コロマンサで「今日は何か作れますか?」と版画家の万作に訊ねてみよう。「うーん、オムライス、焼きそば、焼きうどん、焼き飯、あ、うどんはなかったんちゃうかな・・・。あとは、コロマンサ」となる。


「そしたらオムライスください」と言えば、「おっ、そうや豚足ありまっせ」という万作の合いの手が返ってくる日が度々ある。どういった指針によってオムライスと豚足がニア(near)になるのか解らないが、とにもかくにも結構な頻度でこの豚足なるものがコロマンサにはある。ヒゲの総帥は一度だけ食べたことがあるが、どうにもあの動物性のモチモチ感が好きになれずに二度と食べる気にはなれない。


さて、シャム君が京都で友人と会い舞踏にうつつを抜かしている頃、ヒゲの総帥はせっかく新品のギターの弦を張ったのだからとコロマンサへ行き、ギターを弾きだす。造船業を副業にしだしたらしい版画家の万作も黙って工作に殉じる。そんな沈黙を破ってやってきたのは全身が黒ずくめの男こと冷泉、そしてヘルベンツもやってくる。いつの間にかガルパンの男もやってきている。いつもの夜である。


次の日。


ヒゲの総帥は仕事を終えてコロマンサへ向かう。Googleのシャムは京都でしこたま飲み明かしたそうで、二日酔いのままギャラリー「遊気Q」へ立ち寄っているそうだとのこと。ヒゲの総帥がコロマンサでウイスキーをちびちびやっていると、凄まじい雨が降ってきて雷鳴も聞こえる。カミナリと暗号通貨はよく似ている、ドカンドカンとやかましい割には大して実になることを何も世の中にもたらさない。膨大なエネルギーの消費である。


もちろんブロックチェーン技術は優れたものだ。優れたものかどうかの判断は社会的弱者にその間口が広げられているかどうかというシンプルさで構わないのだ。しかしながら、社会的弱者という一定のカテゴリにも、それぞれの尺度があるので線引きは難しいところである。


雷鳴のなかシャム君がやってくる。「あなたはいつも雨を連れてやってくるな」とヒゲの総帥がいうと、シャムは肩をすくめて「おかげさまで」という。しばらくするとアラタメ堂のご主人のバンドメンバーであったという冴羽のおっさんがやってくる。冴羽のおっさんはゲームデザイナーであり、ソニックという有名なゲームの制作をしていたと自己紹介をする。シャムは狂喜する、そこからはゲーム談義となる。


ヒゲの総帥はGoogleという企業があまりにも大きすぎて、一体何をしている会社なのかわからない。そしてタッキーの会社も大きすぎて一体何をしている事業所なのかわからない、つまりわからないこととわからないことを出会わせると何か見えるのではないかと考えた結果、タッキーも呼ぶことにした。そして何が何やら訳の解らないままタッキーがやってくる。


この日のタッキーは船越英一郎のような髪型でやって来て、そのヘアースタイルにヒゲの総帥は口に含んでいたウイスキーを数ミリリットルではあるが吹き出してしまう。タッキーとシャムはビジネス談義に花を咲かせる。すると、冷泉とチンピラの男もコロマンサに登場する。そしてジローもやってくる。


つまるところ、店内は、おっさんだらけである。


おっさんが、おっさんに話しを振って、それにおっさんが割って入って、おっさんが突っ込みを入れて、おっさんがそれに応酬して、おっさん同士が悪乗りするという具合である。


冷泉とチンピラの男はシャムと入れ替わるかたちでこの日は京都に行っていた。老練なる至高のダンサーと野生的で理知的で手がつけられないドラマーのセッションを観に行っていたという。チンピラの男に限っては翌日も京都の山奥へセッションを見に出かけると豪語していた。この選択が彼(ら)にとって至福の瞬間をもたらすことになるのだが、それは彼(ら)のなかでの大切なストーリーなのでヒゲの総帥は語らない。


タッキーとチンピラの男は初対面だという。ヒゲの総帥はタッキーにいう「ホンマに悪人の顔ってこういう顔やと思わへん?」とチンピラの男を指さす。タッキーは「はい、そのとおりですね」と率直で誠実なる感想を述べる。冷泉は自分がGoogleとは仕事上で縁があることをシャムに話す、シャムは「果たして、本当にこの男は仕事をしているのか?」という意外そうな顔で冷泉のことを見る。


ところが、この冷泉という男は確かにGoogle社から認められた男なのである。


「果たして、世界でもっとも有名な会社に属するというのはどういうことなのか?」とヒゲの総帥はシャムに問う。シャムは少し考える、そして話しだす。チンピラはシャムの言葉を聞きとろうと前のめりになり、冷泉も電子タバコを咥えて静かにしている。ジローは柔和な顔を向け、冴羽のおっさんは糸が切れた操り人形のように壁にもたれている。


タッキーが訳す。


「Googleといっても、最初から何万人もいた会社ではない。スタートアップしてからまだ数年。我々は常に仕事において若い感覚を持つようにテンションを保つ工夫をしている。まだまだ私たちはベンチャー企業なだけだ、その感覚が常にエキサイティングなものを生み出す秘訣なのだろう」


ヒゲの総帥は手を打って場にいる皆にこう言う。


「不思議なものだよ、シャムは23才じゃないか。彼がもし外国人じゃなくて日本人の23才だったとしたら、僕たちは彼の話しをここまで率直に聞けただろうか」


冷泉が口を開く、「そうですね・・・、これが日本人の23才やったら・・・、お前、黙っとけ。みたいにはなるかも知れませんね」と忌憚のない本心を述べる。皆が一様にうなずく。


「つまり、僕たちはいつの間にか無意識にヒエラルキーを感じながら生きているのかも知れない。思考や判断は若干ながら束縛されているのかも知れない」とヒゲの総帥はいう。チンピラの男とタッキーが何か喋ろうとしたとき、冷泉がハッとした顔をする。なんだ、冷泉、何に気づいたのだ。


「ほな・・・、殴り合いしましょか。ぐふふ」


一同は呆れる、シャム君はしないしないと手を体の前で振る。タッキーは「僕は殴り合いしません」と前もって宣言する。チンピラと冷泉が殴り合いしだすと流血沙汰になるので、冷泉は自分の弟であるジローに話しを振る。「ジロー、殴り合いしよや」と。


ジローは真面目な顔をして「そのショータイムみたいな感じで殴り合いに巻き込まれるのホンマにイヤやねん」と長兄の誘いを断る。チンピラはそれを称賛しながら昔の話をする。


子供の頃、チンピラの男が冷泉の家に遊びに行く。冷泉と一緒にファミコンをしようとテレビのところへ行くと先にジローがゲームをしている。冷泉は「この虫けらぁぁっ!!!」とジローの脇腹を思いっきり蹴り上げていたというのだ。それでもまだ兄弟付き合いが続いているのであるから、下に生まれたものの器量というのはなかなかに尊敬に値するものであろう。


殴り合いを制されて今日の生きる意味を失った冷泉は帰ると言いだす。ヒゲの総帥はジローに誘われるまま桜川のバー「ビッチ」へ向かうことにする。シャムも飲み足りないそうであるし、ちょうど自分が連泊しているイリーガルな宿が桜川にあるというので随行する。タッキーに関しては当然のこと、彼がいなくては誰もビッチで勘定が払えないのだから一緒に行くことはマストなソリューションである。冴羽のおっさんはアラタメ堂が店へ後詰するかも知れないし、そもそもどこに住んでいるのかわからないおっさんなので店に放っておくことにする。


タクシーに乗り込んでも、ギャーギャーと仕事の契約がどうだこうだで深夜まで電話にがなってるタッキーの姿にシャムはクスクスと笑う。どれだけ崇高なことをしても、どれだけ清廉潔白で英雄的であったとしても(もちろんそんな可能性は万に一つもないが)、やっぱりタッキーはどこかコミカルなのだ。


タッキーは今月末にあるワイン会への出演に黄色信号がともったことをヒゲの総帥にいう。どうやら財閥系の取引き先と何かあるというではないか、なんとか調整するというのだが、それを耳にしてビッチの女マスターは船越英一郎を詰問しだす。ヒゲの総帥とジローはその様子に爆笑する、責められるタッキーを見るほど愉快なこともない。「わかりました、わかりました」と弁解するタッキーの横でシャムはカウンターで隣り合ったサンタフェ(ニューメキシコ州)出身のバーボンと何やら英語でまくしたてる。


これまでたどたどしい英語の奴らばかりを相手にして随分とフラストレーションもたまっていたであろう、シャムは母国の言葉を大いに相手に浴びせかける、そして向こうからも自分と同じ母国の言葉が同じテンションで跳ね返ってくる。コミュニケーションが商品化されるまえ、手垢に染まる前の純粋な原液を見たような気がしたヒゲの総帥はその光景が心地良かった。


タッキーは演説を打つ。


「年に何回かしかない僕の貴重な休みをですね、ことごとくこの男(ヒゲの総帥を指している)に連れ回されては台無しにされてるんですよ!」


もちろんこれもコミュニケーションである。世界を蹂躙して暗躍して、ネオ・コロニズムのアイコンとなった孤高の存在のタッキー。この男も自分の母国語が恋しいのである、ヒゲの総帥にむかって自分の母国語を吐き捨て、そしてその何倍もの熱量を持った罵詈雑言が自分に跳ね返ってくるのを期待しているのである。


期待というものは美しいものでも綺麗なものでも具現、具象の類ではない。期待が何かと訊かれればヒゲの総帥はこう答える、「アルノルト・シェーンベルクの『期待 (Erwartung)』のようなものだ」と。期待というのは質量がないものだ、そこに質量を乗せるには、自分というものにどれだけ賭けているかの夢の塊の大きさと比例する。


自分に賭けられる人間は、他人にだって賭けられる。逆に自分に賭けられない人間は、他人に賭ける権利などないのだ。


ヒゲの総帥に「お前は、どうなんだ?」とカミナリが問う。


まだ、わからない。


わからないが、自分の身を焦がしても足らぬほどの戦場を求めているのは確かだ。そんな自分にいつものようにイライラしながら、シャム君との二日目が終わる。外では雨がやみ、その湿度がここはアジアなのだと否が応でも知らせてくれる。


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by amori-siberiana | 2018-06-12 20:51 | 雑記 | Comments(0)



主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほりに伴い、魂を生き返らせて下さる。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう。


『詩編23篇』より




神の考えを表すものでないかぎり、わたしにとって方程式は何の意味も持たない。


『数学者:シュリニヴァーサ・ラマヌジャン』のことば




Google LLC(グーグル)は、インターネット関連のサービスと製品に特化したアメリカの多国籍テクノロジー企業である。検索エンジン、オンライン広告、クラウドコンピューティング、ソフトウェア、ハードウェア関連の事業がある。


『ウィキペディア』より




自称302才の女、ツタの絡まる青山ビルでギャラリー「遊気Q」を経営しているこの女がいうには、今からそれこそ10年以上前にGoogleの人間がやってきて、無料で店内を360°撮影してくれたのだそうだ。これはそれなりに宣伝になったようだ、確かに一見さんは入りにくいギャラリーなのかも知れない。そして数年後にGoogleの人間がやってきて新たに撮影をしないかとギャラリーの女にいう、女はもちろんのこと無料なのだろうと考えたが、金を無心されたのだと自己の経験談を話す。


「私ね、そんなお金なんてビタ一文ありやしませんよってね、追い返したんですよ」と手を口に当てて上品に笑うギャラリーの女、シャム君は「それって、本物のGoogleの社員ですか!?」とにわかに信じられないといった顔をする。コロマンサにはもちろんGoogleのスタッフなど来たことがないので、ヒゲの総帥も万作もよくわからない。


コロマンサ店内も360°ビューがあるが、これにいたっては世界の果て会計の無法松先輩がわざわざカメラを松山から取り寄せて撮影してくれたものである。


しばらくすると、ガルパンの男やゲームセンス・ゼロの女ことアシム、さらには約束どおりに忌部が知人のトリマーを連れてやってくる。外は大雨であるが、湿気はあまり気にならず、皆が季節に服従するような顔をしている。


シャム君はシアトルの生まれだということを話す。シアトルといえばアメリカ西海岸の一番上の端っこである、そこで育った彼はそのままブラウン大学というところへ行くため、東海岸へ行くことになる。そしてGoogleへの入社が決まってからというもの、また西海岸へ戻りサンフランシスコにあるシリコンバレーという街で住んでいるのだそうだ。アメリカ大陸とはいうものの、実際には湖のように沿岸を移動しているだけだよと自嘲している。


シャム君はことあるごとにほんの少しの採血をしては、それを専用のカートリッジで読み取る。測っているのはもちろんのこと血糖値である、彼は自身の左手にも【DIABETIC(糖尿病)】とタトゥーが入っている。自分が不意に倒れたときに、通りがかりの人がそのタトゥーを目にして何が起きているのか解ってくれるのだと説明してくれる。ヒゲの総帥も【PSORIASIS(乾癬)】とでもタトゥーを入れてみるかとも思ったが、40の手習いでもあるまいし、みっともないのでやめておこうと思う。


「最近はアップルからグーグルへ転職する人が多いそうじゃないか、そんなにアップルとグーグルでは職場環境が違うもんかい」とヒゲの総帥は訊ねてみる。もちろん、ヒゲの総帥がそんなことを比較研究しているわけではない、全て先日のシリコンバレー・セミナーで聞いた言葉の受け売りである。ヒゲの総帥からするとリンゴも梨も変わらんのじゃないかくらいに思っているが、どうやらそうでもないらしい。


「確かにそうかも知れないね」とシャムは答える。監獄に入れられていた猫が、いきなり放し飼いの自由を勝ち取ったくらい社風は違うかも知れないという。両社とも最高給でどっさり腕のいいタレントを抱え、彼らの才能、そしてそれに伴うとされるレバレッジを国内のシンジケート、いや国際的シンジケートに流していく。要するに発明によって投資を償還させようとしている。それで思い出されるのは「垂直型」と「水平型」の企業の違いであり、すなわちハンター・トンプソンの言葉をまんま借りるなら、フォードとゼネラル・モータースとの基本的な違いである。


彼は23才だという。「阿守さんは23才のとき何をしていた?」とシャムは問う。ちょうどその頃、ヨーロッパをぐるぐる当て所もなく回っていたが、結局なにをするにも金が必要なことを痛感するばかりであった。祖国にいようが外国にいようが、金がないことでの惨めさはどこでも同じであった。空の青さは残酷なまでにヒゲの総帥へ希望を強いているように思えた。


もちろん悪いことばかりではなかった、良いことは少なかったがそれでも未だに記憶に残っているあの当時の憧憬というものは、今後いかに絶景なるものと出会おうとも色あせるものではなかろうとも思う。というよりも絶景気違いの世の風潮に随分と辟易していることも事実だ。


シャムと飲み続けウイスキーも5杯を越えたころには、一体どんなことを喋っていたのかあまり覚えていない。アシムや忌部がそれなりに場を取り繕ってくれていたのかも知れないが、それすら覚えていないのだ。多分、IT(Information Technology)についての話しをしていたのだろうが、いつしかITは本来の代名詞としてのITを通り過ぎて、マイケル・ジャクソンが流行らせた「This is it」という言葉が意味するような話しになっていた。


いつの間にかシャムはキャピタリズム(資本主義)の脆弱さを語っている。


夜も更けたころ、雨は降ったり止んだりしていたが、シャムは京都へ行くというし、ヒゲの総帥も朝から仕事があるというので今夜はここまでとすることにした。


「仕事は楽しいのか?」とシャムはヒゲの総帥に問う。「つまらなくもない、もちろんその日その日はテンションを保ってやっているよ。でも、やりきれないこともある」と総帥はいう。企画屋と技術屋と法律家とクライアントのあいだを取り持つ仕事をしているシャム、また彼もストレスがたまることはよくあることだという。「エンジニアなんていうのはどこの国にいっても同じ顔をしているものだ。見るだけで、あいつはエンジニアだってわかるね」とヒゲの総帥は適当なことを言って、ケラケラと薄気味悪く笑う。


一日目の夜はシアトルにゆかりある、カート・コバーンの言葉で締めよう。


俺が考える最大の罪は、自分を偽り、まるで100%楽しんでるかのようなふりをして、他人をはぐらかすことだ。


ヒゲの総帥は星師匠に4000円借りた。


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by amori-siberiana | 2018-06-12 00:04 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。