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人には口が一つなのに、耳が二つあるのは何故か?

それは自分が話す倍だけ他人の話しを聞かなければならないからだ。


― イスラエルのことわざ ―




天から役割なしで、降ろされるものは、ひとつもない。


― アイヌのことわざ ―



第三話:



バルコニーでは安椅子にもたれて三人の男が酒を飲んでいる。無数の羽虫が∞(無限)の字を描きながら飛んでいる。日が落ちて随分とたった、海のものとも山のものとも知れない冷気が三人を包み込み、若干の肌寒さを覚えるが、三人はただただ酒を飲んでいる。


「一度、ベツレヘムに行ってみたい」とヒゲの総帥はいう。


「イエスが生まれたとされた場所だね。あそこはパレスチナだ。僕はイスラエル人だからベルレヘムには行けないけどね」とテヘランはブラックニッカのウイスキーを並々と自分のグラスに注ぎながらいう。


なるほど、このヒゲの総帥のような東方の国で隠遁しているような男にも伝わってくるイスラエルとパレスチナの問題を現場で経験しているんだなと感じる。


「イスラエルは実際のところ平和なんですか」とピロシキが訊く。


テヘランはフゥーと息を吹き上げて「平和そのものさ。意外に思われるかも知れないけれど、世界中のニュースで扱われているような緊張感は一切ない。それはあくまで政治的なショーであって、実情とは異なるよ」と答える。


「政治的なショーをしてどんなメリットが?」とピロシキはさらに質問を重ねる。


「金になるんだ。自分も番組制作会社にいるからよくわかる。その辺のことは阿守が詳しいんじゃないか?」とテヘランはどうしようもないというジェスチャーを言葉に付け加えて、多少、はにかむ。ヒゲの総帥を推薦していただいて光栄であるが、この総帥がいかに説明しようとも現場を知る迫力には及ばないので口を結んでいる。


テヘランは遠い目をして星空を見上げる。頭上には夏の大三角からの光がよく見え、その星たちを分断するが如くに天の川がうっすらとヴェールのように、またその名の示すとおり川のようにある。その漆黒の向こうには、こちらからは見えないが、何かからの視線を感じてしまう。その何かを何と呼ぶのかは各人によって違う。


「僕も3年間、軍隊にいた。M16(銃のこと)をこうやって構えてね」とテヘランは話しだすが、そのすぐあと「それについて何も話せるようなことはない、これはシリアスな経験なんだ」という。


「もちろん何も話さなくていい、なあ」とヒゲの総帥はピロシキの方を見る、ピロシキも「うん、それはそうだ」とウイスキーをテヘランのグラスに注ぐ。


M16:これは人を殺すために生まれた道具

M16:メシエ・カタログの第16番目の天体。別名を「わし星雲」といい、この星雲には「創造の柱」と名付けられる暗黒星雲がある。


「山を登ってるそうじゃないか?どこに行ってきたんだ」とヒゲの総帥はテヘランに問う。「ああ、それは大いに綺麗だったけれど疲れたね、大雪山系に登ってきたんだ」と山の眺望を思い出してだろうか、彼の目はキラキラする。


「疲れたといったって、世界中にはもっと疲れる山があるだろうに、特別日本の山が疲れるなんてことはないだろう?」とヒゲの総帥が問うも、どうやら彼は楽をできるところではとことん楽をして山登りをしているので、楽ができない山登りには骨が折れたのだと教えてくれる。


「深田久弥という人を知ってるかい、日本百名山という山のカタログを作った人だよ」とヒゲの総帥はいう、テヘランは知らないと答える。深田久弥はこの分野ではパイオニアである、彼は何かを生み出したのではなく、元来日本にあった山たちをカタログ化しただけなのだ。しかしながら、ここが深田翁の非凡なところで、そのひとつひとつの山に風情ある芸術的な紀行文をつけたのだ。


大雪山:古い5万分の1図幅にも、ヌタクカムウシュペを主にして、大雪山は括弧の中に入っていた。(略)アイヌ名は次第に影を潜めていくばかりであろう。北海道の山名にアイヌ語が存在することは、私たち古典主義者には大変なつかしいのだが、時世の勢いには如何ともしがたいる


トムラウシ山:美瑛富士の頂上から北を見ると、尾根の長いオプタテシケの彼方に、ひときわ高く、荒々しい岩峰を牛の角のようにもたげたダイナミックな山がある。それがトムラウシであった。それは私の心を強く捕らえた。あれには登らねばならぬ。私はそう決心した。


「つまり、作り上げたんじゃなくて、人々に気づかせたんだよ。そこにただあったものが、実は素晴らしいものだったんだって言語化されて価値を持ったんだ。もちろん、それによっての功罪はあるんだけれど、深田翁の登場によってただの山ではなくなったということは明白だよ。これって僕は素晴らしい芸当だと思うんだ。そしてこれこそビジネスの原初風景だと感心したね。その功績はヘロドトスやマルコ・ポーロに値するよ」とヒゲの総帥は話しを進める。


「毎日19時間、働いて、そして4時間の睡眠。それが繰り返される毎日。生活はそこにあったけれど、人生はそこになかった。そしたら、ふと、知らない国に行ってみたくなったんだ」とテヘランはいう。


最初に北海道へ来て、そこから東京へ行ったのだそうだが、東京はとんでもなく酷いところだと感じて、また北海道に戻ってきて今に至るのだとイスラエル人は教えてくれる。


ピロシキは東京の人間である。結局のところ最後の最後まで彼が何をして、どうして北海道を旅しているのか聞きそびれたのだが、正直どうでもいいことでもあった。繋がっておきましょうとか、紹介いたしましょうとかが横行する気色の悪い毎日から解放されているのだから、今はどうでもいいことなのだ。


「阿守がここへ来たのはどうしてだ?とテヘランは訊いてくる。


「なんとなくだ、いつもと逆の方向の電車に乗ったら、ここにいたのだ」とヒゲの総帥は返す。


テヘランは笑いながら、「オー・ゴッド」といった、その瞬間である!


「テヘラン!動くな」とヒゲの総帥。


テヘランは止まる。


「それは誰に向けての言葉なんだい」とヒゲの総帥はいう。


「これ?・・・誰でもない何かだよ」とテヘランは返す。


「そうだ、何かだ。僕は、それを探してるんだ」とヒゲの総帥は我が意を得たりといわんばかりに不気味にニヤニヤしだす。


テヘランとピロシキもこれは何か面白い話しが聞けそうだと、身を乗り出してくる。宿の扉が開いて、中学生がもっと話したいからとヒゲの総帥とテヘランの間の椅子に着席する。


「人はどうして祈るのか?」とヒゲの総帥は静かに皆に問いかける。



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by amori-siberiana | 2019-08-08 17:18 | 雑記 | Comments(0)

第二話:ラス・メニーナス



イスラエルの映画監督テヘランは椅子に座りぼんやりと景色を眺めている。


「彼は昨日ここへ来たんですけれど、朝早くどこかへ消えたと思ったら、数時間後にまた戻ってきて、そこからずっとああいう感じなんですよ」と宿の主人はいう。


「彼は頭がいいんですね」とヒゲの総帥はいう。


「どうして?おわかりになりますか」と宿の主人はヒゲの総帥がテヘランに向けた評価の根拠を訊く。


「常にイマジネーションを持っています。そういう顔をしています、それだけです」とヒゲの総帥は適当なのか確信なのかどちらかわからないようなことをいう。


ヒゲの総帥とピロシキは宿の女将が最寄りのスーパーまで車を出してくれるというので、そちらへ乗り込み夕食の買い出しへ行くことにした。プラドという大きな車に乗りながら、女将はこの辺で捕れる魚のことや馬鈴薯にはその用途によって畑が違うこと、また自身の私有地への不法な山菜泥棒がいるというようなことを話してくれる。


「例えばそういった不届き者を見つけたりしたらどうするんですか?親父さんが散弾銃かなんかを持って頭を吹き飛ばしますか?」とヒゲの総帥は女将に茶々を入れる。


「そんなことしませんよ。私たちが食べる分くらいは残しておいてくださいね。と優しくいいますよ。まあ、相手はアンタは誰だというような顔でこっちを見ますけれど、こっちからすればアンタこそ誰なんだという感じですね」と女将は笑いながら運転する。


プラドといえば同名の美術館がスペインのマドリッドにある。ここにはベラスケスの「ラス・メニーナス」が置かれてある以外にも、美術史において非常に貴重なコレクションが多数所蔵されているそうだ。行ったことはない。


スーパーでしこたま酒を買う。都合、ここのスーパーには女将がもう一度足を運んで酒を買うことになるのだが、この時点ではそこまで飲むとは思ってもいなかった。


「阿守さん、夕飯にこれを買いなさいよ」と女将は鮮魚コーナーのウニを指さす。「このウニは地のものだから、そんじょそこいらのウニとは違うわよ」と太鼓判を押す。女将に判を押されたウニの値段をみると「4980円」と書かれている。


「地元でもこんなに高いんですか?」とヒゲの総帥は悲鳴をあげる。女将は値段はそんなもんだの一点張り、ヒゲの総帥は女将が折れないとわかると鮮魚コーナーを通りがかった漁師風の爺さんに「ねえ、幾らなんでもこれは高すぎやしませんか?」と訊ねる。爺さんは「これ(ウニ)は上物だからそんなもんだ」という、続けて「あんたはどこの人?」とヒゲの総帥に聞いてくるので、素直に大阪だと答える。


「せっかく大阪から来たんだったら、ここに金を落としていけ!」と豪快に一喝して笑いだす。こりゃあ面白いとヒゲの総帥は爺さんとハイタッチをしてそのまま硬い握手をする。爺さんはひび割れた男らしい手でヒゲの総帥の手をぎゅっと握ったまま、しきりに「頼んだぞ、頼んだぞ、これからは頼んだぞ」と若輩の総帥に発破をかける。もちろん何を頼まれているのか言葉にはできないが、言葉にならない何か重大なことを頼まれたような気になる。


買い物を終え、またプラドに乗って宿へ帰る。新しく4人家族の一行が宿に到着しており、皆で乾杯でもしようかということになるがテヘランの姿が見えない。


「テヘラン、どこ行ったんですか?」と宿の女将に問うと、さっさと二階に上がって寝てしまったという。


「あいつ、死ぬまで飲むっていうたクセに敵前逃亡か」とヒゲの総帥は二階に上がる、テヘランは自分の布団のところで横になっていたが、よく見ると耳にイヤホンをして何かしらの映画を見ている。なるほど、そういうことかとヒゲの総帥は一旦、下に降りる。


4人家族には中学生になる息子と小学生の娘さんがいた。年頃のシャイさと好奇心を持ち合わせた彼と彼女を呼びよせる。


「いいかい、今、二階ではテヘランっていうイスラエルという世界で一番不思議な国から来た人がいるんだ。でも、日本語が全然わからないから僕らに遠慮して下に降りてこないんだ。そこでお願いがあるんだけど、テヘランを僕が下に連れてくるから、身振り手振りでなんでもいいんで質問攻めにしてやってくれるかな?誰だって一人で寝るなんて楽しくないからね」


二人の兄妹は満面の笑顔で「うん!」と答える。


ヒゲの総帥は作戦会議を終えてテヘランを蹴り起こしに行く、「テヘラン!皆で乾杯するぞ!皆がお前がテーブルに来るのを腹を空かせて待ってるんだ」という。


テヘランは「えっ!?そうなの!」という素っ頓狂な顔をしてパンツ一丁からそれなりの格好に着替えて下に降りてくる。


テヘランがテーブルにつくと、先ほどの兄妹は好奇心旺盛なまま、異国の映画監督に自分の興味があることなどの質問をする。言葉なんて使わない、目で会話をするのだ。子供の持つ力と可能性というものには常々、驚かされることが多い。二人の両親も関西出身の人らしく「テヘラン、待ってたでぇ」と気さくにビールを注いだグラスを彼に渡す。宿の主人たちはこの光景を嬉しそうな顔で静かに見ていた。


異国の人はたまにわからない子供の質問に右往左往、苦笑しながらも、なんとか意味を理解しようとして、そして答えようとして工夫する。子供たちも異国の人が自分たちの質問に対して、どのような返答をしているのか理解しようと工夫する。周りの大人たちは、その光景に微笑みながら、茶々を入れたり、ふざけあったり、罵声を浴びせたりと外野を演じている。団欒とは難しい漢字であるが、とても簡単に築けるものだ。


ヒゲの総帥は今日ほどタルコフスキーに感謝をしたことはないし、この日のためにタルコフスキーを知ったのだと言われても構わないというくらい、穏やかで平和と笑顔に溢れる印象的な夕食であった。


ヒゲの総帥はあまりの嬉しさに照れ臭くなってバルコニーに出て煙草を吸う。テヘランも後を追ってバルコニーに出てきて煙草をくれという。好きなだけ吸えばいいのだとヒゲの総帥は自身の煙草の全てをテヘランの持っている煙草の空箱に押し込む。こういう格好いいことはチンピラの男から教えてもらったことだ。彼は常にヒゲの総帥の空箱に煙草を押し付けてくる。しばらくしてピロシキも煙草を吸いにやってくる。


「ピロシキ、煙草を持ってる?」とヒゲの総帥は問う。


「ああ、持ってますよ、どうぞ」とピロシキはわかばをヒゲの総帥に差し出す。ヒゲの総帥はピロシキの煙草を随分とせしめて自分の空箱に放り込み、これでいいと納得しながら一本吸う。


不味い。


久しぶりに自分の祖父が吸っていたのと同じ銘柄を吸ってみたが、こんなに辛くて不味いものかと感想を述べる。ピロシキは苦笑しながら「そんなもんですよ」という。その一連のことに好奇心をそそられたのか、テヘランもわかばを一本くれとピロシキに頼む。気前のいいピロシキは「はいよ!」といって差し出す。


テヘランはわかばの煙をぐっと体の中枢まで吸い込み、すーっと出して「この不味さがタバコという語感と一致するね。そしてこの不味さこそが美味さだね」という。


「タバコの煙というのは、どうやらそれを吸った体内から哲学を吐き出させるらしいぜ」とヒゲの総帥はピロシキの肩を叩いてガハハと笑う。テヘランは胸の前で「何かおかしいこと言った?」とばかりに両手をひっくり返す。


時間はわからないが五右衛門風呂の水が、カルシファーの業によって湯となった頃にはすでにタバコもアルコールも尽きていた。女将はタバコとアルコールをもう一度買いに行ってくるとプラドを走らせてくれる。そのあいだ、我々は風呂に入ることになる。4人家族はそろそろ寝るために自室へ入ろうとする。


ヒゲの総帥は全裸になって宿から五右衛門風呂までの15メートルを粛々と王者のように歩く。レッドカーペットが敷かれてあるかのように歩く。風呂に入り浮かぶ、自身も小さい頃には祖父の家で風呂焚きをしていたことを懐かしむ。そのときの薪を燃す匂いと同じ匂いがあたりに薫っており、その薫りは遠のいていた記憶を一気に手元まで呼び込んでくる。


燃える、するとそれらは炭となる。炭をよく見ると、それが炭になる以前だった姿をほんの少し残している。ところが一日経って、同じものを見るとそれは完全に炭となっているのだ。つまり、燃えてすぐの状態のときはモノにも魂があり、その魂が己の死と闘っており、昔の姿を留めようと努力している最中なのではないかと考えた小学校の夏休みであった。


魂は死に抗えず、一日経てばただの炭となっていたということだ。


地響きをさせてプラドが酒とタバコを調達して戻ってきた。遮るものがないので車のライトが遠くからホラー映画のように迫ってくるのが心地よい。


虫が光のほうにどんどん集まっていく、まるでそこに資本があるのだと言わんがばかりに。


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by amori-siberiana | 2019-08-08 13:01 | 雑記 | Comments(0)

第一話:出会い



美しく、苛酷


アンドレイ・タルコフスキーというソ連の映画監督がいた。映像の詩人といわれた彼は一般的には難解で象徴的な映画を作る人だ。


ヒゲの総帥は海辺の辺鄙な町に到着する。


ここは世界でも有数の流氷が見られるところで、いろんな国から観光で人が訪れるのよと地元の人から教えてもらった。しかしながら、旅行者らしき人は駅で一人しか見かけなかった。駅といっても線路側を舗装した盛り土、それと小さな小屋、そしてここが駅であることを示す看板のみである。


海沿いの片側二車線の道路を歩きながら目的地を目指す。信号がそれほど見当たらない道路での往来する車の速度は、その横をのそりのそり歩く者にとってはなかなかのスリルを与えてくれる。スリルを我慢したところで、何らの恩恵もないのだが。


ヒゲの総帥は海辺を背にして山道を登っていく。曲がりくねった道は見通しがなく、音を頼りにして車が来ているかどうかを確かめる術しかない。


「これ、ほんまに宿まで辿り着くんかな」と不安に思う。北の大地では一本の道の間違えがとんでもない時間と体力のロスを生み出すのである。


坂道の途上、小高い丘が見える。小高い丘には馬鈴薯の畑が広がり、その奥には幻影のごとく木が数本あるのが確認できる。あの木がもっと曲がりくねっていたならば、ティム・バートン的と評したかも知れないが、静けさと日の傾き加減とを吟味してタルコフスキー的であると評した。


小高い丘に沿う舗装のない道に風が吹く、大地は砂煙をあげてヒゲの総帥に降りかかる。一身に知らぬ誰かの散骨を浴びたような気分になり、そしてその一本道を歩く。


自分の後ろから誰かが来ていることにこのとき気がつく。振り返ってみると、駅で見かけたバックパッカーの男であった。この男をピロシキと名付けることにする。ピロシキはよく日焼けしていた、遠目からでは日本人とは思えないほど焼けていたが、訊くところによるとゴルフはしないらしい。絶対に、しないらしい。


多分、あの駅で降りる旅行者は大体ここへやって来るのであろう。周囲には海と畑とそのどちらにも属さないものしかないのである。ヒゲの総帥にしてもピロシキにしても例に漏れず、その類である。


宿に到着する、民家である。バルコニーでは安物の椅子に座ってスマホを触っている異国の男が一人いる。ヒゲの総帥は坂道を上ってきて、その功に報いんとばかりに煙草を一服したかったので彼の隣に座る。座り、煙草に火をつけて深く息を吸う。吸った息を吐いたとき、自然と言葉も一緒に出た。


「タルコフスキーの映画のワンシーンみたいじゃないか?」


隣に座ってスマホをさわっていた男は、スマホから視線を上げてヒゲの総帥がどの辺りのことを言っているのか探る。探ってのち例の馬鈴薯の畑と木のコントラストを認めてから、こう返す。


「ミラー(※鏡)とかのことかい?」 ※1975年の映画


「サクリファイスに近いかなと僕は思ったのだ」とヒゲの総帥は煙草をもう一服して呼吸を整えるが、それ以上にタルコフスキーを知っている隣の異国の男に参った。


お互いに挨拶をする、この異国の男はイスラエルなる国で映画製作をしているテヘランという名前の男であった。「監督もするし、脚本も書くよ」という彼に今の注目すべき映画監督は誰かということを訊いた。


「ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は絶対に外せないね。ダニエル・デイ=ルイスの演技が見事だ。あとはダーレン・アロノフスキーかな?」と言う。


「マグノリアの監督とレクイエム・フォー・ドリームの監督だね、僕も『父の祈り』を観てからは、ダニエル・デイ=ルイスのファンだよ」とヒゲの総帥は答える。


テヘランは、ホゥというような顔をする。テヘランよ、お前の眼前にいるヒゲの男はまあまあ映画狂の男だぞとヒゲの総帥は心のなかでツイートする。いや、実際にツイートをしたとも思う。


「同じ質問を返すけれど、阿守の方こそ映画で好きなのはなんだい?」とテヘランは自前のアメリカン・スピリッツに火をつけながら訊いてくる、宿の中からピロシキも出てきてわかばに火をつける。ヒゲの総帥もJPSの灰を落としながら、答える。


「コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』だね」とヒゲの総帥はしてやったりの顔で答える。


「ああっ・・・、それ忘れてた!」という手のひらで額を叩き、やられたという顔をしたテヘランはその映画のワンシーンのセリフを口ずさむ。


強い男も、涙を流す


強い男も、涙を流す


ヒゲの総帥とテヘランはそのシーンを互いに脳内回想して大笑いしたあと、ハイタッチをする。ピロシキにも映画の話題を振る、質問内容はまったく同じだ。


「僕は・・・、そうですねサンダーアームとかですかね」とピロシキは答える。


「来た!龍兄虎弟、ジャッキー・チェンだよ」とヒゲの総帥は満面の笑みでピロシキの頭上にハイタッチの手を伸ばす。


「どうして!中国語タイトルまで知ってるんすかっ!」とピロシキは爆笑しながら思いきりヒゲの総帥の手を叩く、この瞬間はどんな祝砲よりも快い音がする。名刺も肩書も何らの情報もいらなく、互いが信用しあえると理屈ではなく直感で理解した瞬間にしか鳴らない音である。


「ようし、僕はこれからチェックインを済ませて、それから酒を買ってくる。そこからは誰かが死ぬまで飲み続けるぞ。もしや、安息日だからといってゴネたりしないだろうな?」とヒゲの総帥は勢いよく椅子から立ち上がり、テヘランの方を見る。


テヘランはこの映画から引用されたヒゲの総帥の言葉にまた大笑いして快諾する。ピロシキも無論のこと付き合うという顔つきをする。


ここから酒を売ってるところまで、どれくらいの距離があるのかも知らずに。


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by amori-siberiana | 2019-08-08 01:07 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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