<   2017年 11月 ( 35 )   > この月の画像一覧

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


昨日は朝から晩までゲーム三昧であった。ゲームといっても多種多様あるのではあるが、この日のゲームはすべて「人狼」である。ヒゲの総帥はインターネットでの対戦型ゲームの人狼においては安倍総理(ハンドルネーム)という名前でそこそこ知られた存在である。ところがネットではなく実際にプレイヤー同士が集まってゲームをすることは、つい最近まで経験がなかった。ヒゲの総帥にそんな貴重な体験の場を与えてくれたのが、アラタメ堂のご主人である。


なかなか大人になってゲームだゲームだと公言できない恥ずかしさがあるのだが、アラタメ堂たるやそんな外野からの野次はお構いなしである。好きなことを好きといって何が悪いのだという気焔にヒゲの総帥はいつも尊敬の眼差しを向ける。そう、好きなことは好きといえばいいのだ。好きなことを好きと憚らなくてはいけない世の中など、全米のように涙だけしていればいいのだ。


午前中からアラタメ堂は北濱のオフィスにて人狼の用意をする。今回は昼夜二回に分けてのダブルヘッダーであるが、昼にはアラタメ堂のご主人が偏愛する蝸牛庵のサンドウィッチがプレイヤーに提供される。そして夜はアルコールである。普段はオフィスでアルコールを飲むことはないのであるが、いつもは禁止されている場所でいつもと違うことをするのは、人間の老化を防いでくれる。慣習ほどありがたいものもないが、慣習ほど必要悪もなかろう。


昼の部、ぞくぞくとオフィスに人が集まってくる。ヒゲの総帥は昼の部はずっとゲームマスター(司会進行)を担当する、ゲームマスターほど面白い担当もない場の緊張感と弛緩と速度感をあれこれ試行錯誤しながらやっていくのは、オーケストラの指揮者に似ている。オーケストラというのも興味深い集団であり、何も楽器を演奏しない人間が一番偉そうに棒を振り回して聴衆から喝采を浴びるのであるから。あれほど人間と集団の特性を如実に表した仕事もなかろう。


指揮者に求められる一番の資質というのは、経営者に求められる資質と合致している。それは求心力である。この求心力を持った指揮者は帝王となり、かといって人から忌み嫌われるものでもなく、むしろ感謝されるようになるのである。では、求心力を手に入れるにはどうすればいいのかといわれると、これはとても簡単なのだ。簡単すぎて誰も気がつかないのである。


好きなことを好きといえる人である。


昼の部が終わり、メンバーを入れ換えての夜の部がはじまる。ひとりひとり紹介したいのであるが、どうにもそこまで手が回りそうもない。一日にあったことをそのまま克明に表すにはやはり一日かかる。そして次の日にまた一日のことを克明に表そうとすれば、一日かかる。つまり、その一日から延々と離れられなくなってしまうのである。容赦なく自分に起きた出来事を簡略化してデフォルメすることで、過去から離れて安心して翌朝を迎えられるのであろう。


会は盛況に終わることとなる。もし、なんらかの手違いがあり後世の人間がこのヒゲの総帥のブログを検証することがあったとすれば、アラタメ堂やその仲間たちは遊んでばかりだと思われるかも知れない。それについて何らの弁明も浮かばない、どれだけ言い繕ったところで遊んでいることには変わりがないからである。「いい時代もあったのだな」と感じてくれれば、それで十分である。


夜の部が終わり、ヒゲの総帥とアラタメ堂と上仲、そして夜の部からゲームマスターを兼任した人狼のスペシャリストの男は連れだって北濱にある猫のひたいのように小さな店に移動する。


店に到着するといやに混雑している。すでに常連のガルパンの男と東洋の魔術師が中央に座しており、そして会計事務所のオーナーとその後輩、さらにその先輩が入口付近に陣取る。オルガン横の奥の席ではハイタッチ冷泉とあらゆる会社の副社長の男、そしてゲーム会社を経営する男。その社員たち、そして保険会社の女がすでに大酒を飲んでいる。過日、噴水のように吐瀉しまくった男も来ている。その吐瀉物をガハハと大笑いしながら、一瞥ともせずに乗り越えていったガハハの女がやって来た夏の記憶が懐かしい。


「あ、阿守さん…、ギターを…、弾いてください」と冷泉はヒゲの総帥に頼んでくるので、、総帥は快諾する。ヒゲの男がギターを弾いているあいだ、会計事務所のオーナーたちは殴り合いをはじめる、アラタメ堂たちはなんらかを改める。厨房にいる版画家の柿坂万作はガチガチと氷を砕く。一心不乱に北極点にへ向かう砕氷船の船長ようにガツガツやる。


しまいに店では大合唱がはじまる。保険会社の女主導での選曲になりジブリ映画の名曲「君をのせて」が開始される。「この曲は厨房にいらっしゃる万作さんもお好きなんですよ」とヒゲの総帥がいうと、万作が厨房から出てきて「うーん、好きいうことはないですよ」と高いクオリティでいつもの天邪鬼を発揮する。まだヒゲの総帥がこの店の客だった頃にヒゲの総帥がこの曲を歌っていると、「ジブリんなかの曲、ワシ好っきゃわあ」と嬉しそうな顔をしていたのは幻想か夢の世界の出来事であったろうか。


いつの間にかこの版画家の好き嫌いは本人の甲乙よりもヒゲの総帥に対してのアンチテーゼに重心が傾いているのだなと考えると滑稽でもある。ヒゲの総帥はギターで久石譲の組み立てたコードを弾く、それぞれスマホなどで歌詞を手元に出して合唱がはじまる。ジブリを立て続けに演奏していると、副社長の男は「この曲を国歌にしましょう。なんだあ、泣いてしまいそうだ」と衝撃的な提案をする。ゲームシナリオライターの男も「トトロの曲は泣いてしまいます」という。ハイタッチ冷泉はその光景を楽しそうに見ており、ゲーム会社の社長はジッと虚空を見続ける。保険会社の女は次々に自分が歌いたい曲をリクエストし、その隣にはコウモリのような声をだす男がおり、それぞれが歌う。


ヒゲの総帥はたどたどしいながらも、自分がギターを弾けてよかったなと思える夜であった。


伴奏があり、自分が知っている曲ならば誰でも口ずさみたくなるのが歌である。歌に所有権などないのだ、所有権があるような歌は鎖に繋がれた犬のようにいつしか自分に犬歯があることを忘れて、どこか悲しい目をしているのである。ヒゲの総帥はそういう歌よりも、荒々しく世の中を生き抜いて激しく時代に揉まれても雑草のように残ってきた歌が好きである。


歌のない国などないのだ。人生、最後の日に一曲だけしか聴けないとしたら、ヒゲの総帥は何を聴くであろうか。
多分、何も聴かないのではなかろうか。歌が明日を生きるために歌われるものであるのなら。


本物の歌は死なない。ただ、その時代によってはたまに眠るだけなのだ。


d0372815_13095863.jpg


[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-30 13:11 | 雑記 | Comments(2)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営する、ヒゲの総帥こと阿守のブログです。


今日の北濱、小雨が降ったあとでほんのりと霧模様である。ヒゲの総帥の故郷は田ばかりなので、通学の折にはよく濃霧に出くわしたことが懐かしい。濃霧のときは自身の手前すら見えなくなるくらいのもので、集団登校で通い慣れた退屈な道も異質なものと変わり、なんだか高揚感をもたらすものであった。ロンドンから列車に乗り込み、イングランド北東部のダラムの大聖堂が車窓から見えた辺りから、どんどん霧が立ち込めてきてスコットランドに入ると一面が霧に包まれたのには感動した。霧というものは雪と似ていて普段はそこに存在する境界線を無効化してくれるような安心感がある。雪は降り積もるのだが、霧はヴェールのように隠してくれるのである。同じ隠すでも絶妙にそのニュアンスは違う。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は店に行く。ランチを済ませたばかりの目がキラキラした女がぼんやりと佇んでいる。店内にはスペインの巨匠ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」が流れており、キラキラの女は自分の父親の葬儀のときにこの曲を流して、葬儀屋から「イイネ!」をもらったのだと教えてくれる。ヒゲの総帥も今年に入って叔父が末期的な胃がんによって亡くなり、葬儀屋から故人の思い入れのある音楽をと言われた。叔父の姉(つまり総帥の母親)は故人のCDから幾つかを葬儀屋に渡す。坊主がやってくるまでのあいだそれが葬儀場内に流れる。狼が月に吠える声が聴こえる…。「ナーナナナー、ナナナー、ナナナー♪」と陽気でファンキーな音楽が流れてくる。ディープ・パープルの名曲「ハッシュ」である。年寄り連中は眉間にシワを寄せ、総帥は笑いをこらえきれない、若い連中はお行儀よく誰かに教えられたままに座る。


これでは坊主も入って来にくかろうとヒゲの総帥は葬儀屋に音楽を変えさせた。ヒゲの総帥も大人になったものだ、何度も何度も葬儀を経験してきて、葬儀という儀式が故人と別れてこれからも生きていかなくてはならぬ者のためにあることを知ったのだ。この曲では「さよなら」するには明るすぎるのである。


ヒゲの総帥は店の経理を終わらせたあと、そのまま北濱のツタの絡まる青山ビルにあるギャラリー「遊気Q」へ向かう。先日よりギャラリーの女が「阿守さんに似合うニットの服を置いてますから、着るだけでいいから着てくださいよ」と声を掛けてくれていたのだ。ギャラリーへ行くとニット洋服の展示会は終わっており、今は革靴の作家による展示会が行われていた。ヒゲの総帥は革靴のひとつひとつを手に取りながら、革靴のことがわかってるような顔付きをする。ギャラリーの女が店内にやってきてヒゲの総帥に声をかけて、靴の説明をする。


ギャラリーの女が履いているのもこの作家の靴なのだそうで、それはそれは清水の舞台から飛び降りる覚悟で靴を一点求めたのであるが、最初は履くのがもったいなくて履かずに拝んでいたのだそうだ。後日、意を決してその靴を履いたところその履き心地のよさはなかなかのもので、今は毎日のように履いているのだという。ヒゲの総帥も早速これはという靴を見つけて履いてみようとしたのだが、あいにくとサイズが24.5しかなく履くことができなかった。


靴もそろそろよかろうという頃合い、ギャラリーの女がニットの総帥に似合うらしい服を持ってくる。なかなか凄い逸品である、ギャラリーの女がいうには「誰が着ても似合うというものではないんですよ。私はね、阿守さんだからお似合いになられると思うんですよ。これを着てギターをお弾きになられたら、素敵ですわよ」とのことである。取りあえず着てみるがいいと促されるままヒゲの総帥は着る。「あらぁ、素敵ではないですか」とギャラリーの女はいう、その隣にいる着付けのプロの女も「お似合いですよ、お似合いです」という。


ヒゲの総帥は姿見に映しだされた自分を見るが、まるで十字軍の兵隊かトルバトーレのようだと苦笑しながら感想を漏らす。「ちょっとギターを弾く格好をしてくださいな」とギャラリーの女はいう、着付けのプロは「そうするがいいでしょう」と同調してヒゲの総帥に椅子へ座れと促す。ヒゲの総帥は椅子に座りギターを弾く格好をしてみる、「やっぱりよくお似合いですわね」とギャラリーの女の感想は変わらず、着付けの女も「ええ、ええ、よいですわね」と勝手なことをいう。


「僕よりも万作さんのほうが似合うのではありませんか?」とヒゲの総帥がいうと、ギャラリーの女は万作がこの服を着ているところを想像して、吹き出し笑いをする。「いえ、ダメですよ。あの方が着られたら、ただの変質者に見えますもの。変態よ」ともっともな回答をする。着付けのプロは「これは裸に着られてもよさそうじゃありませんか?」とさらに突飛なことを言いだす。収拾がつかないのでヒゲの総帥は己の姿をTwitterにあげて、これが如何なることか世論に問うことを二人の淑女に提案してみる。


ヒゲの総帥は二人から了解を得られたのでTwitterにあげてみたが、諸氏はおおむね「よろしかろう」の反応を見せている。なんということだ。


ヒゲの総帥と二人の淑女は笑いながら一旦衣装替えを置いておくことにする。総帥はそのまま北濱のオフィスへ戻り、アラタメ堂を誘ってクントコロマンサの近くにあるエイリアンのギャラリーへ行くことにした。エイリアンのギャラリーでは絶賛、ラブホテル展なる展示会をしているのであった。


エイリアンのギャラリーへ到着すると白人がひとり客としている。ヒゲの総帥はアラタメ堂と一緒にラブホテルの作品群を眺める、エイリアンは巨人の星に登場する飛雄馬の姉、星明子のように壁に半身を隠してこちらを見たり見なかったりする。ラブホテルで縛られている女性の写真などが並ぶ、「アラタメ堂はSMクラブへ行かれたことはありますか?」とヒゲの総帥は突っ込んだことを訊く。「いえ、僕はそういうクラブに出入りしたことはありませんよ。ただ、雑誌の編集をしてた時代にイベントで目にしたことはありますよ」と正直に回答する。


「なんだかこういった縛られる女性たちは、ほとんどの人が体形が崩れていますね」とヒゲの男は自分のことはおかまいなしに遠慮なくいう。「綺麗な体の女の人を撮ってもおもしろくないのよ!AVみたいなのは綺麗な人が主流なんでしょうがね」とエイリアンはいう、「裸の女の人がどうにかされてるというだけで、カテゴリー的には全然別ですよね」とヒゲの総帥は女体を見ながら納得する。


ヒゲの総帥は以前SMクラブに一度だけ行ったことがある。何をしに行ったのかといえば、ヒゲの総帥が懇意になりたかったモデルの女性がその店に関連した人であり、挨拶に出向いたのである。そのときそのクラブでたまにディジュリドゥを演奏していたのが、偶然にもヒゲの男と同郷のロナルド・タラ・ゴメスという男であった。タラに仲介に入ってもらい挨拶をしに行った折、バシ、バシと女性が女王様に叩かれる様相を見せられ、その後に女王様から「ショーはどうだった?」と感想を訊かれて咄嗟のことに困ったヒゲの総帥は、ただただ「はい…、興奮しました」となんとも間の抜けた予定調和の感想を述べるに留まった。今ならもっと気の利いたことを言えるであろうか、いや、多分同じであろう。


エイリアンのギャラリーを後にしたヒゲの総帥とアラタメ堂は歩いてそのまま心斎橋まで行く。途中、南船場にあるチョコレート・ドリンク専門店の「CREST」へ立ち寄りチョコレートを補給する。この店を経営するのは以前クントコロマンサにやってきた男で、ヒゲの総帥は東洋のイシュトヴァン・シュテファンと呼んでるのである。チョコレートと緑茶を絶妙な塩梅で混合した粋な飲み物は、どこか得体の知れない異国の風味がして幻想的で魅惑的なものであった。


アラタメ堂に導かれるままアメリカ村の一画にある雑居ビルへ入る。今日はここでボードゲーム大会があるというので、ヒゲの総帥もアラタメ堂に誘われるまま着いていった。アラタメ堂がハーメルンの笛吹きであったとすれば、ヒゲの総帥は今ごろ消息不明となっているのであろう。


雑居ビルのひとつにレンタルスペースがあり、そこで初対面の人たちとボードゲームをする。ゲームに興じたあと雑居ビルを出るとハイタッチ冷泉から電話がある。


「阿守さん…、えっと…、今、どこいるんすか?」と独特の呂律があまり回っていない低い声がする。聞く人が聞けば金融屋の取り立てだと思うであろう。ヒゲの総帥は自身がアラタメ堂と一緒に御堂筋を北上していることを伝える。冷泉は「ぐふふ」と意味深な笑いを残して電話を切る。意味深な笑いであるが、そこになんらの意味も深みもないことは冷泉との付き合いが頻繁になってきているヒゲの総帥にはすぐにわかった。


店に戻ると常連の不思議な女とガルパンの男、そして冷泉がいる。冷泉は締め切りが迫った漫画家のように脇目もふらず、ただひたすら紙に漫画を描いていた。


d0372815_16165592.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-29 16:17 | 雑記 | Comments(0)

当店でも素晴らしいライブをしてくれた、アイリッシュ・トリオ「Cocopeliena」が11月26日におよそ3年ぶりの新譜を発売されました。おめでとうございます。


さて、タイトルは【Tune the steps】という。


「足並みを揃えよ」というなんともビシッとさせられるタイトルです。幾人もがビシッと背筋を伸ばした時点でアイリッシュダンスを想起するのはヒゲの総帥だけではないはずです。


今回はヒゲの総帥との対談方式での特別インタビューを掲載させていただきます。


※あくまで本人たちに直接インタビューしたものではなく、バンドの声明の一語一句はすべてバンドのホームページより引用したものです。つまるところヒゲの総帥の独りよがりだとお考え下さい。


http://cocopeliena.net/


**************************************************************************


◆ヒゲの総帥(以下:ヒゲ)

やあ、ココペリーナ。うちの店で夏にライブをしてもらってからの付き合いになるわけだけど、そのときから新譜に向けての話しはチラホラしてくれてたよね。オレはさ、表情にこそ出さないけれど結構楽しみにしてたんだぜ(笑)。ちなみに今回のアルバム「Tune the steps」がどこで手に入るのか教えてくれるかい?


◇Cocopeliena(以下:ココ)

現在、
*CD店*
JEUGIA三条本店2階
JEUGIA Basic,(四条店)
タワーレコード京都店
タワーレコード渋谷店
枚方蔦屋書店
*お店*
100000t
ホホホ座三条大橋店
Hifi cafe
irish PUB field
*net*
メタカンパニー
アマゾン

に置いてもらっております。


◆ヒゲ:やっぱ京都のバンドだから京都が多いけれど、これからも段階的に販売するところは増えていったりするのかい?


◇ココ:これからも増えていくと思います。


◆ヒゲ:なるほど、なるほど。例えば仮に「ココペリーナのCDを取り扱いたいんだ!」っていうサポーターとかカフェとかが現れたら、そこでも取り扱えるようになるのかな?って、ちょっと突っ込んだこと聞いちゃったかな??(苦笑)


◇ココ:「是非うちのお店にも置きたい」ということがありましたら、
お気軽にお声かけくださいませ。


◆ヒゲ:なるほどー、そういうフランクさっていいよね。別にこういうところがオッケーでこういうところはニエット(ロシア語でいいえの意)だっていうのはあるのかな?別にその辺はこだわったりはしない??店構えとかさ、門構えとか。


◇ココ:少しでも多くの方の目に触れたり、聴いて欲しいという想いを持って活動をしており、少しでも多くの場所に置いてもらえたら嬉しいと思っています。


◆ヒゲ:でもさ、でもさ、やっぱさ、なんつーか、こういう売り方したいなーっていう理想はあるんでしょ?


◇ココ:やはり本音を言えば、私たちが直接お売りさせてもらいたいのです。顔を見て、言葉を交わし、お礼を言いたい。


◆ヒゲ:だよね(笑)、そうじゃなくっちゃ(小さな拍手)。ライブに行ってその場で「売った!買った!」みたいな熱気ムンムンなこともできる?さらにいえば、鶴橋の駅でココペリーナの人を見かけた!みたいな咄嗟のタイミングのときとかでもCDとか買えるのかな??(笑)。あくまで極端な例だよ、極端な(爆)。


◇ココ:ライブ会場はもちろんですが、常にCDは持ち歩いています。是非直接お買い求めいただけるなら、それが1番嬉しいです。メール、郵送でのやりとりでの販売もしております。


◆ヒゲ:やっぱり売り手にしても買い手にしても顔が見えたほうがいいよね。わかるわぁ。ビジネスでも何でもそうなんだけど、結局は人と人の繋がりなんだよね!そういう気持ちでしょ?


◇ココ:便利に購入を頂きたい気持ちと、お会いして言葉を交わしたいという気持ち。


◆ヒゲ:オッケー!今日はインタビューありがとうね。最後に何かみんなにというか地球も含めて銀河系にいるブログ中毒の奴らに何かメッセージがあれば飛ばしてちょ!


◇ココ:是非今後ともよろしくお願い致します。


◆ヒゲ:謙虚、謙虚、それ大事なんだよね(笑)。今日はありがとうございました、ココペリーナさんでした!ダスビダーニャ。


d0372815_16585448.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-28 17:00 | イベント | Comments(0)

「アラタメ堂のご主人みたいね」という慣用句は「飽きもせず似たようなものばかりご購入なさるのですね」という意味が含まれている。もちろん北濱界隈でしか通用しない言葉であるが、その言葉の使用頻度に地域差があるのはとても好ましいことである。つまり、「アラタメ堂のご主人みたいね」というのは船場ことばならぬ北濱ことばなのである。


東風吹かばゲーム寄こせよ梅の花というわけではないが、12月23日、2017年最後の決戦が行われることとなった。もちろん主催は365日中(うるう年のときは366日中)、ボードゲームを愛し続ける男、アラタメ堂のご主人である。


内容はいつもの人狼はもちろんのこと、他にも多種多様で似たようなゲームが盛り沢山。もちろん入場は完全無料、飲食代のみで飲食の押しつけとか無言の圧力も一切ありません。あったとしても大人なので顔や態度に出さないようにします。アラタメ堂が新しいゲームを購入できるくらいの微々たるチップがあれば十分です。


お問い合わせは


takaoamori@yahoo.co.jpまで


ここでゲームホストのメンバーを大紹介!


北濱に新たなる扉が開かれる。その知名度に勝るとも劣らないビジュアルと、接客レベルは健在です。貴殿も一度来店すれば『クントコロマンサ』の虜に…!?

***********************************************************************

【ホスト001 アラタメ堂のご主人】


イケメン度:★★★★★
お笑い度: ★★★★★
お酒の強さ:★★★★★


一言コメント:いちいちカッコよくてすみません。キメ顔なんてしていない、キマっちゃうんだよ。誰が雰囲気イケメンや!


Q 前職

神様

Q 出身地

アラタメランドスクエア

Q 今○○に、はまってます!

人間

Q 実は○○に自信があります!

接客

Q あなたは、S?M?

合わせます

Q 好みの女性のタイプは?

常識人

Q 何フェチですか?

匂い

Q あなたは何営?

神営

Q 今までで、一番高価な買い物は?


Q 自分へのご褒美は?

鏡にKiss

Q どういうゲームホストになりたいですか?

もうなっています


***********************************************************************

【ホスト002 ヒゲの総帥】


イケメン度:★★★☆☆
お笑い度: ★★★☆☆
お酒の強さ:★☆☆☆☆


一言コメント:よろぴく☆


Q 前職

不動産

Q 出身地

香川県

Q 今○○にハマッてます!

アニメ

Q 実は○○に自信があります!

自分

Q あなたは、S?M?

S

Q 好みの女性のタイプは?

優しい

Q 何フェチですか?

ふともも

Q あなたは何営?

合わせます

Q 今までで、一番高価な買い物は?


Q 自分へのご褒美は?

ヘッドスパ

Q どういうゲームホストになりたいですか?

楽しいホスト


***********************************************************************

【ホスト003 柿坂コロマンサ画伯】


イケメン度:★★★★☆
お笑い度: ★★★☆☆
お酒の強さ:★★★★☆


一言コメント:どうもー、クントコロマンサの柿坂でーす。

お店を盛り上げ最高のお店にしていくことが目標です。

とりあえず会いにきてね!!


Q 前職

ホスト

Q 出身地

田舎

Q 今○○に、はまってます!

温泉

Q 実は○○に自信があります!

何だろう

Q あなたは、S?M?

SよりのM

Q 好みの女性のタイプは?

色気のある人

Q 何フェチですか?

手と足

Q あなたは何営?

合わせます

Q 今までで、一番高価な買い物は?

分かりませんね

Q 自分へのご褒美は?

温泉

Q どういうゲームホストになりたいですか?

全て完璧なホスト


***********************************************************************

【今後のスケジュール】


◆12月02日(土) 冷泉、命のちゃんこ鍋(忘年会編)

◆12月09日(土) 復活!ガエル・ガルシア・ベルナル三~四重奏団 ※予約受付12月2日の正午12時より

◆12月10日(日) 復活!ガエル・ガルシア・ベルナル三~四重奏団 ※予約受付12月3日の正午12時より

◆12月16日(土) 王子の降臨(前編) ※予約受付12月09日の正午12時より

◆12月17日(日) 王子の降臨(後編) ※予約受付12月10日の正午12時より

◆12月23日(土) アラタメ堂の挑戦状

◆12月30日(土) 予告:女将軍歌合戦 ナメたらアカンぜよ

◆12月31日(日) 予告:ヒゲの総帥年越しギター演奏での厄払い


◆1月05日(金) 【〓SECRET〓】

◆1月28日(日) 【〓SECRET〓】


d0372815_14085373.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-28 14:11 | イベント | Comments(0)

こんにちは、北濱にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と共同経営しているヒゲの男こと、阿守のブログです。


人類は他の生物と比べて明らかに悩んでいる。進化の過程で悩むようにできてしまったのだが、悩むことや迷うことを放棄した人間にどのような魅力があるだろうか。そんな悩んで苦しみ迷う人類が生み出したひとつの大発明がある。それは日記というものだ。ヒゲの総帥のように表裏のある人間はなんとか日記をつけることで心の均衡を保とうとするものである。表裏のない人間であっても自分のしてきたことを「書き留めておく」ということは、歴史という大きな時計仕掛けの歯車における、重大な部品パーツを自分や他の人に知らせておくという役割がある。そのパーツが極私的なものなのか公益として世の中に還元できるものかは後世の人間が決めればいいことで、現時点でおこがましいとかそういうことは考えなくてよかろう。


日記には二種類ある、人に見られるように書かれたものか、人に見られないように書かれたものかである。ヒゲの総帥の場合は前者である、これには理由がありそもそも店の宣伝を兼ねてのブログであるからして、隠密日記では意味合いをなさないのである。人に見られないように書かれた日記を読むときは相当な覚悟がいる。書いたその人が墓にまで持って行った秘密や内面を知ることは、本人を目の前にしたときよりも読み手の想像力を掻き立てて、現実を凌駕することもあるのだ。


さて、ここに一人の男が果敢にも日記に挑む者がいる。その男の名はハイタッチ冷泉である。もちろんハイタッチ冷泉などという名前で日の当たるところに出ているわけではなく、それはあくまで世を忍ぶ仮の名前。世間的には加藤という普通の名前を持っている男である。是非、機会があればご一読いただければと願うものである。機会があればでいい。ほんとに機会があれば。機会がなければそれもいい。


昨年だったであろうかヒゲの総帥が香川の実家に帰ったときのことだ。ヒゲの母親が「これを見て欲しい」と一枚の絵画を持ってきた、描かれているものやタッチや色彩のコントラストからそれを描いたのがヒゲの総帥の亡父であるということはすぐわかった。絵は色紙に描かれていた。「この絵がどうかした?」とヒゲは愛想なく母親に聞き返す、すると母親は問題は絵ではなくてその裏に書かれてあることだという。よく見ると絵の後ろに何やら鉛筆で文字が走り書きされている。父の字がどのような字であったのか特徴を掻い摘んで表現することは難しいのだが、十中八九、これは父の字であろう。


絵画の裏にはこのように書かれていた。




某月某日某時某分 警察から連絡あり父が交通事故に遭ったという。某病院に搬送されて治療中だという。


某月某日 父の意識は戻らず容態は変わらない。


某月某日 父が死ぬ、享年72才。葬儀は自宅で行うことになる。


この絵は私の父が死んだ日に、完成した。




「一体どいな気持ちで書いたんやろか」とヒゲの母親はいう。ヒゲの総帥は何度も何度もその短く感情の吐露のない父の書いた文章を読んでいた。ここに書かれている父というのはもちろんのことヒゲの総帥からすれば祖父のことである。ヒゲの総帥の祖父は変人であった。港町で生まれた真面目な職人であり、自分のいとこにあたる女性と結婚した(註:これについてはヒゲの総帥が後日に除籍謄本を役所で取ったときに知ったことである)。まだ同族結婚の風習が残っている土地だったのであろう。ところが結婚後すぐに細君が死ぬこととなり、そこから何かが狂いだした。


新しい細君をもらうことになり、ようやく平安がというときに戦争が起きた。祖父は戦争が嫌で嫌で逃げ回っていた、どうして殺されるかも知れないところへ行かないといけないのかと逃げ回っていた。ところが挙国一致体制で戦争に臨もうという当時にそのような個人主義が通用するはずもなく、家族は周囲から村八分のような扱いを受けることとなる。祖父は新しい細君とのあいだに四人の子供をもうけた、そのうちの次男がヒゲの総帥の父である。四女は生まれてすぐに死んだ、戦争忌避をした報いだという周囲の人間もいたそうだ。一族への風当たりは強く、祖父は酒に溺れるようになる。仕事もせず昼間から酒ばかり飲み、そして飲んでは嫌というほど暴れて文字どおり酒乱となってしまう。


ヒゲの総帥が祖父に対して持っている記憶は酒を飲んでは暴れて、ヒゲの男の父が夜中でも車で駆けつけて諫めるというものであった。ヒゲの父は自分の酒乱となってしまった父親に対してどのような感情を持っていたのか聞いたこともないし、問うたこともない。時代がそうさせてしまったとか、心が優しすぎたからとか、他人はなんとか人の罪を酒へ、酒の罪を時代へと転嫁させて落としどころを見つけようとするが、果たしてそれは歴史を正確に見抜いていることになるのであろうか。


そんなことを考えながらヒゲの総帥は亡父の描いた絵とその裏の文字を交替にながめていた。「多分…」とヒゲの総帥は母親に口を開く。「多分、書かずにはいられなくなって書いたんではないかな。そこに理由なんてなくて、書き留めておかなくてはと感じて書き留めたんだと思う。そんな気がする」とヒゲの総帥は母親に絵画を返しながらいう。なにやら曖昧模糊な返答に首をかしげていた母もそのうち不肖の息子の意見に賛同したのか絵画を持って奥へ行った。


母親の父親は海軍将校であった。木造平屋の家には茶に焦げた軍艦の大きな写真が額に入れられていた。だが、それについてヒゲの総帥が質問しても祖父は何も語らなかった、その質問をすると決まって祖母がヒゲの総帥に「ようけの人が死んだんや、爺ちゃんの友だちもようけ死んだんや、あの時代の話しは爺ちゃんしとないきんの、あんまり聞かんようにせんと」と言い聞かせるのであった。話したくないことをどうして自らの勲章のように額に飾っておくのか当時のヒゲの総帥には理解できなかった。今は違う。それは語るために飾っているものではなく、飾らなくてはいけないゆえ飾っていたものなのである。


語り合い理解することも大事である。同じように沈黙の中からそこから学ぶことを先人たちはよく心得ていた。その沈黙は避難や回避ではなく、ただただ生きるということの厳しさを教えてくれるものであった。沈黙することによってのみ教えられることが確かにあるのである。それは黙秘権のような人権の帳尻合わせの事柄ではなく、もっと高いレベルの人間の尊厳や意識に基づいた行為であるように感じられるのだ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥が店に行くと、あらゆる会社の副社長の男と人材派遣会社のオーナー、そしてよさこいの女が来店していた。人材派遣の男は今の世の中は働きたがる人がいないという、人的資源がないのに大手からの働き手の需要は多くて、供給が追い付かないのだと世情を教えてくれる。なるほど今の風潮では「不労収入」というものに若い人は価値を見い出しているのかも知れない、今日働かなければ明日死ぬという具合の人は以前に比べて少なくなっているだろう。


「うーん、汗ながしてビール飲むいうんが一番美味しいんですけどねえ」と厨房から万作が会話に入ってくる。もしかしたらそういう言葉が故事のようになる時代がやって来るのではないかとヒゲの総帥は独自の解釈を加えてみる。ヒゲの総帥がどうなのかといえば、やはり労働というのは文化の根拠になるものであり、これを不必要としてしまうと文化の消失に繋がることになるので労働は必要であると考える。これについてはナウルという国を例に出すまでもないが、労働は大切な行為である。しかしながら労働というものについても全面的に肯定しているのではなく、それぞれ見直す必要はあると考えている。酷な仕事を低賃金でなんてやってられないのだ。


世の中のほとんどの人は、それが何なのかよくわからないけど、今年の最初までにビットコインを買っておけばよかったと考えているような世情である。不労収入を目指せ目指せと世間が言ってるようなものである。つまり、不労収入は一時的なブームである。この一時的がどこまで続くのか解らないが、情報ひとつで一喜一憂させられる金の稼ぎ方に人間性を振り回されるのはゴメンである。


実はヒゲの総帥もこの四カ月ほどクントコロマンサの経営に必死になってはいたものの、自身が働いているのかどうなのかわからなくなってきている。それは自身のなかに「働く」とはこういうことであるという観念があるからで、それの解釈を刷新させるかやはりその観念のままにしておくかで今後の意味合いは違ってくる。自分がしたくなかったり、できないことだから他人にしてもらう、他人に動いてもらってそれを労うために対価が払われることが給料の根本であるのだとしたら、その時点で一応の決着はつくが、投機というのは果たしてどこにゴールがあるのであろうか。自分に出すものが無くなれば終わりだとして、その反対側のゴールはどこにあるのだろうか。そこに見える景色はどのようなものか垣間見てみたいものである。


副社長の男と人材派遣の男と話しをしながら、ヒゲの総帥はそんなことを考えていた。ところが気がつくと話しは高知の女は肉食獣だという話しに移っていた。隣に座っていたよさこいの女はギクリという顔をする。


そこから常連の不思議な女とガルパンの男がやって来て会話に加わり、エスカレーターにとって代わる次世代の昇降機の話しなどをしだす。「トランポリンを段々において上に昇っていくとか」と不思議な女はめちゃくちゃなことを言いだす。ヒゲの男はたまに京都あたりでは大阪の人とそれ以外の人が混ざってエスカレーターの乗るところが左右チグハグになっていることがあるという。ガルパンの男は「でも、エスカレーターは足場の中央に乗るのが正解ですからね」という。「ルールに効果があるところと、そういったルールを無視した超法規的なところってまだまだありますよね」と副社長の男はいろいろな事例を出して説明してくれる。


夜も更けて青いカーデガンの女がお土産のラスクを持ってやってきた。ヒゲの総帥は先日アラタメ堂から寄付してもらった「バトルライン」というゲームを半ば強制的に青いカーデガンの女にさせてみる。


カードを並べてみると、やはりそれぞれに役職があるのだ。皆が同じことをしていては、何も面白くもないのだ。


d0372815_13125927.jpg


[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-28 13:13 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は昼に店へ行く。この日は事前に昼からランチをしたいという予約のメールが入っていたのだ。正直、日曜日の昼というのはヒゲの男からしても店が開いているのか閉まっているのか判然としない。すべては版画家の万作の気の向くままというものである。なので、この日は事前に日曜日の昼は店を開けておくようにとヒゲの男は万作に願い出ていた。

店に行くとすでに、予約者とは違い、組長が来ていた。ヒゲの総帥は昼間からウイスキーをストレートで飲みながら組長と話す。南北に伸びる堺筋はいつもの日曜日のままに静かであるが、隣にある同じように南北に伸びる御堂筋は大阪マラソンなる活動で忙しくしている。あらゆるところで交通が分断されて、車のみならず自転車や歩行者も下手をすれば通行禁止ばかりで市中引き回しの目に遭うこともあるのだ。


組長が口を開く「世の中、なんか変やね」と、ヒゲの総帥も「どうにも変ですねえ」と同調する。「好きで走るんはええけれど、走った先に感動がとかメディアが煽り立てるんは気色悪いな」と組長がもっともなことをいう、「走ったあとに、走る前の自分と違う自分がいるのは当然ですからね、走るのは移動ですから」とヒゲの総帥もえらく斜に見た感想を面白がっていう。


組長とヒゲの総帥はそこから世の中の変なところを次々にいっていく。「メディアがつまらないですよね。豊田商事の会長刺殺事件のようなのを見て、僕なんかはこういう世界があるんだと闇を実感してましたからね」とヒゲの総帥はいう。「あれは茶の間にいきなりリアルが飛び込んできたもんな」と組長も続く。えらく昼間から二人の男が物騒な話しをしているとき、和装の女が入ってきた。和装の女は訊くところによると、長崎からやって来たのだそうである。そう、予約をくれた女である。


この女が長崎からやって来たことは女が手に持っている「くんち」と書かれた紙袋でわかった。ヒゲの総帥は以前、長崎の地主からなんとかビルを奪ってやろうと画策したことがあり、長崎の歴史や文化についてリサーチを重ねたことがあったのだ。郷に入れずば郷に従えではないが、まず地元の話しができない外からの人間とは商談はおろか会話すらまともにしてくれないものである。結果は失敗に終わったが、長崎のことについては多少、学がついた。くんちといえば、長崎人の魂が燃える瞬間である。


和装の女は「あの人が噂の万作さんですか」と視線で版画家を追いながら、ヒゲの男に質問する。ヒゲの男はそのとおりだと首を縦に振る。どこのどのへんで噂になっているのか知らないが、もちろん彼こそが偉大なる柿坂コロマンサ画伯である。長崎からよくぞ来てくださいましたと、いつもより丁寧な言葉使いをしてみる。


しかしながら、この長崎の女はヒゲの男がシベリアンなんちゃらという詩吟の会をしていた折、会場でよく見かけた顔だぞと思い出す。まさか長崎からその都度やって来ていたのかと本人に問うてみると、家族の仕事の関係で半年前から長崎にいるのだとのこと。ヒゲの男はホッと息をつく。何に安堵したのかわからないが、とにかくホッとした。


長崎の女は店を堪能して一度帰ったが、すぐにまた例の細い階段を昇ってきて土産を置いていった。ハムである。上等のハム。昭和生まれ昭和育ちはハムという言葉に最上の至福を感じるものではなかろうか、戦前生まれが卵とバナナに反応して、戦後生まれがメロンに過剰な反応をするように、我々の世代はハムに過剰な反応をする。いや、ハムは世代を超えたものかも知れない。とにかくこの上なくありがたいもの、献上品として扱われる心的位格のものがハムである。


ヒゲの総帥は以前、ハムの人として有名な俳優のラジオ番組にゲストとして呼ばれたことがある。場所は六本木ヒルズの空に近い階であった、ハムの人に紹介されて何を喋ったのかまったく覚えていないが、とにかくハムの人の体躯が凄まじく良かったことは記憶している。筋肉隆々であるがそれを感じさせないので、イヤらしい見せ方ではないのだ。筋肉をつけるとやたらと見せたがる野暮天がいるが、それは本で得た知識をやたらとひけらかす人間と同じくらい恥ずかしいことである。さすがは舞台で名だたる役を経験してるだけあり、そのスマートな感じにヒゲの総帥は好感をもった。


夜になると、店にはギャラリーの女、常連のガルパンの男、版画家の女とベレー帽の女がやって来る。ギャラリーの女はいつものように飢えている、ガルパンの男はいつものようにスマホの中で戦車を展開させてヘックスを睨みつけている。版画家の女とベレー帽の女はとにかく焼き鳥を万作に注文して食べる。


ギャラリーの女はどうしてもヒゲの総帥に着せたいという服の写真をスマホで見せる。「ちょっと変わった服なんですよ」と言いながら見せてくれた服は、予想の斜め上をいくもので随分と変わった服であった。印象としてはルネサンス時代の服のような配色である。「これ、ホントに僕に似合いますか?」とヒゲは問うてみる。クスリと笑いながらギャラリーの女は「阿守さんなら似合うと思ってるんですよ。着るだけ着てみてください、それを(服の)作家さんに見せたいんです」という。


ベレー帽の女は北濱あたりにある店での上手なワインの仕入れ方について教授してくれる。もちろんそれがどのような策略であるのかここでは書かない、ライバルが多くなると困るのである。


しばらくすると、ヒゲの男たちがいつからかキリギリスの店と呼んでいる南堀江のカフェー(註:カフェではなくカフェーであることが重要)のオーナーの男がやって来る。このカフェーの名前はポルトガルの大詩人フェルナンド・ペソアの名前が冠せられており、そのまま「ペソア」という。ヒゲの総帥はここでワインの味に革命を知ることになり、コーヒーの淹れ方に円周率と比肩するほどのロマンを感じた。ペソアなくしてヒゲの男が北濱でバーに肩入れするということはなかったであろう。


もちろん、将来的にヒゲの総帥が成功すれば、そのキッカケとなった人物としてペソアのマスターは重要な人物である。仮に将来的にヒゲの総帥が破産することになれば、そのキッカケとなった人物としてやっぱり重要な人物であるのが、この男である。とても謙虚な物腰の男で偉ぶるところがひとつもない、常に客を招く心を持つプロフェッショナルである。


「うちのお店は阿守さんのお店に比べると全然すっきりしすぎてますね」とキリギリスのマスターはいう。さらに「最近のバーやカフェは闇がないんですよね」と最も大切なことが平気で口から出てくる。「ここに闇があるとおっしゃっていただけるのですね?」とヒゲの総帥は聞き返すと、「はい」とマスターはいう。万作とヒゲの総帥はキリギリスのマスターから奢られた酒をそれぞれ飲みながら話しをする。


「私なんかはトラットリアとレストランの違いもわかりませんし、ビストロとトラットリアの違いもわかりません、うちの店がカフェーなのかバーなのかと言われれば、そのどちらかもわかりませんし、ある人はお冷が出てくればカフェーでお冷が出てこなければバーである。なんていう人もいるのですけれど」と会話を始めるキリギリスのマスター、店は違えどいつの間にかヒゲの総帥が客になっており、やっぱりマスターはマスターのままでマスターとして話しをするのである。とても独特なセンス、時間の流れ方、空間の感じ方を持っている男なのである。そこには安心感があるのだが、どこかキナ臭い若者がカフェに集まって政府を何かをブチかもそうとしていた時代の雰囲気も持ち合わせている。


北濱クントコロマンサはバーでもカフェでもなく私塾である。ただ、バーかカフェしか選べないとすれば、お冷が出てくることが多いので比較的カフェに近寄っているといえるだろう。いずれにしてもまだまだ完全ではない。


d0372815_14504335.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-27 14:51 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、土曜日のこと。


クントコロマンサをヒゲの総帥と共同経営する、というよりはそこに住んでいる版画家の柿坂万作は自身が長年追いかけ続けている音楽家の演奏会を聴きに行くため店を留守にする。出かけるといっても行く先は隣のフレイムハウスである。階段を下りて、左に向いて三歩のところまで出かけるのであるから外出というのも大仰な言い方である。


とにかく今のところ奇数月の第四土曜日はその音楽家が隣の店で定期的に演奏することになるので、クントコロマンサの開店時間もそれに合わせてということになっている。この日もその例に漏れず21時を少し過ぎた頃合いから店は開店した。


ヒゲの総帥が店に行ってみると、常連の不思議な女、グラフィックデザイナーの男、悩める男、会計事務所のオーナー、アラタメ堂のご主人、名無しの女、三年ぶりの女が来ていてそれぞれ飲んでいる。それから少し遅れて東洋の魔術師もやって来る。


ヒゲの総帥はオルガン横の奥の席に座り、アラタメ堂と飲む。アラタメ堂は紙袋からヒゲがまだ見たことのないゲームを出す。その名も「バトルライン」というものだ。元銀行員で数学博士号を持つドイツのゲームデザイナー、ライナー・クニツィア博士の名がゲームの箱に冠せられている。ただ、名前が冠せられているだけで博士がどこのどの部分を担当したのかは不明瞭なままであるが、面白ければそれでいいのだ。


一時期、映画にも同じことがあった。「フランシス・フォード・コッポラ製作総指揮」とか「スピルバーグ監修」、「ロジャー・コーマン製作総指揮」、「リュック・ベッソン全面協力」、「ジェリー・ブラッカイマー製作総指揮」など、この人たちはどれだけ忙しいのだとヒゲの総帥などは真剣に考えていたが、訊くところによると映画資金を調達するために名義貸しをしているのだという。どこの誰かわからない監督と脚本家で勝負するよりも、ユーザーからの既存の信頼を勝ち得ている人物に加わってもらうことで映画の資金集めと、興行収入を上げるという二つの重大トピックをこなしてやろうという理屈である。


それと同じなのかどうかわからないが、とにかくゲームの巨匠博士は何らか関わっているのであろう。アラタメ堂のご主人は、「僕のところの家族内でも人気なんですよ。このゲームをお店に進呈します」と豪放磊落なことを言ってくれる。「いや、ご家族に人気のゲームを取り上げて、恨まれたりしませんか?」とヒゲの総帥は意外に真面目なことを気にする。アラタメ堂は平然としたもので、「いいんです、もうひとつ注文しますから」という。ということで、クントコロマンサにバトルラインというドイツゲームの不屈の名作が登場することとなった。


ルールはいたって簡単、カード3枚でするポーカーと陣取りゲームが一緒になったものだと考えればよい。といってもゲームの面白さそのままを言葉で伝えることは、詩人でもない限り無理である。それこそ十あるうちの十を説明していたのでは読んでいるほうがゲームをする前に眠くなってしまう。バトルラインにも二枚のゲーム解説書が入っている、どうやら製造元の説明書ではゲームの仕方がわかりにくいので、販売会社が別に説明書を作ったという、なんだかありがたいのか何なのかよくわからない仕様になっている。


さらにゲームの箱には別人の名前が書かれており、ロジャー・マクゴワンと銘打たれている。マリリン・マンソンと一時期付き合っていた女はローズ・マクゴワンであるが、このマクゴワン姓をそのままカタカナに変換するのは難しいのだ。ローズの場合は「マッゴーワン」と映画誌などで表記されていた。両者とも「MacGowan」との表記であるから、アルファベットの並びからしても、カタカナ英語で慣れているとマクドナルドを本場英語の発音で聴いたときのような衝撃があるはずなのだ。ヒゲの総帥も最初にマクドナルドをテキサス出身の男から「マァクダァーナァ」と教えられたとき、背中に電気が走った。これがネイティブスピーカーなのかと驚き、その衝撃は彼の後ろに光り輝くゴールドタワーすら記憶の憧憬からフレームアウトさせて消し去ってしまうものであった。


日本の英語教育はやり方を間違ってるな。確実に間違ってしまっていると率直に感じたのだが、いつしかカタカナ英語が世界標準語となるように世界を改変する英傑が出てこないものかとずっと待ち望んでいるのである。


このロジャー先生はどうやらゲームのイラストを描くことで生計をたてているようである。調べてみるとカリフォルニア出身だそうで、ドイツとアメリカがいよいよ手を結んだという確かな感動がヒゲの男に伝わってくる。


早速、アラタメ堂とヒゲの総帥は一戦やってみる。「おおっ、さーすが。筋がいいですね」とアラタメ堂はヒゲの男を褒めておいて勝利する。再戦を願うとヒゲの男はアラタメ堂に頼み込み再戦となる「阿守さん、やっぱり理解が早いですね」とアラタメ堂はヒゲの男を改めて褒めておいて、やっぱり勝利する。そこから何度も勝負をするのだが、ヒゲの総帥は一度しか勝てなかった。つまり、運に支配されるよりは戦略性に重きをおくゲームなのだろうとヒゲの男は考えた。もしも運に左右されるとしたら、ここまで運がないものかと絶望するところであったが、戦略において一日の長がアラタメ堂にあることでヒゲが木っ端微塵にされるのであれば、これは改善の余地があるということだ。面白い。一頭の獅子に率いられた羊は、狼をも凌駕するというではないか。


そうこうしているとマンガーソングライターの女がやってくる。このマンガーソングライターの女は隣でのライブを終えたあとクントコロマンサにいるであろる客人の忘れ物を届けに来てくれた。そう、版画家の柿坂コロマンサが追っかけをしている人物だ。ヒゲの総帥はマンガ―ソングライターの女を席に招き、なにやら打合わせをしだす。内容は簡単でどうかこの店で演奏して欲しいということであった。マンガ―ソングの女は「是非、お願いします。でも、お客さんは期待できませんよ」とあらかじめ釘を刺すが、ヒゲの男は「全然、構いません。お客さんなら僕が呼びますから」とアテになるのかどうかわからない約束手形を口から発行する。


しばらくして、アラタメ堂と旧知の仲である名前みたいな名字の男がやって来る。近くで同窓会をやっていた帰りだとのこと、もちろんアラタメ堂はヒゲとライナー・クニツィア博士がどうにかしたゲームをしているので同窓会には出席していないことは明々白々であった。


ヒゲの男は自身の成人式の日。故郷に帰ることもせず、ただひたすらビリヤードに興じていたことを思い出した。お前は何してる?お前はどこにいる?お前は…、そういった旧交を深めることにまったく無関心の鎖国的で偏狭なこのヒゲの男は、真っ白なボールを打ち抜き、卓上で思い通りにならない連鎖する物理法則を延々と確認していた。


バトルラインには「ファランクス」という役がある。古代の戦争において有益とされた密集陣形である。この密集陣形に改良に改良を加えて完全無欠とした古代のマケドニア軍は、アテナイ、スパルタ、コリントスと名だたるギリシアの都市国家を打ち滅ぼし常勝軍団となった。


さて、この完全無欠のファランクスの攻略法を教えよう。ウィキペディアにも出ていないものである。古代の戦争の歴史書を読めば見事に攻略された様が克明に描かれている。重装備であり密集していることもあることから、負けたフリをして坂道へ連れて行くのである。足場がぬかるんでいれば猶よろしい。


完璧で美しきファランクスはただの密集した標的となるのみである。

d0372815_13303785.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-27 13:31 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、宇宙編が終了した後のこと。


ヒゲの総帥は途中退席したこともあって、比較的早い段階で高槻から北濱へ戻ってくる。店に到着すると、常連のガルパンの男、不思議な女、グラフィックデザイナーの男、青いカーデガンの女、よさこいの女が親戚のようにテーブルを囲み、なにやら話し込んでいる。奥の席ではヒゲの総帥が見たことのない男が、半死半生のような姿勢で椅子にもたれかかり眠っている。映画などではこの男がシーンの重要な場面で、くわっと目を見開き、「南の遺跡を探るのじゃ」と物語の展開で必要なキーワードを言ってくれそうなものだが、この男は特にそういうこともなさそうである。


ヒゲの総帥は今日の宇宙イベントが自身の期待したものではなかったことを懇々と話す。とにかく手を上げさせられてばかりで肩が痛いと不平不満ばかりをいう。そもそもアカデミックで協調性を求められる場面が苦手な男が、そういったところへ行くのが間違いである。ズービン・メータのブルックナーを聴きに行ったり、ゲオルグ・ショルティのドビュッシーを聴きに行くようなミスチョイスである。


グラフィックデザイナーの男が口を開く。「オレも先日、憧れのデザイナーが来たからイベントに参加してきたんだけど…」と経験談を話してくれる。概要はこうである、グラフィックデザイナーの男はジウジアーロのデザイナーが来るというので話しを聴きに行った。ジウジアーロというのは人の名前で、ジョルジェット・ジウジアーロというイタリア人の自動車デザイナーである。車好きなら避けては通れない傑物なのである。そのジウジアーロ先生と共にデザイン会社を設立した日本人デザイナーの男が大阪で講演会を開くというのでグラフィックデザイナーの男を含めて、車好きの諸氏はこぞって後援会に集まったという体である。


いよいよ先生がジウジアーロ・デザインの何を語るのかと会場に緊張感が走っていたが、先生が話すのは車とはまったく関係のないワインなんかの話しばかりで、いよいよ講談を聴いていて眠くなってきたとグラフィックデザイナーの男はいう。待てど暮らせどジウジアーロの話しになりゃしない、そのうち講演は終わってしまった。「えっ?ジウジアーロはどこいったん?」と会場まで足を運んだ聴衆たちが思う。次に聴衆から講演者への質問タイムが設けられた瞬間、一斉に手があがりジウジアーロの話しを聴けるに至ったという顛末であった。


「最後の質問タイムでみんなが同じことを思っていたということがわかったのですね」とヒゲの総帥は大笑いする。車といえば、ヒゲの総帥は誰も求めていないのに自身の昔話をしだす。ある夏の日、まだ高速道路も満足に繋がっていなかった高知まで叔父に連れられてフェラーリF40が来るというので見に行った。車好きの叔父がいうには、とんでもないイタリアの車が来ているというのでヒゲの総帥はナイトライダーのような車があるのだろうと期待していた。野を越え山を越え、とにかく車酔いするには最適な道を延々と車で走りフェラーリを見に行ったのだ。「高知の道はとにかく酷かった…」と当時の気分の悪さを表情に出しながら総帥はいう。隣に座っていたよさこいの女はギクリという顔をする。到着したのはいいけれど、人だかりの向こうにぽつねんとあるのは、鉄板で無骨に作られた平べったい車が一台あるばかりで、「えっ?これを見に来たんですか…」と子供心に感じたのだという。


不思議な女が「そういう意味では、江戸時代に象がやってきたのを見た人は期待以上のものを見れたんじゃないかな」と落ち着いた声でいいだす。ガルパンの男と総帥は江戸時代に象がやってきたルートについて論議をする。中国からではないか、いや、鎖国があったからポルトガル直轄統治のマカオ経由から船便という東南アジアルートではないかなどと、本題からかけ離れた詮無い議論は決着なく続いていく。


しばらくすると、ゴガッと締まりの悪いガラス戸の音がして、マスマティックの女がやってくる。このマスマティックの女は先日、アラタメ堂のご主人が主催した人狼ゲームのときに来店していた客である。ヒゲの総帥とマスマティックの女はオルガン横の奥の席へ移動して、なにやら話しをしている。どうやら年始にクントコロマンサにて自身が主催する人狼ゲームを開催したいのだとのこと、ヒゲの男はどうぞどうぞと歓迎の体を示す。


マスマティックの女の人狼の知識はヒゲの総帥など比べ物にならないほどで、先日、いろいろとこういう遊び方もあるのだと亜流を教えてもらっていたものだ。しかし、人狼に飽きたとき他のボードゲームを持っていないのでどうすればいいかとマスマティックの女はヒゲに相談する。ヒゲは「それならアラタメ堂と共同主催ということにしましょう。アラタメ堂は家族から敬遠されるほどボードゲームを所有していますから。アラタメ堂のご主人の所有物をアテにしましょう」と他力本願なアイデアを添える。「そうしていただけるなら、ありがたいです」とはマスマティックの女。


こうして本人の都合もなにもおかまいなしに年始のイベントが決まっていくのであった。

話しは前後するが、そういえば、ヒゲの総帥は講義に出席して目立ちすぎて失敗したこともある。偉大なる現代作曲家スティーブ・ライヒ先生の講演会に参加したヒゲの男は、どういうわけか他の聴講者を差し置いてオーケストラ譜の譜めくりを任命されることとなった。これは名誉なことかも知れないが、ライヒ先生の音楽たるや同じメロディーが細切れのようにずっと続くのである。つまりミニマムミュージックと呼ばれるものである。


文章にするとこんな具合である。


♪ステキステキステキステキステキステキステキテキステキステキステキステキステキステキステキステキステキステキステキテキステキステキステキステキ…♪


素敵な音楽であるのだが、あれ?今はどこの素敵を演奏してるんだったっけ?と訳が分からなくなり、冷や汗をかきながら譜めくりをさせられたのだ。途中でわからんくなったと放り出したいが、自分の背後に100名以上の聴講者の視線を感じるのでそうもできない。それ以来、ヒゲの総帥はあらゆる譜面に近づかないようにしている。いつ唐突に譜をめくってくれと命ぜられるかも知れないからだ。君子危うきに近寄らずというが、自分が一番危ういのだから近づくのはもっての他である。


d0372815_11595999.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-27 12:00 | 雑記 | Comments(0)

こんばんは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、今日よりクントコロマンサ宇宙編がスタートする。北濱を独立もさせていないのに、いきなり宇宙なのかと読書諸氏はお考えかも知れないが、そもそも発想が逆なのである。北濱から独立運動をするよりも、宇宙における覇権を手中にして、そこから北濱を独立させるほうが簡単なのである。衛星軌道上にどこよりも先んじて一手を打っておき、それを拠点ならびに資産として北濱の独立交渉の交換条件のトピックとするのである。


ヒゲの総帥はなんとも荒唐無稽なことを考えていた。誰に話しをしても一蹴されるであろうことは本人にも理解できていたので、誰にも話しをしていなかったのだが、機は熟したのである。


北濱のオフィスを後にしたヒゲの総帥はそのまま地下鉄に乗り北東に向かう。ヒゲの総帥の旧来よりの知人がNASAのジェット推進部門の研究者と東大阪市の「まいど一号」を打ち上げたロケット狂たち、そして宇宙博士たちを集めてのイベントをするというので、そこへ赴くことにしたのだ。新型ロケットを打ち上げるには費用がかかる、費用がかかっても打ちあがるとは限らない。これまで幾度となくロケット打ち上げが悲惨な結果で終わった先例など沢山あるのだ。ケープ・カナベラル(アメリカ)やバイコヌール(カザフスタン)の名前を出すまでもない。


そんな中で比較的に低予算でロケットの打ち上げに成功している東大阪というブランドは非常に稀有でありアテになり、また土地的にも馴染みがある。ヒゲの総帥は若い時分の長い間、東大阪を根城にしてきたのだ。


今回のイベントは民間から1000万円の出資を募り、出資者はロケットが宇宙に運ぶ人工衛星に名前を付けられるというものであった。もちろん、1000人が1000人とも名前が付けられるわけがないので、気がつけばありきたりで関西ローカル色豊かな当たり障りのない名前になるであろうことは想像に難しくない。なので、ヒゲの男は1000万円のうちの501万円を出資しようと考えていた。人工衛星の命名権が株式の持ち株制度のような具合で決定されるのかどうか知らないが、そんなことはどうでもいいのである。


人工衛星「コロマンサ」、人工衛星「キタハマ」、人工衛星「猫のひたい」など、どれにしようか考えながらヒゲの総帥は講演会が行われている、とある大学のキャンパスまで行く。先ほどまで関西ローカルの名前を避けたいと思っていた人間の発案とは思えないほど、思いつく名前はローカル線の旅である。


501万円をどうやって集めてくるかについては、まったく何も考えていない。そのときはそのときでどうにかなるだろうと甚だ恐ろしい考えなのが、このヒゲの男の度し難いところである。


会場に到着する。パスを受け取りイベントが開かれる会場へ行く。沢山の人が来ている。およそ50人~70人近くいるだろうか、司会の女が現れて今日のイベントの概要ならびに注意事項を説明する。ところがどうも滑舌が悪い、緊張と不慣れであるためだろう噛みに噛みまくって、聴いているこちらが冷や冷やする。頑張れよと心のなかで聴講生たちがエールを送る。話しの区切りが悪いのでどこで拍手をしたらいいのかわからない。しばらくして、司会の女の紹介によってNASAの研究者が登壇する。登壇のために用意された物々しい登場音楽が流れるが、研究者が登壇してセンターに落ち着くまでそれほど時間がかからなかったため、音が鳴ったと思ったらその刹那、音はフェードアウトしていった。リハーサルはしなかったのだろうか…。総帥はどんどん不安になる。


主役であるNASAの研究者が登壇する。ジョーイ伊藤でお馴染みの「TED」そのままのプレゼンテーションを始めようとする。後ろには巨大なスクリーンがあり、スピーカー(NASAの研究者)の手元のリモコンで画像などが切り替わっていくところも、今の流行りに追従したものであろう。研究者は若くスラリとした体躯でいよいよ話しだす。


マイクのスイッチが入っていない。周辺がジタバタする、何人もスタッフがいるように見えるが音響屋の浩司ばいのような人間は一人もいないのであろうか。ジタバタした挙句、話しが中断する。そしてまた再会する、やっぱりマイクが入っていない。いよいよピンマイクではなく手持ちマイクになり、TEDのようなスタイリッシュさは陰を潜めて、市議会選挙のようになる。


研究者は話す。宇宙の歴史を一週間にまとめるとこれくらいになると数字を並べる。月曜日の午前0時00分に宇宙が始まったとすると、我々、人類の誕生は日曜日の23時59分くらいになるという。ふむ、そんなものだろうとヒゲの男は思う。1969年のアポロ11号の月面着陸が日曜日の23時59分59秒…くらいでと、とにかく日曜日の深夜推しだ。1982年の自分の生まれた日は日曜日の23時59分59秒…、1985年の阪神タイガースの優勝したのは日曜日の23時59分59秒…、エヴァンゲリオンのなんとかインパクトが起きたのは日曜日の23時59分59秒…でと、やたらめったら23時59分59秒を頑張るので、どうにも味気のないガムを嚙まされているような気分になる。そのうち、そもそもどうしてキリスト教の創世記に倣って一週間に置き換えたのかの理由がわからなくなってくる。


ヒゲの総帥は聴講席から「チェンジ」と言いそうになったが、残念ながら交代の効くような人はいなさそうであるので口を慎んで聞くに任せていた。


そして何より、とにかく手を挙げさせたがるのだ。1982年に何があったでしょうか、わかる人!1985年に何があったでしょうか、わかる人!ピンポン玉を風呂の浴槽に敷き詰めると幾つ入るでしょうか、わかる人!ピンポン玉を東京ドームに押し込むと幾つ入るでしょうか、わかる人!と事あるごとに挙手を求めてくる。これでは講義に来ているのか高校生クイズに参加しているのか判然としない。そして何よりヒゲの総帥は右肩が痛いのであるからして、そそくさと会場を後にすることとした。


会場の外ではTSUTAYAの出張販売であろうか、登壇している研究者の著した本が並べられてあり、もれなくサイン会も開かれるということである。人工衛星に出資した人は絵馬に願いを書いて衛星軌道上に放りだしてくれる特典もあるそうだ。なんだか気が滅入ってくる。


やはりこうなっては鬼才コロマンサ画伯に気合を入れていただいて、自己流なる人工衛星を飛ばすしかなさそうである。


北濱クントコロマンサ宇宙編、終了。


d0372815_21342832.jpg



[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-25 21:34 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


一部分の人から総帥と呼ばれる、このヒゲの男の人生はこれから猫の目のようにグルグル変わっていく。高校を辞め、故郷から出奔して都会で飲まず食わずを経験して、そして気がつけば北極圏で松(ホワイトパイン)の貿易の手伝いをする。欧州をほっつき回ったあとは音楽家になる。音楽家を辞めて会社を独立させたり詐欺師をやってみて、そして今は北濱にある猫のひたいのような小さな店、クントコロマンサに腰を据えている。しかしながら、ずっと長居をするつもりはないのだ、ヒゲの総帥はゲリラ活動家になりたがっており、これまで虎視眈々と準備を進めてきた。そして、いよいよ機は熟して月は満ちようとしているのである。


ヒゲの総帥がクントコロマンサの経営に携わりだして丸4ヵ月が経った。いよいよ沈むぞヨーソローと思われていた万作丸は見事に常連と新規含めた協力者たちのおかげで難局を乗り越え、大海の荒波に漕ぎだしているのである。ただし、これはまだ現時点ではヒゲの総帥が曳航しての航海であるからして、ヒゲの総帥がいなくなればまた前に戻るのかも知れない。それならばそれで社会淘汰されてしまった惜しいひとつのバーとして、人々の記憶に残るのみである。


ヒゲの総帥は来月にエンジンをフル回転させて、遠くへ遠くへ洋行させるため、万作丸に勢いをつけてスイング・バイさせ白波を突き抜けさせるつもりである。どうかこれをお読みの皆さまにはさらなるご乗船、ご随行を願うものである。


さて、一昨日のこと。


常連の不思議な女とガルパンの男と大学生の女とヒゲの総帥は先日のイベント「日曜スペシャル」について話しをしていた。とてもよいイベントだったと常連の二人が褒めてくれるのであるからして、総帥は嬉しくて仕方がない。なにより旧来よりこの店を愛顧してくれているポッポ~ず♪のコンビを新しいお客に紹介できたことは良かった。物事には段取りがあり、そのヒゲの総帥の勝手な一存による店の立て直しの段取りについては周囲より賛否両論があったが、そういった議論や意見を交わせたことも大きな財産である。


それで昨日のこと。


ヒゲの総帥が店に行くと、ギャラリーの女とギャル曽根の女が一緒にひとつのテーブルで酒を飲んでいる。ギャラリーの女は随分と飢えていたようで、漬け丼とフォーを平らげてしまい、次には菓子をぼりぼりとかじっていた。「あなた、北濱に三越があったことをご存知ですか」と上品な語り口で相席になっているギャル曽根の女に訊く。この両人はもちろん初めての迎合である。


「いいえ、知りません」とギャル曽根の女は答える、ヒゲの総帥にしても一度、知人の北欧マニアの男が企画した音楽イベントを船場の綿業会館で催した際に、北濱あたりで道に迷い「こんなところに三越があったのか」と驚いた記憶がある程度である。「いい映画館も北濱にはあったんですよ、神農さんのお祭りしてる通りなんか、人から訊くところによれば随分と力があるそうなんですよ」とギャラリーの女はいう。「つまり、パワースポットということですか」と総帥がわざわざ聞かなくてもわかりきったことを問うと、こくりと頷くギャラリーの女。


そこからギャラリーの女に以前の北濱の風情を聞かせてもらう。「そりゃあ、お洒落で上品でしたよ。三越の階段の踊り場にはピアノなんかが置いてありましてね、そこで演奏があったりしたもんです」と懐かしそうな目をしてギャラリーの女は日本酒で赤らんだ頬でいう。「そのピアノ演奏で米国の進駐軍の兵隊たちが踊ってたんですよね」とヒゲの総帥が合いの手を入れると、隣の席にいたガルパンの男は思わずビールを吹き出す。「そんなに古い時代のことじゃありませんよ」と失敬なという表情をするのはもちろんギャラリーの女である。ギャラリーの女から語られる、つい最近までの北濱の風情はまさにヒゲの総帥がこの街に期待していたそのものであった。


「古き良き時代ということですね」ヒゲの男がそういうと、「そんな大層なもんじゃありませんよ、ここ最近の話しです」と苦笑しながらギャラリーの女はいう。さらに「これからが面白いんじゃありませんか?だって北濱革命軍の隊長がここにおられるんですから」とイタズラっぽい目つきでギャラリーの女はヒゲの男を見やる。ヒゲの男は笑いながら「名誉顧問も僕の目の前にいますから」と返すとギャラリーの女は「私はそういうのに加わりたくないんですよ」と爆笑する。ヒゲの総帥も「同感です」と連れて笑う。


北濱とは不思議な土地である。キタでもないミナミでもない、だがそのどちらの素養も持ち合わせながら、とてもドライな人間たちに好かれている土地。どこか辺境の街を思わせれば、どこか都会の中心のようでもある。歴史情緒豊かでもあれば、こぞってタワーマンションはがらがらどんどんと建設ラッシュを迎える。この猫の目のように捉えどころのない北濱(北浜)という街は、ヒゲの総帥の心を捉えて離さない。


坂本竜馬が桂浜を好きだったように、ギャラリーの女は北浜が好きなのだろう。人はいつしか自分の生まれ故郷よりも好きになる場所を持つことになる。すでに取り決められている居場所ではなく、そういったものは自分で探して、自分で勝ち得るものだ。だから好きになれるのである。


ギャラリーの女たちが帰ったあと、総帥はガルパンの男と一緒にガルパン劇場版をスマホで見ながら、そんなことを考えていた。すると重大な願いを込めてマニ車を回す信者のように、階段を昇ってくるものがある。万作は「冷泉さん来たな」と誰にいうでもなく呟く。


ゴガッという締まりの悪いガラス戸が開いて、そこにいたのは髪を下ろして休日モードのハイタッチ冷泉であった。


冷泉はいう「阿守さん、2日のちゃんこですけど、朝までやっても、いいですか?ワハハ」と。


d0372815_15165003.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-11-24 15:17 | 雑記 | Comments(0)


北浜のビジネス街にある、昭和レトロなカフェのブログです。            大阪市中央区淡路町1丁目6の4 2階上ル