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2017年9月28日(木) ◆ウソつきは泥棒のはじまり、泥棒は芸術のはじまり。

こんにちは、北浜にて猫のひたいのように小さな店。画廊喫茶フレイムハウス(近日:Kunt Coromansa /クント・コロマンサに改名)を経営するヒゲの男、阿守のブログです。


雨模様の大阪の北浜。ヒゲの男はお気に入りの傘をさす。エリザベス女王ご用達のフルトン社の傘であるのだが、その特異な形状のために傘をしまいこむのが難しい。どうしてもシワがよってしまうのである、「女王陛下はこの傘をどうやって畳み込んでいるのだろうか…」などと、ヒゲの男は考えていたが、陛下本人に聞く術を持たないので考えるだけ徒労である。


さて、昨日のこと。


デザイナーの女が「柚子リキュール」を店に持ってくる。自身が行く焼き鳥屋で飲んでいるもので、とても飲みやすいのだそうだ。どうか店で使ってくれという。


「うーん、ワシ、こういうん苦手なんですわ。なんちゅうか、申し訳ない気持ちになるんです。お客さんからもろたお酒を、他のお客さんにお金とって出すいうことは、えらい気がひけてしまうてね。よかったら、そのままの値段で買い取らせてもらえんやろか?」


厨房でリキュールの瓶をながめながら、そういうのは版画家の柿坂万作である。万作は聖人君子のような瞳でヒゲの男を見る。


「どうか、万作さんのしたいようになさってあげてください」と、ヒゲの男も万作の意見に同意して、デザイナーの女にアドバイスをする。


デザイナーの女も快諾してくれ、いよいよ柚子リキュールは画廊喫茶フレイムハウスの完全なる持ち物となった。


しかし…。ヒゲの男はいつぞやの日のことを思い出す。


まだ、ヒゲの男がこの喫茶店の客だった頃、万作は客からもらったウイスキー「マッカラン」をそれなりの値段でヒゲの男に出していたのではなかったか。相手が女性だと、人の主義主張も変化するものなのかと、ヒゲの男は静かに苦笑する。まこと人間らしい。


つづいて、怪談作家の女が、大分のかぼすを手土産に店へやってくる。聞くところによると、隣のサロン喫茶フレイムハウスにも別の怪談作家がやって来るようで、今日はフレイムハウス行脚をするとのこと。常連のガルパンの男、常連の不思議な女も混ざっての怪談話しに花が咲くこととなった。


常連の不思議な女が、その落ち着いた声で話しだす。


「母の田舎、四国なんですけれど、そこに行ったとき田舎だから部屋も多くて広いの。そこで寝るとき、いつも夜は部屋の木目が人に見えてたの。だけど夜が明けて、どこのどの部分の木目が人に見えていたのか確認に行っても、見当がつかなかったの」


ヒゲの男も木目が人の目に見えていて、眠れぬ夜を過ごした経験がある。そういったとき、いつも母の胸をまさぐりながら怯えを殺して寝ていたものである。


怪談作家の女がいう。


「私は阿守さんが、いつぞや書いていた怪談話しがとても好きなのです」


「えっ?僕が…ですか?」


ヒゲの男には自身が怪談話しを書いた記憶がないので、キョトンとする。


怪談作家の女がこれまでに聞いた怪談のなかでもベストスリーに挙がるという、ヒゲの男の怪談を思い出しながら話してくれる。それはヒゲの男の実家にある、彼の今は亡き妹のピアノの話しであった。


そういえばそんな経験をしたことがあったなとヒゲの男は思いだした。なるほど、怪談といわれれば本人にそのつもりはなかったが、確かに怪談であろう。ヒゲの男の母親は妹が帰ってきていると気がついたときの話しである。


怪談作家の女が隣のフレイムハウスへ行くのと交替に、ギャラリーの女と版画家の女、そして絵描きの男がやってくる。万作の新作料理「コロマンサ」を突きながら、この料理を絶賛する。


後から入ってきた、トレーラー運転手の男と、忙しそうな男の二人組もその様子を見て啓示を受けたのか、「コロマンサ」を注文する。


万作は新料理コロマンサのインスピレーションの源泉がハイタッチの男こと冷泉や、会計事務所オーナーの男であることを語りだす。腹の殴り合いを起因とした、文字どおり腹を痛めて生まれた料理なのである。


そして唐突にはじまる、絵しりとり。サムネイル程度の大きさの絵を描いて、それが何を描いているのかは伏せたままで、しりとりをするというものだ。ヒゲの男も多少なりとも絵心があるのだが、対戦する人間がデザイン関係の人間ばかりなので、自分の描く絵がひどく稚拙にみえて、恥ずかしい思いをする。


隣のフレイムハウスでのイベントを終えて戻ってきた怪談作家も加わっての、絵しりとりは延々と続いていく。


デザイナーの女が帰宅するを境に中断された絵しりとりのあとは、怪談作家の女の主人が現代芸術の収集家だということを発端に、現代芸術の話しとなる。とにかく家に収まりきれないほどの作品が家にあるとのことだ、もし泥棒がその家に入ったとして、その中から何を持っていくのか泥棒の芸術的審美眼や慧眼に興味があるなと、ヒゲの男は不謹慎なことを考えながらニヤつく。


そういえば、怪談作家の女がこんなことを言っていた。


「私が怪談を愛するのは、それが、あの世の存在と、この世の存在の境に位置するという特性をもつからです」


先日、照明屋のテリーという男からヒゲの男のところへ唐突なメールがあった。(この男はいつも唐突なのだが…)


「芸術とは、もっとも美しいウソである。これは誰のことばだったか?」という内容であった。


もちろんのこと、これは作曲家のドビュッシーのことばであることをヒゲの男はテリーに伝えた。ドビュッシーのいう芸術とそうでないものの境、ウソと真の境はどこなのであろうかと…。ヒゲの男は怪談作家と不思議な女がクリスチャン・ ボルタンスキーの話しをしているのを聞きながら、ふと考えていた。


芸術と芸術でないものの境について、えらく古いインタビューで、偉大なるルノワールの息子が興味深いことを語っていた。


ここに書き出すと、注釈も入れて長くなるので書きはしないが。そのことば、ヒゲの男に確かな何かを与えてくれるものであった。


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by amori-siberiana | 2017-09-28 14:13 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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