2017年11月20日(月)前編 ◆雨男ことアラタメ堂の挑戦状も終わり。

こんにちは、北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの男こと、阿守のブログです。


日曜日は北浜のオフィスがお休みなので、ヒゲの男のブログもお休みである。ということで毎週の月曜日は二本立てで書くことになるのだが、人間の記憶というものは余計なことは猛烈に暗記している割に、適宜思い出さなければいけない案件については、なんとなくカロリーを消費しないと脳の引き出しから出てこないのである。ヒゲの男も漏れなくそんな感じで、ガーナの首都がアクラであったり、マダガスカルの首都がアンタナナリボという覚えていても役に立ちそうにないことはサラリと出てくるのだが、土曜日のこととなると風前の灯火である。


それでは思い出してみるか。さて、土曜日のこと。


ヒゲの男は由緒正しき青山ビルの一画を占拠しているギャラリー「遊気Q」に向かう。この日はアラタメ堂のご主人主催の人狼・ボードゲーム大会があるので既存の店の椅子だけでは間に合わないであろうことを予想して、ギャラリーの椅子を再レンタルさせてもらおうという気焔である。万華鏡がずらりと並ぶギャラリーに入る、土曜日の夕方で喧噪とは別世界の静かなギャラリーにて、ゆっくりと万華鏡のひとつひとつを回してはのぞき込み、回してはのぞき込みをする。


「それにしても万華鏡というのは、よほど日本人の気質と合ってるものだったんでしょうね」とヒゲの男はギャラリーのオーナーの女に向かっていう。口を開きながらも万華鏡を回す手は止めない。ヒゲの男はさらに言葉を紡ぐ、「1810年代に遠く異国のスコットランドで発明された万華鏡が、1820年頃には日本で盛んに作られていたんですから、この速度感たるや、よほど日本人の気質に合っていたことの証明です。ウイスキーなんかよりもよほど早い段階で日本文化に取り入れられ同化したのでしょう」、「それはそうですよ、ですからね手先が器用な日本人の繊細さにピッタリだったんですよ」とギャラリーの女は返答をする。


ヒゲの男は万華鏡を回しながらも、いつの間にか頭のなかでは種子島にやってきた二丁の火縄銃がその後、どんどん複製されて短い期間のうちに日本を世界最大の火縄銃保有国としたことを考えていた。いくら便利なものだとしても、それを使う側の文化や気質に合っているかどうかというのは、マーケティングリサーチの極意であろう。万華鏡と火縄銃の場合はそれが成功した例ではなかろうか。


貿易ビジネスの初歩は山のものを海の人に売り、海のものを山の人に売るということである。しかしながら現物を持ち歩くには随分と骨が折れる、そこで生み出された最大の発明が貨幣である。それが今となると貨幣すら持ち歩くのが面倒になり、電子マネーというものが発明された。そのうち目と目があった瞬間にテレパシーのようなもので金が行ったり来たりする時代がやってくるであろうか。そのとき、自分は幾らぐらいの値付けをされるのだろうかとヒゲの男は想像する。


世の中の物流は凄まじい。辺境の新疆ウイグル自治区からやってきた干しブドウが棚にあり、その隣には南米チリのワイン、その隣にはオーシャニアのオーストラリアのワイン、さらに隣には欧州のワインが並べられている。マーケットはいつしか万博のような出し物で溢れているのだ。これだけ物流がいいのだから物流に関係した人間はよく稼ぐのだろうと言われればそうではない。今、物流の世界は崩壊の一歩手前である。昔はトラックに乗れば家が建つといわれていた時代があるが、今の物流業界は地獄絵図である。


働きアリのようにコキを使われて安い賃金で走らされる。市場のニーズが高まりの極致を迎えており、市場において価格競争が行われることにより、ニーズは出来るだけ安いほうを使用することとなる。安い仕事にて高い報酬を得るようなことはできない。1リットルのハイボールから3リットルのウイスキーが取れることは絶対にないことからも明らかである。A地点からB地点まで「@」という物品を運ぶ仕事において、AとBのあいだにあるCやDに立ち寄ってさらに別の「@'」という荷物を積む、そもそもAとBに行かなくてはならんのであるから、途中で道草をしても交通費はあまり変わらない。とにかく移動中にどれだけ無駄なく稼げるかという競争なのである。


さらにはあまり一般的ではないが「水屋」という商売もあり。この水屋は自分で5万円で請け負った仕事を他の物流会社に4万8000円で引き受けさせて、あいだの2000円の差額を取っていくというものだ。どんどんと安いほうに安いほうに仕事が傾いていくが、そういったアンバランスな市場の下敷きになっているのは、いつも働かずして食うべからずを申しつけられた労働者ばかりなのである。便利には根拠がある、そして根拠をのぞいてみると、必ずカラカラと乾いた音がする悲しみがあるのだ。


社会問題というのは、その問題の事象を切り取り報道することが問題なのではない。それは社会ではなく労働問題である。いつしかそういったことに無関心になっている社会のことを社会問題というのである。


ヒゲの男はギャラリーにて椅子を三脚ほど借りて店に運ぶ。昼までは雨が降っていたが、夕刻にはすでに雨はあがっており、大いに助かる。


椅子を持ち込み店で一息ついていると、アラタメ堂の主人がやってくる。アラタメ堂の主人に続いて来店者が続々とやってくる。厨房にいる版画家の柿坂万作はおもむろに「うーん、今日はキャッシュ・オン・デリバリーにしましょか」といいだす。ヒゲの男が「どうして?」と万作に説明を求めるが、万作は「うーん、そのほうが面倒くそうないでしょ」というのみであるから、せっかくの提案だが却下する。雰囲気によってあれやこれやとビジネスで一番大切な根幹を変更するのは、個人商店の陥る最も愚劣なる商法であるからだ。ようするに万作は来客者それぞれの伝票を書くのが面倒なだけなのだ。


ヒゲの男は「会計の方法はいつもどおりにしましょう」と万作に伝える。万作は来客がいるにも関わらず「えー、面倒くさいですやん」と素っ頓狂な声をだす。この幼稚な行動に呆れたヒゲの男は万作をにらみながら「お客さんの前でそういうことを口にするな」という。万作は恨めしそうに沈黙をして厨房に入る。オルガン横の奥の席ではコートを脱いだばかりの客たちがテーブルゲームを楽しんでいた。たまに万作は家と店を混同視するのでヒゲの男は手を焼いている。


テーブルは二つに分かれてボードゲームが行われている。オルガン横の奥のテーブルではホテルの客人を殺害するという物騒なゲーム。ステージ正面のテーブルでは自分がスパイとなって潜入している仲間と合流するというゲームをしている。人がゲームをして一喜一憂している場面は見ていて楽しいものである。いつしかヒゲの男はゲームに参加せずとも、そのゲームに興じる場を提供して、みんながゲームに熱中する様を眺めるほうに楽しさを感じるようになった。以前はそうではなかった、ゲームの中心は自分でないと気が済まなかった男だ。

ゲームで生まれるプレイヤー同士の繋がりというのは短時間での有限であり、そういった即席的な協調と対立を経験できるのはゲームならではであろう。最終的にはゲームを箱の中に戻せば、それらの築かれた関係性は霧散するのである。ゲームの最大の楽しみはひとつの選択のミスで自分の人生を台無しにする可能性がないことである。もちろん、金がかかってればその定義はもちろん崩れて、さらにゲームもその意味合いから離れ、それは競技になってしまう。ゲームとは競技以前の遊びのことなのだ。


ヒゲの男はモノポリーを持ち出してきて皆でやってみたが、最初に破産することとなり、随分と時間的な暇ができたので銀行役をしながら、上のようなことを考えていた。暇な人間というのは余計なことを考えるものである。


店内の場も温まってきたころ、人狼大会が始まることとなる。人狼経験者が多数と未経験者がひとりであった。人狼ゲームのおもしろいところは、初心者が入ってくれることにより事故が起きることである。このハプニングをヒゲの男は気に入っている。予期せぬことが起きたとき、どういうふうに対処していくのか、そしてたまに諦めたり、困難を突破したりするのかという試行錯誤で暗中模索の様相が好きである。


この日の人狼も大変に面白いものであった。経験豊富ないちげんさんがゲームマスターを変わってくれたり、人狼ゲームのこれまで知らなかった特殊な遊び方などを教えてくれたり、場を支えてくれた。そして未経験者のバイオリンを持った女人狼に振り回されることとなった回などを筆頭に、愉快で思いしだしても笑いが出るような経験ができた。


アラタメ堂のご主人が人狼役になったとき、無意識に右半身が前のめりになるのを見抜いてからは、ヒゲの男は狼を一匹見つけるのに苦労しなくなった。


次回は12月23日にお集まりいただきたい。アラタメ堂のご主人にはこのような場を作っていただけたことに深く御礼申し上げ、参加者のお歴々に感謝をしております。


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by amori-siberiana | 2017-11-20 13:16 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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