2017年11月22日(水) ◆猫のひたいの情報交易、それは北浜のかつての光景。

こんにちは、大阪は北浜にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営する、ヒゲの総帥こと阿守のブログです。


今日より北濱では少彦名神社を中心とした「神農祭」が開催される。といってもそんなに大きな祭りではない、大阪ではそんじょそこいらで大きな祭りが行われていることから、目立ってこれだというものがない祭りでもある。そこのところを宮司本人たちも知ってのことか、神社側の宣伝の仕方もなんら特色もなく工夫も努力も感じられない。


NHK「目撃!日本列島」で当社が紹介されました
「家族のために 自分のために~大阪“薬の神様”に託す思い~」


「関ジャニ∞のジャニ勉」で北浜界隈を散歩された渋谷すばるさんと大倉忠義さんに御 参拝いただきました。


これでは田舎のチョビ髭の生えた気難しいマスターのいるジャズ喫茶の自慢とほぼ変わらない。それなのにペットの七五三までやってのけようというミーハーなる心意気はあるのだから、だれか神社へコンサルタントに入ってあげたほうがいいのではという気遣いまで生まれてくる。とにかく不憫でならない、不憫でならないが朝の早くから屋台が立ち並び、市がたつ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は南船場のパン屋「き多や」の三休橋支店に行き、パン屋の亭主が企画提案したという新作のチョコクリームパンを買って、そのまま北浜のオフィスへ向かう。買ってきたパンをそのままデスクで食べる、甘ったるくない、オレンジピールの絶妙な甘味と苦味がチョコクリームへのアクセントとなり、見事な出来映えである。「へえ、うまく作るもんだな」と総帥は感心しながらついでにもう一つ食べる。


昼を過ぎたころ、アラタメ堂のご主人がオフィスに顔を出してくる。「阿守さん、先日のイベントのときに置きっぱなしにしていた僕のゲームを店へ取りに行こうと思ってるんです」と総帥にいう、「アラタメ堂、それなら、一緒に行きましょうか」と別に面白くもなんともない返事したあと、二人でクントコロマンサに向かうことになった。


店に到着すると、かすかに誰かが先ほどまでコーヒーを飲んでいただろう香りが漂う。奇しくもついさっきまでアラタメ堂の学友である、名前のような名字の男が来店していたとのことだった。アラタメ堂から「ギター小僧がそのまま大人になったような男」と評される名前のような名字の男は、いつもふらりと店に立ち寄ってくれるのだ。


アラタメ堂と総帥は次回のゲームイベントについての戦略を練る。こういったスパイスを入れてみたらどうかとか、客を泥酔させて殴り合いさせてみたらどうかとか、プロレスラーを呼んでみたらどうかとか昼間から議論は混乱を極めて爆笑を誘う。「人狼において北浜のカリスマのような英雄とか悪漢をでっちあげましょうよ」と総帥はいう、「なるほど、それもいいですね」とアラタメ堂は相槌をうつ。ヒゲの総帥の頭のなかには多数の英雄候補お歴々の顔が浮かんでは消える。いつかラシュモア山に彫刻されたアメリカ大統領の顔のように、歴代の北浜人狼の英雄が版画家万作の手によって彫られたら、これは愉快だろうなと不敵に笑うヒゲの総帥であった。


「あの、彫刻はなに?」と観光客が指をさす。道行く北浜の人々は口を揃えていう「ただの英雄さ、人狼のね」と。


総帥はアラタメ堂より一足先に店を出て、そのまま整体へ行く。右の肩甲骨から肘にかけては悲鳴をあげてるが、放っておいてもどうにも阿鼻叫喚は収拾がつかないので、なんとかしなくてはならないのだ。整体が終わりオフィスに戻ったとき、タイミングよくハイタッチ冷泉から連絡が入る。とくにすることがないのでヒゲの総帥のオフィスへ立ち寄ってから一緒に店に行かないかということであった。総帥はオフィスに戻って早々パソコンのトラブルに遭遇していたので、これ幸いと冷泉をオフィスに招いてトラブル解決をしてもらう。


ハイタッチ冷泉とヒゲの総帥は連れだって店に向かう。早めに到着するが店のシャッターが開いてない、店の前で待つこと数分、往来の向こう側から版画家の万作がこの寒さにもかかわらず下駄を履き、手にはレジ袋を引っ提げて持って戻ってくる。店に入るや二人の男はウイスキーを飲み始めて、昨日の話しの続きをする。


しばらくすると、あらゆる会社で副社長をしている男がやってくる。それに続いて不動産王の男、26.1%の男、南船場のイシュトヴァン・シュテファン(イシュトヴァン・シュテファンというのは東欧で高名なチョコレート売りの名である)、玄米の女、経営革新専門の男、海外投資アドバイザーの男がやって来る。厨房では万作と星師匠がもつ鍋の用意をする。それぞれが副社長の男からの紹介のあとに自分が何者であり、自分がどのようなことをしでかそうとしているのかを手短に話す。常連の不思議な女とガルパンの男もやってくる。いちげんさんの人事ストレスの男もやってきて、本人も訳の解らないまま自己紹介を一同にさせられる。不思議な女は「頑張って」といったかどうかわからないが、なにやら落ち着いた声で男の背中を後押しする。


ありとあらゆる副社長の男の声掛けによって集められたメンバーは大いに語り合いビジネス哲学であったり、自身の経験談や未来への展望など意見交換をする。入口側の席では常連たちがやはりいつものように猫の目のように変わる世界について話しをする、中央の席ではガルパンの男が敵の戦車を駆逐するためスマホに指をはわせる。時間は一瞬にして過ぎる、ゴガッと締まりの悪い店の扉が開く。知らない男が阿呆のように立っている。


ヒゲの総帥が25年ぶりに出会う旧友の登場であった。彼の名前をらっきょという。らっきょの家の犬はバカなので何でも食べるという噂があったが、果たしてそれが本当なのかどうか今となっては藪の中である。らっきょは大阪のビッグキャットという会場でカナダ人のアーティストのイベントに参加したあと、猫繫がりでもなかろうが猫のひたいのように小さな店に立ち寄ったということだ。もちろん、らっきょも自己紹介をする。いきなり酔っぱらいの渦中に放り込まれては、幾ら旧友といえども迷惑千万であったろう。


総帥とらっきょの若かりし頃。らっきょの家人からヒゲの総帥の男の家に電話がかかってきたことがある。「どうかうちの子供と遊んでくれるな」という嘆願であったのだ、それだけらっきょの家は教育熱心であったのかも知れないし、もしくは他の理由があったのかも知れないが、今となっては笑い話しである。人格形成期においてヒゲの総帥の存在はらっきょにとって悪の枢軸でしかなかったのであろう。


早速、らっきょもビールをあおる。常連の不思議な女とガルパンの男とらっきょは何やら半導体の難しいことを話しだす。らっきょはどこで訊いたのかヒゲの男がITに詳しいと勘違いしていたようだが、偉そうにヒゲを生やしている割にはこの総帥はITのことなどチンプンカンプンなのである。そういった分野は冷泉とか会計事務所のオーナーとか優秀な先駆者が近場にいるので、敢えて学ぼうという気がないのだ。他人の知識をまるで自分の知識のように考えてるこのヒゲの総帥はなかなかしたたかであり、やはりズルい。


万作の作ったもつ鍋は来場者から好評である。さりげなくもよく考えられた段取りに万作の料理人としての凄味と安心感が旨味となって鍋から漂っていた。


副社長の男が主催した「夢の果てまで会」が殴り合いを経て壮絶に終わり、経営者陣は千鳥足にそれぞれ細い階段を下りて帰っていく。万作はそれを見送る、その光景を目にした新潟のマイスターたちがやって来る。冷泉は翌朝は4時から講習会のために起きなければいけないと帰る支度をしていたが、中越地方からの客人と意気投合して結局、深夜まで飲み続けることとなる。そのあいだにも植木屋が来たり、なにやらわからぬ商談をする人間たちがひっきりなしにやって来る。


「僕はこの店をロイズ保険協会のようにする」というのはヒゲの総帥のモットーであるが、この日に限ってはそのような雰囲気になる。暖簾はあるが色は真っ白で屋号も何も書かれていない。その白地の暖簾の横にひっそりと「柿坂」という表札があるだけの店。普通の店にあるものがなく、普通の店にないものはやはりないというこの店にやって来る人たちは、やはりユーモラスである。


新潟のマイスターは絶品の米を作っている。米のマーケティング戦略の一環として大阪に来たという。マイスターと一緒に来店したのは令嬢と東京の大学で稲作を学ぶ大学生の男である。ヒゲの総帥はこの北浜という地がかつては米取引で栄えた場所であるということを彼らに伝える。冷泉はやはりここでも殴り合いをしだす。大学生の男とマイスターの年齢差はおよそ祖父と孫くらいであろうか。この二人が同じ目線にたって仕事をするというのは、なんとも気味がいいではないかと総帥は感じる。


「米、一俵、ここん(店)贈っとけ」と酩酊したマイスターは大学生の男に指示をする。「まるで昔の租庸調のようですね」と総帥は苦笑しながら、ありがたい申し出に頭を垂れる。この日の最後は冷泉とマイスターが一緒になって「酒と泪と男と女」を歌い終わりとなった。


濃厚な一日であった。書きたいことをそのまま全て書くとなると、昨日の復習で今日という一日が潰れてしまうであろう。


ITなどの最先端ビジネスと農業。一見すると両極にあると錯覚してしまいそうなそれぞれの分野であるが、案外、それらは立ち並ぶ長屋のご近所さんであるという認識が持てる新しい世代が育ってきているのだなと感じた。


あとは飢えるという経験をするかしないかである。飢えたことを経験した人間は生きるということの本質を忘れずに、頑丈に伸びていくものである。飢えとは教えられるものではなく、身をもって経験してみないと解らないものだとは、ヒゲの総帥の親が口を酸っぱくして言っていたことだった。


不幸というものは、それに耐える力が弱いと見てとると、そこに重くのしかかる。とは英国のシェイクスピアの言葉であっただろうか。


人々に稲作を伝えたとされる炎帝神農。神農は木を加工して農具を作り、農具のメリットを民衆に教え広めた。その彼の祭りが、今日から北浜で行われているのだ。屋台で握り飯だけが出ないものであろうか、今日は握り飯だけで米の美味さを感じたい日である。


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by amori-siberiana | 2017-11-22 14:17 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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