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カテゴリ:雑記( 309 )

お盆である。三豊市詫間町の話しをしよう。先日、テレビで詫間の特攻隊をやっていた、それを見て急に思い出した記憶があるのだ。一旦、思い出すとどんどん溢れてくるのでこれは文字にしておかなければ、また忘れてしまう。忘れるということは、ゼロではないが無かったことに等しくはなる。人類は遺伝子以外の方法で記録することのできる、歴史を持つことができる存在なのだから。その前に小話を。


・・・ベルメハが見つからない。


今から10年前の2009年のこと。メキシコ国立自治大学がユカタン半島にある、地図でベルメハと名付けられた島の調査に乗り出したのだが、そこに島はなかった。島を調査する理由は日本が沖ノ鳥島を延命させるのと同じ理由であり、排他的経済水域の拡大であったことは誰でもわかる。


調査に出かけたジュスト・シエラ号は結局、それらしき島の姿形や痕跡すらも得ることがなく徒労となった。Google Map主流の時代であるが、未だにこうした幻が存在していたことにヒゲの総帥は嬉しさを感じる。北極海辺りでの幻島の情報は多々ある。それは当時の船乗りたちが大型の氷山を島と見誤って記録したり、北限の海に頻発する蜃気楼に惑わされたりということが原因だ。


同じような理由で捕鯨船によって発見された(1876年)サンディ島も2012年の調査で、実在しないということがわかり姿を消した。この島のユニークなところはGoogle Mapにも載っているところである。見誤りというのはそこに文字通り希望的観測が入ってしまうからに他ならないが、かといって希望的観測を否定する気にはならない。


「ヒライス」というウェールズの言葉がある。意味は「かつて自分のまわりにいた人々や故郷へのやるせない郷愁や、まだ行ったことのない場所に故郷を求めるような狂おしいほどの憧れを感じること」とのこと。美しい言葉ではないか、幻島を生み出した原因の一番はヒライスなのではないかと思うほどだ。


日本のお盆という行事もこのウェールズの言葉とまったく違うものではないはずだ。


さて、ヒゲの総帥の故郷の近く。どこからどこまでが故郷でどこからどこまでがそうではないのかの線引きが難しいのだが、同じ三豊市に詫間という風光明媚な町がある。海と山と空と島々がある。春には桜によって染めつくされる紫雲出山(しうんで)があり、浦島太郎の伝説が残る荘内半島の海は人もまばらでキラキラと光っている。今でも「箱」や「生里」などの地名に浦島太郎の名残がある。


ヒゲの総帥の高校時代の友人、ナンザキ君もこの半島の先っぽから高校まで毎日2時間近くかけて自転車で来ていた。往復4時間の長旅を毎日していたのだから恐れ入る。コルシカ島で行われるラリー(車のレース)で曲がりくねったアップダウンの道を見るたびに、ヒゲの総帥はいつもナンザキ君の殉教ならぬ勉強の道を思い出すのであった。


ヒゲの総帥は勉強の道を途中撤退したため、ナンザキ君のその後がどうなったのかは知らない。しかしながらこの道は今でもたまに車で走りたくなる道であり、近いうちにナンザキ君と迎合して、通なればこその抜け道や景色なども教えていただきたい限りである。


この半島の付け根に詫間電波と呼ばれる高専があった。ここではバイク通学が許されており、ヒゲの総帥としてはなんだか田舎のくせに異色の学校があるんだなというくらいにしか情報もなければ、友人もいなかったので詳しくない。ここが第二次世界大戦時に特攻隊の出撃場所となっていたということも知らなかった。それを知ったのは大人になってからだが、その話題がタブーだということを教えられたのも大人になってからである。


テレビを見ながら、詫間電波と特攻隊についてなんとなく既視感を持ちながら見ていたが、突然、自分の記憶にあるものを思い出したのである。


ヒゲの総帥が故郷を離れてからというもの、ヒゲの総帥の部屋にはドラムセットが置かれ、父親の音楽部屋になった。たまに実家へ戻ると日曜日の朝からドンチャン騒ぎがはじまる。


ニルヴァーナと同じ3ピースバンドで、メンバーはドラムに父親、そしてギターにどこかのお爺さん、そしてアコーディオンはヒゲの総帥の小学校時代の校長だった。こいつらはゲートボールのような辛気臭いことは嫌だと、なんの防音設備もない人の家で朝からバンド練習に明け暮れていた。


ヤナカ校長がアコーディオンでイントロを弾きだし、そこに二人が乗っかるという感じのリハーサルを繰り返していた。ヒゲの総帥もメンバーに加われといわれたが、当時メロディック・スラッシュ・メタルを愛していた総帥にとっては、あまりにもBPM(テンポ)が遅すぎて変拍子も速弾きもないので加入を断固拒否していた。


バンド名があったのかどうか知らないが、ここでは仮にバンド名を「無縁仏」としておく。


あるとき、無縁仏がいつものようにうちに集まり練習していると、母親がヒゲの総帥にお茶とお菓子を持って行ってくれという。ヒゲの総帥は無縁仏に差し入れを持っていく、ヤナカ校長は茶を飲みながら今度の町会議員選挙について話しをしていた。長年、校長をしていたので身に染みて話題の展開の仕方が上手であり、常に明快溌剌としたテンポのよい話し方であった。


どうしようもない話題だったとしても、校長が話しだすとそれは校長の話しになってしまい、自分は生徒の気分になってしまうから不思議であった。今となってはこの無縁仏のギグを体験しておけばよかったと多少の後悔もある。一体どのようなとき、どのようなところでライブしていたのだろうか。そもそも父親と20歳ほど年長者である校長がどのようにバンド結成に至ったのかも定かではない。


いつしか、校長がヒゲの総帥が大阪へ行ったあと、総帥の部屋に入り浸るようになっていたのだ。ヤナカ校長はひとしきりアコーディオンを弾き倒したあと、自身の少年時代を語りだした。


「ワシが子供んとき、休みになったらよう連れと一緒に詫間まで行って、飛行機が飛んびょんを見よったわい」


「へえ、あなんとこに飛行機を?」とヒゲの総帥の父親がいう。


「あそこ、戦争ときは航空基地があって特攻を出っしょったんじゃが。ほんだけんど、機密じゃいうことでワシらが見に行っても、兵隊に邪魔やきんあっち行けいうて言われよった。そんときはただの基地やくらいに考えとったんやけど、近所の人らは特攻じゃいうて知っとって噂にはなっとったきんの」と校長は言葉を足す。


そうじゃそうじゃとギターお爺さんも懐かしそうに当時を語る。父親は好奇心旺盛に校長の話しに聞き耳をたてている。


ヒゲの総帥の父親は海軍マニアであり、軍服の収集家でもあったので家は戦史関係の蔵書やどこから仕入れてきたのか特攻隊の遺書のコピーなどで溢れていた。ところが息子にしてみればそれらについて何らの興味がなかったので手に取ることもなかった、そして同じく何らの興味もわからない母親によって、父が亡き後、それらも荼毘にふされた。


「一回だけ、おっけな飛行機が飛んびょるがいうて、ツレと手振ったら詫間の基地に降りんとそのままどっか行っきょるきん、もしかしたらあれがB29かないうて話ししとった」と校長の話しは続く。


「詫間はアメリカが来ても偵察機と飛行艇しかないきん、迎撃できんかったきんな」とギターの爺さんがいう。


「それがいつ頃(何月頃)のことになるんですか?」とは父親の問い。


「ワシらが詫間まで遊びに行くときじゃきん、夏じゃわ。そのまま海に飛び込んで遊んびょったきんの。いや、違うかの。忘れたわ」と校長は首をかしげる。


「とにかく、もっと基地見たいと思ても、絶対に入れんかったきんな。日本中から兵隊さんが集まってきとんは知っとったけど。あそこから飛んで特攻しとったんかと思たら、つらいことさせよったんじゃのと考えるわ。そんでも皆がそれが正しいいうて言いだしたら、それに従わな生きていけんのじゃきん。(特攻について)自分で選んだことみたいにされとるけど、あんなもん他に選ぶ道がないがな。それぐらい異常なことが普通にされとった」


校長は自分が学校の先生になるとき、また、なってから一番気を使ったのが戦争の取り扱いについてだと語ってくれた。


「そら、日本は徹底的にいかんこと、間違ったことをしてしもたんじゃと子供に教えるようにとワシらも再教育された。もうそれ以外に考える余地はないっちゅう感じじゃわ。ほんだきん、今になってこそ(退職したあと)自由にワシはこう思うみたいなことが言えるけどのう・・・冷静に戦争について考えられるようになったんは最近じゃわ」というところで校長は話しを切った。


記憶が正しければヒゲの総帥が小学校2年のとき、ヤナカ校長は教頭から校長になった。前の校長は転校生だったヒゲの総帥の帰り道の心配をしてくれた。柔和で気取りのない人であり、今でも前校長が教えてくれた論語か何かの一節を暗唱することができる。


少年老い易く、学成り難し、一寸の光陰、軽んずべからず


ヤナカ校長は前校長に比べて溌剌とした感じの線が細い人であった。よく「校長の家にはエレベーターがある」と子供たちで噂をしていた、スコットランドの首都エジンバラの旧市街にあるような赤レンガが特徴的な家の外観であったことを覚えている。ヤナカ校長はヒゲの総帥が小学校6年にあがるときに退任して、次の校長はヒゲの総帥の父親の担任だった人が校長になった。


「阿守・・・、もしかしてお父さん観音寺の八幡の人か?」と校長に訊かれたことを覚えている。何かにつけて利通の息子かと目をかけてもらった記憶もあるが、人あたりの良い校長だったので、誰にでもそういう印象を持たれている人かも知れない。


親子二代でお世話になるというのは、田舎ではよくあることである。


これは完全に、自分用の記録としてのブログである。



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by amori-siberiana | 2019-08-15 22:55 | 雑記 | Comments(0)

8月25日の日曜日に北濱ジンクスにてアキラメ堂のご主人主催のゲーム会があることは既に当ブログにて喧伝しているが、その次の月には同じくアキラメ堂のご主人が主催するレトルト・カレーばかりを食べる会が催されるのだと、ヒゲの総帥のところにも招待状が届いた。


元来、カレーほど使い勝手のよい料理もない。かくいうヒゲの総帥もカレー作りに関しては美味いか不味いかは抜きにして唯一無二を自称している、この長年蓄えているヒゲはカレー作りの名人たる称号くらいに考えてくれても差し障りはないのである。第一、カレー作りで失敗をすることなど、まともな読解力があれば起きうるはずはないのだ。


ヒゲの総帥もそこまで重要でない誰かが蟄居先へ訪問した際などにはカレーを振る舞おうと常々心掛けている。今のところまだ作ったことはないが、要は気持ちの問題である。つまり精神論であり、それはいつかの時代では何よりも崇高なものであった。


しかしながら、アキラメ堂主催の会はレトルト・カレーと限定されている。持ち込みのカレーの品評会でないところが残念であるが、他人の作ったカレーほど食べにくいものもない。よく見知った人が作るカレーですら抵抗があるヒゲの総帥なのだ、初対面に出会った人がタッパーに詰め込んできたカレーを温めなおして食べろといわれても、想像しただけで鳥肌が立つ。であるからして、レトルト・カレーはとてもありがたい。


レトルト・カレーで好きなのは「カレー・マルシェ」の中辛。中でも特筆すべきは具に入っているマッシュルームが絶品だ。マッシュルームはフランス語で「シャンピニョン・ドゥ・パリ(パリのキノコの意)」だかなんだかいうはずであるが、なるほどマッシュルームが登場するだけで歌舞伎座からオペラ座へ移動したような錯覚に陥る。これは言い過ぎだが。


さて、そこまでカレーについてガタガタうるさいのならお前のカレー作りを教えてみろという察しの良い人間もいるかも知れない。もしくはいなかったとしても、自身のカレーのレシピを書きたいがだけに今、こうしてパソコンを開いているのだから言われずとも書いていく。


今のところカレーに対して特別な思い出も思い入れもない、カレーは自分の右足や左足と一緒で常に幼い頃より不惑を迎えた今の今まで食べ続けてきたもので、あまりに密接でありすぎたため、客観的な評価が下しにくい料理である。それではここにヒゲの総帥のカレーのレシピを誰に頼まれたでもないが、グラスノスチすることにする。





『味わうべき人生において起きる、はなはだ不愉快な事柄についてのカレー』


※=シェフからのひとことアドバイス


⓵フライパンを熱する。


※何℃でも構わない、熱ければよい。



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⓶バターを落として、みじん切りしたタマネギを好きなだけ放り込む。塩と胡椒も放り込む。


※目が痛くなるのでいつも、タマネギは1玉で降参している。バターがなければマーガリンでもよい。バターとマーガリンでは全然違うが、最終的にどちらを使ったとしても美味しくなるように考えられたレシピである。


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⓷タマネギが飴色になるまで丹念に木べらで混ぜる。あらかじめサイコロ切りにしておいたレンコン、セロリ、ニンジンをフライパンに追加投入する。ここでクミンを少々入れる。


※クミンさえ入れておけば、これが顛末としてシチューになろうとも目隠しして食べるとカレーに思えるという素晴らしい魔法のスパイスである。


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⓸野菜だらけのフライパンの中に、少しのブイヨンを放り込み、スパークリングワインを好きなだけ浴びせかけ溶かし、野菜たちと融合させる。ここでショウガとニンニクも少々加える。


※ショウガとニンニクはチューブのものが好ましい。片手で終わるからだ。スパークリングに関してはなんでもいい、白ワインでも構わないし、安ければ安いほどよい。そもそも高いワインをカレーに入れるのは素人名人会にユリ・ゲラーを登場させるような珍妙さがある。




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⓹野菜を炒めているフライパンに合い挽き肉を投入する。肉を分断しながら木べらで混ぜ込んでいき、醤油をほんの少しだけ垂らす。


※醤油はまったくのセンスである。醤油の味がしてしまうとここまでの苦労は皆無となる、醤油はただ入れるだけで味付けでもなんでもないのだ。なので入れましたという充足感さえ賄えればそれでよい。というくらいの量。これが後にとんでもない効果を発揮するのだから。



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⑥合い挽き肉が火山灰のような色になったのを確認して、カレーのルーを一般的な目安の半分だけ入れる。それを湯で溶きながら全体をまんべんなく混ぜる。


※これだけ手を加えて、さらにルーを入れるのかと言われるかも知れないが。もしも、ここまでで大きな手違いがあったとしても最終的にこのルーの存在によって、この何かわからぬ料理を四捨五入でカレーへと切り上げてくれるのである。ルーはまさしく救命胴衣である。沈没をするから備えているのではなく、あくまでこれは安心という精神的な側面における問題の類だ。



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⑦最後に自分の飲んでいるコーヒーを無感動にジャブジャブとフライパンに入れて、さらに混ぜる。


※あなたの飲んでいるコーヒーが無糖でない場合は、コーヒーの粉でも構わない。間違ってもカフェラテとか、カフェマキアートのようなものを放りこんではいけない。横文字ならなんでもいいという訳ではないのだ。



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⑧完成。


※全体の流れに共通するコツとして心しておかねばならないのは、「頼むから、美味しくできますように」と祈ることである。これが最大にして最強のスパイスになるし、自制心をも助長するようになる。


最後に東欧趣味の皿を用意して、そこに炊き上がった白米を乗せ、先ほど作ったカレーを入れればメインディッシュとなる。ここで飲むものとして、水だけを用意しておくのがよい。どのような味だとしても、水がその全てを洗い流してくれるのだ。


ヒゲの総帥は月に一度は『味わうべき人生において起きる、はなはだ不愉快な事柄についてのカレー』を作っては、次はあれを抜いてみるか、次はこれを入れてみるかと試行錯誤を繰り返している。フライパンの中で熱さを共存しているものたちの言葉に耳を傾けたとき、自然と彼ら彼女らが「ここをこうすれば深みがでる」とか「広がりがでる」など教えてくれるのだ。


https://www.facebook.com/events/2565244533525972/





by amori-siberiana | 2019-08-12 18:04 | 雑記 | Comments(0)

第四話:最終話




「人が祈るのはどうしてなんだろうね?」


ヒゲの総帥が祈ったことがあるのかといわれれば、よく解らない。神社や寺へ行った折、行儀作法として祈ることはあるにしてもそれが「祈る」ことになるのか、それとも「祈ったふり」をしているのかは明確にはわからない。そもそも、そこに明確な線引きなどはないのではないかと考える。


いや、よくよく考えれば祈ってる。


去年だったであろうか自身の音楽活動の復帰となる日。その日に台風が近づいてきているというので、このまま中止になってはたまらんと「晴れ乞い」のため壬生川上神社へ行き、お祓いを受けた。結果、見事に晴れたではないか。形式ばった祈りだけでなく、ほぼ毎日のように誰かの安全など心のどこかで祈っているような気もする。


「祈るという行為は果たして本能的なものであろうか?」とヒゲの総帥は皆に向けて言葉を付け足す。


「動物的な本能ではない、まず動物は祈らない。彼らは常に現実にのみ生きている」とテヘラン。


「僕もそう思う。祈るという行為はつまるところ、人間特有の行為だよ。では、僕たちは何に対して祈っているのか。ここに『神』という言葉を抜きにして説明できるものだろうか?僕が探求しているのはそれなんだ」とヒゲの総帥は詐欺の説教師のようにいう。


誰彼、祈るということをしたことはあるだろう。正直なところ、祈らない民族というものをヒゲの総帥は知らない。もしかしたらいるのかも知れないが、出会ったことがない以上は実感が沸かない。つまり、暴力的な推論になるが、世の中の万人に共通していることが「祈る」という行為ではないかと思う。それは取り扱う文明によって姿形を変えるものもあれば、絵にしてはいけない、さらには言の葉にのせてもいけないという徹底したところもある。


不立文字。


これは何も禅に限ったことだけではないことは、すでに世界で認められていることだろう。


「テヘランは映画監督だね。自身の作る映画のなかに万人に共通する『何か』を掴んで、それを何らかの形で映像化することとかあるかい?」とヒゲの総帥は問う。


テヘランはしばらく考える。しばらく考えたのち、慎重に言葉を選びながらこのユダヤ人は素晴らしいことを言った。


「作為的にそれを導くことはできない。いや、そうしなくてもいい。それはすでに僕たちに備わっているものだからだよ。人間が人間らしくという言葉くらい滑稽なことだ。だって、僕らは誰に言われずとも人間であるのだから、人間以下とか人間以上とか、それは社会のモラルが勝手に対象の人の人生を値踏みしている言葉だからね」


バルコニーでテーブルを囲んだ一同と北の大地の自然は、息をひそめてテヘランの言葉に耳を傾ける。


「僕らに備わるということはどういうことかというと、これはとてもシンプルな考え方だと最初にことわっておくよ。僕は神学者ではないからね」


「もちろんだ、話しを続けてくれ」と総帥はピロシキの不味いわかばを取り上げて、煙を吸ってはゆっくりと吐く。


「僕が考えたのは、阿守や僕たちがタバコを吸うという行為、それも元々はとてもトラディショナルな行為だよね。僕自身、タバコの歴史にそこまで詳しいわけではないけれど、元々はアンデス山脈に住む人たちの医療や儀式で使われる行為だったというじゃないか。それこそ崇高(※ここで彼はadorationという英語を使った、久しぶりに聞いた単語だった)な何かに向けての儀式だった。タバコを吸うという行為だけでも僕たちはその儀式をある程度は受け継いでいることになる。つまり何が言いたいかというと、現在僕たちがしていることの全てにおいて、辿っていけばその根拠に『何か』や『祈り』の要素が入っている。だから、わざわざ僕たちが新しく『何か』を無理くり作りあげなくてもいいんだ。既にそこにあるものなんだから」


「おもしろいですね」とピロシキ君はニヤニヤしながらウイスキーを自分のグラスに注ぐ。ヒゲの総帥は今吸っているタバコが、どうしてだかさっきのタバコよりも美味しく感じられる。


「大体、英語で『ing』がつくようなことは、現在進行形というより現在も受け継がれているという解釈のほうがしっくり来るよね」とテヘランもウイスキーを飲む。ウイスキーの入った大きな瓶は、途方もないスピードでdrinkingされていく。


「阿守はどういうつもりで音楽をしてるんだ?山とか海とか嬉しいとか悲しいとか表現してるのか?」と異国人はヒゲの総帥に訊ねる。


「まさか、インスタじゃないんだぞ。なんというか・・・、そう、言葉だけでは足りないんだ。足りない、まったく足りない。なんだろう、ただ、何か制作しておかないと怖くてたまらないんだ。そうしてないと正気じゃいられなくなるんだ」とヒゲの総帥はいう。


「僕もそうだよ。映画を作っているときが一番幸せであり、阿守の探求する『何か』の正体を暴きだせるかもって僕も考えてる。そんなに容易なことではないけれど、気が狂ったように撮影してるとき、そういう様相とは逆に自分の魂はとても静かで平穏なんだ」


そのとき、バルコニーの照明が全て落ちた。真っ暗である。


ヒゲの総帥は闇に紛れて素っ頓狂な声をあげる


「カイザー・ソゼ!??」


テヘランとピロシキは爆笑する。そのセリフの出典がわからない中学生のマンセイ君も一緒に笑う。笑顔は病、感染症の類であり、これは人を幸福にしてしまい他者に寛容となってしまう。四人で乾杯する。ずっと話しを聞いていたいけれど眠たいのが腹立たしいとマンセイ君はいう。彼はサッカーのクラブに入っているが、サッカー選手になりたいとは全く思わないそうだ。


テヘランが急に膝を打つ。どうした?と皆がテヘラに注目する。


「俺、祈ったことある!たった一度だけ、祈ったことある!思い出した!そのとき奇跡が起きたんだ」と急な告白をするテヘラン。


「どんな物語があるのか訊かせてもらいましょうか」とは皆にわかばを吸いつくされて、その残骸を灰皿から摘み上げて再利用するピロシキだ。


「1999年のチャンピオンズ・リーグの決勝を覚えてるか。マンチェスター・ユナイテッドとバイエルン・ミュンヘンが戦った試合だ。俺はマンUの熱狂的なファンでテレビをずっと見ていた。ところが試合はバイエルンが1点リードのままゲームは終わろうとしていた。俺は祈ったね、生まれて初めて『何か』とか『全て』に向けて手を握って祈った。ああ、どうか私のために奇跡を起こしてくださいと祈ったのだ。その瞬間だよ!シェリンガム(マンU)が1点を取ったんだ!うわーーーーーっ、奇跡が起きた!と俺は飛び跳ねて狂喜したね。そしたら俺が儀式のように飛び跳ねてるあいだにマンUがまた1点取って逆転勝利したんだ。なんだかわからないけれど、涙がこみあげてきて、何かに向かってありがとうありがとうを繰り返してたよ。こんな嬉しいことはなかった」とテヘランは当時の感動が蘇ってくるかのように目を輝かせる。


「そんな自分勝手な祈りがあるかい、聞いて損した」とヒゲの総帥は突っ込む。


ピロシキとマンセイ君はこらえていた笑いをこらえきれずに笑い出してしまう。「自分勝手も何も奇跡は起きたのだ、後にも先にも真剣に祈ったのはそのときだけだね。我は奇蹟を見たりて!」とテヘランは今しがたサッカーの試合が終わったような興奮口調で聖書だかなんだかの一文を口にする。


「ありがとうございます。もう眠たくて仕方がないので部屋に戻ります」とマンセイ君は賢明な判断を下す。


おっさんたち三人は静かに星空の下、ウイスキーを全部飲み干す。


「さて、何の話しをしてたっけ?」とヒゲの総帥が問う。


「誰がタバコを買いに行くのかって話しですよ」とピロシキは軽妙に適当なことをいいだす。


「そもそも、タバコもウイスキーも馬鹿みたいに飲む奴がいるからな。幾らあっても足らんのだ」とヒゲはテヘランの方を見る。


テヘランは何やら必死にスマホをいじくっている。


「何か調べごとか?」とテヘランに訊く。


するとテヘランが自身のスマホの画面をヒゲの総帥に見せてきた。テヘランが打ち込んでいたのはグーグル翻訳だったのであり、そこには日本語でこう書かれていた。



私は日本へやってきて、はじめてまともな会話をすることができました。それは私にとって最も望んでいたことの実現でした




まともという言葉が出てくるGoogle翻訳は大したもんである。



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by amori-siberiana | 2019-08-10 13:33 | 雑記 | Comments(0)

人には口が一つなのに、耳が二つあるのは何故か?

それは自分が話す倍だけ他人の話しを聞かなければならないからだ。


― イスラエルのことわざ ―




天から役割なしで、降ろされるものは、ひとつもない。


― アイヌのことわざ ―



第三話:



バルコニーでは安椅子にもたれて三人の男が酒を飲んでいる。無数の羽虫が∞(無限)の字を描きながら飛んでいる。日が落ちて随分とたった、海のものとも山のものとも知れない冷気が三人を包み込み、若干の肌寒さを覚えるが、三人はただただ酒を飲んでいる。


「一度、ベツレヘムに行ってみたい」とヒゲの総帥はいう。


「イエスが生まれたとされた場所だね。あそこはパレスチナだ。僕はイスラエル人だからベルレヘムには行けないけどね」とテヘランはブラックニッカのウイスキーを並々と自分のグラスに注ぎながらいう。


なるほど、このヒゲの総帥のような東方の国で隠遁しているような男にも伝わってくるイスラエルとパレスチナの問題を現場で経験しているんだなと感じる。


「イスラエルは実際のところ平和なんですか」とピロシキが訊く。


テヘランはフゥーと息を吹き上げて「平和そのものさ。意外に思われるかも知れないけれど、世界中のニュースで扱われているような緊張感は一切ない。それはあくまで政治的なショーであって、実情とは異なるよ」と答える。


「政治的なショーをしてどんなメリットが?」とピロシキはさらに質問を重ねる。


「金になるんだ。自分も番組制作会社にいるからよくわかる。その辺のことは阿守が詳しいんじゃないか?」とテヘランはどうしようもないというジェスチャーを言葉に付け加えて、多少、はにかむ。ヒゲの総帥を推薦していただいて光栄であるが、この総帥がいかに説明しようとも現場を知る迫力には及ばないので口を結んでいる。


テヘランは遠い目をして星空を見上げる。頭上には夏の大三角からの光がよく見え、その星たちを分断するが如くに天の川がうっすらとヴェールのように、またその名の示すとおり川のようにある。その漆黒の向こうには、こちらからは見えないが、何かからの視線を感じてしまう。その何かを何と呼ぶのかは各人によって違う。


「僕も3年間、軍隊にいた。M16(銃のこと)をこうやって構えてね」とテヘランは話しだすが、そのすぐあと「それについて何も話せるようなことはない、これはシリアスな経験なんだ」という。


「もちろん何も話さなくていい、なあ」とヒゲの総帥はピロシキの方を見る、ピロシキも「うん、それはそうだ」とウイスキーをテヘランのグラスに注ぐ。


M16:これは人を殺すために生まれた道具

M16:メシエ・カタログの第16番目の天体。別名を「わし星雲」といい、この星雲には「創造の柱」と名付けられる暗黒星雲がある。


「山を登ってるそうじゃないか?どこに行ってきたんだ」とヒゲの総帥はテヘランに問う。「ああ、それは大いに綺麗だったけれど疲れたね、大雪山系に登ってきたんだ」と山の眺望を思い出してだろうか、彼の目はキラキラする。


「疲れたといったって、世界中にはもっと疲れる山があるだろうに、特別日本の山が疲れるなんてことはないだろう?」とヒゲの総帥が問うも、どうやら彼は楽をできるところではとことん楽をして山登りをしているので、楽ができない山登りには骨が折れたのだと教えてくれる。


「深田久弥という人を知ってるかい、日本百名山という山のカタログを作った人だよ」とヒゲの総帥はいう、テヘランは知らないと答える。深田久弥はこの分野ではパイオニアである、彼は何かを生み出したのではなく、元来日本にあった山たちをカタログ化しただけなのだ。しかしながら、ここが深田翁の非凡なところで、そのひとつひとつの山に風情ある芸術的な紀行文をつけたのだ。


大雪山:古い5万分の1図幅にも、ヌタクカムウシュペを主にして、大雪山は括弧の中に入っていた。(略)アイヌ名は次第に影を潜めていくばかりであろう。北海道の山名にアイヌ語が存在することは、私たち古典主義者には大変なつかしいのだが、時世の勢いには如何ともしがたいる


トムラウシ山:美瑛富士の頂上から北を見ると、尾根の長いオプタテシケの彼方に、ひときわ高く、荒々しい岩峰を牛の角のようにもたげたダイナミックな山がある。それがトムラウシであった。それは私の心を強く捕らえた。あれには登らねばならぬ。私はそう決心した。


「つまり、作り上げたんじゃなくて、人々に気づかせたんだよ。そこにただあったものが、実は素晴らしいものだったんだって言語化されて価値を持ったんだ。もちろん、それによっての功罪はあるんだけれど、深田翁の登場によってただの山ではなくなったということは明白だよ。これって僕は素晴らしい芸当だと思うんだ。そしてこれこそビジネスの原初風景だと感心したね。その功績はヘロドトスやマルコ・ポーロに値するよ」とヒゲの総帥は話しを進める。


「毎日19時間、働いて、そして4時間の睡眠。それが繰り返される毎日。生活はそこにあったけれど、人生はそこになかった。そしたら、ふと、知らない国に行ってみたくなったんだ」とテヘランはいう。


最初に北海道へ来て、そこから東京へ行ったのだそうだが、東京はとんでもなく酷いところだと感じて、また北海道に戻ってきて今に至るのだとイスラエル人は教えてくれる。


ピロシキは東京の人間である。結局のところ最後の最後まで彼が何をして、どうして北海道を旅しているのか聞きそびれたのだが、正直どうでもいいことでもあった。繋がっておきましょうとか、紹介いたしましょうとかが横行する気色の悪い毎日から解放されているのだから、今はどうでもいいことなのだ。


「阿守がここへ来たのはどうしてだ?とテヘランは訊いてくる。


「なんとなくだ、いつもと逆の方向の電車に乗ったら、ここにいたのだ」とヒゲの総帥は返す。


テヘランは笑いながら、「オー・ゴッド」といった、その瞬間である!


「テヘラン!動くな」とヒゲの総帥。


テヘランは止まる。


「それは誰に向けての言葉なんだい」とヒゲの総帥はいう。


「これ?・・・誰でもない何かだよ」とテヘランは返す。


「そうだ、何かだ。僕は、それを探してるんだ」とヒゲの総帥は我が意を得たりといわんばかりに不気味にニヤニヤしだす。


テヘランとピロシキもこれは何か面白い話しが聞けそうだと、身を乗り出してくる。宿の扉が開いて、中学生がもっと話したいからとヒゲの総帥とテヘランの間の椅子に着席する。


「人はどうして祈るのか?」とヒゲの総帥は静かに皆に問いかける。



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by amori-siberiana | 2019-08-08 17:18 | 雑記 | Comments(0)

第二話:ラス・メニーナス



イスラエルの映画監督テヘランは椅子に座りぼんやりと景色を眺めている。


「彼は昨日ここへ来たんですけれど、朝早くどこかへ消えたと思ったら、数時間後にまた戻ってきて、そこからずっとああいう感じなんですよ」と宿の主人はいう。


「彼は頭がいいんですね」とヒゲの総帥はいう。


「どうして?おわかりになりますか」と宿の主人はヒゲの総帥がテヘランに向けた評価の根拠を訊く。


「常にイマジネーションを持っています。そういう顔をしています、それだけです」とヒゲの総帥は適当なのか確信なのかどちらかわからないようなことをいう。


ヒゲの総帥とピロシキは宿の女将が最寄りのスーパーまで車を出してくれるというので、そちらへ乗り込み夕食の買い出しへ行くことにした。プラドという大きな車に乗りながら、女将はこの辺で捕れる魚のことや馬鈴薯にはその用途によって畑が違うこと、また自身の私有地への不法な山菜泥棒がいるというようなことを話してくれる。


「例えばそういった不届き者を見つけたりしたらどうするんですか?親父さんが散弾銃かなんかを持って頭を吹き飛ばしますか?」とヒゲの総帥は女将に茶々を入れる。


「そんなことしませんよ。私たちが食べる分くらいは残しておいてくださいね。と優しくいいますよ。まあ、相手はアンタは誰だというような顔でこっちを見ますけれど、こっちからすればアンタこそ誰なんだという感じですね」と女将は笑いながら運転する。


プラドといえば同名の美術館がスペインのマドリッドにある。ここにはベラスケスの「ラス・メニーナス」が置かれてある以外にも、美術史において非常に貴重なコレクションが多数所蔵されているそうだ。行ったことはない。


スーパーでしこたま酒を買う。都合、ここのスーパーには女将がもう一度足を運んで酒を買うことになるのだが、この時点ではそこまで飲むとは思ってもいなかった。


「阿守さん、夕飯にこれを買いなさいよ」と女将は鮮魚コーナーのウニを指さす。「このウニは地のものだから、そんじょそこいらのウニとは違うわよ」と太鼓判を押す。女将に判を押されたウニの値段をみると「4980円」と書かれている。


「地元でもこんなに高いんですか?」とヒゲの総帥は悲鳴をあげる。女将は値段はそんなもんだの一点張り、ヒゲの総帥は女将が折れないとわかると鮮魚コーナーを通りがかった漁師風の爺さんに「ねえ、幾らなんでもこれは高すぎやしませんか?」と訊ねる。爺さんは「これ(ウニ)は上物だからそんなもんだ」という、続けて「あんたはどこの人?」とヒゲの総帥に聞いてくるので、素直に大阪だと答える。


「せっかく大阪から来たんだったら、ここに金を落としていけ!」と豪快に一喝して笑いだす。こりゃあ面白いとヒゲの総帥は爺さんとハイタッチをしてそのまま硬い握手をする。爺さんはひび割れた男らしい手でヒゲの総帥の手をぎゅっと握ったまま、しきりに「頼んだぞ、頼んだぞ、これからは頼んだぞ」と若輩の総帥に発破をかける。もちろん何を頼まれているのか言葉にはできないが、言葉にならない何か重大なことを頼まれたような気になる。


買い物を終え、またプラドに乗って宿へ帰る。新しく4人家族の一行が宿に到着しており、皆で乾杯でもしようかということになるがテヘランの姿が見えない。


「テヘラン、どこ行ったんですか?」と宿の女将に問うと、さっさと二階に上がって寝てしまったという。


「あいつ、死ぬまで飲むっていうたクセに敵前逃亡か」とヒゲの総帥は二階に上がる、テヘランは自分の布団のところで横になっていたが、よく見ると耳にイヤホンをして何かしらの映画を見ている。なるほど、そういうことかとヒゲの総帥は一旦、下に降りる。


4人家族には中学生になる息子と小学生の娘さんがいた。年頃のシャイさと好奇心を持ち合わせた彼と彼女を呼びよせる。


「いいかい、今、二階ではテヘランっていうイスラエルという世界で一番不思議な国から来た人がいるんだ。でも、日本語が全然わからないから僕らに遠慮して下に降りてこないんだ。そこでお願いがあるんだけど、テヘランを僕が下に連れてくるから、身振り手振りでなんでもいいんで質問攻めにしてやってくれるかな?誰だって一人で寝るなんて楽しくないからね」


二人の兄妹は満面の笑顔で「うん!」と答える。


ヒゲの総帥は作戦会議を終えてテヘランを蹴り起こしに行く、「テヘラン!皆で乾杯するぞ!皆がお前がテーブルに来るのを腹を空かせて待ってるんだ」という。


テヘランは「えっ!?そうなの!」という素っ頓狂な顔をしてパンツ一丁からそれなりの格好に着替えて下に降りてくる。


テヘランがテーブルにつくと、先ほどの兄妹は好奇心旺盛なまま、異国の映画監督に自分の興味があることなどの質問をする。言葉なんて使わない、目で会話をするのだ。子供の持つ力と可能性というものには常々、驚かされることが多い。二人の両親も関西出身の人らしく「テヘラン、待ってたでぇ」と気さくにビールを注いだグラスを彼に渡す。宿の主人たちはこの光景を嬉しそうな顔で静かに見ていた。


異国の人はたまにわからない子供の質問に右往左往、苦笑しながらも、なんとか意味を理解しようとして、そして答えようとして工夫する。子供たちも異国の人が自分たちの質問に対して、どのような返答をしているのか理解しようと工夫する。周りの大人たちは、その光景に微笑みながら、茶々を入れたり、ふざけあったり、罵声を浴びせたりと外野を演じている。団欒とは難しい漢字であるが、とても簡単に築けるものだ。


ヒゲの総帥は今日ほどタルコフスキーに感謝をしたことはないし、この日のためにタルコフスキーを知ったのだと言われても構わないというくらい、穏やかで平和と笑顔に溢れる印象的な夕食であった。


ヒゲの総帥はあまりの嬉しさに照れ臭くなってバルコニーに出て煙草を吸う。テヘランも後を追ってバルコニーに出てきて煙草をくれという。好きなだけ吸えばいいのだとヒゲの総帥は自身の煙草の全てをテヘランの持っている煙草の空箱に押し込む。こういう格好いいことはチンピラの男から教えてもらったことだ。彼は常にヒゲの総帥の空箱に煙草を押し付けてくる。しばらくしてピロシキも煙草を吸いにやってくる。


「ピロシキ、煙草を持ってる?」とヒゲの総帥は問う。


「ああ、持ってますよ、どうぞ」とピロシキはわかばをヒゲの総帥に差し出す。ヒゲの総帥はピロシキの煙草を随分とせしめて自分の空箱に放り込み、これでいいと納得しながら一本吸う。


不味い。


久しぶりに自分の祖父が吸っていたのと同じ銘柄を吸ってみたが、こんなに辛くて不味いものかと感想を述べる。ピロシキは苦笑しながら「そんなもんですよ」という。その一連のことに好奇心をそそられたのか、テヘランもわかばを一本くれとピロシキに頼む。気前のいいピロシキは「はいよ!」といって差し出す。


テヘランはわかばの煙をぐっと体の中枢まで吸い込み、すーっと出して「この不味さがタバコという語感と一致するね。そしてこの不味さこそが美味さだね」という。


「タバコの煙というのは、どうやらそれを吸った体内から哲学を吐き出させるらしいぜ」とヒゲの総帥はピロシキの肩を叩いてガハハと笑う。テヘランは胸の前で「何かおかしいこと言った?」とばかりに両手をひっくり返す。


時間はわからないが五右衛門風呂の水が、カルシファーの業によって湯となった頃にはすでにタバコもアルコールも尽きていた。女将はタバコとアルコールをもう一度買いに行ってくるとプラドを走らせてくれる。そのあいだ、我々は風呂に入ることになる。4人家族はそろそろ寝るために自室へ入ろうとする。


ヒゲの総帥は全裸になって宿から五右衛門風呂までの15メートルを粛々と王者のように歩く。レッドカーペットが敷かれてあるかのように歩く。風呂に入り浮かぶ、自身も小さい頃には祖父の家で風呂焚きをしていたことを懐かしむ。そのときの薪を燃す匂いと同じ匂いがあたりに薫っており、その薫りは遠のいていた記憶を一気に手元まで呼び込んでくる。


燃える、するとそれらは炭となる。炭をよく見ると、それが炭になる以前だった姿をほんの少し残している。ところが一日経って、同じものを見るとそれは完全に炭となっているのだ。つまり、燃えてすぐの状態のときはモノにも魂があり、その魂が己の死と闘っており、昔の姿を留めようと努力している最中なのではないかと考えた小学校の夏休みであった。


魂は死に抗えず、一日経てばただの炭となっていたということだ。


地響きをさせてプラドが酒とタバコを調達して戻ってきた。遮るものがないので車のライトが遠くからホラー映画のように迫ってくるのが心地よい。


虫が光のほうにどんどん集まっていく、まるでそこに資本があるのだと言わんがばかりに。


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by amori-siberiana | 2019-08-08 13:01 | 雑記 | Comments(0)

第一話:出会い



美しく、苛酷


アンドレイ・タルコフスキーというソ連の映画監督がいた。映像の詩人といわれた彼は一般的には難解で象徴的な映画を作る人だ。


ヒゲの総帥は海辺の辺鄙な町に到着する。


ここは世界でも有数の流氷が見られるところで、いろんな国から観光で人が訪れるのよと地元の人から教えてもらった。しかしながら、旅行者らしき人は駅で一人しか見かけなかった。駅といっても線路側を舗装した盛り土、それと小さな小屋、そしてここが駅であることを示す看板のみである。


海沿いの片側二車線の道路を歩きながら目的地を目指す。信号がそれほど見当たらない道路での往来する車の速度は、その横をのそりのそり歩く者にとってはなかなかのスリルを与えてくれる。スリルを我慢したところで、何らの恩恵もないのだが。


ヒゲの総帥は海辺を背にして山道を登っていく。曲がりくねった道は見通しがなく、音を頼りにして車が来ているかどうかを確かめる術しかない。


「これ、ほんまに宿まで辿り着くんかな」と不安に思う。北の大地では一本の道の間違えがとんでもない時間と体力のロスを生み出すのである。


坂道の途上、小高い丘が見える。小高い丘には馬鈴薯の畑が広がり、その奥には幻影のごとく木が数本あるのが確認できる。あの木がもっと曲がりくねっていたならば、ティム・バートン的と評したかも知れないが、静けさと日の傾き加減とを吟味してタルコフスキー的であると評した。


小高い丘に沿う舗装のない道に風が吹く、大地は砂煙をあげてヒゲの総帥に降りかかる。一身に知らぬ誰かの散骨を浴びたような気分になり、そしてその一本道を歩く。


自分の後ろから誰かが来ていることにこのとき気がつく。振り返ってみると、駅で見かけたバックパッカーの男であった。この男をピロシキと名付けることにする。ピロシキはよく日焼けしていた、遠目からでは日本人とは思えないほど焼けていたが、訊くところによるとゴルフはしないらしい。絶対に、しないらしい。


多分、あの駅で降りる旅行者は大体ここへやって来るのであろう。周囲には海と畑とそのどちらにも属さないものしかないのである。ヒゲの総帥にしてもピロシキにしても例に漏れず、その類である。


宿に到着する、民家である。バルコニーでは安物の椅子に座ってスマホを触っている異国の男が一人いる。ヒゲの総帥は坂道を上ってきて、その功に報いんとばかりに煙草を一服したかったので彼の隣に座る。座り、煙草に火をつけて深く息を吸う。吸った息を吐いたとき、自然と言葉も一緒に出た。


「タルコフスキーの映画のワンシーンみたいじゃないか?」


隣に座ってスマホをさわっていた男は、スマホから視線を上げてヒゲの総帥がどの辺りのことを言っているのか探る。探ってのち例の馬鈴薯の畑と木のコントラストを認めてから、こう返す。


「ミラー(※鏡)とかのことかい?」 ※1975年の映画


「サクリファイスに近いかなと僕は思ったのだ」とヒゲの総帥は煙草をもう一服して呼吸を整えるが、それ以上にタルコフスキーを知っている隣の異国の男に参った。


お互いに挨拶をする、この異国の男はイスラエルなる国で映画製作をしているテヘランという名前の男であった。「監督もするし、脚本も書くよ」という彼に今の注目すべき映画監督は誰かということを訊いた。


「ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は絶対に外せないね。ダニエル・デイ=ルイスの演技が見事だ。あとはダーレン・アロノフスキーかな?」と言う。


「マグノリアの監督とレクイエム・フォー・ドリームの監督だね、僕も『父の祈り』を観てからは、ダニエル・デイ=ルイスのファンだよ」とヒゲの総帥は答える。


テヘランは、ホゥというような顔をする。テヘランよ、お前の眼前にいるヒゲの男はまあまあ映画狂の男だぞとヒゲの総帥は心のなかでツイートする。いや、実際にツイートをしたとも思う。


「同じ質問を返すけれど、阿守の方こそ映画で好きなのはなんだい?」とテヘランは自前のアメリカン・スピリッツに火をつけながら訊いてくる、宿の中からピロシキも出てきてわかばに火をつける。ヒゲの総帥もJPSの灰を落としながら、答える。


「コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』だね」とヒゲの総帥はしてやったりの顔で答える。


「ああっ・・・、それ忘れてた!」という手のひらで額を叩き、やられたという顔をしたテヘランはその映画のワンシーンのセリフを口ずさむ。


強い男も、涙を流す


強い男も、涙を流す


ヒゲの総帥とテヘランはそのシーンを互いに脳内回想して大笑いしたあと、ハイタッチをする。ピロシキにも映画の話題を振る、質問内容はまったく同じだ。


「僕は・・・、そうですねサンダーアームとかですかね」とピロシキは答える。


「来た!龍兄虎弟、ジャッキー・チェンだよ」とヒゲの総帥は満面の笑みでピロシキの頭上にハイタッチの手を伸ばす。


「どうして!中国語タイトルまで知ってるんすかっ!」とピロシキは爆笑しながら思いきりヒゲの総帥の手を叩く、この瞬間はどんな祝砲よりも快い音がする。名刺も肩書も何らの情報もいらなく、互いが信用しあえると理屈ではなく直感で理解した瞬間にしか鳴らない音である。


「ようし、僕はこれからチェックインを済ませて、それから酒を買ってくる。そこからは誰かが死ぬまで飲み続けるぞ。もしや、安息日だからといってゴネたりしないだろうな?」とヒゲの総帥は勢いよく椅子から立ち上がり、テヘランの方を見る。


テヘランはこの映画から引用されたヒゲの総帥の言葉にまた大笑いして快諾する。ピロシキも無論のこと付き合うという顔つきをする。


ここから酒を売ってるところまで、どれくらいの距離があるのかも知らずに。


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by amori-siberiana | 2019-08-08 01:07 | 雑記 | Comments(0)

※入場無料


7月28日、最初の遊気Qでの演奏から丸一年が経った。とにかくいろんなことが起きた、やかましい一年だった。


残暑厳しいのは毎年のことであるが、今年は今月がそれほど連続した酷暑ではなかったので少しばかり得をした気分になっている。大阪は北濱にあるツタ絡まる大正レトロの青山ビル。その一角を占拠するギャラリー「遊気Q」では《巴里祭》なる催しが行われている。北濱のクリニャンクールたるべきを目指す、ギャラリーオーナーの本領発揮というべきであろうか。


この巴里祭に、一人の音楽家が登壇する。もちろん、私である。アモリのつもりというイベントは当初、回数限定のものだったが、いつしか皆の寛大さによってイベント回数を延ばしていくこととなっている。今ではヒゲの総帥のちょっとしたライフワークともなっている、小さなコミュニティでの小さな演奏会だ。


全ての季節を通じて、ここでギターの演奏をさせてもらっている。季節には色がつく。青春・朱夏・白秋・玄冬といえば知った人もいるだろう。私自身、こういったことを常に人から教わってきた。誰かに向けて何かを言わんとしようとする人の言葉より、なんら飾り気のなく、ほろりと口から漏れ出てきた言葉はいつも情緒と風情を伴っている。私はそれらを集めるのが好きだ、そういう意味で私は言葉のコレクターであるといっても言い過ぎではない。


人からの言葉によって生きている。人からの言葉によって一喜一憂して、人からの言葉によって自分が何者かを知る手掛かりを得る。


しかしながら、私は器量も良くなく偏屈な一面があるので、人からの言葉を正確に記憶する能力には乏しい。言葉の意味や真意よりも、その言葉から抽出される霊感のようなもののほうが好きなのだ。


言葉はそれを受けた側の人間の心に傷をつける(その傷自体が良い類のものか、悪い類のものかという議論は別にして)。


その傷跡に針を落として辿らせてみると、その言葉によってどのような心象を受けたのか、針は傷を伝わりその振動は音となって逆流してくる。そうなると言葉はすでに形を成さず、言語としては成立できず、ただ、単純な音のみとして耳に入る。そんな曖昧な演奏を毎回させてもらっている。


私は遊気Qでの演奏をコンサートだと思ったことはない。コンサートとは成熟した状態によってのみ開催されるべきであって、このように曖昧模糊とした状態を楽しむイベントではないのだ。これはとても中途半端な演奏会なのであり、私にとって毎度のこと楽しみな演奏会であり、小遣い稼ぎにもちょうど良いのだ。


このギャラリーに存在するノスタルジックな雰囲気は、そこに置かれているモノやそれを作りだすヒトの手によるものであることに疑いはない。それらを選別してコレクションとしているこのギャラリーの女オーナーが、私の演奏会を好き放題に企画してくれるというのは、果たして私も彼女のコレクションのひとつかも知れない。


それならば、それで光栄である。


北濱らしい。


8月10日の土曜日、19時00分からの演奏を聴きに来ていただけるなら本望であります。


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by amori-siberiana | 2019-07-28 19:59 | 雑記 | Comments(0)


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犬:コワーキングスペースって、なに?


オラウータン:シェアオフィスやレンタルオフィスとは異なり、実務を行う場所が個室ではなく図書館のようなオープンスペースとなっている。また、すべてのスペースを共有したり、イベントを行ったりといった試みを通して参加者同士のコミュニティ育成を重要視する傾向が強いことも大きな違いのひとつである。     ※Wikipediaより引用


犬:じゃあ、コワーキングスペースの『北浜リンクス』って、なに?


オ:大阪は北浜、閑静なビジネス街の一角にあるオフィスであり、このオフィスではいろいろな職種の人が自分のタスク(仕事)をコツコツとこなしていたり、ごくたまに力を合わせあったりして、緩くてフワフワした環境のなか、でも案外、性急な心持ちで働いているところである。ユーモア満点なのもいれば、そうでないものもいる。固い仕事をしているのもいれば、何の仕事をしているのか解らないのもいる。多様性に富んだ、懐の深い場所であることは確かだ。


犬:普段は仕事するところで、どうしてゲーム会なんかするの?


オ:うん、実はとても大きな意味が二つある。


このゲーム会は北浜リンクスを縁にして知り合った者たちがここのオーナーさん(通称:マンホー)を説得して開催しているというのが、まず一つの大きな意味だよ。リンクスは通常、日曜日は定休日なんだけれど無理を推してマンホーさんにお願いしたら、すぐOKが出たんだよ。


つまり、リンクスという場所だけを借りてどこかの誰かがゲーム会をしているんじゃなくて、このゲーム会自体がリンクスという場所から生み出されたものなんだよ。そしてオーナーのマンホーさんなんていうのは休日を返上して、ノリノリでこうしたイベントに乗り込んでくるから面白いね。


そしてゲーム会をするもうひとつの理由は、この北浜の『リンクス』という場所へ皆に来てもらいたいからなんだ。ずっとコワーキングというものが気になっていた人でもいいし、ここは一体なんだろうと気になっていた地元の人でもいいし、ゲーム目当ての人でもいい。ゲームをすることよりも、リンクスというコワーキング・スペースがあることを沢山の人に知ってもらいたいからという主旨のもと、イベントをしてるんだ。


犬:じゃあ、ゲームは二の次ってこと?


オ:まさかまさか、ゲームは何よりも本気だよ。そこを中途半端にするようなら、それはイベントの一番面白い部分を削ぎ落すことになってしまうからね。リンクスを知ってもらうということは、その場所やインテリアを知ってもらうことよりも、そこにどんな人が集まってくるのかを知ってもらうことが大前提。ワインだってボトルより中身の方が大切だからね。


犬:ってことは、今回のゲーム会を主催している「のっぽ」、「ヒゲ」、「エジプト王」はやっぱりリンクスの会員さんなの?


それも三者三様なんだよ。のっぽはリンクスのほぼ創成期からいるITの人。ヒゲは以前は会員だったけれど金が払えずに休眠会員とされた音楽家。エジプト王なんていうのは一度もリンクスにお金すら払ったことのない、ゲーム好きのキツネ目のおじさんだよ。けれども、会員だからとか会員じゃないからとかマンホーさんは言ったことがないんだ。それはゲーム会に限らず、どんなイベントでもね。


犬:他にもいろんな人が来るの?


オ:もちろん、このイベント自体、ほんとに沢山の人の協力のもとに成立しているんだ。本物のギャンブラーもやってくるし、一年の大半を海外出張ばかりの人とか、素晴らしい人とか、どうしようもない人とか色々ね。


犬:名刺交換とか、交流会みたいなノリは苦手なんだけど大丈夫?


オ:みんな苦手だよ、そんなの。好きでしている人がいるわけないじゃないか、したいときにすればいいし、したくないことはしなくていいんだよ。そういった自由があるのもコワーキングのいいところさ。そもそも、ゲームをするのに肩書や名刺なんてもの必要じゃない、ゲームのいいところはそういった社会的な鎖がその場では無効化されるところなんだ。


犬:お酒も出るみたいだし、絡まれたら怖いんだけど・・・。


オ:それも大丈夫、みんなロバのように静かだよ。それでも不安なら受付で「護衛をお願いします」と伝えてくれれば、屈強な男があなたの身辺警護についてくれるからね。   ※チップ不要


犬:子供連れでもいいかな?


オ:大いに歓迎するよ。といってもこの日ばかりはみんなが冒険心あふれる子供ばかりさ。  ※飲酒は20歳以上です。絶対。


犬:どうして、そんなにリンクスをみんなに知って欲しいの?


オ:そりゃあ、ここから僕の未来がスタートしたわけだからね。誰だって親孝行したいもんだし、また、誰に向けても誇れる場所であるからだよ。ちょっと遊びに来てよって感じさ。


犬:じゃあ、ゲーム会の詳細を教えて!


オ:オッケー、そしたら「のっぽ」ことアラタメ堂のご主人からの紹介文をそのまま転用するね。


https://www.facebook.com/events/393565694618581/



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by amori-siberiana | 2019-07-22 21:30 | 雑記 | Comments(0)

♪カララン、カララン




・・・。




♪カララン、カララン




・・・。




♪カララン、カララン




やかましい!




これまでに聞き覚えのない音色で目を覚ましたヒゲの総帥。ぼんやりとしたまま目を開けてみる、お世辞にも綺麗とはいない白地の天井が見えるが、ここがどこなのかわからない。もちろん記憶を辿ってみれば自分の現在地くらいは容易にわかるのだが、二日酔いというやつはそれすらも億劫になる。


起き上がろうとすると体が痛い、どうやら床に倒れ込んでいたまま夜を明かしたようである。しかしながら、起き上がったヒゲの総帥の視界には二つのベッドがあり、その二つとも先客で埋まっているようである。先ほどの聞き覚えのない音色は、そのうちの一人のアラームであることは何となくわかった。


ヒゲの総帥は意図してかどうなのかわからないまま同室になった人間の顔を恐る恐るのぞき込む。「誰だ、コイツ・・・」と思う、自分の知っている人間ではない。ドアに挟んで腫れあがった親指のような顔をして寝ている男を目の当たりにして後ずさりした総帥であったが、その男の横にメガネがある。どうやら普段、この男はメガネをつけているのだろうということが状況から推察できる。


ヒゲの総帥は自身の両手の親指と人差し指で「OK」の丸形をつくり、それをメガネに見たてて知らない男の顔にはめこんでみる。二日酔いで頭がぐらぐらするが、すぐにこの男が黒ずくめのIT参謀こと冷泉だということがわかった。そしてもう一方のベッドにて掛布団を体に巻き付けて寝ているのは、アラタメ堂のご主人だということもわかった。その様は呪われた館のようであった。


そもそもどうしてここ(床)で自分が寝ていたのかわからない。アラームが鳴っては起きて鳴っては起きてを繰り返していた冷泉がベッドの上で半身を起こす。起こして早々、「ぐふふふ」と低い声で笑いだす。それに連動してアラタメ堂も目を覚ます。


「どうして僕はこんなところで落ちてるんですか」とヒゲの総帥は寝ぼけ眼のアラタメ堂のご主人に問う。


「阿守さんは昨夜ここへ来て、ここで寝ると言いだして、そして勝手に寝てたんですよ」とアラタメ堂は自身の知ってることを返す。


ヒゲの総帥は何も言わずにここがどこなのかを確かめるために部屋の外へ出る、ここは観音寺にある老舗ホテルだということがわかり安心する。この安心するということの根拠の大前提として、誰にも世話にならずとも家まで辿り着けるというのがある。ヒゲの総帥はそのまま誰にも何の暇も言わずにホテルから駅まで歩く。昨日、あれだけ降った雨はあがっているが、空気中の湿度が高いことはアスファルトや脇の畑からの匂いでわかった。


駅に到着する。JR観音寺駅だ。


ここの駅の国鉄時代の看板はヒゲの総帥の実家に雨ざらしで置いてある。駅長室にはヒゲの総帥の父親が描いた大きな絵が飾られていたのだが、今はどうなのだろうかと思いながら駅舎のベンチで缶コーヒーを飲む。毎週の日曜日、観音寺の駅長から実家へ電話があった。父はいつも嬉しそうに電話で駅長と何やら話しをしていた。


中学1年のとき彼女ができ、3年の夏になると当時の彼女は実家へ遊びにくるようになった。父は挨拶がてらヒゲの総帥の部屋に顔を出してくる、どういう経緯なのか失念したが父はJRの業務用の記号やら線やらが複雑に入り組んだマニアックな書類を息子と息子の彼女の前に提示してきた。息子の彼女は頭が良いとの評判を誰かしらから聞いて、これを解けるかとゲームのつもりで持ってきたのであろう。


ヒゲの総帥はちんぷんかんぷんであったが、彼女の方はすらすらとそれを読み解いた。父親は非常に驚いた顔をした、どうしてわかるのかと父が訊ねたところ「私の父がJRなんです」と答えた。父はその言葉を聴いて、隠れキリシタンがバチカンからの荘厳な衣装に身を包んだ使者と会ったときのような会心の笑みを浮かべた。


そんなことを思い出しながら駅舎のベンチで電車を待っていると、「あれ!阿守さんじゃないですか」と声を掛けてくる銀髪の女がいる。大阪は北濱にある、大正時代に建てられたツタの絡まる青山ビルの一画を占拠するギャラリー「遊気Q」の自称304才の女オーナーである。


「どうしてこんなところにいるんですか?」とギャラリーの女はいうので、「気がついたらホテルの床で寝てました」とそのままを工夫なく答える。「まぁ」とギャラリーの女は目を丸くして品よく笑う。他にも見知った者たちばかりが観音寺の駅舎に集って賑やかにこれからどうするとか談義をしている。


「昨日、一緒にお酒を飲んだ地元の人から勧められたうどん屋へ行くんですよ。一緒に来ますか?」とギャラリーの女は朝からハイテンションであるが、二日酔いで頭がぐらぐらする状態なのでご勘弁をと失敬する。地元に帰ってきているのに、朝から会うのは北濱の仲間たちばかりで、その影響力はアナログゲームの「パンデミック」のようである。気持ちのよい仲間たちばかりである、彼ら彼女らはいつだってヒゲの総帥のことを放っておいてくれるのだ。


一行はさらに西へ行くという、香川の西の果てにある海辺の駅へ行くのだ。そこはヒゲの総帥の母親の生まれ育ったところであり、日に恵まれれば最高の夕日が見られる集落なのだ。山から急峻なるまま海へと入り込む地形、海のすぐ脇を崖と沿うよう国道と線路が走る。天候と波の具合によっては海の波がざぶんざぶん道に入ってきていたのも昔、ここを抜ければ愛媛県の川之江市が現れる。


ヒゲの総帥は逆方向、東行きの電車に乗る。ひとつの駅の区間が長いので、都会にいる感覚で「二つ向こうの駅まで」などとタクシーを使うとまあまあな額になったとは冷泉たちが苦笑しながら話していた。


車窓を眺める。頭痛は激しいが、これほど清々しい気持ちでJR四国に乗れたことはなかったのではなかろうか。雨が降ったせいだろうか、車窓から見える田畑や雑草の緑がとても鮮やかな彩色を帯びて見える。やっぱり電車は風景が見えたほうがよい、カタタタンタタン、カタタタンタタンという小刻みなリズムに同調して景色の燃え上がる緑はヒゲの総帥の視界へ飛び込んでは、消えていく。電車の中で地元の人から「昨日のコンサートは最高やった」と言われるので照れる。


最寄り駅に到着する。


何もない駅だ、たばこの空き箱のような駅である。都会に暮らす人間からすれば待てど暮らせど電車が止まってくれない駅である。


空き箱のような駅にはベンチが置かれ、そこには「まあ、一服と」言わんばかりに座布団が敷かれている。


家まで2キロほどあるのでふらふらと歩く。母親と息子はすでに起きており「おっ、帰ってきた。どこでおったん」というので「ホテルの床で寝てた」と返すと母は呆れ顔をする。息子は「一緒にマリオをしよう、昨日からずっと待っとったんや」とゲーム機を持ってヒゲの総帥の手をひく。


「昨日の最後から二曲目よかったな、あれ好きやわ」と息子がいう。「ああ、ツンドラか。チンピラの息子さんと一緒やな」とヒゲの総帥は返す。「ツンドラってどういう意味なん?」とヒゲの総帥の母親が訊く。「永久凍土の大地のこと、つまり一年中、氷が溶けない寒いところのことだ」とヒゲの総帥は答える。「俺はあの曲、ええと思うわ」と息子がいう。「氷が溶けんって・・・どういうこと」と母親は何かをイメージしている。


寝ぐせのままベースのヤマトコさんが寝室のある二階から談義中の一階へ下りてくる。「おはようございます」とお互いに挨拶をして、縁側でぶら下がったゴーヤやまだ熟れてない緑のトマトを見ながら煙草を吸う。


ヤマトコさんはヒゲの総帥の母親の車に乗って出ていく。母親の車はスポーツタイプのものでたまに若い人に乗ってもらい、回転数を上げてもらったほうが車の性能的にはいいのだという。ヤマトコさんと母はエンジンのことや、クラッチやギアチェンジの詳細について話しをしている。


ヒゲの総帥は息子とピアノのある部屋へ行く。息子はゲーム許可の条件と引き換えにピアノを面倒臭そうに練習する、ヒゲの総帥はごろっと横になりスマホを触りだす。


「もうこれでええやろ」


「ちょっと間違えたんちゃう?」


「もうこれでええ?」


「ちょっと間違えたんちゃう?」


「なあ、この写真の人は誰?」


「ああ、千代ちゃん」


「千代ちゃって、俺のおばさんになるんやろ。死んじゃったけど」


「そうやで」


「もうこれでええやろ、30分(ピアノの練習)したで」


ヒゲの総帥の母親が二人のいる部屋へやってくる。


「婆ちゃんは千代ちゃんには、練習したほうがええん違う?とか一回も言うたことないわ。もうそれ以上は練習やめといたほうがええん違う?ばっかりやったわ!」と母は孫にいう。


渋々、ピアノから下手くそな音が出てくる。


故郷で、ピアノが歌っている。



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by amori-siberiana | 2019-07-20 20:10 | 雑記 | Comments(0)

チンピラの男からメールがあった。今週末にヒゲの総帥の故郷にて行われるシベリアンのライブを楽しみにしているという内容であった。


私の故郷は香川県の観音寺市。一族のルーツも同じだ。


私自身は23年のあいだ、この地で演奏することを拒んできた。それもいよいよ終わろうとしている、観音寺で開催される「銭形まつり」のコンサートにて大トリを務めさせていただくこととなったのだ。場所は観音寺市民会館大ホール(現在:ハイスタッフホール)となり、私の知っている大ホールからは移転改築されて全く違うものにグレードアップしているのだと聞いた。


このような舞台に立てるなど、多方面の人からの協力があったことは想像に難くない。だから、ずっと実感がなかった。自分の故郷であるのに、そこに音楽家としてステージに立つ自分たちを全く想像できないのである。それゆえに周囲の人には感謝しかない。なぜなら自分発信では絶対に起こり得ないことを起こしてくれたのだから。ありがとう。


道路にも同じ号線で新しいものと旧のものがある、それとよく似ていて私が知っていたもの、また故郷で経験してきたものは記憶の中で新鮮であろうとも、世間的には旧のものへと意識が変わっていくのである。


「香川でのライブの意味は大きいね。後悔のないライブになりますよう体調を自己管理すること」とは、先日、故郷にいる母親から送られてきたメールだ。


後悔のないライブ。確かにそうだ。


23年は長かった。


23年前、一緒に市民会館のステージに立った音楽仲間が今もシベリアンに在籍している。彼はどのような思いでここへ再び立つのだろうか。


私は多分、自分自身、23年もの間、この日が来るのを待っていたのかも知れないと思った。それはいつしか無いものとして扱われて、取り出されることなく心の奥のほうへしまい込まれた思いである。成就されないことを知り、なんらかのメロディーと形を変えた思いである。それらの思いの原型が今こうして、自分の心に再び姿を現したのである。


ずっと切れずにあったのだ、細い糸のような「思い」は、ずっと切れないままあった。へその緒のようなものだろうか。


一番出たかった場所に一番出たかったバンドで演奏できる。もちろん年老いた母親は「這ってでも見に行く」という。銭形まつりへ遊びに来た私たちのことをまったく知らない人も来るだろう。私の故郷の友人たちも見に来てくれるし、遠く彼方からも沢山の仲間が応援に駆けつけてくれるという。人の厚意に恵まれているなという実感が込み上げてくる。


私は高校を途中で辞めた。まったく後悔などしていない、自分自身が自分自身であるためには不可欠な選択であったのだ、我慢ならない毎日であったから日々、自分の心が死んでいくのに耐えられなかったし、それに慣れるということも考えられなかった。自分の生き方が他人に比べて下手くそなんだなとは、この辺から承知することとなった。


私の周囲にはそんな奴が多かった。いや、もしかして私の周囲だけではなく、皆がそうなのではなかろうか。


23年前、2曲しか持ち時間のなかった私だが、今では1時間半もの演奏時間をいただくこととなった。待望であり光栄である。この1時間半という時間は私にとって比類なき時間となる。


嬉しいときには線路を歩き、悲しいときには海を見ていた。鬱屈とした思いで眺めた小高い山々はどれもお椀を逆さまにしたような形をしていた。何度も何度もマリオカートを走った、玄関を使わずに私の部屋の窓枠から友人たちが深夜に流れ込んできていた。うどんがブームになろうとしていた。母が行っていたパートへアルバイトに行ったが半日で辞めて帰ってきた。母の顔に泥を塗ったわけだが、母は私のしたことについて寂しそうな顔をするだけで一切咎めなかった。


自営業だった父は深夜から仕事に出る。私は学校を辞めてなんの手伝いもせずにギターの練習か麻雀をしていた。このような息子に父が大きなギターアンプを買ってくれた、頼んでもいないのに買ってきた。自然にギターの練習に精が出るようになった、父は自身も音楽をやっていたが息子に何一つアドバイスをすることはなかった。


妹は常にヘッドフォンをしたままでピアノを弾いていた。私はヘッドフォンを取り上げて彼女に向かい「何か弾いて聴かせてみろ」と言うが、思春期だった妹は何も応答せずに邪魔くさそうな顔をするだけであった。そんな彼女を私はミス・サイレンスと呼んでいた。私にはギターのアンプが与えられ、妹には消音機能と自動演奏機能がついたピアノが与えられていた。音楽的な才能は彼女のほうにあったことは確かだ、妹を音大に行かせるためにと両親は懸命に働いていたが、突然、それはなくなった。


何をどうしていいのかまったくわからない23年だったかも知れない。いや、それまでだって何をどうしていいのかまったくわかっていなかった。


今だって何をどうしていいのかわからないことだらけ。ずっと子供のままなのだ。母がいる限りずっと子供でいさせてくれるのだ。


書き出すと取り留めもない・・・。


それは最初の一行からこうなるであろうことは予測できたのだが、書かずにはいられないことだってある。いつだって腑に落ちたような顔をして歩いているが、実際は詰め込まれた何かが今にも爆発せんとするのを何とか抑え込むために、そのような表情を取り繕っているのであろう。


市民会館の大ホール。コンテストで落選し失意のなか逃げるように帰ってから23年、再び同じステージに私のギターの席が用意されている。


是非、演奏を来きに私の故郷へ足を運んでいただきたい。皆の人生の時間を90分ほど拝借させていただきたい。


私はもう逃げ帰らない。一音だって無駄にはしたくない。なんだかわからないが、震えてくるのである。


私にとって以前のあらゆる栄誉や音楽的功績などもこの日と比べるとどうでもいい話しなのだ。そもそも比較対象になる度合いのことではない。


ずっとこの日が来るのを待っていたのだ。


祭りのはじまりは近い。


銭形まつり HP


http://www.kan-cci.or.jp/zenigata/

https://www.city.kanonji.kagawa.jp/soshiki/21/11656.html


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by amori-siberiana | 2019-07-10 13:24 | 雑記


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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