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・・・・。




ふと目が覚めたのはヒゲの総帥。停車した車の後部座席でしばらく眠ってしまったようである。カツオの藁焼き体験のあと、チンピラ御一行はそれぞれが夕食までのあいだ時間を潰すことにしたのだ。塩けんぴを買いに行くものもあれば、塩けんぴを買いに行かないものもいる。


チンピラの男とヒゲの総帥はディエゴの運転するレンタカーに乗り込み、ガソリンの調達を開始することにした。といっても調達の意向を見せるだけで、実際に調達の任を拝命したのはディエゴ君である。彼は大役を仰せつかったとて嫌な顔ひとつすることはない、常に背筋を伸ばして溌剌とした返答をするので付き合っていて気持ちがいい。時代が時代であればヒゲの総帥は、彼のような優秀な青年を特別攻撃隊に参加させるよう是非ともと熨斗をつけて推薦したことであろう。


今の時代のナンセンスは、ほんの少し前の時代の「粋」でもある。日々、雲が流れて浜へ押し寄せる波が違うよう、アジサイがその花の色を土壌の性質によって変えるように、そのときどきで正しいこと、間違ったことの範囲は移ろうのである。昨日まで一汁一菜だったものが、次の日にはホテル阪急のバイキングを食していたところで、節操のない奴だと後ろ指さされる筋合いはないのである。


調達してきたガソリンの入ったポリタンクをディエゴが貸主であるガソリンスタンドへ返却に行っているあいだ、ヒゲの総帥は午睡した。起き続けているので体がしばし眠れよと訴えかけてきたので、脳は原告の訴えを受理したのだろう。


起きて周囲を見回すとチンピラの男が車外にてなにやら電話をしている。内容から察するに一般道で事故が起きており、車の往来が制限されているためポリタンクを返却に行ったディエゴの到着が遅くなっているとのことが解った。


「アイツ、なんかするんちゃうかと思ってましたけど、やっぱりやってくれましたね」とゲラゲラ笑いながらチンピラの男は寝ぼけ眼のヒゲにいう。聞く人が聞くとまるでディエゴが発端となっての事故のように思うことであろう。だが、この状況において「もしも、ディエゴがいなくても起きていた事故なのか?」という仮定について誰も何らの説明ができない以上はディエゴ君への責任の有無は司直に委ねることとなる。我々ではどうすることもできない。


善人はそれが確実に自分の犯した罪でなかったとしても、もしかして自分が原因になっているのではないかと思い悩むものだと、ドストエフスキーがなにかの本で書いていたような気がする。そういう意味を踏まえて自分の周囲の人間を見渡してみると面白い。


アラタメ堂のご主人はどうか、これはまず自分は無関係ですよと逃げることが想像できる。忌部はどうか、カラカラと笑いながら「それは理屈が違いまっせ」と取り付く島を与えないであろう。ギバタはどうか、貼りついた目をしてギャーギャー言いそうでこれまたややこしい。チンピラの男はどうか、これは事故の根本にある事故を起こした人たちの精神性や学術的何らかの議論となり、その見た目も相まってすぐには解放してくれなさそうなので、もうひとつ面倒臭いことになるだろう。


冷泉はどうか、この男はこの男で絶対に自分が関与していないことでも、「僕が・・・やったかも・・・知れないですね」と言いそうだ。現場の人からすれば「あなたは誰!?」となり、厄介になること必至であり騒乱に巻き込まれても「楽しい」と泥酔していそうである。


このとき、ディエゴを待つにはそれなりの理由があった。というのも、チンピラの男がドラムセットを持ってきているので、それを細君のご実家へ搬入するための重要なスタッフなのである。ディエゴはこのチンピラの細君のご家族と懇意であり、「ご家族に良くしてもらっています」と誇らしそうに言っていた。このような好青年が嫌われるはずもなかろうに、とヒゲの総帥は思う。ドラムを叩くのはチンピラの息子のトラ君である。


ディエゴの合流が見込めたのでチンピラの男は運転を開始する。ヒゲの総帥はやっぱり後部座席でうつろうつろしている。道中、車にて松林を抜けているときチンピラの男が声を掛けてくる。


「アモさん、ここに有名な作家さんが足を運んできたそうです」


チンピラの男の視線の先にあるのは「上林 暁」の記念館であった。なんとなく名前は知っているというくらいの反応しかしないヒゲの総帥であったが、やはり気になったので後日この作家について調べることにした。


田舎から東京大学へ行く人間が出るだけでも、これはセンセーショナルなニュースなのである。ヒゲの総帥の実家でもそれは同じだ。ヒゲの総帥の中学時代に当時のガールフレンドの兄が東大に合格したことがあり、田舎の皆は静かに大騒ぎしていたのを覚えている。しかしながら妹はそういう周囲からの視線に常々苦言を述べ、距離をおいていたような気がする。


防砂林であろうか、その中をゆっくり風と同じ速度にて車を走らせながら、地方から舞い上がる砂の一粒を感じる。その熱量はこうして記録となり記念となり、祖国にて後の世を俯瞰しているのだ。ここでは上林暁、ヒゲの総帥の母の故郷ならば大平正芳といったところだ。


チンピラの細君の実家に到着する。


脇を線路が走る、この線路はずっと香川の故郷まで繋がっている。この線路は自身の幼い日の記憶と繋がっている。


最寄り駅の近くに「中村駅」という駅がある。ヒゲの総帥のような昭和生まれの四国の人間からすると、この中村という駅名にはある種のノスタルジーが浮かぶのではないだろうか。それもそのはず中村というのは長きにわたって四国の鉄道の最果てを示す名詞だったからだ。あたかもイギリスでいうところの「ランズエンド(地の果て)」、中国でいうところのラサや敦煌、ロシアでいうところのムルマンスクという錚々たる地名たちからくる芳香と同じである。四国しか知らない人間からすれば、どんなに宇宙が広かろうが地球が大きかろうがと説かれても、それは実感の湧かない他人事であった。


ヒゲの総帥は特急列車の行先に「中村」と書かれているのを見るたびに、中村というところにはどんな国があって、どんな民族がいて、どんな文化や言語があるのだろうかと想像することを楽しんでいた。自分が大人になって良かったことの第一義は、まさにこれまで漠然としたイメージだけを抱いていた事柄についての実地検分ができるようになったということである。


早速、乗車券を買い中村へ向かったとき、自分が地の果てと思い込んでいた中村のその先があり、そこにはすでに宿毛(すくも)なる駅ができて愛媛県の宇和島と繋がっていることを知った。中村よりは宿毛の方が先だから、そこで下車しようかと考えたものの列車の本数が少なかったため、なんの用意もしていなかったヒゲの総帥はそのままどこにも下りずに四国を半周してきてしまったのだ。


それから数十年。


今、こうして自分は憧れの場所にいるという多幸感がヒゲのおっさんを襲う。ニタニタしてくる。縁あってこれよりこのヒゲの生えた異邦人は憧れの地にある民間人の家へお邪魔させてもらうという僥倖にめぐりあう。縁があるからゲストとして迎え入れられ、縁がなければ泥棒として迎え討ちにされ、この縁の有無での壮絶なる対応の違いだけでも「縁」や「知遇」というのはいかなる宝よりも貴重なものであることを知る。


人生わからないものである、小さい頃に憧れていた線路のレールとこうして再会できるとは思いもよらなかった。ここは小さい頃、ヒゲの総帥にとっての世界の果てであり、憧れの場所だったのだから。


庭に置かれていた木製の手作りのテーブル、このテーブルへ集うものが「和む」ことを意識した作り手によって制作されたものだと感じた。



僕らは、自分のすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない

ジョン・レノン




by amori-siberiana | 2019-05-23 13:12 | 雑記 | Comments(0)

雨がぼつぼつから、ザーになりかけていた。海からの雲はたっぷりと水分を含んでいる。その雲は四国という島のほぼ中央を東西にずどんと貫く四国山脈を越えられず、そこで雨が落ちる。この山脈が原因で島の南では多雨、北では雨不足という極端な気候を生み出した。四国には深田久弥がまとめた日本百名山が二峰ある。


修験道を極める人たちが信奉する石鎚山(愛媛県)と、古代イスラエルの秘宝が眠るといわれる剣山(徳島県)である。前者は歴史的事実であるが、後者は史実的に未確認である。ヒゲの総帥は後者の調査へ向かったことがあるが、結果的に登山など全くしたくもない豚王タッキーをダマして、ぜーぜーいいながら山の頂上まで連れて行っただけで終わった。怒り心頭で不機嫌なるタッキーは山小屋でヒゲの総帥にかけうどんを驕ってくれなかった。自分だけ、ズズズーとうどんをすすっていたのだ。


高知と香川に百名山はないが、こういうときは愛媛と徳島の山に対して親戚のような気持ちになる。僕の親戚に偉い坊さんがいるんだよとか、私の親戚に金持ちがいるんだよという気持ちと同じである。他者が受ける栄誉に少なからず自分も関係があるのだという人懐っこい気質を見せる。逆説的ではあるが、仮にこの両県(愛媛・徳島)が何か不祥事を犯したならば、同じ四国でも彼らとは全然違うからと斬って捨てるのも早い。四国は今でも斬り捨て御免の文化であり、中央集権との繋がりをもつ人間は雲の上の人というイメージがある。


どういう経緯があったのか失念したが、同じく四国出身のダダヤマがやっている「株式会社いいでやんす」の話しになった。いいでやんすはホテル・民泊の清掃業をしている会社だ。


「俺もダダヤマ君に先駆けて自社の事業で清掃業やってたんですよ」とギバタが水浸しになった半袖のスーツで歯をガチガチさせながらいう。寒いのだろう、そりゃそうである。


「そう、彼(ギバタ)もやっていたんですよ、確か株式会社そうでやんすという名前でしたっけ?」とヒゲの総帥がいう。


「おっ!来た!そうでやんす」とアラタメ堂のご主人は指差ししながら乗ってくる。悪だくみしているときのチャーミングな顔だ。


「違うわ!適当なこというな!こっちもプライドあんねんぞ!」とギバタは平面的な貼りついた目をして怒り一同の笑いを制する。その顔が鬼瓦のようでこれまた愛くるしい。


そういえば全身黒ずくめの男、冷泉の姿を浜辺にて一度見た。皆が海に入ってしばらくしてだろうか、ヒゲの総帥たちのいるテントの横から冷泉がぬっと出てきたのだ。酒を飲んで寝て、さらには寝足りていないのだろう、唇は明太子のようになっており、目は開いてるのかどうかわからない状態であった。そこで会話があったかどうか忘れてしまったが、そのあと、すぐに姿を見なくなったので今回の登場は特に意味はなかったみたいだ。


サーフィン組の(チームA)と、それ以外のチーム(といってもA´とBしかないのだが・・・)はこのあとの昼食で全員集合することになる。実際、ヒゲの総帥などもこの時点で誰が何人いるのか正確にはわかっていなかったのだ。


昼食は『カツオのたたき 藁焼き体験』となっており、これは全メンバー参加となっている。雨も強くなってきたので浜辺のテントを撤収させて、空き地の駐車場へ移動する。そこから各人がここへ来たときのようそれぞれの車に乗り込むのだが、一台だけひっそりと息をしていない車がある。言わずもがな、ヒゲの総帥が乗ってきたガス欠のチンピラの男の車である。


ヒゲの総帥とチンピラの男はディエゴの車に乗り込む、冷泉とアシムは各位どこかの車に乗ったのであろう。それぞれの車がカツオの待っている場所へ移動する。


道中、運転手のディエゴが神妙な顔をしてヒゲの総帥に質問する。


「これ・・・阿守さんに質問してみたかったんですけど、サーフィンを音楽に例えると、どんな感じになりますか?どんなジャンルかなと思って聞いてみたんです」


「やかましい!」


「すいませんでした!」との返答を最後にディエゴの質問タイムは終わる。チンピラの男はこの模様をみて腹を抱える。


チンピラ一派はカツオの藁焼きを体験させてくれる店に到着する。さっきまで降っていた雨はあがり、ゴールデンウィークを我々と同じように満喫しようとする家族たちでにぎわっている。店舗の半分が食堂、もう半分が藁焼き体験会場となるコンクリートの地面に会議室でよく見かける長テーブルが所在なさそうに立っており、まな板と包丁もセットされている。屋根はあるのだが、ほぼ屋外である。いや、これは屋外である。ドラム缶を半分ほどに切った焼き場がある、おそらくあそこでカツオを焼くことは容易に想像できた。


一派はそれぞれエプロンをつけさせられ、頭にスカーフを巻き火野正平のようにする。今回、カツオの藁焼きをインストしてくれる男は二名おり、一派もそれに準じるかたちで二手のグループに分かれる。


ヒゲの総帥のグループについてくれたのは、小柄でしっかりと日焼けをしたこれぞ海の男という感じであった。新鮮な魚、そして新鮮な方言がここには息づいている。小柄な男はカツオを丸ごと三本ほど持ってきて、解体の仕方を教えるという。我々にレクチャーをはじめる小柄な男、声のキーが非常に高い。高いといってもオフコースのそれとは違う、大酒をかっくらうであろう濁声で高い。ギターのカポを9フレットに装着するよりまだ高いという印象的な声色であった。


「株式会社ずっとゼロ」のギバタがハイトーン親父のレクチャーを受けながらその声真似をするのがまた面白い。ちゃ・ちゅ・ちょなど「拗音(ようおん)」のアクセントが強いのだ。そのちゃ・ちゅ・ちょの賑やかしをBGMに「株式会社 擬音語(ぎおんご)」の債権さんが包丁を握りカツオの腹をぐいと捌いていく。


包丁に鮮血ほとばしるその様子をへえーともすんともキャーともいわずに、ただただ見ている女性陣。丸々と太ったカツオはどんどんその身を包丁にて削がれていき、魚屋などでよく見るカツオの形になった。


一人一人が包丁を交代でカツオに刃を入れ、それらを皿鉢型をしたセラミック製の皿に並べていき、最後にあら塩とネギをかけて手でたたく。そして捌いたばかりのカツオを食堂に持ち込んで、そこでカツオのたたきと、飯と汁と一緒に食べるのである。美味くないわけがない。


カツオの藁焼き体験について一千語でも一万語でも語れるのだが、それは野暮というものである。このブログはそういうものではなく、もっと散文的でまとまりのないバランスで統一されて然るべきであるのだから。


その昔、土佐の国で生ものを食べたらいかんって、おふれが出された。


けんど、土佐の人々はどうしても生のかつおが食べたいき、表面を焼いてごまかして食べとった。


焼く前にお塩をふって、よう味がしみるようにと包丁や手でかつおをたたきよったがやと。


それがかつおのたたきというて、土佐の名物になったがよ。


(JR高知駅にて購入した弁当の箱書きより)



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by amori-siberiana | 2019-05-15 01:18 | 雑記 | Comments(0)

日が明けようとしていた。


波の音が変わったような気がする。ヒゲの総帥とチンピラの男は浜辺の近くのアスファルトに張っていたテントを砂浜へ移動させる。肌寒い明け方ではあるが、気の早い波乗りたちはさっさと着替えて海へ突入しようとしている。車中で夜を明かす人も多いのだろう、他府県ナンバーの自動車がよく目立った。


到着してからというものギターばかり弾いていた。海であろうが山であろうが夜にギターを持ち込んで弾くのはいつものことであり、何かに向けて弾いてるわけでも、何かに弾かされているわけでもない。ただ、弾くことでその音が静かに聞こえる範囲だけは、自然のなかで自分の結界が張れるような気がするのだ。


人は古来より火を絶やさないようにして、夜行性の獣の襲撃から身を守ったが、それとは違う。バリアのような排他的なものではなく、融合を目指した結界である。温泉に入るまえのかけ湯のようなもの。真夜中の太平洋を前にして、ぼんやりと考えごとをしていたかったのだ。海はとても大きく柔らかく、威厳を保っている。そして波の音を聞きながら音を奏でると、自分以外の世界は消えるのだ。


弱々しい太陽が昇る、肌寒く小雨が降っている。薄く白っぽい霧が出ており、ようやく肉眼で50メートルほど先に見える波はどーんどーんと音をたてて遠浅の浜に打ちつけている。


映画アベンジャーズのような格好をしたチンピラの男がヒゲの総帥のいる砂浜のテントにやってくる、すでに彼の髪は濡れており、さっそく海に浸かってきたのだという。すると同じような格好をした男がカラカラ笑いながらやってくる、船場ビルヂングを根城にするデザイナーの忌部である。


「忌部君、サーフィンとかするのかい?」


「いや、まったく」といい、やっぱりカラカラと笑う。


ヒゲ「アラタメ堂のご主人なんかもサーフィンするのだろうか。ネットサーフィンは誰よりも早い時期からしてたみたいだけど」


忌部「あっ、なんか風呂行くいうてましたよ」


ヒゲ「朝のこんな時間からしてる風呂なんて、よく見つけたもんだ」


忌部「北さんもアラタメさんらと一緒に風呂に行くいうてました」


北というのは忌部と同じ会社の地下室に籠っている男で、たまの休日など山奥の渓流に行っては珍しい石を探しているという極めつけの変人である。


グループはここでサーフィンをするチーム(A)とサーフィンをしないチーム(B)に分かれる。そして「A」でもサーフィン経験者とそうでないものの「A´」という具合の二手に分かれる。サーフィン経験者は好き勝手に海に入り、そうでないものは朝の8時より地元のボブさんという男が指導する初心者講習会に参加というプランである。


「ディエゴが起きて来ないですね、あのクズ」と、チンピラの男が我々のなかで一番サーフィン巧者であろう青年が登場してこないことに舌を鳴らす。


「あれ、冷泉の姿が見えないけれど・・・」とヒゲの総帥が問う、「ああ、アイツは今日無理ちゃうかな。さっき、冷泉が車で寝てるとこの様子を見に行ったんですけど、ぐわああああ、ぐわあああと、イビキかいて寝てましたから」


想像に難しくない光景である。「ほいじゃ、ちょっと溺れてきますわ」と言い残してサーフボードを抱えてチンピラの男はどーんどーんと音たてる海へ消えていった。


しばらくすると忌部と同じくサーフィンの講習を受けるため、債権さん一味がやってくる。債権さんはロマンスグレーの髪にてウクレレを2本ほど携えて砂浜へ降りてくる。そして一味である坊主頭で出所したて風のオカちゃんと、長身なで肩の男も根性すえて浜に降りてくるのだ。


遅れて登場のディエゴ、長距離の運転を終えてホッとして寝落ちしてしまったのだろう、唇の色が生者のそれではない紫色をしたままで現れた。


「ディエゴ、今日の波はどんな感じだい」と訊くと、「荒れてますね」と紫色の唇が動く。そしてさらに遅れてやってきたのは、社長兼音楽家のギバタ幽助である。このギバタ、今回はレンタル家族を連れての旅行参加だと聞いたのだが、それはそれは可愛いご息女を連れての登場であった。


ギバタは登場早々に根性を見せつけてくる。この寒い日、海に入るとはいえ皆が長袖のスーツなのに一人だけ半袖での参加とは大いに恐れ入ったものである。が、事情を聞くと単にボブさんところではレンタルでそれしか残ってなかったということだ。


さて、サーフィンをしないチーム「B」も二手に分かれるのであるが、こちらは「浜辺で何もせず、ただただ起きて海を眺めるチーム」と「ただただ寝てるか、それか風呂にでも行くチーム」という具合に単純である。ヒゲの総帥は前者のチームであった。


雨脚が強くなってきた、浜辺においていたテントを雨粒がぼつぼつと叩く音が心地よい。アシムとヘルベンツとマギカとヌリエちゃん、そしてギバタの息女はテントの中でままごとか何かをしているようだ。隣のテントでは先日、北濱のジンクスにて行われたワイン会でアラタメ堂と共に司会を務めた、のかどうなのかよくわからない不思議な存在感を出していた白虎女史が寝ているらしい。あくまでらしいなので詳細はわからない。


ヒゲの総帥はギターを抱えて海を見ていた。遠く波打ち際ではレクチャー中の数名が、サーフボードの上でうつ伏せになり、オットセイのように背中を反っている。チンピラの男は幾度も幾度もパドリングするし、ギバタは世界で最初にエスカレーターに乗せられた被験者のような足元のおぼつかなさのまま波に乗る。ディエゴはその様子を波打ち際で眺めている。素敵な世界である。ヒゲの総帥も波打ち際へ行く。


チンピラの男たちを見ながらディエゴに訊ねる「あれは、ただ波に乗ってるだけなのかね」と、ディエゴは笑いながら答える「そうです、ただ波に乗ってるだけです」と。欲しかった回答が得られて満足したヒゲの総帥は来た道を引き返しテントに戻る。


誰もいないテントに潜り込んで横になる、雨音が激しくなってきた。ぼんやりと考える・・・、もし、神がいるとすれば彼は素晴らしい画家であったろう。空と海をたった一本の水平線で区切って表現しているのだから。考えれば考えるほどに見事なラインである。とまで考えたところで眠気が襲ってきた。


そろそろ、風呂組が戻ってくる頃であろう。昼は一同介しての昼食である。その時間まで海に恋焦がれる者たちは、好きに詩人(バード)となればよい。


波に乗っているときはすごく純粋な気持ちになれて、開放感を得られる。まるで鳥になって飛んでいるような、それはそれは自由で壮大な気分になれるんだ。


ドノヴァン・フランケンレイター



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by amori-siberiana | 2019-05-11 23:48 | 雑記 | Comments(0)


燃料(ガソリン)がない。


つまり、車を動かすことができない。現代は完璧なほどに自動車文化である、移動手段の歴史をピラミッド型の図にして表すならば、その頂上にいるのが自動車や飛行機である。その自動車を動かすためのガソリンがないということは、海に水がないと同じ、太陽に火が宿らないと同じ、人間に血が通わないと同じなのである。恩恵を得る手立てがない。


この恐竜などの生物、また太古の樹木たちが地面にてぎゅうぎゅう圧縮されて、後発の人類によって取り出された至宝。戦争と富の象徴であり、それは世界中であらゆる関連ビジネスを生み出すこととなった。ああ、ガソリンよ、お前のことをこれほどまでに欲したことがあろうか。燃料が採れる国はそれを盾に威張り散らし、燃料が採れない国は地平線に描かれた見えない線をなんとか越えて、燃料が採れる国へ兵士や外交官を送り込み何とかして自分のものとするのである。


ピラミッドの頂点にある自動車。その燃料が尽きたとき、私たちはピラミッドのどの辺りまで下りて妥協するがいいだろうか。答えは簡単で、最底辺にある徒歩まで下ることとなる。人類が猿から進化し袂を分かつその時点までさかのぼる選択肢しかない。ピラミッドから一段だけおりて蒸気機関を使用するなどという選択肢は取れないのだ。ガソリンが切れればアッという間に我々ができることは原始時代まで戻ってしまう、ピラミッドの高さが便利の度合いに比例するとするなら、便利な分だけ墜落のショックは大きい。要するに、なにがなんでもガソリンを入れなくてはいけないのだ。


高速道路インターチェンジを最低限の運動エネルギーにて降りた一行。そのままグーグルマップに示される周辺のガソリンスタンドへ一目散に向かうがどこも閉まっている。当然である、時刻は真夜中、そしてここは四国は土佐の郊外である。


「取りあえず、心配してくれているアラタメ堂たちは先に目的地のビーチへ行ってもらいましょうか」と車内4人の合議が決定し、その旨をゲームセンスゼロの女ことアシムがメールする。今回、このチンピラの男が主催した高知旅行には20名ほどのメンバーが帯同しており、それぞれが各車両に分かれて大阪から高知を目指している。


各車両がどのような内訳になっているのか説明するのも面倒なので割愛するが、そもそも車に乗った瞬間から「あ、阿守さん、デュワーズ(ウィスキーの銘柄)、あります」と紙コップを冷泉から差し出されて飲んでいるのだから、あそこに誰が乗っていて何台だったかなどは把握できるわけがない。


「ディエゴさんが、(私たち)の近くにいるそうです」とアシムがいう。


ディエゴか・・・。


ヒゲの総帥、チンピラの男、黒ずくめの冷泉は三者三様に車内で顔を見合わす。ここで一計が浮かぶ、24時間スーパーなどを見つけて灯油ポンプを買い、ディエゴの車からガソリンを分けてもらおうというものだ。「富を平等に分配せよ」とはカール・マルクスの言葉であっただろうか。洗礼者ヨハネは「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と言っているではないか。


しかしながら周囲は闇である、そのような店があるのだろうかと不安だったが、24時間している「釣り具製品」の大型店舗があった。冷泉がそこへ乗り込む。真夜中に黒ずくめの冷泉である、のしのしと歩いていく模様は、まるで擬態を使ったカメレオンが店のネオンライトに近づくにつれ徐々にその正体を現すといった雰囲気であった。この店ならばポンプがあるかも知れない、車内に希望の灯が宿る。


冷泉が戻ってくる。


「ない!(店内に釣り餌の匂いが充満して)イカ臭いっ!」、かくして希望の灯はふぅと消える。


「ならば、コンビニでストローを買おう。そのストローを繋げて長くするのだ」とヒゲの総帥は第二案を提示する。


「あ、そのストローをディエゴに咥えさせて、ガソリンを自分の車から吸い取らせるんですね」とチンピラの男は察する。


「そういうことです。ストローで吸い上げたガソリンをディエゴが口に含みます、そして・・・」とヒゲの総帥が言葉を継ぎかけたとき、ニヤリとした冷泉が言葉を継ぐ。


「そして、燃やす!」


この言葉に一同は爆笑するが、「ダメですよ!」とアシムから人間として当然の言葉が出る。


三人寄れば文殊の知恵というが、四人集まってもガソリンひとつ作れないとは誠に遺憾である。「行けるとこまで行って、車がガス欠で停まったらそこから押しましょか」とチンピラの男は釣り具屋の駐車場から車を再出発させる。


外は小雨が降っている。トンネル内や坂道で車が止まろうものなら、これはなかなか困難な状況になることが誰の目にも明らかである。実際、ヒゲの総帥にいたっては車のトラブルからトンネル内で立ち往生しかけたことがあるのだ。あのときの恐怖と疲労感といったら経験のないものだった。


あの日はバス釣りに行く日だったのだ。生まれて初めてのバス釣り、早起きしてというより前日は寝ずに音響屋の浩司ばいの車で大阪を夜中に出発、そのまま奈良の山奥にある池原ダムへ向かったのだった。電気工事士のヤマトコさん、そして小説家の平尾先生、さらにはモンゴルから戻ってきたばかりで時差ボケに苦しむ豚王タッキーが一緒だった。


長いトンネルの中で車は止まり、浩司ばいとヤマトコは車の故障原因と対策を講じる。どうやらラジエターの水がないのでオーバーヒートしたようである。ヒゲの総帥はすぐさま近くの公園に水道があるところを運転手である浩司ばいに案内、平尾先生はマップを見ながらそれを補佐、タッキーはガーガーいいながら脂汗をかいて寝ていた。


結局、釣りなどするどころではなく、ほうほうの体で大阪まで戻った疲労感満載のあの夏を忘れはしない。車は次の日、廃車になったと風の噂できいた。それと同じようなことがまたこの高知でデジャヴするというのか。


車を目的地に近づけながら「(冷泉)彦彦、車が停まったらアシムがハンドル握って、俺らで車を押すぞ」とチンピラの男がいう。


「あとどれくらいあんの?」


「残り30キロくらいやな」


「それか、どっかに車を停めて、日が明けるのを待つかやな」


車は一般道を走る。「綺麗な道ができたものだ・・・」とヒゲの総帥は自身の記憶に残るこの辺りの道路と、現在の道路を照らし合わせて驚く。自身が子供の頃、この辺りへ来ると道は曲がりくねるし細いしということで車酔いが酷くなるのであった。ところが今ではバイパスができており、非常に快適である。昨今、自分が大人になったから車酔いしなくなったのだと考えていたが、それよりも単に日本中の道が良くなったのだ。


しばらくすると、ごうごうと地鳴りのような音がする。そう、これが太平洋の海の音である。ごうごうと音を鳴らし、白波を立てて打ち下ろす波。同じ四国でも瀬戸内海のそれとはまったく違う、荒々しく黒々とした夜の海は、そこに野生の自然を感じさせてくれる。野生の自然と向き合ったとき、それを支配しようとすることは無益で、どのようにその野生と付き合って行こうかと考える。いつも何事もなかったようで平穏な瀬戸内の海も好きだが、この太平洋は全く異質の魅力がある。向こうに島など一切見えない、つまり、人の気配が見えないのだ。


「このままでね、もう少し走ってくれたら、到着します」とチンピラの男はこの辺りが馴染みの場所であることを教えてくれる。理屈で教えるのではなく、口調がそれを感じさせるのだ。目的地は近い。ディエゴもこの様子でいけば着火されずに済む。


ヒゲの総帥は今日のために車内用のスリッパを買った。長時間の車中では足もむくむであろうから、自分の足をブーツの締め付けから解放してやろうと思ったのだ。色はピンクにした、ピンクは豊かな気持ちになれると色彩学の先生のなんとかいう名前の婆さんが言っていた。


「着きましたよ!」


チンピラの男の言葉によって車内に漂っていた緊張はゆるみ、一同が歓喜と安堵の表情となる。最初の目的地であるビーチへやって来た、ただし真っ暗なので外観や周囲の風景はまったくわからない。ただ、磯の香りが立ち込め、相変わらずごうごうと海は絶叫しているのが聞こえる。ただ、ヒゲの総帥は最初、この旅行の目的地がどこなのかすら知らなかった。チンピラの男から「一緒に高知行きましょう」という情報だけなのだ。車内での三者の会話内容でなんとなく理解していった、連中はビーチに到着して、夜が明けたらサーフィンをするのだ。到着早々すぐにホテルで休めるとかそういった甘えはない。


車は静粛に暗闇のビーチ近くの空き地へ入っていく。さっきまで降っていた雨は一時的にあがったようだ、ヒゲの総帥は後部座席のドアを開け、土佐の地を踏みしめる。すると、ズボッという音とともに足がぬかるんだ地面に取られた、冷たい水がスリッパと靴下を通して素肌にしみる。買ったばかりのピンクのスリッパの旅はここで終わる。不遇なる人に買われた己のスリッパとしての運を恨むがよい。




やってきたのだ、黒潮町へ。




常に不遇でありたい。そして常に開運の願を持ちたい

上林 暁 (1902 - 1980)



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by amori-siberiana | 2019-05-11 13:15 | 雑記 | Comments(0)

これは随想であり、追憶である。


経験であり、繰り返される日々における掻い摘んだ断章である。記録であり、それは叙事詩とまではいかないが、詩的な側面からいえばそこに見るべきなんらかはあるのかも知れない。


私にとっての「土佐(高知県)」といえば、少年時代から今に至るまでにおいてありとあらゆる場面で出くわすファクターのようなものだ。父は坂本龍馬の足跡を追い、彼と同じ脱藩の道を歩むことを楽しみにしていたし、母はいつまで経っても自身が若い頃に土佐の海辺の宿で遭遇した、まこと障子を焦がすかの如く炎となった朝焼けを忘れないという。


私にいたっても少年時代、テレビの影響からであろうか、どうしても駅弁を車内で食べながらふらりと汽車旅行がしたくなった。旅行がしたくなったというよりは煙草臭い汽車の車両というスペースにて、風情ある弁当を目の前にしての食事がしたいという目的があったのだと思う。そんなとき母は私を高知駅まで連れて行ってくれ、駅舎にて弁当を買い、プラスチック臭い国鉄の茶と共に悦に頬張ったことを覚えている。それはしばらく開けることのなかった、また開ける必要のなかった私自身の記憶の部屋にあったもので、今となって取り出してみたところで、記憶自体は日焼けをして古びており、随分と曖昧模糊としているのだ。


この記憶というものは、古文書と同じで、十分に注意をして取り扱わなければどこかしらボロボロと欠け落ちてしまう危険がある。また、今の新しい何らかの記憶と混ざってしまい、別のものとなってしまう恐れもある。いつかこの記憶が自然のゆくままに風に溶け、流され散ってくれればよいと思う。記憶にしても早いところ私という個体から離れて、微細に分解され、そしてまた何物かの一部となりたいと願っていることだろう。


さて、ここに書くことはそんな古いアルバムのようなものではない。つい最近の大型連休の出来事であり、あくまで私個人のただの土佐日記である。ここでも私が主役であるが、それは仕方がないことだ。私は私以外の誰にもなり得ないのであるからして。






俺はおとつい死んだのに、世界は滅びる気配もない






土佐日記




真夜中。




養鶏所だか菊なのかわからないが、ここへ来る途上の霧が立ち込める高速道路から見えた光はそれくらいのものである。一台の車がおかしな動きをしながら高速道路を下りてくる、勾配における登りはモタモタとのぼるくせに、下りは生意気なスピードでくだってくる。ジェットコースターのようであるが、この通常ならざる車のなかにいる人間たちはさらに通常ならざる異様な光景なのだ。


車のなかには4人ほど乗っているが、その皆が車が上り坂にかかった際には天へ祈り、下り坂にさしかかれば頭を伏せて前のめりになり、カーブ箇所では車内の吊り輪につかまり遠心力に抗っている。勢いよくインターチェンジを飛び出した車はそのままのスピードを保ってスッと闇を切り裂くのかと思えば、そうはせずノロノロと暗室となった土佐を照らしていく。


これより2時間ほど前の車内から全ては始まった。


「ビョークのハイパー・バラッドをかけてくれるかね」と後部座席のヒゲの総帥は運転手であるチンピラの男にお願いする。「あっ、いいっすねえ」とチンピラの男は相槌をうち、そのリクエストと相槌の反応をみて助手席にいる全身黒ずくめの男こと冷泉がオーディオに繋いだスマホに文字を入力していく。デザイナーのアシムはその三者の様子をぼんやりと車窓を交えながら見ている。


タッタタッタタン タン タッタタッタタン タン


快速列車がレールを踏みしめるときに発するようなリズムがカーステレオから流れてくる。そしてアイスランドの妖しい女魔術師が放つ祈祷の文言がそれに乗る。その歌声は氷が大地を削りだし、フィヨルなる彫刻を造形したその景観の狭間を縫って電波を伝って、四人の耳へ届く。水が岩によって磨かれるように、フィヨルドによって削られ浄化されつくした歌声はそののち、その声の正体が氷すらも熱した蒸気と変えるマグマであったといわんがばかりにテンションをあげてくる。



私はそれら全てを投げ捨てる
あなたが目覚める前に
そうすると、幸せになれる
ここでまた、あなたと安全にいられるわ


I go through all this.
Before you wake up.
So I can feel happier.
To be safe up here with you.



チンピラの男は車の速度をハイパー・バラッドに合わせる。四国の高速道路のトンネル内、電灯があたかもリズムを視覚化したようにこちらへ迫ってきては、びゅんと横を抜けて後ろへ流れる。「役目を終えたリズムはどこへ回帰するのだろうか・・・」とヒゲの総帥は考えながらバンバンと頭を振りながら車の天井を叩きだす。車の窓は開けられており、ウイスキーを2本ほど持ち込んで車内晩酌していた冷泉は「これは、まあまあ、ヤバいやつですね!」と豪快に笑う。


「なんだか四国を走ってるというよりはアウトバーンを走っているみたいだ」と車中へ吹き込んでくる夜風に吹かれながらヒゲの総帥はまるで自分がドイツを知り尽くしたかのような口を利く。車内は確かにクラブのような雰囲気である。


ビョークのハイパーバラッドが終わる。


助手席の冷泉が紙コップに入ったストレートのウイスキーを持ちながら、「アモさん、もう一回(ビョーク)いきましょ。もう一回。これ、めっちゃ、モードに入る!」


タッタタッタタン タン タッタタッタタン タン


こんなに気持ちの良いドライブはいつぶりであろうか。そもそも誰かの運転に任せて自由気ままに酒を飲みながら移動するなんてことは、随分となかった。ヒゲの総帥は大体が遠出するときは自分で運転するのだが、つまりこういった非運転の醍醐味を知ってしまうとその後遺症に悩まされそうで困るのである。「ぐふふ・・・、楽しい!」と冷泉はご機嫌に酒を飲み、「いいっすねー」とアシムも音という龍の背にもたれて揺れる。


ビョークは一曲によって我らを完全に制圧してしまった。


「次はケミカル・ブラザーズのスターギターをかけてくれるかな」、「おっ!いいですね。アモさん、あのPVヤバないですか?」とチンピラの男が相槌を打ち、冷泉はやっぱりスマホに文字を入力して、アシムは風に吹かれている。


チンピラの男があのPVと敢えて特筆する理由は知っている。ヒゲがこの曲を好きになったのもPVありきで旧友のシュリケン君から紹介されてのことであり、それはそれは秀逸な出来なのである。極めてセンスであり、極めて知性である。そしてなにより極めてミシェル・ゴンドリーである。


その後はチンピラの男によってアンダーワールドへ流れていくのである。そして我々が脳みそを垂れ流して音のパルスに興じているあいだ、時を同じくして車のガソリンはどんどん容赦のないテンポで消失していくのである。


「ああ、そうや。変に盛り上がりすぎて、車にガソリンを入れるの忘れてましたね」と他人事のように淡々と語るのは運転手であり、この旅行の発起人でもあるチンピラの男である。チンピラの男がこの恐るべき告白をしたとき、一行は真夜中の高知の奥地にて、ただただ苦笑を浮かべるのみである。


「あと、(ガソリン)どれくらいあんの」と発起人と幼馴染である冷泉が声を掛ける。「もう、ランプがついてる」と旧友は答える。


「あと、(目的地まで)どれくらいあんの」と冷泉が訊ねる、「まだ残り40キロ近くあるな」と旧友は答える。アシムは現況をラインにて別の班に伝える、別の車にて移動するアラタメ堂のご主人が「大丈夫なんですか」と心配してくれるがそれはエンジン内部のピストン運動を促進するにあたりなんらの効力もないことをアラタメ堂を含め皆が知っている。ヒゲの総帥は近くのガソリンスタンドをグーグルで調べては開店してるかどうかの電話をかけてみるが、どこにもかからない。


「こうなったら、下りはギアをニュートラルにしてなるべくガソリンを使わずに走り、ブレーキも踏まずに位置エネルギーを大切に使いながら走るしかない」とチンピラの男はいう、ITのことなら何でも来いのプロフェッショナルである冷泉は「ボブスレーみたいにする!」と下り坂では頭を伏せて助手席で前傾姿勢を取り、車を前に進ませるという超アナログで効果謎の解決方法を採択する。素晴らしき参謀。


「アシムもボブスレーみたいにして!」と冷泉は後部座席を振り返り檄を飛ばす、素直なるアシムは言われるがままにパッと前傾姿勢を取る。


そもそも車内では車の運動による慣性法則が働いて全体を支配しているだろうから、そんな車内の重心を変えることに燃費軽減の意味はあるまいと考えて、ボブスレー・ポジションを取らずウイスキーをチビチビ飲んでるヒゲの総帥。それを見るやアシムは厳しい口調で「アモさんも、ちゃんと前傾姿勢してくださいよ!!」と叱咤する。


「この状況は、まさにアポロ13号の地球への帰還と同じですね」と現在の置かれた立場を宇宙規模の事案になぞらえて、卓越なる発言をするチンピラの男。


確かにビョークは「何もかも捨てれば幸せになれる」と歌ってはいたが、そのどこかに「ガソリンには注意」と歌詞に一言でも入っていれば、また状況は今と違っていただろうかと考えながら、ヒゲの総帥もボブスレーに付き合う。


外は小雨が降りだし、アスファルトをコールタールのように光らせる。


一行の車は須崎市の郊外を走っている。ガソリンは底を尽きようとしていた。いつしか平成は終わり、聞き慣れない「令和」という時代が幕を開けていた。



つづく


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by amori-siberiana | 2019-05-07 23:36 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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