2017年12月31日(日) ◆女将軍とイプセンの人形の家。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサ(旧名:画廊喫茶フレイムハウス)を経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は店に行く。北濱のオフィス「ザ・ジンクス」は29日で本年度の活動を終えたので年が明けて1月5日までは行くことはない。そうなるとヒゲの総帥の毎日のサイクルが変わってくるので、常に何かひとつできていないという喪失感をもたらすこととなる。店から道一本を隔てたタワーマンションはがらんとしている、いつもがらんとしているところだが、より一層がらんとしており、まるで家に人が骨ごと食われてしまったような気配すらする。北濱の年末はそういった感じだ。


店に行くと孤独を愛する男ユージがラーメンを食べ終えたあとだった。ヒゲの総帥はユージと宇宙のことについて話しをしながら舞台の上に並べられた音響機器を見つめる。先日、バイオリンの王子がやってきて壮絶なる演奏を終わらせたあと版画家の万作がすぐ片付けをしていたので、どこのどの部分にどのケーブルが繋がっていたのかなどメモする暇がなかった。そういえばあの夜は電気がショートして真っ暗闇の店内にローソクがぼうと並べられており、次の日にヤマトコが修理をしに来てくれたのだが機材が舞台にあったままでは不都合であったのだろう。これは致し方がない。


時間がきてユージは北の方角へ消える。ヒゲの総帥はなるようになれと浩司ばいから借りている音響機材を設置して繋いでみる。一応、自分本位なりに理路整然とケーブルは機材同士を繋いだであろうからこれで音が出るだろうとマイクテストをしてみるが、やはりこれがうんともすんともいわない。もうそろそろ女将軍たちもリハーサルにやってくるであろう時間なのにこれでは大いに弱る。浩司ばいに連絡をしてみるが、そういえば実家のある九州の帰路途中だということをSNSで知っていたので、ヒゲの総帥はさらに弱る。


ヒゲの総帥はスマホを取りだしてある男に連絡をとってみる。ヒゲの総帥がシベリアンなんちゃらという音楽隊をしていた時代、重要なライブやツアーに帯同していた音響屋、タカハシン・コルテスという男である。ただ、この一見するとヴァンパイアのような男も今となっては音楽関係の仕事をしておらず、それはそれは偉そうな会社で偉そうにしているのだと風の噂に聞いていたので、年末は忙しいかも知れない。


タカハシンが電話に出る、ヒゲの総帥は逼迫した状況に陥っていると伝える。機材は何を使ってるのかとタカハシンがいうので、ヒゲの総帥はそれぞれをすべて伝える。夕方から壮絶な飲み会があるがそれまで時間があるというので音の問題解決にむけてタカハシンはクントコロマンサへ来ることとなった。ヒゲの総帥はこれで万事が解決するだろうとウイスキーをチビチビやりだす。この男は自身の問題を他人になすりつけることに関しては超一流であるが、本人はそれを自覚して済ましているのか、それとも自覚しないままで済ましているのかは判然としない。


タカハシンがやって来る、血色の悪そうな顔で不機嫌極まりない表情が浮かぶ。ぐつぐつ言いながらヒゲの総帥がセッティングした機材を見て笑いだすタカハシン。「これで音が出るわけがないだろう」と呆れながら機材を繋ぐケーブルをあっちこっちと繋ぎかえるとすぐに音が出た。「今日はどういう楽器が来るのだ」というタカハシンにヒゲの総帥は歌のマイクは一本で、ギターが二本あれば事足りると伝える。伝えながら「そうだ、この男に何もかもしてもらえばいいではないか」という合理的な考えがヒゲの総帥に浮かぶ。


「まあ、コーヒーでも飲めよ」とタカハシンを落ち着かせてヒゲの総帥は弾き語りで井上陽水の少年時代を歌いだす。するとやはり元来が音職人のタカハシンは音のバランスが気になるようで、機材を色々と触りだしてボタンを押してはツマミを回し、フェーダーを上げたり下げたりして最適な音作りを開始する。ヒゲの総帥はしめしめと思う。タカハシンは音を作りあげたあと、まだ何かが気に食わないような顔をする。どうやら舞台上の機材の置き場所と配線の簡素化ができていないことが気にかかるという。ヒゲの総帥は舞台からおりてウイスキーをさらにチビチビやりだす、タカハシンは機材を持ちあげては運び持ち上げては運びして、自身の納得いくミニマムで効率的な配置にしていく。そして不要なケーブルをどんどん巻いて片付けていく。


そうこうしていると吟遊詩人の女がギターを担いでやってくる。ここでタカハシンの集中力を断念させてはもったいないと、ヒゲの総帥はすぐに吟遊詩人の女にギターを持たせて歌ってくれとお願いする。訳もわからないまま舞台の上に乗っけられた小柄な吟遊詩人はギターをかき鳴らして歌いだす、タカハシンは渡り鳥が本能的に海を渡るために飛ぶが如くに吟遊詩人の音作りを開始する。しばらくするとアハハの女もやってくるので、もちろんのことアハハの女の音作りもタカハシンがすることになる。「なんで、俺はこの年末に仕事させられとんやろ…」と訝しい顔をしながらも徹底的に音を作りあげるタカハシンはやっぱり音楽家であろう。やることを盛大にやってタカハシンは壮絶な飲みに繰り出して行く。


審査員のアラタメ堂と電気工事士のヤマトコがやってくる。ヒゲの総帥はアラタメ堂の口真似をしてハイボールを注文する、星師匠がハイボールを作ってアラタメ堂のところへ持って行く。出演者全員で10秒ほどのミーティングをして本番をダラダラ飲みながら待つことになる。


今回の「女将軍歌合戦」の特異なところは出演者の二人が交互に歌うということである。どうして交互に歌わせて個人の世界観を損なわせるようなことをするのかと言われるかも知れないが、それについては愚鈍蒙昧なる意見である。そもそも、歌う人間と聴く人間の今の関係性ができたのはどうしてであろうか。演奏する側と聴く側の今ある境界線を設けたのは誰であろうか。そこには何かしらのコンセプチュアルなものが存在してそうなっているのであろうが、それはいつの時代のどこのどういった場所を想定して成立したのものなのか、果たしてそれは理屈や現在のニーズに適したものなのだろうか。今一度、整理整頓させておく必要があるとヒゲの総帥は考えたのである。過去からやってきた現在進行形の当たり前が未来の当たり前であるという保証は一切ないのである。ならば、その境界線を曖昧にしてみることが重要であり、芸術家の仕事なのである。


芸術家の仕事というのは社会における新しい価値観の創出、簡単にいえばそれのみに帰結して然るものである。その芸術家がいつの間にか囲いの中に囚われて、舞台の上で教祖のように自己演説を終始して、聴き手に一時的な享楽を与えマヒしているのでは芸術の未来は暗い。芸術とアルコール依存症はまったく別のものなのである。


今回は三つのセクションを用意した。まず演奏をする者、そしてその価値を上げ下げして評論するもの、さらにはそれに巻き込まれる聴き手である。ヒゲの総帥はトリックスター的な立ち位置で司会ということにした。この三つ巴のアイデアは財産三分法を基に考えたものである。その全てをユーモアで包み込んだ壮大なる実験であるのだ。


が、演奏が始まるころには全員が酩酊しており、ただの愉快な宴会になった。既存の価値観の境界線を曖昧にせずとも勝手になろうとしていた。


アルセアが歌う、審査員が点数を出す。審査員には「10点」しか出せない縛りがあるので得点というのは無意味だ。芸術を点数化することのナンセンスだが、場を盛り上げるには即効性のある麻薬のようなもので有効なのだ。無意味化させることでそれは役目からユーモアへと変化して、この音楽会が演奏者以外にも役を演じる出演者がいる状態となる。そこに多様化が生じる。


演じる側と聴く側のあいだに介在する産業を生かすがためだけに、境界線は張られていたのだなとヒゲの総帥は知ることとなる。ところがいつの間にかそれがさも当然のように形式だけが内容を含まずに突き進むこととなり、今の未来の光が見えない音楽業界になる。更地にすることが必要な業界の最右翼にいるのが芸術関連の業界である。


もっと大量に学者を投入しなくてはならん、御用組合のような者ばかりが雁首を揃えるのではなく、ナンシー関のような切れ味鋭い脳みそを持つ学者が必要なのだ。日本人が世界の芸術産業に進出するにはニッチ産業から脱却して、アウトプットの仕方をシフトチェンジすることが早急に必要なのだ。「コンセプトアイデア」から「商品」へ移る過程の一歩手前でブリーフィングの精度をあげればモノづくりの下手くそな諸外国でも通用することになる。大量の人、一流の技術でしか実現できない世界はなんと味気のないパンのようであろうか。


ゴガッという締まりの悪いドアが開け放たれ、冷泉とその友人がやって来たとき、女将軍の演奏は終わる、素晴らしい二人の演奏であった。演奏後の舞台上でてんやわんやになっていたケーブルなどに静かなる秩序を取り戻させていたのは、昔は音響屋だったガルパンの男であった。


ハイタッチ冷泉が連れてきた男と女。男はパソコンを触りまくるという、女は人形の服を作りまくるという、ヒゲの総帥は人形を見るとそこに善悪不一致の呪詛を感じるのだと訳のわからないことをいいだす。三面鏡を自分がのぞき込んだとき、自分が幾人も映るのだが、そのなかの一人の自分が謀反を起こしそうな気がするのと似ている。静かな湖や海を見るとそこへ飛び込まなくてはいけない気がするのと似ている気がする。


いつしか夜は更け、人狼大会がはじまり、そののち「笑ってはいけないゲーム」がスタートされ、どどどドキンちゃんが静寂の北濱にこだまするのであった。この日、山の向こうからやってきた男ことファラオはとうとう近場にホテルを取ることになったとのこと。いつもながら皆さまの決死のお付き合いに感謝する。


ヒゲの総帥のいるオフィスではある男がオフィス内の人間にミカンを配って歩く。ヒゲの総帥も漏れなくミカンを受け取ったが、そのミカンを配る姿を見ると梶井基次郎の「檸檬」を思い出すのである。ゾクゾクする。人形の目の奥にもそれに通じる何かを感じるのである。


ビタミンDの不足であろうか。


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by amori-siberiana | 2017-12-31 15:10 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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