2017年9月24日(日) ◆柿坂万作 SAY I LOVE YOU。

こんにちは、北浜にある猫のひたいのような小さな店。画廊喫茶フレイムハウス(※10月中旬よりコロマンサに改名)の阿守です。


ようやく夏の名残りも感じなくなってきた今日この頃。つい先日まではセミの求愛行為が耳を騒がせていたのが、今ではさすがに恋も途絶えたか、めっきり聞かなくなる。人と人の恋の期間は長いほどもてはやされたりするものだが、セミが己の命を賭する一瞬の恋もなかなかのものである。


さて、昨日のこと。


ヒゲの男は千日前通りを南に進んだところにある、道具屋筋にて新しい店の暖簾を下見しながら、店に行くことになる。途中、北浜駅のホームで偶然にも星師匠と一緒になったので、そのまま連れ立って店まで行く。


画廊喫茶フレイムハウスの三階に住む版画家の柿坂万作には、絶対に譲れないことがあるという。それは、自分が追っかけをしているマンガーソングライターの女がライブをする日には、それを熱心に観覧するということである。版画家にとって、彼女の存在はこの世にひとつしかない太陽の光と、ブラックホールのような抗いがたい求心力を持つようである。


この日もマンガーソングライターの女がライブをする日なので、画廊喫茶フレイムハウスは19時から21時まで休みということになっていた。が、ヒゲの男はそれならば自分が店を切り盛りしておくので、その時間は任せてくれればいいと胸を張った。


ところがヒゲの男は何もできない。ギターを弾いたり、ビジネスの話しをするのは得意だが、料理はおろか飲み物を作ることすらできない。もちろん、来店者が皆一様にウイスキーのストレートを頼むのであれば、それは対応できるのだが、なんだかやる気が起こらない。


以前、マンガーソングライターの女がライブをするときには、ヒゲの男に宇宙のなんたるかを教えた星師匠なる女が、万作よりコーヒーの淹れ方を教わったり、なにが厨房のどこにあるのかを教えてもらい万作の代役をこなしていたので、今回も星師匠にお願いすることにしたというわけだ。


ヒゲの男と星師匠が店の前までくると、一人の女が困ったような顔をして、キョロキョロしている。ヒゲの男はその顔に見覚えがあった、万作のアトリエの写真たての中に入っている顔である。


そう、マンガーソングライターの女である。万作の女神。


どうやら隣のフレイムハウスでの演奏なのだそうだ。つまり、版画家の柿坂万作は店を留守にして、どこへ行くのかと思えば、歩いて3歩の隣に客として神妙な顔して座っているというだけなのである。


ヒゲの男がマンガーソングライターの女に声をかける。


「マンガーソングライターの人ですよね、今日はどうされたのですか?」


「いや、今日ここで演奏なんですけれど、お店に入れないので…」


「僕は隣のお店を万作さんと一緒にしているものなんですが、よければお店で待ってみてはどうでしょう」


「そうさせてもらましょうか」と、素直にマンガーソングライターの女はいう。


三人で赤いカーペットが張られている15段の階段をのぼる。店には万作がグラフィックデザイナーの男にビールを注いでいた。


「おっ、阿守さん、こんばんはです」と、調子のよい掛け声が万作から放たれる。


ヒゲの男に続いて、星師匠が入ってくる。


「ああ、今日はホンマにすんません。ライブの間、よろしくお願いします」と、万作は星師匠に礼をいう。


「今日はもうお一方、ここへお連れしているのですが…」と、ヒゲの男はいう。


「ふうん…」と、万作はどちらにもとれるようなアンニュイな返事をする。


星師匠に続いて、万作の女神であるマンガーソングライターが入ってくる。


「うおっ!!!?なんで!!!?」と、万作が驚嘆の声をあげる。


ヒゲの男と星師匠はその反応が面白くてたまらない。グラフィックデザイナーの男もニヤニヤする、この辺では万作が彼女に首ったけだということを知らぬものは、いないのだ。

そこから万作は妙にそわそわして落ち着かない様相を呈す。厨房に入っては出てきて、カウンターに入っては出てきたりする。


マンガーソングライターの女は自身の音楽的なルーツが両親のクラシック音楽にあることを教えてくれた。彼女の母親は声楽を学んでおり、その折に朝比奈隆先生から褒められたことがあるのを、自身の誇りとして娘に語っていた。


隣のフレイムハウスが開いたという知らせを受け、マンガーソングライターの女はビールを一杯ほど飲んで出て行ったが、万作にとっては至福の時間であろうことは、その隈取ような目の奥にある瞳の輝きでわかった。


万作が自分の店にステージを作った理由。それはたったひとつ、彼女が自分の店で歌ってくれるその日をただ待ち望むがためであった。


ヒゲの男はウイスキーを飲みながら、エドワード・リズカーニンという男と万作を並べて考えていた。


エドワードは、愛する女性のためにコラール・キャッスル(サンゴの城)を一人で30年近くかけて建て、そしてずっと彼女がやって来るのを待っていた男である。


そこから洒落た名前の女がやって来て、先日、自分が店に持ってきたチョコレートでホット・チョコレートを作ってくれという。二枚あったチョコレートのうち一枚は前日にヒゲの男と冷泉、そして水タバコの男がバクバク食べてしまっていたので、残りの一枚で作ることとなった。


洒落た名前の女にホット・チョコレートと冷やし中華という珍妙なるコンビネーションの夕食を提供したあと、万作は隣のフレイムハウスへ宣言どおりに出掛けていく。


常連のガルパンの男がやってきて、ヒゲの男が何もせずにただウイスキーを飲んでることを糾弾するが、ヒゲの男は平然としている。


そして常連の不思議な女がやってくると、ガルパンの男が不思議な女がいつも注文する白ワインをグラスに入れて、厨房から運んでくる。星師匠は延々と厨房でグラスを洗いまくる、ヒゲの男がグラスから異臭がするといいだしたからである。


万作がいないあいだの店は調和が崩壊するかとも考えていたが、なんのこともなく新たな調和によって普通に進行していくのであった。


店には洒落た名前の女のリクエストによって、シベリアン・ニュースペーパーというバンドのCDが古い順から次々と大きな音で再生されている。


そういえば、夏の万作祭をした初日、久しぶりに再会した人たちが客としてきてくれ、メニューもない店で何が作れるのかをメモしてくれたり、他の客へ伝達してくれた。そういった支えがあってイベントは無事に進行していったことを、ヒゲの男は誇りに感じている。


実は店を救っているようにみえて、自分自身が救われているのではないだろうかと、そんなことを感じるヒゲの男だった。ただ、彼はその安心感からか見事に酔いつぶれて、早々に店を後にするのであった。


d0372815_14202021.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2017-09-24 14:20 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31