カテゴリ:雑記( 232 )

こんにちは、北濱にある猫のひたいのような小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱のオフィスでコーヒーを飲んでいる。昨日あたりからというものストーカーのようにthe cranberriesのアルバムを聴き続けている、ここ最近のライブ映像も見ているが確かにドロレス・オリオーダンの状態は普通ではないことが見てとれるので、胸が痛くなる。「はぁ・・・、ドロレスは辛そうだな」と目を落とすと自分の履いている革靴の側面がひび割れだしているのに気がつく、特に急ぎの用件もないヒゲの総帥は以前から気になっていた近場にある靴磨き専門店へ行くことにした。


本町通りを挟んでセントレジスホテルの向かいほどの雑居ビルの4階にある「靴磨き専門店Burnish」へ行く。店内ではすでに先客が一人おりアンティークの椅子に座って靴を磨かれている、内装全体がイングランド調にまとめられており非常に落ち着ける空間である。すぐヒゲの総帥の順番となり革靴を磨いてもらう、自身が北濱から歩いて来たのだと伝えると靴磨きの女が「北濱には美味しい店がありますか」と訊いてくる、「美味しいかどうかはわかりませんが、頭に筆を突き刺した版画家がオムライスを作る店ならご紹介できますよ」と他人事のようにいうヒゲの総帥。歓談しているあいだに革靴はしっかりと磨かれており、つま先の鏡面仕上げは持ち主の顔が写るほどであった。


ヒゲの総帥はルンルン気分で外に出るが、「そうだ、ドロレスが死んだのだ」と思い返すたびに気分は沈鬱なものとなる。が、またすぐに忘れては思い出してを繰り返す。そのままオフィスへ戻り、アラタメ堂のご主人と連れだってクントコロマンサへ向かうことにした。


クントコロマンサへ向かう途中に二人はツタの絡まる青山ビルの一画を占拠する、ギャラリー「遊気Q」へ向かう。ギャラリーには自称301才のオーナーと手編みの女がいる、この手編みの女が作ったベストがヒゲの総帥によく似合うのだとギャラリーの女は取り置いてくれており、ギャラリーにいつも飾ってあるのであるが、なかなか攻撃的な衣装であるのでヒゲの総帥は躊躇しているままだ。


ギャラリーを出てアラタメ堂のご主人とコロマンサの階段を上る。店に入ってみると全身が黒ずくめの男が早い時間なのにすでにウイスキーのストレートをハイボールで飲んでいた。そう、久々のハイタッチ冷泉の来店である。「おっ、阿守さん、お久しぶりです」と冷泉はヒゲの総帥に挨拶をする、冷泉はここ数日は東京でビジネスをしていたのだ。


「今、先ほどギャラリー遊気Qへ行ってきたんですけれど、アラタメ堂のご主人と僕が行くと、ギャラリーの女がもう一人のメンバーは?と冷泉さんの動向を気にされていましたよ。まるでバンドのような扱いでした」と苦笑しながら冷泉に先ほどあったことを伝える、冷泉とアラタメ堂のご主人も失笑する。そして三人で再会を祝しての乾杯である。


どうやら今日はこの店で冷泉が主催する異業種交流会があるとのこと、小一時間ほどすると続々と今夜の餌食たちがやってくる。若手の社会人たちがやって来る、見た顔もあれば初顔もありそれぞれが名刺交換をしだす。しばらくすると親分連中たちがやって来る、チェ・ゲバラの男、不動産コストカットの鬼、副社長ばかりする男、そして世界の果て会計事務所を経営するドマツ先輩が集結する。常連の不思議な女もやってきてヒゲの総帥に向かい「お帰りなさい」と一声かける、そういえばヒゲの総帥が店へ戻ってくるのは4日ほどなのであるが、えらく長い間ほど不在にしていた気になっていた。


バレリーナの女とその同級生、さらには有明海にいるグロテスクな魚のみりん干しのようなものを手土産に福岡の女も参入してきて、店内には賑やかな笑い声が響く。いつの間にか来ていたガルパンの男は視線を上げることなく、やはりいつものように戦場に身を置いていた。


オルガン横の奥のテーブル周囲に陣取った若手の社会人たちはあれやこれやと自己紹介をかねて四方話をはじめる。七輪が置かれた中央のテーブルではヒゲの総帥を含めた中年たちが暗号通貨の繁栄がいかに社会に対しての危険を孕んでいるのかを論議する。厨房側のテーブルはテーブルで何やら楽しそうに話しをしている。冷泉はあっちへ行ったりこっちへ行ったりとオーガナイズ役に徹する。


「つまり、仮想通貨の危険なところは一般人が稼ぐ前段階において、すでに反社会勢力や端にも棒にもかからないチンピラ連中がそれによって莫大な富を得ているところです」とヒゲの総帥はここ一か月の調査によって分析した結論を述べる。話しは続く「人に貢献することや他者へサービスを供給することで利益をあげるということが商売の根本であるならば、それによって得た富にはしてきた仕事においての信頼があります。ところが今後はそうではなくなり、何をしているのかわからない成金が増えることでしょう。簡単にいえば仮想通貨によって北斗の拳に例えれば、ストーリーに関係のないモヒカンの悪党たちが金を持てるようになるのです、いや、実際のところ持ち出しています」とヒゲの総帥は未来予想図を展開する。


「今、まさに乗り遅れるなという群衆心理が働いてますものね」と副社長の男はいう、「金融庁が昨年ですけれど仮想通貨に対してどっちつかずの中途半端な見解を出したことが火に油を注いだ形になっています。あれ以来、広告もあちらこちらで見るようになり一般人の投機も加速しました」とヒゲの総帥は思い出すように語る。ブロックチェーンの技術自体は素晴らしいものであるが、包丁というものは使い方を間違えると料理ではなく人を傷つける武器になるのだ。


話しは国際的に見た日本人の金融リテラシーの低さについてへ移る。


今でも「火の用心、火の用心」と寒中に拍子木を叩いて見回りをする地域もあるが、十分にご用心なのは火元だけの話しではないのだ。自分が今、世間の流れに対してどのようなスタンスを取るのか、それは5年後の自分の生き方に関わってくるであろう。今、日本は大いに燃えているのだ。


人が一本線の上がり下がりに人生を賭けだしては、あまりにも勿体ない人生ではないか。版画家の柿坂万作は新しい壁画を描きだそうとしている。そう、スタートを作るのはいつも自分なのだ。あとは野となれ山となれ。


中島みゆきも言ってるではないか。


その船を漕いでゆけ

おまえの手で漕いでゆけ

おまえが消えて喜ぶ者に

おまえのオールをまかせるな



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by amori-siberiana | 2018-01-19 12:23 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


ドロレスの訃報のままにヒゲの総帥と老いた母親は小さい頃から行きつけのうどん屋の「バカタレ」へ向かう。時間帯的にも昼ということもあり駐車場も満杯であったが、国道を挟んで向かい側に警察署があり駐車場はガラガラである。母子ともに考えることは同じで誰がそういうでもなく、車は警察署の駐車場に収まった。この親してこの子ありといった具合のモラルの低さであるが、この二人は万事こんな感じである。


ちょうど昼休みの警察官が出てくる、「いつもご苦労様です」と一礼するヒゲの総帥と母親。向こうも「これはこれはご苦労様です」と一礼をして三者が向かう先は同じうどん屋である。向こうは車のことについて何やら聞きたそうな雰囲気を醸し出していたが、「この三豊市で残酷な事件が起きないのも、この警察署あってのことですな。地域の誇りです」とヒゲの総帥が口にすると、相手はそれ以上は何も口にしようとしなかった。


「やっぱりバカタレは出汁がええきんな」と母親はいう。このセリフをこれまで三百三十三万三千三百三十三遍ほど母から聞かされてきた息子であるが、毎回そう感じるのはバカタレの味の妙であろう。母親の話しでは渡邉で修行した人間が大阪で店を出しているという、もしも大阪でバカタレの味がそのままといわずとも多少なり味わえるのであれば、至極である。器からはみ出すほどの天ぷらが特徴の天ぷらうどん(大)を頼む。


ヒゲの総帥が小さい頃にバカタレに通っていたころは先々代が麺を打っていた。どんどんどんと低音で響く音と振動が心地よかった。いつしか先代になりそして今の代の大将となるのだが、三人とも顔がよく似ているのでずっと同じ人間が不老不死でうどんを打っているような不思議な気持ちになってくるのだ。人相が悪いので妖精とまではいかないが、そういった異世界の雰囲気を持っている。


異世界・・・。


胃袋を満たしたあとは、ゲームセンス・ゼロの女がデザインしてくれた名刺を持って小説家先生が住むという池のほとりの臥竜窟へ向かう。インターホンを押すと中核派のようなマスクをした先生が出てくる、高雅なるインスピレーションが鼻や口から出てしまわないようにマスクをしているのだろうかと深読みしたが、どうやらインフルエンザだということで感染されないうちヒゲの総帥は臥竜窟を早々に退散する。


ヒゲの総帥は新幹線を使わずに電車で大阪まで帰ることにした。節約というよりはそうしたかったのだ、新幹線の揺れと一般的な電車の揺れはまったく異なる。一般的な電車の揺れをある程度の長さ感じていたかったのだ、そうすることで何かあるというわけではないが、その日はそうしたかった。なにも急いで大阪へ帰らなくてはいけない用事も別段ない。


故郷での時間は1日足らずであったが緩やかに過ぎた、北濱にいると時間の流れは猛烈に早い。それが時代の流れと比例しているのかどうなのか解らないが、その土地が持つ独特な時間の流れというのはあるのだろう。緩やかな時間から、慌ただしい時間の場所へ辿り着くのに新幹線では早すぎるような気がしたのだ。高山病や潜水でいう気圧や酸素の加減のようなもので、時間と人の多さにゆっくり慣らしていきたかったのだ。


貨物列車も同じ線路を使っているので、人がいる駅のホームを色とりどりの貨物が勢いよく走り去っていく光景を見たのも久々だった。ところどころ貨物が抜けている車両があり、それを見るとどうしてもそこへ飛び移りたくなる衝動を抑えるのに神経を使う。


タタタタンタタン、タタタタンタタン、タタタタンタタン、タタタタンタタン。


足元から響いてくる線路と電車の振動と軋みは何十年も前から変わっていないように思え、気持ちよく体を委ねておけるのであった。夜を往く電車の中にはどこか逃亡者の匂いがするものだ。


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by amori-siberiana | 2018-01-18 17:32 | 雑記 | Comments(0)

運転免許証の更新を終えたヒゲの総帥。無事故無違反の優良であるということで30分の講習を受けるのみで済んだ、香川県の交通安全におけるVTRには尾木ママという男が出演しており、私の大好きな香川県を皆さんの手でどうのこうのとPRをする。この男ほど言論において自己の思い込みだけで暴走する人間もいないだろうに、またとんでもないミスキャスティングだなとヒゲの総帥は一人で笑いだす。


母親の車に同乗して帰路につく。ミッション車のスポーティータイプに乗り、足回りとシートに金をかけていそうな母の車であるが助手席の開閉の仕方がわからないのはご愛嬌であった。進行方向の右手に海が見えたころ、照明屋のテリーから連絡が入る「ドロレスが逝ってしまった」という内容である。ヒゲの総帥は呆然とする。ザ・クランベリーズのボーカル、ドロレス・オリオーダンが46才の若さで死んだということをいろんなメディアが報じていた。まず、間違いはなさそうだ。


母親は息子に何があったのかと訊く。息子はそのままのことをそのまま伝える、「途中でCD屋によってthe CranberriesのCDを買いたい」と母親はいうが、息子のほうは呆然としたまま黙っていた。車窓は海から山へ、そして工業地帯へ移り変わり、空は鉛色に曇っていた。息子の頭のなかにはドロレスが吐息のように歌う【So Cold In Ireland】が流れていた。


The one that I loved endlessly (私が果てしなく愛した人)

We used to have a life (私たちは一緒に生きていた)

but now it's all gone (けれど、全てが失われる)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)

Mystify (謎だわ)


―――。


1997年だか1998年のこと。


息子の方は何をするでもなく、ここではない何処かへ行きたいと家を飛び出して大阪で暮らすようになった。髪は伸ばしっぱなしで金髪になり、メタリカのTシャツにジーンズという格好でフラフラしていた。特に何もすることがないので、大阪で誰と交流するわけでもなく映画ばかりを観ていた。宝物は当時存在したテレビデオというもの唯一つであった。映画といっても小説家の先生がダビングして持ってきてくれたり、近くに住んで三流大学へ通っていた同郷のフェラ田会長代行がダビングして持ってきてくれるものばかりだった。


ありとあらゆる映画を観た、面白いものもあれば地面に埋めてしまったほうがいいものもあったが、その中の一本に「ボーイズ・オン・ザ・サイド」という映画があった。エイズとレズとDVという困難な題材をひとまとめにしたロードムービーで主演はウーピー・ゴールドバーグ、共演にメアリー・ルイズ・パーカーとドリュー・バリモアが名前を連ねていたと記憶している。


その映画のワンシーン、秒数にして10秒にも満たないであろうシーンにだけかかる音楽に耳を奪われた。空から降り注いでくるような大人とも子供とも思えない声、叫びとも嘆きとも違い、歌ですらないような女性の声、そしてそれを追いかけるようにハスキーな男性の叫び声が響く。「なんだこれは」と息子は思った、そこから何日も何日もその部分だけを再生しては巻き戻して、再生しては巻き戻してを繰り返すのでテープはぐにゃぐにゃになった。


今でこそ携帯をかざすだけで何でも調べられるが当時は映画の一瞬だけで流れる音楽がどこの誰のものなのかなど解る術もなかった。とにかく音楽というよりは強い意志を持った崇高な祈りのように聞こえて、心を捉えられたのである。


そこから数か月後。


息子の住んでいた町の駅は河内小阪駅というものだ。今でこそ司馬遼太郎記念館をアピールしているが、当時はそういったものもなく大学が近くに幾つかあるのみであった。駅の高架下には中古CD屋があり、どこから仕入れたのかよくわからないようなサンプル版まで売っていた。ヒゲの総帥はいつもここで格安になったクラシックのCDを買っていたが、あるとき「ボーイズ・オン・ザ・サイド」のサントラのサンプル版を見つけた。何かの縁であろう、そうとしか考えられなかった。


サンプル版を買えば、もしかすると例の歌声が誰のものなのか解るのではないか。また、それがどんな全体像をしている曲なのか解るのではないかと、CDを購入して走って家まで帰ったのを覚えている。声は何度も聴いてわかっているのでCDを入れて1曲目から流してみて歌いだしで「この歌手じゃない」と判明すれば容赦なく次のトラックに進んだ。


不安なままちょうどCDの収録曲数の半ばまで来たとき、7曲目にそれはあった。歓喜で絶叫した。待ちに待っていたものがその全貌を見せてくれるのだから当然だ。


【Dreams】 the cranberries


ヒゲの総帥が映画の最中、気になって仕方がなかったのは曲の終わりの部分だということがわかった。しかしながら、この曲は全体が素晴らしいクオリティに溢れている、これはとんでもないボーカルだと大袈裟ではなく腰を抜かしそうになった。バカっぽい名前のバンドだなということは放っておいて、すぐに近くに住むフェラ田会長代行を呼び寄せて「DREAMS」を聴かせる。


次の日、フェラ田会長代行の資産によってthe cranberriesのファースト・アルバム「Everybody Else Is Doing It, So Why Can't We?(1993年)」がヒゲの総帥の手元にもたらされることとなる。黒に統一されたジャケットには伏目がちで物憂げな小柄の女性が一人おり、この女性があの声の持ち主だということがわかる。彼女の名前をドロレス・オリオーダンという。ヒゲの総帥よりも7つほど上なだけであった。他のメンバーはドラム以外、サッカーのアイルランド代表のロビー・キーンと見分けがつかなかった。


早速どんな顔をしているのだろうかと歌詞カードを広げてみるが、どれもこれも正面からの顔写真はなく全てが盗撮のような角度からの粗目の白黒ポートレイトなのだ。「ZARDかよ!」とイライラしつつアルバムを通して聴いてみる、文句のつけようなどひとつもない傑作であった。ドロレスの歌は終始一貫して囁くようでいる、妖しいヴェールをまとった霧のようなブレスは世の中の底の深さを知らせてくれ、ファルセットや音階の特徴的な動かし方は古代と現代を行き来するものである。歯に響かせて出てくるような独特な声は、音程の危うさという犠牲を払ったとしても釣り銭で国家予算をまかなえるくらいの情感を醸し出す。


そう、求めていた100のことを100のまま手に入れたのだ。自分が好きな音楽はまさにこれだと確信した衝撃的な瞬間であった。人類にとっては取るに足らない1枚かも知れないが、ヒゲにとっては大いなる人生を変革する1枚だったのだ。


ヒゲの総帥はメタリカのTシャツを捨て、髪を切って黒に戻す。目指すべきものが出来た、メタルバンドは解散だということでギュインギュイン歪んだ音のするディストーションを捨て、自分の好みにしっかりと向き合う決心をしたのだ。いつかはドロレスに自分の曲を送って「まあ、いい方なんじゃないの」とアイルランド訛りの英語で言われたいと真剣に考えたのだ。ドロレスに対しては尊敬と敬愛以外の言葉が見つからなかった、ずっと探していた宝の地図を目の前に突きつけられたような感じなのだから。


それからというもの、ヒゲの総帥は家に来る人間の皆にクランベリーズがいかに素晴らしいのか布教をするようになった。家に来ないものにはわざわざ電話をかけて受話器越しにドロレスの歌声を聴かせていた。そんななかに今は日本と中国を行ったり来たりするペーパーカンパニーの男がおり、その男がヒゲの総帥の家へ来たとき「No Need to Argue(1994年)」というクランベリーズのセカンドアルバムを持ってきたのだった。


ヒゲの男の手に映画のサウンドトラックのCDからセカンドアルバムに至るまでが入手されるのに一か月もかからなかった。ファーストの黒から一転して、セカンドは白が基調のジャケットである。何よりビックリしたのはドロレスがベリーショートの金髪になっていたことであった、なんとも挑戦的な目をした女性である。まるで世界の半分を支えている女帝のような印象を持った。


このセカンドも素晴らしい作品である。文句などあるわけがない、すっかり降参してしまっているヒゲの総帥にとってはバンドの何もかもが人間革命の状態である。ファーストの物憂い感じは少々薄れてはいるが、その反面ドロレスから外に向けてのプレッシャーが壮絶なものであった。アルバムの4曲目に「Zombie」という曲があるが、この曲で初めてドロレスが叫んだのには鳥肌が立ちっぱなしであった。ファーストでは一切といっていいほど、叫ぶことのなかったドロレスがセカンドアルバムでは3度だけ叫ぶのである。ファーストでは叫びをしっかり抑えて、叫び以外の方法で心中にあることを音楽として見事に昇華させていたが、もうこのままじゃいてもたってもいられないということだろう、女帝は3度ほど叫ぶのである。


【Zombie】 

With their tanks and their bombs, (戦車で、爆弾で)

And their bombs and their guns. (爆弾で、その銃で)

In your head, in your head, they are crying... (頭の中、頭の中、彼らは泣いてるのに)


【Ridiculous Thoughts】

you're gonna have to hold on to me (あなたは私を抱きしめなくてはいけない)


【Daffodil Lament】

I can't sleep here (私はここでは眠れない)


クランベリーズとの出会いからというもの、ヒゲの総帥は音楽の突破口を見つけることとなり、気がつけばクランベリーズからは遠く離れていくことになるのであるが、根幹はまさにここにある。音楽的発想の起点の大切さについては、何も音楽だけに限らず物を作る人間なら理解してもらえるはずだ。幸運な出会いであった、遠く東方の島国で住む一人の腐りかかっていた人間が救われたのだ。


そこからクランベリーズにまつわる何もかもを収集しだす。もちろん日本にはなかったものも含めてだ、あの時代にYouTubeがなくて良かったと心底感じるのだ。便利になるのはいいが、それだけに深奥からの執着の度合いが極端に減っていくのを常々感じる。テクノロジーとの上手な付き合いかたは常に技術の発展の後追いとなるものだが、永遠に進化にまつわる課題として残るのであろう。太陽に照らされれば影ができるように。


ドイツからVHSを仕入れて、イギリスからデモテープを仕入れて、アメリカから海賊版を仕入れて、当時のバイト先だったレンタルビデオ店の発注書には勝手に「the cranberries」のところにチェックを入れて仕入れる、そんな具合にドロレスの動向を追っては振り返り、振り返っては追ってをしていた。


作曲するものも歴然と変わってきた、色んな人がいい曲を書くねとヒゲの総帥を褒めるようになった。でも、やはりヒゲの総帥は器用ではないのでクランベリーズのようにはならず、似ているけれど何か違うものが出来上がってくるのであった。それをもしかすると個性と呼ぶのかも知れない。フランスの作曲家のドビュッシーは確かそんなことを言っていた。


そんな自分の崇拝の対象であるドロレス・オリオーダンが死んだのだ。ヒゲの総帥より7つほど上の彼女の早すぎる死をまだ飲み込めないでいるヒゲの総帥。


会ったこともない人なのだが、その会ったことのない人がいなくなっただけで、どうしてこんなにも寂しいのであろうか。マルティン・ルターは人は二度生まれるといった、最初は存在するために、二度目は生きるためにと書いたのではなかったか。


大著をした思想家は敢えて書かなかったのだと思うが、人は死ぬときも二度死ぬのではないだろうか。最初は生命として機能しなくなったとき、二度目は誰かの心のなかで生きていたその人が、死んだのだと悟ったとき。


ドロレスさん、ありがとうございました。さようなら。


「R.I.P」みたいな略しかたはしません、僕は合理的じゃない不都合で面倒くさいことが好きな日本人で、あなたのファンだからです。


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by amori-siberiana | 2018-01-17 23:55 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


the Cranberriesのボーカルのドロレス・オリオーダン女史が死んだ。今のところ世界に太陽はひとつであるが、ヒゲの総帥の心を照らす数少ない太陽のひとつが無くなったということである。この喪失感たるや並みではない。そのことについては別記することにしよう、彼女については書かなければならないことが沢山ある。ヒゲの総帥にとって彼女は教祖のようなものであったのだから。


さて、一昨日のこと。


「僕はこの町がどうにも好きになれん、どう頑張っても無理だ」


ヒゲの総帥は自分の心の秘密をそのまま打ち明けるようにいう。こたつに入ってウイスキーをチビチビやりながら神妙に故郷への思いを口にする、こたつの右隣にはナダルという旧友がおり、対面にはヒゲの総帥を世に輩出した母親がいる。


「郷土への執着というものをまったくこの地に感じないのだ、それは家族とか友人とかではなく、この土地に対してなのだ」とヒゲの総帥は言葉を継ぐ、それを聞いてヒゲの総帥の後輩であるナダルは「なら、大阪にはそれを感じるのか」とヒゲの総帥に問うが、ヒゲは首を振る。このナダルという男はヒゲの男の実家の押し入れに住んでいた男である。まるでドラえもんのように押し入れで寝起きしていた。


「アンタは家が無いんか」とうちの母親は当時のナダルに対して苦笑いをしていたが、若かりし頃のヒゲの総帥とナダル君は毎日のように会ってはユーモアを磨いていった。このナダルはずっと香川県から離れることがない、本人がいうところによるとこの地が好きなのだという。ヒゲの総帥の母親が「アンタは家が無いんか」と言葉を発した相手はこのナダルと今はピアノ工房を経営するギンジ、そしてマルクス主義者のカルキという三人である。この三傑については折をみて触れようと思う。


ヒゲの総帥は実家暮らしのとき、ひとつ学年が下であるナダルのことを大層気に入っていた。発想や言動のそれぞれがユーモラスであり、それは感性と知性が円滑に働いている証拠でもあり信用に値するものであった、なにより会話のリズムが心地いいものであった。「学生時代で青春が終わったような人間と話しをして何が面白いものか」とヒゲの総帥がいう、ナダルは「ここいら田舎は総じてそういうフシがありますね」と手羽先をひょいとつまんでニヤニヤしながら言う。二人はウイスキーを飲みながら話しをする、ヒゲの母親はそれを聞いている。


「私は何の為に生きているのか解らなくなることがある」とヒゲの母親は唐突に告白をして、そして涙を流す。「毎日、毎日、同じことばかりをしている。外にでも行って働いてみようかと思うが、気がつけばこんな年齢になって、今では社会が自分を必要としていないことがよく解る」と味気ない毎日を送っていることを打ち明ける。「それなら大阪に来るか」とヒゲは自身の母親に問うが、「そんなところはいらん」と予想どおりの返答がある。次はナダルが黙って母子のやりとりを聞いている。


「今は私が娘や旦那のお墓を見ているが、私が死んだらそこからどうなるのか・・・、それを考えると・・・」とまたヒゲの母親は泣く。「刻一刻、そう、刻一刻と僕とお母さんが一緒にいられる時間は少なくなっていく。あとどれくらい一緒にいられるのかわからないが、多くなることはないだろう。だからといって、時間が少ないからといって何をするという発想も今のところは湧かないのだ」とヒゲの総帥は困り顔でいう。ヒゲの母親はこの地から離れることはない、ヒゲの総帥はこの地へ立ち戻ることはない。どうにも歩み寄りがないのである。


「ごめんな、アンタと孝夫やって話したいことがあるやろうに、こなん話ししてしもてな」とヒゲの総帥の母親はナダルに謝るが、「ああ、気にせんといてください」とナダルは謝意は不要だという素振りをする。


ヒゲの総帥は仕事柄、自身の母親と同じ年代の人間からよく話しを聞かされていたが、漏れなく皆が孤独と寂寞の念を抱えていた。大金持ちもそう貧乏人もそう、趣味を持った人間、信心に狂う人間、大学の名誉教授もそう医療関係の詐欺師もそう、団塊の世代と呼ばれた人たちは常に嘆いているのだった。それに対して今のところヒゲの総帥は話しを聞くことしかできない。


「それなら事業を拡大して、人でも雇うようにするか」とヒゲの総帥は冗談めかしていう、「それ、ええな」とまんざらでもない顔をする母親。一定の顧客が約束されている行政事業所などを突いてみるのはどうかとヒゲが提案すると「そういうところは手間ばかりで金にならん、ボランティアのようなもんだとお父さんが常々苦言を呈していた」と母親はいう。「なるほど、ちょっと考えてみる」とヒゲの総帥はその話しを脇におく。


ナダルは「会えてよかった、阿守先輩、近いうちに大阪へ遊びに行きます」とヒゲの総帥に意向を伝える。約15年ぶりくらいに会った先輩と後輩はこうして一時的な迎合を終わらせることにした。この男は子供の時分から泰然自若の雰囲気を持っていたが、それは年をとっても一回りほど体が大きくなっても変わらない印象であった。


母親はヒゲの総帥に心中を打ち明けて霧散したのか、やけにスッキリした顔で「はやく寝ろ」と言ってくる。


この日の朝、ヒゲの総帥は北濱のオフィスへ顔を出してコーヒーを飲んでいた。オフィスの脇にあるバーカウンターでは宗教画のモデルの女とクモン提督が何やら話しをしている。ヒゲの総帥が顔を出すと「おっ、話しをしてれば早速、本人がやってきましたね」と提督がいう、ヒゲの総帥の店のことについて話しをしていたのであろう。


提督は宗教画の女に「阿守さんの店へ行ったことはあるのか」と訊ねる、「まあまあかな」といつもの調子で応える宗教画の女であったが、まあまあどころではない。店に関わり出した頃、夏場の厳しい暑さのなかボランティアで厨房や接客をサポートしてくれたのはこの女性である。ハイタッチ冷泉を連れてきたのも彼女であれば、不動産デザイナーの忌部を連れてきたのも彼女であり、アラタメ堂のご主人やディエゴを紹介してくれたのも彼女ではなかったか。


とんでもない酒豪の彼女は飲んでも飲んでも顔色は変わらないが、突然、電気のブレーカーが下りたようにその場で眠りだしたりするのだ。彼女なくして今のクントコロマンサはあり得ないほどである。宗教画の女の「まあまあ」という言葉にヒゲの総帥は苦笑をしていた。


ちょうど学生起業家のダダヤマが視界にいたので、ヒゲの総帥は「暇ですから提督、ダダヤマを柱に縛り付けて、そこへタックルを食らわせてくれませんか」と唐突な提案をする。三人の会話に背を向けていたダダヤマだが危機察知能力が働いたのであろう、すぐにバーカウンターの方へ向きかえり「いやいやいやいや、死にますって。確実に死にます、なんで僕なんですか」と謙遜する。本場ニュージーランドで決死のラグビー選手をしていた提督である、その巨体が一直線に突っ込んでくれば確かにこれは死にそうだ。


ヒゲの総帥は用事を済ませてオフィスを出る、そして近くにあるツタの絡まる青山ビルへ向かう。そこの一画にある北濱のクリニャンクールことギャラリー「遊気Q」、そのギャラリーには自称301才のオーナーがおり、フェルトの女と一緒になって展示品の運搬をしていた。新年の挨拶をして自身が今から実家へ帰ることを伝えると、「あら、それなんでしたら何かお母さまに贈りませんとね」とギャラリーの女は辺りを見回すが、「いや、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」とヒゲの総帥は待ったをかける。


繊細な品を四国まで運ぶほどの気遣いがこのヒゲの総帥には備わってないように思ったので、丁重にお断りしたのである。




柱も庭も乾いている
今日は好い天気だ
椽の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている


山では枯木も息を吐く
ああ今日は好い天気だ
路傍の草影が
あどけない愁みをする


これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする


ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う


「帰郷」 中原中也


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by amori-siberiana | 2018-01-17 13:41 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


ここ2年ほど、北濱の変貌ぶりは凄まじいものがある。雨後の筍よろしくあちらこちらで建設ラッシュが進んでおり、そのほとんどがビジネスホテルになるのだそうだ。まるでこれまで鎖国していた国へ一気に外資が流れ込んできたような錯覚を起こしそうなほどのラッシュである。時代の流れを肌で感じることができる町、それが北濱である。


それでも外国人旅行者がそんなにうろついてる様相は町にはない。ということは、これから先のインバウンドにおける利益を見越してのホテル建設なのであろう。つまり、これほどこぞってホテルが時を同じくして建設されるということは、近い将来に何かが起きることが確約されているということである。百歩譲って考えて確約とはいかずとも、予定されているということである。


キタやミナミの商業地と切り離した場所に旅行者や出張族のベッドタウンが出来ることは、現状では理に適っているのであろう。今やキタとミナミは空港の免税店と成り下がっており、そこで以前まで産出されていた知性や文化は酸欠状態となっている。人が節操なく拝金主義に走ったとき、いつの時代でも失うものは金で買えないものばかりである。2020年というシュプレヒコールを掲げた人間は多いが、その先には何があるのか想像力のある人間はなかなか見ない。一時的な享楽を求めるがあまり、地盤沈下を引き起こすことになれば、それはあまりにも大きな代償であると言わざるを得ない。


今、北濱で起きていることは、ダフ屋のそれとあまり変わらない。しかし、北濱ほどそれが似合う街もなかろう気がする。それはこの街の歴史と通ずる部分があるからだ。


東京でのオリンピック(2020年)、大阪万博(2025年の開催を目指す動き)、カジノ誘致(2025年前後を目指す動き)、仮想通貨、インバウンド、スタートアップ。日本という国がいよいよ資源のない小国であるということを自他共に認めるが如く。したたかに生きていくには、したたかに生きるための知恵が必要である。そしてそういった知恵を産出したり気づかせてくれるのは、「芸術」の仕事であるべきなのだ。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は店でウイスキーをチビチビやっている。版画家の柿坂万作は自作のスクリーンを壁にかけてプロジェクターから映像を投影して、その像がどのように結ばれているのかを調整している。しばらくすると、ゴガッという音がして締まりの悪いガラス戸が開く。やってきたのは宇宙人の女と映画監督の男であった。


先日より宇宙人はヒゲの総帥に向けてメッセージを発信しており、「会わせたい人間がいる」といっていた。つまり、会わせたい人間というのはこの映画監督の男ということで間違いない。宇宙人は天才と天才を引き合わせるのが自分に与えられた役目だという、ヒゲの総帥は自分が天才だと思ったことは今の今まで一度もないが、反論しても野暮だし面倒なのでそのままにしておいた。


「私はルイ14世の生まれ変わりなの、だから芸術家と芸術家を繋ぐことが使命なのよ」と宇宙人の女は公言して憚らない。これはなかなかとんでもない女の登場である。「ならば僕は太陽王と懇意にしていた作曲家のリュリというところでしょうか」とヒゲの総帥はそれに乗ってみる。


会って間もないがこの映画監督とヒゲの総帥はいきなり意気投合する。互いに追及しているものが「言葉にならない何か」であったとわかったからだ。もちろんこの「言葉にならない何か」も言葉にならないものを無理に言葉にしているので、つまりは言葉になっていないのだ。


監督はフランスとの繫がりができたのでまずはあちらで勝負して、日本国内の評価はその後で構わないという。ヒゲの総帥は「同感であり、それが一番効率がよい」と頷く、実際のところヒゲの総帥がもしも再度音楽活動をするとしたら、迷うことなく海外を目指す。国内で地道に音楽活動をするのは今の時代、趣味や愛好家の範囲と同意になっている。それは芸術家の責任ではなくて、日本というのはそういう国なのだ。かといって日本が悪いとは思わない、芸術家として上手く日本という国と付き合っていくにはコツが必要なだけなのだ。


「好きな監督は誰ですか?よければ僕でも解りそうな監督の名前を教えていただければ幸いです」とヒゲの総帥は映画監督に問う。


「ダルデンヌ兄弟ですかね」と映画監督は答える。ここで本日最初のハイタッチが完了することとなった。そこからはダルデンヌ兄弟の映画の話しに華が咲く。


ヒゲの総帥は日本における映画で自身が愛する一本を伝える。「監督は原一男監督の撮った“ゆきゆきて、神軍”という映画をご存知ですか?僕はあの映画を観てから芸術への取り組み方が変わったのです」とヒゲの総帥が聞き慣れない映画の名前を出したとき、映画監督の目が変わる。映画監督は自身の持っているリュックをがさがさする、そして何かが出てくる。出てきたのは原一男監督と彼が一緒に写っているポラロイド写真であった。ここで二度目のハイタッチである。


ゆきゆきて、神軍。


これは凄まじいドキュメンタリー映画である。太平洋戦争に従軍してジャングルから命からがら生きて帰ってきた主人公の男。彼は終戦したことが明らかになったにも関わらず、当時の上官によって部下が軍法会議なしにジャングルで処刑されるという戦争犯罪が行われたのではないかと考え、今では一般人となった当時の上官数名を探し当てて真相を追及するという内容である。


常連の不思議な女が「アモアモはその映画のどういうところに魅入られたの」と質問する、「何より冷徹なところです。撮影中に何が起ころうとも、それをそのままに映し出して記録にしようとする作家という仕事の厳しさを徹底しているところでしょうか。作品を作る上での覚悟というものを感じました、戦場のカメラマンに似たものを感じます」とヒゲの総帥はゆっくりと自分の心を辿りながら言葉にする。しかし、どうも説明臭い言葉なので言ったはいいものの、それが自身の気持ちを表しているのかどうかは怪しいものである。宇宙人の女はニヤニヤする。


映画監督も原一男監督との接点を話す、そうこうしているとポッポ~ず♪のお二人がやってきて熱燗をちびちびやりだす。せっかくなので歌も好かろうと歌ってもらうことにした。ボーカルの女が歌う情緒に満ちた声は店内の風情と相まって、見事な雰囲気を作り出すものであった。宇宙人の女は「まるで、あれみたいね、あれ、あれ、李、李…」で止まる、「李香蘭ですね」とヒゲの総帥が言葉を繋げる。「そうそう、李香蘭よ!李香蘭」と宇宙人はいつもハッピーである。


宴が開催されているタイミングでチンピラの男が手土産を持ってやってくる。持ってきてくれたのは高知県四万十の芋けんぴである、これが絶品であり「うわー、ワシ、これは手が止まらんようなるわ」と万作は厨房で延々と芋けんぴをガリガリやる。ヒゲの総帥も負けじと芋けんぴをがりがりやる。一般的な芋けんぴよりも細いこの菓子は、そのサイズ感といい味といい黄金比とは何かを我々に知らしめてくれるものであった。


チンピラの男が持ってきてくれたこの芋けんぴは、今から10年前の平成17年に中城洋仁によって、従来の芋けんぴから改良されて出来上がったものであり、その名を「塩けんぴ」という。原材料である芋や調味料、さらには高知の海洋深層水を使用して作られた菓子である。懐かしい菓子が懐かしいまま、味をあげて口に入ってくるのは好奇心とノスタルジーの一見して相容れなさそうな両者を同時に体験できる稀有な逸品であった。


チンピラの男は宇宙人とハグをさせられて、そのまま急ぎ足に帰ることとなったが、ヒゲの総帥は是非ともこのチンピラの男が語る映画論を監督と聞いてみたかったので、タイミングが合わずに残念であった。


宇宙人の女と話しをしていると、感性というものは自己満足で済ましておくものではなく、外に向けて発してこそということが良く理解できる。さすがはルイ14世の生まれ変わりである。


ルイ14世も可哀そうな人なのだ、当時の無知により全ての歯を麻酔なしで抜歯されてからというもの、食べられるものは限られた煮込み料理だけであった。抜歯した際の消毒のため、焼けた鉄を歯茎に押し当てられたというのだからたまったものではない。


チンピラの男が常々いっている「無知は罪」という言葉がルイ14世の生涯とやけにヒゲの総帥の脳内でリンクする夜であった。



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by amori-siberiana | 2018-01-15 15:40 | 雑記 | Comments(2)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱にあるオフィスでコーヒーを飲んだあと、店内のメンテナンスのため昼過ぎに店へ向かう。その夜のイベントの主催者であるアラタメ堂のご主人から「阿守さん、当日はカウンターのところをステージにしてちゃぶ台を出して欲しいんです」という要望があり、ヒゲの総帥と版画家の万作はカウンターをトランスフォームさせてステージにする。


それにしても北濱にいるとよくわからない横文字をよく見聞きすることがある。インフラ、コンプライアンス、ソリューション、BtoC、アライアンス活動、インバウンド、ASAP、エビデンス、レギュレーション、OJT、オポチュニティ、クラウドソーシング、KPI、コンセンサス、スキーム、セグメント、ナレッジ、ハレーション、フィードバック、プライオリティ、マイルストーンなどなど。もう大人たちでも使いたくてたまらない横文字のオンパレードである。


ヒゲの総帥が中学生の時分、日本のロックバンドが好きになりそういったバンドの歌詞で頻繁に出てくる横文字や見慣れない漢字に目を奪われた日のことを思い出す。イミテーション、レヴォリューション、テンプテーション、アイロニー、メシア、ルシファー、狂気、恍惚、陶酔、覚醒、愛撫、鏡、燃える胎児、サイレント・ジェラシーなどなど。その時代を彩っていた言葉があり、言葉というのは文化の生成において何よりも先行するものなのだなと感じた中学時代であった。つまるところ意味などあってないようなものなのだ。


デッドエンドというバンドの曲に「PHANTOM NATION」という曲があり、歌詞のなかに「伽藍堂の救世主(メシア)」というのが出てくる。最初、いとこからもらったカセットテープでしか曲を知らなかったため、ヒゲの総帥はその歌詞の部分をずっと「伽藍堂の飯屋」だと思い込んでヒアリングしており、なかなか所帯じみたことを唐突に歌うものだなと聴いていた。


伽藍堂の飯屋がどの辺にあるのか解らないが、このブログは北濱にある気がつけば伽藍堂だった喫茶店の話しである。といっても店に何もないわけではなく、ガラクタは幾らでもあるのだが客がいなかったのだ。およそ二人の常連客だけで保っていたような店の話しである。


星師匠もやってきて店のトイレ掃除や階段掃除などを念入りにする。ヒゲの総帥は店の表にイベントを告知するための紙を作成する、万作は舞台にカーペットを敷いてバランスを見る。店内のスタンバイは出来上がったのだが、ヒゲの総帥はなんだかぐらぐらする。少し動けばどうにかなるかと思ったが、どうにもぐらぐらと手が震えるのが止まらないので休憩する。15時からエイリアンと近くのギャラリーで待ち合わせをしていたのだが、それがどうにも適いそうにない。少し休憩してからギャラリーへ向かうこととなったのだが、そのときにはすでにエイリアンはギャラリーを後にしており、タイミング的には入れ違いになってしまう。


ギャラリーでは下着姿の女に巨匠がペインティングしていた、蜘蛛の巣のような黒のラインが彼女の内股に施されているところであった。内股にペインティングするのであるから、自然と女の態勢は椅子に座って股を広げて巨匠と向き合う格好である。つまるところお産をするときのような格好である。なかなかパンチのある光景であった。


ヒゲの総帥はギャラリーを出て店に戻る、開店時間まで20分ほどありシャッターが開いていなかった。万作は風呂にでも行っているのであろう、それを星師匠と店の前で待つことにする。しばらくするとラーメンの男がやってきてヒゲの総帥と話しをする。そのとき「うわっ!」と星師匠が素っ頓狂な声をあげる、どうやら南の空に火球が走ったのを見たという。火球、ヒゲの総帥はこれまでに一度しか見たことがない。ラーメンの男との会話で何とも惜しいことをしたものである、そんなヒゲの総帥の惜別の思いとは裏腹にラーメンの男は「それやから無所属で出馬するなら、豊中市のあたりがええみたいですよ」とマイペースに会話を続ける。


万作が風呂から戻ってきたので皆で店内に入る。しばらくするとアラタメ堂のご主人と学生起業家のダダヤマがやってくる。「お前なんかが何をしに来たのだ」と愛想のないことをヒゲの総帥が笑いながらいうと、「いやいやいやいや」とダダヤマは返答する。「ダダヤマ君にはゲームを覚えてもらって他のお客さんへの説明をしてもらうんですよ」とアラタメ堂はダダヤマ来店の根拠を説明する。ヒゲの総帥はちびちびとウイスキーを飲みながら、おでんを突くラーメンの男と「ガイスター」というテーブルゲームをする。全戦全敗であったが。


アリスがやってくる、ゲームセンス・ゼロの女ことアシムが紀州の女とやってくる。この日は急遽欠場となった作家の平尾先生の淫靡で甘美な名刺をデザインしてくれたのがアシムである。山の向こうからファラオがやってくる、スージーが差し入れとともにやってくる。醤油売りの女がポン酢各種を持ってきてくれ、コミュニケーション障害をスキルに持つブルーグラスの男は俳句詠みの女と生物学博士の女を連れてくる。ライターの男もやってくる。先週、大賑わいの人狼を企画したマスマティックの女が白鳥のように真っ白な女を連れてやってくる。ハイボール前田という上島竜平に似たおっさんも来る、緑の女もやってきて、果実のような名前の男もやってくる。いつの間にかヘルベンツも混ざっている。店内はすぐに百鬼夜行の類の混雑を呈する。常連の不思議な女と探偵のような男もやってきた。常連の不思議な女はありとあらゆるものを忘れて店を出たそうで、星師匠は後を追ったそうだ。探偵のような男はヒゲの総帥にウイスキーをおごってくれた。


そしてこの日、ヒゲの総帥はおよそ10年ぶりにある男と再会することになった。10年以上前、ヒゲの総帥が梅田の観覧車で有名なギラギラした商業施設の最上階でコンサートをしていると、急にヒゲの総帥訪ねてきた男がいる。その男は自分はアイルランド音楽をしており、ある人から阿守に会いに行けといわれたのだと訪問の理由を説明する。その男の名をドーツボ君とする。


ドーツボ君はこの度、ドーツボ博士とランクアップして今は京都でえらく敷居の高い大学の大学院に属しており、法律の何たるかを日夜考えているのだそうだ。このドーツボ君だがどうやらテキサス・ホールデム(7枚ポーカー)を操るのだそうで、そのポーカーを数年前から実際にしたくてたまらなかったヒゲの総帥はこの日にポーカーをしようじゃないかということになった。その呼びかけに応えるかたちでドーツボ博士はポーカーセットを一式、連れの京都の女と一緒に北濱まで持ってきたのである。


ドーツボ博士とブルーグラスの男は元は同じバンドのメンバーである。前者はギターで後者はバイオリンであった。そこにアイリッシュ山本やガハハの女や国防の男などが加わっての大所帯のバンドはとんでもなく愉快な奴らの集まりであった。もちろん不愉快な部分もあったのであろうが、それは他人事なので放っておくのが礼儀だ。


少し遅れてタッキー国王もやってくる。仕事終わりのスーツ姿でやってきており、「すいません、22時には出ないといけないんです。会長のところに呼ばれてまして、運転もありますんで」とアルコールが飲めないことを大いに強調しながらウーロン茶をオーダーする。


店内のテーブルは四つのセクションに分かれた。


【A】ドーツボ博士がディーラーをする、テキサス・ホールデムの卓


【B】ダダヤマが無理やりゲームマスターをさせられたそうな、ワンナイトマンションの卓。


【C】ラーメンの男ことYUJIが取り締まる、コードネームの卓。


【D】アラタメ堂とブルーグラスの男とライターの男がこそこそする、何らかの怪しげな卓。


ヒゲの総帥は最初から最後まで【A】の卓におり仕事をこなすのに必死だったので他の卓のことは全くといっていいほど述べられないが、大体、そういった模様である。ちなみにヒゲの総帥がする仕事というのはタッキーのウーロン茶を飲むことである。タッキー国王がウーロン茶を注文する、こそっとタッキーをエアコンの風が直撃するところに座らせて国王の体内とコップの中の水分を簒奪せしめようとするが、どうにもペースが鈍い。それはそうだろう茶など何杯も飲めるものではない、途中から作戦を変更してタッキーのウーロン茶をそのままヒゲの総帥が飲んでは、タッキーにオーダーを要請するということが合計で16回ほど行われた。なので二人とも腹はちゃぷんちゃぷんであった。


それぞれが目の前のゲームに熱中をする。人と人が時間有限の取り決めのなかで、それに従い遊びに興じる姿はなんとも微笑ましくあり、そして滑稽でもあり、なにより最上の時間つぶしであろう。


ドーツボ博士はポーカーの後に【A】と【B】を糾合させて「アヴァロン」なるゲームをしたいと言いだす。このゲームの面白さは人狼を大いに越えるものであるとロビー活動をするドーツボ博士。それならやってみるかとヒゲの総帥を含めたメンバーでやってみるが、アーサー王と円卓の騎士物語に基づいたキャラクター設定なので、その辺に詳しくない人間からするとキャラの関係性がよくわからない。作家の平尾先生でもいれば狂喜したのかも知れないが、漏れなく円卓の騎士に興味のない鈍感者ばかりだったので場は曖昧模糊とした雰囲気に包まれる。


時間もないのでドーツボ博士の説明を聞きながらゲームを進行する。博士は早口にまくしたてる「皆さん目を閉じてください、暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください。暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください。暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください」。この早口の早いこと早いこと。「マーリンとモルガナと暗殺者のかたは手を開いてください、マーリンだけ目を開いてモルガナと暗殺者を確認してください。マーリンとモルガナと暗殺者のかたは手を開いてください、マーリンだけ目を開いてモルガナと暗殺者を確認してください。マーリンとモルガナと暗殺者のかたは手を開いてください、マーリンだけ目を開いてモルガナと暗殺者を確認してください」。


参加しているプレイヤーは自分がこれから何をするのかまったく解らないのに加えて、聴き慣れない似たような名前ばかりなので何度も自分に配られたカードを確認する。終電の時間が迫るドーツボ博士はどんどん早口になり鬼気迫る状態となるのだが、この様子が面白くてたまらない。目を閉じた数名から笑いが込み上げてくると、葬儀中の笑いと同じでそれはどんどん拡散していき、腹を抱えて笑うものも出てきた。「ゲームマスターのいらないゲームなんですよ」と言っていた博士であったが、博士が進行しないとなんらの議論も起きないし、なんらのアクションも起らない状態であるので、博士はどんどんと鬼気迫りながら各プレイヤーに詰問していく。


「あなたは何故、承認したのですか!」
「いや…、なんとなく」
「あなたが承認するということは、正義の確率を下げることになるんですよ」
「はい…、そうなんですね」
「それでは、次のあなたはどうして拒否したのですか!」
「いや…、なんとなく」
「あなたとあなたはどうして承認するのですか!」
「いや…、なんとなく」


なんとも愚鈍な騎士ばかりで足並みは決起盛んな博士と揃わない、テンションの格差は雲泥であり混迷であり、もうこうなると笑いが止まらなくなる。


「どうか頼むからもう一度、最初のお互いの役職を確認するくだりを言ってくれないか」とヒゲの総帥はドーツボ博士にお願いする。


「わかりました、暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください。暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください。暗殺者とモルガナとモルドレッドは目を開いて、手を開いてお互いを確認してください」


ここで爆笑してしまい、そこからゲームは進行しなくなってしまった。ヒゲの総帥は来月に捲土重来の機会を設定するから、そのときに再戦しようじゃないかと博士に説明して一難から逃れる。


各テーブルがひとしきりしたところで人狼が開始される。グループを二つに分け、ヒゲの総帥とマスマティックの女がそれぞれゲームマスターを担当することになった。すでに酩酊状態のアラタメ堂のご主人は「僕は使い物になりませんよ」との自己宣告により役を回避することとなった。


終電の時間もやってきてそれぞれが帰る。夜も更けたころ、一度は出ていったタッキーが店に戻ってくる。その手には上等の毛ガニが格納された冷凍用のボックスがあった。


「そういえば、先日、どうしても阿守さんにしてもらいたいゲームがあると言ってましたが…」とヒゲの総帥がアラタメ堂のご主人にふると、「ああ、解放者のことですね」と新手のボードゲームが出てくることとなった。


ここは元老院、皇帝カエサルを失脚させて、善良なる共和政治の復活を望むプレイヤーたちの崇高な戦いをゲーム化したのが、この「解放者」なのだ。


が、


ゲームが始まった途端に万作が毛ガニを茹でて持ってきたので、皆、崇高なゲームどころではなく野蛮にもカニに食らいつく。甲殻類の苦手なヒゲの総帥以外はそれぞれ自分の手番が終えたのち、次の自分の手番まではカニの攻略に専心するという具合である。アラタメ堂のご主人などは、カニの爪によって指から血を流しながらでもカニにしゃぶりつくのを止めようとはしなかった。本人がいうには、これでも良き父親なのだというから呆れる。


もちろんのこと、この解放者なるゲームは途中で放棄されることとなった。


やはり、花より団子なのである。狂った夜が散会を迎えたのは朝の3時くらいであった。



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by amori-siberiana | 2018-01-14 16:31 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は封筒を抱えて朝から北濱のオフィスを入ったり出たりと誰もが年始にしているような動きをする。昼になると客から「昼は店にいないのか」と連絡があるので、ちょうど手が空いていたヒゲの総帥はランチ時間のコロマンサへ向かう。締まりの悪いガラス戸を開けると、巫女さんの女たちがいる。一人はヒゲの総帥と顔見知りである。


訊くところによるとこれからバスに乗り込んで北陸へ帰るとのこと、あまり時間はないとのことであるがせっかくだからということで店に立ち寄ったと巫女の女はヒゲの総帥に告げる。ヒゲの総帥は寒いなかよく来てくれたと礼を二人に述べる。二人の本業は北陸で町おこし関連の仕事をしているという、さぞやあちらは寒かろうというと案外、雪は降っていないのだという。


ヒゲの総帥が仕事で地方へ行くときはリサーチのために観光客が絶対に来なさそうな居酒屋やスナックへ入る。そこで地元の人と前後不覚になるくらいまで酒を酌み交わし、大いに語り合ってその地域のことを訊かせてもらっていた。とにかく酒があるのとないのとでは全然違った、酒に頼るのはどうにも情けない話しであるかも知れないが、人類と酒の密接な関係における歴史は深く、切り離せないものである。つまり、酒は簡単なのである。

酒によって成功した事例もあれば、酒によって失敗した人生というのも世の中には枚挙に暇がない。酒に費やされてきた文字や数字は圧倒的な量であろうし、また消費されてきた量も天文学的な数値になるであろう。宇宙人がいるのかいないのか今のところまだ判然とはしていないが、まずは酒を飲めるかどうかであろう。そこから話しである。


ところが世の中には酒が飲めない人間がいる、体質によるものもあれば、ありとあらゆる事情を抱えるものもあるのだが、それは幸せなことである。あんなもの飲まずにいたほうがいいに決まっている。飲め飲めと誘われる席で飲まないのは失敬なのではないか、損をしてるのではないかと思い悩む人間もいるようだが、それは考え過ぎである。飲みたい奴に好きなだけ飲ませておいて、放って帰ればいいのである。付き合いたくもない人間と付き合わなくてはいけない場面は多々あるものであるが、付き合いたくない酒に付き合う道理など一切ないのだから。


巫女さん二人を最寄りの駅まで送り、そのままヒゲの総帥はオフィスへ戻る。戻るとオフィスの前にオフィスの経営者の男と副社長ばかりする男が立っている。もちろんヒゲの総帥ごときを寒中スーツ姿で出迎えに出ているわけではなかろうが、ヒゲの総帥は二人がさも自分を迎えようとしているのだとイメージトレーニングして、「寒いなか、ご苦労さんだな」と二人に声を掛けてオフィスの中へ入る。受付の女たちは笑いだす。


オフィスの席で執務をしていると、副社長の男がコードナンバー0001の男を連れてやってくる。ヒゲの総帥は0001の男に新年の挨拶をする、この男は直属の部下を連れて猫のひたいにやって来たのだが、その部下はコロマンサ・デビューその日、ハイタッチ冷泉だかその師匠の師匠だかに殴られて膝を折っていた。


しばらくするとオフィスを見慣れた顔がウロついている、よく見ると外資系保険の女である。こんなところで何をしているのかと問うと、どうやらミーティング・ルームを使って勉強していたのだという。ヒゲの総帥はぼんやりしてると自分がオフィスにいるのかコロマンサにいるのか解らなくなるときが最近は度々ある。中国が宇宙に飛ばした「天宮1号」が夜空を翔るというのでオフィス内の人間を誘って寒いなか外に出るが何も見えずに終わり、随行者から「期待外れも甚だしい」と散々に言われる。


そのままヒゲと副社長とヘルベンツは三人で店に行く。三人が店に到着したすぐ後にブルーグラスの男、常連のガルパンの男、よさこいの女、そしてアラタメ堂のご主人がやってくる。途中からバレリーナの女と映像クリエーターの男も加わり、賑やかに酒宴がはじまる。しばらくすると斥候の男と東洋の魔術師も加わる。ヒゲの総帥は七輪の横でおもむろにストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」のベジャール版の振付けを踊る。これがなんともヒゲの総帥が踊ると不細工なのだ。


ようやく皆の協力で北濱の猫のひたいにいつもの様子が戻ってきたなとホッと胸を撫でおろすヒゲの総帥であった。


いよいよ、今夜はアラタメ堂のご主人と世界を震撼させる男ことタッキー国王の共同イベントが開催される。アラタメ堂のご主人は今日のことを見越して昨夜は足早に店を離脱していたが、今夜は壮絶な夜になるであろうことは現時点で予測できる。


残念ながら作家の平尾先生はのっぴきならぬ体調により不参加を表明されたので、舘ひろしの歌「冷たい太陽」はなさそうであるが、タッキー国王が泣きながら歌い上げる加藤登紀子の「時には昔の話を」には一聴の価値がありそうだ。


今夜、予約なくてもお越しいただいて結構です。


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by amori-siberiana | 2018-01-13 13:49 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥は北濱にあるオフィスに閉じこもって何かしている。朝から出たり入ったり出たり入ったりを繰り返しているのだが、何をしているのか外から見ただけでは判然としない。実際は何もしていないのかも知れないし、もしくは他人からすれば無意味に映ることでも、本人としては意味合いをもって何かをしているのかも知れない。とにかくこういった輩は放っておくにこしたことはない。急に覚醒したかのように水槽の中をキュッキュッ泳ぎ回る小さい魚のようなものである。


ヒゲの総帥は夜になり店に行く。店に到着すると版画家の柿坂万作がぽつねんと一人で壁画に向かってうんうん唸っている、何か描きだしたと思えば、またうんうん唸るを繰り返す。壁に向かって問答しているところを見ていると、ヒゲの総帥はアル中でどうしようもなかった祖父を思い出す。祖父はいつも酒を飲んでは壁に向かって問答をしていた。


深酔いしては家の中で暴れまわるのだが、あれはあれで気が小さく悪いことができない男なのだと周囲の人間はいっていた。だが、働きもせずどうしようもない男だったことは確かなのだ。


「うーん、阿守さん、よかったら安倍川(もち)でもしましょか」と万作はヒゲの総帥に問いかける、ヒゲの総帥は七輪のところに手をかざしながら「いいですね、いただきましょう」という。「あーーーっ」という間の抜けた声が厨房から聞こえる、「すんません、適した餅がないですわ」と万作はいう。ヒゲの総帥はそういうことに慣れているので「どうぞ、おかまいなく」というばかりでやっぱり七輪を囲んでいる。


なんだか急に安倍川ではなくうどんが食べたくなったヒゲの総帥は店を万作に任せて外へ行く。


店はそこからアラタメ堂のご主人が来てくれたり、ギターを弾ける男たちがやって来たり、常連のガルパンの男が来てくれたりしたとのこと。寒い中なのにありがたい限りである。


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by amori-siberiana | 2018-01-12 17:49 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営しているヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


さて、昨日のこと。


外気は冷たく、雨も降る。北浜の駅からオフィスまでは淀屋橋まで通じる地下道があるので雨の日などは便利であるが、そこから地上にあがり多少は歩かなければならない。といっても多少であるので豪雨でもないとずぶ濡れになるということはないのだが、冷たく細い雨は身体を芯から凍えさせる。寒い寒いといいながらヒゲの総帥はコワーキングスペースの「ザ・ジンクス」に落ち着く。


自然とオフィス内にいる人たちへの挨拶は「寒くなりましたね」というところからはじまる。暑く感じる人間などいないだろうと思いながらも、こうした差しさわりのない会話はとても使い勝手がよい。用事から用事が生まれるのは当然であるが、不用事からもそれを発端にして用事は生まれるのである。


それにしてもどこへ行くにも億劫な感じになる時期である、となると勿論のこと猫のひたいのような店も新年に入ってからというものイベント以外の日は以前に立ち戻ったかのような伽藍堂状態である。ヒゲの総帥はSNSを使って救難信号を発信する、このあたり恥ずかしげもなく「SOS」を叫べるのは、堂々としているのかそれとも自棄になっているのか判断の危ういところであろう。


ヒゲの総帥はひと仕事を終えて店に向かう。店に行くと版画家の柿坂万作と温泉マニアの男が「シン・ゴジラ」を鑑賞している途中であった。ヒゲの総帥はウイスキーをチビチビやりながらボンヤリする、バイオリン王子から教えてもらったスマホアプリで将棋の特訓をしていると、画面が切り替わり登録されていない番号から電話がかかってくる。


「はい、もしもし・・・」
「・・・アモちゃんか」


聞き慣れた声である、半年間ほど久しく聴いていなかった声であるが電話の主は死神であった。死神は明らかに人目を忍んで電話をかけてきている様子である、今さらヒゲの総帥に何の用なのかは判然としない。


もちろん、死神とヒゲの総帥の会話内容などはここには書けない。それはそれは物騒な内容であった、死神は何度も何度もヒゲの総帥に対して自分が連絡してきていることを極秘にするようにと念を押す。ヒゲの総帥は電話を切ったあと、ウイスキーを飲みながら去年一年の出来事を思い出す。


「うーん、なんや怖い顔して、どないしはったんですか」と万作がヒゲの総帥の顔を覗き込む、ハッとしたヒゲの総帥は「いや、なんでもありません」と苦笑する。「なんか、突っ込まんほうが良さそうやな」と万作も苦笑しながら厨房へ引き下がる、温泉マニアの男はいつの間にか退店していた。


しばらくすると、ヒゲの総帥の救難信号に応えてドマツ先輩が店にやってくる。「ほんまに暇ですね!そしたら三人分、飲みますわ」と洒落っ気たっぷりに男気発言をするドマツ先輩。ヒゲの総帥は目の前でセットを飲み続けるドマツ先輩と海の話しをしたり、仮想通貨の話しをしたり、太っていた頃の冷泉の話しをしたりする。


「お話しの途中すんませんが、はい、質問。みなさんが仮想通貨、仮想通貨いいますけど、それってなんですのん?」と厨房から挙手をして質問するのは版画家である。ドマツ先輩は仮想通貨とは何かを万作に向けて説明する。


「うーん、それワシも考えたことありますねん。自分で版画を彫って、それの値段をつけんとどんどん値を上げていったろうと、そないなこと考えたことあります」と得意げにいう万作であったが、その理解は仮想通貨とは何億光年も離れている。ヒゲの総帥にしてもドマツ先輩にしても敢えて版画家に突っ込むことをしないのは、大人の対応であろう。


ドマツ先輩と冷泉が好んで飲む「セット」というものがある。ウイスキーのストレートをハイボールを水代わりに飲むというものだ、人間とアルコールの歴史も随分と古いそうだが酒を酒で飲むというのは、なかなかヘミングウェイ的で粋に感じる。


それにしてもここまで銀行主導で高度な決済システムが整備された日本においてこれほどビットコインなどの暗号通貨が流行るというのも凄い。時間内に限られるとはいえ、振込みすればその日に的確に相手へ送金されるような全銀システムというインフラがある日本国において、現段階で利便性が良かろうはずがないこの通貨の魅力はやはり変動する値段であることは、まず間違いない。金を溜め込んだ旧体質や旧世代に対する金融革命である側面、出自のよくわからない成り金が輩出され、しまいには暗号通貨を利用した投資を呼び込む会社までが設立され、時代は玉石混交、群雄割拠となっている。


もちろんのこと、仮想通貨に特化したブログを運営してくれませんか、記事を書いてくれませんかという仕事の依頼は膨大な量となっている。そこだけ切り取っても世の中の関心の高さを示すものである。そろそろ暴落か破綻かと懸念が囁かれているが、幕の向こう側で仮想通貨狂騒曲の笛の音を吹く者たちはまだ牙を剥かない。まだ、大丈夫だ。


知らんけど。


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by amori-siberiana | 2018-01-11 17:57 | 雑記 | Comments(0)

こんにちは、北濱にある猫のひたいのように小さな店。クントコロマンサを経営するヒゲの総帥こと、阿守のブログです。


十日戎で賑やかになるころはいつも寒々しい日となる記憶がある。会社にいた当時は誰かしらが戎神社に行って福笹と熊手を購入してきては、社内の本棚の上に飾ってあった。しかしいつからか前年の熊手がそのまま飾られていることになるのである。これは特に金に余裕がなかったとか、急に信心や縁起に愛想が尽きたということではなく、ただただ面倒臭くなったのだ。誰が面倒臭くなったのかといえば、それは熊手を購入しに行っていた人物であろう。他のスタッフなどはそういったことに関して全く無頓着であったからだ。


業務引き継ぎ、業務引き継ぎの連続でコロコロと社名が変わっていた会社であったので、そもそもその仕事の根本となった部分を誰がどういったノウハウによって設立し、どこへどのように金をかけて拡大していったのか、途中から入ったヒゲの総帥からすれば今、振り返ってみても謎であった。最初の頃は自身の仕事分の給料さえもらえれば会社の運営に干渉しないでよかろうと社史に関して突っ込んだことを訊いたこともなかった。ところが何年か経過して自分が会社の運営側に回ったとき、そもそもこの仕事を生み出したのは誰なのか?ということを考え出すようになった。


それを知らずして、自分たちの会社が同業種のどのくらいの位置にいるのかもわからなければ、横の繫がりがどうなっているのかもわからない。個人情報を専門的に取り扱うので超が付くほど閉鎖的な環境であり、交流会のようなことがあったとしてもトップ同士が北新地でこっそりという具合だった。飲みの席を避けていたヒゲの総帥などはそういった場へ行ったことはなく、情報開示もされないのでまったくもってチンプンカンプンな部分ばかりだった。ただ、自分のミッションを淡々とこなしていくだけである。


とにかくこのヒゲの総帥は偏屈なところがある。生来の負けず嫌いもあるのだろう、そのうち周囲からもあれは変人だから好きなようにさせておけと障壁を作られる。ある夏のこと、会社の慰安旅行で石垣島と西表島へ行くと決まったときなどは、「オレはそんなところへは行かん」と強情を張る。そして同僚たちが南の島にいる同日、自費で北海道の稚内へ行っては宗谷岬で仁王立ちしてロシアはどこだと目を見張る男なのである。


その次の夏も慰安旅行はあったのだが、そのときも「オレはそんなところへは行かん」と強情を張り、数名の部下を連れて会社に居残っては仕事をする。そしてこういった意地を張ったときこそ、皮肉なことに集中力が増して会社史上におけるとんでもない売り上げを叩きだすことになる。バカとハサミは使いようというが、そのうちの前者を地で行くような男なのである。


さて、昨日のこと。


ヒゲの総帥はいつものように北濱のオフィスへ向かう。途中で南船場のパン屋「き多や」へ寄ろうかどうしようか考えたが、外があまりにも寒いのでオフィスへ直行する。到着するや「阿守さん!」と低く響く声でミカン爆弾の男から呼び止められ、肩を回す健康法を教えてもらい、ヒゲの総帥は素直にそれに従い肩を回す。


「どうです、肩が温まってくるでしょう!」とミカン爆弾の男は一緒になって肩を回す。「そうですね、確かに肩が温くなってきますね」とオウムのように反復するヒゲ。「ひじの先に筆がついてる感じで!その筆で壁に円を書くように!」とミカン爆弾の男はいい、二人の男はオフィスの中でグルグルグルと肩を回している。


しばらくするとアラタメ堂のご主人が自分のロッカーから紙袋を持ってやってくる、ヒゲの総帥がその紙袋をのぞき込むと「狂気山脈」というボードゲームが入っていた。


「アラタメ堂、これが噂の狂気山脈ですか」
「あー、そうそう、これまだ新しいゲームで僕も買ったはいいけれど、やったことがないんですよ」
「ちなみに何人ぐらいでするゲームなのですか」
「えっとね、3~5名というふうになってますね」
「僕とアラタメ堂では二人きりですね」


すると、ヒゲの総帥の視線の15メートルほど先に学生起業家の男ことダダヤマが座って仕事をしているのが見える。誰かと電話で商談をしているようである、口癖は「いやいやいやいや…」というもので、やっぱりこの日も相変わらず口癖を連発しており、アラタメ堂のご主人から「あいつ、何回いやいやいやいや言うねん」とこっそり突っ込まれていたのは内緒である。


ヒゲの総帥はダダヤマのところへ行き「よし、行くぞ」と声を掛ける。何の目的でどこへとも告げられていないダダヤマは「えっ?どういうことなんですか?えっ?」と周囲を伺う目をする。その光景に思わず吹き出して笑ってしまうのはミカン爆弾の男である。「もう仕事は終わりだ、さっさと用意するのだ」とヒゲの総帥は面倒くさそうに声を荒げるが、泣き寝入りする債権者のような声で「すいません、僕、大学のレポートができてなくて…」と現状を告げるのはダダヤマ君。


「どれくらいの量なんだね」
「えっ?」
「何文字くらいのレポートなんだねということだよ」
「ああ、3000字です」
「そんなの分割すりゃいい、自分で1000字、僕が1000字、アラタメ堂のご主人が1000字書いたらそれで出来るじゃないか」
「いやいやいやいや…、おかしいでしょ、いやいやいやいや」


「えっ!?オレも書くの?」と素っ頓狂な声を出したのはアラタメ堂のご主人であったが、書生のダダヤマ君の邪魔もできぬとヒゲの総帥は「じゃあ、よいお年を」とだけ告げて彼の御前を失敬する。「えっ?よい、お年って…」とダダヤマは繰り返すがアラタメ堂のご主人から「つまり、年内にお前に用事はないいうことや」と笑いながら告げられる。ヒゲの総帥の背後では2018年内最後であろう「いやいやいやいや…」が聞こえていた。


アラタメ堂のご主人とヒゲの総帥は店に向かう。到着すると週末に人狼イベントを主催したマスマティックの女がブラックルシアンを飲んで、店の壁に映し出された「君の名は」を見ている。版画家の万作はマスマティックの女に何か頼まれたのであろう、映画は見ずに厨房で何かしらを調理していた。ヒゲの総帥はマスマティックの女に「狂気山脈」を一緒にしないかと声を掛ける、女は快諾してくれた。


「狂気山脈」


どのようなゲームなのか簡単に説明しよう。全プレイヤー協力型のもので共通するミッションがある、プレイヤーたちは狂気山脈にある幾つかのミッションを経由して山頂を抜けて飛行機で無事に帰還するという単純なストーリーである。このゲームの特異なところはミッションを失敗したときに「狂気カード」というものをプレイヤーがひかなくてはならず、そのカードに書かれていることを演じなくてはならないのだ。


例えば


●五七五調でしか話せなくなる

●叫び声をあげながらでしか話せなくなる

●歌うようにしか会話ができない


こういった指示が出てくる、しかも一度設定された狂気は基本的に取り除くことができず、さらにさらにと上乗せでカードをひくたびに狂気の指示が出てくるので、このゲームの基本であるプレイヤー同士の対話ができなくなり、ミッション完遂が困難となるのである。


ゲームの途中にマスマティックの女は狂気カードをひき、とてもおかしなカードの持ち方を唐突にしだす。後になってわかったことだが女のひいたカードには「親指が使えない」と書かれていた。想像していただきたい、トランプでババ抜きをしているとして親指を使わずに果たしてカードが持てるものだろうか。その姿に三人は爆笑する。


そしてこの「狂気山脈」の世界観は小説家ラヴクラフトを継承しているものであり、架空生物ショゴスなども当然のように登場してくる。そういえばDEAD ENDのアルバム「GHOST OF ROMANCE」もラヴクラフト的な世界観だったような気がする。


二人が帰ったあと、ヒゲの総帥は万作に給料を渡しながら「ひとつだけお願いがあるのです」と万作に伝える。万作は眉間にシワを寄せながら「うーん、そのお願いいうもんにワシが応えられるもんかどうなんかそれはそれを聞いてからやないと、なんとも判断できませんので、まずは~(中略)~というのがワシの考えで、話しが長うなりましたけれど…」と返ってくる。どうやら絶好調である。


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by amori-siberiana | 2018-01-10 14:20 | 雑記 | Comments(0)


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