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2019年06月22日(土) ◆豚王の誕生日

「そうだアモさん、この前、ナイロビで面白いことがありましたよ」


「ナイロビで?、それは是非とも聞きたいもんだね」と合いの手を打つのはヒゲの総帥。


目の前のテーブルにはレモネードのような味のするサングリアのボトルが置かれている、果実感の足りないサングリアのボトルを透かしてテーブルの反対側に映る男、以前より体重を12キロほど落としてシェイプアップした豚王タッキーである。ケニアの首都で面白いことがあったと話し出した張本人である。


タッキーの話しは要約するとこうである。


生まれて初めてのアフリカへ足を踏み入れたタッキー。いよいよ空路でアフリカ到着というとき、ナイロビの空港にて飛行機を降りようとタラップ前の長い列を待っていたが、如何せんいつまで経っても列は動くことがない。もうそろそろかなとタッキーが焦(じ)れた頃、列の前方で大声をあげてわめき散らす男がいるのだという。どうやらこの男が列の挙動を制している原因なのだろうということはわかった。


ここはアフリカ、何が起きてもおかしくないと考えたタッキーは、トラブル回避のため飛行機内の奥へ逃げようとした。そのとき男のわめき散らす原因が男の言葉でわかった。


「カミナリが怖い!!」


その言葉を聞くまで、タッキー自身も外で雷が鳴っているとは気がつかなかったそうだが、窓から外を見てみるとなるほど雷が遠くで光っているそうだ。


「僕も初めて知ったんですけど、向こう(アフリカ)の人って、やたらカミナリを怖がるんですよ。また今回ちょうど悪いタイミングで、飛行機から一旦降りて、バスに移動して、そのバスに乗って空港のゲートへ向かうという方法のアライバルだったので、その飛行機からバスへ移動する最中にカミナリに打たれてしまうじゃないか!俺たちを殺す気か!と大騒ぎなんですよ」とタッキーはハイボールを飲みながら思い出し笑いする。


「たったそれだけで大騒ぎなのかい?」と他人事のように平静を振る舞って聞き返すヒゲの総帥であるが、実はこの男も心底カミナリが嫌いである。闇は井戸のように深い。カミナリが鳴るとまず外出は控える、牡蠣の殻の中に閉じこもったようになる。どうにもこうにもカミナリが鳴ったが最期、何をやっても雷光が自分の心臓を射抜きにきているように感じてしまうので、身がすくむ思いである。なので今回の場合においてはタッキーよりもどちらかといえば、感覚はアフリカン側だ。


中之島にあるスペインバルでお互いに酒を飲む。大して美味しくもない店であり、そこまで美味しくなくもない店であるというタッキーから聞いたバルの前評判は、この男が評価を下した基準が正しいものであることを味覚によってヒゲの総帥に教えてくれた。


タッキーと空港の取り合わせについては愉快な記憶がある。


タッキーとヘルシンキの空港に不時着したときのことをサラッと話そう。この古くからの友人は一時期においてヒゲの総帥が音楽活動しているときの作戦参謀長であった。


あるとき、飛行機が落ちそうになった。このままではどうしようもないのでフィンランドから出発した飛行機は、空で燃料を空にするまで旋回してフィンランドにへ緊急着陸するということを機長からアナウンスで伝えられた。高度が低くなるとともに滑走路の両端には幾つもの消防車が並んでおり、その視覚から入ってくる情報がただならぬ事態を物語っていた。


無事に着陸、事なきを得て飛行機から降り、空港までのバスを待っている間だったであろうか、生きているという幸福感に溢れた我々の総意として「タッキー、なんかして」と誰かがいう。生の充足感に溢れたタッキーは狂人のように「うおお」と大声でわめき散らしながら着ている服を脱ぎだし、真っ裸になってくるくる滑稽に舞いだした。


そもそもの旅程にフィンランドを入れていなかったので、フィンランドの凍るような寒さを頭に入れてなかったタッキーはその行為によって体調を崩した。一行が盛り上がったあと、唇は紫色になったまま、ただただ身体を震わせて阿呆のように虚空を見上げるタッキーの顔を忘れはしない。このあと、我々は日本に帰れないまま暑さにうだる上海へ連れて行かれることになるのだが、その話しはまた今度。


「そういえば、随分と四国を満喫したみたいですね」とタッキーはマッシュルームのアヒージョをつまみながらヒゲの総帥にいう。この男に高知へ行ったことなど話していないはずだが、おおかたヒゲの総帥が書いているブログか何かで読んで知ったのだろう。


今日はタッキーの誕生日である、いいだろう、その後を話そう。ウランバートルへの機上にて正座して読むがいい。


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『土佐日記』 第六話:440回ほど、震えてみよう。




ダダダダダダ、ダダダダダダ。




「トラ、ちょっと叩いてみて」




ダダダダダダ、ダダダダダダ。




「もうちょっとシンバルこうしたほうが・・・」


チンピラの男は息子のドラムセットの調整をする。息子のトラ君は一回り小さいドラムセットを叩きながら、セッティングの塩梅を確かめる。


ヒゲの総帥は持ってきたギターを取り出してチューニングする。フランスの詩人アルチュール・ランボーは母音に色をつけるのだと言っていた、ヒゲの総帥も6本の弦のひとつひとつを色付けするように440ヘルツへと合わせる。音を鳴らすと一秒間に440回、空気を震わせるのだ。


今回、440回ほど震えてもらうのはチンピラの男の細君の実家である。ドラムのセッティングを待っているあいだ、やっぱり大量のビールが運ばれてくる。これに関しては高知であろうが大阪であろうが変わらない。


チンピラの細君の実家の二階、近所の迷惑にならないよう窓のシャッターすべて下ろす。とても落ち着く家だ、なんだか自分が四国にいることが腑に落ちる家であり、自身の帰郷を実感させる間取りである。幼い頃、世界の果てに位置したこの地にある家は自身の実家となんとなく似ている。実家そのものに形式が似ているのではなく、心象において自身の記憶と一致するのである。これまで数多も入ってきた四国の家それぞれを総括した記憶だ。


小口径のドラムがうなる。持ち運びできるトラベル用のドラムセットは普通のものより小さい、しかしながらトラ君が持っているスティックは普通サイズのものである。これが音圧のアンバランスを生んでいるのかと気づいたが、さてどうしたものかとヒゲの総帥は他人の家の中を見回す。


四国八十八か所を巡られたのであろう、弘法大師を中央に据えた掛け軸が床の間にある。星を飲み込んだ香川県出身の男である。日本各地で温泉を掘り当て治水に優れた男であり、日本列島を横に走る中央構造線沿いに水銀鉱脈を追い求めた偉大なる僧侶である。またの名を空海。


弘法大師がヒゲの総帥にいう


「菜箸(さいばし)、使ったら?」


幾らなんでも、よそ様の家に上がり込んでその挙句に食べ物を口に運ぶ菜箸をドラムのスティック代わりにするのは、あまりに遠慮がないことではありませんか?とヒゲの総帥は弘法大師の意見に反論する。この時点でヒゲの総帥は丸二日ほど起きているのだ、弘法大師と会話ができても何ら不思議はない。弘法大師はヒゲの反論を聞いて、笑いながらこういう。


「弘法筆を選ばず」


それっきり弘法大師は喋らなくなった。


ヒゲの総帥はチンピラの男に菜箸とは言えないので「もう少し細めのスティックとかあるかな?」と問う、「細めは、ないですね」とチンピラの男は頭で思案しながら言葉を返す。「どんなものでもいいんだけれどねぇ」とヒゲの総帥は言葉を注ぎ足す。


誰よりも勘の良いチンピラの男の頭に「!」が点灯したのが見てとれた。


「菜箸なんか、どうですか?」とチンピラの男はこちらが求めていた答えをあっさり提示してくる。


「菜箸か!それは思いもしなかった、ちょうどいいかも知れないね。でも、料理に使うものだからねえ」と口では言いながら、ヒゲの総帥は心のなかで「チンピラよ、正解じゃよ」とつぶやく。


「いや、大丈夫ですよ!」とチンピラの男は笑顔で細君に菜箸を台所から持ってきてもらうようにお願いする。菜箸はその刹那、一階から二階へ到着した。もしも料理原理主義による食物裁判があったとすれば、今回の場合、実行犯はチンピラの男の細君、教唆したのはチンピラの男となり、ヒゲの総帥に限っては参考人程度として証人喚問されるだけで済むだろう。ただし、証人喚問をしたところで「空と海の声を聞いたのだ」と証言されても、有益な参考証言は得られずということで、心をケアしてくれる医者への紹介状を手渡され、さっさと退廷させられるのがオチである。


兎にも角にも、菜箸は手に入った。


「トラ君、この掛け軸におわすのは弘法大師。またの名を空海。古来、日本の三筆として高名であったこのお坊さんはとても字が美しかった。そしてこのお坊さんはどんな筆でも美しく書くことができたのだ。それは今でも言葉に残っていて、弘法筆を選ばずといわれるんだ」と詐欺の説教師のようなことをまことしやかに言いだすヒゲの総帥。


純真さの塊のような目をしたトラ君は詐欺師の言葉にうなづいて「僕もどんなものを使ってもドラムをきちんと叩けるようになればいいとうことですね」と何もかも事態を把握したぞという率直で正当な意見を言う。頭の回転が速いというのはこういうことだ。


1+1=2、1分間は60秒、1年は、だいたい365日。


トラ君みたく、このようなハッキリとしたことを素直に言えるということがヒゲの総帥には感動である。子供と触れ合うということ、彼ら彼女らの話しを聞くということは大人同士のいかなる会話をも陰鬱で薄暗いものと感じられるほど気持ちが良い。トラ君と一緒に音楽をすることはヒゲの総帥の誇りでもあり、何より自分の中でうたた寝している「憧れ」や「希望」や「夢」に積もったホコリが叩き落されるのである。洗心である。


総じて、子供であった自分自身が持っていた「明日は必ずやって来る」という確証の根拠は、自身の親が労働によって創出してくれていた安心なのだと大人になって知ることになる。子供だから、大人だからではない、人間なのだから、人間らしく生きたい。


トラ君はドラムを叩く、ヒゲの総帥はギターを弾く。そのたびに440回ずつ、空気は震える。


世間では「生きたいように生きろ」とよく聞く。この「生きたいように生きろ」というような言葉をヒゲの総帥の両親などは一度も口にして言わなかった、そのような言葉は漫画や映画の世界のよく練られた絵空事であった。言葉にしてもらったところで、このような言葉は何の役にも立ちはしない、親から言われたのは「ミシンの周りは針が落ちてるから歩くな」とか「高いところで遊ぶな」とかそういう現実的な言葉ばかりだった。しかしながら、こうして生きていられるのはそうした、親から発せられた一連のつまらない言葉の集積によるものではなかったかとヒゲの総帥は考える。


「生きたいように生きろ」はラベルとしてはいいのかも知れないが、そのボトルの中にはなんらの栄養要素も入っていないのではなかろうか。


トラ君との演奏は静かにはじまる。慣れない菜箸を両手にドラムを叩く孫の演奏に聞き入る祖父の実直な存在感から、ヒゲの総帥は自分という存在に辿り着くまでの綿々と連なるルーツを感じる。洞窟から始まり、何万年をもかけて自分は存在しているのである。


いつしか、冷泉たち旅の仲間が二階へやってきており、音に耳を傾けている。


音楽を何故しているのか。その答えを出すこともなければ、その理由すら持ち出すことはないだろう。何を言われても、何を求められても、何もかも言葉で表現することなどは不可能だからだ。不十分なのである。言葉の役割が不十分である以上は、その行為によって納得する、または納得してもらうしか伝手はない。


以前、グーグルのサム君がヒゲの総帥の娘に尋ねたことがある。「どうしてバレエをしているのか?」という質問だった。


娘は随分とああでもないこうでもないと黙り込んで考えていた、頭のなかにある表現方法と心の中にある想いが一致する「ことば」を探しているのだろう。ようやく出てきた答えは「楽しいから」の一言だった。


サム君はとても腑に落ちたような顔をして「いたってシンプルだ、それいいね」と彼女に言葉を返した。彼女は目の前にいる異国の男性に照れていた。サム君からのその言葉を横で聞いていたヒゲの総帥は、彼の返答のあとに遅まきながらシンプルの持つ「質感」と「重要性」を心得た。彼という第三者を経由して自分の娘から出たシンプルの美しさを知ったのだ、そういうこともある。


トラ君とヒゲの総帥のシンプルな演奏会は終わった。聴かせたい人たちにがそこにいて、聴きたい人たちがそこにいたという演奏であった。人がいたってシンプルに生きることを是としてくれる空気や風土、高知にはそういう面もある気がする。いや、高知に限らずでもそういうところはあるのだろうが、私的な思い入れがある分、他所と比べて高知は別格本山である。


高知ほど生きやすいところもなければ、高知ほど生きにくいところもない。こうした二律背反する意見はそのどちらの側面から物事を見るかによる、その人のそのときの状況や環境に左右される。それはそういうものであって欲しい。


いつしか近い将来、我々、インターネット世代がゴミのように食い散らかした無慈悲で無意味な言葉の数々を次の世代が焼却してくれればよい。生きていくには、金を稼ぐにはとんでもない量のゴミが出てしまうというのが当たり前の時代なのだ、そういう時代だったと笑い飛ばしてくれればいい。


地球のためにと言われても、理屈ではわかっているが想像力の乏しいヒゲの総帥には実感が沸かない。自分が母親の胎内の中にいながらにして、その母親のことを気づかうということぐらい突飛なスローガンに聞こえてしまう。ヒゲの総帥は地球に住んでいるそうだが、実際に地球を見たことがないのだ。知識として知っているだけなのだ。


故郷もそうだ、四国もそうだった。外に出てみて、知らんふりを決めてみて、違う土地で生まれた第三者たちと触れ合うことでやっとわかることがあるのだ。実感として理解できることが確かにあるのだ。それこそが他人からではなく、自分自身の中で見つかったシンプルな答えなのであろう。


「生きたいように、生きてみるのだ」


ヒゲの総帥が働く理由、それは自分の親が勤労によって自分を育ててくれたからというだけのことが影響しているだけのことだ。金のために働くというのは大体の部分で一致するも、決定的な最後の部分でどこか違う気がする、金が欲しいのならば寝る間も惜しんで命を削って仕事をするより、その時間にて、研究を重ねて自分で紙幣を作ったほうが早くて有意義であると考える男なのだ。そうしないのは、他ならぬ自分の親の姿に影響を受けてのことだろう。


ただ、それだけのことである。


チンピラの男の実家にお礼を述べて、ヒゲの総帥たちは一旦ホテルへ戻る。これからホテルとは別の場所にて宴会の用意があるということで、ホテルに荷物を置きに戻る。やっとホテルである、チンピラの男には女性陣の部屋で僕は宿泊すると前々から伝えておいたはずだが、ホテルにチェックインして案内されたのは、男ばかりのタコ部屋だ。部屋の住人はアラタメ堂、忌部、北など錚々たるメンツである。さらにここへ冷泉も加わってくることになるのだから、寝床がキリング・フィールドとなることは想像に難しくない。これはとんだ手違いである。


これから宴会へ行くというのに、アラタメ堂のご主人の姿がない。アラタメ堂、どこ行った?と誰かに問うと、「風呂です」と返答があった。確か高知へ到着して早朝から風呂へ消えた男が、また風呂に入っているというではないか。


そういえば、チェックインの折、部屋を案内される途上で「ここが大浴場になります」と係の者に案内された。ヒゲの総帥が案内された視線の先に、浴場へ消えていくガニ股の不格好な男の後ろ姿を見かけたが、あれがそうであったか。


これでは高知へ来たのか、湯治へ来たのか知れたものではない。


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by amori-siberiana | 2019-06-22 11:56 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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