2018年01月09日(火) ◆ابن سینا, پور سینا‎。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


恵みの雨というには降雨量が少なく気温も下がり、どことなく陰鬱な気持ちになるような小雨が断続的に降っている。傘を持つべきかどうしようか悩みながらヒゲの総帥は店に向かう。店に到着すると店内では版画家の柿坂万作がいつものように何をするでもなく薄ぼんやりした顔をしてオムライスの仕込みをしている。


ヒゲの総帥は経理を済ませたあと、万作に今後の経営プランについての説明をするから同席するようにと促す。「うーん、ワシは立ったままのほうが楽なんで、立ったままでええです」と立ったままを二度ほど強調する版画家にヒゲの総帥はプランを説明する。


再建のセクションは三段階に分かれており、現在が第一段階の最終になっていることを万作に示す。第二段階に入るとこうなる、第三段階になるとこうなるということをメモに書いて説明するヒゲの総帥、それをうんうんいいながら聞き入る万作。説明が終わったあと万作が口を開く「うーん、ここの店は阿守さんのイベントやお客さんでもっとるようなもんなんで、イベントんときは阿守さんが収益を総取りでええんやないですか?」という。「いや、そうなるといろいろ面倒くさいのでやめましょう。第一、僕は料理や飲み物を作れませんし、餅は餅屋ということで互いの得意な部分だけを店の運営と切り離して考えられるものではないですから」と特に面白くもない真っ当な切り返しをするヒゲの総帥。


「とにかくワシとしては、阿守さんに借りがなくなるいうことが一番スッとしますわ」と万作は満面の笑みを浮かべる、多分この男の偽らざる本心であろうとヒゲの総帥は感じた。生かさず殺さずという状態を半年の間も頑張ってきた版画家である、そろそろ切り離してもらわないと版画家の精神が均衡を保てなくなるであろうことをヒゲの総帥は心配している。住むところを追われるよりも、自分のアイデンティティーを脅かされるほうが柿坂万作という人間は苦痛を感じるのであることは、これまでのことでよくわかった。


「うーん、ここ(第二段階)でワシの給料があがるんやったら、美人なお姉ちゃんを雇うてええいうことですね」と独り言のようにブツブツいう万作。その言葉にヒゲの総帥はなんだかとても不穏な何かを抱いたようであった、本質を見て見ぬふりする楽天的な版画家のこうしたズレた考えが今後は顕著に具体化することへの不安なのかどうかは言葉ではうまく説明ができない。ただ、心のなかで「今度は潰すなよ」と祈るのみであった。


万作は風呂へ行くこととなり、ヒゲの総帥は一人で店番をすることとなった。といっても年始早々の連休最後の日、しかも雨天となれば客の出足も悪かろうとヒゲの総帥は読書をする。同郷の作家の男から届けられた新しい物語を読みだす。読みながらこの店に関わることになったときのことなどを思い出していた。


そのとき、ゴガッと締まりの悪いガラス戸が開く音がする。やってきたのは教諭の女だった。女は自身の習い事の帰りに立ち寄ったのだとヒゲの総帥に告げ、ヒゲの総帥は足元が悪いなかなのに来店してくれたことに感謝を述べながら慣れない手つきで注文された飲み物を提供する。外では雨が降る、ヒゲの総帥はウイスキーをチビチビやりながら教諭の女と何やら話しをしている。


風呂から万作が戻ってくる、ほろ酔いであろうか、普段はぎょろりとした目がとても小さく見受けられるのは版画家の睡眠欲に関係があるのかも知れない。


あの日も寒く凍える夜であった。


フランスはカンヌのバス停で深夜バスを待っているヒゲの総帥。一人の初老の男が声をかけてくる、二人は英語で二言か三言の会話を通過してのち、お互いが同じ名字であることを知る。ヒゲの総帥は日本人、初老の男はチュニジア人だった。二人はそのままバス停を離れて寒さをしのぐため深夜にやっているカフェへ移動する、コーヒーを飲みながらいろんな話しをする。後日、改めて落ち着いたところで食事をしようと約束してバスに乗り込む。


翌々日、ヒゲの総帥とチュニジアの初老の男は再会する。彼がよく通っているであろうビストロに案内されてそこでワインと食事を摂る、ヒゲの総帥が初老の男の職業を訊くとプロのチェス棋士だということがわかった。「お前はチェスをやるのか」と問われるが「駒の動かしかたもわからないので、まだしない」と返答するヒゲの総帥。話しはそこから哲学の話しに移る、ヒゲの総帥はデカルトの「方法序説」について自己の見解を述べる、たどたどしい英語では説明にならずテーブルに敷かれた使い捨てのテーブルクロスに文字や図を描きだす、紙はすぐにペンのインクで埋め尽くされた。


チュニジアの初老の男はいう「阿守は西洋哲学にしか興味がないのか?」と、そのとき初めてヒゲの男は地球上で当時、同時進行していたはずの西洋哲学以外の世界に気がついた。初老の男はデカルトの思想にしても、それ以前の哲学にしてもイスラムの思想家からの影響が多分であることを理路整然と説明する。初老の男がテーブルの上に書いたアラビア語には、イスラムの思想家や哲学者の名前が並ぶ、その歴々が何をしたのか初老の男が説明をしてくれるが、ヒゲの総帥はアラビア語の装飾めいた美しさに心を奪われた。


そのとき、彼との出会いは世界の半分に値するとヒゲの総帥は感じた。


それから一年後の同じ日、初老の男からヒゲの総帥に電話がかかってきた。「今年はカンヌに来ていないのか」という内容であった、ヒゲの総帥は残念ながら行っていないのだと返答した。あれから10年以上が経とうとしている、10年前に二度しか会ったことのない人であったが、今頃は何をしているのだろうと寒い夜にはいつも考えるのである。


彼が故郷のチュニジアからリヨンの大学へ行くことが決まる。チュニジアの親戚や知人の皆が金を出しあって彼に生まれて初めての靴を買ってやる、それまでは裸足だったのだそうだ。外国で学ぶ彼への餞別だ。彼はその靴を何度も修理しながらヒゲの総帥と食事をしたその日も履いているのだった。


物を大切にしろというが、その言葉はなにも物質的の形状保持を意図しているものではない。氷山と同じ、物として見えるのは一部分だけでその水面下には、もっと沢山の氷が日の当たらないところで謙虚に潜んでいるのである。それを感じなさいと教えてくれる言葉である。


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by amori-siberiana | 2018-01-09 13:53 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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