポイントがあるのでそれ以降なら大丈夫と返事をする、ならば17時頃にヒゲの総帥が滞在する北濱のオフィス「ザ・ジンクス」で会おうということになった。


ヒゲの総帥はミスタープラムからの電話を終えたあと、その足で特殊な不動産売買の知恵を借りるべくして船場ビルディングにある忌部の事務所へ向かう。忌部というのは人生で手痛い失恋を経験してからというもの、ニヒリズムの極致を地で行くような男であるが容姿は端麗で、頭脳明晰でもあるのでヒゲの総帥はそういった場面のときはいつも忌部のことをアテにしている。


この船場ビルディングは大正14年に建てられたもので、そのレトロモダンと総称される建築物だけを目当てに観光客もよくここを訪れる。ヒゲの総帥が船場ビルディングの門を開ける、静かな佇まいの中庭を歩く、左右にそれぞれ多種多様な事務所が軒を連ねており、この場所自体がなにかひとつのミニマム・アトラクションの会場のようである。ヒゲの総帥が中庭を散策していると門の向こうから忌部が都合よくやってきた。唐突な珍客だが別に驚く様相もなく忌部の事務所へ案内され、そこで先述のプラムからの話しをオブラートに包みながらもことの本質を忌部に問うヒゲの総帥。


忌部はこの辺りの不動産開発の状況や一般的な不動産売買の基礎をヒゲの総帥に教える。「なるほど…、やっぱりな」とヒゲの総帥は腑に落ちることがある。ネットで調べることは誰にでもできることだが、ヒゲの総帥は以前から必ず足をつかうことにしている。ネットで拾える情報などというのは、つまり誰でも拾えるものであり、そういった情報には常に発信者の利益が絡んでいるのである。その利益は何も金銭に限ったことではない。便利な世の中であるが、その簡便なることと物事の正しさや順序は比例するものではない。


自身の欲しい情報を得られたヒゲの総帥は忌部に礼をいい、そのままツタの絡まる青山ビルのギャラリー「遊気Q」へ向かう。こちらは大正10年に落成しており先述の船場ビルディングと並んで観光客には人気のスポットである。御年301才と吹聴するギャラリーの女はピンクを基調とした柄のニット帽をかぶっており、それはどこか新疆ウイグル自治区あたりの辺境の女を想起させるものであった。ヒゲの総帥は店に灰皿がひとつ足りないのだと伝えて、ギャラリーの女からアンティークの灰皿を購入する。「これはとてもいいものなんですよ」とギャラリーの女は灰皿を新聞紙とプチプチで梱包しようとするが途中で面倒臭くなったのだろう、ヒゲの総帥が紙袋を渡されて中を見ると、裸のままの灰皿がぽんと入っているのみになっていた。


ヒゲの総帥は北濱の「ザ・ジンクス」へ戻る。オフィスでは忘年会が開かれるのでその用意にザワついている。ミスタープラムがやって来るので応接ソファへ案内する、昨日までエストニアの日本料理屋の経営者の男が居座っていた場所である。偶然、通りがかったアラタメ堂のご主人にも同席してもらい、さらに宗教画のモデルの女、しまいに全身が黒ずくめの男も同席することになる。この黒ずくめの男こそかの有名なITコンサルタント冷泉彦彦である。ミスタープラムはそれぞれクセ者たちと談義をさせられる羽目になるが、本人はいたって楽しそうである。


ヒゲの総帥はさらにジンクスのオーナーの男とプロデューサーの男をミスタープラムに紹介する。ジンクスのオーナーの男の背筋の良さは芸術的であり、顔を西洋人にすれば地中海に眠るトルソのようで、このジンクスにおいてベストを常に着用しているのはオーナーの男かヒゲの総帥かというところである。ジンクスのプロデューサーの男は切れ味の鋭い男だ、物腰は柔らかいがそこがまた迫力に繋がっている。若くして起業しているので、同じく起業を目指す陸サーファーの上仲などは常に彼からの教示を仰いでいる。


いつの間にか忘年会は始まり、ミスタープラムは勝手に参加させられることとなった。


ヒゲの総帥はミスタープラムをジンクスへ置き去りにしたまま店へ行く。忘年会に参加せず先に店に到着していた冷泉から企業コンサルタントの男を紹介してもらい談笑をする。なかなか腕っぷしの強そうな男で何かしてるのかとヒゲの総帥が問うと、もっぱら釣りでジギングをしており鍛えられているのだろうと返事をする。ヒゲの総帥は釣りをする環境に恵まれていたにも関わらずまったく興味がなかった自分を戒めている。ヒゲの総帥の父親はクルーザーを所有していて、仁尾町のマリーナに停泊させていたがヒゲの総帥自身が乗船したことは一度しかない。父と一緒に過ごす時間が何故だかずっと苦痛だったのだ。船だけではない電車にしてもそうだ、ヒゲの総帥の父親は春夏秋冬それぞれの季節にはJRの電車を借り切って自身の好きな場所までノンストップで行っていたが、それにも一度しか参加したことがない。やっぱり、それは父と一緒に過ごす時間が苦痛だったからだ。


当時はそういう父親が普通だったが、今、冷静に考えてみると一番身近に狂人がいたものだと笑えてくる。自身の事業のために毎日毎日、朝の2時や3時に起きて仕事をしていた父に迷いや悩みはあったのだろうかと、この頃よく考えることがあるがすでに鬼籍に入っているのでインタビューできない。


亡き父は坂本竜馬と吉田松陰、そして勝海舟を愛していた。たまに右翼団体にも資金提供をしており日本刀を収集していた、若かかりし頃のヒゲの総帥はそういった旧時代的な趣味を持つ父を恥じていたが、それはヒゲの総帥自身が母方の田舎に行くことが多く、そちらが完璧な共産党員だったことも関係あるだろう。水と油の親戚はほとんど相まみえることはなかった、ノンポリの田舎の女たちだけが相互を行き交い親戚同士の出島的な役割を果たしていただけだ。女は鳩のように賢いのだ。そして蛇のように狡猾である。


オルガン横の奥の席にはコンサルの男と冷泉とヒゲの総帥。窓際の席には組長が座って酒を飲んでいる。正面の席には忌部とコピーライターの男、デベロッパー代理店の男、そしてデザイナーの女に宗教画のモデルの女。カウンター近くには常連のガルパンの男と東洋の魔術師が陣取る。それぞれが何らかの話しをしているかアルコールを体内に入れて精神を燃焼させている。


冷泉とデベロッパーの男が殴り合いを開始する。互いに格闘技出身であるので壮絶な打ち合いが開始される、組長は嬉しそうにそれを眺めながら酒を飲む。夜も更けたころアラタメ堂のご主人とゲームセンス・ゼロの女、さらには陸サーファーの上仲と学生起業家の男が酔っぱらってやって来る。


全員が揃ったところで酩酊していた冷泉がハッとした顔をする。「そしたら…、そろそろ…、笑ってはいけない、ゲームを…しましょか」と発する冷泉、学生起業家の男は冷泉に目をつけられないようにと風景になろうと店内で己の気配を消す。


笑ってはいけないゲームがスタートされる。


ヒゲの総帥は学生起業家の男に向かって黒ずくめの男ハイタッチ冷泉を指さしながらこういう。


ヒゲの総帥 「あなた、この人の名前を知ってますか?」
学生起業家 「か、加藤さん…」
ヒゲの総帥 「そうです」
学生起業家 「…」
ヒゲの総帥 「下の名前を知ってますか?」
学生起業家 「いえ…知らないです」
ヒゲの総帥 「カトウトシヒコといいます」
学生起業家 「トシヒコさん、トシヒコさん」
ヒゲの総帥 「この名字の最初の『カ』と名前の最初の『ト』をですね、入れ換えて声に出してみてください」
学生起業家 「トトゥ カシヒコ…」


「ギャハハハ」アラタメ堂のご主人がこらえきれずに爆笑する。「お前な!アカンわ、ちゃんと発音せえや!なんやねんトトゥって!」と学生起業家に恨み節を発しながらウイスキーを飲まされる。


ヒゲの総帥の好きな映画に「アメリ」というのがある。主演の女優はオドレィ・トトゥという。この映画はなんだか冬に見ると元気が出てくるのである。世の中、まだまだ捨てたものじゃないという気持ちになれる。


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by amori-siberiana | 2017-12-27 14:41 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


クリスマスを前後にして大阪の北濱は一気に冷え込んできた。御堂筋は南に向かう車で忙しく、堺筋は北へ向かう車で忙しく、本町通と土佐堀通は東奔西走の車で忙しい。この世間的な気ぜわしさと外気の寒さには、今が年末であるとの確信が込められているような気がする。それにしても北濱界隈にはクリスマスムードというものが見当たらない、それこそところどころの飲食店が申し訳なさ程度に喧伝しているだけで、ほとんどの人間がどうでもいいと思っているのだろう。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱のオフィスへ向かう。昨夜はエストニアの知人と二人でウォッカを空けたことにより起床してから随分経っても酔いが続いている状態であった。しばらくすると宿泊先のホテルからその知人が北濱のオフィスへやって来る、ヒゲの総帥はその知人のマークと日当たりのよい窓際の応接室で歓談する。商売のことやエストニアのことや宣伝のことや流通の難しさなどなんでもかんでも話しをする。


昼から夕方頃まで話し込み、そのまま店に向かうこととなる。寄り道などを繰り返しながら店に到着してもやはり話しは幾らでも続いていく。「他の国に展開するつもりはないのか?」とヒゲの総帥が訊くと「実はつい最近、その契約を結びました」とのことを話すマーク。エストニアの首都タリンの港に到着する食材などを通関させるときの苦労であったり、物品の発注から到着まで時間がかかる場合はどうやって対処するのかなどヒゲの総帥はどんどん質問する。マークはどんどん答える。港の近くにロシア人居住区があるのは、これはもちろん戦略上のことであろうとか、次は飛び地のカリーニングラードを狙うべきだなどと話しは留まるところがない。


しばらくすると、青いカーデガンの女、ギタレレの女、常連の不思議な女とグラフィックデザイナーの男、そしてガルパンの男がやって来る。アラタメ堂とウェブ責任者の男もやって来る。皆でエストニアの話しに耳を傾けては、それぞれ質問していく。不思議な女は子供の頃にタリンへ行ったことがあるという、しかしその頃はまだソビエト連邦の時代だったとのこと。マークが地元の人から聞いたところではソビエト支配下時代はとにかく街中がタバコ臭かったのだそうだ。


「阿守さん、フィンランドでおられたとき現地の人と飲みに行かれましたか?」とマークが問う、「あとにも先にも一度だけかな…、それでも飲みというよりはビジネスの打ち上げみたいな感じで最終的には向こうの社長さんは同席しなかったけどね」とヒゲの総帥は答える。マークがいうことにはフィンランド人はなかなか打ち解けてくれないのだそうだ、他に何かフィンランドで気づいたことはないかと訊ねるマーク。「楽器屋に行ったのだ、普通ならフェンダーとかギブソンとかどこかで見たことある形のギターが並んでるのが当然だけど、フィンランドの楽器屋ではやたらに変形ギターが多かったな…」と総帥は20年近く前のことを思い出す。「この前、フィンランドの音楽コンクールみたいなのに行ってきたんですけれど、出演バンドのすべてがメタル音楽でしたよ」と笑いだすマーク。


夜も更けてギャラリーの女と人形作家の女とその友人とがやって来る、オルガン横の奥の間でなにやら大盛り上がりである。とにかくヒゲの総帥の写真集を作ってどうのこうのという話しは薄っすらと聞こえてきていた。


そろそろマークが帰る時間になった。ほんの一日足らずの再会であったが、是非とも次はエストニアで会おうとヒゲの総帥は約束する。


このブログをお読みの誰か彼かエストニアへ立ち寄ることがあれば、ひょいと彼の店に顔を出していただきたい。ただ、彼がその頃もそこにいるのかどうか確証はないが。ヒゲの総帥が訊くところによると、マークは商売が安定してきたので面白くなくなってきたというのだ。また明日生きるか死ぬかというギリギリのところへ身を置いて自分を試したいのだという。


ヒゲの総帥も気がつけばクントコロマンサなる場所に関わることになった。何らかの縁があったといえば合点もいくのだろうが、ただの偶然であり突発的なことであった。意を決して音楽家になったのでもなければ、会社を独立させたのでもない、猫のひたいで北濱の独立を目指すことになったのでもない、流れでそうなったのだ。だから人と人の交流は愉快なのである。


ヒゲの総帥がフィンランド人のウルポという名の大工の老人から教えてもらった歌がある。記憶の奥のさらに奥の方にあったものがマークの問いかけのおかげで出てきたのだ。


フィンランディア、フィンランディア
(フィンランドよ、フィンランドよ)
シンネ、タース、マテカッラ、オリイヴァナ 
(イワン雷帝はまたやって来た)
クン、モロトフィ、ルパス、ユー、カイッキ、ハロシー
(モロトフがなんでもしていいと約束する)
フオメンナ、ヨー、ヘルシンギッサ、ショダーン、マロシー
(明日はヘルシンキでアイスを食べるだろう)
ニェット、モロトフ、ニェット、モロトフ
(モロトフの野郎はダメだ、モロトフの野郎はダメだ)
ヴァレフテリト、エネッマン、クイン、イツェ、ボブリコフ
(あの野郎はボブリコフより嘘つきだ)


※モロトフ=ヴャチェスラフ・モロトフ(1890-1986) ソ連の政治家・革命家。


1939年11月、カレリアの領有権をめぐってフィンランドとの冬戦争が勃発した。スターリンとモロトフは開戦に積極的であり、オットー・クーシネンを首班とするフィンランド民主共和国の樹立を目論んでいた。また、ソ連空軍はフィンランドの市街地を空爆した。フィンランド政府がこれに抗議すると、モロトフは「ソ連機は(民間人を攻撃しているのではなく)空からパンを投下しているのだ」と発言した。以後、フィンランド人はこれを皮肉って、焼夷弾のことを「モロトフのパン籠」と呼ぶようになった。さらにフィンランド軍は、対戦車兵器として用いた火炎瓶に「モロトフ・カクテル」とあだ名をつけ、「パン」への「返礼」とした。冬戦争ではモスクワ講和条約によってフィンランドに領土割譲要求を呑ませることに成功し勝利したが、小国フィンランド相手に多大な損害を出し苦戦したソ連の威信は大いに傷つき、国際連盟からも追放された。


※ボブリコフ=ニコライ・ボブリコフ(1839-1904) 帝政ロシアの軍人、政治家。


1898年、ニコライ2世によってフィンランド総督に任命される。ボブリコフはフィンランド国民から恐怖と憎悪をもって迎えられた。総督としてフィンランドのロシア化を推進するが、フィンランド民族主義者の若者によって暗殺された。


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by amori-siberiana | 2017-12-26 16:56 | 雑記 | Comments(2)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は朝からドマツ会計事務所に向かう。この日はスタートアップ・ウィークエンドの最終日であり、泣いても笑っても自分たちの起業アイデアに審判が下されるのである。といっても無所属のヒゲの総帥は何をするでもなく、いろんなチームの話しをふんふんと訊いている。他の参加者するとヒゲの総帥は一体何をしに来ているのだか解らないであろうが、それでいいのである。昨日とはチーム構成が変わっていたり、アイデアが変更されていたりと賑やかにやっている光景はレコーディング風景に似ているものがある。


昼前にヒゲの総帥は一旦、ドマツ会計事務所を出て八尾へ向かう。ヒゲの総帥が八尾で何をするのかといえば、星師匠の叔母から針を受けるのである。星師匠の叔母に体中を針で埋め尽くしてもらうために向かっているのだ。星師匠の叔母は生まれつき眼球が伴っておらず、生まれてこのかた全盲である。全盲であるのだが、服の色にはこだわりを持っており「緑色の服を買ったのだ」とかいう。本人がいうには目が見えないフリをしているとのこと。笛を吹けばホラも吹く、話しが尽きることのない女性なのだ。


元来、針などするものかと決めてかかっていたヒゲの総帥であるが、そうもいってられないほどに体がバキバキなので華道の剣山に乗った大根を決め込んでいる。針が終わり、そのまま店へ行く。店の前でウロウロしている男がいる、エストニアからヒゲの総帥を訪ねてやってきたマークである。


このエストニアの男とヒゲの総帥は10年来の知人であり、シベリアンなんちゃらという音楽団体をしていた頃、スタッフとしてイギリス公演やフジロックなど一緒に行った仲である。今はエストニアにおける日本料理のシェア一位を確立した実業家となってヒゲの総帥に会いに来たのである。ヒゲの総帥と会うのは7年ぶりなのだそうだ、エストニアに来い来いと幾ら誘ってもヒゲの総帥が頑として尻を日本から動かそうとしないので、ならばこちらからとやって来たとのこと。


「そもそも…」とヒゲの総帥はクントコロマンサ店内でウォトカをあおりながら口にする。「どうしてエストニアなんかに行くことになったんだい?」と言葉を続ける、マークは返答する「いや!なにいってるんですか!阿守さんがバルト三国は面白いぞって僕と一緒にいるときにそこの話しばかりするから僕が興味持ったんじゃないですか」と驚きの体である。無論、ヒゲの総帥は自身のそんな言葉における記憶も責任感もない。「エストニアに行きました、そして今は経営者です。この間に何があったのか大いに興味があるので語ってくれ」とヒゲの総帥は話しを強引に推し進めて自身への責任回避を敢行する。


「実は今はカザフスタンとかトルクメニスタンに興味があるんだ」とヒゲの総帥は口にするが危険を察知したのかマークは「いや、僕、そっちは全然興味ないですからね!先に言っておきますよ」と自他に対して釘を刺す。ヒゲの総帥はゲラゲラ笑う。


ヒゲの総帥はマークを近場のホテルへ半強制的にチェックインさせ、ウォトカが体内に残るその足でドマツ会計事務所へ再訪問する。すると陸サーファーの上仲もやってくる。「アモさんのブログを見て、これはと思って最終日だけ参加することにしたんです」という、ヒゲの総帥は「ウソつけ」と心の中で笑いながら隣に着席する。


会計事務所のセミナールームでは忙しそうにイベント発表の舞台設営が行われている、ドマツ先輩もえんやこらと設営に精を出す。


さて、このドマツという男、どうにもおかしな男である。そのドマツを頭領として成立している大きな会計事務所もどうにもおかしな連中の集まりである。そのおかしさというのはそんじょそこいらのおかしさではなく随分とおかしいのであり、そのおかしさはユーモアに満ちている。


まず、頭領のドマツ先輩。一般的な会計事務所のオーナーであればスーツ姿というのが相場であろうが、まったく違う。ホンジュランミルクスネークを彷彿とさせるボーダー柄のシャツに下はビリビリに破れ切ったジーンズである、一見すると経営者どころか社会人にすら見えない。本人はこの格好でメインバンクの本店などに行ってビジネスをするのだそうだが、受付の人はおろか担当者すら目を合わせてくれないという。ジーンズというのはそもそも蛇除けのために開発された生地であるが、ドマツという男を見ていると人間と蛇の戦いの歴史を一身に背負っているような、一種の心地よい軍記の絵巻物を眺めているような気になる。ドマツという男がギリシア神話のテミスであり、その片手に持つ天秤が人間側か蛇側のどちらに軍配が上がるのかのリトマス紙的な役割を果たしているのではないかと思えるほどだ。


さて、ナンバー2の専務も頭領に負けず劣らず随分とおかしい。サギノという男であり身の丈は185センチほどあろうかという大男である。ヒゲの総帥がスタートアップ・ウィークエンドの最終日、各チームのプレゼンテーションを聞こうと待っている。ヒゲの総帥以外にも参加者たちは会場の椅子に着席して壇上の準備が終わるのを待っていた、するとスタッフの一人が舞台の上手側(客席からみて右手)の照明をあやまって割ってしまう。サギノという男はマイクを手にとり落ち着いて会場を見渡しこういう「今、ここの照明が割れたとき、会場のどこかから『俺たちのアイデアのようだ』との声が聞こえましたが、なんならこっち側(下手側)も割ってみますか」と照明を割りに行こうとする。この狂気こそがドマツ会計事務所の魅力であり、ヒゲの総帥は笑いで腹が痛くて仕方がない。


プレゼンテーションは進む、審査員にはグルグルの本社で副社長をしていた好々爺などそうそうたるメンツが揃う。各チームごとに起業のアイデアを発表しては、審査員からの質疑応答に応えるという形式的には一般的なやり方で進む。


ヒゲの総帥はグルグルの好々爺の発言に鳥肌がたつ。構えた場所での演説ではなく臨機応変さが求められる質疑応答の場で、一人の人間からこれほどまでの見識を感じることはなかなかない。


「それがキャピタリズム(資本主義)だ、世の中はそんなにシンプルではない」


この名言そのものと発せられたシチュエーションをヒゲの総帥は当分は忘れることができないだろう。そしてそうした場を提供することのできる狂気のドマツ会計事務所に敬礼である。


ヒゲの総帥は全チームのプレゼンが終了したあと、すぐにセミナールームを出てホテルに放り込んでいたマークを迎えに行く。外はいつの間にか雨が降っていたが、星師匠がマークの分の傘も持ってドマツ会計事務所まで迎えにきてくれていた。ホテルのロビーではすでにマークが待っており、三人で店に向かう。店に行くと常連のガルパンの男とギャラリーの女が来ているのでマークを紹介する。


バニラ風味のウォトカを二人であおりながらこれまでの話しやビジネスの話しをしている、それを見てギャラリーの女もウォトカを舐めてみるのだといって舐める。ヤマトコと大酒飲みの女、冷泉と上仲、そしてヘルベンツもやってくる。入れ替わりはありながらもマークを囲んで飲みが開始される。エストニア産のウォトカの瓶はヒゲの総帥と送り主であるマークの二人でほぼ飲み切る。



―――。



イギリスでのある日。


ヒゲの総帥は何もすることがない。だが、先日のカジノでの大勝ちがあり金はある。タッキーに「旅に出よう」と声をかける、タッキーは参加する。二人で行こうとすると、宿の食堂で暇そうにしている男がいる、当時20才くらいのマークである。「旅に出るが一緒に来るか」とヒゲの総帥はマークを誘う。「どこ行くんですか?」とマークは返答する「知らん、考えてない。とにかく行けるとこまでだ」とヒゲの総帥はノープランを誇らしげに回答する。


マークは「行きます」とすぐ支度をする、そして三人は駅へ向かった。


あれから10年。多分、いい人生だ。ここまで。どうでもいいことだが。

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by amori-siberiana | 2017-12-25 16:55 | 雑記 | Comments(0)


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