こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウスにて喜劇を演じている阿守です。


まだまだ湿気を含んだ夏の名残りの風が吹く北浜。その北浜にてオフィスにこもってコーヒーばかりを飲んでいるヒゲの男がいる。この男はいろんな職種の人間が集まる複合型のオフィス(コワーキングスペース)において、どんどん格好が崩れてきている。


この男が北浜のオフィスにやってきたとき、まだ会社をしており、それなりの格好をしていた。人を外見で判断するのはよくないが、85%の人は外見で決まるのだ。そうでなくては、ここまでブランド業界が長続きするわけがない。人が服を着るのではなく、自尊心と見栄が服を着て尊大に歩いているのが世の常だ。


話しを戻そう。このヒゲの男が北浜のオフィスへやってきて、少しして彼の会社は解散した。一人のバカ野郎が会社の金を使い込んでしまったのであるが、そんなことはどうでもいいのである。ヒゲの男はこのバカ野郎が使い込んだ金を海外口座などに隠しているのではないかと、独自に潜入捜査を開始したが、スカンピンだということがわかったので追求するのをやめた。


追求を深めていくと、妖怪が沢山でてきたのである。人外魔境にヒゲの男は興味があるが、ヒゲの男の一番嫌いなことばは「筋(スジ)」とか「仁義」とかである。こういう金縛りのような質実が伴わないことばを繰りだす妖怪連中が出てきたので、ヒゲの男はアホらしくなってきたのである。


ここでヒゲの男の人生は大きく変わる。


自分たちの仲間で作った会社が解散したことで、ヒゲの男は明日から何もすることがなくなった。正確にいえば、近日中に何もすることがなくなるのであった。


そんなとき、時を同じくして来月には店を畳んでホームレスになってしまう男が北浜にいた。版画家の柿坂万作という男である。度重なる家賃滞納、客からの借金、光熱費の未払いが重なって、クビが回らなくなっていた。ヒゲの男はこの店へ週に一度くらい訪れる客であった。


この二人が互いに絶好のタイミングで出会ってしまったことで、画廊喫茶フレイムハウスを二人で共同経営していくことになった。


それからというもの、ヒゲの男の北浜オフィスにおける服装はどんどんと崩れていき、今では「NASA」と書いたシャツに綿パンというラフなものになった。そもそも北浜のオフィスはヒゲの男が、「会社が、もしものときには」ということを想定して用意しておいたオフィスである。


以前の会社の仕事をそのまま個人で引き継ぐ、それが実現できれば人件費もかからずに坊主丸儲けくらいに考えていたが、業務引き継ぎの場合は、それをめぐって社内の利権闘争に発展することは必定であり、それを回避するために同業種での独立は諦めた。


いや、正確にはウンザリしていたのだ。バカのように毎日文章を書いて書いて書きまくって、人心を操ることにすっかり飽きてしまった。生活の豊かさと引き換えに、何かを失っていくような気がしていた。いや、その実、何も失っていないのかも知れない。とも考えていた。


が、ヒゲの男が画廊喫茶フレイムハウスに関わるようになってから、ヒゲの男はやっぱりいつの間にか何かを失っていたのだということを確信した。とにかく笑うことが多くなったのだ、あざけり笑うのではなく、心底、愉快だから笑うことが多くなった。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男が自分の店でイベントをすることになった。版画家の柿坂万作はその怪力によって、店にあるテーブルをすべて上の階のアトリエへあげる。


日和見音楽家であるヒゲの男が、ランチの営業を早めに切り上げて、偉そうにリハーサルなどをするというのだから、恐れ入ったものである。


ヒゲの男とは同郷の友人であり、長年の苦楽を共にしてきたらしいギター弾きの男がやってくる。さらに同じく長年の友人である太鼓もちではなく、太鼓を叩く男がやってくる。この太鼓の男は近頃、小説家としてデビューするそうであり、それを意識してかどうか鳥の巣のようなパーマをあてていた。


万作はリハーサルの途中、頃合いを見計らって銭湯にいく。この銭湯から戻ってくる時間がいつも開店ギリギリなので、ヒゲの男は冷や冷やさせられることが多い。しかし、考えてもみるとイベント慣れしていない人間の行動はこんなものであろう。


それを見越して、ヒゲの男は宗教画のモデルの女を三顧の礼にて迎えている。彼女がいないと幾つかのイベントは完全にその機能をマヒしてしまっていたであろう。まったくもって、ありがたいことである。


当日、ガエル・ガルシア・おにぎりという特別メニューを出すことになっていたが、万作は風呂へ行ったまま帰ってこないので、結局は宗教画のモデルの女が握ることとなった。


「なんだかすいません、いつも苦労ばかりかけてしまって」と、ヒゲの男は宗教画のモデルの女に感謝と詫びを伝える。


「ええよ~、気にせんといてぇ~」と、宗教画の女はその異国風の顔立ちからは想像もできない、完全無欠の大阪弁のイントネーションで快く返答してくれる。


しばらくして、万作が風呂から戻ってくる。


「いやぁ、ワシの計画どおりやな。今日はイベントやからはように帰ってきましてん」と、胸を張っていうが開店時間は間近である。なかなかタイトロープな時間概念をもつ万作の放った珠玉の一言に呆れながらも、セッティングは整う。


少し遅れて、電気工事士の山本という男が店にやってきて、出演するメンバーも全員が揃うこととなり、イベントの開始である。


一曲目は「THE MINT」という名前がつけられた曲だ。


不思議な浮遊感をもつ曲である、基本的にはたった二つのコードが押し合い引き合いを繰り返すだけの単純明快な曲である。ところが、そのどちらも地に足がついていない、重力を感じない世界の音が散文的に流れるようなのである。なにがどう影響して、そのようなアンサンブルになっているのかは謎だが、ヒゲの男はこの曲を最初にもってくるのを好む。


そういえば、ミントという植物の香りは、それを嗅いだ人間を遠い故郷に連れかえる効能があるといわれるので、妻に嗅がせないようにしたというヨーロッパの古い風習があると聞いたことがある。


ここからギター弾きの男が作曲したという曲が続く。コードを鳴らすだけで勝手に物語が進行していくという卓越した戦略のもとに構成された音楽たちだ。洒落たコードを組み立てる男だ。


二部構成で行われた本イベント。メインである「サン・ジェルマンの殉教」という曲は二部の最初に演奏された。


とても小さな音からはじまった曲は、ギター弾きの男が奏でる当て所なき独白を経由して、徐々に音の幅を広げていく。曲の導入部の静寂なところで、万作がアイスピックで氷をガツガツする音をさせるが、ヒゲの男にはその音が心地よかった。氷を砕く音、その音はアイゼンを山肌に突き立てながら、凍てついた山を登りこえる音と同じだ。


太鼓叩きの小説家の男、電気工事士の山本と名乗る男のベースが静かなるままにうねっていく。我慢に我慢を重ねて音を紡いでいくさまは、賽の河原に石を積み上げるがごとく。その所作は一見すると無意味なことではあるが、石を積み上げる人間にはその人間なりの考えがあるのだ。


そしてその刹那、音が弾ける。


いきなり光が差し込んでくるのである。目が潰れそうな焼けつく太陽の光ではなく、一日中、太陽の落ちない土地に降り注ぐ柔らかな光である。ヒゲの男はこの曲を作ってはみたが、これまで4人でここまで来れたことはなかった。宝の地図の案内のままに音を紡いでいっても、いつも目当てのものはそこにはなかったのだが、…この日は違った。


今まで来たことのない場所に入り込んでしまったことにヒゲの男は演奏中に気がついた。いつかは行ける日が来るだろうと、長年、待ち望んでいた瞬間だったのだ。


そこには何がある?


そこにあるのは記憶のタイムカプセルだ。ヒゲの男が詰め込んでいた感情の記憶が冷凍保存されてそこに眠っているのであった。社会的になんら価値のある宝ではないのだが、ヒゲの男はいつの日か到達できるだろうという瞬間が、よりによってこの猫のひたいのような小さな場所でやって来るのかと驚いた。曲が進んでいくごとに、それは期待から確信へと変わっていった。そして、確信したと同時に安堵に変わった。


やっと、「殉教」が完成したのだ。


最後の音は確か「E(ミ)」であっただろうか。


そういえば、数学上で「E(e)」は離心率を指す。


ヒゲの男は数学などほとんどわからない。アリストテレス以前の数学すらよく知らない。だが、ヒゲの男はこの「離心率」ということばが好きである。このことばに勝手な自己解釈をつけている。この曲を終わらせるには、絶対に「E(e)」で終わらせるのだとヒゲの男は誓っていた。そうしなければいけない理由があるのだ。


人が前に向いて歩いていくには、過去に心を置き去りにしたままではいけないのだ。悲しいことだが、そこから自分の心を引き離さなくてはならない。いつまでも死体の横で一緒に寝るわけにはいかないのだ。


この日の「E(e)」は長く長く続いた、それは本当の別れを惜しんでいるかのように長く長く続き、そして、しっかりと途絶えた。


最後の一音は、空間と時間へ、消え入るように、還元されていった。


演奏者している人間も、それを聴いている人間も一緒にたったひとつの「E」の音を追っていた。


長い旅は終わり、長い拍手がなった。なんという温かい拍手であろうか。これではヒゲの男がみんなにチップを払うべきである。


そして、次の曲がはじまった。


店の時計は、長い旅が終わったままの時間で止まっている。次の曲のときに時計を止めたのだ。そういうことをしても平気な場所が、愛すべき画廊喫茶フレイムハウスだ。ナンセンスなことで一杯な割り切れない割り算のような、喫茶店である。


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# by amori-siberiana | 2017-09-20 16:52 | 雑記 | Comments(0)


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