こんにちは、大阪は証券取引所の由緒正しき町、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスを営む阿守のブログです。


さて、昨日のことになるがヒゲの男は南船場のパン屋「き多や」へ、バゲットを買いに行く。そこでパン屋の女から「わざわざ関東の人と九州の人が阿守くんからの紹介やいうて、うちのお店に来てくれたで」と教えてもらう。


「アンタ、ちゃんとうちのこと宣伝してくれてんねんなぁ」と、ことばを続けてパン屋の女は感心したようにヒゲの男を見る。ヒゲの男も遠路はるばる、律儀に「き多や」に顔を出してくれるなんて律儀なお客さんだなと感心することしきり。


バゲットとパン各種を赤い紙袋に抱えて、店に行ってみると昨日までの狂騒がウソのように店は片付いており、ステージは折りたたまれていて、バー・カウンターとなっている。この一見、便利そうにみえるバー・カウンターだが、今のところ残念ながら無用の長物となっている。版画家の柿坂万作が作りたくて、作ったものなのだ。決して、作る必要に迫られて作ったものではない。


ヒゲの男は上のアトリエから楽譜を持ってきて、何やら計算する。何を計算しているのかと覗いてみると、今月の30日に画廊喫茶フレイムハウスで演奏をする吟遊詩人の女の曲を分解して、それを書き留めているのだ。


吟遊詩人の女は「DADGAD」という変わったギターのチューニングを使う。ヒゲの男は「CGCGCD」という珍妙なギターのチューニングを使う。


つまり、「DADGAD」のチューニングにおける吟遊詩人の女の指のポジションから、音階を抜き出して、その響きがなんたるコードになるのかを解析する。そして、解析したのち、ヒゲの男のチューニングにおいてはどこに指をおいて鳴らせばいいのかと書き起こしているのだ。


なんたる、面倒な作業であろうか。


その昔、黒船来航に揺れていた日本。アメリカ人のペリー提督と江戸幕府側の人間が話すために、英語から一度、オランダ語を通じて日本語に訳されていたと記録に残っているが、それと感覚的にはよく似ている。何度もフィルターを通すことで水のように濾過されればいいが、人の思いというのは水ではない。だから、ただただ、ややこしく歪曲してしまうだけなのだ。


ことばというものには二種類あり、発せられた瞬間から一気に経年劣化していくものもあれば、発せられたときには無意味であったとしても、後になって絶大な効果を持つものもある。ヒゲの男はことばを使うとき、この二つに注意をして使っている。


常連のガルパンの男が来店して、その後、理科の先生にはならなかった女が階段をのぼってやってくる。万作はいつものようにカウンターのなかで壁画に取りかかる。店のなかには吟遊詩人の女の歌がスピーカーから、すこし響いては巻き戻され、響いては巻き戻されを繰り返し、その都度、ヒゲの男の目の前にあるメモに文字が並んでいく。


ヒゲの男がおもむろにペンを右手に持った状態で指揮者の真似事をする。ややこしい曲があるのだ、「6666 5555 5556 6666 6666 5555 5556…。わからん」とブツブツ言いながらヒゲの男は拍子をメモに書きつけていく。


「あっ!」


大きな声をあげたのは、ヒゲの男であった。指揮棒のようにして振っていたペンが、その猛烈なる遠心力によってインクが溢れだし、ヒゲの男の右手を真っ黒に染めたのだ。


真っ黒といえば、いつも黒い服に身をまとったハイタッチの男こと冷泉は最近になって顔を出さない。


「阿守さん…、僕、ドクター・ストップがかかったかも知れないんです。これから休肝日を作ろうと思ってるんです」と言い残してから、冷泉は店に足を運んでいない。


ゴガッ。


締まりの悪いガラス戸が開かれる、いちげんさんの最強のパンチを持つ男がやってきた。それに続いて、上下ともダークスーツに身を包んだ冷泉がやってくる。冷泉と一緒に来店してきたのは、これまたいちげんさんの愛媛から来た男である。


冷泉は入り口すぐ近くの椅子にもたれかかる最強のパンチを持つ男を見て、口を開く。


「あ、あれ?こ、こんなところで、なにを、してるんですか」と驚いた様子。どうやら顔見知りのようである。若干、呂律が回っていないのは体内にアルコールがすでに取り入れられている証拠であろう。


最強のパンチの男は、どうやら冷泉が昼間、今晩21:30頃にフレイムハウスで飲むとSNSを使用して宣言していたのに乗っかったようであった。


そのあと、会計事務所のオーナーもやってくる。そう、俊敏な蹴りを持つ男で興味本位でキックボクサーのやり方で蹴ってみてくれと左足を差し出したヒゲの男を華麗に病院送りにした男である。


久しぶりのメンツが揃ってしまった。はじまるのは、もちろんのこと殴り合いである。


冷泉と最強のパンチを持つ男が、互いを殴りあう。ヒゲの男は腹を殴られる音を聴くために、コルトレーンのジャズを止める。冷泉が最強の男にパンチを繰り出す。


アレクサンドル・カレリンを小型にしたような体躯を持つ、最強の男は冷泉のパンチを受けて、「ほう、いいパンチだ」と満悦そうにいう。


「どうせなら、5発くらい連続でパンチしてください」と冷泉に向かって、追加オーダーを要請する。


冷泉の右パンチが最強の男の腹をめがけ一閃する、1発、2発、3発…、8発。乾いた音が店中に響く、理科の先生にならなかった女はその一部始終を興味深そうに見ていた。その瞳は確かに化学者がモルモットの動向を期待して見るような目であった。


次は冷泉が最強の男のパンチを受ける番である。しかし、最強の男がいうには利き手の右を今日は封印するとのこと。


ヒゲの男は最強の男にきく。


「どうして、右は封印されてるのですか?」


「ああ、今日、筋トレをしすぎたんですよ。なので利き腕は使いものにならないのです」という。なるほど、これもある種の先行投資なのだなとヒゲの男は考えた。今より未来、未来よりもう一歩先。今の筋肉痛はのちの布石となって効果を出すのであろう。会計事務所のオーナーは店を壊さぬように、殴りあう二人の位置関係に気を使ってくれながら、ニヤニヤしている。


そんなやりとりが続くなか、ゴガッという音がする。


また、とんでもないタイミングでいちげんさんがやってきたのである。端正な顔立ちをしたスマートな男がファイトクラブの最中に店に入ってくる、どうやらここにいる面々とは付き合いがある男のようだ。


冷泉がヒゲの男に向かって、彼を紹介する。


「あ、阿守さん、彼の仕事を阿守さんは、めっちゃ好きなんじゃないかなと、僕は思てるんです」と、たどたどしく日本語を繋ぐ冷泉。


「そうなんですか、是非、どんな仕事をしているのか知りたいです」と、ヒゲの男は顔を突き出し気味にして応答する。


「彼の会社はね、ヌキをしてくれる会社なんです」


「ヌキ…?」


「はい、ヌキです」


「もしかして、マッサージ屋さんという看板を掲げながら、追加料金を出せば別室へ消えていくというヌキの商売をしてるのですか?」


ここで一同は爆笑する。ヌキの会社のオーナーも苦笑をする。


会計事務所のオーナーのフォローがここで入る。


「加藤さん、それ説明、雑すぎ!」


よく聞いてみると、彼の会社は画像から必要な部分を抜きとるとき、フォトショップなどを使わず、自動的に白抜きしてくれるソフトを開発したのだということ。それを「ヌキ」というらしい。冷泉の説明ではまったくわからなくて当然なのだ。別にヒゲの男がやましさを心に持ち抱えて、ここぞというときに発露したのではない。


「阿守さん、すいません、ギターを弾いてください」と、いつも唐突に冷泉はヒゲの男にオーダーをする。


冷泉と会計事務所オーナーは「リトアニア舞曲」が好きなので、ヒゲの男はそれを弾く。聴きたい人間がいるのだから、弾くしかなかろう。


するとヌキ会社のオーナーの男もギターをするという。ヒゲの男は一般的なチューニングになっているギターを彼に渡して、そこから一緒にセッションをしてみることとなった。最初の一音を出した時点で、このヌキの男はそんじょそこいらのギターが趣味ですとは違うなということは、ヒゲの男にはわかっていた。


適当なセッションが終わったあと、おもむろにヌキの男はヌーノ・ベッテンコートの「MIDNGHT EXPRESS」を弾きだす。ヒゲの男は驚愕する、まさか自分以外の他人がこの曲を弾くことを目にすることができるとは(!)。


ヌキの男、若い頃は「広島のイングウェイ」という異名を持っていたとのこと。ヒゲの男と会計事務所のオーナーと、広島のイングウェイは学年が同じということで、聴いている音楽などもリンクしている。腹の殴り合いは、いきなり音の殴り合いへと発展する。


「僕、恥ずかしい話しですが、TEEN'S MUSIC FESTIVALという音楽コンクールに出場して、地元でベストギタリスト賞をもらったんですよ」と広島のイングウェイはいう。


彼が広島でベストギタリスト賞をもらったのと同じ頃、四国地方の高松で同じコンクールに出場して、そこでベストギタリスト賞をもらっていたのは何を隠そう、目の前にいるヒゲの男である。


そこからはロック音楽の祭典である。広島のイングウェイはメタリカを弾き、香川のヒゲの男はメタリカを大声で歌う。レディオヘッドの「CREEP」になると、会計事務所オーナーも身を乗り出してくる。音楽にさほど興味がなさそうな冷泉は、先ほど店に入っていた常連の不思議な女となにやら話しをしている。


不思議な女が広島のイングウェイに落ち着いた声でいう。


「あれやって欲しいの、ニルヴァーナの…」


広島のイングウェイはその指を「F」のコードに合わせる、「SMELLS LIKE TEEN SPIRITS」のはじまりである。冷泉が近すぎる距離感でヒゲの男の隣にやってきて、一緒に大合唱をする。とにかく何度も何度もハイタッチを求めてくるので、見ているほうの手が痛くなってくる。


Hello, hello, hello, how low…。呪文のように投げかけられることばである、一体誰に向けられているのか、その実、誰にも向けられていないのかも知れない。


「おっ、誰か来はったな」と、万作がいう。


締まりの悪いガラス戸は開き、いちげんさんが入ってくる。このクソやかましい宴の最中によくぞ入ってきたと一同から祝辞を述べられる。埼玉からやって来ている内燃機関エンジニアの男だ。深夜にもかかわらず、どうも店から賑やかな歌声が聴こえてくるので、いてもたってもいられずに勇気をだして階段をのぼってきたのだそうだ。


よくよく、人間の好奇心というものは、不可思議な発動のしかたをするものである。


不思議な女がエンジニアの男から聞くところによると、昨夜の「ガエル・ガルシア・ベルナル四重奏団」のイベントのときにも、店から音楽が漏れてくるので気になって仕方がなかったのだそうだ。店の前の駐車場で、「入るか、入るまいか」を逡巡しながらタバコを5本吸い、そしてその日は断念したのだという。


ところが昨夜だけでなく、今夜も店はやかましい。もう気になって仕方がなかったそうである。


音楽の宴はエンジニアを加えて、さらに続き、そこからはビジネスにおける経営者哲学の話しになった。その話しもヒートアップして、夜中の2時まで論議することとなった。色んな職種の人間がひとつのところに集まり、経営者側の人間と従事者側の人間とが気兼ねなく意見交換をする場所というのは、フレイムハウスならずともバーでの大きな醍醐味であろう。


フレイムハウスが特筆すべきは、彼らがたまに殴り合うことである。


ここは体育会系のカフェなのか?とよく聞かれることがあるが、それはある側面からの特徴しか捉えていない質問である。


ここは、出会い系なのだ。


その夜、広島のイングウェイとDREAM THEATERの「METROPOLIS」の間奏部を帰りのタクシーのなかで口ずさみながら、ヒゲの男は自分が若返ったような錯覚をもった。


冷泉とヒゲの男は飲み足りないということで、ヒゲの男が行きつけだった絶品のコーヒーをだす「キリギリスの店」へ向かうが、あいにく閉まっている。


二人は鈴虫がなく近くの公園へ行く。セメント製の遊具の高台によじのぼる。冷泉は近くのコンビニで買った、富士の天然水(1.5L)をガブガブと飲みだすが、酔っぱらっているのか、半分くらいはダークスーツをビタビタに濡らすこととなってる。


普段は子供たちの居城であろうこの場所に、ヒゲの男は寝転がる。空にはすでに冬の星座が出てきており、ダイヤモンドの形を描いている。


「あの赤い星、わかりますか」とヒゲの男は寝転がったまま、体育すわりの冷泉に問いかける。


「はい、赤いの、ありますね」


「あれ、ベテルギウスっていう超巨大な星なんです。でも、もしかしたらすでにこの宇宙から消滅してしまってるのかも知れないんです。今の光は600年前の姿なんです」


「光の…、速さ…、宇宙、すごいですね」


酩酊状態の冷泉はそうつぶやいたあと、最近、彼が知り合った老人の話しをヒゲの男にする。リッツ・カールトンでいつもプカプカと浮いている老人の話しだ。とても風変わりで素敵な億万長者の男である。


誰もいない公園の遊具の上で、高名な投資家ウォーレン・バフェットを切り口として、「投資」の本質について二人は話しあう。


「投資をギャンブルだと考えてる人間は多いのだけれど、つまるところそういう人は個人主義のギャンブルや小遣い稼ぎ程度の投資しかできないのだと思います。けれど、それは投資の意味合いにおいて最たる重要なところを欠落させています」


ヒゲの男のことばを聞いて、冷泉は静かにうなずく。


「僕は投資というものは、社会全体の成長を促すためにすべきだと考えています。そしてその成長は万民の豊かさをもたらすものであれば、なおのこと良質です」


寝転がって星を見ながら理想を口にしたヒゲの男は、「それ、やりましょ」とハイタッチを求めてきた冷泉のハイタッチに応えて、立ち上がり、高台の遊具に備え付けられた滑り台を立ったまま、するすると滑り下りる。


冷泉もヒゲの男の真似をして、立ったまま滑り台を降りようとするが、滑り台の半ばで千鳥足はもつれ、真っ黒なスーツのまま地面にもんどりをうって転んだ。


「阿守さん、僕、多分、血ぃ出てます…。アハハハハ!」と豪快に笑う冷泉。


時刻は朝の4時を少しばかり過ぎていた。



投資で成功する秘訣は、自分自身に内在する― ベンジャミン・グレアム


d0372815_16071233.jpg

[PR]
# by amori-siberiana | 2017-09-21 16:07 | 雑記 | Comments(0)


北浜のビジネス街にある、昭和レトロなカフェのブログです。            大阪市中央区淡路町1丁目6の4 2階上ル