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昼頃にデンマークの首都コペンハーゲンに到着する。


ようやく自身の持参してきた服装と外観が一致したようになる。ドバイからぐっと北上する途上、イラクのバスラとバグダッドの上空を通った。通ったというよりスルーすることができる、アメリカ軍の介入によって地上の地獄と化した地域を何の遠慮もなく通過することができるのである。私はなんだかとてもおかしな感覚に陥る、段階を踏まずして回り道するわけでもなく、目の前に横たわる問題を解かずにクリアしたような不整合を感じた。イエスとアラーを信仰する人たちが抱える諸問題について、なんらの回答を持たぬ私が通り過ぎたといった違和感。


実際のところ、いちいちそのようなことを考えていては一歩も前に進めないのだが、見て見ぬふりをするという行為すらもそこにはなく、ただ、予定にありませんということで無視されるという性質を持つ。


コペンハーゲンの空港に到着したときには体調は高熱と鼻水などで最悪となっているが、そのまま地下鉄に乗り込み「クリスチャンハウン駅」まで向かう。空港からコペンハーゲンの中心地までは非常に近く、地下に潜るまで眺めることができる車窓からは赤を基調としたレンガ造りの街並みが目に入る。裕福な国はどこも似ている。ロシアの文豪トルストイは、「幸福な家庭は互いによく似ているが、不幸な家庭はそれぞれの流儀で不幸である」という名言を残したが、まさにこのコペンハーゲンはその前者という具合である。


街並みはコケティッシュで美しく、チャーミングで洗練されている。暖房も最強のものであり、快適な生活空間を保証している。収入は安定しており、人々は笑顔が絶えない。雪はあたかも街そのものがケーキであるかのように、粉砂糖として下界へ降り注がれるのである。お菓子の国というのはこういうところのことをいうのだろうか、つまりそれ以外には何もない。


私はコペンハーゲンの中心地に興味があるわけではない、もちろんアンデルセンにだって食指はそそらない。私が興味を持ったのはコペンハーゲンという街のなかで、自治を持っている「クリスチャニア」という集落のみである。これだけ恵まれた国において何を独立したいことがあるのか内情調査と現場視察をしたくてたまらなかったのだ。私が北浜という地をどのように扱っていくのか、現状では迷っており何とかキッカケが欲しいのだ。思考の脱却を求めている。生々しさを求めてる。


日本中、どこに行っても「奇跡」、「天才」、「絶景」などという語句の処方箋がスーパーにて叩き売りのように陳列されている。これは病んでいるのだ、個人が病んでいるのならば別段医者にでもかかればよいという範囲であるが、集団として(特に都市部)病んでいるのが顕著である。言葉が病んでいる。なぜなら謙虚さと羞恥心を失っているからである。


理想の言葉の用法が何かといわれれば、それは電報である。料金の節約のために、意味を明確にするのに不要な全ての語を省いた電報。私はこの移動における文面をそのように心掛けて組み上げていこうとこの随筆を書きだした。


さて、先述した自治領クリスチャニアについて説明をしておこう。


◆国名:クリスチャニア (Fristaden Christiania)
◆建国:1971年
◆面積:34ヘクタール ※感覚的にはアメリカ村と同じくらいではないか
◆人口:850人
◆公用語:デンマーク語
◆政府:無政府主義 (アナキズム)


元々は軍の所有地でそこにホームレスたちがやってきて、気がつけば自分たちのコミュニティを作っていたという世界中のどこにでもありそうな場所ではある。ところが、ここへヤコブ・ルドヴィクセン(職業:ジャーナリスト)という知能が入ることにより、単なる土地はヒッピー文化、さらには社会的アンチテーゼを持つ人間たちの思想の場所へ変わることとなる。つまり、この場所が特別な場所であり容易に権力が立ち入れないよう、国際的な認知を得たということでもある。


実際のところ日本でもこういうところはあった。私の周辺でいえば西成区もそうであり、事実このクリスチャニアを見て回ったがよく類似しているなと感じた。しかしながら、西成が世界的な認知を得ていたなら、またそのような知性が育っていたならば、西成は国際的に「NISHINARI」となれたのにと勿体なく思う。日本人が気にするほどに外国人が西成のキナ臭さを嫌がるわけがない。そのあたりの倫理観や道徳観、簡単にいえば対外的な見せ方という面に関して日本は常に欧米の後追いであるので、施策にしたところでいつもチグハグなのである。


最初、ある携帯会社のCMを見たとき、私はそれを制作したのは気が違っている人間ではないかと驚いた。犬のことをお父さんと呼び、流行のものであらば何でもかんでも受け入れ繋がるという仕組み。そのタコの足のように吸着力を持って周囲へすべからく絡まっていく戦略模様に気色悪さをとことん感じた。私はこの不気味に触れた一瞬を忘れはしない。それは私の知らない神を崇める異教徒の儀式を見せられた日であるのだから。


日本で世界地図を買うと、いつも日本が真ん中にあるので私たちは自意識過剰に日本を演出してしまうのではなかろうか。日本以外の世界地図を手に入れて広げてみたとき、なるほど私たちが住むところは世界的に見て、ガラパゴス化しているのに。なればこそ固有種としての強みや発想の違いを世界にぶつけてみればよいのである。


いつから、私たちは外国人になりたがってしまったのだろうかと考える。外資を受け入れたときからなのか、それとも戦争に負けてからなのか、想像の翼は幾らでも広げられるのだが、どうにも想像ばかりで持論の根拠が薄いことでこの議論は解決を見ない。柔軟性と節操の無さの境界線に引かれる一本の線は、その時代、その時代によっていつも揺れているのである。


クリスチャンハウン駅を出てから、北上する。石畳の道路はところどころシャーベット状の雪があるのだが、歩きにくさを覚えることはない。私はこうした移動をするとき地図は使わない、地図はいつも頭のなかに入れて暗記しているのだ。それで対応できない場合は往来を行きかう人を観察して、その街の流れを読む。これについては若い頃に国の内外問わずウロウロしていた経験が生かされる。勘というものは間違いも引き起こすが、過去の経験の集積場でもあるわけだ


クリスチャニアに到着して自治領の中へ入る。老若男女が寒々しい空の下で昼間から酒を飲んだり、大麻を吸ったりしている。この時期、日照時間の少ない北欧の空はすっきりと晴れることはなく常にどんより曇っていて、そして何より空気は乾燥している。壁にはあらゆるところに落書きがなされている。薄汚いところである。


私は率直にクリスチャニアにがっかりした。多分、1971年の建国当時はその時代性もあり有意義であったのだろうと想像することができるが、今となってはここになんらの意地やプライドが稀薄となっていることはすぐにわかった。誰かが勝ち取った権利を無駄に長引かせて享受しているのみだ。


建国の父ヤコブ・ルドヴィクセンなる男は今どこでどうしているのだろうと、新たな課題を私は得ることとなった。彼については調べる時間がもう少し欲しい、現段階では資料が全然足りないのである。


私は何を期待していたのだろうか、自分の自由のため、生々しい人生を送る人たちが見たかったのだろうか。チェチェン独立派を引っ張ったシャミル・バサエフや、イランのホメイニ、キューバのカストロ・・・。私はこれまでに様々な人と出会ってきた、もちろん世の中に名を残すような人とも会ったことがあるが、いずれも納得のいく答えをもらったことがない。そもそも自分が何を問うているのかすら、判然とはしていないのかも知れない。しかしながら、私はいつも私自身の内なる声に突き動かされる。


多分、私にある信念は、まだ私によって言語化されていないのかも知れない。その信念によって自分が動いているのはわかるのだが、それについて形質化した認識を持てないでいる。齢も40才となった、そろそろ得体の知れない自身の信念に近づかなくては如何ともしがたくなってきているのだ。問題の先延ばしはできない、一刻の猶予もないのである。


信念とは何か、生きる力であり意志の強さである。意志の強さと強情なのは全然違う。私はどちらかといえば後者の方が強い、そんなことだからいつまで経っても何も手に入らないという焦燥感を持っているのかも知れない。そんなとき自浄作用の本能が働くのだろうか、私は移動する。ここではないどこかの風景を見ておかなくては呆けてしまうのだ。仲間に囲まれて、人に恵まれている状態に安心しきっていると外がよく見えなくなってしまうのだ。


なんら収穫のないクリスチャニアを出て、そのまま朦朧とする意識のまま歩く。小便をしたくなった、地下鉄の駅に座り込むホームレスに「トイレはどこなんだ」と問う。


「そこいら辺りをぐるっと回って、できそうなところで用を足せばいい」とホームレスは教えてくれる。人間の率直な回答は社会人たる私にはなかなか受け入れがたいものがあることを大いに恥ずる。答えは簡単なのだ、その簡単なる答えに辿り着けないようにしているのは何なのか。結局、私は尿意をずっと携えたままコペンハーゲンの街を何キロか歩き、失禁しそうになりながら資本主義のアイコンたる百貨店に逃げ込み、難なくを得る。


私はクリスチャニアのことで頭が一杯だったので、この日の宿のことに頓着しておらず場所がまったくわからない。インフルエンザの影響もありこれ以上の歩行は困難ということでタクシーに乗り込み、宿と住所を伝えてそこまで運んでもらう。宿にチェックインするといよいよインフルエンザは最高潮となり、外にも出られない状態となる。しかしながら、手持ちの市販の薬を飲むにしても胃の中に何かを入れておいたほうが良かろうと考え、宿に併設されているレストランで食事を摂る。


白身魚のマリネ、ラザニア、ポテトとハンバーグを頼む。これだけ体調不良なのに大いに食欲はあるのがまだ救いだ。ところがこのデンマークの物価の高さたるやとんでもないことで、会計のときに日本円で1万円近く払わされることとなった。


余計な金を使ってしまった。まだ、どうやら呆けているようである。そう、この呆けを修理しに来たのでもあった。


クリスチャニアが自分の求める北浜でのモデルケースになるのであれば、ここに長居してもよいと考えていたが、それが今のところ違うとわかった時点で私は次の移動のことを考えていた。




友人ふたりと道を歩いていた。日が沈んだ。空がにわかに血の色に染まる。
そして悲しみの息吹を感じた。僕は立ち止った。塀にもたれた。
なにをするのも億劫。フィヨルドの上にかかる雲から血が滴る。
友人は歩き続けたが、僕は胸の傷口が開いたまま、震えながら立ち尽くした。
凄まじく大きな叫び声が、大地を貫くのを聴いた。


エドヴァルド・ムンク


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by amori-siberiana | 2019-03-31 19:50 | 雑記 | Comments(0)


私のメッセンジャーへ送付されてきたチラシと一緒にお知らせいたします。


ツタの絡まる北浜の青山ビル、その一画を占める「ギャラリー遊気Q」では4月17日(水)から5月15日(水)までの一か月にわたり、


『猫化』 読み:ねこばけ


と、名前が打たれたイベントを開催いたします。


猫にまつわる作品を一堂に集めてのまさに猫・猫・猫の猫まみれとなります。猫化の期間中には皆さまが猫に化けた写真をいただきまして、誠に勝手な判断によるコンテストをいたします。コンテスト優勝者にはギャラリーオーナーから豪華なにかあるかも知れません。


送り先は→    yukikyu1@me.com


さらに4月27日(土)のお昼からはギャラリー内にて、三郷サイコロクラブを主宰するファラオ師による猫にまつわるボードゲーム大会が開催されます。クッキーとお茶がついておひとりさま500円にて参加していただけます。せっかくの土曜日です、皆さまでファラオを見殺しにしないようにいたしましょう。


そして4月29日(祝)にはシベリアン・ショートヘアの阿守さんによるギターの演奏会が基本無料で開催されます。


どうぞ皆さまお誘いあわせのうえ、北浜へ足をお運びください。


キャッチコピー:


作品がネコに化けてる?

えっ?

ネコが作品に化けてる!

んなこた、

どっちでもいいよ!



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by amori-siberiana | 2019-03-30 14:34 | イベント | Comments(0)

早朝の5時45分。


ドバイ国際空港に到着する。明けがた前ということで砂漠は漆黒の闇に包まれているが、空港内は不夜城のように世界中のあらゆる地域からやってきた人間たちが時間の概念というものは、すでに機能していないかのように動き回る。それもそうだろう、世界中のいろんな時間を持ち込んだとしてもここでは効力を発さない。気温は日本からあがって22℃を指し示している。


しかしながら、私の格好は中東の国にはいささか沿わないものである。友人のタッキーにお願いして、彼が持つなかで一番の防寒着を拝借してきているのだ。つまるところ私の目的地はここではなく、まだ先である。


トランジット(乗り換え)が2時間なのだが、この初めてきたドバイという空港の広さと面白味のなさには驚いた。どこを歩いても同じところを繰り返し歩いているような錯覚を覚える、養殖真珠で有名な御木本幸吉がこのドバイにおける零細真珠産業を徹底的に潰したおかげで、早い段階から真珠の養殖から手を引き産業政策の方向転換をすることとなり、今の国際都市ドバイの形成の一翼を担っているというではないか。


洋の東西と中央の金融および流通の中継地として成功したドバイには、人間が幾ら金を持ったところでそれを全て使い切らせるだけのタフさと欲望が備わっている。そしてそれらは特権と選民意識を露骨に表面化させたエンターテイメントによって総括されている、ここまで俗化した街に踏み入れたことはなかったが、金のない私にとってここは祈りの場所でもなければ、愛すべき街でもなく、ただただ自身のステータスを正当化させることを是とした場所のように思えた。


それほど気持ちの良いくらいに、金を持つということについてスポットライトを浴びせかけてくれる街なのであろう。遠くに空を突き抜けるかの如くに幻惑的に輝くブルジュ・ハリファなる建築物は、バベルの塔を思わせるに十分なものであった。


空港のあちこちに「2020 EXPO」と掲げられたポスターを目にする。この天然資源に恵まれたレンティア国家が日本人からするとナンセンスに映る首長制を固辞できるのも、すべては他にはないものをたまたま持っていたからである。自信の根拠の要因は必ずある。アラブ首長国連邦というのはその名のとおり、7つの首長国がまとまった連邦制にて成立する国家であるのだが、それは完璧な世襲制にて引き継がれている。


大統領を輩出するのはナヒヤーン家(アブダビ首長)、副大統領はマクトゥーム家(ドバイ首長)が代々、その国政の任に就いている。


議会の国民評議会と名がつけられ定数は40議席。先述したナヒヤーン家とマクトゥーム家がそれぞれ8議席で合計16議席を持ち、残りの24議席は以下のようになる。


◆ナヒヤーン家 8議席 ◆マクトゥーム家 8議席 (合計 16議席)

◇シャールジャ家 6議席 ◇ラアス・アル=ハイマ家 6議席  (合計 12議席)

●アジュマーン家 4議席 ●ウンム・アル=カイワイン家 4議席
●フジャイラ家 4議席 (合計 12議席)


連邦予算の8割をアブダビが供出し、あと1割をドバイが供出。残りの1割を連邦政府の税収によってまかなわれているという具合である。つまるところアブダビ首長の保有する石油収入が政府の財産であり、財産の供出の大きさは発言権の大きさにも比例する国家である。この国に政党などはなく、参政権はあるものの首長から選出された人間のみが参政権を持つ形であるので、結果的にそこに「国民選挙」の実態などはない。あくまで対外的に現代の潮流を意識した体裁の整え方のように感じる。


といってもこの国で暴動は起きない。国家が国民の労働と税金に頼ることなく運営できており、国民が現状に負担を感じることがなく、また欧米諸国とは違った首長と国民などの語り合い文化(マジュリス)が残っており、西洋的な価値観における民主化を大きく求めることがないのだ。そもそも民主化されていない国が「悪」などというのはどこの誰からもたらされた価値観なのか。宇宙を創造した誰かのマニュアルに、民主化以外はダメと書かれているわけでもあるまいに。


石油の収入においてアブダビ首長から遠く引き離されているドバイ首長からすれば、このドバイという経済と流通の中継地点、そして金融商品取引の最先端として結果を残したことは大きな一歩である。石油に頼らずに生きていく一つの方法を示唆したことは評価されるべきである。


だが、しかし、もしも石油が今、枯渇したならばこの国はどうなるであろうか。先述したように連邦を維持する費用の8割が明らかに失われることになるのだ、人間が果たして自己の肉体の8割を失って生きていられるものであろうか。そんなことを考えると、ドバイに輝く光というものは、いつか来たるべき日に今のところ手の打ちようがないことを訴えるサイレンのようにも見えるのだが、あまりにもそれは悲観的であろうか。


2020年の世界万博でドバイが何を打ち出すのか、私には興味がある。そこに彼らの意地が見えるような気がするからだ。彼らこそ悲しき時代の岐路に立って、アラブの旗をどのように未来に掲げるのかもがいているように思う。広い空港、何度も同じところを巡っているような感覚、これはまさに砂漠ではなかろうか。


砂漠で問われるのはいつだって、生きるか、死ぬかである。人とも会わず、資源にも巡り合わず、水も得ない状態で営業ができるのか。ビジネスの根本は何かと何かを交換する古代の市場にある、交換できるべき何物もないところに自分が立ったとき、自分はどうするのであろうか。



日本は民主政治をする国である。そこに至るまでどのような道のりがあったのか、さらに政治家を志そうという人間にはどのようなタイプの人間が多いのか、ここについては非情なるほど冷徹な目を私は向けて然るべきだと考えている。旧ソ連のKGB(国家保安委員会)の職員採用でもそうなのだが、その任に就きたそう、つまりこの場合だと政治家になりたそうな奴というのは一番危険な種類の人間であり、そういった者には近づかず忌避するのが最適である。これは歴史が教える事実である。


事実、プーチンなどはKGBの職員になりたくて仕方がないので、自分から売り込みに行くことなどは絶対にしなかったという。



掘っても掘っても黒い液体しか出ない、私たちは何千年も水を探し求めているのに。努力する人は見つけることができる。そして、種を撒き、育てる人は、収穫することができる。


アラブの古いことわざ



預言者ムハンマドは裕福な商人として12年のあいだ、人々の尊敬を集めて暮らした。ところが、彼は商業都市メッカが抱える様々な矛盾や、心満たされない何かを感じて、一人で砂漠の中へふらりと出て行った。彼はヒラー山の洞窟にこもり、祈りや瞑想にふけることとなる。


クルアーンより


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by amori-siberiana | 2019-03-29 23:23 | 雑記 | Comments(0)

2019年04月07日(日) 【リンクス日曜 趣味のじかん】いよいよ開催


1999年にアメリカで開催されたウッドストックなる音楽イベントをご存知であろうか。名だたるミュージシャンがずらりと顔を揃え、放火や性犯罪や熱中症などのトラブルも枚挙に暇がないという良くも悪くも凄まじいイベントであった。私などはテレビで見るに留まっていたが、その熱気たるや当時のブラウン管からもこちらへ伝わってきた。もう、むちゃくちゃである。



そこで初めて「Korn」というバンドを見ることになった。このインパクトがとにかく凄かった。拘束服のようなものを着用するギターリストが無機質な音を奏でるなか、明らかに我々とは異質なモノが人間の姿をして、所在なさそうにステージ上をウロウロしている。アディダス特注の光沢のある黒い上着と、黒いスカートに白いハイソックスといういでたち。スコットランドの民族衣装と当時で最先端のファッションを組み合わせたボーカリスト(ジョナサン・デイビス)の姿に目を奪われた。そこには魅力しかなかった。


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ジョナサンの「Are You Ready?」のダミ声が群衆へ吐き出された瞬間から、何万の観衆はただの人の塊から異形の芸術造形物へと変容する。生きる群衆、解き放たれた魔物の肉体の一部を垣間見るような衝撃の瞬間であった。ずっとテレビの前で鳥肌が立ちっぱなしであった。




ジョナサンはこのように囁く。
(※歌うのではない、囁くのだ。船場吉兆の女将のように)



You don't know the chances
あんたは知らへんねん、俺にはチャンスなんかあれへん

what if I should die?
俺、死んだほうがええ?

a place inside my brain, another kind of pain
俺の脳の内側からもたらされる苦痛

You don't know the chances
あんたは知らへんねん、俺にはチャンスなんかあれへん

I'm so blind
もう何も見えへん

blind, blind
見えへん、見えへん

Another place I find, to escape the pain inside
どこに行っても痛いのから逃げられへんわ




・・・



それから、20年が経った。



今、何も見えない苦痛から逃げようとする男がいる。


ここ数日を胃腸炎にて棒に振ってしまったアラタメ堂のご主人である。



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そして、タイミングを同じくして肋骨にヒビが入り胸の苦痛に悶える男もいる、談合チンコロクラブを主催するファラオである。




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実はこの二人は付き合っている。



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この二人の苦痛を抱える男たちが、自身の生命を賭して限界を超えてまで開催されるイベントが、「リンクス日曜 趣味のじかん」である。リンクスっ子である限りはこのイベントを避けることなどできないのである、魚が水から出ては生きられないように、絶対的な神との契約というべき行事なのである。



前回のワイン会に続き、今回は大好評のアナログゲーム会である。アラタメ堂のご主人とファラオが世界で一番輝く日であり、なにより北濱のコワーキング・スペース『THE LINKS』が一般にも開放され、一日中アナログゲームで遊び呆けられる大祭なのである。是非とものご参加を宜しくお願いいたします。



これが北濱のウッドストックだ!



詳細はココ!






勝負は正々堂々、受けて立つ!ウィーワークよ!かかってこい!




※もちろん、おなじみのリンクスのオーナーことマンホーや豚王はもちろん、皆のことを殴り飛ばしてくれる全身黒ずくめの男こと冷泉も参加です。その冷泉を殴り飛ばしてくれるチンピラの男も参加です。










by amori-siberiana | 2019-03-28 23:38 | イベント | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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