こんばんは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。画塾「クント・コロマンサ」(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)をお手伝いするヒゲの男こと、阿守です。
さて、秋の万作祭(9/30から10/10)を終えて、とんでもない疲労感に襲われたヒゲの男。ここ数日、ブログも放置したまま英気を養っていた。ちょうどいい頃合いだと、店の名前を変えることにする。勝手気ままなタイミングで変えるであるからして、変わったことすら知らない人もいるであろうし、新しい屋号のデザインも名刺も間に合っていないことを考えると、当分は旧名と並行することになるだろうとヒゲの男は考えている。
阪急ブレーブスがオリックス・ブルーウェーブなる名前になったとき、南海ホークスがダイエーになりソフトバンクになったとき、さらには大洋ホエールズがDeNaなる珍妙な名前になったとき、誰もが違和感を持ったはずであるが、そういうことは時間と経験の積み重ねが解決してくれるものだ。
画塾といっても絵を教えるわけではない。いや、どうしても教えてくれよと請われれば
、共同経営者である版画家の柿坂万作がとことん教えるのだろう。店にある絵画のほとんどは万作が描いたもので、最近知ったことであるがこれも売り物だそうだ。売ってくれという人がいれば、やっぱり売るのであろう。
万作祭の次の日、ヒゲの男は北浜の青山ビルの一角を陣取るギャラリー「遊気Q」へ向かう。イベント中に来場した半数の人の尻が置かれていたのは、ギャラリーの女から無償で借り受けた椅子なのである。ヒゲの男は感謝を述べるついでに、今はどんなものを展示しているのか興味があった。
ギャラリーではちょうど展示の最中であり、ギャラリーの女と作家たちがおしゃべりしながら、作品を陳列していた。きものや帯の生地を使い、洒落たデザインの服を展示している。ヒゲの男は生地のかすり模様を指で触って追いながら、ギャラリー内をぐるりとする。
「阿守さん、椅子なんですけれどね、29日の午後15時くらいまでに持ってきてくださったら、それでいいんですよ。だから28日も使ってくれればいいんですよ」
そう上品なイントネーションでヒゲの男に話しかけてくるのはギャラリーの女である。28日といえば、現時点では「冷泉、命を削ったちゃんこ鍋」というイベントが開催されることになっている。壮絶な飲食が行われることは想像がついているので、椅子諸氏には酔っぱらいと引力のあいだにて任務に励んでいただきたい。
【遊気Qのホームページ】
https://www.keimi.jp/yukikyu/
それと大学生の女から連絡があり、店に献上茶を忘れたとのことだった。献上というくらいのものであるからして、それをわざわざ取りに来るということは、献上先の相手がクント・コロマンサ(画廊喫茶フレイムハウス)の二人でないことは明々白々である。
万作祭の次の次の日、ヒゲの男は早速、道具屋筋に暖簾を買いに出かける。色味は万作からの希望を聞いていたので、そのとおりにして、素材は麻にした。大体、こういった連中は暖簾を麻にするそうだ。早く育つし、よく酔うからだ。
夜も更けた頃、ヒゲの男とは同郷の本村の男がやってくる。同郷といっても15キロくらい離れているが、田舎の人間が考える「同郷」の範囲は、都会の人間のそれよりも広域なのである。いつものことながら、しこたまワインを飲んできたそうだ。
さて、昨日のこと。
ヒゲの男は、これまた同郷のギター弾きのシャフナーという男から先月のイベントで来場したさいに伝言をもらっていた。
「チキンの勝さんが、ギター返してくれいいよるぞ」
チキンの勝というのは、別に臆病者の勝という意味ではなく、神戸チキンジョージの専務、児島勝のことである。ヒゲの男が数年前にしていたシベリアンなんとかというバンドの活動休止前の打ち上げをチキンジョージでしたが、そのときにヒゲの男がチキンの勝から強引に持ち帰らされたものである。
「お、お、あ、阿守、お前、12弦、使うか?おう、おう」
「ありがとうございます。でも、せっかくですけれど勝さん、僕は自分の12弦ギターがあるんです。そして、その自分のギターすら使いこなせないので、預からせてもらっても豚に真珠になるのではないでしょうか」
丁重な断わりであり、随分と謙遜した言い回しであるが、ヒゲの男はこれでチキンの勝が「そうか、そうか、おう、おう、ほんだら、真鍋にの、渡そうかの、おう、おう」と、次はチキンの勝がシャフナーに話しを持っていくと考えていたのだ。ところが、チキンの勝の出方は予想と違った。
「使わんでもええからの、一応、持って帰っといてくれ。ケースないけどの、おう、おう」と、震えながらいうチキンの勝。その震えは自分が勇気を出して本音を相手に伝えるときに出てくる部類のものではなく、単に血中アルコールが欠乏していることへの、脳からの指令伝達の震えなのである。
一応、持って帰ってくれというのは、どんな状況なのか…。
ヒゲの男がそれを悩む間もなく、ベースの電気工事士の男が車で来てるので持って帰っておきますよと言ってくれたのだろうと思う。12弦ギターを裸身のままに手で持って電車に乗るようなことはなかったので、多分、そういうことになったのだろう。これは結果から逆算して経緯を考察する歴史学のファイリングの手法である。
ヒゲの男は意味もなく神戸から大阪へ異動させられたギター先生を神戸の本社に戻す機会がないものかと考えていたが、ちょうど昨日はチキンの勝の誕生日パーティーが行われているというので、およそ3年半ぶりにチキンジョージへ行くことにした。
神戸チキンジョージ
ヒゲの男が四国に住んでいた頃、関西ならばここで演奏したいなと憧れていた場所である。Mr.BIGが神戸の震災後にチキンジョージに演奏をしに来たというドキュメンタリーをテレビで観てから、その思いはさらに強くなったものである。憧れの地へ向かうことにした、もちろん面倒くさいことだが、それは仕方がない。
開演前のチキンジョージに到着して中に入る。音響のがっちょという女(この女の運転は荒い、船酔いしそうなぐらいだ)、そして照明のテリーが目に入る。ハンチング帽をかぶったチキンの勝が物販テーブルの横に座って、リハーサルを聴いている。ヒゲの男は挨拶もせずに客席で音を浴びる、3年半前に自身がギターを持って座っていた位置で音を浴びて、その懐かしい感覚に浸る。
ヒゲの男が「実家に帰ってきたな」というノスタルジーを感じていると、ヒゲの男の首を両手で締め付ける者がいる、もちろんチキンの勝である。ヒゲの男はチキンの勝に礼をいい、ギターを返還する。あとは二人でリハを聴きながらの酒盛りである。
ステージにはピアノ工房の男、シャフナー、縄文土器の男(チェロ)、キラキラの女(チェロ)、手品師の男(サックス)、魚市場の男(ドラム)が音を出しており、シベリアンなんちゃらの「HIDE & SEEK」という曲を演奏していた。
リハを終えたピアノ工房の男がステージから降りて、ヒゲの男のところへ来る。
「お前、なんでスーツなん?」と、ピアノ工房の男がヒゲの男に向かっていう。ヒゲの男は「仕事帰りだ」と、適当なことをいう。実際は仕事帰りではないが、どうしてスーツで来たのか?と問われて、それを正確に答弁しようとすれば「いい質問だね、どうしてスーツなのかというと、スーツ以外の服で来たくなかったからだ」という禅問答のような答弁になったであろう。
この二人の男が会うのは3年半ぶりである。しかし、これまでヒゲの男とピアノ工房の男は20年以上も一緒にいたのであるから、3年半の空白などまるでなかったかのようにお互いに新鮮味のない再会である。それでもヒゲとピアノ工房は延々と話しだす、客席でも楽屋でも、とにかく話しは尽きないのである。
ヒゲの男はこの日、チキンジョージの隣にあるホテル・モントレに宿泊予約(チェックアウト12時のレイトプラン)しているので、どれだけ飲みに付き合わされることがあっても大丈夫だと考えていたが、開演前にチキンの勝やピアノ工房の男とのおしゃべりに、ウイスキーをぐいぐい飲んだこともあり、演奏が始まった頃にはフラフラする。
それでもピアノ工房の男が作ったという映画音楽には感動する。先日、バイオリンの王子が監督した朗読劇の舞台を見ても感動したが、これまた良質の音楽家なのだなと再確認をするにいたった。ヒゲの男はいつしかまったく曲が書けなくなってしまったのだから。驚くべきことにフレーズのひとつも出てこないのである、音の泉は枯れてしまったのかも知れない。
アンコールのときにヒゲの男はホテルに戻る。入れ替わり立ち替わりの長丁場のライブが久しぶりだったので、耳を休ませたかったのもあるが、ピアノ工房の男の曲を脳内で再生しておきたかったのだ。
突然、会場からヒゲの男がいなくなるのは今に始まったことではない。
ホテルに戻ると、大阪のミサイルマンこと豚王(タッキー)から電話が入る。このタッキーという男はチキンジョージともシベリアンなんちゃらというバンドとも関わりの深い男で、今は貿易関係の会社の社長をしている。
「アモさん、なんかメールに今日は神戸にいるって入ってたのをみて、電話したんですけれど」
「そうそう、今日はチキンジョージの勝さんの誕生日イベントだから来てるんだよ。タッキーも神戸なら今からおいでよ」
「まだ、イベントしてるんですか?」
「うん、今からアンコールがはじまろうとしているところだ」
ヒゲの男はさも自身がチキンジョージの中でいるようなことを言っては電話を切り、ホテルでゆっくりと風呂に入る。風呂からあがり、モントレのロゴが入ったパジャマを着てリビングのソファでくつろぐ。ふと、自分のスマホを見ると不在着信とメールが数件はいっている。
電話をくれたのはタッキー、そしてメールのいくつかもタッキーであった。内容は以下のとおりである。
「この詐欺師め!帰っとるやないか!!」 10/13 22時14分
「帰っとるやないか!!」 10/13 22時31分
これにはヒゲの男も声をあげて笑ってしまった。この男のリアクションほど面白いものはない、ヒゲの男は顔を真っ赤にして怒り狂い、呪いのことばをわめき散らすタッキーを想像してホテルで腹を抱えて笑う。
この火曜日、小説家の男を北浜の店に招いたとき、タッキーも遅れて来たのだが、ヒゲの男はちょっとタバコを買ってくると言い残してタッキーを店に置き去りに帰ったばかりである。火曜日に置き去りにされて、そして金曜日にも置き去りにされた男の怒りは相当なものであろう。
聞くところによると、タッキーは急いでチキンジョージに来たのはいいものの、阿守がいないのでトイレや楽屋を探し回る。ピアノ工房の男に「アモさん、どこ行ったか知りませんか?」と訊く。ピアノ工房の男は「阿守はホテルに帰るって、オレんところにメールがあったで」とタッキーに答える。タッキーはピアノ工房から、ヒゲの男が送信した「帰る」の一報を受信した時刻を聴き取り調査する。
どうやら、自分がヒゲの男に電話したほうがそのメールより後だったということを知り、謀られた!と悟ることになった。
「どうりでおかしいと思ったんですよ、アモさん、アンコールがこれからはじまると言うのに、電話の向こうは異様なまでに静かやったんですよ!火曜にダマされたばっかりやのに!またダマされた!」
タッキーからのメールに笑い転げながらも、ピアノ工房の男も話したいことがあるというので、ヒゲの男は湯上りのパジャマのままでチキンジョージに戻る。タッキーに飲まないのか?とヒゲの男が訊くと、タッキーは車で来ているので飲めないという。タッキーと犬猿の仲だということで有名なテリーは、タッキーの登場を見るや否や帰宅の途につく。
「タッキー、今日は祝いの席。軍司と僕も3年ぶりだし、タッキーがこれまでお世話になってきたチキンで酒が飲めないっていうのはどうにも無礼で釈然としないから、今夜はどこかで泊まったらどうだい」と、これが大人の嗜みだよという体で話しだす詐欺師のヒゲの男。
ヒゲの男は自分の泊まっているホテルの部屋に空きがあることをタッキーに教える。心底、酒が好きになってしまってるタッキーはその悪魔の誘惑には逆らえない。「そうですよね」と早速、楽天トラベルで宿を予約したタッキーを見届けて、ヒゲの男はまたサッとホテルへ帰って寝る。
生贄には細身の男よりも、恰幅のよい男のほうがいいに、昔から相場は決まっているのだから。
壮烈なまでの飲みが行われただろうことは、想像に難しくない。
チキンの勝は55才を迎えたとのこと、お誕生日、おめでとうございます。