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2019年08月07日(水) ◆出会い

第一話:出会い



美しく、苛酷


アンドレイ・タルコフスキーというソ連の映画監督がいた。映像の詩人といわれた彼は一般的には難解で象徴的な映画を作る人だ。


ヒゲの総帥は海辺の辺鄙な町に到着する。


ここは世界でも有数の流氷が見られるところで、いろんな国から観光で人が訪れるのよと地元の人から教えてもらった。しかしながら、旅行者らしき人は駅で一人しか見かけなかった。駅といっても線路側を舗装した盛り土、それと小さな小屋、そしてここが駅であることを示す看板のみである。


海沿いの片側二車線の道路を歩きながら目的地を目指す。信号がそれほど見当たらない道路での往来する車の速度は、その横をのそりのそり歩く者にとってはなかなかのスリルを与えてくれる。スリルを我慢したところで、何らの恩恵もないのだが。


ヒゲの総帥は海辺を背にして山道を登っていく。曲がりくねった道は見通しがなく、音を頼りにして車が来ているかどうかを確かめる術しかない。


「これ、ほんまに宿まで辿り着くんかな」と不安に思う。北の大地では一本の道の間違えがとんでもない時間と体力のロスを生み出すのである。


坂道の途上、小高い丘が見える。小高い丘には馬鈴薯の畑が広がり、その奥には幻影のごとく木が数本あるのが確認できる。あの木がもっと曲がりくねっていたならば、ティム・バートン的と評したかも知れないが、静けさと日の傾き加減とを吟味してタルコフスキー的であると評した。


小高い丘に沿う舗装のない道に風が吹く、大地は砂煙をあげてヒゲの総帥に降りかかる。一身に知らぬ誰かの散骨を浴びたような気分になり、そしてその一本道を歩く。


自分の後ろから誰かが来ていることにこのとき気がつく。振り返ってみると、駅で見かけたバックパッカーの男であった。この男をピロシキと名付けることにする。ピロシキはよく日焼けしていた、遠目からでは日本人とは思えないほど焼けていたが、訊くところによるとゴルフはしないらしい。絶対に、しないらしい。


多分、あの駅で降りる旅行者は大体ここへやって来るのであろう。周囲には海と畑とそのどちらにも属さないものしかないのである。ヒゲの総帥にしてもピロシキにしても例に漏れず、その類である。


宿に到着する、民家である。バルコニーでは安物の椅子に座ってスマホを触っている異国の男が一人いる。ヒゲの総帥は坂道を上ってきて、その功に報いんとばかりに煙草を一服したかったので彼の隣に座る。座り、煙草に火をつけて深く息を吸う。吸った息を吐いたとき、自然と言葉も一緒に出た。


「タルコフスキーの映画のワンシーンみたいじゃないか?」


隣に座ってスマホをさわっていた男は、スマホから視線を上げてヒゲの総帥がどの辺りのことを言っているのか探る。探ってのち例の馬鈴薯の畑と木のコントラストを認めてから、こう返す。


「ミラー(※鏡)とかのことかい?」 ※1975年の映画


「サクリファイスに近いかなと僕は思ったのだ」とヒゲの総帥は煙草をもう一服して呼吸を整えるが、それ以上にタルコフスキーを知っている隣の異国の男に参った。


お互いに挨拶をする、この異国の男はイスラエルなる国で映画製作をしているテヘランという名前の男であった。「監督もするし、脚本も書くよ」という彼に今の注目すべき映画監督は誰かということを訊いた。


「ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は絶対に外せないね。ダニエル・デイ=ルイスの演技が見事だ。あとはダーレン・アロノフスキーかな?」と言う。


「マグノリアの監督とレクイエム・フォー・ドリームの監督だね、僕も『父の祈り』を観てからは、ダニエル・デイ=ルイスのファンだよ」とヒゲの総帥は答える。


テヘランは、ホゥというような顔をする。テヘランよ、お前の眼前にいるヒゲの男はまあまあ映画狂の男だぞとヒゲの総帥は心のなかでツイートする。いや、実際にツイートをしたとも思う。


「同じ質問を返すけれど、阿守の方こそ映画で好きなのはなんだい?」とテヘランは自前のアメリカン・スピリッツに火をつけながら訊いてくる、宿の中からピロシキも出てきてわかばに火をつける。ヒゲの総帥もJPSの灰を落としながら、答える。


「コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』だね」とヒゲの総帥はしてやったりの顔で答える。


「ああっ・・・、それ忘れてた!」という手のひらで額を叩き、やられたという顔をしたテヘランはその映画のワンシーンのセリフを口ずさむ。


強い男も、涙を流す


強い男も、涙を流す


ヒゲの総帥とテヘランはそのシーンを互いに脳内回想して大笑いしたあと、ハイタッチをする。ピロシキにも映画の話題を振る、質問内容はまったく同じだ。


「僕は・・・、そうですねサンダーアームとかですかね」とピロシキは答える。


「来た!龍兄虎弟、ジャッキー・チェンだよ」とヒゲの総帥は満面の笑みでピロシキの頭上にハイタッチの手を伸ばす。


「どうして!中国語タイトルまで知ってるんすかっ!」とピロシキは爆笑しながら思いきりヒゲの総帥の手を叩く、この瞬間はどんな祝砲よりも快い音がする。名刺も肩書も何らの情報もいらなく、互いが信用しあえると理屈ではなく直感で理解した瞬間にしか鳴らない音である。


「ようし、僕はこれからチェックインを済ませて、それから酒を買ってくる。そこからは誰かが死ぬまで飲み続けるぞ。もしや、安息日だからといってゴネたりしないだろうな?」とヒゲの総帥は勢いよく椅子から立ち上がり、テヘランの方を見る。


テヘランはこの映画から引用されたヒゲの総帥の言葉にまた大笑いして快諾する。ピロシキも無論のこと付き合うという顔つきをする。


ここから酒を売ってるところまで、どれくらいの距離があるのかも知らずに。


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by amori-siberiana | 2019-08-08 01:07 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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