カテゴリ:雑記( 128 )

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と共同経営している、ヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は昼すぎに店へ向かい、そしてコロマンサ(ダブル)をたいらげたあとに映画を観にいく。映画といっても映画館に行くのではない、ヒゲの男が去年あたりに住もうとしていたタワーマンションのシアタールームで映画の上映会が行われており、会の主催者であるコケェッの男の細君からのお誘いがあったのだ。今、思えばこのタワーマンションを契約しなくてよかったのだ、契約していれば今頃は餓死しているだろうことは想像に難しくない。


ヒゲの男はタワーマンションに挟まれた、盆地の底のようなクントコロマンサから出て、目的地へ向かう。今日は「アメリカン・スナイパー」という作品の上映なのだと先日、主催者からお知らせメールが入っていた。


行ってみると40平米ほどの部屋にスクリーンとソファがある。主催者であるコケェッの男の細君とヒゲの男を含めて、6名ほどでスクリーンを見ながら物語は進行していく。ベルリン帰りの女が、かの地で買ってきたスナックを提供してくれたので、ヒゲの男は遠慮なくつまむ。懐かしい味である。


この映画上映会は驚くことに今回で108回目を迎えるとのことだ。総時間は寝ずに映画を見て9日間ほどかかるという計算になる、継続は力なりというところだろうか。これまでどのような映画を上映してきたのか、リストを閲覧してみたいところである。ヒゲの男もレンタルビデオ屋でバイトをしていたころ、寝ても起きても映画ばかりという生活をしていたが、今となっては映画も年に一度見るかどうかという具合だ。


映画を見終えて、整体に行きヒゲの男は店に戻ってくる。ここまで書いてみて、客観的にみるとこの39才の男は、もはやすることもなく年金暮らしを続ける老人と同じだなと思えてくるが、他にすることもないのであるから仕方もなかろう。


身体を十分に揉んでもらい店に行くと、洒落た名前の女がいつもどおり気だるそうに佇むというよりは漂っている。仕事に精も根も使い切ったという充実感であろう洒落た女とヒゲの男は映画談義を開始する。互いに自分なりのベスト映画を言いあい、それぞれの概略と感想を述べるのだが、これが見事なまでに合致しないのには笑いが起きる。それでもお互いに同じ映画を観ていて、好き嫌いが分かれるくらいならまだ救いようもあるが、この二人はお互いから出てくる映画のタイトルに関して、まったく白痴であるのだ。


「阿守さん、シティ・オブ・ゴッドは見られましたか?」


「いえ、まだ見ないです。あなたはビッグ・リボウスキをご覧になられましたか?」


「いいえ、知らないです。阿守さん、博士の異常な愛情は見られましたか?」


「いえ、まだ見ないです。あなたはピアノレッスンをご覧になられましたか?」


「いいえ、知らないです。阿守さん、ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドアは見られましたか?」


「ドイツの映画ですよね。、まだ見ないです。あなたは同じくドイツ映画でトンネルというのをご覧になられましたか?」


「いいえ、知らないです…」


ここまでひねくれきった世の中を斜に見る二人なので共通するタイトルがあってもいいものであるが、世の中の多様性は当人たちの想像よりもさらに広く、深いのである。そんな混沌としたなか、青いカーデガンの女がやってくる。もちろん、映画の話しには加わらない、この賢明さは彼女の長所であろう。


常連のガルパンの男が仕事から店に帰ってくる、常連の不思議な女もやってくる。この月曜日という曜日は人々の生気を吸い上げることを得意とするかのような曜日である。それからは小唄の女がやってきて、万作と紙芝居か何かの話しをしている。青いカーデガンの女たちは、四川料理の辛さなどについて論じあっている。


夜が更けて、斥候の男やってきたのを皮切りに、ヒゲの男はアラタメ堂が店に置いていったカードゲームの幾つかをあけて、一同でやってみることにした。「黄金経験」という名の連想ゲームであるが、これがなかなか面白い。酔っぱらいたちはおそろしくシンプルなゲームに夢中となる。


一段落つき、ヒゲの男は冷泉が来るなら店に残っていようかと思案して、冷泉に連絡を取ってみる。冷泉は東京へ向かう新幹線の中にいるとの返答があり、この夜は早めに店を出ることにした。


なるほど、ゲームというものは勧められずとも、目の前にあればそれとなく手を出してしまうものだなと、ヒゲの男はあるひとつの真理に辿り着いた。


ゲームというのは「退屈」という戦場に置かれた、ひとつの銃なのである。


日本からベルリンへ行くのにどれくらい時間がかかるだろうか、パリのシャルルドゴール空港にある「PAUL」の売店でクロワッサンを買おうとしても、半日あれば到着する。そしてそれら日本からヨーロッパへの距離と比べると、戦場となっている地域はもっともっと日本に近い距離なのだが、いつも素通りしている。素通りしておいて、スクリーンにてそういうことがあったという物語を知り、戦々恐々とする。


我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。

しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である。


芥川龍之介


d0372815_14380749.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-24 14:46 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と一緒に経営する、ヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が朝起きる、なんとも頭と体が重い。これは一体何であろうかと昨夜の記憶をたどってみる、理由は簡単であり、ハイタッチ冷泉と壮絶な飲みを繰り広げた結果の二日酔いである。二日酔いのすっきりとしない容態のまま、ヒゲの男は北浜のオフィスへ向かう。ヒゲの男の隣の席、最近は医者になるため国家試験の合格を目指すカップルが、キツツキのように寄り添っているが、今日はキツツキに替わりオフィスのオーナーが座って、なにやらゴソゴソやっている。


ヒゲの男はある程度のところで仕事を切り上げて、そのまま店に向かう。店に行ってみると、入口すぐの席に星師匠がぽつねんと座っている。しかし、店内は賑やかだ。入口から死角になっているオルガン横の奥の席をみると、アラタメ堂が仲間とコーヒーを囲んで談笑しているのだった。聞くところによると、コーヒーを囲む男たちは同級生なのだそうだ。


ヒゲの男はこの時点でも二日酔いが改善しないが、何かをお腹のなかに入れておかなければいけないということで、久しぶりに版画家が作るオムライスを注文する。万作が料理したオムライス、ヒゲの男がこの店にやってきて、まず驚いたのがこのオムライスの美味しさであった。それまでヒゲの男のなかではオムライスといえば、「明治軒」と相場が決まっていたが、その牙城を崩す勢いのオムライスであった。


ヒゲの男、これまで日曜のランチといえば常に「ル・クロ」という外国料理の店だったが、いつの間にか店の名前もすっかり忘れるくらいに北浜で過ごす時間が多くなったものである。この店ではユニークな経験をした。会社から近かったこともあり日曜の昼は毎週のように通っていたのだが、いつからか店内のBGMがヒゲの男の知人が弾くバイオリンの曲ばかりになった(今はどうなっているのか知らないが…)。その知人は猛烈なカレー好きだということをヒゲの男は知っているので、その曲を聴きながらでは何を食べてもカレー味に感じてしまうのである。


なるほど、人間というのはものを食べるとき、味覚だけで「食べる」という行為を成立させているのではないのだなと貴重な経験ができたのだ。


この北浜にあるクントコロマンサという店は、資本力がないので厨房設備も素材にもお金をかけることはできない。できることといえば、空腹で店へやってきた人間の腹を安い値段で、これでもかというくらい満たすことのみある。


オムライスを食べながら、奥の席から聞こえてくるアラタメ堂のご主人一座の話しに耳を傾けるヒゲの男であったが、これがオムライスを吹き出しそうになるほど面白い話しなのだ。二日酔いの頭にも心地よく響く愉快な話し、その一端をここに書き出しておきたかったが、ここに書いたところでアラタメ堂の軽快な語り口調が真似できるわけでもないので、やめておく。とにかくあの面白さは文体だけでは、どうにも伝わらない「間」であることにヒゲの男は気がついた。


そして夕方がやってくる。


18時02分頃に万作がシャッターをあげて世間にむけて開店を告げる。アラタメ堂の主人はバーカウンターに厳選したカードゲームを並べる、一見してゲームの見本市のような様相を呈している。アラタメ堂の戦友である男も自身のゲームを持参してやってくる。人は時間とともにジワジワと集まってくることとなった。ゲームに参加しない常連のガルパンの男はバーカウンターの中へ避難する、同じくゲームに参加しない洒落た名前の女は一心不乱に粕汁と向かいあう。それ以外の者たちはそれぞれがテーブルに散り散りとなりゲームを楽しむ。


オルガン横のテーブルでは、アラタメ堂の戦友の男が陣頭指揮を執り、深海探検のゲームがはじまる。真ん中のテーブルでは、アハハの女や吟遊詩人の女、ゲームセンス・ゼロの女、青いカーデガンの女たちがゲームにて男の争奪戦を繰り広げる。その隣、入口から一番近いテーブルでは、アラタメ堂が推奨するラブレターというゲームが開催される。カウンターではブルーグラスの男が日本酒を飲み、喫煙と禁煙の境界線に位置するタール1mgのタバコを吸っている。


厨房では思いのほかの来客に万作があれやこれやと調理にいそしむ、星師匠は金魚すくいのようにおでんを皿の上にすくいまくり、それを来客者にふるまっている。


「もうこのへんでよかろう」と西郷隆盛の訓示よろしく、ヒゲの男はアラタメ堂に全員で人狼ゲームへ移行することを提案して、いよいよ人狼がスタートすることになった。


ゲームの司会進行はヒゲの男。アラタメ堂は人狼ゲームにおける具体的なルール説明や、投票の集計などを担当してくれる。サーファーの上仲はタイムキーパーをかって出てくれる。一度、全員での大掛かりな人狼が行われたあと、グループを二手に分けてさらに人狼をしてもらい、最後にもう一度、大掛かりな全員での人狼が行われることになった。


ゲームに参加する全員にアラタメ堂が用意した名札が渡され、それぞれに名前が書かれているのだが、店内の調光が微妙なのとマジックの細字のために席が離れると、相手の名前がわからない。結局は服装とかメガネとか、ラーメンを食べていた男などの特徴優先で呼ばれることも多々あった。


ラーメン…?


クントコロマンサにてラーメンが提供できることを知っている人間はそう多くないはずである。いや、それどころではなく知る人ぞ知るという極端に少ない範囲であるが、いちげんの男がラーメンを万作に注文する。どうしてこの男はラーメンがこの店にあることを知っているのだろうか。聞くところによるとアハハの女が自身のブログにあげていた、店のラーメンの画像をみたのだそうだ。


奇跡的に一杯分のラーメンが作れるとのことで、万作は予期せぬラーメンの製作に打ち込むこととなった、ある程度の時間を経て人狼の最中に出てきたラーメンは、二日酔いから立ち直ったヒゲの男の胃袋を刺激する香りを放っていた。


厨房の入り口のちょっとしたスペースにはいつしか、会計事務所のオーナーとハイタッチの冷泉が鎮座しており、明日から世界禁酒の法律が発布されるかのような勢いでウイスキーを体内へ取り込んでいっていた。


アラタメ堂からの挑戦状は来場者に笑いと好奇心、そして必要不可欠な猜疑心を呼び起こさせ、雨のなか、あっという間に終わることとなった。来場者たちが終電の時間を気にしだした頃、冷泉と会計事務所のオーナーが殴り合いをはじめる。つまり、タイミング的には冷泉が殴り合いをしだした途端に、客がいなくなるという状態になった。


我に返った冷泉は、ハッとした顔をする。


「もしかして…、僕が殴り合いをはじめたから、みなさん、お帰りになってしまったんではないですか」と、草食動物のような目をして自戒をする。会計事務所のオーナーとヒゲの男はタイミング的にそう思えても仕方がないシチュエーションに笑いが込み上げてくる。


そんな反省することしきりの冷泉のイベントが来週の土曜日にやってくる。命を削ってちゃんこ鍋を作り、来場者にふるまってくれるのだ。予約の受付もしていないので、誰がどれくらい集まってくるのか定かではないが、楽しい夜となることは間違いなさそうだ。



―いつも頑張らなくてはいけない。相撲を取ることが私の命。それがなければ何もない―

貴乃花


d0372815_14595268.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-22 15:00 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を共同経営する、ヒゲの男こと阿守のブログです。


いつぞやから降り注ぐ雨にそろそろウンザリ気味のヒゲの男。この男が雨が嫌いになって2日が経つ。どうして嫌いになったのかといえば、その理由は至極簡単であり、とても自己中心的なものである。まず、ひとつにはお気に入りのフルトンの傘が錆びついてしまったこと。もうひとつは修理したばかりの革靴が雨によって、外に履いて出ることを躊躇してしまうからだ。


別に雨のほうにしても、なにもヒゲの男のためだけに降っているのではないのだから、そのような難癖をつけられて嫌いになられようが、知ったことではない。雨はただただ、降るべくして天からやってくるのである。


さて、昨日のこと。


北浜のオフィスにてブログを書き終えたヒゲの男。その隣にて出来立てほやほやのブログを読むのはアラタメ堂のご主人である。


「阿守さん、なんなんですかこのブログ。もうお店の宣伝と一切関係がないじゃないですか」と、失笑しながらアラタメ堂は読後感想を著者であるヒゲの男に伝える。


「そんなに毎日、新鮮なネタがお店にあるわけではないので、取り立てて何もない日は、ボケ老人のように自分の思い出話しでも聞いてくれよ、というわけです」


他愛のやりとりを挟んで、アラタメ堂のご主人がヒゲの男に向かって手伝って欲しいことがあるという。もちろんカードゲームに付き合わされるのであることは、ヒゲの男にしても皆まで聞かずとも理解できている。この日にしてもオフィスに届いた二件の荷物のどれもがアラタメ堂のカードゲーム関連のものであった。


アラタメ堂は大量のカードゲームをオフィスのロッカーから取り出して、自分の席から少し離れた日当たりのよい応接スペースに積み重ねる。ヒゲの男も自分のデスクから離れて、そちらへ向かう。ちょうど外出から社内へ戻ってきたサーファーの上仲の姿があったので、問答無用で巻き込まれる。


アラタメ堂はカードゲーム専用のアタッシュケースを持っている。そのケースの中には様々なカードゲームが箱から取り出され丁寧に陳列されている。よほど貴重なものでも入っているかのようなそのケース。ヒゲの男はよからぬ想像をめぐらす。アラタメ堂がしこたま酔っぱらって千鳥足で細君の待つ家へ帰ろうとする途上、暴漢に襲われる。暴漢はアラタメ堂のアタッシュケースを奪う、アラタメ堂は必死にそれに追いすがろうとするが、酩酊のために足がうまく前に出ない。


暴漢は自身のねぐらにてアタッシュケースのカギを嬉々として壊す、札束が入っているに違いないのだ。カギは簡単に壊されて中に陳列されているカードを盗人は俯瞰する。そのひとつひとつを取り上げて確認する、出てくるのは「人狼」とか「占い師」とか「村人」と書かれた、よくわからないカードばかり。それも同じゲームのいろんな種類が同居しており、密集隊形のそれらは、「ほれ、みたことか」と盗人をあざ笑う。


ヒゲの男はこの一連の光景を頭のなかで思い描きながら、ひとつのことわざを作った。


【アラタメ堂のアタッシュケースを盗む】


意味:誰にとっても得にならないことに精を出す、愚かしい様のこと。


アラタメ堂とヒゲの男、そして上仲はゲームをする。職場では19時よりセミナーがあるため、上仲以外の二人はクントコロマンサに場所を変えてゲームに興じることにした。


ヒゲの男が先発隊として店に到着すると、そのすぐあとに吟遊詩人の女がやってくる。そしてカードゲームを重たい重たいと愚痴りながら、雨の中、アラタメ堂もやってくる。三人揃えば文殊の知恵ということばがあるが、今回は三人揃って「魔女裁判」をする。


途中、来月の19日にヒゲの男と一緒にギターを演奏する古池のおじきがやってきたので、ヒゲの男は裁判から一時的に退廷して、来月のイベントの打ち合わせをする。いつの間にか姿を現していたガルパンの男は、視線をスマホからそらさずにガルパンのゲームをしている。まるで、店の床から湧き上がってきたかのような登場の仕方である。


すると、いちげんさんのコージがやってくる。コージは興味深そうにアラタメ堂のテーブルを見る、ヒゲの男が一緒に混ざったらどうかと誘うとコージは二つ返事でゲームに加わる。吟遊詩人の女はハイボールを飲みながら、アラタメ堂が繰り出してくる新手のゲーム類を難なくこなす。


ヒゲの男はコケェッとたまに鳴く男と将棋に興じる。版画家の柿坂万作はその光景をみて、「なんか、この光景、ええですわ」と感じ入ったようにつぶやく。


確かに詐欺師と医師がひとつの盤面をにらみながら向かい合い、知能の限りを尽くしてヘボ将棋を打つことができる場所は、そこいらじゅうにあるわけではないであろうから、これはこの店のいいところである。その日は医師のほうに軍配が上がったようである。


夜も更けた頃、ハイタッチ冷泉が酩酊状態でやってきて、アラタメ堂と一緒に飲みだす。冷泉は珍しく自分の仕事について話しをする。敗戦処理を終えたヒゲの男もそこに加わり、いつしか「幸せ」とは何かについて終わりのない論議が繰り広げられるのであった。


ゲームというのは、一体なにであろうか。


ゲームをして腹がふくれるわけでもなし、金が増えるわけでもなし、おそろしいほどの時間を費やしながら、人はゲームに興じる。自分ひとりのこともあれば、他人を巻き込むこともある。ゲームとは一体、何であろうか。


本日、アラタメ堂のイベント開催。19時ころより、クントコロマンサにて。


d0372815_13340419.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-21 13:34 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営している、ヒゲの男こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は修理に出していた革靴をクリスタ長堀にある修理工のところへ取りに行き、そこから北浜のオフィスへ向かった。傘を雨に濡れたまま乾かさずに放ったらかしておいたことにより、サビが出てきてヒゲの男のテンションは落ち気味であった。9月30日から10月10日まで開催された秋の万作祭によって、店の売り上げは革命的に快進撃を遂げたはずであるが、11日から20日まで暗黒時代がやってくることとなり、結局のところ前半の貯金を切り崩していくことになっている。


といっても客足が伸びたおかげで、ヒゲの男が店に関わる前のような断末魔の叫びは聞こえなくなったのは、ありがたいおかげである。人が一人、節制して毎日を過ごし食べて行く分には十分な経営ができている。ところが、ここには人が二人いる。版画家の柿坂万作とヒゲの男が株式の町、北浜にて晴耕雨読のような生活を決め込んでいるのである。


今日はタイの話しをしよう。ちょうど、プーケットから戻ってきた会計事務所オーナーたちからタイの話しを聞き、触発されたヒゲの男はタイの話しをしたくなった。それは遠い記憶で、薄ぼんやりした光景である。今のタイミングで文字にしておかないと、後々どうなるのか知れたものではない。この年になって覚えることも多いが、忘れていくことも多いような気がする。そんな気がするということは、畢竟、忘れていっているのであろうことは誰の目にもわかる。


憶えること、忘れること、そのどちらも美徳である。ただし、記憶のなかにあるだけではいつしか記憶は変質して異形となるかも知れぬ。そうなったとき、本来の体験というものは形骸化してしまい、スポンサーを募った映画のように創意工夫されてゴテゴテした別のものとなってしまうのだ。


ヒゲの男はバンコクに到着した。


随分と生温い湿気た風が吹くものだと驚いた。ちょうど梅雨の時期の日本からバンコクへやって来たのだが、母国の梅雨がかわいらしく思えるくらいの湿度であった。夜中に到着したので、スワンナブーム国際空港からタクシーを拾いホテルへ向かう。ホテルの名前はバイヨークスイートというホテルであり、今となってはどういった経路でここのホテルを取ったのか記憶にはない。


深夜の道路を爆走するタクシー、車内ではクラブで人々を狂乱させているようなビートが流れる。ヒゲの男はドイツのアウトバーンでのトルコ系移民のタクシー運転手が、めちゃくちゃな運転をするのを経験していなければ、この運転はとても恐ろしいものに思えただろう。


ホテルに到着して、チェックインを済ませる。価格は安いのでだが、思ったより広い部屋であり、ベッドの弾力を確かめるためにマットの上で飛んでは跳ねてを繰り返す。何をしにバンコクへ来たのかといえば観光などではない、イギリスへ飛ぶための経由地として、バンコクで2泊しなくてはいけないのだ。今でもこういうことがあるのだろうか、15年ほど前はこんな感じだったのだ。


次の日の朝、とくにすることがないので観光に出かける。


タクシーの運転手を捕まえて、今日一日は観光するから貸し切りにしてくれと交渉する。タクシー運転手の名前は「ヴィンニ」といった、特徴的に刈りあげた髪型、意志の強そうな顎をしていたが、笑うと愛嬌のある歯が印象的だった。


ヒゲの男はタクシーに乗り込み「チャオプラヤ川へ連れて行け」と伝える。ヴィンニは「その前に伊勢丹に寄ってはどうか?」と返答してくるが、これからいつ終わるかも知れないヨーロッパ放浪の旅がはじまるのだ、こんなところで土産を増やしていてはどうしようもない。とにかくギター、アンプ、発電機、生活用品などを抱えているので荷物はこれ以上、増えるわけにはいかない。


しかし、川に行ったからといって何があるわけでもない。ヒゲの男はそれなら寝そべる金色の仏像のところへ連れて行けとヴィンニにいう。車内でヒゲの男はあるものを見つけて、ギョッとする。タクシー助手席のダッシュボードには大きな鉈(ナタ)が刃をむき出しのまま置かれているのである。


おそるおそるではあるが、鉈の用途をヴィンニに訊いてみた。ヴィンニは平然として「強盗が来たときのためだ」と答える。タクシーは車線があるのかないのかわからない、無秩序なまでの渋滞に揉まれながら、目的地へと向かおうとする。少しずつ、少しずつ、前へ進んでいる。


渋滞によって車が停車するたびに、少年がタクシーのボンネットから助手席の窓ガラスにこびりついてきて、クジを買えとしきりに言ってくる。ところがタイ語なので何を言っているのかわからない、ヒゲの男が窓を開けようとすると、ヴィンニが「開けないでいい」とヒゲの男を制止する。郷に入らずんば郷に従えということばがある、ここは郷に詳しいヴィンニに従っておくが得策である。


リクライニング・ブッダ(ワット・ポー)に到着して観光をした。残念ながら記憶にない。


記憶にあるのは、タクシーが駐禁を切られており、ヴィンニが困ったような顔でヒゲの男に向かい「金を持ってるか?」と訊いてくる。どれくらいの値段だったのかは忘れたが、おいそれと出せるくらい安い金額だったことは確かだ。ヒゲの男はいわれた金をヴィンニに渡す、ヴィンニは「ちょっと待っててくれ」といい、道路向いにいる警察官にその金を隠すでもなく渡して駐禁を免れることとなった。


ここまで明け透けにやられると、合法であるとか違法であるとか、そういう取り決めが茶番劇に思えてくるほどである。ヒゲの男は不思議なことにその一連の出来事に対して嫌悪感は湧かなかった。むしろ、嫌悪感とは逆の潔さを感じて妙な心持ちになった。


ヒゲの男は涅槃寺(ワット・ポー)からの帰りに考えた。黄金の仏像が屋根のあるところで大仰に寝ている、そして道端ではぐったりとした母親が子供を抱えて寝ている。不快な湿気に拍車をかけるように降り注ぐ太陽の熱。その熱から避けるように陸橋の陰を利用して、母親は自身の前に茶碗などを置き、乞食をしている。子供は生きているのか死んでいるのかわからない。


ヒゲの男は気になって仕方がないので、母子をこっそりと観察してみる。


しばらくすると、死んだような子供がむくりと起き上がり、茶碗の金をもって裏路地へ行く。そこには大人の男がおり、子供から金を受け取る。子供はまた母親のもとへ戻って、ぐったりと生きたか死んだかわからないことをする。ヒゲの男はその始終を目撃した、そしてこれまでの自分が持っていた価値観の中枢が揺れ動くほどの衝撃を受けた。


乞食というビジネスを目の当たりにして、なんと理屈にかなった美しき行動なのだろうと感じてしまったのだ。最初は脳がそれを否定していたが、脳の否定など心の肯定の敵ではない。人が健全に生きていこうとすれば、それは心に従うことを否定しないことである。その逆で、心さえGOサインを出せば、どれだけ脳が否定しても心のままに行動してしまうものである。


さて、その圧倒的な権力を振り回し、生きるうえで重要なる「心」というのはどこにあるのか。残念ながら、胸を切り開いたとしても皆さんの前に心をお見せすることはできない。心というものは、そういうものなのだ。


結局、ヴィンニにはヴィンニの都合もあるのだろう、それを理解して伊勢丹に連れて行かれる。喫茶店のようなところへ入って、フルーツジュースを飲んだが、南国で飲むフルーツジュースのなんと美味であることかと舌を巻いた。これまで目覚める機会がなかったフルーツを味わうための味覚が、やっと呼び起こされたような気がした。


ヒゲの男は関空で買ったばかりの扇子をとりだして、それでパタパタ顔をあおぎながらホテルへ戻る。ホテルへ戻る途中には商店街のようなものがあり、その混雑は日本でいうところの大みそかの高名な神社のようである。人混みで一歩も前に進めないという経験を初めてしたのだ。ホテルから外出するたび、これを経験しなければならないのだから、木人拳を何度も経験させられるようなものだ。


ヒゲの男は人混みをかき分けて、なんとかホテルの前まで到着するが、手に持っていたお気に入りの扇子は、憐れにも骨だけになっていた。自分の皮と肉が人混みによって削がれなかっただけマシと考えるしかなかった。


ホテルに戻ってみると、エレベーターに「フレンドリーウェイトレス」と書かれたチラシがある。


フレンドリー・ウェイトレス…。


ヒゲの男は今回の旅に同行していた、小説家の男にこのチラシにおける見解はいかなるものかを訊いてみる。


小説家の男は、坊主頭に作務衣という出で立ちなので、色白な部分を省いてバンコクには非常に合っている。


小説家の男は、少し息を吐いてから、このようにいう。


「つまり、ウェイトレスが乳で顔をシバいてくれるんちゃうか」


そういったあと、チラシから目を離した小説家の男とヒゲの男は目が合う。互いにニヤリとして、バンコク最後の夜はウェイトレスに乳で顔をシバいてもらことに決めたことを言葉ではなく視線で了解したのだ。


残念ながらバンコクの話しは、以上で終わりである。


小説家の男はこの旅において、以後、トーマス・クック(ヨーロッパの列車の時刻表)の達人となり、また洗濯物においても比類なき才能を示すこととなるが、それはまた別の話し。


ヒゲの男といえば、バンコクで強烈な不条理を経験したことで、なんだかいろんなことが、どうでもよくなった。しかしそれは倦怠や放棄ではなく、より深い海の底、その底より底のマグマへの侵入の口火であった。


d0372815_15244893.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-20 15:25 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と共同経営している、ヒゲの男こと、阿守のブログです。


アラタメ堂がイベントをしようという日、それは今のところ統計学的に台風の時期と重なることが多い。たった二回のことで統計などと誇張すると統計学者から怒られそうであるが、アラタメ堂のことを今のうちは嵐を呼ぶ男と考えても悪かろうはずがない。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が店に行ってみると、常連のガルパンの男とギャラリーの女が着座している。ガルパンの男はビールを飲み、ギャラリーの女は「おでん定食」なるものを食べていた。ヒゲの男も空腹を満たすために「おでん定食」を頼む。白米、おでん各種、カツオのたたき、高菜がそれぞれ器に乗せられて出てくる。なるほど、これだけ料理を並べられていると食欲がそそるもので、ヒゲの男の箸はとどまることを知らない。一気呵成に食べ、そして食後のコーヒーを万作に頼む。


ヒゲの男が夕食を摂っている、ちょうどその頃、常連の不思議な女がやってくる。昨日は舞台を観に行っていたとのこと、不思議な女はギャラリーの女にハードカバーのパンフレットを見せる。写真集のように凝った装丁で、およそ30ページほどあろうか。中身はコート紙で内容は出演者へのインタビューやポートレイトなどだ。ギャラリーの女はそれをペラペラとめくりながら、予期せぬ一言を唐突に発する。


「私、思うんですけれどね。阿守さんも、こういうの作ればいいんですよ」


一息ついてコーヒーを嗜んでいたヒゲの男は、ギャラリーの女の突発的な発言に驚き、褐色の液体を口から吹き出しそうになる。


「僕が…、ですか?それ、正気でおっしゃってるのですか?」


「当たり前ですよ。こういうしっかりしたハードカバーにして、写真集を作りませんか。グラフィックデザイナーさんも多いことですし、みんなで協力すればいいんですよ。写真の撮影に青山ビルをお貸ししますから」と、ギャラリーの女は話しを進める。


それを聞いていた不思議な女も会話に混ざってくる。


「アモアモだけじゃなくて、万作さんも入ればどう?」


厨房にいた版画家はそれを小耳に挟んだらしく、「なんか、気持ち悪い話しをしとるんやな…」と、つぶやく。ギャラリーの女はヒゲの男と版画家の反応などおかまいなしに話しを発展させる。


「どうせ作るなら、しっかりしたものを作らないといけませんよ。写真家さんに撮ってもらってね、インタビューなんかは阿守さんが自作自演で作ればいいんですよ。そういうの得意でしょう?」


「まあ…、得意です」と、釈然としない顔で返答するのは、呆気にとられているヒゲの男。


「これ是非やりましょう。必ず売れますよ。私はこういう感じでギャラリーを経営してきてるんですよ」と、不敵な笑みを浮かべるギャラリーの女。ガルパンの男は視線をスマホに定着させたまま、話しを聞いて口角を上げている。


「どれくらいお金がかかるのか、調べてみます」と、ヒゲの男は不思議な女が持ってきたパンフレットと同系のものを100部ほど作るという設定で、印刷屋のサイトで料金をシミュレートしてみた。


およそ、800,000円也


1冊を8000円以上で売らないと原価の採算すら目指せないことになる。そこでギャラリーの女から新しい提案が入る。ハードカバーだけで中身がなくてもいいんじゃないですか?と。ヒゲの男は「この女は一体、何を言ってるのだろうか?」と怪訝な顔をする。ギャラリーの女は説明を続ける。


「中身のページはバラ売りにするんですよ、本を開けたらファイリングできるようになってるようにすればいいの」


「そんな、塾の夏期講習みたいな写真集、見たことないですね…」と、ヒゲの男は困り顔で率直な感想を述べる。ギャラリーの女たちはケラケラと笑いだす。


そこからしばらくして、夜も更けた頃。


ハイタッチ冷泉と会計事務所のオーナーの男がやってくる。会計事務所のオーナーはつい先日、プーケット島でサーフィンを楽しんだ直後、食中毒になってしまい散々な目にあってしまったそうだ。彼ら二人が連れてきたのは、コード0001の男と89バーツの男であった。


四人は通称で「セット」と呼ばれるものを注文する。つまるところ、ウイスキーのストレートをハイボールで流し込むという代物である。それに加えて新料理コロマンサの発想の原点である、コロマンサのご飯抜き(つまり、目玉焼き)を注文する。


コード0001の男と会計事務所のオーナーの男は、それぞれ自分たちの新入社員の話しをする。大体、こういう場で話されるのは新入社員の失態からくるエピソードであり、それぞれが場の笑いと同情を誘うものである。


会計事務所のオーナーがヒゲの男に向かって泥酔した呂律でこういう。


「阿守さん、うちと契約してくれたら(会計を)しっかりみますよ」


会計するほどの金がない、ヒゲの男は爆笑しながら、ちなみに今から契約すると月額どれくらいになりますか?と会計事務所の専務である89バーツの男に料金をシミュレートしてもらう。


「今なら、一か月89バーツで契約できます」と、専務は答える。


現在、1バーツが円に換算して3.4円くらいなので、単純計算で300円くらいである。これは随分とお得なプランだなと、その一連のやりとりを聞いていた者たちもギャハハと笑いだす。素晴らしい参謀がこの会計事務所にはいるものだなと、人材の豊かさをヒゲの男は感じていた。


ヒゲの男が職場の仲間と決起して独立したときも、こういった感じであった。ユーモアから仕事が生まれて、そのユーモアはいつしか顧客にも伝染して、そういった顧客とは長い付き合いができていたものだ。


ユーモアというものは学ぶものではなく、他人から盗みとるものなのだ。そして、その盗みとり、かすみとったユーモアが必要となるその日まで、こっそりと持っておくものなのだ。ユーモアというものは、笑いをとるものではなく、思わず笑ってしまうように繊細なものだ。知性のガラス細工である。


タイのことわざに、こういうのがある。


硬すぎると欠けやすい


d0372815_16340077.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-19 16:34 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を根城にスコットランドへの移住を考えているヒゲの男、阿守のブログです。


もう10月も中旬、ほんのつい先日まで汗を流しながら仕入れだなんだと東奔西走していたヒゲの男。やっとのことずっと気にかかっていた靴を修理に出すことができた。どれだけ値段が高かろうが、自分が気に入ったものを使い続けるという至上命題をこの靴のおかげでクリアできそうなのである。この靴を手に入れてからというもの、他の靴が欲しいと思うことがないほどの可愛がりぶりである。あまりに好きすぎてブーツなのに夏でも履いているくらいだ、こういう度が過ぎた執着を世の中では偏愛と呼ぶ。


さて、昨日のこと。


南船場の「き多や」にバゲットを買いに行く。フレンチトーストは季節柄なのかあまりオーダーが出なくなったが、版画家の柿坂万作の新料理「コロマンサ」のアレンジバージョンがパンを素材にできるのではないかと、ヒゲの男は考えているのだ。


パン屋へ寄ったあと北浜のオフィスへ顔を出す。


受付嬢の女二人がヒゲの男に「みなさんが阿守さんは生きているのかと心配していますよ」と声をかける、ヒゲの男は己の健在さをアピールしようと考えてはみたものの、たいして何ができるわけでもないので、うやうやしく頭を下げるにとどまった。


アラタメ堂の隣に座り、こつこつと仕事をしだす。先日、浩司ばい、洒落た名前の女、星師匠とヒゲの男でモノポリーをしたがヒゲの男の勝利で終わった。それはもちろんそうである、ヒゲの男以外はモノポリーをしたことがないのであり、サイコロ運よりプレイヤー交渉にゲームを優位に進めるかどうか、そこに重きを置いている以上は経験者が圧倒的に有利なのである。


ヒゲの男はアラタメ堂にモノポリーをしたことがあるかどうかを訊いてみたが、アラタメ堂は自分はまだしないという。本年度中に豚王を引きずり出して、モノポリー王者決定戦をしてみたいものである。


しばらくして、ヒゲの男は店に行く。ヒゲの男が階段を上がると同時に足音に気がついたか、版画家の万作が上のアトリエより階段を下りてくる。万作は今、絵描きとしての仕事のオファーが入ったので、期日までにそれを仕上げなくてはならないのだ。


常連のガルパンの男がやってくる。今日は常連の不思議な女はミュージカルを観に行っているそうで、どうやら店には立ち寄らないであろうことを話ししていると、よせばいいのに誰かが店の階段を昇ってくる。


ゴガッ!


という音はせず、締まりの悪い扉はもう開放されたままになっている。登場したのはポンチョの男であり、いちげんさんだという。


「よくここにやって来られましたね、その勇気ある行動に謝辞を述べましょう」とヒゲの男はポンチョの男に告げる。ポンチョの男は苦笑しながら「思い通りの場所でした、こういうところ好きなんです」と返答する。ポンチョの男は音響屋だということで、前職が同じような仕事をしていたガルパンの男と意気投合して会話をする。


ガルパンの男がいう。


「よくね、ミュージシャンがちょっと高音あげてくださいとか、低音あげてください。みたいなことを言ってくるんですけれど、僕が音質の設定を何も変えないままに、はい、オッケーですというと、ミュージシャンの奴は納得したような顔をするんですよね。実際は何も変わっちゃいないのに」という。


ポンチョの男はその話しを聞きながら、うんうんとうなずく。ガルパンの男は続ける。


「そこで、何も変わってないじゃないですかって奴がいたら、おっ、これは大したもんだと思うワケですよ」


ヒゲの男がミュージシャンだった頃はどうであっただろうか、これをこうしてくれという要求をあまりしたことはなかった。そもそもギターの音をアンプから出すのが嫌いな男であるからして、足元にあるモニタリングスピーカーから返ってくる自分の音は好きになれなかった。客席にマイクを立てて、自分の音が会場で聴こえるままにモニタリングして演奏したいと考えていたが、面倒くさいので採用されたことはない。


ポンチョの男もひとしきり飲み、そろそろ帰ろうかという頃、階段をどんどんと誰かが昇ってくる音がする。やって来たのは上下全身を黒づくめのスーツで防衛したハイタッチの男こと冷泉である。あとに続いて合計で三名がやってくる。


一人は冷泉の従姉のスイスに住む女。一人は冷泉の弟で技術者の男である。つまり冷泉一家というには人数は少ないが、多少なりとも冷泉一家である。三人はオルガン横の奥の席に陣取る、ヒゲの男もそれに加わり、スイスの女がどういった顛末でスイスに住むことになったのかを訊く。


ヒゲの男はスイスが好きである。チューリッヒで金もなくフラフラしていた日、マッターホルンでの小説家の男との雪中行軍(小説家の男は標高3000mを超える場所で作務衣だった)、モントルー・ジャズフェスティバルで疎外された者同士の語り合い、カンヌで知り合ったスイスの女の圧倒的なヨーデル。語れるほどスイスを堪能したわけではないが、アルプス越えをする列車の車窓から見た風景の美しさは、生涯忘れることがないであろう。星も凄かった。ヒゲの男はスイスへの憧憬からか、執拗に長野へ行っていたのかも知れない。


トーマス・マンの「魔の山」に書かれているそのままのことを体験したヒゲの男は、このドイツ人の作家の辣腕に敬意を表したし、またこのドイツの男にこれほどの力作を書かせたアルプスにも畏敬の念を抱いている。


ハイタッチ冷泉と弟が殴り合いをしたり、万作を加えて腕相撲をしているなか、ヒゲの男とスイスの女はマネーロンダリングの話しをしている。各人たちがそれぞれ自身の興味あることを興味あるままにしている光景は、クントコロマンサではよくみる光景である。


冷泉一家とヒゲの男はクントコロマンサを後にして、南堀江にあるキリギリスの店に移動する。そこでチーズをつまみながら、談笑しているとキリギリスの店主とスイスの女が偶然にも知己の仲であることが判明する。ここの店主の淹れるコーヒーは随分と美味い。


そのまま、うどん屋でたらふくうどんを食べる。時間は深夜の2時半頃であろうか。スイスの女はうどんを二杯食べる。二杯!


キリギリスの店と呼ばれている店、正式な店の名前はポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアから拝借しているもので、そのまま「ペソア」という。


本日のブログの最後はフェルナンド・ペソアのことばで締めくくる。




風が吹く音に耳を澄ませることもある


風が吹く音を聞くだけでも


生まれた甲斐はあったと思う


人生は意図せずに始められてしまった実験旅行である


d0372815_17521970.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-18 17:53 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クント・コロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を根城にこの地を独立させようと活動している、ヒゲの男こと阿守のブログです。


秋の万作祭を終えて、立派に燃え尽き症候群に陥ったヒゲの男は北浜のオフィスにすら、数分ほど顔を出してはさっさと帰り、ひたすらスマホのアプリ「将棋ウォーズ」をする日々を送っていた。そんなヒゲの男もようやくのことマナーモードから復活した模様である。復活のきっかけなどはない、ただ時間が過ぎてくれたのみである。


さて、日曜日のこと。


ヒゲの男は店に行き、ギターの弦を張り替える。万作祭は終わったというのに、何の用事があってギターの弦をせっせと張っているのかといえば、今日はピアノ工房の男が本町ガーデンシティにてピアノを弾くのだそうで、そこで共演しようという企みである。つまりはサプライズであるが、本当に誰にも知らせずサプライズをしたのでは、演奏のしがいがないので、ツイッターでこれこれの場所にて、この時間に演奏すると宣言する。


なんてことはない、ただの目立ちたがり屋なのだ。この男のこういうところは幼い頃より何も進化していない。まったくもって停滞の一途をたどるばかりである。


雨のなか、ギターを背負ってコロマンサを出る。お気に入りの革靴のかかとの部分がワニの口のように開いたり閉じたりするのを治さなくてはならない、それまであまり水に濡れたくない。タクシーで行くにしても北浜から本町では近すぎる、電車で行くとしても駅までの距離と乗り換えを考えれば、どうにも面倒である。北浜からみて本町は南西、斜めに走っている地下鉄は今のところないのだ。


ヒゲの男はどちらを選択するか悩みながら歩きだしたが、気がつくと本町と繋がる本町筋まで来ていたので、歩いて到達することにする。


無事に音響屋の浩司ばいと合流し、そのすぐあとにピアノ工房の男もやってきて、大した合図もなくピアノとギターの演奏は始まった。多少のギター練習で指の動きがいいのは、ここ数日間がいかに苛烈であったかを物語るものである。


ピアノ工房の男とヒゲの男は昨日およそ3年半ぶりに再会した。ということは合奏するのも3年半ぶりであるが、なんの問題もない。確かに3年半ほど会わなかったが、それまでは20年以上ほど一緒にいるのだ、合奏できないわけがない。互いに互いの本質を知っているのだから、まず演奏が崩れることはない。


大雨のなか、駆けつけてくれた客にヒゲの男は一礼をして、演奏は終了した。


終演後、ヒゲの男はそのまま歩いて店に帰る。店はまだ「準備中」の段階だったが、店に入ってみるとすでに常連の不思議な女がコーヒーを飲みながら佇んでいるのには、なかなか驚いた。しばらくすると先ほど演奏したイベント「まちDECOLE」の片付けを済ませた門司出身の浩司ばいがやって来る。


浩司ばいと常連のガルパンの男は、遥か昔のパチンコの話しで盛り上がる。その名も「ビッグシューター」という機種である、ヒゲの男はその機種を知らないが、二人の話しに耳を傾けて聞いていると、この二人のノスタルジーを共感できる気がして愉快だった。


入口近くの席では星師匠とデザイン会社の女が、互いの共通の趣味である「星」について話しをしていた。デザイン会社の女は、オリオン座流星群のタイミングで南の島へ行くそうだ。北浜からでは見えない星たちも、見えることであろう。それにしてもアハハの女は先日、オーストラリアへ行ったそうだ。ガハハの女はイベント終演後に南の島へ行った、オーストラリア人の男はフィジーへ行った。会計事務所のオーナーは現在タイで食中毒になっているそうだ。


みな、南の島へ行ってしまう。ヒゲの男は南の島には行ってはいけない、美しさが溶けてしまうと占い師に宣言されてからは、南をなるべく避けるようにしているが…。先日、ニュージーランド航空がキャンペーンをしていたのは、どうにも気にかかった。何度も何度も航空会社のホームページにアクセスしては、予約フォームにいろいろ入力し、あとボタンひとつで予約確定というところまでいってはやめてを繰り返す。一体、何がしたいのかヒゲの男本人にもわからないが、ほんの少しでもニュージーランドに近づきたいのであろう。


ヒゲの男がニュージーランドへ行く、そのままナウルへ行って、そしてタヒチに行き、さらにはピトケアン島へ行く。見知った人が誰もいない土地で暮らすというのはどういうことだろうか…。画家ゴーギャンの気持ちを考える。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が店に行くと、青いカーデガンの女と常連の不思議な女、そして常連のガルパンの男が来てなにやら話し込んでいる。ヒゲの男は肩こりがひどいので奥の座席に倒れ込む。不思議な女が背中を押してくれて多少は楽になったが、どうにも体の不調は精神に影響を及ぼすようである。


すると絶好のタイミングで東洋の魔術師がやってくる。待ってましたとばかりにヒゲの男は東洋の魔術師の魔術にすがる。魔術師はかばんから手ぬぐいを出してヒゲの男が抱える業と向き合い、ここぞという経絡に圧を加える。一度、身体のどこに油が足りていないのか、皮と肉を剥ぎとって、吟味してみたいものだとヒゲの男は考える。


ヒゲの男、秋の万作祭の後の虚脱状態から戻ってまいりました。また、よろしくお願いする。


d0372815_18185566.jpg


[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-17 18:28 | 雑記 | Comments(0)

こんばんは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画塾「クント・コロマンサ」(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)をお手伝いするヒゲの男こと、阿守です。


さて、秋の万作祭(9/30から10/10)を終えて、とんでもない疲労感に襲われたヒゲの男。ここ数日、ブログも放置したまま英気を養っていた。ちょうどいい頃合いだと、店の名前を変えることにする。勝手気ままなタイミングで変えるであるからして、変わったことすら知らない人もいるであろうし、新しい屋号のデザインも名刺も間に合っていないことを考えると、当分は旧名と並行することになるだろうとヒゲの男は考えている。


阪急ブレーブスがオリックス・ブルーウェーブなる名前になったとき、南海ホークスがダイエーになりソフトバンクになったとき、さらには大洋ホエールズがDeNaなる珍妙な名前になったとき、誰もが違和感を持ったはずであるが、そういうことは時間と経験の積み重ねが解決してくれるものだ。


画塾といっても絵を教えるわけではない。いや、どうしても教えてくれよと請われれば
、共同経営者である版画家の柿坂万作がとことん教えるのだろう。店にある絵画のほとんどは万作が描いたもので、最近知ったことであるがこれも売り物だそうだ。売ってくれという人がいれば、やっぱり売るのであろう。


万作祭の次の日、ヒゲの男は北浜の青山ビルの一角を陣取るギャラリー「遊気Q」へ向かう。イベント中に来場した半数の人の尻が置かれていたのは、ギャラリーの女から無償で借り受けた椅子なのである。ヒゲの男は感謝を述べるついでに、今はどんなものを展示しているのか興味があった。


ギャラリーではちょうど展示の最中であり、ギャラリーの女と作家たちがおしゃべりしながら、作品を陳列していた。きものや帯の生地を使い、洒落たデザインの服を展示している。ヒゲの男は生地のかすり模様を指で触って追いながら、ギャラリー内をぐるりとする。


「阿守さん、椅子なんですけれどね、29日の午後15時くらいまでに持ってきてくださったら、それでいいんですよ。だから28日も使ってくれればいいんですよ」


そう上品なイントネーションでヒゲの男に話しかけてくるのはギャラリーの女である。28日といえば、現時点では「冷泉、命を削ったちゃんこ鍋」というイベントが開催されることになっている。壮絶な飲食が行われることは想像がついているので、椅子諸氏には酔っぱらいと引力のあいだにて任務に励んでいただきたい。


遊気Qのホームページ】


https://www.keimi.jp/yukikyu/


それと大学生の女から連絡があり、店に献上茶を忘れたとのことだった。献上というくらいのものであるからして、それをわざわざ取りに来るということは、献上先の相手がクント・コロマンサ(画廊喫茶フレイムハウス)の二人でないことは明々白々である。


万作祭の次の次の日、ヒゲの男は早速、道具屋筋に暖簾を買いに出かける。色味は万作からの希望を聞いていたので、そのとおりにして、素材は麻にした。大体、こういった連中は暖簾を麻にするそうだ。早く育つし、よく酔うからだ。


夜も更けた頃、ヒゲの男とは同郷の本村の男がやってくる。同郷といっても15キロくらい離れているが、田舎の人間が考える「同郷」の範囲は、都会の人間のそれよりも広域なのである。いつものことながら、しこたまワインを飲んできたそうだ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は、これまた同郷のギター弾きのシャフナーという男から先月のイベントで来場したさいに伝言をもらっていた。


「チキンの勝さんが、ギター返してくれいいよるぞ」


チキンの勝というのは、別に臆病者の勝という意味ではなく、神戸チキンジョージの専務、児島勝のことである。ヒゲの男が数年前にしていたシベリアンなんとかというバンドの活動休止前の打ち上げをチキンジョージでしたが、そのときにヒゲの男がチキンの勝から強引に持ち帰らされたものである。


「お、お、あ、阿守、お前、12弦、使うか?おう、おう」


「ありがとうございます。でも、せっかくですけれど勝さん、僕は自分の12弦ギターがあるんです。そして、その自分のギターすら使いこなせないので、預からせてもらっても豚に真珠になるのではないでしょうか」


丁重な断わりであり、随分と謙遜した言い回しであるが、ヒゲの男はこれでチキンの勝が「そうか、そうか、おう、おう、ほんだら、真鍋にの、渡そうかの、おう、おう」と、次はチキンの勝がシャフナーに話しを持っていくと考えていたのだ。ところが、チキンの勝の出方は予想と違った。


「使わんでもええからの、一応、持って帰っといてくれ。ケースないけどの、おう、おう」と、震えながらいうチキンの勝。その震えは自分が勇気を出して本音を相手に伝えるときに出てくる部類のものではなく、単に血中アルコールが欠乏していることへの、脳からの指令伝達の震えなのである。


一応、持って帰ってくれというのは、どんな状況なのか…。


ヒゲの男がそれを悩む間もなく、ベースの電気工事士の男が車で来てるので持って帰っておきますよと言ってくれたのだろうと思う。12弦ギターを裸身のままに手で持って電車に乗るようなことはなかったので、多分、そういうことになったのだろう。これは結果から逆算して経緯を考察する歴史学のファイリングの手法である。


ヒゲの男は意味もなく神戸から大阪へ異動させられたギター先生を神戸の本社に戻す機会がないものかと考えていたが、ちょうど昨日はチキンの勝の誕生日パーティーが行われているというので、およそ3年半ぶりにチキンジョージへ行くことにした。


神戸チキンジョージ


ヒゲの男が四国に住んでいた頃、関西ならばここで演奏したいなと憧れていた場所である。Mr.BIGが神戸の震災後にチキンジョージに演奏をしに来たというドキュメンタリーをテレビで観てから、その思いはさらに強くなったものである。憧れの地へ向かうことにした、もちろん面倒くさいことだが、それは仕方がない。


開演前のチキンジョージに到着して中に入る。音響のがっちょという女(この女の運転は荒い、船酔いしそうなぐらいだ)、そして照明のテリーが目に入る。ハンチング帽をかぶったチキンの勝が物販テーブルの横に座って、リハーサルを聴いている。ヒゲの男は挨拶もせずに客席で音を浴びる、3年半前に自身がギターを持って座っていた位置で音を浴びて、その懐かしい感覚に浸る。


ヒゲの男が「実家に帰ってきたな」というノスタルジーを感じていると、ヒゲの男の首を両手で締め付ける者がいる、もちろんチキンの勝である。ヒゲの男はチキンの勝に礼をいい、ギターを返還する。あとは二人でリハを聴きながらの酒盛りである。


ステージにはピアノ工房の男、シャフナー、縄文土器の男(チェロ)、キラキラの女(チェロ)、手品師の男(サックス)、魚市場の男(ドラム)が音を出しており、シベリアンなんちゃらの「HIDE & SEEK」という曲を演奏していた。


リハを終えたピアノ工房の男がステージから降りて、ヒゲの男のところへ来る。


「お前、なんでスーツなん?」と、ピアノ工房の男がヒゲの男に向かっていう。ヒゲの男は「仕事帰りだ」と、適当なことをいう。実際は仕事帰りではないが、どうしてスーツで来たのか?と問われて、それを正確に答弁しようとすれば「いい質問だね、どうしてスーツなのかというと、スーツ以外の服で来たくなかったからだ」という禅問答のような答弁になったであろう。


この二人の男が会うのは3年半ぶりである。しかし、これまでヒゲの男とピアノ工房の男は20年以上も一緒にいたのであるから、3年半の空白などまるでなかったかのようにお互いに新鮮味のない再会である。それでもヒゲとピアノ工房は延々と話しだす、客席でも楽屋でも、とにかく話しは尽きないのである。


ヒゲの男はこの日、チキンジョージの隣にあるホテル・モントレに宿泊予約(チェックアウト12時のレイトプラン)しているので、どれだけ飲みに付き合わされることがあっても大丈夫だと考えていたが、開演前にチキンの勝やピアノ工房の男とのおしゃべりに、ウイスキーをぐいぐい飲んだこともあり、演奏が始まった頃にはフラフラする。


それでもピアノ工房の男が作ったという映画音楽には感動する。先日、バイオリンの王子が監督した朗読劇の舞台を見ても感動したが、これまた良質の音楽家なのだなと再確認をするにいたった。ヒゲの男はいつしかまったく曲が書けなくなってしまったのだから。驚くべきことにフレーズのひとつも出てこないのである、音の泉は枯れてしまったのかも知れない。


アンコールのときにヒゲの男はホテルに戻る。入れ替わり立ち替わりの長丁場のライブが久しぶりだったので、耳を休ませたかったのもあるが、ピアノ工房の男の曲を脳内で再生しておきたかったのだ。


突然、会場からヒゲの男がいなくなるのは今に始まったことではない。


ホテルに戻ると、大阪のミサイルマンこと豚王(タッキー)から電話が入る。このタッキーという男はチキンジョージともシベリアンなんちゃらというバンドとも関わりの深い男で、今は貿易関係の会社の社長をしている。


「アモさん、なんかメールに今日は神戸にいるって入ってたのをみて、電話したんですけれど」


「そうそう、今日はチキンジョージの勝さんの誕生日イベントだから来てるんだよ。タッキーも神戸なら今からおいでよ」


「まだ、イベントしてるんですか?」


「うん、今からアンコールがはじまろうとしているところだ」


ヒゲの男はさも自身がチキンジョージの中でいるようなことを言っては電話を切り、ホテルでゆっくりと風呂に入る。風呂からあがり、モントレのロゴが入ったパジャマを着てリビングのソファでくつろぐ。ふと、自分のスマホを見ると不在着信とメールが数件はいっている。


電話をくれたのはタッキー、そしてメールのいくつかもタッキーであった。内容は以下のとおりである。


この詐欺師め!帰っとるやないか!!」 10/13 22時14分


帰っとるやないか!!」 10/13 22時31分


これにはヒゲの男も声をあげて笑ってしまった。この男のリアクションほど面白いものはない、ヒゲの男は顔を真っ赤にして怒り狂い、呪いのことばをわめき散らすタッキーを想像してホテルで腹を抱えて笑う。


この火曜日、小説家の男を北浜の店に招いたとき、タッキーも遅れて来たのだが、ヒゲの男はちょっとタバコを買ってくると言い残してタッキーを店に置き去りに帰ったばかりである。火曜日に置き去りにされて、そして金曜日にも置き去りにされた男の怒りは相当なものであろう。


聞くところによると、タッキーは急いでチキンジョージに来たのはいいものの、阿守がいないのでトイレや楽屋を探し回る。ピアノ工房の男に「アモさん、どこ行ったか知りませんか?」と訊く。ピアノ工房の男は「阿守はホテルに帰るって、オレんところにメールがあったで」とタッキーに答える。タッキーはピアノ工房から、ヒゲの男が送信した「帰る」の一報を受信した時刻を聴き取り調査する。


どうやら、自分がヒゲの男に電話したほうがそのメールより後だったということを知り、謀られた!と悟ることになった。


「どうりでおかしいと思ったんですよ、アモさん、アンコールがこれからはじまると言うのに、電話の向こうは異様なまでに静かやったんですよ!火曜にダマされたばっかりやのに!またダマされた!」


タッキーからのメールに笑い転げながらも、ピアノ工房の男も話したいことがあるというので、ヒゲの男は湯上りのパジャマのままでチキンジョージに戻る。タッキーに飲まないのか?とヒゲの男が訊くと、タッキーは車で来ているので飲めないという。タッキーと犬猿の仲だということで有名なテリーは、タッキーの登場を見るや否や帰宅の途につく。


「タッキー、今日は祝いの席。軍司と僕も3年ぶりだし、タッキーがこれまでお世話になってきたチキンで酒が飲めないっていうのはどうにも無礼で釈然としないから、今夜はどこかで泊まったらどうだい」と、これが大人の嗜みだよという体で話しだす詐欺師のヒゲの男。


ヒゲの男は自分の泊まっているホテルの部屋に空きがあることをタッキーに教える。心底、酒が好きになってしまってるタッキーはその悪魔の誘惑には逆らえない。「そうですよね」と早速、楽天トラベルで宿を予約したタッキーを見届けて、ヒゲの男はまたサッとホテルへ帰って寝る。


生贄には細身の男よりも、恰幅のよい男のほうがいいに、昔から相場は決まっているのだから。


壮烈なまでの飲みが行われただろうことは、想像に難しくない。


チキンの勝は55才を迎えたとのこと、お誕生日、おめでとうございます。


d0372815_22533727.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-14 22:54 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウス(近日:クント・コロマンサに改名)を営むヒゲの男こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


10月の中旬に差し掛かろうかというのに連日のように続く暑さ、季節はいつでも人間の期待を平然と裏切ってくれる。人間にしても賢いもので、季節とまともに対峙して勝ち目はないということで、平身低頭して古来より頼み込むことにしている。晴れにしてくれ、雨にしてくれ、はたまた火山という怒りを鎮めてくれないかという具合である。


古来より、人は季節についてお願いをするばかりだった。いつしか、人と季節のあいだに(厳密にいえば季節そのものの場合もあるのだが)、神なるものが現れた。季節という何語を話すのかよくわからない気分屋はおいておき、神なるものにお願いをして季節をなんとかしようとするのである。すると、神なるものと人とのあいだに、これまたどこから来たのかよくわからない仲介業者がやってくる。人と神を繋げてあげるよといってくれるのである。なんともありがたいことだ、秋という季節にはその名残りをそこかしこで見ることができる。つまり、祭りだ。


ところが、画廊喫茶フレイムハウスにて行われた秋の大祭「万作祭」は、その趣向が一般的な祭りとは少し違う。この祭りは人が人にお願いするのである、楽しいことするから金をよこせと無心してくるのであるのだから、けしからんものである。


ところがこのけしからん要請に対して、これまたけしからん人たちがニヤニヤしながら集まってくるので、このけしからん祭りは都合、六日間も開催されることとなるのであった。まったく、けしからん。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は北浜のオフィスにこもって、何やらゴゾゴゾしたあとに星師匠と合流して店へ向かう。到着してみると作家の男、常連の洒落た名前の女、そして版画家の柿坂万作がいる。今日は「秋の万作祭」の千秋楽ということらしい、作家の男が小説発売日にあわせてのイベントを開催するとのこと。というより、開催させられるといったほうが物事の正確さを表しているであろう。


ステージの上には椅子が半分向かい合わせで、二脚ほど並べられ、小型の丸テーブルの卓上には黄色やオレンジで統一された花がおかれている。ヒゲの男は作家の男と旧知の仲であるが、もしも旧知の仲のものたちで戦隊ものを作るとすれば、作家の男は「キレンジャー」になるであろうと確信している。死神のような血色の悪い顔をした作家の男に暖色の色が似あうというのは、この世でよくあるアイロニーである。


ぞろぞろと死神に会うため店にやってくる客たち。鳥の巣のような頭をした死神先生は、いつしか自身の故郷であり現在もお住まいである地域の話しをしだす。客たちはそれぞれが食べては飲んで、先生の話しを聞いたり聞かなかったり自由気ままにしている。よい頃合いの時間となったとき、ヒゲの男はマイクを使ってアナウンスをする。


「これより、平尾正和先生の作家デビューを記念して祝賀会を開催いたします。プログラム1番、平尾先生による開会の歌」


場内から拍手があがる。この予定調和感がたまらなく愉快である。


平尾先生というのは言うまでもなく、作家の死神先生のことである。先生、よせばいいのに18番の舘ひろしの「冷たい太陽」を歌う。ヒゲの男はニタニタしながらギターで伴奏をする。これまでに死神先生は梅酒をロックで飲んでいたが、それでは酔いが甘かろうと、こっそりウイスキーを混ぜておいたのは、ヒゲの男の悲しき友情である。


「なんか、この梅酒、変な味がする…?」と、死神先生は一旦は躊躇したが、電気工事士の男が「濃いめに作られた梅酒なので」と適当なことをいい、先生は「なるほど、そういうこともあるものか」と納得して、一気に酔いが深まる。


「プログラム2番、友人を代表してお祝いのことば」


呼ばれたのは電気工事士の男である、電気工事士の男が祝辞を述べる。死神先生は姿勢を正して恐縮そうな顔にて、その祝辞を一身に浴びる。


「プログラム3番、乾杯の音頭」


次に呼ばれたのは版画家の柿坂万作である。内容量が半分くらいのビールグラスを片手に、万作が乾杯の音頭をとり、宴は本編になだれ込むこととなった。


◆プログラム4番:平尾先生への質疑応答タイム (※時間に限りがあるので、各人、一問一答)


◆プログラム5番:プロ作家と一緒に架空読書会


(1)作品名:ららら、お前を半殺し /提案者:ヒゲの男
(2)作品名:エニグマ、スティグマ! /提案者:洒落た名前の女
(3)作品名:あの路(じ) /提案者:常連の不思議な女


プログラム4番と5番のあいだほどであろうか、南の島から帰ってきたガハハの女がやってくる。ヒゲの男がガハハの女に今日は笛を持っているのかと問うと、案の定、持っているとのことなので、プログラム6番、平尾先生の踊りという流れになる。


ヒゲの男とガハハの女は映画「タイタニック」にて演奏されていたポルカを演奏する。酩酊状態の死神先生はその器用さを発揮して、リバーダンスの主演男優のようなステップを踏みだす。ガハハの女と死神先生が踊るさまは、バロック期の西洋画によくみる、地獄とはこういうところですよというパンフレット的なものをヒゲの男に思い出させた。「死の舞踏」である。


夜も更けて、そろそろ帰ろうかという頃、日本のミサイルマンこと豚王がやってくる。別に彼がミサイルを飛ばすわけではないが、背格好、顔つきなどがどこかのミサイルマンとそっくりなのである。


豚王が来たということで、場内は一気に「隠れトリスタン」の演奏をしろというムードになる。豚王は体内にアルコールがない状態では歌えないと躊躇するが、万作がタイミングよくビールとウイスキーのストレートを運んでくる。このビールとウイスキーという取り合わせは、比類なき酩酊を飲んだものに与えるのである。


「ワシ、金がないんで、金をなるべく使わんように酔うために、こないして飲んでましてん」と、版画家の男が自己の経験によって創意工夫を重ねて、そして出来上がった酩酊までの方程式の威力は凄まじいものがある。あの酒豪のハイタッチ冷泉をして、「これ、ヤバイですね」と言わせしめた飲み方なのだ。


豚王タッキーは数分後にはすっかりできあがり、歌を歌いだす。


客たちは常連の不思議な女の提案によって、皆で手を繋ぎ、豚王の歌にあわせて揺れながら合唱する。


一同:グレート・ジャーニー

豚王:狂い咲く、道!

一同:フリー・ジャーズ

豚王:ジャズを言い訳に使うな!

一同:グレート・ジャーニー

豚王:(車の)ハンドルを手のひらで回すな!

一同:グレート・ジャーニー

豚王:そのへん、よろしくぅっ!


どのへんが宜しくなのか、一同にも豚王にも解りはしないが、そんなことは実はどうでもいい話しなのだ。自分のことを旅人と自称する人間の節操のなさ、自分のことを我は霊長類なるぞと誇示するのと同じである。人は誰しも漏れなく旅人なのであり、人は誰しも漏れなく旅の途中であるのだ。


我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行こうというのだろうか


秋の万作祭、無事に終了したことをご報告させていただく。感謝。


d0372815_14232494.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-11 14:25 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウス(近日:クント・コロマンサに改名)を経営するヒゲの男、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


王子と総帥(前編)の終演後、版画家の柿坂万作が翌日のランチをしたくないと宣言したことにより、画廊喫茶フレイムハウスはランチをお休みしていた。ところが、ヒゲの男が店の前を通りかかるとシャッターが開いている、入店のためには誰もが通らなくてはならない赤絨毯の細い階段。その入口にあるのは、版木に書かれたであろう「準備中」の立て札。


つまり開いているのか、それとも閉まっているのかよくわからないヒゲの男は好奇心で店に入っていく。この時期、不意に入っていっても万作が裸で行水をしているということもあるまい。入店してみると、なるほど合点がいった。早めに大阪へ到着した作家の男が、だるそうに店の椅子に着座していたのだ。


まだ昼食を食べていないと作家の男がいうので、それならば万作に何か作ってもらおうと一瞬考えたヒゲであるが、半寝ぼけのような万作の顔を確認したのち、その思いはすぐになくなり、外で食べることにした。万作も少しは休まないといけない、彼はいつだって店に常駐しているのであるから。


昼食後、店に戻りのんびりしているとバイオリン王子がやってくる。王子と作家の男は数年ぶりの再会となるのだということを知って、ヒゲの男は驚く。そういえば、この店を拠点としてヒゲの男は双方ともイベントにて迎合をしているが、これまでにこの両者が同じ日程でイベントをしたことはないことに気がついた。


「お久しぶりです」から入る挨拶もなかなかいいものである。王子は以前から王子であったが、作家の男は以前まで音楽家だったのであるから、3~4年という月日の流れは早いものである。そのうち、電気工事士の男がやって来る。これで役者は揃ったのである。


この日は宗教画のモデルの女が助っ人として来れないため、星師匠が孤軍奮闘することになるが、昨日のうちに満員の店を体験しているので、なんとかなるだろうとヒゲの男はタカをくくっている。それに来場者も勝手知ったる戦友たちなのだ。隠れキリシタンたちがお上の目の届かないところで、こっそりと集い、そして唱える「オラショ」のようなものである。


星師匠と宗教画のモデルの女は、前編の演奏中に厨房脇のカウンターにて、互いの子育てのことを話しあい、互いに涙して、さらには互いの世間話しで盛り上がりすぎ、版画家から「すんません…、もうちょっと静かに」と注意されたようである。ひとつの店に幾つもの話題のトピックスがあるのをヒゲの男は好ましく思う。


ヒゲの男はサンジェルマンの殉教の導入部での、万作が氷をガツガツさせる音などは、その音を聴いていて、なぜか優しい気持ちになれたものであった。


一週間前の12時00分における激戦の中を勝ち抜いてきた聴衆が集まる。それだけで精鋭部隊であることは誰の目にも明らかであり、上の階を控室として陣取っていた四人の演者たちの耳にも、階下からの笑い声が聴こえる。


この日も演奏は二部構成であった。ヒゲの男にはどうしてもやりたい曲がある。それは「PERPETUUM MOBILE」という曲だ、ヒゲの男はこの曲を3年半ほどのあいだ、どうしても演奏したくて演奏したくて、仕方がなかったのだ。それが演奏できるというだけで、今日という日は特別であり、格別である。


王子のバイオリン、電気工事士のベース、ヒゲの男のギター、そして作家の男のパーカッション。王子は久しぶりに会った作家の男の腕がなまっていないことを確かめて、とても嬉しそうな顔をしていた。


一斉になりだした音楽は、ここにいる誰も知らない曲ではなく、ここにいる誰もが知っており、それを求めて関東や九州から参じてくれた遠方者も含めた皆に叩きつけられる。「お前たち、今夜は帰れないぞ」という思いで挑むヒゲの男たちであるが、イベントの最後のほうには「頼むから、そろそろ帰ってくれませんか」と願うようになるのは、いつものことである。


王子と総帥の後編は終了した。


終了のとき、どうしてもヒゲの男はやりたい曲がでてきた。柵から逃げ出し亡命する軍馬の話しという曲である。シベリアに抑留された者たちにとって、シンボリックな曲である。王子は、弾けるかどうかわからないというが、のるかそるかの精神で演奏してみることにした。


曲の最後の最後、ヒゲの男は王子と目が合った。時間にしてほんの一刹那くらいのものであった。ヒゲの男には王子が何を言わんとしているのか、一瞬にして理解できた。


奮える瞬間であった。こういう瞬間を生きてるあいだに、もっともっと経験したいものである。もっともっと、もっともっと。


この日、演奏以外にもいろいろなことがあったが、負け戦ばかりなので語るべからずである。



明日、世界が終わるとしても、私はリンゴの苗を植えるでしょう。


d0372815_17410859.jpg


[PR]
by amori-siberiana | 2017-10-10 17:41 | 雑記 | Comments(0)


北浜のビジネス街にある、昭和レトロなカフェのブログです。            大阪市中央区淡路町1丁目6の4 2階上ル