2018年01月15日(月) ◆ゆきゆきて、神軍。そして太陽王と芋けんぴ。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


ここ2年ほど、北濱の変貌ぶりは凄まじいものがある。雨後の筍よろしくあちらこちらで建設ラッシュが進んでおり、そのほとんどがビジネスホテルになるのだそうだ。まるでこれまで鎖国していた国へ一気に外資が流れ込んできたような錯覚を起こしそうなほどのラッシュである。時代の流れを肌で感じることができる町、それが北濱である。


それでも外国人旅行者がそんなにうろついてる様相は町にはない。ということは、これから先のインバウンドにおける利益を見越してのホテル建設なのであろう。つまり、これほどこぞってホテルが時を同じくして建設されるということは、近い将来に何かが起きることが確約されているということである。百歩譲って考えて確約とはいかずとも、予定されているということである。


キタやミナミの商業地と切り離した場所に旅行者や出張族のベッドタウンが出来ることは、現状では理に適っているのであろう。今やキタとミナミは空港の免税店と成り下がっており、そこで以前まで産出されていた知性や文化は酸欠状態となっている。人が節操なく拝金主義に走ったとき、いつの時代でも失うものは金で買えないものばかりである。2020年というシュプレヒコールを掲げた人間は多いが、その先には何があるのか想像力のある人間はなかなか見ない。一時的な享楽を求めるがあまり、地盤沈下を引き起こすことになれば、それはあまりにも大きな代償であると言わざるを得ない。


今、北濱で起きていることは、ダフ屋のそれとあまり変わらない。しかし、北濱ほどそれが似合う街もなかろう気がする。それはこの街の歴史と通ずる部分があるからだ。


東京でのオリンピック(2020年)、大阪万博(2025年の開催を目指す動き)、カジノ誘致(2025年前後を目指す動き)、仮想通貨、インバウンド、スタートアップ。日本という国がいよいよ資源のない小国であるということを自他共に認めるが如く。したたかに生きていくには、したたかに生きるための知恵が必要である。そしてそういった知恵を産出したり気づかせてくれるのは、「芸術」の仕事であるべきなのだ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は店でウイスキーをチビチビやっている。版画家の柿坂万作は自作のスクリーンを壁にかけてプロジェクターから映像を投影して、その像がどのように結ばれているのかを調整している。しばらくすると、ゴガッという音がして締まりの悪いガラス戸が開く。やってきたのは宇宙人の女と映画監督の男であった。


先日より宇宙人はヒゲの総帥に向けてメッセージを発信しており、「会わせたい人間がいる」といっていた。つまり、会わせたい人間というのはこの映画監督の男ということで間違いない。宇宙人は天才と天才を引き合わせるのが自分に与えられた役目だという、ヒゲの総帥は自分が天才だと思ったことは今の今まで一度もないが、反論しても野暮だし面倒なのでそのままにしておいた。


「私はルイ14世の生まれ変わりなの、だから芸術家と芸術家を繋ぐことが使命なのよ」と宇宙人の女は公言して憚らない。これはなかなかとんでもない女の登場である。「ならば僕は太陽王と懇意にしていた作曲家のリュリというところでしょうか」とヒゲの総帥はそれに乗ってみる。


会って間もないがこの映画監督とヒゲの総帥はいきなり意気投合する。互いに追及しているものが「言葉にならない何か」であったとわかったからだ。もちろんこの「言葉にならない何か」も言葉にならないものを無理に言葉にしているので、つまりは言葉になっていないのだ。


監督はフランスとの繫がりができたのでまずはあちらで勝負して、日本国内の評価はその後で構わないという。ヒゲの総帥は「同感であり、それが一番効率がよい」と頷く、実際のところヒゲの総帥がもしも再度音楽活動をするとしたら、迷うことなく海外を目指す。国内で地道に音楽活動をするのは今の時代、趣味や愛好家の範囲と同意になっている。それは芸術家の責任ではなくて、日本というのはそういう国なのだ。かといって日本が悪いとは思わない、芸術家として上手く日本という国と付き合っていくにはコツが必要なだけなのだ。


「好きな監督は誰ですか?よければ僕でも解りそうな監督の名前を教えていただければ幸いです」とヒゲの総帥は映画監督に問う。


「ダルデンヌ兄弟ですかね」と映画監督は答える。ここで本日最初のハイタッチが完了することとなった。そこからはダルデンヌ兄弟の映画の話しに華が咲く。


ヒゲの総帥は日本における映画で自身が愛する一本を伝える。「監督は原一男監督の撮った“ゆきゆきて、神軍”という映画をご存知ですか?僕はあの映画を観てから芸術への取り組み方が変わったのです」とヒゲの総帥が聞き慣れない映画の名前を出したとき、映画監督の目が変わる。映画監督は自身の持っているリュックをがさがさする、そして何かが出てくる。出てきたのは原一男監督と彼が一緒に写っているポラロイド写真であった。ここで二度目のハイタッチである。


ゆきゆきて、神軍。


これは凄まじいドキュメンタリー映画である。太平洋戦争に従軍してジャングルから命からがら生きて帰ってきた主人公の男。彼は終戦したことが明らかになったにも関わらず、当時の上官によって部下が軍法会議なしにジャングルで処刑されるという戦争犯罪が行われたのではないかと考え、今では一般人となった当時の上官数名を探し当てて真相を追及するという内容である。


常連の不思議な女が「アモアモはその映画のどういうところに魅入られたの」と質問する、「何より冷徹なところです。撮影中に何が起ころうとも、それをそのままに映し出して記録にしようとする作家という仕事の厳しさを徹底しているところでしょうか。作品を作る上での覚悟というものを感じました、戦場のカメラマンに似たものを感じます」とヒゲの総帥はゆっくりと自分の心を辿りながら言葉にする。しかし、どうも説明臭い言葉なので言ったはいいものの、それが自身の気持ちを表しているのかどうかは怪しいものである。宇宙人の女はニヤニヤする。


映画監督も原一男監督との接点を話す、そうこうしているとポッポ~ず♪のお二人がやってきて熱燗をちびちびやりだす。せっかくなので歌も好かろうと歌ってもらうことにした。ボーカルの女が歌う情緒に満ちた声は店内の風情と相まって、見事な雰囲気を作り出すものであった。宇宙人の女は「まるで、あれみたいね、あれ、あれ、李、李…」で止まる、「李香蘭ですね」とヒゲの総帥が言葉を繋げる。「そうそう、李香蘭よ!李香蘭」と宇宙人はいつもハッピーである。


宴が開催されているタイミングでチンピラの男が手土産を持ってやってくる。持ってきてくれたのは高知県四万十の芋けんぴである、これが絶品であり「うわー、ワシ、これは手が止まらんようなるわ」と万作は厨房で延々と芋けんぴをガリガリやる。ヒゲの総帥も負けじと芋けんぴをがりがりやる。一般的な芋けんぴよりも細いこの菓子は、そのサイズ感といい味といい黄金比とは何かを我々に知らしめてくれるものであった。


チンピラの男が持ってきてくれたこの芋けんぴは、今から10年前の平成17年に中城洋仁によって、従来の芋けんぴから改良されて出来上がったものであり、その名を「塩けんぴ」という。原材料である芋や調味料、さらには高知の海洋深層水を使用して作られた菓子である。懐かしい菓子が懐かしいまま、味をあげて口に入ってくるのは好奇心とノスタルジーの一見して相容れなさそうな両者を同時に体験できる稀有な逸品であった。


チンピラの男は宇宙人とハグをさせられて、そのまま急ぎ足に帰ることとなったが、ヒゲの総帥は是非ともこのチンピラの男が語る映画論を監督と聞いてみたかったので、タイミングが合わずに残念であった。


宇宙人の女と話しをしていると、感性というものは自己満足で済ましておくものではなく、外に向けて発してこそということが良く理解できる。さすがはルイ14世の生まれ変わりである。


ルイ14世も可哀そうな人なのだ、当時の無知により全ての歯を麻酔なしで抜歯されてからというもの、食べられるものは限られた煮込み料理だけであった。抜歯した際の消毒のため、焼けた鉄を歯茎に押し当てられたというのだからたまったものではない。


チンピラの男が常々いっている「無知は罪」という言葉がルイ14世の生涯とやけにヒゲの総帥の脳内でリンクする夜であった。



d0372815_15401284.jpg

[PR]
Commented by セロー at 2018-01-15 21:34 x
万博誘致が決まったからもありますかね~。

高知の芋けんぴ!松山で購入してからはまり、
高知に行った際に2キロ買って帰ったことが(^^;
Commented by amori-siberiana at 2018-01-17 13:35
> セローさん

チンピラの男が以前から美味しい芋けんぴがあると教えてくれ、この度、持ってきてくださったのですが、病みつきになりそうです。
by amori-siberiana | 2018-01-15 15:40 | 雑記 | Comments(2)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。