2018年05月21日(月) ◆さようなら、さようなら、雨の大峰山。

平成30年に入ってからというもの、ここまで上半期におけるホテルの建築ラッシュは異常なほどである。北を土佐堀通、南を本町通、東を横堀川、西を御堂筋までという狭い範囲でみても、20件ほどの新設のホテルができあがっているのだ。国粋主義のAPAホテルに負けてなるものかと、WBFなるプロレス団体みたいな名前のホテルも一挙にホテル数軒をオープンさせる。今、この辺りはホテル戦争の渦中である。


さて、木曜日からのこと。


仕事が終わりコロマンサへ行くと、ツタの絡まる青山ビルの一角を占拠する自称302才の女が営む「ギャラリー遊気Q」のメンバーたちが奥のテーブルで何やら話しをしている。そして中央のテーブルにはヤナ(Jana)がちょこんと座ってビールを飲んでいる、ガルパンの男は視線を前方に向けることはなく、ずっとスマホ内にあるであろう戦場において一所懸命である。


ヒゲの総帥はヤナに今日は何をしていたのかと質問する、訊けば姫路城に行っていたとのこと。その話しを小耳に挟んでいた版画家の柿坂万作は「うーん、姫路やったらもっとええとこあったのに」とチェコ人に話しかける。「どういうふうにええんですか?」とヒゲの総帥を通じてヤナは訊ねる、万作は「うーん、なんちゅうか、ええ具合の参道があって、そこの階段を上っていくと、ぽつんと寺があって、それが昔ながらの感じでええんですわ」と大層訳しにくいことをいうので、ヒゲの総帥は「とにかくそれぞ古来の日本だ」とだけヤナに伝えて会話を終了させる。


しばらくすると、他のチェコ人たちもやって来る。彼らは総勢15名で旅行しているのだというが、それが一体どういったコミュニティなのかは最後まで謎であった。金曜日の夕方には関空を出て、ドバイ経由でプラハへ帰るのだという。さすがに三日間も一緒にいると気を使うこともない。


「お別れになにか一曲弾いてくれ」とウラディミールがいうので、ヒゲの総帥は「Miss Silence(ミス・サイレンス)」という曲を弾く。


この曲はある母親の手記にインスピレーションを得たとヒゲの総帥は彼らに語る。


若くして自分の娘が死ぬ、それでもいつものように朝がくる、毎日が過ぎる。あるとき母親は気がついた、娘が死んでからというもの、洗濯物を干していて赤やピンクの服がないということに。死んだ子の服だけれど、試しに洗濯して干してみようと明るい色の服を物干し竿にかけた。服は風に揺れ、まるで、悲しまないでと娘が母親に語りかけるようであったと。「さようなら」は本当に悲しいことだと、母親は泣き崩れた。


チェコからの旅行者は静かにヒゲの総帥の話しを聞く。


「また近いうちに会おうね」とヒゲの総帥は皆と握手をする。ウラディミールは「次はお前がプラハに来るのだ」という、「是非そうしよう」とヒゲの総帥は約束する。いつ果たせるのかわからない約束をする。


そういえば彼らは先日、冷泉や不思議な女が歌っていた沖縄に由来する歌に興味を持っていた。


昨夜、冷泉は「島唄」をヒゲの総帥のギターを伴奏に熱唱する。これからいよいよ大サビというところで、ヒゲの総帥の携帯が着信する。ヒゲの総帥は携帯アプリで譜面を読んでいるため、「ここで?」というタイミングで島唄は一時中断する。この狙ったかのようなタイミングで電話をかけてきたのは、タカハシン・コルテスという男であった。トランシルヴァニア(ルーマニア中部・北西部)のドラキュラのような血色をした男である。


「阿守、お前、土曜日は何かあるのか?大峰山で山行するから来い。メキシコ人も一緒だ」と唐突なタカハシンからの問いかけである。大峰山といえば奈良の天川村にある役小角で有名な修験の山であり、ヒゲの総帥は天川村にはちょっと詳しい。しかし、メキシコ人についてはそれ以上の情報をドラキュラはくれなかった。


「いや、お前な土曜日は雨だぞ、雨」とヒゲの総帥は先々の雲行きの怪しさをタカハシンに伝える。


「・・・、雨だとまずいのか?」とタカハシンは聞き返す。


「お前が死ぬぶんにはまずくもなんともないが、まあ待て。大峰山で修行したことのある人間が目の前にいるから、雨天決行がいいものかどうか聞いてやる」とヒゲの総帥はタカハシンに伝えて、目の前で島唄を中断させられていて阿呆のような顔をしている冷泉に雨天の大峰山は厳しいかどうかを訊ねる。何を隠そう冷泉はかの山で修験をしたことがあるのだ。


「冷泉、大峰山で確か岩から放り出されるみたいなのしてたね。あれって雨でも大丈夫なもんなのかい」


「ああ、しましたね。雨ですか・・・、死にますよ。ぐふふ・・・」と不敵な笑みを浮かべる。


ヒゲの総帥はそのままをタカハシンに伝えると、彼の心はとても簡単に折れたようでメキシコ人だけ山へ行かせて、自分は家で寝とくことにすると翻意したのであった。


島唄は無事に再開されることとなった。


そういえば、ヒゲの総帥が最初に天川村へ行ったときはバスであった。時は2月、路面が凍結しているのでバスで来たほうがいいと宿の人から勧められて、バスにしたのだ。近鉄電車で下市口駅まで行き、そこからバスに乗って天川村の洞川温泉へ向かう。これぞ秘境というつづれ折りの道を深山幽谷へ分け入るように進むバス。


宿に到着したはいいが、吹雪のせいで自分以外に客はおらず旅館一棟がすべて貸し切りという恩恵を賜った。ところがかくれんぼをするわけでもなく、広くても暖房効率が悪くて寒いばかりなので、何十畳もある大広間をどんどん襖で塞いでいって、最終的には炬燵を中心とした6畳間ほどのスペースで閉じこもっていたのであった。


かの地の名水「ごろごろ水」で炊飯されたご飯はとてつもなく美味しいものであり、何杯もおかわりしたような気がする。


それ以来、何かあれば天川、用がなくても天川という日が何年か続くことになる。天川村でも何度か天体観測をした、星が見えることは見えるのだが土地柄、左右を高い山に囲まれているため視界は開けない。つまり角度の低い星は見えないのだ。


そういった意味では天川から東南へ数キロ、大台ケ原の山頂駐車場(ビジターセンター)などというのは、我々からすると奇跡のような場所である。視界は開ける、星は凄い、急にハーモニカを吹くおっさんがやって来る。


天川、大台ともに変わらないのが、とにかく酒をめちゃくちゃに飲まされるということだ。


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by amori-siberiana | 2018-05-21 18:09 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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