2018年9月18日(火) ◆スティーブ・ガッドが故郷に来た。

ステージ上へ最初にやってきたのは、傍目にはシラフではないように思えるリラックスしきったスティーブ・ガッドであった。グレーのTシャツにジーンズ、両腕には彼の象徴でもある刺青。居酒屋の暖簾でもくぐったかのような佇まい、長年にわたり史上最高のドラム奏者として世界を熱狂の渦に巻き込む男はこうしてヒゲの総帥の地元の舞台に立ったのだ。


「名人じゃないな、これはまさに達人の域だ」と率直な感想を持ったヒゲの総帥。


オーラなどない、威圧感もない、気配もない。禅師である白隠が山中で白幽子なる男と出会ったときはこういう感じではなかっただろうかと感じる。もちろんヒゲの総帥を白隠に喩えているのではない、故事に頼り喩えるより表現のしようがないのである。


ヒゲの総帥の母親は自分より年齢が上のジャズドラマーということを知り、一体どんな演奏をするのだろうか、30分くらいずつで休憩を挟むのではないのかと勘繰っていたが、その懸念は見事に打ち砕かれた。


スティーブがクリック(メトロノームと同意)をイヤホンで聴く、そしてイヤホンを外し、静かにスティックを叩き「ワン、トゥー、スリー、フォー」と言葉すら発してカウントを作る。その瞬間、静寂のなかに何か「気」のようなものが生じる。その「気」は周囲の音楽家たちに伝達され、音楽が作られていく。こんな経験はヒゲの総帥にとって前代未聞であった、カウントを奏でることができるのだと衝撃であった。


スティーブ翁は必要とあらば、4拍の曲でもカウントを8拍や16拍で平気にとる。しかしながら、その数秒のカウントで骨格をすべて作りあげてしまうのだ、これを芸術というのであるならば、自分と芸術との距離は永遠に埋まらないのではと感じるほど素敵だった。これほど官能的に滑り出してくる音楽をこれまで聴いたことがあっただろうか、絹の手触りを初めて体験するかのような入り、その表現に一切の無駄はない。ないのだ。恐ろしい男がいたものだ、怖い。こんなに怖いのに笑いと拍手しか出て来ず、ヒゲの総帥と母親の心は完全にこの男が彫刻するリズムに陶酔を極めている。


生まれてこのかた、一度も無駄口を叩かずにユーモア満点のジョークを語る農家を営む神学者のようであった。


この日、会場に集まった田舎者たち。ジャズライブに慣れた少数の人たちがジャズでのオーディエンス側の段取りをしたりするのだが、ほぼ圧倒的に多数の人間がそういう聴き方がわからない。スティーブが語る英語のMCもよく解らない、ところがどうした、会場の静かなる狂熱たるやふつふつと温度や湿度となって会場内部の雰囲気を変容させていくではないか。


本編最後の曲が終わる。スティーブが語る「俺たちは今日でツアーを終える、帰国するにも外へ出るには荷物が重たいので、物販を全部買っていってくれ」と。


これでコンサートも終わりかというとき、客の白髪のおっさんが暴れ出す。「もっと演奏してくれ」とダダをこねる、英語が喋れない人間がなんとか自分の気持ちをわかって欲しいという、その様はまるで赤子のようであり、感動する。その白髪のおっさんのジタバタを契機として場内は感情のプラグに火がつく。「もっと演奏してくれ」とそこいら中から叫び声や口笛がなる、スティーブはとても人間らしく愛くるしい顔で客席の静かなる訴求を見る。


「わかった」と笑いながらステージ裏に引き込むこともせず、他のプレイヤーたちにカウントを供給する。陽気な曲、そしてどこかしら田舎くさい曲であった。その曲のチョイスはとてもこの会場を幸福に満たすにベストな選曲であった。


市町村合併で自治を失った三豊市の旧:詫間町が熱狂した。


ヒゲの総帥の田舎に神がやってきたのだ。


「こんなに退屈しないジャズを聴いたのは初めてだ、まるでジャッキー・チェンの酔拳を見てるようだった。しなやかな鞭のような体、完全なる脱力を感じさせたかと思えば、その脱力のままで人を殺せそうやな」とはヒゲの総帥の母の弁である。


中年のヒゲの生えた息子と、いつまでたっても楽をさせてもらえない母親にとって初めて行ったコンサートが今回のスティーブ・ガッドのバンドであった。母親はなんとか自身の息子をこのドラムの達人のサイン会に参加させ握手させようと試みるが、二人ともあいにく金の持ち合わせがなくCDを買えない。


まあ、仕方がない。と諦める。


「会場の近くにジャズバーでもあればいいんだけれど、港と海しかないな。飲みたいのに飲めない、いや、それよりも腹が減った」とヒゲの息子はいう。CDを買う金はないが、二人あわせて弁当代くらいは持っていたので、そのまま夜まで空いている弁当屋へ行き、弁当を二つと野菜炒めを買う。


夜中に会場近くの弁当屋に入る、「こうして二人で弁当屋に来るっていうのは何年ぶりだろうね」と母親がいう。「さて、何年ぶりだろうかね」と息子もぼんやりと問い返す。


「千代子が死んで、学校の友だちがたくさん家に来たとき、このお弁当を頼んでみんなに出した。全員この弁当やったきんな」という母親の手には、イカの揚げ物だけが飯の上に乗った弁当があった。


ヒゲの総帥と妹の別れは唐突だった。


最後に会ったとき、自分の容姿に悩み、一重まぶたに悩む千代子という名の薄幸な妹が、苦労のうえに安価なノリのようなものを買って二重まぶたにしていたのを、「偽善だ」といって兄のほうが妹の所業を鼻で笑ったのが最後の別れだった。


ヒゲの兄のほうは、そのときの後悔を20年ほど引きずって生きている。バカで愚かな自分の過ちを知るばかりである。20年のあいだ、一向に自分が許されることなどないのだ。


誰にだってあるのかも知れない、一度として許せないことをした自分の過ち。


それでも、空が晴れたり、星が綺麗だったり、夕焼けが猛烈だったり、素晴らしい芸術を目の当たりにすると、今日はよい日だったと感じられる。後悔して当然じゃないか、顔をあげて前を向けよ、お前はまだ歩くんだろう?。とカウントを聴く。


ジャズのリズムをありがとう、スティーブ・ガッドさん。


d0372815_20331604.jpg

[PR]
by amori-siberiana | 2018-09-18 20:38 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31