2018年03月20日(火) ◆キューバという国による、安心感。

「ほな、殴り合い、しましょか・・・」


「ええっ!?もう!?」


冷泉の口から出た唐突なことばに一同は驚く。冷泉の弟のジローが「トシちゃんまだ、そういう雰囲気じゃないから。な、見たらわかるやろ?まだそういう雰囲気じゃないやんか。トシちゃん、これは喜楽じゃないから」と冷静に黒ずくめの兄を制する。


「うん・・・、ほな、また後でしよか」と冷泉は弟の言うままに今回ばかりは引き下がる。このジローというのは黒ずくめの兄が母親の子宮へ置き忘れてきたであろう理性などを、しっかりと引き受けて生まれてきているようである。柔よく剛を制すという言葉もあるようだが、ヒゲの総帥はこの二人の兄弟のことが羨ましい。若い頃に妹を亡くしているヒゲの総帥からすると、それは永遠に手に入らないものであるからだ。


タッキーは冷泉が殴り合いという言葉を発するや否や、「もう5分きたので、帰ります」とカウンターを離れようとしていたところであった。ヒゲの総帥は「まあまあ、もっとゆっくりしたまえ」とタッキーを席に戻し、自身のスマホをタッキーの目の前に置く。そのスマホには美人の女性のポートレイトが映し出されていたわけだが、タッキーは帰ることも忘れて食い入るようにそれを見ている。格闘経験のあるテリーにいたっては、この黒ずくめの男が相当な手練れであることを感じとり、俺に関わらないでくれオーラを身にまといだす。


ヒゲの総帥はジローからもらったパルタガスの葉巻をくゆらせながら、両者の間で時間と空間を揺られている。テリーはタッキーのほうを見ずに小言をいう、タッキーはその小言にビジネスマン口調で応戦をする、その応戦を受けてテリーはさらなる迎撃をタッキーに加える。タッキーはその迎撃に対して言葉と理屈の弾幕を張り、さらに応戦する。両者の空間で揺られているヒゲの総帥はニヤニヤしながら、心のなかで「はっけよい、はっけよい」と怒鳴り散らして軍鶏に奮起をうながす鉄拐仙人のごとくに扇を振っている。


まずもって、この二人が口論をしていないところを見たことがない。いつもこうであるのだ、ヒゲの男が総帥をしていた音楽団で遠征に出たときもその道中で二人は喧嘩をしだし、途中のサービスエリアにて「お前は(車から)下りろ」、「いや、テリーこそ下りろ」と剣突を食らわせあっていた仲なのだ。


拳をジローによって封じられた冷泉は二人に対して、「もう、二人とも、男の子なんやから、もう、ええやないですか、そのかわり・・・」と言い寄るが、その言葉の次に「殴り合いしましょ」が来ることを誰もが想像できるので、二人ともまともに取りあおうとしない。取りあえば即座に殴り合いに巻き込まれることは自明の理であるのだから、このときだけは両者とも想いを共有いていたことになる。ヒゲの総帥にはそれがおもしろくてたまらない。


日が変わっても二人の会話は続く。途中、二人の会話に入ってくる客があったのだが、「絶対にこの二人の会話に入ったらアカンよ、そういうことを求めてるわけじゃないねんから」とビッチの女店長が言葉でその客を制する。ヒゲの総帥はその瞬間、このジローに紹介されたバーに惚れることとなった。


人には教えられる「間」と教えられない「間」があるという。その教えられないほうの「間」のことを、「魔」というのだそうだ。この「魔」を知っている人間がその場にいるのといないのでは全然違う。


酒はどんどん出てくる。登場した酒はどんどん体内へ放り込まれる。どんどん議論は白熱してくる、テリーとタッキーの会話は無尽蔵な化石燃料を掘り当てたように終わることがない。会話のテンション的にはとっくに終わっているような感覚なのだが、さすがは付き合いが長く酒も深いだけに引き出しは多そうだ。


唐突にヒゲの総帥は「新曲が出来たのだ」と二人に伝える。どんなのか聴かせろというのでヒゲの総帥はビッチ店内にあるギターを手に取り、出来たという新曲を聴かせる。「テーマはなんだ?」とテリーがヒゲの総帥に訊く、ヒゲの総帥は「次こそ、バッハだ」と即答する。ヒゲの総帥が珍妙な曲を弾きだす、二人ともきょとんとする。20秒ほどで曲は終わり、ヒゲの総帥は自らが奇跡を起こした偉人のような目つきで「どうだ」と誇らしそうにするが、二人とも口を揃えて「意味が、わからん」という。その光景をみて冷泉とジローは失笑する、ビッチの女店長は「私はこの曲、大好きだ」と公言する。


ヒゲの総帥は奇跡は一度だけだと言わんばかりにギターを元あったところへ戻して、パルタガスの葉巻をくゆらせながらウイスキーをおかわりする。


曲というのは不思議なものである。


音の羅列が曲と認識された瞬間、世の中には「この曲」とそうではない曲の二つが存在してしまうのである。まさにバッハの偉大さは、その荘厳な響きやテクスチュア以上にここに集約されるのではなかろうか。


そしてそれは何も音楽に限ったことではない。いつの間にかジローも帰り、脂汗をかきだしたタッキーと終電を乗り過ごして当て所のなくなったテリーが宿り木にとまる滑稽な鳥のようにカウンターにひっついている。


さらに夜も更けると、二人の会話は母音だけで成されているかのような独特なリズムがあった。そのリズムはよほどに気だるく、行ったこともない国、キューバを感じさせるようであった。


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by amori-siberiana | 2018-03-20 20:03 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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