2017年12月26日(火) ◆憎しみや皮肉を笑い飛ばして前へ進もう。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


クリスマスを前後にして大阪の北濱は一気に冷え込んできた。御堂筋は南に向かう車で忙しく、堺筋は北へ向かう車で忙しく、本町通と土佐堀通は東奔西走の車で忙しい。この世間的な気ぜわしさと外気の寒さには、今が年末であるとの確信が込められているような気がする。それにしても北濱界隈にはクリスマスムードというものが見当たらない、それこそところどころの飲食店が申し訳なさ程度に喧伝しているだけで、ほとんどの人間がどうでもいいと思っているのだろう。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱のオフィスへ向かう。昨夜はエストニアの知人と二人でウォッカを空けたことにより起床してから随分経っても酔いが続いている状態であった。しばらくすると宿泊先のホテルからその知人が北濱のオフィスへやって来る、ヒゲの総帥はその知人のマークと日当たりのよい窓際の応接室で歓談する。商売のことやエストニアのことや宣伝のことや流通の難しさなどなんでもかんでも話しをする。


昼から夕方頃まで話し込み、そのまま店に向かうこととなる。寄り道などを繰り返しながら店に到着してもやはり話しは幾らでも続いていく。「他の国に展開するつもりはないのか?」とヒゲの総帥が訊くと「実はつい最近、その契約を結びました」とのことを話すマーク。エストニアの首都タリンの港に到着する食材などを通関させるときの苦労であったり、物品の発注から到着まで時間がかかる場合はどうやって対処するのかなどヒゲの総帥はどんどん質問する。マークはどんどん答える。港の近くにロシア人居住区があるのは、これはもちろん戦略上のことであろうとか、次は飛び地のカリーニングラードを狙うべきだなどと話しは留まるところがない。


しばらくすると、青いカーデガンの女、ギタレレの女、常連の不思議な女とグラフィックデザイナーの男、そしてガルパンの男がやって来る。アラタメ堂とウェブ責任者の男もやって来る。皆でエストニアの話しに耳を傾けては、それぞれ質問していく。不思議な女は子供の頃にタリンへ行ったことがあるという、しかしその頃はまだソビエト連邦の時代だったとのこと。マークが地元の人から聞いたところではソビエト支配下時代はとにかく街中がタバコ臭かったのだそうだ。


「阿守さん、フィンランドでおられたとき現地の人と飲みに行かれましたか?」とマークが問う、「あとにも先にも一度だけかな…、それでも飲みというよりはビジネスの打ち上げみたいな感じで最終的には向こうの社長さんは同席しなかったけどね」とヒゲの総帥は答える。マークがいうことにはフィンランド人はなかなか打ち解けてくれないのだそうだ、他に何かフィンランドで気づいたことはないかと訊ねるマーク。「楽器屋に行ったのだ、普通ならフェンダーとかギブソンとかどこかで見たことある形のギターが並んでるのが当然だけど、フィンランドの楽器屋ではやたらに変形ギターが多かったな…」と総帥は20年近く前のことを思い出す。「この前、フィンランドの音楽コンクールみたいなのに行ってきたんですけれど、出演バンドのすべてがメタル音楽でしたよ」と笑いだすマーク。


夜も更けてギャラリーの女と人形作家の女とその友人とがやって来る、オルガン横の奥の間でなにやら大盛り上がりである。とにかくヒゲの総帥の写真集を作ってどうのこうのという話しは薄っすらと聞こえてきていた。


そろそろマークが帰る時間になった。ほんの一日足らずの再会であったが、是非とも次はエストニアで会おうとヒゲの総帥は約束する。


このブログをお読みの誰か彼かエストニアへ立ち寄ることがあれば、ひょいと彼の店に顔を出していただきたい。ただ、彼がその頃もそこにいるのかどうか確証はないが。ヒゲの総帥が訊くところによると、マークは商売が安定してきたので面白くなくなってきたというのだ。また明日生きるか死ぬかというギリギリのところへ身を置いて自分を試したいのだという。


ヒゲの総帥も気がつけばクントコロマンサなる場所に関わることになった。何らかの縁があったといえば合点もいくのだろうが、ただの偶然であり突発的なことであった。意を決して音楽家になったのでもなければ、会社を独立させたのでもない、猫のひたいで北濱の独立を目指すことになったのでもない、流れでそうなったのだ。だから人と人の交流は愉快なのである。


ヒゲの総帥がフィンランド人のウルポという名の大工の老人から教えてもらった歌がある。記憶の奥のさらに奥の方にあったものがマークの問いかけのおかげで出てきたのだ。


フィンランディア、フィンランディア
(フィンランドよ、フィンランドよ)
シンネ、タース、マテカッラ、オリイヴァナ 
(イワン雷帝はまたやって来た)
クン、モロトフィ、ルパス、ユー、カイッキ、ハロシー
(モロトフがなんでもしていいと約束する)
フオメンナ、ヨー、ヘルシンギッサ、ショダーン、マロシー
(明日はヘルシンキでアイスを食べるだろう)
ニェット、モロトフ、ニェット、モロトフ
(モロトフの野郎はダメだ、モロトフの野郎はダメだ)
ヴァレフテリト、エネッマン、クイン、イツェ、ボブリコフ
(あの野郎はボブリコフより嘘つきだ)


※モロトフ=ヴャチェスラフ・モロトフ(1890-1986) ソ連の政治家・革命家。


1939年11月、カレリアの領有権をめぐってフィンランドとの冬戦争が勃発した。スターリンとモロトフは開戦に積極的であり、オットー・クーシネンを首班とするフィンランド民主共和国の樹立を目論んでいた。また、ソ連空軍はフィンランドの市街地を空爆した。フィンランド政府がこれに抗議すると、モロトフは「ソ連機は(民間人を攻撃しているのではなく)空からパンを投下しているのだ」と発言した。以後、フィンランド人はこれを皮肉って、焼夷弾のことを「モロトフのパン籠」と呼ぶようになった。さらにフィンランド軍は、対戦車兵器として用いた火炎瓶に「モロトフ・カクテル」とあだ名をつけ、「パン」への「返礼」とした。冬戦争ではモスクワ講和条約によってフィンランドに領土割譲要求を呑ませることに成功し勝利したが、小国フィンランド相手に多大な損害を出し苦戦したソ連の威信は大いに傷つき、国際連盟からも追放された。


※ボブリコフ=ニコライ・ボブリコフ(1839-1904) 帝政ロシアの軍人、政治家。


1898年、ニコライ2世によってフィンランド総督に任命される。ボブリコフはフィンランド国民から恐怖と憎悪をもって迎えられた。総督としてフィンランドのロシア化を推進するが、フィンランド民族主義者の若者によって暗殺された。


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Commented by セロー at 2017-12-26 22:53 x
今度伺うときには忘れないように
リトアニアのお酒を持参します。
強いです。アルコール消毒に使えそうです…
Commented by amori-siberiana at 2017-12-30 11:10
> セローさん

エストニアのお酒も相当凄かったですが、やっつけてやりましたので、次はリトアニアをやっつけてやります。ご配慮ありがとうございます!
by amori-siberiana | 2017-12-26 16:56 | 雑記 | Comments(2)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。