2018年01月17日(水) ◆ヒゲの総帥の帰郷。

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


the Cranberriesのボーカルのドロレス・オリオーダン女史が死んだ。今のところ世界に太陽はひとつであるが、ヒゲの総帥の心を照らす数少ない太陽のひとつが無くなったということである。この喪失感たるや並みではない。そのことについては別記することにしよう、彼女については書かなければならないことが沢山ある。ヒゲの総帥にとって彼女は教祖のようなものであったのだから。


さて、一昨日のこと。


「僕はこの町がどうにも好きになれん、どう頑張っても無理だ」


ヒゲの総帥は自分の心の秘密をそのまま打ち明けるようにいう。こたつに入ってウイスキーをチビチビやりながら神妙に故郷への思いを口にする、こたつの右隣にはナダルという旧友がおり、対面にはヒゲの総帥を世に輩出した母親がいる。


「郷土への執着というものをまったくこの地に感じないのだ、それは家族とか友人とかではなく、この土地に対してなのだ」とヒゲの総帥は言葉を継ぐ、それを聞いてヒゲの総帥の後輩であるナダルは「なら、大阪にはそれを感じるのか」とヒゲの総帥に問うが、ヒゲは首を振る。このナダルという男はヒゲの男の実家の押し入れに住んでいた男である。まるでドラえもんのように押し入れで寝起きしていた。


「アンタは家が無いんか」とうちの母親は当時のナダルに対して苦笑いをしていたが、若かりし頃のヒゲの総帥とナダル君は毎日のように会ってはユーモアを磨いていった。このナダルはずっと香川県から離れることがない、本人がいうところによるとこの地が好きなのだという。ヒゲの総帥の母親が「アンタは家が無いんか」と言葉を発した相手はこのナダルと今はピアノ工房を経営するギンジ、そしてマルクス主義者のカルキという三人である。この三傑については折をみて触れようと思う。


ヒゲの総帥は実家暮らしのとき、ひとつ学年が下であるナダルのことを大層気に入っていた。発想や言動のそれぞれがユーモラスであり、それは感性と知性が円滑に働いている証拠でもあり信用に値するものであった、なにより会話のリズムが心地いいものであった。「学生時代で青春が終わったような人間と話しをして何が面白いものか」とヒゲの総帥がいう、ナダルは「ここいら田舎は総じてそういうフシがありますね」と手羽先をひょいとつまんでニヤニヤしながら言う。二人はウイスキーを飲みながら話しをする、ヒゲの母親はそれを聞いている。


「私は何の為に生きているのか解らなくなることがある」とヒゲの母親は唐突に告白をして、そして涙を流す。「毎日、毎日、同じことばかりをしている。外にでも行って働いてみようかと思うが、気がつけばこんな年齢になって、今では社会が自分を必要としていないことがよく解る」と味気ない毎日を送っていることを打ち明ける。「それなら大阪に来るか」とヒゲは自身の母親に問うが、「そんなところはいらん」と予想どおりの返答がある。次はナダルが黙って母子のやりとりを聞いている。


「今は私が娘や旦那のお墓を見ているが、私が死んだらそこからどうなるのか・・・、それを考えると・・・」とまたヒゲの母親は泣く。「刻一刻、そう、刻一刻と僕とお母さんが一緒にいられる時間は少なくなっていく。あとどれくらい一緒にいられるのかわからないが、多くなることはないだろう。だからといって、時間が少ないからといって何をするという発想も今のところは湧かないのだ」とヒゲの総帥は困り顔でいう。ヒゲの母親はこの地から離れることはない、ヒゲの総帥はこの地へ立ち戻ることはない。どうにも歩み寄りがないのである。


「ごめんな、アンタと孝夫やって話したいことがあるやろうに、こなん話ししてしもてな」とヒゲの総帥の母親はナダルに謝るが、「ああ、気にせんといてください」とナダルは謝意は不要だという素振りをする。


ヒゲの総帥は仕事柄、自身の母親と同じ年代の人間からよく話しを聞かされていたが、漏れなく皆が孤独と寂寞の念を抱えていた。大金持ちもそう貧乏人もそう、趣味を持った人間、信心に狂う人間、大学の名誉教授もそう医療関係の詐欺師もそう、団塊の世代と呼ばれた人たちは常に嘆いているのだった。それに対して今のところヒゲの総帥は話しを聞くことしかできない。


「それなら事業を拡大して、人でも雇うようにするか」とヒゲの総帥は冗談めかしていう、「それ、ええな」とまんざらでもない顔をする母親。一定の顧客が約束されている行政事業所などを突いてみるのはどうかとヒゲが提案すると「そういうところは手間ばかりで金にならん、ボランティアのようなもんだとお父さんが常々苦言を呈していた」と母親はいう。「なるほど、ちょっと考えてみる」とヒゲの総帥はその話しを脇におく。


ナダルは「会えてよかった、阿守先輩、近いうちに大阪へ遊びに行きます」とヒゲの総帥に意向を伝える。約15年ぶりくらいに会った先輩と後輩はこうして一時的な迎合を終わらせることにした。この男は子供の時分から泰然自若の雰囲気を持っていたが、それは年をとっても一回りほど体が大きくなっても変わらない印象であった。


母親はヒゲの総帥に心中を打ち明けて霧散したのか、やけにスッキリした顔で「はやく寝ろ」と言ってくる。


この日の朝、ヒゲの総帥は北濱のオフィスへ顔を出してコーヒーを飲んでいた。オフィスの脇にあるバーカウンターでは宗教画のモデルの女とクモン提督が何やら話しをしている。ヒゲの総帥が顔を出すと「おっ、話しをしてれば早速、本人がやってきましたね」と提督がいう、ヒゲの総帥の店のことについて話しをしていたのであろう。


提督は宗教画の女に「阿守さんの店へ行ったことはあるのか」と訊ねる、「まあまあかな」といつもの調子で応える宗教画の女であったが、まあまあどころではない。店に関わり出した頃、夏場の厳しい暑さのなかボランティアで厨房や接客をサポートしてくれたのはこの女性である。ハイタッチ冷泉を連れてきたのも彼女であれば、不動産デザイナーの忌部を連れてきたのも彼女であり、アラタメ堂のご主人やディエゴを紹介してくれたのも彼女ではなかったか。


とんでもない酒豪の彼女は飲んでも飲んでも顔色は変わらないが、突然、電気のブレーカーが下りたようにその場で眠りだしたりするのだ。彼女なくして今のクントコロマンサはあり得ないほどである。宗教画の女の「まあまあ」という言葉にヒゲの総帥は苦笑をしていた。


ちょうど学生起業家のダダヤマが視界にいたので、ヒゲの総帥は「暇ですから提督、ダダヤマを柱に縛り付けて、そこへタックルを食らわせてくれませんか」と唐突な提案をする。三人の会話に背を向けていたダダヤマだが危機察知能力が働いたのであろう、すぐにバーカウンターの方へ向きかえり「いやいやいやいや、死にますって。確実に死にます、なんで僕なんですか」と謙遜する。本場ニュージーランドで決死のラグビー選手をしていた提督である、その巨体が一直線に突っ込んでくれば確かにこれは死にそうだ。


ヒゲの総帥は用事を済ませてオフィスを出る、そして近くにあるツタの絡まる青山ビルへ向かう。そこの一画にある北濱のクリニャンクールことギャラリー「遊気Q」、そのギャラリーには自称301才のオーナーがおり、フェルトの女と一緒になって展示品の運搬をしていた。新年の挨拶をして自身が今から実家へ帰ることを伝えると、「あら、それなんでしたら何かお母さまに贈りませんとね」とギャラリーの女は辺りを見回すが、「いや、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」とヒゲの総帥は待ったをかける。


繊細な品を四国まで運ぶほどの気遣いがこのヒゲの総帥には備わってないように思ったので、丁重にお断りしたのである。




柱も庭も乾いている
今日は好い天気だ
椽の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている


山では枯木も息を吐く
ああ今日は好い天気だ
路傍の草影が
あどけない愁みをする


これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする


ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う


「帰郷」 中原中也


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by amori-siberiana | 2018-01-17 13:41 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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