2017年11月28日(火) ◆故国は発展にいそがしかった、女は化粧にいそがしかった。

こんにちは、北濱にて猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を版画家の柿坂万作と共同経営しているヒゲの男こと、阿守のブログです。


人類は他の生物と比べて明らかに悩んでいる。進化の過程で悩むようにできてしまったのだが、悩むことや迷うことを放棄した人間にどのような魅力があるだろうか。そんな悩んで苦しみ迷う人類が生み出したひとつの大発明がある。それは日記というものだ。ヒゲの総帥のように表裏のある人間はなんとか日記をつけることで心の均衡を保とうとするものである。表裏のない人間であっても自分のしてきたことを「書き留めておく」ということは、歴史という大きな時計仕掛けの歯車における、重大な部品パーツを自分や他の人に知らせておくという役割がある。そのパーツが極私的なものなのか公益として世の中に還元できるものかは後世の人間が決めればいいことで、現時点でおこがましいとかそういうことは考えなくてよかろう。


日記には二種類ある、人に見られるように書かれたものか、人に見られないように書かれたものかである。ヒゲの総帥の場合は前者である、これには理由がありそもそも店の宣伝を兼ねてのブログであるからして、隠密日記では意味合いをなさないのである。人に見られないように書かれた日記を読むときは相当な覚悟がいる。書いたその人が墓にまで持って行った秘密や内面を知ることは、本人を目の前にしたときよりも読み手の想像力を掻き立てて、現実を凌駕することもあるのだ。


さて、ここに一人の男が果敢にも日記に挑む者がいる。その男の名はハイタッチ冷泉である。もちろんハイタッチ冷泉などという名前で日の当たるところに出ているわけではなく、それはあくまで世を忍ぶ仮の名前。世間的には加藤という普通の名前を持っている男である。是非、機会があればご一読いただければと願うものである。機会があればでいい。ほんとに機会があれば。機会がなければそれもいい。


昨年だったであろうかヒゲの総帥が香川の実家に帰ったときのことだ。ヒゲの母親が「これを見て欲しい」と一枚の絵画を持ってきた、描かれているものやタッチや色彩のコントラストからそれを描いたのがヒゲの総帥の亡父であるということはすぐわかった。絵は色紙に描かれていた。「この絵がどうかした?」とヒゲは愛想なく母親に聞き返す、すると母親は問題は絵ではなくてその裏に書かれてあることだという。よく見ると絵の後ろに何やら鉛筆で文字が走り書きされている。父の字がどのような字であったのか特徴を掻い摘んで表現することは難しいのだが、十中八九、これは父の字であろう。


絵画の裏にはこのように書かれていた。




某月某日某時某分 警察から連絡あり父が交通事故に遭ったという。某病院に搬送されて治療中だという。


某月某日 父の意識は戻らず容態は変わらない。


某月某日 父が死ぬ、享年72才。葬儀は自宅で行うことになる。


この絵は私の父が死んだ日に、完成した。




「一体どいな気持ちで書いたんやろか」とヒゲの母親はいう。ヒゲの総帥は何度も何度もその短く感情の吐露のない父の書いた文章を読んでいた。ここに書かれている父というのはもちろんのことヒゲの総帥からすれば祖父のことである。ヒゲの総帥の祖父は変人であった。港町で生まれた真面目な職人であり、自分のいとこにあたる女性と結婚した(註:これについてはヒゲの総帥が後日に除籍謄本を役所で取ったときに知ったことである)。まだ同族結婚の風習が残っている土地だったのであろう。ところが結婚後すぐに細君が死ぬこととなり、そこから何かが狂いだした。


新しい細君をもらうことになり、ようやく平安がというときに戦争が起きた。祖父は戦争が嫌で嫌で逃げ回っていた、どうして殺されるかも知れないところへ行かないといけないのかと逃げ回っていた。ところが挙国一致体制で戦争に臨もうという当時にそのような個人主義が通用するはずもなく、家族は周囲から村八分のような扱いを受けることとなる。祖父は新しい細君とのあいだに四人の子供をもうけた、そのうちの次男がヒゲの総帥の父である。四女は生まれてすぐに死んだ、戦争忌避をした報いだという周囲の人間もいたそうだ。一族への風当たりは強く、祖父は酒に溺れるようになる。仕事もせず昼間から酒ばかり飲み、そして飲んでは嫌というほど暴れて文字どおり酒乱となってしまう。


ヒゲの総帥が祖父に対して持っている記憶は酒を飲んでは暴れて、ヒゲの男の父が夜中でも車で駆けつけて諫めるというものであった。ヒゲの父は自分の酒乱となってしまった父親に対してどのような感情を持っていたのか聞いたこともないし、問うたこともない。時代がそうさせてしまったとか、心が優しすぎたからとか、他人はなんとか人の罪を酒へ、酒の罪を時代へと転嫁させて落としどころを見つけようとするが、果たしてそれは歴史を正確に見抜いていることになるのであろうか。


そんなことを考えながらヒゲの総帥は亡父の描いた絵とその裏の文字を交替にながめていた。「多分…」とヒゲの総帥は母親に口を開く。「多分、書かずにはいられなくなって書いたんではないかな。そこに理由なんてなくて、書き留めておかなくてはと感じて書き留めたんだと思う。そんな気がする」とヒゲの総帥は母親に絵画を返しながらいう。なにやら曖昧模糊な返答に首をかしげていた母もそのうち不肖の息子の意見に賛同したのか絵画を持って奥へ行った。


母親の父親は海軍将校であった。木造平屋の家には茶に焦げた軍艦の大きな写真が額に入れられていた。だが、それについてヒゲの総帥が質問しても祖父は何も語らなかった、その質問をすると決まって祖母がヒゲの総帥に「ようけの人が死んだんや、爺ちゃんの友だちもようけ死んだんや、あの時代の話しは爺ちゃんしとないきんの、あんまり聞かんようにせんと」と言い聞かせるのであった。話したくないことをどうして自らの勲章のように額に飾っておくのか当時のヒゲの総帥には理解できなかった。今は違う。それは語るために飾っているものではなく、飾らなくてはいけないゆえ飾っていたものなのである。


語り合い理解することも大事である。同じように沈黙の中からそこから学ぶことを先人たちはよく心得ていた。その沈黙は避難や回避ではなく、ただただ生きるということの厳しさを教えてくれるものであった。沈黙することによってのみ教えられることが確かにあるのである。それは黙秘権のような人権の帳尻合わせの事柄ではなく、もっと高いレベルの人間の尊厳や意識に基づいた行為であるように感じられるのだ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥が店に行くと、あらゆる会社の副社長の男と人材派遣会社のオーナー、そしてよさこいの女が来店していた。人材派遣の男は今の世の中は働きたがる人がいないという、人的資源がないのに大手からの働き手の需要は多くて、供給が追い付かないのだと世情を教えてくれる。なるほど今の風潮では「不労収入」というものに若い人は価値を見い出しているのかも知れない、今日働かなければ明日死ぬという具合の人は以前に比べて少なくなっているだろう。


「うーん、汗ながしてビール飲むいうんが一番美味しいんですけどねえ」と厨房から万作が会話に入ってくる。もしかしたらそういう言葉が故事のようになる時代がやって来るのではないかとヒゲの総帥は独自の解釈を加えてみる。ヒゲの総帥がどうなのかといえば、やはり労働というのは文化の根拠になるものであり、これを不必要としてしまうと文化の消失に繋がることになるので労働は必要であると考える。これについてはナウルという国を例に出すまでもないが、労働は大切な行為である。しかしながら労働というものについても全面的に肯定しているのではなく、それぞれ見直す必要はあると考えている。酷な仕事を低賃金でなんてやってられないのだ。


世の中のほとんどの人は、それが何なのかよくわからないけど、今年の最初までにビットコインを買っておけばよかったと考えているような世情である。不労収入を目指せ目指せと世間が言ってるようなものである。つまり、不労収入は一時的なブームである。この一時的がどこまで続くのか解らないが、情報ひとつで一喜一憂させられる金の稼ぎ方に人間性を振り回されるのはゴメンである。


実はヒゲの総帥もこの四カ月ほどクントコロマンサの経営に必死になってはいたものの、自身が働いているのかどうなのかわからなくなってきている。それは自身のなかに「働く」とはこういうことであるという観念があるからで、それの解釈を刷新させるかやはりその観念のままにしておくかで今後の意味合いは違ってくる。自分がしたくなかったり、できないことだから他人にしてもらう、他人に動いてもらってそれを労うために対価が払われることが給料の根本であるのだとしたら、その時点で一応の決着はつくが、投機というのは果たしてどこにゴールがあるのであろうか。自分に出すものが無くなれば終わりだとして、その反対側のゴールはどこにあるのだろうか。そこに見える景色はどのようなものか垣間見てみたいものである。


副社長の男と人材派遣の男と話しをしながら、ヒゲの総帥はそんなことを考えていた。ところが気がつくと話しは高知の女は肉食獣だという話しに移っていた。隣に座っていたよさこいの女はギクリという顔をする。


そこから常連の不思議な女とガルパンの男がやって来て会話に加わり、エスカレーターにとって代わる次世代の昇降機の話しなどをしだす。「トランポリンを段々において上に昇っていくとか」と不思議な女はめちゃくちゃなことを言いだす。ヒゲの男はたまに京都あたりでは大阪の人とそれ以外の人が混ざってエスカレーターの乗るところが左右チグハグになっていることがあるという。ガルパンの男は「でも、エスカレーターは足場の中央に乗るのが正解ですからね」という。「ルールに効果があるところと、そういったルールを無視した超法規的なところってまだまだありますよね」と副社長の男はいろいろな事例を出して説明してくれる。


夜も更けて青いカーデガンの女がお土産のラスクを持ってやってきた。ヒゲの総帥は先日アラタメ堂から寄付してもらった「バトルライン」というゲームを半ば強制的に青いカーデガンの女にさせてみる。


カードを並べてみると、やはりそれぞれに役職があるのだ。皆が同じことをしていては、何も面白くもないのだ。


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by amori-siberiana | 2017-11-28 13:13 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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