2018年9月30日(日) ◆ラジオ出演とドロレス

朝起きて、コーヒーを飲んでギターを弾いて、散歩をして傘をどこかに忘れ、戻ってはギターを弾いて、このまま夜になり眠気がくるまでギターを弾くのだろう。こんな休日はあまりにもつまらなさすぎるのだが、それ以外にヒゲの総帥には何らアイデアも工夫もないのだ。そういう日がもう何日も続いている、はやいところ今週末になってくれないかと願っているのだ。まだ外に向ける機会を得ないままの熱量が自己の体内のなかで爆発を繰り返しているのだ。


酒を飲みに出たとしても、どこかへ気晴らしに出かけたとしても、それはただ行動をしているだけであって、頭のなかでは常に音楽だけが鳴り響いていて、心などそこにないのは明白だ。


昨日、ヒゲの総帥は小説家の平尾先生とラジオに生出演させていただいた。DJの神風のオジキとラジオブースに並ぶのはとても不思議な気持ちであった。そういえばヒゲの総帥が世間に対して音楽活動をスタートさせた起点に当時いたのは、このオジキではなかっただろうか。平尾先生も当時と変わらずにそこにいる。フリダシに戻ったのか、それともパラレルワールドを生きているのかと錯覚するような体験であった。


およそ1年前のコロマンサにてエストニアでレストランを経営するマーク・プレスタティンから「それにしても、トラッド・アタックというバンドは強烈ですよ」という話しを聞いた。変な味のウォトカをぐいぐい飲みながらのことだ。


それから数週間後にカコフォニー・フィールズのドイワ会長がオガ教授を連れてコロマンサへやってきた。ヒゲの総帥は「先日のブルガリアボイスも素晴らしかったです。聞くところによるとエストニアのトラッド・アタックというのがヨーロッパで凄い騒ぎを起こしてるそうじゃないですか、是非とも日本に招聘してください。ライブに行ってこの目で見てみたい」とお願いをした。


そして数週間後、カコフォニー・フィールズがワールド・ツアー中のトラッド・アタックを呼ぶという情報を得る。そして役所で働いているヒゲの総帥のところへドイワ会長から電話が入り、シベリアンを復活させてトラッド・アタックと共演しないかと提案されるに至る。断れるわけがない、多分、心のどこか日の当たらない場所でずっとこのときを待望していたのだ。メンバーや周りの人間には感謝しかない。


もちろんそれだけではない、学友であったシュルケンというデザイナーの男からも「貴様、さっさとシベリアンを復活させろ。お前がクソ格好いいのはステージで叫んでるときだぞ」といわれたし、宇宙人からも「シベリアンは近いうちに再活動するわ、いえ、させてみせる」と予言めいたことを言われたりもした。


ヒゲの総帥は怖かった。それは期待外れになってしまわないかという怖さだ。皆が求めているものを下回るものを提供してしまうのではないかという怖さと、面倒くささがあった。面倒くさいというのは自分に対してである。ヒゲの総帥は音楽に取り掛かってしまうと、衣食住はどうでも良くなってしまう悪癖がある。これは音楽を辞めてから自覚したことだ、的確な言葉ではないかも知れないが頭と心がちょっと変になってしまうのだ。そういう自分でコントロールできない自分と付き合っていかなければならない面倒くささがあった。これは音楽の責任ではなく人間的な未熟者から飛来してくるものだ。


今年の最初、敬愛するドロレス・オリオーダン(the cranberries)が死んだ。


敬愛なんてものではない、彼女がいなければヒゲの総帥の音楽性など別物になっていただろう。この天上の宴と地獄の憂鬱(彼女の歌い方は非常に特徴的で、裏声と地声の境界線を絶えず行き来する)という相反した矛盾を一身に抱え込んだような坊主頭の女性アーティストの魅力に取り憑かれてから20年。彼女は死んだ。彼女のデビューから死ぬまで、その時系列を共有したことが唯一の救いである。


サマセット・モームがゴーギャンを喩えたときの言葉を借りれば、彼女にとって表現はまさに地獄の苦しみであったはずだ。そうでなくてはあのように人の心を打つ曲は描けない。だからこそ彼女の気持ちが音楽からプツリと切れたとき、それはCDから伝わってくるものでわかった。しかしながら、そこには地獄と対峙することをやめた一人の女性の物語が存在し、作品として成立するものであったが、彼女自身の納得するうえでの表現の折衷点という気もした。


ザ・クランベリーズの最初のアルバムのタイトルは【Everybody Else Is Doing It, So Why Can't We?】という。


意味は、「誰もがそれをやってるのに、どうして私たちはできないのか?」というものだ。問うている、誰に向かって問うているのか、自分か、他者か、神か、それとも鬼か。とにかく問うているところから彼女はスタートした。


ヒゲの総帥だって同じだ。誰もができていることが自分にはどうして出来ないのだろうかと、何度も何度も悔しい思いをしてきた。そして音楽を辞めて有り体の収入が得られるようになった途端、その思いは消費欲によって誤魔化され、一時的なモルヒネとなり霧散されていくのが、また自分で情けないなと考えたりもした。


ヒゲの総帥は散髪屋に行く。「この女性と同じ髪型にして欲しい」と。「これ女の人、違いまんのか?それにメイクしとりますから、これだけハッキリしとる印象になるけど、阿守さんがしたら、ほんまに坊さんのようになりまっせ」と言われるが、そんなことはどうでもいいからさっさと言われたままに仕事をしろとヒゲの総帥は髪切りに促す。


確かに、ほんまに坊さんのようになった。


それでもヒゲの総帥は、これぞ我が意を得たりとご機嫌に髪切り屋を後にする。


ラジオでも言ったことだが、今のシベリアン・ニュースペーパーを動かしているのはメンバーだけではない。圧倒的多数の仲間が持つひとつの表現ツールがシベリアンであればよいと心より願っている。どのような場面でもどんどんシベリアンを使っていただきたい。


このような新鮮な気持ちで音楽に向き合えたのはどれくらいぶりだろうか。少なくとも10年くらいはなかったかも知れない。沢山の人が自分だけの歌とか自分だけの曲というものを持つようになれれば、どれだけ幸せなことだろうと思う。これが昭和期後半の考え方を持つ人間の意地でもある。


ラジオ出演のあと、カコフォニー・フィールズのゴッドテール君とFM 802のディレクターと打ち合わせをしていると、ラジオからTOTOの「Rosanna」が流れてきた。これはロザンナ・アークエットの名前が冠された曲、彼女の存在はこの名曲とともに世界に広がるであろう。


打ち合わせも終わり席を立ち外へ出ようとしたとき、TOTOの「Africa」が流れてきた。「アフリカだ・・・。すいません、この曲だけ聴いて行ってもいいですか」とヒゲの総帥は一堂にお願いする。「いいですよ」と皆、もう一度同じところに着席する。小説家の先生はヒゲの総帥にとってこの曲がどのような意味を持つのか、もちろん知っている。そして静かに一緒に聴いている。


アフリカにはまだ行ったことがない。賑やかなカンヌの海辺のベンチで考えた。この海の向こうにはアフリカがあるのかと。




人間がこんなに哀しいのに、主よ、海があまりに碧いのです



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by amori-siberiana | 2018-09-30 21:06 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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