2017年11月30日(木) ◆音楽の美は、その一瞬の短さにおいて生命に似ている。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


昨日は朝から晩までゲーム三昧であった。ゲームといっても多種多様あるのではあるが、この日のゲームはすべて「人狼」である。ヒゲの総帥はインターネットでの対戦型ゲームの人狼においては安倍総理(ハンドルネーム)という名前でそこそこ知られた存在である。ところがネットではなく実際にプレイヤー同士が集まってゲームをすることは、つい最近まで経験がなかった。ヒゲの総帥にそんな貴重な体験の場を与えてくれたのが、アラタメ堂のご主人である。


なかなか大人になってゲームだゲームだと公言できない恥ずかしさがあるのだが、アラタメ堂たるやそんな外野からの野次はお構いなしである。好きなことを好きといって何が悪いのだという気焔にヒゲの総帥はいつも尊敬の眼差しを向ける。そう、好きなことは好きといえばいいのだ。好きなことを好きと憚らなくてはいけない世の中など、全米のように涙だけしていればいいのだ。


午前中からアラタメ堂は北濱のオフィスにて人狼の用意をする。今回は昼夜二回に分けてのダブルヘッダーであるが、昼にはアラタメ堂のご主人が偏愛する蝸牛庵のサンドウィッチがプレイヤーに提供される。そして夜はアルコールである。普段はオフィスでアルコールを飲むことはないのであるが、いつもは禁止されている場所でいつもと違うことをするのは、人間の老化を防いでくれる。慣習ほどありがたいものもないが、慣習ほど必要悪もなかろう。


昼の部、ぞくぞくとオフィスに人が集まってくる。ヒゲの総帥は昼の部はずっとゲームマスター(司会進行)を担当する、ゲームマスターほど面白い担当もない場の緊張感と弛緩と速度感をあれこれ試行錯誤しながらやっていくのは、オーケストラの指揮者に似ている。オーケストラというのも興味深い集団であり、何も楽器を演奏しない人間が一番偉そうに棒を振り回して聴衆から喝采を浴びるのであるから。あれほど人間と集団の特性を如実に表した仕事もなかろう。


指揮者に求められる一番の資質というのは、経営者に求められる資質と合致している。それは求心力である。この求心力を持った指揮者は帝王となり、かといって人から忌み嫌われるものでもなく、むしろ感謝されるようになるのである。では、求心力を手に入れるにはどうすればいいのかといわれると、これはとても簡単なのだ。簡単すぎて誰も気がつかないのである。


好きなことを好きといえる人である。


昼の部が終わり、メンバーを入れ換えての夜の部がはじまる。ひとりひとり紹介したいのであるが、どうにもそこまで手が回りそうもない。一日にあったことをそのまま克明に表すにはやはり一日かかる。そして次の日にまた一日のことを克明に表そうとすれば、一日かかる。つまり、その一日から延々と離れられなくなってしまうのである。容赦なく自分に起きた出来事を簡略化してデフォルメすることで、過去から離れて安心して翌朝を迎えられるのであろう。


会は盛況に終わることとなる。もし、なんらかの手違いがあり後世の人間がこのヒゲの総帥のブログを検証することがあったとすれば、アラタメ堂やその仲間たちは遊んでばかりだと思われるかも知れない。それについて何らの弁明も浮かばない、どれだけ言い繕ったところで遊んでいることには変わりがないからである。「いい時代もあったのだな」と感じてくれれば、それで十分である。


夜の部が終わり、ヒゲの総帥とアラタメ堂と上仲、そして夜の部からゲームマスターを兼任した人狼のスペシャリストの男は連れだって北濱にある猫のひたいのように小さな店に移動する。


店に到着するといやに混雑している。すでに常連のガルパンの男と東洋の魔術師が中央に座しており、そして会計事務所のオーナーとその後輩、さらにその先輩が入口付近に陣取る。オルガン横の奥の席ではハイタッチ冷泉とあらゆる会社の副社長の男、そしてゲーム会社を経営する男。その社員たち、そして保険会社の女がすでに大酒を飲んでいる。過日、噴水のように吐瀉しまくった男も来ている。その吐瀉物をガハハと大笑いしながら、一瞥ともせずに乗り越えていったガハハの女がやって来た夏の記憶が懐かしい。


「あ、阿守さん…、ギターを…、弾いてください」と冷泉はヒゲの総帥に頼んでくるので、、総帥は快諾する。ヒゲの男がギターを弾いているあいだ、会計事務所のオーナーたちは殴り合いをはじめる、アラタメ堂たちはなんらかを改める。厨房にいる版画家の柿坂万作はガチガチと氷を砕く。一心不乱に北極点にへ向かう砕氷船の船長ようにガツガツやる。


しまいに店では大合唱がはじまる。保険会社の女主導での選曲になりジブリ映画の名曲「君をのせて」が開始される。「この曲は厨房にいらっしゃる万作さんもお好きなんですよ」とヒゲの総帥がいうと、万作が厨房から出てきて「うーん、好きいうことはないですよ」と高いクオリティでいつもの天邪鬼を発揮する。まだヒゲの総帥がこの店の客だった頃にヒゲの総帥がこの曲を歌っていると、「ジブリんなかの曲、ワシ好っきゃわあ」と嬉しそうな顔をしていたのは幻想か夢の世界の出来事であったろうか。


いつの間にかこの版画家の好き嫌いは本人の甲乙よりもヒゲの総帥に対してのアンチテーゼに重心が傾いているのだなと考えると滑稽でもある。ヒゲの総帥はギターで久石譲の組み立てたコードを弾く、それぞれスマホなどで歌詞を手元に出して合唱がはじまる。ジブリを立て続けに演奏していると、副社長の男は「この曲を国歌にしましょう。なんだあ、泣いてしまいそうだ」と衝撃的な提案をする。ゲームシナリオライターの男も「トトロの曲は泣いてしまいます」という。ハイタッチ冷泉はその光景を楽しそうに見ており、ゲーム会社の社長はジッと虚空を見続ける。保険会社の女は次々に自分が歌いたい曲をリクエストし、その隣にはコウモリのような声をだす男がおり、それぞれが歌う。


ヒゲの総帥はたどたどしいながらも、自分がギターを弾けてよかったなと思える夜であった。


伴奏があり、自分が知っている曲ならば誰でも口ずさみたくなるのが歌である。歌に所有権などないのだ、所有権があるような歌は鎖に繋がれた犬のようにいつしか自分に犬歯があることを忘れて、どこか悲しい目をしているのである。ヒゲの総帥はそういう歌よりも、荒々しく世の中を生き抜いて激しく時代に揉まれても雑草のように残ってきた歌が好きである。


歌のない国などないのだ。人生、最後の日に一曲だけしか聴けないとしたら、ヒゲの総帥は何を聴くであろうか。
多分、何も聴かないのではなかろうか。歌が明日を生きるために歌われるものであるのなら。


本物の歌は死なない。ただ、その時代によってはたまに眠るだけなのだ。


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Commented by セロー at 2017-12-02 00:12 x
イベントじゃない
何でもない日に行きたいなあ
Commented by amori-siberiana at 2017-12-04 13:24
> セローさん

是非、何んでもない日にお越しください。そちらのほうが難しいかも知れませんが、何でもない日をわざわざ作らないといけないかも知れません。
by amori-siberiana | 2017-11-30 13:11 | 雑記 | Comments(2)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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