黒ずくめでパンチパーマの男ことハイタッチ冷泉から連絡があり、ヒゲの総帥のクントコロマンサお疲れ様会をしようと誘いがあった。


クントコロマンサを版画家の万作と共同経営して一年、あとは好き勝手にやってくれと店に行かなくなったヒゲの総帥であるが、思えば友人に恵まれた一年であった。この一年の可能性に溢れた日々をこれからは発展させていきたいものである。エイリアンからは「(撤退が)思ったより早かったな!!ハハン!笑」と言われたのだが。


ヒゲの総帥が招かれたのはクントコロマンサからほど近い「さいころ」という店であり、ショウガベースで味付けした鍋が店の看板メニューであるが、大体何を頼んでも美味しいとの噂の店だ。到着すると冷泉とインテリアデザイナーの男、そして少し遅れて不思議な女が食卓に集った。不思議な女と会うのも久しぶりである。


冷泉は話し出す。


「阿守さん、僕、月に何回かですけど、コロマンサで店長しようと思ってるんです」という。インテリアデザイナーの男はホゥという顔をして、不思議な女はクククと笑う。


ヒゲの男はその言葉を聞いてから「冷泉からその話しがあると思ってました、是非とも応援させていただきます」と答える。


そして日にちが過ぎ、いよいよ第一回目の冷泉がコロマンサの臨時店長となる日がやってくる。ヒゲの総帥は自身のイベント「アモリがひとり」なるギター演奏会のあと、みんなと一緒に久々のコロマンサへやってくる。すでに世界の果て会計の無法松先輩、副社長の社長の男、ジローやアハハの女たちや海外里親の男が集っており賑やかにやっている。


青いカーデガンの女とギタレレの女がカウンターに座っていたその後、この日、ヒゲの総帥のギター演奏を見にわざわざ小牧から来てくれた男と、演奏中は団扇で仰いでくれるグアルネリ君とヒゲの総帥はカウンターに居座りチビチビ飲む。デタラメ堂のご主人は無法松先輩や副社長とギャハハとよくわからない話しをしている。


ファラオは奥の間を陣取っている、星師匠、社会主義の国ばかりに行く女、アリス、大学生の女、醤油売りの女たち、そしてアハハの魔女を相手にゲームをすすめる。すすめているのか、暇だから酒の余興になんかしろと女たちに脅迫されゲームを提供させられているのかは判然としない。とにかく女に囲まれたファラオはよく似合う。王であるのに王に見えず小間使いか下男に見えてしまうのだが、それはファラオの柔和な人柄の妙であろう。


冷泉店長は驚くほど真面目に仕事をする。冷泉が店にいる安心感というのは一体なにであろうか、この男がいるだけでおもしろければ店を爆破すらしてもいいような気持ちになれる。たまに食事の注文が入ると呼び鈴がならされ万作が三階から下りてくる、そしてぶつぶつ言いながら料理の腕を振るう。その様子たるや租界地のようであり、ヒゲの総帥は笑う。タッキーから聞いているシンガポールという国のイメージもこれに近いものがあるのだが、まだかの地にヒゲの総帥は行かない。


そんな折、副社長が帰るという。奥の席に陣取る女どもは一斉に「ブログで噂の副社長の殿様のような笑い声を是非とも聞かせろ」とやかましい。ヒゲの総帥は「あちらのお席の人たちがあなたの笑い声を聞きたいとご所望です」と副社長にそのまま伝える、「僕の笑い声を聞かせろって!?それどういうことなんですか、笑。・・・っていうか笑ってもうたし!」と副社長は勝手に笑いだす。奥の席連中は要求が充たされたことによって悦に入る。


「阿守さん、なんか弾いてください」と副社長がいう。無理をいって笑ってもらったのだからギターを弾くことくらい朝飯前である。シベリアンなんちゃらの「世界を派手に連れ去って」という曲を弾く、副社長は静かに聞き入る、その隣の無法松先輩とシミキョウのおっさんも聞き入る。


ヒゲの総帥の背中側にいるアラタメ堂と奥の席の女連中はギャーギャーうるさい。とにかく今しゃべっておかなくては明日は来ないのだとばかりにゲラゲラ笑う、ギターを弾くヒゲの男は条理と不条理の狭間にいるような気がして、その光景を嬉しがる。いつぶりであろうか、コロマンサがこんなに魅力的だと思えるのは。


ここに集うひとりひとりのおしゃべりは、いろんな国の言葉が並んだタペストリーのようであり、それは楽器のようであり、オーケストラの連中が本番の前に控室で出す適当な音出しのようである。だから、期待がある。期待ほど人をワクワクさせることもない。料理の器は期待の最大公約数である。パチンコもスロットも結局のところ期待値を追うだけだと電気工事士の男も税務署の同僚でパチンカスのテッドもいっていた。


帰ると宣言した副社長であるが、いつの間にかそこから随分と飲むことになり、支離滅裂なことを口走りながら千鳥足でコロマンサの階段を下りていった。


冷泉、お疲れさま。


そして、明日の8月31日の夜。また、コロマンサでの冷泉店長に会える。


探偵ナイトスクープに「ハートスランプ二人ぼっち」があるように、コロ冷泉にだってテーマソングはある、多角経営をするギバタ社長の名曲「ココへおいでよ」をどうぞ。


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by amori-siberiana | 2018-08-30 21:32 | 雑記 | Comments(0)

眼鏡をかけた一人の女がテーブルに、そっとカードを置く。その女と向かい合うように座るのはバイオリン弾きの男とヒゲの総帥である。


「・・・これはどういう状況なんすか?」


その言葉を発したのはバイオリン弾きの男である。この男は何の説明もなしにここへ連れて来られたのである。ヒゲの総帥はどうなのかと言われれば、これまたよく解らないままここにいる。ここというのは北濱の青山ビルにあるギャラリー「遊気Q」のことで相違ない。二人の男の目の前にあるのはタロット・カードである。


以前、クントコロマンサの今後を占ってもらったとき、二人の男が真っ裸で握手をするカードが出てきて失笑したものだが、事実そんな感じになったのだからタロットも侮れない。ヒゲの総帥がこの珍妙な光景を写真で撮ろうとすると、「撮らなくてよいのです、カードが機嫌を損ねます」と毅然とした言葉で占い師に注意される。ヒゲの総帥はスマホをしまいこむ。


そもそも、バイオリンの弾きの男はピアノ工房の軍人、そして小説家の男の三人で朝から京都から大阪をなにやら動き回っていた。その後に役所で仕事を終えたヒゲと合流する予定であった。ヒゲもヒゲで北濱のオフィス「ジンクス」で彼らと合流する予定だったのだが、昼どきにギャラリーのオーナーから青山ビルへ顔を出すようにと連絡が入ったので、仕事のあとにまず向かう。


到着するや「阿守さん、タロットしてってくださいな」とギャラリーの女は勧めるのだが、ヒゲの総帥は「すいません、これからすぐ東京の知人と会いますので」とやんわり誘いを断ったつもりだが、「そんなことはいいんですよ」とタロットに参加させられることになる。タイミングよくバイオリン弾きと軍人と小説家の三人が北濱に到着したというので、占い師に少し暇をくれといい、三者を迎えに行く。


それからしばらくすると、この状況になる。


占い師とバイオリン弾きの男とヒゲの総帥である。


「緊張しますね、これなんなんでしょうかね」といいながらバイオリン弾きはカードを三つに分けて、そこからカードを混ぜては引いてをする。占い師の女はニコリともムスッともつかない顔をして、カードの行方を追っては考え込む。


「ゼロに戻らなくてはいけませんね」と占い師の女はいう。バイオリン弾きの男は「いやはや、まったくその通りです」と答える。ヒゲの総帥は隣でゼロになるとは?とキョトンとする。ギャラリーの向こう側で今来たであろう版画家の女の声がうっすらと聞こえる、ギャラリーの女は冷えた茶をカップに入れてタロットのテーブルまで持ってくる。


「次は僕がやる」


そう言ったのはヒゲの総帥であった。


「一度、カードを綺麗にしなくてはいけませんので、お待ちください」と占い師の女はいう。


「ああ、そうしてください。雄作の変な念を払い落してくださいな」とヒゲの総帥がいう。


「あなたね、そういうことを平気で言ってるようじゃあ、カードに嫌われちまいますよ、ねえ」とバイオリン弾きの男が江戸調子で反論する。占い師の女はこの二人のやりとりにニヤニヤする。


毅然とした顔を取り戻した占い師は、「カードに聞きたいことを心の中で思ってください」とヒゲにいう。ヒゲは坊主のようにひとつのことを延々と口に出さずに念じる。そしてバイオリン弾きの男がしたのと同じようにカードをこねくり回す。


占い師の女は地面のさらに下を見透かすような目をする。「それについて、イエスと出ています」といわれて、「やたっ!」とヒゲの総帥は陽気になる。「しかしながら・・・」と占い師の言葉はどうやら暗いところへ行きそうな雰囲気である。


「それをすることについては肯定的ですが、啓示がありません」と占い師はいう。


「啓示・・・」とヒゲの総帥とバイオリン弾きは顔を静かに見合わせる。すると急にバイオリン弾きは失笑しだす、「阿守さん!つまり、そういうことなんですよ。いやあ、コレなんっすか、いいっすねえ」と一人納得してうんうん頷いている。その背後で何やら気配を消しているのは小説家の男であった。通信機器を命にかかわる酸素ボンベのように肌身離さず持つこの男は以前よりちょっと痩せた気がする。


三人は占い師とギャラリーの女に礼をいい青山ビルを後にする。行き先は飲んでも飲んでも酔えないハイボールを低価格で出すことで北濱に貢献する「フクビキ」である。


到着すると宗教画のモデルの女がすでに友人たちと鍋を囲んでいた。「あとで混ざるわぁ~」という声を聞きながら店の奥へ進んで行く。ヒゲの総帥、バイオリン弾き、ピアノ軍人、小説家はまず乾杯をする。


ヒゲの総帥は小説家の男にむかって言葉を放つ。


「お前、純文学を書かんのか?」


「純文学とか読まんもん。それに純文学は売れん」


「売れんでいい、お前が書いた純文学はお前にとって位牌のようなもんだ。金にはならんが、名前はそれによって残る。心が腐ったお前の純文学を読みたい」


「俺もそれに関しては阿守に同調するわ」と心が腐るというフレーズが響いたのかピアノ軍人はグフフと笑う。


「純文学ってどんなん?」


「いろんなのがあるが・・・、月と六ペンスからでも読んでみたらいい」


「あっ、それなら僕でも読めましたよ。僕でも酔えるぐらいですから」とバイオリン弾きは明るい顔を小説家に向ける。


「うーん、読んでみるかな」と言いながら、スマホを取りだして何やら操作する小説家の男。


フクビキで腹を満たした四人はそのまま北濱を歩き、キューバの国旗が光り輝く「ビッグバン」というシガーバーへ移動する。ジローから教わったパルタガスの葉巻に火をつけてモヒートを飲みながら何やら四人の話しは続く。途中からジンクスで遊んでいたデタラメ堂のご主人も加わる。そのうち豚王タッキーもやってくる。


バイオリン王子はデタラメ堂に会うや否や、「僕も人狼に興味が出てきてるんですよ」という。しかしながら自分にこの人狼ゲームは性格的に向いていないんだろうなと付け加え、ヒゲの総帥を見据えながら「この人は(人狼が)得意でしょうね」という。ピアノ軍人も頷きながら「コイツは本物のオオカミやからな、天職や」とグフフと笑う。小説家の男はうつらうつらとしたまま、しばらくすると即身成仏のように動かなくなる。


フクビキに麦わら帽子を忘れたヒゲの男であったが、宗教画のモデルの女一行がビッグバンまで帽子を届けてくれる。せっかくなので一緒に飲みたかったのだが、ヒゲの総帥たちが陣取るテラス沿いの席はすでに葉巻の煙とアルコール漬けのおっさんで一杯なので座れず、断念する。


「タッキーはそれについてどう思うのか」とヒゲの総帥は問う。「それ」というのは残念ながら何なのかは覚えていない。


タッキーは「はい、入り口は二つあると思います」とタッキーは戦略について自己の見解を述べる、デタラメ堂のご主人は云々と頷き、バイオリン弾きはモヒートの氷の下敷きになっているミントをストローで押さえつける。


ピアノ工房の軍人が「お前が好きなU2やシガー・ロスはどうなんや?」とヒゲの総帥に訊く。ヒゲの総帥はクラシックの作曲家ストラヴィンスキーの言葉を引用して「価値を持つ芸術」についての考え方を皆に披露するが、あまり場には響かないようである。


そのまま一行は漏れなく夜を愚鈍に切り裂き歩きながら、誰も脱落せずにピンク&ガンへ向かう。


「なんなんすか、ここ。いい感じじゃないっすか」とバイオリン弾きの男はピンク&ガンを気に入る。暗がりの店に黒ずくめの男が登場してくる、闇に放たれた闇。


そう、冷泉の登場である。


「おっ、つ、つ、土屋さんですよね。ラ、ライブ、楽しみにしてます、グフフ」と絶好調な滑舌の冷泉はドスンとタッキーの横へ座る。小説家の男はいつの間にか復活しており、ゲームセンス・ゼロのアシムご用達のコーヒージントニックをズルズルいわせて飲んでいる。もう今日は疲れ切ってポンコツだと自嘲していたピアノ軍人は少し離れた席で座したまま寝だす。


ピンク&ガンの一番奥の席。ここで会話される話題は常にオーセンティックであり、フェイクでもあるような気がする。


真夏の静かな夜であった。懐かしさと新しさという相反してるんだか一緒なんだかわからない匂いに誘われる、蝶々になったような気分であった。


店を出たあと、ビリヤードの最初のブレイクショットを受けた9つの玉のように、それぞれは散って行った。


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by amori-siberiana | 2018-08-30 00:45 | 雑記 | Comments(0)

「阿守さん、これに参加してみませんか?」


問いかけたのは世界の果て会計事務所を経営する無法松先輩、問いかけられたのはヒゲの総帥。この二人の年齢は同じなのだが、前者が冷泉の先輩でありことあるごとに冷泉が「無法松先輩はヤバイです」、「無法松さんは鬼です」というのを聞き、ヒゲの総帥も面白がって無法松先輩と彼のことを呼んでいる。


その無法松先輩が誘ったのが「地鶏会」というものであった、聞くところによると無法松先輩のセミナールームを利用して時々新聞の高足という男が主催している会なのだそうで、簡単にいえば異業種交流会である。


ヒゲの総帥はその日、取り立ててすることもない算段なので「地鶏会」なるものに参加することを表明する。


当日、エレベーターをあがりガラス張りのセミナールームに到着するとすでに数名が互いに挨拶をしたりしている。それぞれに参加者の法人名と役職が書かれた紙が渡される、A社代表取締役、B社代表取締役など並ぶなか「バンド:シベリアンニュースペーパーの総帥」と銘打たれて紹介されているのがヒゲの男である。随分と突飛なのが紛れ込んできたなとヒゲの張本人は苦笑する。


主催者の高足という男と挨拶を済ませ、ヒゲの総帥は弁護士の男と話しをする。いつしかセミナールームの入り口にある大型ディスプレイにはシベリアンなんちゃらの動画が流れる。こんな気の利いたことをしてくれるのは、ジェトロ(JETRO)のドミニク女史か世界の果て会計の無法松先輩くらいのものであろう。


地鶏会では一人一人の自己紹介のようなものもプレゼンもなく、ただ好きに飲んで食べればいいという自由空間が提供されており、そこいら中で談笑の様子が目でも耳でも聞きとれる。下は16才から上は幾つなのか解らない人たちまでが集まることができるのも、この会に変なプレッシャーやストレスがないからだろう。


そんななか、シルク・ド・ソレイユで通訳をしていた手羽先君と知り合う。シルク・ド・ソレイユというのは世界的なサーカス団であり、本人たちが「ヌーヴォー・サーカス(新しいサーカス)」と呼んでいる、そのショーたるや演出や技巧、芸術性とユーモアにおいて比類なきものである。なぜフランス語なのかといえば、それは本拠地がカナダのケベックだからである。かの地の公用語はフランス語なのだ。


ヒゲの総帥は自身もシルク・ド・ソレイユのメンバーや作曲家たちと多少の縁があるのだということを手羽先君に伝える。そしてシベリアンなんちゃらというバンドの発端に多少なりともシルク・ド・ソレイユが関連していたことを思い出す。


ヒゲの友人のタカハシン・コルテスというゾンビのような顔をした男が「ナンパロケッツ」というライブハウスを仕切っていた頃、彼からヒゲの総帥に連絡があった。なんでも急遽日本に来日してきたバンドが自身のライブハウスでライブをするのだが、あまりに急なので一緒にやるバンドがいないため、すぐ阿守のバンドを出撃させるようにという要請だった。このときはまだシベリアンなんちゃらというバンドではなかった。


その来日したバンドというのがシルク・ド・ソレイユのメンバーだけで結成されたバンドで、ちょうどシルク・ド・ソレイユの日本公演で来日してるので休みの日にライブもするというものだった。一緒に演奏し、そのまま一緒に飲み屋で飲みながら朝方まで演奏し続けた。いつしかシルク・ド・ソレイユのベースキャンプ(簡易の病院や学校まであるのだ)にまで入り込み、飲み続けてバカ話しばかりを繰り返していた。


ちょうどヒゲの総帥のバンドはコロンビアとエイベックスからのサポートを得てレコーディング途中であり、シルク・ド・ソレイユのバイオリニストのセバスティアンにゲスト参加するように誘ってみる。もちろんだと快諾してくれたセバスティアンはその日にレコーディングをすることになる。これまでバイオリンという選択肢がなかったヒゲの総帥には彼が参加してくれた一曲を聴いたときの衝撃が凄かった。


これはとんでもない曲になるぞと思ったのだが、実際にとんでもないことになった。レコーディングが終わった頃、タッキーから連絡が入り「アモさん、もしかしたらこの曲が主要ラジオ局のヘビーローテーションになるかも知れません。今、会議で東京事変とアモさんのバンドのどちらの曲でいくかが話し合われているそうです」と教えてくれる。結果、東京事変を抑えてヒゲの総帥がしていた聞いたこともないバンドの聴いたこともない曲が抜擢されることになった。


そこからいきなりバズり出す。


これまでのようにライブに来てくれ来てくれと友人やそのまた喋ったこともないような友人に声を掛けることをせずとも、自然に客席は埋まるようになっていく。ラジオをつけるたびにあのバイオリンの曲が流れつづける。ライブでもあの曲はまだか、あの曲はまだかと言われるようになる。


ところが、このバンドにバイオリンはいない。しかしながら、このバンドのアイコンとなった曲にバイオリンは欠かせない。なんたる矛盾であろうか。バイオリンのいないままライブをしていたが、どうにも求められているものと提供できているものに差を感じる。このままではいかんとヒゲの総帥は考える。


そんななか一大披露となるワンマンライブの日程は迫ってくる。ヒゲの総帥は東京のライブハウスで出会った男に連絡を取る。この男はそういえばバイオリニストであった、もちろん土屋雄作である。「雄作、悪いけど一曲だけ参加してくれないか」とお願いすると二つ返事でOKをくれる。窮地は脱した。


そしてライブは大成功となる。この日のパフォーマンスは素晴らしいものであった、雄作のバイオリンが鳴りだすや客席でダイブがはじまるのだ。音楽が人を熱狂させているというよりも、熱狂が音楽というキッカケに乗っかって表出しているという具合のものだった。


ヒゲの総帥の父親はこの日、初めて自分の息子の演奏を見たのだが、郷里に帰ってからというものこの日に見た光景を周囲にずっと話していたそうだ。「これまでバイオリンって静かに聴くもんかと思っていたが、あれは闘争や、戦え、戦えというてきよるな。あれは見れてよかった、田舎でおったらいかんなあ」と。


なんという名前のバンドなのか忘れたが、このバンドのこの曲が正当に演奏されたのは後にも先にもこの一度きりであった。


このあとすぐにバンドは解散する。ヒゲの総帥にとっては悲しいものでも惜しいものでもなかった、何故ならばもうすでに次に出すべき音が頭のなかでぐわんぐわんと鳴っていたからである。寝ても覚めてもそれが鳴り続けるので、これはどうにかして形にしておかなくては生きた心地もしないものなのだ。


そして、シベリアンなんちゃらがはじまることとなる。


この時点でメンバーは自分と雄作以外、まったく決まっていなかったのだが。


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by amori-siberiana | 2018-08-26 10:57 | 雑記 | Comments(0)

8月の過酷な暑さに頭も気持ちも動かなくなった、文字どおり夏バテのヒゲの総帥。そしていつの間にかヒゲの総帥本人よりも情報を飛ばしてくれる自称302才のギャラリーの女が仕掛ける、謎の演奏会。


名付けて、【アモリのつもり 沈黙(シリーズ全四夜)】。


シリーズ第三夜は「ヒゲの幻想交響曲」と題されている。


毎回、猫の目のように展示物の変わる遊気Q。そのツタの絡まる大正レトロな青山ビルにて散々冷たい麦茶を飲ませてもらうだけだったヒゲの総帥がいよいよ立つ。


入場はもちろん無料。命にかかわらない程度のチップ用の小銭があればそれで十分。是非とも奮っての皆さまのご来場を心よりお待ちしております。




そこにあるのはエアコンとギターと


ギャラリーの展示物とパイプ椅子だけ、


食べものどころか飲みものも出ない。


マイクもなければ


メロディーすらない。


あるのは完全和音と


不完全和音の響きと、ヒゲだけ。


ヒゲの総帥こと


阿守孝夫という男は、


果たしてミュージシャン


といってよいのだろうか。



お問い合わせ


takaoamori@yahoo.co.jp



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by amori-siberiana | 2018-08-24 19:11 | Comments(0)

北濱にあるオフィスのザ・ジンクス。ここにはいたって真面目で風変わりな人たちが集まる。キタでもないミナミでもない天王寺でも新大阪でもない、北濱を選ぶような人たちなのだからそれはそうなのだろう。風変わりといっても奇人変人の類ではない、どちらかといえば枠にはまらないスケールの大きな人たちである。発想が独特な人たち、さらには健康的な野心すら持った人たちである。


ひとつの場があるとする、宗派はなんでもよい。場というのもオフィスでも喫茶店でもバーでも体育館でも国会でもシリコンバレーでもなんでもいいのだ、そこが魅力を持って光りだすかどうかは、豊かな人材がいるかどうかだけである。人材は水脈である。


去年、ジンクスで受付をする宗教画のモデルの女にひとりの男を紹介された、それがアラタメ堂のご主人。この男の紹介については既に何文字も使用しているので、ここでは控えるがそもそもは「人狼」と「ロック音楽」を皮切りにお互いが話すようになり、互いのユーモアを肴に飲み明かす日が続いた。


その発展形として始まったのがアラタメ堂の挑戦状である。




◆2017年9月16日 第一回


【てつやの挑戦状 アラタメ堂の知性を超えろ!カードゲーム大会】


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◆2017年10月21日 第二回


【てつやの挑戦状 人狼三昧 誰も俺のミスジャッジを止められないの巻】


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◆2017年11月18日 第三回


【アラタメ堂の挑戦状 人狼三昧 デスレース2017】


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◆2017年12月23日 第四回


【アラタメ堂の挑戦状 怒りの鉄拳 /人狼とボードゲーム大会】


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◆2018年1月13日 第五回


【アラタメ堂とタッキー国王からの挑戦状】


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◆2018年2月10日 第六回


【アラタメ堂の挑戦状 カーマ・スートラへの道のり編】


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◆2018年3月17日 第七回


【アラタメ堂の挑戦状 たどり着くのが遅すぎて溺れるファラオを救えなかった哲也編】


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◆2018年4月14日 第八回


【アラタメ堂の挑戦状 クントコロマンサ (ファイナル)】


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これまでは会場をヒゲの総帥が手がけていた猫のひたいのように小さい店「クントコロマンサ」として開催されていたが、今回は違った。いよいよ中途半端にも記念すべき第九回大会として、二人が迎合した場所、ジンクスにて生まれたイベントがジンクスに里帰りするという趣向だ。


◇2018年8月04日 第九回


【アラタメ堂エキスポ 哲楽】


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アラタメ堂のご主人とヒゲの総帥ではイベントの名義が違うが、それは二人で話し合って敢えてそうしたそうである。同じイベントであっても前者には前者の、後者には後者の目的があるのだ。参加する側の人間からすればやることは一緒なので名称など別段どうでも良いことであろう。


ヒゲの総帥には好きなことがある。


それはヤクザの本拠地が新年やハロウィーンなどには鋼鉄の門扉を開いて、周辺の人たちに餅を配ったり、仮装したりして一緒に楽しみ時間を共有することとか。寺で普段は見られない御本尊を特別拝観として、一定期間のあいだ公開するとか。皇居の乾通りで毎春開催されるの桜の一般公開とか、そういうものが好きだ。なぜ好きなのかといわれるとそこに謙虚さと器の大きさが見られるからだ。


謙虚さというものほど、それを表すのにセンスが問われることもない。そういうものは言葉遣いやお辞儀ではどうにもならないことである。器の大きさというのは度量のことだ、人はその場の持つ度量と覚悟に惚れるのである。


普段、ジンクスでは仕事が行われている。周辺に住む人もあそこが何をしているところなのか、なんとなく想像では知っているが来てみたことはない。当然だ、そこに用事がないのであるから。用事や自分にとって必要性がないところに魅力を感じるほど多感な人間が現代にいるだろうか、この情報過多と宣伝や喧伝で溢れた世の中に。


ヒゲの総帥が「リンクス日曜、趣味のじかん」でしたいことはジンクスの公益の事実化のみである。言葉にすると難しそうだが、簡単にいえばそこに居を構えることへの妥当性の構築だともいえる。いつもならジンクスに用事はないけれど、たまの日曜日には面白いことをしているそうだから行ってみようという流れを作る試みである。


それが作為的にならないのは、このイベントに係る人たちが直接的であれ間接的であれジンクスと関わっているからである。全然見たこともない人間がジンクス内部で日曜日にイベントをするのとは意味合いも見た目も歴然の差である。先述したようにいろんな人間がおり、いろんな職種の人間がいるがたまにひとつのことで団結するのは魅力ではないだろうか。


のび太とジャイアンも夏休み映画の大長編のときには互いに協力する。お互いがお互いのよいところに着目してそれを伸ばそうとする。そしてコミュニティの生存確率を引き上げることに貢献する。そこには確証バイアスのような大人の手段は入って来ない。あらゆる弁証法すら無意味である。そういった難しそうな漢字のものを突き破る爽快感をスクリーン前のヒゲの総帥は子供心に感じていた。


それは今も変わらない。


自称302才のギャラリーのオーナーがイベント当日、初めてジンクスにやってきた。魅力ある佇まいの青山ビルを本拠地に長年にわたってこの北濱の地にいる女はこういった。


「行ってみてよかった。素敵なところじゃないですか、あそこならまた行ってみたいと思いますよ。なんだか曲げわっぱみたいじゃないですか」


曲げわっぱというのは、木を曲げた弁当箱のことだがギャラリーの女から出てきた言い得て妙な例えにヒゲの総帥は腹を抱えて笑う。「曲げわっぱとは巧く言いましたね」と返すと「だって、そうじゃありませんか」とギャラリーの女も笑う。


あそこ(ジンクス)では次に何が行われるのだろうか。その日が来るのが楽しみだ、と思ってもらえるようになれば、勝手に名など四方八方へ飛んで行くものである。


皆がそれまでにどこかで培ったものを最大限に発揮できる機会。本来の自分が求めているものと出会う機会、自分は何をすることによって笑えたり怒ったり、人と限られたものを喜んで分かつ合うことができるのだろうかという謎。


イベントにてヒゲの総帥が手に入れた記念の盾は、こっそりとなんらの違和感もなくジンクスの棚に飾られている。その光景をみてアラタメ堂のご主人とヒゲの総帥は笑う。



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そこにジンクスの度量の大きさがある。


これを続けていけば知らぬ間にジンクスはありとあらゆる人にとって、記憶に残るものとなり守られるべき対象となるであろう。


なにより、一番楽しんでいたのはアラタメ堂とヒゲの総帥を引き合わせてくれた、この女なのかも知れない。


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ジンクスへのイベント里帰り、たっぷりと武者修行をして帰って参りました。


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by amori-siberiana | 2018-08-12 15:27 | 雑記 | Comments(0)

日々、日記をつけることは良いことだと思う。そもそも自分が何を感じて、何を考えて、そしてそいつは一体何であったのかということを牛のように反芻することは、記憶のなかに埋もれた栄養素を抽出することにも繋がる。しかしながら、あまりそうすることへの度が過ぎると、よけいな毒素も吸収してしまい自家中毒や自己陶酔に陥るフシもある。


でも、日記をつけることは良いことだと思う。


ヒゲの総帥は自身の実家に帰る。フランス人の都市計画者ポール・ヴィリリオの論文に触れてから、またこのヒゲの男が自由になる金を失ってからというもの、どこか遠隔地へ行くには時間の許す限りゆっくりと行くことにしている。そうすることで安上がりになるのなら、一石二鳥である。


ヴィリリオはいう、人はどこかへ行くのに時間を使わなくなった。その一般的に無駄だと思われている時間にこそ、我々が忘れてはならない何かがあるのではないか。便利になることと無駄の均衡をきちんと保てることが、すなわち人から愛される街やその都市の重要なセンスになるのである。


姫路までは早く行ける、そこからの電車は悪質なストーキング行為のように播磨地方と瀬戸内を彷徨い、そして大きな橋が架かった海賊の末裔の町に到着するのである。何かを考えよう、何かを感じようとして電車に揺られるのではなく、電車の心地よい揺さぶりと線路をひた走る速度感のあるガタンゴトンという音によって心から何かがこぼれ落ちてくる感覚だ。


高砂市の辺り、いつも気になっていた岩肌がむき出しの山々が見える。明らかに周辺の風景とは一線を画するその光景に、ヒゲの総帥は行ったことのないウェールズ地方のスノードンを重ねて心のなかで嬉々としている。地質的に密集して森林が育たないとみえるその山々は、まさに荒野と呼ぶに相応しい佇まいでそこに腰を下ろしているのである。


実家に到着する、到着早々に母親からハサミを渡されてトマトの収穫を促される。ウッドデッキのある縁側には日よけとしてブドウのつるが絡んでおり、風にゆらゆらと揺れている。小さな庭はしっかりと手入れされており、レンガで区割りされたところには貧弱なスイカの実がなり、反対側にはレモンの木。そして歴代のペットたちが土の中で眠るあたりには立派なイチジクが実をつけていた。食卓に戻ると、今先ほどまで養分をたっぷりと茎から吸っていただろうヒゲの総帥が収穫したトマトが並んでいた。


「今日は誰が来るん?」と母親は息子に伺う。


「今日は誰っちゃ来んで」と息子は答える。


このヒゲの生えた男は実家に帰ったはいいものの、いつも賑やかに友人たちを呼ぶのが常であったので母親もそう訊いたのであろうが、今回の帰省はそれでよいのだ。そろそろこの親子が一緒にいる時間は少なくなってきていることに二人ともが気づいているのだ。言葉にすら出しはしないが、お互いが同じことを考えていることなど、すぐわかる。ハサミで切り離されてからでも40年の付き合いなのだから。


ギターを弾いては、寝て、起きてはギターを弾いてを繰り返す。そしてたいしてオチもつかない話しをどちらからともなく話しだす。


「年寄りが持ってくるもんは食べんほうがええんやきんな」


「どうして?」


「お母さんや、いろんなもんようけ人からもらうけど、年寄りが持ってくるもんや、賞味期限が当たり前のように切れとんやきん。この前やって婆さんがアンタこれ持って行きいうて、ハムくれたんじゃがな。これは上等なハムやきん、嫁に見つからんうちにはよう持っていきいうてもろたんはええんやけど、要冷蔵のもんやのに常温やし賞味期限が2年前に切れとるんやきんな。あれ、お供えもんでずっと仏壇の前に置いとったんやろなあ」と母親は最近の珍事を語りだす。息子はケラケラと笑う。


「そのハムほんで、どよんしたん?」


「お母さんが食べたがな、めちゃくちゃ火を通して焼いて食べたわ。おいしかったわ」


息子は焼いたハムにかぶりつく母親を想像して、またケラケラと笑う。笑い終わるとギターを弾きだす。まるで音を貯金しておかなくてはという具合にブロンズ弦をつまびく。


何日目かの昼過ぎに母親は自分の思い出の場所へ行きたいといいだす。特に用事もないので息子のほうも了承するが、それはまあまあ山深いところなのだ。息子のほうにすれば子供の頃からその地へはよく連れて行かれていた。山と湖しかない、それ以外は寒村ともいうべき集落がそこにあるのみだ。


その場所の名前を「富郷(とみさと)」という。


賑やかな国道から逸れて山脈の方へ向かう。くねくねと曲がる山道をしばらく車で走ると、車が一台しか通れない古びたトンネルがあり、それをくぐると富郷のあたりである。だから目的地へ行くのに時間はそんなにかからない。子供の頃はもっと長い道のりだと感じていたが、大人になり日本全国いろんな道を走るようになってからは感覚が多少なりともアバウトになったのかも知れない。


母親のほうは自身が学生時代にこの辺り出身の友人がおり、よくここまで遊びに来てはそこの家のかまどでご飯を炊く手伝いをしたり子守りをしたりして過ごしていたのだと話す。息子の方はこんな駅のないところまで、県をまたいでどうやって来ていたのかと想像を巡らせるが、想像が面白いので実際はどうしていたのかは敢えて聞かなかった。


富郷に到着するとそこには金砂湖というのがある。今でこそダムが出来たことにより整備されているのだが、昔はもっと野趣あふれた風情のある湖だった。そして湖の少し上流へ車を走らせると「法皇ダム」という人工物が現れる。


ここにあるのはそれだけだ。花火大会があるわけでも、なんらかのアクティビティが恒常的にあるわけでもない。母親に訊いてみると、どうやらこの湖ではバス釣りが有名なのだというが、バス釣りにまったく興味のない息子の関心は他にある。山間の風が湖の絶妙な翡翠色の水面を撫で、この親子の顔に吹きつけてくる。直接的ではなく山間のあらゆるところを経由してからやってくる風は涼しくも柔らかい質感をしている。風に質感があるのだなと改めて知る。


コンクリートで組み立てられたダムという巨大建造物と四国の山脈。この二つの相反するモノと自然の在り方に、イスラエルの建築家のダニ・カラヴァンの作品群と似たものを感じる。


「どうも気になる」とヒゲの生えた息子はいう。


「何が気になる?」と母親はもちろん聞き返す。


「これだけ何もないところなのに、それにしては名称が極端に派手だ。富郷とか金砂湖とか法皇だとか、まるで盗賊にここには財宝があるから獲りに来てくれといわんばかりじゃないか」と息子はバス釣りとは違う関心事を母親に話しだす。


「そういわれれば、これまで当たり前すぎて気がつかんかったけど、確かにそうやな」と母親も首をかしげる。


「本当に何かあるのなら、それを隠そうとしたり呪いや祟りが降りかかるから行くなというネガティブ・キャンペーンを張るはずだ。ここはその逆だ。つまり、ここに注目して欲しいといわんがばかりの名前を付けてるような気がする」と息子のほうは独り言でブツブツいっては勝手に納得している。


「近くに民俗資料館のようなものがないかな」と二人で探してみるものの、自宅を出発する時間が遅かったので近くにあったとしてもすでに閉館する時間であろう。


四国山脈には謎が多い。


歴史から忽然と消えた流浪民や安徳天皇の生存説、イスラエルの秘宝を隠す剣山まで行くとさすがに行きすぎな気がしないでもないが、歴史というものは自分たちの想像など遥かに超えて、おもしろいストーリーを人知れずマグマのように蓄えているのかも知れない。


母親は今でも忘れない人間の絶叫を聞いたことがあるという。


1963年の10月20日。夜中に母親が寝ているとこの世のものとは思えない絶叫が村中に響くことになる。この険しい四国の山を越えて連続強盗殺人犯(のちに、死刑)が自分の家の隣の雑貨屋へ押し入り、そこの主人の頭を斧で割ったのである。奇跡的に主人は一命を取り留めはしたが、その獣のような絶叫たるや母親の耳からいつになっても離れることがないという。


息子のほうも若い頃に四国の山を巡る人たちのドキュメンタリーを作った。その取材の過程で、「私は人殺しです」という若い男と会った。今でも当時のインタビューをしたときの音声データはあるが、そのとき以来聞いていない。そういう話しを改めて検証するにはまだ覚悟が足りないのであろうか。


木を隠すには森に隠せという。それでも山間からの優しい風は誰にと特定することなく平等に吹いてくる。大切なものなど、ここにはとっくにないのだと言うかのように。流れる水の突き刺すような冷たさは、生きていることの確かさを教えてくれる。



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柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
    縁の下では蜘蛛(くも)の巣が
    心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
    路傍(ばた)の草影が
    あどけない愁(かなし)みをする

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いてゐる
    心置なく泣かれよと
    年増婦(としま)の低い声もする

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ





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by amori-siberiana | 2018-08-11 21:27 | 雑記 | Comments(0)

命にかかわる暑さの恩恵に与る私たち。それはもちろんヒゲの総帥と自称302才のギャラリーの女も日本に住んでいる以上は例外なく一緒なのである。そんな暑さの最中にヒゲの総帥がギターを抱えてギャラリー「遊気Q」で演奏会を催すこととなった。


名付けて、【アモリのつもり 沈黙(シリーズ全四夜)】。


シリーズ第二夜は「悪魔と契約した田舎者」と題されている。


毎回、猫の目のように展示物の変わる遊気Q。そのツタの絡まる大正レトロな青山ビルにて散々冷たい麦茶を飲ませてもらうだけだったヒゲの総帥がいよいよ立つ。


入場はもちろん無料。命にかかわらない程度のチップ用の小銭があればそれで十分。是非とも奮っての皆さまのご来場を心よりお待ちしております。




そこにあるのはエアコンとギターと


ギャラリーの展示物とパイプ椅子だけ、


食べものどころか飲みものも出ない。


マイクもなければ


メロディーすらない。


あるのは完全和音と


不完全和音の響きと、ヒゲだけ。


ヒゲの総帥こと


阿守孝夫という男は、


果たしてミュージシャン


といってよいのだろうか。



お問い合わせ


takaoamori@yahoo.co.jp


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by amori-siberiana | 2018-08-03 22:19 | イベント | Comments(0)

「お前、ジンクスを解約したのか?それで今後は契約しないのか」


歌舞伎の睨みのような顔をした男がヒゲの総帥にいう。この男の名前はボロンビー、国内と海外でピアノを売りさばくブローカーであり、ピアノ工房の軍人とブログ内では称されている。朝夕問わず、干ばつの日も、嵐の日も新聞配達をして学校へ行っていた苦労人である。


皆がそれぞれ青春を明るい日差しのもとに謳歌していた頃、この男は日照権すらないアパートで小銭を貯めていたのだ。学校を卒業したあと、その貯めていた金でアメリカ(カリフォルニア州)へ留学することになる。この男とヒゲの総帥は同郷で25年の付き合いになろうというではないか。地球が太陽の周りを25回もまわったのだ。


先の問いに対してヒゲの総帥はこう答える。


「仕方がない。この1年以上ものあいだ或る法人がジンクスへの費用を出資してくれていたのだが、その法人にとっての実務的な功績を僕は何もあげていないのだからね。支援を打ち切られて当然だよ。それに・・・」


「それに?」


「それこそ1年前とかなら10年契約だとか大きな見栄を切っただろうし、また切れたのだろうけれど、今は当時とは違う。他の目的があったとはいえ現実的には役所勤めの下っ端で金銭的な余裕が一切ないのだ」とヒゲの総帥は刺身をつまみながら話しをする。


「お前がこれからしようということに、ジンクスは必要不可欠なのではないか」とボロンビーもジンジャーエールを片手に詰め寄る。


「そりゃそうだ。気のいい奴らのほとんどはみんなあそこが縁で出会った奴らばかりなんだ。それにジンクスのオーナーにはGoogleのような企業を輩出したいという理念がある、そしてそれができる場所だと僕は感じてるのだ。四国の人間なんだぞ、理想と志だけで十分ではないか」


「お前がそう感じるんならそうなんだろう、お前自身はどうなのだ?」


「僕のなんだ?」


「お前がしたいことにはジンクスが必要なんじゃないのか」


「北濱の独立のことか?もちろんジンクスがあるのとないのでは全然違う。ジンクスにいる人たちから出てくる独立独歩の精神というか意地のようなもの。好き勝手に生きるには、好き勝手に生きるだけのリスクが伴うが、それでも自分らしく仕事をして生きようとする気概と熱量をまとめあげればとんでもないものができる。実際のところ政治的な独立など興味はない、僕がやりたい独立は自分たちで世界に通用するものを作り上げることだよ」


「お前にできることは?」


「簡単だよ、音楽でグラミー賞でもかっぱらってきて仲間と一緒に記念撮影してジンクスの棚に飾るよ。この時代を必死に生きて、みんなで獲得した勲章だ。と一言でも添えようかね。ただし、音楽だけでは世の中何も変わらない、みんなの力が必要なのだ。そしてそれがどれだけ俗であれ、形として残ることが大切なのだ。それは熱量が形となっているものだからだ。誇大妄想の風狂だと思うかね」


「ふむ・・・」とピアノ工房の軍人は刺身をつまむ。ヒゲの総帥は同席している電気工事士のヤマトコさんにビールを注ぐ。この三人にあと東京に住むバイオリン王子、そしてカメラ屋の息子、最後に小説家の男を加えるとシベリアンなんちゃらというカクテルが出来あがるそうである。


「俺がお前のジンクスの金を全部出そう」


軍人がそういう、ヒゲの総帥は「えっ?」という顔をする。


「お前がしようとすることにジンクスは必要だ。しかしながら、今のお前にその余裕はない。なら、俺がお前に出資する。お前はジンクスにいたほうがいい、いや、おらんといかん」


ヒゲの総帥は言葉を失う。


・・・。


今から何年前であろうか、ヒゲの総帥が日本よさらばと欧州へ行くとき。ピアノ工房の軍人から一枚の封筒を渡された、その封筒にはこう書かれていた。


―(日本を出るまでに)開けたら、殺す


言われるままに封筒を開けずに日本から出ていろいろ巡った。タイに行って、イギリス各地を巡り、スイスへ行き、イタリアへ行き、オーストリアへ行き、ドイツに行ってパリまで来る。金が無くて死にそうになったとき、例の封筒を思い出した。


開けたら殺すと上品とはいえない文言が書かれた封筒を開けると、日本円の紙幣が入っていた。その紙幣を見た瞬間、ああ、今日を生きられると実感した。人からのありがたみを全身全霊で実感した。


心をモノへ、モノを通じてまた心に還元することを教えてくれたのは、彼ではなかっただろうか。


開けたら、殺す。はヒゲの総帥にとって永遠の名言である。誰もがそう感じるわけではないのだが、名言というものは発する本人が発しようとして出たものではなく、受け取り手がそれを名言と捉えて、また残そうとするかどうかである。


さて、このイベントについて書きたい。



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https://www.facebook.com/events/414723152379222/



8月5日(日)の昼に、ジンクスで日曜趣味のじかんと銘打たれたイベントが行われる。ここで行われるのはゲーム会であるが、語弊を恐れずにいうと、ゲームなど正直どうでもいいのである。


アラタメ堂がいる、マンホーさんがいる、タッキーもいれば冷泉兄弟もいる、チンピラや無法松先輩も来るかも知れない、小説家も来ればデザイン関係の人間たちも来る。まだまだいる、書き出せばジンクス・オールスターのようになるであろう。オールスターといってもその辺にいる人たちと何も変わらない、上もなければ下もない。


みんなが集まる。集まって何をする、ゲームでもしようか。という会なのだ。


夏、田舎の親戚の家へ行ったりしたとき、いとこや子供同士で家にあるこれまでに何度もしたゲームをしなかった人がいるだろうか。同じ顔ぶれで何度もしたゲームだが、それは飽きることなどない。


それはゲームというものが、飽きないように面白く出来ているからだ。


面白いことをしよう、だからゲームをする。ココへおいでよ。


是非、5日の日曜日にジンクスへ来ていただきたい。抱腹絶倒して喜怒哀楽を爆発させる、おっさんとかお姉さんとかがそこにいるだけなのだから。


ココへおいでよ。ココというのは今回に限って『THE LINKS』のことなのだ。





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by amori-siberiana | 2018-08-01 20:04 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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