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2019年 08月 10日 ( 1 )

第四話:最終話




「人が祈るのはどうしてなんだろうね?」


ヒゲの総帥が祈ったことがあるのかといわれれば、よく解らない。神社や寺へ行った折、行儀作法として祈ることはあるにしてもそれが「祈る」ことになるのか、それとも「祈ったふり」をしているのかは明確にはわからない。そもそも、そこに明確な線引きなどはないのではないかと考える。


いや、よくよく考えれば祈ってる。


去年だったであろうか自身の音楽活動の復帰となる日。その日に台風が近づいてきているというので、このまま中止になってはたまらんと「晴れ乞い」のため壬生川上神社へ行き、お祓いを受けた。結果、見事に晴れたではないか。形式ばった祈りだけでなく、ほぼ毎日のように誰かの安全など心のどこかで祈っているような気もする。


「祈るという行為は果たして本能的なものであろうか?」とヒゲの総帥は皆に向けて言葉を付け足す。


「動物的な本能ではない、まず動物は祈らない。彼らは常に現実にのみ生きている」とテヘラン。


「僕もそう思う。祈るという行為はつまるところ、人間特有の行為だよ。では、僕たちは何に対して祈っているのか。ここに『神』という言葉を抜きにして説明できるものだろうか?僕が探求しているのはそれなんだ」とヒゲの総帥は詐欺の説教師のようにいう。


誰彼、祈るということをしたことはあるだろう。正直なところ、祈らない民族というものをヒゲの総帥は知らない。もしかしたらいるのかも知れないが、出会ったことがない以上は実感が沸かない。つまり、暴力的な推論になるが、世の中の万人に共通していることが「祈る」という行為ではないかと思う。それは取り扱う文明によって姿形を変えるものもあれば、絵にしてはいけない、さらには言の葉にのせてもいけないという徹底したところもある。


不立文字。


これは何も禅に限ったことだけではないことは、すでに世界で認められていることだろう。


「テヘランは映画監督だね。自身の作る映画のなかに万人に共通する『何か』を掴んで、それを何らかの形で映像化することとかあるかい?」とヒゲの総帥は問う。


テヘランはしばらく考える。しばらく考えたのち、慎重に言葉を選びながらこのユダヤ人は素晴らしいことを言った。


「作為的にそれを導くことはできない。いや、そうしなくてもいい。それはすでに僕たちに備わっているものだからだよ。人間が人間らしくという言葉くらい滑稽なことだ。だって、僕らは誰に言われずとも人間であるのだから、人間以下とか人間以上とか、それは社会のモラルが勝手に対象の人の人生を値踏みしている言葉だからね」


バルコニーでテーブルを囲んだ一同と北の大地の自然は、息をひそめてテヘランの言葉に耳を傾ける。


「僕らに備わるということはどういうことかというと、これはとてもシンプルな考え方だと最初にことわっておくよ。僕は神学者ではないからね」


「もちろんだ、話しを続けてくれ」と総帥はピロシキの不味いわかばを取り上げて、煙を吸ってはゆっくりと吐く。


「僕が考えたのは、阿守や僕たちがタバコを吸うという行為、それも元々はとてもトラディショナルな行為だよね。僕自身、タバコの歴史にそこまで詳しいわけではないけれど、元々はアンデス山脈に住む人たちの医療や儀式で使われる行為だったというじゃないか。それこそ崇高(※ここで彼はadorationという英語を使った、久しぶりに聞いた単語だった)な何かに向けての儀式だった。タバコを吸うという行為だけでも僕たちはその儀式をある程度は受け継いでいることになる。つまり何が言いたいかというと、現在僕たちがしていることの全てにおいて、辿っていけばその根拠に『何か』や『祈り』の要素が入っている。だから、わざわざ僕たちが新しく『何か』を無理くり作りあげなくてもいいんだ。既にそこにあるものなんだから」


「おもしろいですね」とピロシキ君はニヤニヤしながらウイスキーを自分のグラスに注ぐ。ヒゲの総帥は今吸っているタバコが、どうしてだかさっきのタバコよりも美味しく感じられる。


「大体、英語で『ing』がつくようなことは、現在進行形というより現在も受け継がれているという解釈のほうがしっくり来るよね」とテヘランもウイスキーを飲む。ウイスキーの入った大きな瓶は、途方もないスピードでdrinkingされていく。


「阿守はどういうつもりで音楽をしてるんだ?山とか海とか嬉しいとか悲しいとか表現してるのか?」と異国人はヒゲの総帥に訊ねる。


「まさか、インスタじゃないんだぞ。なんというか・・・、そう、言葉だけでは足りないんだ。足りない、まったく足りない。なんだろう、ただ、何か制作しておかないと怖くてたまらないんだ。そうしてないと正気じゃいられなくなるんだ」とヒゲの総帥はいう。


「僕もそうだよ。映画を作っているときが一番幸せであり、阿守の探求する『何か』の正体を暴きだせるかもって僕も考えてる。そんなに容易なことではないけれど、気が狂ったように撮影してるとき、そういう様相とは逆に自分の魂はとても静かで平穏なんだ」


そのとき、バルコニーの照明が全て落ちた。真っ暗である。


ヒゲの総帥は闇に紛れて素っ頓狂な声をあげる


「カイザー・ソゼ!??」


テヘランとピロシキは爆笑する。そのセリフの出典がわからない中学生のマンセイ君も一緒に笑う。笑顔は病、感染症の類であり、これは人を幸福にしてしまい他者に寛容となってしまう。四人で乾杯する。ずっと話しを聞いていたいけれど眠たいのが腹立たしいとマンセイ君はいう。彼はサッカーのクラブに入っているが、サッカー選手になりたいとは全く思わないそうだ。


テヘランが急に膝を打つ。どうした?と皆がテヘラに注目する。


「俺、祈ったことある!たった一度だけ、祈ったことある!思い出した!そのとき奇跡が起きたんだ」と急な告白をするテヘラン。


「どんな物語があるのか訊かせてもらいましょうか」とは皆にわかばを吸いつくされて、その残骸を灰皿から摘み上げて再利用するピロシキだ。


「1999年のチャンピオンズ・リーグの決勝を覚えてるか。マンチェスター・ユナイテッドとバイエルン・ミュンヘンが戦った試合だ。俺はマンUの熱狂的なファンでテレビをずっと見ていた。ところが試合はバイエルンが1点リードのままゲームは終わろうとしていた。俺は祈ったね、生まれて初めて『何か』とか『全て』に向けて手を握って祈った。ああ、どうか私のために奇跡を起こしてくださいと祈ったのだ。その瞬間だよ!シェリンガム(マンU)が1点を取ったんだ!うわーーーーーっ、奇跡が起きた!と俺は飛び跳ねて狂喜したね。そしたら俺が儀式のように飛び跳ねてるあいだにマンUがまた1点取って逆転勝利したんだ。なんだかわからないけれど、涙がこみあげてきて、何かに向かってありがとうありがとうを繰り返してたよ。こんな嬉しいことはなかった」とテヘランは当時の感動が蘇ってくるかのように目を輝かせる。


「そんな自分勝手な祈りがあるかい、聞いて損した」とヒゲの総帥は突っ込む。


ピロシキとマンセイ君はこらえていた笑いをこらえきれずに笑い出してしまう。「自分勝手も何も奇跡は起きたのだ、後にも先にも真剣に祈ったのはそのときだけだね。我は奇蹟を見たりて!」とテヘランは今しがたサッカーの試合が終わったような興奮口調で聖書だかなんだかの一文を口にする。


「ありがとうございます。もう眠たくて仕方がないので部屋に戻ります」とマンセイ君は賢明な判断を下す。


おっさんたち三人は静かに星空の下、ウイスキーを全部飲み干す。


「さて、何の話しをしてたっけ?」とヒゲの総帥が問う。


「誰がタバコを買いに行くのかって話しですよ」とピロシキは軽妙に適当なことをいいだす。


「そもそも、タバコもウイスキーも馬鹿みたいに飲む奴がいるからな。幾らあっても足らんのだ」とヒゲはテヘランの方を見る。


テヘランは何やら必死にスマホをいじくっている。


「何か調べごとか?」とテヘランに訊く。


するとテヘランが自身のスマホの画面をヒゲの総帥に見せてきた。テヘランが打ち込んでいたのはグーグル翻訳だったのであり、そこには日本語でこう書かれていた。



私は日本へやってきて、はじめてまともな会話をすることができました。それは私にとって最も望んでいたことの実現でした




まともという言葉が出てくるGoogle翻訳は大したもんである。



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by amori-siberiana | 2019-08-10 13:33 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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