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土曜の朝から三島由紀夫と川端康成の自殺についてのテレビ番組をしていた。川端翁についてはヒゲの総帥はあまり深くはないのだが、三島についてはよく考えていた。最初は冗談半分に考えていたが、それが窓口となって深く考えるようになった。自身が偏愛する寺山修司と対を成すような存在である三島由紀夫、後者が自殺をする年にこの二人は対談しているのだが、これが両者の双極性をよく表している。



三島由紀夫の体を鍛えることへの発言を受けて


寺山:ステージの上にひとりの男が立っていて、勃起したまえ、というとイリュージョンを使って、ぱーっと勃起するというのが素晴らしいわけですね


三島:ボディビルの原理ってそこにあるんだよ。体のなかから付随意筋をなくそうというんだ


寺山:つまり、肉体から偶然性を追放するんですか?


三島:そうなんだよ。たとえば、この胸見てごらん。音楽にあわせていくらでも動かせるんだよ。胸の筋肉を動かしてみせる。あなたの胸動く?


寺山:ぼくは偶然的存在です


三島:君のほうが長生きするわ。付随意筋を動かすことは何も役に立たないからおもしろい


寺山:三島さん、いつか胸をこうやって動かすんだよ、胸張っても、いつか自在筋の動かない日が突然やってくるわけですよ


三島:そういう日はこないよ


寺山:いや、きます。そういうときにエロチシズムが横溢する


三島:そういう日はこないよ。絶対に




三島の言葉どおり、彼自身は自在筋が動かなくなる日が来ないままにこの世を去ることとなる。しかしながら、皆が三島のように生きれるかといえばそうではない。特に2019年の地点から見れば、彼の自衛隊にクーデターを誘発させようとした決起はリアリティーを持たない行動に見えてしまう。リアリティーを感じられないということは、そこに質感を持った共感も寄せられない、共感がないということは起きたことは客観的な事象として時間の経過と共にどんどん色あせてくる。つまり、そういうおかしな文学者がいたのだということで終わってしまう。それは寂しいことである。反権威・反権力でならなくては文芸でも学問でもビジネスでも新しい時代などやって来ない。


小説家の平尾先生から随分と前に聞いた三島由紀夫のエピソードがある。これはヒゲの総帥にしても大好きなエピソードのひとつである。当時は平尾先生も小説家ではなくコツコツと帽子を作っていたのが懐かしい。話しの内容はこうである、当時の文壇にて高名な太宰治が催した会があり、新人であった三島もそこへ呼ばれることとなった。


太宰の周囲に集う人は皆が太宰的であり、太鼓持ちのような人ばかりであったのだが、若き三島由紀夫は輪の中心にいる大先輩の太宰に向けて「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」と言った。太宰はいきなりのことに虚をつかれたような顔をしたというエピソードであり、二人にとってこれが最初で最後の出会いとなったのだそうだ。


世の中、いろんな場に溢れている。それは古今東西、変わることはないのかも知れないが、その場の質を上げるのも下げるのも、要は中身の問題である。自分とは相容れぬ考え方を持つ人間と決まりきった場と共有する時間内で相手と曖昧に同化するのではなく、互いに認め合うことができれば世界は幾らでも広がっていくのである。いかに自分を純化して生きられるのか、


さて、酒飲みの太宰治が代表作『人間失格』にてこのような言葉を残している。


酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはない


電気ブランとは・・・。




「もう帰るんですか?」との他部署の人間の声を背後に受けながらヒゲの総帥は役所を17時00分に切り上げる。彼が勤務している役所が入っている船場センタービルは東西に長いビルであり、大阪万博の年(1970年)に建てられたものである。外観は改修工事によって現代的なものと様変わりしているが、ビル内部は如実に昭和45年のままである。北濱が日本から独立した際にはここが南からの防衛の拠点となることは明白であり、主要な幹線道路である御堂筋と堺筋を分断することができる点でも、ここを大阪の虎牢関として要塞化すれば数日は抵抗できそうである。


船場センタービルの地下街には幾つも飲食店が入っているが、随分とおかしな店が集まっている。そして、そのおかしな店のひとつに今日のブログの主たる「冬虫夏草」という店もある。


仕事をサボってヒゲの総帥もよくコーヒーを飲みに立ち寄るのだが、妖しい色とりどりの蛍光灯に映し出されるメニュー看板には、この店が一体何をメインとした飲食店なのかわからないほどのメニューが書かれてある。コーヒーが200円、酒も200円だ。


ヒゲの総帥の私見だけではなく公平を保つため、ネットからの第三者の意見もここへ転載してみよう。


【うどん、とんかつ、たこ焼き、スパゲティ、なんでもある喫茶店なのか、なんなのかよくわからないお店。】


今のところヒゲの総帥のこの店への感じ方は一般的であるようだ。


そしてこの店には「電気ブラン(280円)」という酒類のメニューがある。「あ、人間失格で出てきたやつ!」とヒゲの総帥はこの電気ブランが気になって仕方がなかったが、どうにも飲みに行く機会がないままやり過ごしていた。酒飲みの太宰が電気ブランほど酔いを発するものはないという逸品である、中途半端な覚悟では挑めないのである。


しかしながら、この日に限っては仕事中もずっと電気ブランのことが気になって仕方がなく、役所の同僚を誘っていよいよ電気ブランを試すことになった。ヒゲの総帥と上司のサザビー、そして部下のヨルダン活動家の女は粛々と役所から地下2階へ降りていく。もう一人の部下である社労士の男ことユーリも誘ったのだが、ユーリはこの日、大学院での授業があるからと名残惜しそうに消えていった。


ヒゲの総帥が公務をするパソコンには、このユーリが書いた李氏朝鮮の系譜がポストイットにて貼られている。もちろん頼んでもいないし、仕事に使うはずもない。ただただ、勝手に貼られていたのだが、無下にするのもあれなので貼ったままにしている。ユーリはたまに誰も読めないキリル文字で署名したりする男だ。ヨルダンの女も愉快な経歴なのだが長くなるので話しを戻そう。とにかく上司サザビーを頂点とするこの四名は役所において異端であり、周囲から随分と煙たがられている。そして我らはそれを遺憾に思いながらも、実際は少し楽しんでいる。


船場センタービルは地下を「まさに地下」と感じさせてくれる稀な場所である。地下はこうでなくてはいけない。クリスタ長堀などは甘えすぎである、空調の効きも甘い。もっと炭鉱や金鉱堀りの気分を醸し出さなければいけない。さらに度し難いのは梅田の地下街で、ここなどは生意気である。大阪駅前第一~第三ビルなどは同盟国で、船場センタービルとソ連とキューバのような絆を感じる。


地下に降りた三人は「冬虫夏草」の前に来る。開店時間まで30分ほどあるので店内は暗い。さて、どうしようかと三人が考えていた矢先、店の女将が用意で店外へ出てくる。


「飲み?」と女将は見知った顔であるヒゲの総帥に単刀直入に尋ねる。


「はい、いよいよ電気ブランに挑戦しようかと」とヒゲの総帥は答える。


女将は無言のまま周囲をキョロキョロ見回し、この三人に追手がいないことを確認すると「入り」とだけ言葉を残していずこかへ消える。三人は促されるまま開店前の暗い店内に入る、すると驚くことにすでに暗い中、先客がおりアイスコーヒーを飲んでいた。


まず、電気ブランのハイボールを注文する。


電気ブランとは当時電気が珍しかった明治時代に誕生した、ブランデーベースのカクテルである。度数は当時45度と高く、口の中がしびれる状態と、電気でしびれるイメージとが一致していたため、ハイカラな飲み物として人気を博したとウィキペディアに書かれている。


「それじゃあ、軽く一杯だけ」と三者で乾杯をして飲む。口の中に広がるほのかな甘みと芳香、なるほど太宰的であるといえばこれほど太宰的なものもなかろう味を知る。


太宰の目の前に連れて来られた、三島はこのように追想している。





・・・場内の空気は、私には、何かきわめて甘い雰囲気、信じあった司祭と信徒のような、(太宰)氏の一言一言にみんなが感動し、ひそひそとその感動をわかち合い、又すぐ次の啓示を待つ、という雰囲気のように感じられた。これには私の悪い先入主もあったろうけれど、ひどく甘ったれた空気が漂っていたことも確かだと思う。

一口に「甘ったれた」と云っても、現在の若い者の甘ったれ方とはまたちがい、あの時代特有の、いかにもパセティックな、一方、自分たちが時代病を代表しているという自負に充ちた、ほの暗く、叙情的な、……つまり、あまりにも「太宰的な」それであった。




「これは美味しい」とヒゲの総帥は歓喜の声をあげる。女将は我々の座る椅子に気怠くもたれかかりながら、「そうやろ、この辺では(電気ブランを提供しているのは)うちだけちゃう?」という。


「是非とも原酒で飲んでみたいですね」とヒゲの総帥は女将に伝える、「口あたりがええから、気をつけて飲みなはれや。前も一人、ストレート飲んで倒れ込んで難儀したんや」と女将は電気ブランのストレートをヒゲの総帥の目の前に置く。ヒゲの総帥はちびちびと爪を噛むように原酒を飲む。


「これは愉快だ!」とヒゲの総帥はご機嫌になる。ほんの軽く一杯のつもりという初期設定はここで瓦解し、今宵が長くなることを感じさせた。


こうなってくると、どうしても太宰治のような男を呼びたくて仕方がなくなる。自分の周囲に太宰治のような雰囲気の男がいないかと酩酊した頭で考える、そういえば一人いるではないかとヒゲの男の頭上で「!」が閃く。


それからしばらくして、カラカラと笑う男が邪魔なのれんをくぐってやってきた。デザイナーの忌部である、彼こそが北濱の文章を書かない太宰治である。


「お!電気ブランや、太宰治のやつですよね」と忌部はこちらが説明するまでもなく意を得ており、カラカラ笑いながら太宰治のやつを注文する。そして空腹であったであろう忌部は「なにか食べよっかな」とメニューを見て、「やっす」と口走る。


船場センタービルにある飲食店については、値段を書き換えるのが面倒臭いので当時の値段のままに出している店が幾つかあるのだそうだ。「冬虫夏草」もそういった店のひとつかも知れない。


数多あるメニューの中でも「冬虫夏草」がイチオシしているのは、イカ焼きである。切り身のイカと、卵と小麦粉をあわせた生地を鉄板で焼いただけのものであり、どこででも見るものだが、ここの店はとにかく「イカ焼き」を推している。その推し方は尋常ではなく、表の看板にも「パクるなよ!」と随分と攻撃的に周囲を威圧しているほどである。


まさかイカ焼きの専売特許をこの店が持っているということもないだろうが、とにかくイカ焼きに対してのプライドは相当である。


忌部がそのことを察知したのかどうか知らないが、「そしたら、イカ焼き」と女将に頼む。女将は忌部のことを「男前やね」と言いながら、彼の耳元に近づき、優しくこうささやく。


「1時間、かかるよ」


忌部を含めて一同が「えっ!?」という顔をする。「1時間もかかんねや・・・」と忌部は全員の心にある想いを総括して言葉にする。結局、忌部はイカ焼きを諦めてタコ焼きを頼むことにした。食事が届き、忌部とサザビーとヨルダンの女で海外話しが盛り上がるなか、ヒゲの総帥は電気ブランの原酒を飲み終えて、酩酊の最中にて昨夜の呪いの話しを思い出していた。




即ち、私は自分のすぐ目の前にいる実物の太宰氏へこう言った。

「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」

その瞬間、氏はふっと私の顔を見つめ、軽く身を引き、虚をつかれたような表情をした。しかしたちまち体を崩すと、半ば亀井氏のほうへ向いて、誰へ言うともなく、「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」


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by amori-siberiana | 2019-06-29 13:16 | 雑記 | Comments(0)

いよいよ梅雨入りをしたであろうか、各国の為政者が集うG20なる会が大阪で開催されており、大阪の街は日本中から招集をかけられた警察官があちらこちらでゲートを張り、厳重なる警戒態勢を布いている。リーマンショックを契機に発足されたというこのサミットが今回、大阪で行われることの意義についてここで語ることはしないが、そのような物々しい雰囲気から少し目をそらしたある場所にて二人の男がソーダフロートを飲みながら何やら話している。



「もう、魔法は使えんぞ」


「そうか、魔法は使えないかい?」


「そう、あれはアメリカの専売特許だからな、なんか他にアイデアあるか?」


「ある」


ヒゲの総帥はそういう。


「なんだ」


ピアノ工房の男はヒゲの総帥からの返事を待つ。


「呪いだ」


「呪い・・・」


「そう、呪いだ。こちらは日本っぽくてよかろう」


「アリかも知れんな、呪いか・・・」


二人は深夜にニヤニヤする。この二人以外にいる客といえば、「警視庁が警視庁が」と連呼しながら耳にイヤホンをさして、スマホを縦置きに設置して会話をする年配のくたびれたボロを着た男。そしてパソコンを開いて漫画を読みながら、ソファに深くもたれて左手はずっと股間のなかに突っ込んでいる男しかいない。


ピアノ工房の男は自身の実家が農家であり、肥をためて肥を田んぼに撒くという風習が幼い頃は嫌いで嫌いでたまらなかったという。恥ずべきことをしているようだと感じるようになっていたのだとヒゲの総帥に話しをする。もちろん、今ではそのようなことは思っておらず、そこには生活の知恵があるということを熟知している。


話しを聞きながら何やら考え込んでいたヒゲの総帥は口を開く。そもそもピアノ工房の男と一緒に食事をしてそのまま別れる腹積もりであったが、話しが高じて場所を移しての今がある。


「僕もその話しを聞いて、二つほど思うことがある」


「なんだ?」とピアノ工房の男は狂言師のような目つきでヒゲの総帥を見る。


「まず、一つは屠殺を知らないことだ。牛、豚、鶏などは絵柄や文字として表記されているけれど、我々の目の前に届くころには肉となっている。牛の絵と目の前の肉塊を直結させることができないのだ。それは大いにおかしな幻想を作り出すことになる。牛の絵と肉の間にどのような経緯があるのかをまったく知らないままでは、それについて誰も何らの説得力を持たないことになるだろう」


「確かにそうやな」と工房の男は自身のヒゲをひねりながら言う。


「もちろん、殺すという行為がそこにあり、皮を剥ぐとかそういった工程があるのだけれど、そこをキャラクター化された牛の絵と肉だけを頼りに想像しようなんてどだい無理な話しだ。歴史を知らずにただ目の前にある今を生きているようだと、ただただ人気のあるものに目移りばかりしていく人間で溢れるだろう。かといってわざわざ殺せとは言わない、世の中には自分が見たくないものが確実に存在していて、自分の代わりに誰かがその任を引き受けてくれているという想像力が必要不可欠なのだ」とヒゲの総帥はいう。


うなづきながらピアノ工房の男は何やら頭のなかで逡巡しているが、ハッと気がついたようにブドウジュースのお代わりをもらいに行ってくる。しばらくすると、手にはブドウジュースの上にたっぷりとソフトクリームが乗ったものを嬉しそうに持って帰ってくる。


「もうひとつについて話しをしていいかい」とヒゲの総帥はソフトクリームをスプーンですくっているピアノ工房の男に問う。「うん、どうぞ」とピアノ工房は答える。


「これはうちの実家であったことなんだけど、ずっと犬と猫を飼ってた。いつかの日、うちの猫が車道に出た際に車に轢かれた。母と僕と妹ですぐに現場まで行ったけれど、すぐに手の施しようがない状態だということはわかった。大きなちりとりのようなものを担架の代わりにして、自分の飼っていた猫を道路から救いだして庭まで連れて帰ったんだけれど、猫の体は修復が不可能。でも、猫は目を開けて辛く苦しそうにこっちを見る」とヒゲの総帥は記憶を辿りながらゆっくりと話しをする。


「どうしていいのか解らず、あまりの悲しいこととショックなことに僕が凍り付いていると、うちの母親が泣きながら金属バットを持ってきた。そして僕と妹に「目、つむってて」と言って、母親は「ごめんなさい」といって猫に向かってバットを振り下ろした。猫は絶命した。僕はそのときの母親の行為を見て、「情」や「優しさ」というものを教えてもらった。言葉ではなくて。言葉ではなんとでも言える。今、こうして思い返しても母親が苦しがっている猫にとどめを刺してあげたのは、愛の質量を僕が全身全霊で体験したことであり、そのときにできる最善のことだったと感じる」とヒゲの話しは終わる。


ピアノ工房の男はうなづきながら、何やら考え込む。


「そういえば、この前、痴漢を捕まえたよ」


「えっ?お前が?捕まった方じゃなくて?」


「残念ながら捕まえた方だ、正確には盗撮だったけどね」


「どういう状況だったんだ」とピアノ工房は話しを先に進めろとヒゲの総帥に目で合図する。




―――。



ヒゲの総帥は役所へ出勤するため地下鉄に乗っていた。この日は途中でお腹が痛くなったので駅構内にあるトイレへ寄ってからの乗車で、遅刻ギリギリの電車に乗ったのだ。


朝の通勤ラッシュ、ヒゲの総帥が吊革を持ってぼんやりしていると、自分の乗っている車両がザワザワしだす。「なんだケンカか?」と思いザワザワする方へ視線を移す。「盗撮です!」と男性の声があがる、その声をあげた男から黒いバッグを奪い取り、その場を離れようとする男がいる。ヒゲの総帥が、その場を離れようとする男の表情を見たときにどちらが犯人なのかすぐわかった。状況が飲み込めたのだ。


盗撮している男の黒のバッグを、「盗撮です」と勇猛果敢にバッグごと奪い取った男。盗撮していた男は証拠を取られてはたまらんと、すぐさま自分のバッグを男から奪い返し、それが原因でザワザワしていたのだ。そして今、盗撮した男は自身のバッグを取り戻してそそくさと去ろうとしている。電車は走行中である。


「ちょっと待て!誰か協力してください!」と検挙した男は自分の周囲に協力を求めるが、誰も見て見ぬふりをして反応しない。反応しないというより固まっているのである。「そのようなことは今日の予定になかった」というような顔を皆がしている。周囲が何も反応しないあいだにも盗撮犯は走行中の車両を縦断してヒゲの総帥の方へ向かってくる。ぐんぐん向かってくる。


盗撮犯がヒゲの総帥の目の前に来た。


検挙した男とヒゲの総帥の目が合う、ものすごい勇気を振り絞っての行動なのであろうことが読み取れる目をしている、そして正しいと信ずる行いをした自分がどうしてだか、周囲からは何らの協力も得られずどう扱ったらいいのかわからない人となっている状況への虚無感が漂う。なんだか彼の勇気をこのまま殺してはいけない気がする。


ほんの数秒のことであった。が、ほんの数秒のあいだにいろんなことを考えた。が、そういうとき頭は本当に邪魔であることに気がついた。


ヒゲの総帥はクジャクのように手をばさりと広げて、盗撮犯にとうせんぼうをする。盗撮犯がぎょっとした顔をして、さらに自分を追ってくる検挙した男の方を振り返った瞬間、ヒゲの総帥は盗撮犯を後ろから羽交い絞めにした。検挙した男はこちらへやって来て、証拠となるカメラをバッグ共々に抑える。


しかしながら、大人が本気で逃れようと暴れ出したらこれは手がつけられない。盗撮以上のことがヒステリー化して連鎖的に起こることを恐れたヒゲの総帥は、なんとか犯人の戦意を喪失させなければいけないと考える。「すいません、そこの非常ベルを押して、乗務員に現在の状況を告げてください」とヒゲの総帥は非常用ベルの近くにいる人に指示する。果たしてベルは押されるが、乗務員は来ない。次の駅まで待てといわれる。


次の駅まで待てったってなあ・・・と釈然としない思いのまま犯人を羽交い絞めにするヒゲの総帥。感覚的に次の駅への到着時間までがこんなに長く思われると思わなかった。


地下鉄は次の駅で止まる。乗り込んだときは満員だったにも係わらず、気がつけばヒゲの総帥を含めた三人の男の周囲にはスペースができている。そして扉が開くとモーゼが海を分かつときのように扉まで人垣は消え失せ、自然と道ができる。降りた瞬間、待機している地下鉄職員たちの手に犯人を引き渡そうと考えていたが、降りても誰も来ない。状況がわからない人からすれば朝の早くから男三人が手を繋ぎあっている珍妙な光景となっていたことだろう。


しばらくしても誰も来ない。非常用ベルの影響であろう、電車は止まったままである。仕方がないので男三人はそのまま歩いて、改札口まで行く。改札には駅員がいる「あの、盗撮犯を現行犯で捕まえたのですが、どうすればいいのですか」と訊くも、「ああ、そうなんですか?どうしようかな・・・」とうろたえる。なんだこの緩い反応は?と三人の男は怪訝になる。取りあえず駅長室へ来てくださいといわれるまま、駅長室へ連れて行く。


「やりました、すいません」と最初に白状していた犯人はその駅員たちの緩さを感じとるや否や、「なにも撮っていません」という供述に変容していった。カメラにある盗撮したデータを証拠隠滅として消されないよう検挙した男はバッグを抑えていたが、駅長室にて引き渡したあと、データの入ったメモリーカードは忽然とカメラから抜き取られていたという。


しばらくして駅長室へ警察がやってくる。事情聴取を三人がされる、犯人は別の部屋にて聴取され、捕まえた男とヒゲの総帥は犯人とは別のところで聴取される。駅長室での聴取のあと、管轄の警察署へ一緒に来て状況を再度確認させてくれと警察官に請われるが、検挙した男が行くというので、それならとヒゲの総帥は断る。そもそもこの日は上司が休みの日で、ヒゲの総帥が行かないとどうにも立ち行かない日であったのだ。


「随分と遅刻したけれど、警察から役所に連絡があったようで、なんらのお咎めもなかったね」とヒゲの総帥はピアノ工房の男に告げる。


「いやあ、ようやったな。それで遅刻したとか言われるような職場やったら、やめといたほうがええわ。人間としておかしいわ」とピアノ工房の男はヒゲの総帥に感心したような顔をする。


ヒゲの総帥は盗撮犯の男を多分、以前にも見たことがある。向こうはこちらのことを知らないであろう。


ある寒い日。駅で電車を待っていると、おっさんが駅のホームから線路に落ちる。そして次の瞬間、けたたましい汽笛をあげて電車はおっさんめがけてやってくる。おっさんはあまりの恐怖に腰が抜けて立てない、人が死ぬときはこのような顔をするのかという阿鼻叫喚の表情は今でも頭から離れない。空気を切り裂くような汽笛をあげながら電車はおっさんの1メートルほど前で停車した。大きな駅なのでどんな電車でも停まることになっているのが幸いしたであろう、通過電車であれば確実に死んでいた。


その九死に一生を得たおっさんが、盗撮犯のおっさんと顔が一致するのだ。


多分、同一人物である。


なんとも救われない顔をしているのだ。なんともこれ以上は関わり合いを持ちたくない顔をしているのだ。呪われた表情をしているのだ。




― 何という世の中だ。狂人が恥を知れと叫ばねばならんとは! ―  

アンドレイ・タルコフスキー



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by amori-siberiana | 2019-06-28 12:47 | 雑記 | Comments(0)

海外の子供たちの支援をしているシミキョウのおっさんから、京都の七条にて行われているジャズの演奏会に呼ばれているのだが、いつもタイミングが悪くて行けていない。その理由は金が無いか、暇が無いかのどちらかでしかないのだが、その両方が無いときに限ってシミキョウのイベントは行われるのである。


さて、先日のこと。


お日柄も良く新茶の季節だということでどうしても新茶を飲みたくなったヒゲの総帥。一度、新茶を飲みたいと思ってしまうと口の中はずっと新茶を待ちわびるようになる、ああ、あの新茶ならではの香り高く熱い茶を飲みたいものだと考える。するといてもたってもいられなったので、電車に揺られて宇治まで行くことにした。


宇治の茶は古い時代より高名であるが、実際に茶畑があるのは宇治市ではなく宇治田原なのだと生粋の宇治っ子から聞いたことがある。それなら宇治田原まで足を延ばして、直売所か何かで茶を買ってこようかと最初は意気込んでいたが、電車に揺れる回数が増えるにつれて「今は保存の技術も上がっている、何も宇治田原まで行かずとも、まあ、宇治の駅前でいいだろう」と目的地を手元に引き寄せるよう考えるに至った。


JRの宇治駅に到着。


駅の道路を挟んですぐ向こう側に茶店がずらりと並んでいる。直感の赴くままに茶店の目星をつけて入ろうと考えるも、どこも似たような名前の店ばかりで決めきれない。なんちゃら伊右衛門のような名前の店が沢山あるのだ。


「とにかく、なにがなんでもフルネーム推しで行こうって腹だな」とヒゲの総帥はずらりと漢字の名前が並んだ電話帳をにらみつけるように茶店を見ていくのだが、どこも美味そうだし、どこへ行っても涼しそうである。太陽はちょうど頂点で輝く時間となり、じりじりと下々の人間たちを焦がしだす。


「こりゃたまらん」とヒゲの男はこれまでのこだわりを捨て、さっさと近場にある茶店に入る。そしていよいよ茶を注文しようとするとき、テーブルに抹茶ソフトクリームの写真がある。「今日はソフトクリームにして、茶はまた今度にするか」とヒゲの男はさっさと持ってきた矜持を捨てて、それと引き換えに抹茶ソフトを手に持つこととなる。


暑さとソフトクリーム・・・。


ヒゲの総帥の父親の兄。つまりヒゲの総帥からみて叔父にあたる男はソフトクリームのことをどんなときも「クリーム」と呼んでいた。「孝夫くん、クリーム食べるな?(食べますか?の方言)」と歯が数本しかないアル中の叔父が訊ねてくるのは、いつも嬉しくなかった。アル中なので距離感も普通の人とは違い、やたら近くて脂ぎってニタニタしているのだ。これは今、思い返しても相当な迫力である。


叔父がクリームをご馳走してくれる日は必ず何かあるのは知っていた。


心の弱い叔父は何年も仕事をしておらず酒浸りの生活を続けていた。宮崎県の奥地から嫁いできた方言の消えない嫁は早いうちからホームシックを起因とする極度のノイローゼとなってしまい、おかしい人になってしまった。心の弱い叔父だが体躯はよく、酔っぱらうとブレーンバスターを誰かにかけたくて仕方がなくなるおっさんであり、しかも酒に溺れて毎度のこと気違いになり、最後には暴れ出すのである。


真夏の暑い中、クリームを買ってやるからと半強制的に嫁と従兄(叔父の息子)と幼いヒゲの総帥は車に乗せられ、競輪場の広大な駐車場へ連れて行かれる。もちろん競輪場が休みの日を狙って行くので車はまったくいない、ただただその日には使われることのないアスファルトの広い敷地が太陽に焼かれながら、我々を待っているのである。


叔父はおもむろに金属バットを取り出す、そして軟式のボールを片手でひょいと上にあげては、それを金属バットで目一杯、カキンと打つ。何年も無職を続けているので力は有り余っているのであろうか、それはそれはメタクソに広い駐車場で打ちまくるのである。従兄とヒゲの総帥は飛んできたボールをただ拾い、ノイローゼの嫁は蜃気楼のようにぼんやりと炎天下の中、バッターからみて外野らしきところで微動だにせず立ち尽くしているのである。その佇まいはモディリアーニの描いた人物のようであり、埴輪(はにわ)のようでもあるのだった。


これが何時間も続く。正確にはわからないが、当時の記憶の印象では何時間も地獄のアル中ノックが続いたような気がする。はやく終われ、はやく終われと心のなかで祈ってみても、悲しいかな終わりはまだまだトゥー・ビー・コンティニューといわんばかりにやって来ず、野球狂の宴は続いていくのである。


そしてぐったりして熱射病の一歩手前になる頃に解放され、クリームを与えられるのである。この叔父のクリームなるものが今でいう「ソフトクリーム」であった。


叔父には必殺のギャグがあった。もちろんシラフの人間が笑えるようなものではないが、本人はいつもこのギャグを口にしていた。高知の足摺岬へ行ったときのことを「孝夫くん、孝夫くん、おっちゃんなあ、おっちゃんなあ、足ずりずりずりずりずりーみさきぃぃ!に行っとったんでえ。足ずりずり岬、ずって、ずられて、ずって、ずられて・・・ぎゃはははは!」と満足そうに叫んでニンマリする酒臭い叔父。


ずってずられての意味は今になっても理解に及ばないが、お酒は怖いものなんだなと知るには、十二分な爆発力であった。この必殺の足摺岬のギャグにしてもこうして誰かが記録に残さなければ、それは永遠になかったこととして扱われる類のものであったのだから鬼籍に入った叔父には感謝していただきたい。


抹茶ソフトを食べながら、地獄のノック。または叔父の大人げない世間への八つ当たりを思い出していたヒゲの総帥はそのまま大阪へ戻るのも興がないということで、途中の奈良駅で降りてみる。日は傾いてきており、風も吹いてきて清々しい気分になる。ちょうど良い具合のテラス席のあるカフェが空いていたので、ビールを注文してそこへ座る。


JR奈良駅から有名な商店街へ続く三条通りはとても綺麗に整備されている。商店街まで行けば、いつもどおり高速で餅をひっ叩いてはひっくり返して、叩いては返してをするせわしない店があるのだが、そこまでは行かない。奈良ホテルのパンフレットがカフェに置いてある、ソフトバンクのCMでお馴染みとなったソビエトの作曲家プロコフィエフが、その昔、ソ連からの亡命中にここのホテルに投宿したというのでヒゲの総帥もそれに憧れて宿泊したことがある。宿泊した日はリヨン管弦楽団が奈良で演奏会を催しており、ラヴェルの曲目当てで行ったのに最初のベートーベンのエグモント序曲で涙がこみ上げてきた思い出がある。


「せっかく奈良にいるんだから、奈良にゆかりのある人物をここへ呼ぼう」と思いつく。今日は奈良の街全体でジャズが鳴り響くというイベントをしている、イベント自体あまり賑わっているような実感はないが休日の夜、ジャズに身をゆだねるのも良かろうという趣向だ。


奈良にゆかりのある人物・・・、ヒゲの総帥は迷うことなくさっさとファラオにメッセージを送る。ファラオはちょうど仕事終わりだったようで、新大阪から奈良まで来ることになった。


新大阪から奈良まで移動するファラオをビールを飲んで待っていると、隣の席の男の眼鏡が随分と洒落ていることに気づく。大体、眼鏡が洒落ている奴は何かやってる奴だというこれまでの経験律と実績があるので「男一人か!こっちへ来て一緒に飲むぞ」とヒゲの総帥は隣の男に声を掛ける。


隣の男は「いや、待ち合わせして、すぐに行かなくては・・・」と言うも、結局ヒゲの総帥の席へやって来て一緒に飲みだす。「それで、君は何をしてる人なんだ。その眼鏡をしているなんて普通じゃない」と勝手なことを言う、「自分は芸術家です」と相手の男は答える。


「そんなところだろうと思った、すぐに作品を見せて欲しい。僕も芸術家といえば芸術家だ」とヒゲの総帥。


「これになります」とスマホを取りだして、男は自身の作品群を見せる。


「これは随分と凄い腕前じゃないか、絵を売って生活できてるのかい?」


「いえ、定期的に売れるわけじゃないので、今は家業を継ぎながら作品を制作しています」


そういって奈良漬けの四代目の男は照れ臭そうに笑う。


「ということは、ここいらへんで生まれて、ここいらへんの主ということだね」


「いや、あまりここいら辺のことは知らないんですよ」


「いっそ、家業を全て叩き売って、芸術に専心するとか愚かなことはしないのかね?」と他人のことだと思ってめちゃくちゃいうヒゲの男。


「まさか!僕だけじゃなくそれこそ色んな人に迷惑が掛かってしまいますよ」と四代目の芸術家は両手を振って、そんなことできるか!と制する。


「僕もオススメはしないね」と言いながら、飲むものをワインに切り替えてヒゲの総帥はほくそ笑む。すると四代目が待ち合わせしていた都市設計の建築士の男がやってくる。友人である四代目に向かって「こちらは?」と問い掛ける、「今、知り合ったばかりだ」と四代目の芸術家は友人に返答する。「今、知り合ったばかりだ」とヒゲの総帥はオウムのように同じ言葉をリフレインする。建築士も酒を頼んだころ、ファラオがテーブルに合流する。


ファラオは細い目つきでヒゲの総帥に見慣れぬ二人を指して「こちらは?」と問う、「今、知り合ったばかりだ。到着早々、ゴシャゴシャ言わずに何か飲むがいい」とヒゲの総帥はファラオにメニューを渡す。ファラオが酒を頼み、テーブルへ運ばれてきたところで皆で乾杯をする。


「こちらは建築士の男、こちらは芸術家しながら奈良漬けしてるイマギシ君だ」とざっくりここまでの経過をファラオに説明するヒゲの男。


「奈良漬けのイマギシ!!?老舗の超有名店のじゃないですかっ!!」とさすが奈良通のファラオは細い目をできるだけ丸くしてヒステリーに驚く。


「彼にはさっさと家業をやめるよう勧めていたところなんだ」とヒゲの総帥はうそぶく、「やめませんよ!」と手で制するイマギシ君、「口が悪い、この人のいうことをまともに聞いたらダメですよ」とファラオは老婆心を初対面の二人に向ける。ファラオはそそくさと自慢の名刺を皆に配る、アシムが制作したこの名刺のインパクト効果はこういう場所でも良く発揮される。ファラオが名刺を出して、それを受け取った人たちがどういうリアクションをするのか見るのは、常々、ヒゲの総帥の密かな楽しみである。


しばらくして彼らは彼らの本来の目的地へと去り、ヒゲの総帥はファラオを連れて千鳥足のまま奈良のジャズクラブへ向かう。


黒い本革らしきボックス席でジャズを聴くファラオ、正々堂々と正面から真剣にジャズを聴く。その光景が面白いのでヒゲの総帥は写真を撮る、その写真を見たのは世界の果て会計の無法松先輩。おもしろそうだから場所を教えて欲しいとヒゲの総帥に先輩からメッセージが来る。


「ファラオ、無法松先輩が来るかもよ」とヒゲの総帥はいう。


「ええっ!?無法松さんが!」と素っ頓狂な声でファラオは答える。


ヒゲの総帥と無法松先輩は同じ年齢であり先輩というのは呼称だけだが、ファラオにとっての無法松先輩は実際に高校の先輩にあたるそうだ。偶然にもあるタイミングで二人の会話から共に名門、大阪強引高校の先輩と後輩になるのだということを知った。


ファラオに聞くところによると、「大阪強引での先輩と後輩の関係は絶対」なのだそうだ。


絶対。


魅力的な言葉の響きではないか。





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by amori-siberiana | 2019-06-24 23:38 | 雑記 | Comments(0)

1925年、つまり大正14年。イタリアではムッソリーニが独裁を宣言し、アメリカではKKKが大規模な大会を開催し、ドイツではヒトラーが「我が闘争」の第一巻を発表してSSを設立した世界的にも物騒な年、ひとつのビルが日出ずる国にて竣工された。


その名を「船場ビルディング」という。


地下1層、地上4階、塔屋1層の建物であり、内部中央に細長いパティオ風の中庭を設けて吹き抜けとしその周囲に回廊を巡らす特色あるつくりのビルだ。竣工当時には大変にユニークで革新的なビルとして注目を集めたと記録に残っている。


当時はビルとして屋上からの景観も良好で名をはせたことであろうが、今ではその周囲を高層マンションやビジネスホテルに囲まれており、他の建物群と比べると船場ビルディングだけが地盤沈下したように見える。高く堅牢な城壁に囲まれた要塞のように見えなくもないが、テトリス棒を突き刺してみてようやく他のビル群と張り合えるといった感もある。


さて、パティオ風の中庭に面した一室にデザイナーの忌部とライターの北の事務所がある。「有限会社 色即是空 空即是色」という変わった名前の会社である。


この事務所の応接ソファーにて何やら企んでいる一団がいる。忌部と北はもちろんのこと、アラタメ堂のご主人とヌリエちゃん、そしてヒゲの総帥。さらには談合チンコロクラブを主宰するファラオと、青山ビルにてギャラリー「過呼Q」を営む自称303才の女だ。


話しの内容から察するに、いよいよアラタメ堂のご主人が北濱のコワーキングスペース『ジンクス』にてゲーム会をするが、次は如何なる趣向でゲーム会を進めるべきかという議論をしているようである。


「随分と歩かされましたよぅ!」と甲高い声が通らない声でファラオがアラタメ堂に詰め寄る。


アラタメ堂から今日の打ち合わせをしようということとなり、ファラオは仕事終わりに船場ビルディングへ向かう。ところがそこにアラタメ堂はいない、仕方なくアラタメ堂に連絡を取ってみると「青山ビルにて落ち合おう」という。それならとファラオは船場ビルディングから青山ビルまで移動する。そこでヒゲの総帥とギャラリーオーナーのK見と合流する。


そのままアラタメ堂をそこで待てばいいが、ヒゲの総帥はアラタメ堂と自分の役所がある船場センタービルの居酒屋で打ち合わせをする予定なので、ファラオを誘って堺筋本町の船場センタービルへと移動する。そこに腹を空かせたK見も同行してくる。三者は北濱を南へ下っていく、途上、アラタメ堂から連絡があり船場ビルディングへすでに到着してるという。


どうやら船場ビルディングと船場センタービルを混同している様子であるが、ヒゲの総帥の口の中はすでに船場センタービル内にある、たこ焼屋のソースをシミュレーションしている状態なのでアラタメ堂にこちらへ来いと伝えるも、アラタメ堂はすでに酒と食料を随分と買い込んで船場ビルディングにいるのだという。そういうことならと三者は船場センタービルから船場ビルディングを目指すこととなった。


つまり、ファラオはA地点からB地点へ移動して、さらにC地点へ向かい、最終的にA地点に戻ってきたのである。世の中ではこういうことを徒労という。しかしながら、これほど徒労が似合う男もおるまいと、アラタメ堂に向けて怒気を吐くファラオを横目にヒゲの総帥はニヤニヤする。K見は船場ビルディングに来るのが久方ぶりだそうで、ぐるりと周囲を見回して「知人がどうのこうの」と誰が聞くでも理解するでもないことを一人で喋る。


ヌリエちゃんは一行の到着と同時に「ちょっと出て、すぐ戻ってきます」と一応ことわるも、二度とここへは戻らないというような顔付きで、そそくさと事務所から退出していく。テーブルの上にはコンビニで調達してきた食料品と酒類が不愛想に溢れている。


「(ジンクスのゲーム会は)時間が足りないんですよね」と話しを切り出したのはヒゲの総帥であった。一同はうなづきながら話しを進めてくれと促す視線をヒゲに向ける。


「機材が多い分、翌日も遊べたらいいんですけれど、さすがにジンクスの会員さんから怒られるでしょうね。なんだここは!ゲームばかりしやがってと」


それはそうだろうと皆が思う。ヒゲの総帥はまだ話す。


「仮に24時間オープンすることができたら、ファラオにマラソンをさせたいんですよ。奈良県の三郷町から北濱まで一人で走って、一人で生中継しながらその模様をジンクスのスクリーンで繋ぐようなね」とここまで話したとき、ヒゲの総帥はこのアイデアが面倒なだけで大して何も面白くないことに気づく。ギャラリーオーナーの女は一番大きいハイボールのプルタブを小気味良い音をさせて開ける。


「せっかく刷ったわけですから、ファラオ紙幣の獲得と損失のバランスを整えれば、もっと面白いものになると思うんですけどね」とヒゲが発言する、今度は皆が納得する。


「ファラオね」とアラタメ堂はメモを取る。


「ファラオは、確かにもっとなんかええようにできるん違うかと誰かもいうてましたね」と相槌を打つのは忌部である。


ここで当日、来るかどうかもわからない、K見が発言する。


「どこでやることを言ってるんですか?」


「いや、ジンクスですよ」とアラタメ堂は答える。


「ああ、ジンクスさんですか。あそこ、わっぱみたいで好きなんですよ」と品のあるトーンで自己の感想を述べる。


わっぱというのは、曲げわっぱのことだ。つまるところ弁当箱で使われる、スギやヒノキなどの薄板を曲げて作られる円筒形の木製の箱のことをいう。この発言はジンクスの内装のことを指していることは容易にわかったが、表現は独特である。


「他のアイデアとして・・・花火でもあげますか?松屋町に行けば年がら年中、花火を売ってますからね」


「そんなことしたら、マンホーさん本気で怒りますよ!」とアラタメ堂は苦笑する。


一同がいろいろなアイデアを出してそれについて議論をするが、酔狂も入ってきてロクなアイデアが出なくなる。そしていつしか無言になった、そのときである。


「いい方法がありますよ」と上品な笑顔を浮かべたギャラリーのオーナーが言う。自信満々に打開策を講じる。動きのない水面に一石が投じられたように、一同の心に波紋が起きる。さすがは北濱で30年以上、商売をしてきた女である。ここぞというときの機智は我らを救う道しるべとなるであろうと期待する。


「ロボットを置きましょう」


「ロボット!!?」と一同は顔を見合わせる。


「ロボットにゲームとかさせるということですか?」とファラオはK見女史に突っ込んだことを訊く。


ギャラリーのオーナーはファラオからの質問に「あなたたちに何を言っても伝わらないのね」という呆れ顔をした後、「ロボットはゲームなんかしませんよ」という。


「じゃあ、ロボットは何をするんですか?」とアラタメ堂が代わりに聞き直す。忌部は事務所のパーテーションの向こう側で静かに仕事をしている。


「ロボットは、ジンクスへ来られた人に、コンニチワとかアリガトウとか言うんですよ。決まりきってるじゃないですか」とギャラリーオーナーは当然の如くを教えるがように言う。ヒゲの総帥とアラタメ堂とファラオの頭の中には申し合わせたように「つくば万博」の映像が流れる。


「あなたたち、せっかく最先端の時代に生きてるんですから最先端のことをしましょう。もっと新しくて楽しいことを用意しておくんですよ」


「つまり、ジンクスのゲーム会に行くとロボットがいるんですね。そして、そのロボットは・・・」


「鈍い人たちですわね、ロボットはウロウロするんですよ」


「・・・ウロウロするって」


ファラオは困り顔をする、アラタメ堂は即座にメモに「ロボットがウロウロする」と書き留める。ヒゲの総帥は腹がよじれて仕方がない、これほど愉快なことがあろうかと大笑いする。静かに仕事をしていたパーテーションの向こうの忌部が吹き出す様子が聞こえる。アラタメ堂は早速ロボットのレンタル料を調べだす。


忌部がカラカラと笑いながらドゥブルベ・ボレロのロールケーキを運んで登場する、「ロボットがウロウロするんいいっすね」とロールケーキを切り分けてくれる。


「あなたたち、沢山知り合いいらっしゃるんですから、ロボットを作れる人とかいないんですか?わっぱをロボットがウロウロするなんて素敵ですよ」とギャラリーのオーナーはさらに崇高なるイマジネーションにて追い打ちをかける。


忌部の持ってきたロールケーキはそれぞれのザラついた胃の中に収まり、そこで各人の脳へと糖分を供給しているのであった。この日より当分の間は、曲げわっぱとロボットのことがヒゲの総帥の頭から離れることがなかった。


さて、北濱ジンクスでの恒例となった「日曜リンクス 趣味のじかん」でのゲームイベントは夏の最中、日曜日に行われることとなる。ギャラリーのオーナーは日曜日はどうしても外出したくないのだと、これがまた鉄のように意志が固いのである。




ここに来れば誰かと出会える


ここにいれば未来とつながる


ここにいる仲間と高め合う


「人は人との出会いによってのみ磨かれる」


ごくたまに、ロボットもウロウロする



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by amori-siberiana | 2019-06-24 00:02 | 雑記 | Comments(0)

「そうだアモさん、この前、ナイロビで面白いことがありましたよ」


「ナイロビで?、それは是非とも聞きたいもんだね」と合いの手を打つのはヒゲの総帥。


目の前のテーブルにはレモネードのような味のするサングリアのボトルが置かれている、果実感の足りないサングリアのボトルを透かしてテーブルの反対側に映る男、以前より体重を12キロほど落としてシェイプアップした豚王タッキーである。ケニアの首都で面白いことがあったと話し出した張本人である。


タッキーの話しは要約するとこうである。


生まれて初めてのアフリカへ足を踏み入れたタッキー。いよいよ空路でアフリカ到着というとき、ナイロビの空港にて飛行機を降りようとタラップ前の長い列を待っていたが、如何せんいつまで経っても列は動くことがない。もうそろそろかなとタッキーが焦(じ)れた頃、列の前方で大声をあげてわめき散らす男がいるのだという。どうやらこの男が列の挙動を制している原因なのだろうということはわかった。


ここはアフリカ、何が起きてもおかしくないと考えたタッキーは、トラブル回避のため飛行機内の奥へ逃げようとした。そのとき男のわめき散らす原因が男の言葉でわかった。


「カミナリが怖い!!」


その言葉を聞くまで、タッキー自身も外で雷が鳴っているとは気がつかなかったそうだが、窓から外を見てみるとなるほど雷が遠くで光っているそうだ。


「僕も初めて知ったんですけど、向こう(アフリカ)の人って、やたらカミナリを怖がるんですよ。また今回ちょうど悪いタイミングで、飛行機から一旦降りて、バスに移動して、そのバスに乗って空港のゲートへ向かうという方法のアライバルだったので、その飛行機からバスへ移動する最中にカミナリに打たれてしまうじゃないか!俺たちを殺す気か!と大騒ぎなんですよ」とタッキーはハイボールを飲みながら思い出し笑いする。


「たったそれだけで大騒ぎなのかい?」と他人事のように平静を振る舞って聞き返すヒゲの総帥であるが、実はこの男も心底カミナリが嫌いである。闇は井戸のように深い。カミナリが鳴るとまず外出は控える、牡蠣の殻の中に閉じこもったようになる。どうにもこうにもカミナリが鳴ったが最期、何をやっても雷光が自分の心臓を射抜きにきているように感じてしまうので、身がすくむ思いである。なので今回の場合においてはタッキーよりもどちらかといえば、感覚はアフリカン側だ。


中之島にあるスペインバルでお互いに酒を飲む。大して美味しくもない店であり、そこまで美味しくなくもない店であるというタッキーから聞いたバルの前評判は、この男が評価を下した基準が正しいものであることを味覚によってヒゲの総帥に教えてくれた。


タッキーと空港の取り合わせについては愉快な記憶がある。


タッキーとヘルシンキの空港に不時着したときのことをサラッと話そう。この古くからの友人は一時期においてヒゲの総帥が音楽活動しているときの作戦参謀長であった。


あるとき、飛行機が落ちそうになった。このままではどうしようもないのでフィンランドから出発した飛行機は、空で燃料を空にするまで旋回してフィンランドにへ緊急着陸するということを機長からアナウンスで伝えられた。高度が低くなるとともに滑走路の両端には幾つもの消防車が並んでおり、その視覚から入ってくる情報がただならぬ事態を物語っていた。


無事に着陸、事なきを得て飛行機から降り、空港までのバスを待っている間だったであろうか、生きているという幸福感に溢れた我々の総意として「タッキー、なんかして」と誰かがいう。生の充足感に溢れたタッキーは狂人のように「うおお」と大声でわめき散らしながら着ている服を脱ぎだし、真っ裸になってくるくる滑稽に舞いだした。


そもそもの旅程にフィンランドを入れていなかったので、フィンランドの凍るような寒さを頭に入れてなかったタッキーはその行為によって体調を崩した。一行が盛り上がったあと、唇は紫色になったまま、ただただ身体を震わせて阿呆のように虚空を見上げるタッキーの顔を忘れはしない。このあと、我々は日本に帰れないまま暑さにうだる上海へ連れて行かれることになるのだが、その話しはまた今度。


「そういえば、随分と四国を満喫したみたいですね」とタッキーはマッシュルームのアヒージョをつまみながらヒゲの総帥にいう。この男に高知へ行ったことなど話していないはずだが、おおかたヒゲの総帥が書いているブログか何かで読んで知ったのだろう。


今日はタッキーの誕生日である、いいだろう、その後を話そう。ウランバートルへの機上にて正座して読むがいい。


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『土佐日記』 第六話:440回ほど、震えてみよう。




ダダダダダダ、ダダダダダダ。




「トラ、ちょっと叩いてみて」




ダダダダダダ、ダダダダダダ。




「もうちょっとシンバルこうしたほうが・・・」


チンピラの男は息子のドラムセットの調整をする。息子のトラ君は一回り小さいドラムセットを叩きながら、セッティングの塩梅を確かめる。


ヒゲの総帥は持ってきたギターを取り出してチューニングする。フランスの詩人アルチュール・ランボーは母音に色をつけるのだと言っていた、ヒゲの総帥も6本の弦のひとつひとつを色付けするように440ヘルツへと合わせる。音を鳴らすと一秒間に440回、空気を震わせるのだ。


今回、440回ほど震えてもらうのはチンピラの男の細君の実家である。ドラムのセッティングを待っているあいだ、やっぱり大量のビールが運ばれてくる。これに関しては高知であろうが大阪であろうが変わらない。


チンピラの細君の実家の二階、近所の迷惑にならないよう窓のシャッターすべて下ろす。とても落ち着く家だ、なんだか自分が四国にいることが腑に落ちる家であり、自身の帰郷を実感させる間取りである。幼い頃、世界の果てに位置したこの地にある家は自身の実家となんとなく似ている。実家そのものに形式が似ているのではなく、心象において自身の記憶と一致するのである。これまで数多も入ってきた四国の家それぞれを総括した記憶だ。


小口径のドラムがうなる。持ち運びできるトラベル用のドラムセットは普通のものより小さい、しかしながらトラ君が持っているスティックは普通サイズのものである。これが音圧のアンバランスを生んでいるのかと気づいたが、さてどうしたものかとヒゲの総帥は他人の家の中を見回す。


四国八十八か所を巡られたのであろう、弘法大師を中央に据えた掛け軸が床の間にある。星を飲み込んだ香川県出身の男である。日本各地で温泉を掘り当て治水に優れた男であり、日本列島を横に走る中央構造線沿いに水銀鉱脈を追い求めた偉大なる僧侶である。またの名を空海。


弘法大師がヒゲの総帥にいう


「菜箸(さいばし)、使ったら?」


幾らなんでも、よそ様の家に上がり込んでその挙句に食べ物を口に運ぶ菜箸をドラムのスティック代わりにするのは、あまりに遠慮がないことではありませんか?とヒゲの総帥は弘法大師の意見に反論する。この時点でヒゲの総帥は丸二日ほど起きているのだ、弘法大師と会話ができても何ら不思議はない。弘法大師はヒゲの反論を聞いて、笑いながらこういう。


「弘法筆を選ばず」


それっきり弘法大師は喋らなくなった。


ヒゲの総帥はチンピラの男に菜箸とは言えないので「もう少し細めのスティックとかあるかな?」と問う、「細めは、ないですね」とチンピラの男は頭で思案しながら言葉を返す。「どんなものでもいいんだけれどねぇ」とヒゲの総帥は言葉を注ぎ足す。


誰よりも勘の良いチンピラの男の頭に「!」が点灯したのが見てとれた。


「菜箸なんか、どうですか?」とチンピラの男はこちらが求めていた答えをあっさり提示してくる。


「菜箸か!それは思いもしなかった、ちょうどいいかも知れないね。でも、料理に使うものだからねえ」と口では言いながら、ヒゲの総帥は心のなかで「チンピラよ、正解じゃよ」とつぶやく。


「いや、大丈夫ですよ!」とチンピラの男は笑顔で細君に菜箸を台所から持ってきてもらうようにお願いする。菜箸はその刹那、一階から二階へ到着した。もしも料理原理主義による食物裁判があったとすれば、今回の場合、実行犯はチンピラの男の細君、教唆したのはチンピラの男となり、ヒゲの総帥に限っては参考人程度として証人喚問されるだけで済むだろう。ただし、証人喚問をしたところで「空と海の声を聞いたのだ」と証言されても、有益な参考証言は得られずということで、心をケアしてくれる医者への紹介状を手渡され、さっさと退廷させられるのがオチである。


兎にも角にも、菜箸は手に入った。


「トラ君、この掛け軸におわすのは弘法大師。またの名を空海。古来、日本の三筆として高名であったこのお坊さんはとても字が美しかった。そしてこのお坊さんはどんな筆でも美しく書くことができたのだ。それは今でも言葉に残っていて、弘法筆を選ばずといわれるんだ」と詐欺の説教師のようなことをまことしやかに言いだすヒゲの総帥。


純真さの塊のような目をしたトラ君は詐欺師の言葉にうなづいて「僕もどんなものを使ってもドラムをきちんと叩けるようになればいいとうことですね」と何もかも事態を把握したぞという率直で正当な意見を言う。頭の回転が速いというのはこういうことだ。


1+1=2、1分間は60秒、1年は、だいたい365日。


トラ君みたく、このようなハッキリとしたことを素直に言えるということがヒゲの総帥には感動である。子供と触れ合うということ、彼ら彼女らの話しを聞くということは大人同士のいかなる会話をも陰鬱で薄暗いものと感じられるほど気持ちが良い。トラ君と一緒に音楽をすることはヒゲの総帥の誇りでもあり、何より自分の中でうたた寝している「憧れ」や「希望」や「夢」に積もったホコリが叩き落されるのである。洗心である。


総じて、子供であった自分自身が持っていた「明日は必ずやって来る」という確証の根拠は、自身の親が労働によって創出してくれていた安心なのだと大人になって知ることになる。子供だから、大人だからではない、人間なのだから、人間らしく生きたい。


トラ君はドラムを叩く、ヒゲの総帥はギターを弾く。そのたびに440回ずつ、空気は震える。


世間では「生きたいように生きろ」とよく聞く。この「生きたいように生きろ」というような言葉をヒゲの総帥の両親などは一度も口にして言わなかった、そのような言葉は漫画や映画の世界のよく練られた絵空事であった。言葉にしてもらったところで、このような言葉は何の役にも立ちはしない、親から言われたのは「ミシンの周りは針が落ちてるから歩くな」とか「高いところで遊ぶな」とかそういう現実的な言葉ばかりだった。しかしながら、こうして生きていられるのはそうした、親から発せられた一連のつまらない言葉の集積によるものではなかったかとヒゲの総帥は考える。


「生きたいように生きろ」はラベルとしてはいいのかも知れないが、そのボトルの中にはなんらの栄養要素も入っていないのではなかろうか。


トラ君との演奏は静かにはじまる。慣れない菜箸を両手にドラムを叩く孫の演奏に聞き入る祖父の実直な存在感から、ヒゲの総帥は自分という存在に辿り着くまでの綿々と連なるルーツを感じる。洞窟から始まり、何万年をもかけて自分は存在しているのである。


いつしか、冷泉たち旅の仲間が二階へやってきており、音に耳を傾けている。


音楽を何故しているのか。その答えを出すこともなければ、その理由すら持ち出すことはないだろう。何を言われても、何を求められても、何もかも言葉で表現することなどは不可能だからだ。不十分なのである。言葉の役割が不十分である以上は、その行為によって納得する、または納得してもらうしか伝手はない。


以前、グーグルのサム君がヒゲの総帥の娘に尋ねたことがある。「どうしてバレエをしているのか?」という質問だった。


娘は随分とああでもないこうでもないと黙り込んで考えていた、頭のなかにある表現方法と心の中にある想いが一致する「ことば」を探しているのだろう。ようやく出てきた答えは「楽しいから」の一言だった。


サム君はとても腑に落ちたような顔をして「いたってシンプルだ、それいいね」と彼女に言葉を返した。彼女は目の前にいる異国の男性に照れていた。サム君からのその言葉を横で聞いていたヒゲの総帥は、彼の返答のあとに遅まきながらシンプルの持つ「質感」と「重要性」を心得た。彼という第三者を経由して自分の娘から出たシンプルの美しさを知ったのだ、そういうこともある。


トラ君とヒゲの総帥のシンプルな演奏会は終わった。聴かせたい人たちにがそこにいて、聴きたい人たちがそこにいたという演奏であった。人がいたってシンプルに生きることを是としてくれる空気や風土、高知にはそういう面もある気がする。いや、高知に限らずでもそういうところはあるのだろうが、私的な思い入れがある分、他所と比べて高知は別格本山である。


高知ほど生きやすいところもなければ、高知ほど生きにくいところもない。こうした二律背反する意見はそのどちらの側面から物事を見るかによる、その人のそのときの状況や環境に左右される。それはそういうものであって欲しい。


いつしか近い将来、我々、インターネット世代がゴミのように食い散らかした無慈悲で無意味な言葉の数々を次の世代が焼却してくれればよい。生きていくには、金を稼ぐにはとんでもない量のゴミが出てしまうというのが当たり前の時代なのだ、そういう時代だったと笑い飛ばしてくれればいい。


地球のためにと言われても、理屈ではわかっているが想像力の乏しいヒゲの総帥には実感が沸かない。自分が母親の胎内の中にいながらにして、その母親のことを気づかうということぐらい突飛なスローガンに聞こえてしまう。ヒゲの総帥は地球に住んでいるそうだが、実際に地球を見たことがないのだ。知識として知っているだけなのだ。


故郷もそうだ、四国もそうだった。外に出てみて、知らんふりを決めてみて、違う土地で生まれた第三者たちと触れ合うことでやっとわかることがあるのだ。実感として理解できることが確かにあるのだ。それこそが他人からではなく、自分自身の中で見つかったシンプルな答えなのであろう。


「生きたいように、生きてみるのだ」


ヒゲの総帥が働く理由、それは自分の親が勤労によって自分を育ててくれたからというだけのことが影響しているだけのことだ。金のために働くというのは大体の部分で一致するも、決定的な最後の部分でどこか違う気がする、金が欲しいのならば寝る間も惜しんで命を削って仕事をするより、その時間にて、研究を重ねて自分で紙幣を作ったほうが早くて有意義であると考える男なのだ。そうしないのは、他ならぬ自分の親の姿に影響を受けてのことだろう。


ただ、それだけのことである。


チンピラの男の実家にお礼を述べて、ヒゲの総帥たちは一旦ホテルへ戻る。これからホテルとは別の場所にて宴会の用意があるということで、ホテルに荷物を置きに戻る。やっとホテルである、チンピラの男には女性陣の部屋で僕は宿泊すると前々から伝えておいたはずだが、ホテルにチェックインして案内されたのは、男ばかりのタコ部屋だ。部屋の住人はアラタメ堂、忌部、北など錚々たるメンツである。さらにここへ冷泉も加わってくることになるのだから、寝床がキリング・フィールドとなることは想像に難しくない。これはとんだ手違いである。


これから宴会へ行くというのに、アラタメ堂のご主人の姿がない。アラタメ堂、どこ行った?と誰かに問うと、「風呂です」と返答があった。確か高知へ到着して早朝から風呂へ消えた男が、また風呂に入っているというではないか。


そういえば、チェックインの折、部屋を案内される途上で「ここが大浴場になります」と係の者に案内された。ヒゲの総帥が案内された視線の先に、浴場へ消えていくガニ股の不格好な男の後ろ姿を見かけたが、あれがそうであったか。


これでは高知へ来たのか、湯治へ来たのか知れたものではない。


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by amori-siberiana | 2019-06-22 11:56 | 雑記 | Comments(0)


パチンカスのテッドが病に倒れた。


テッドとヒゲの総帥は役所内においてそれぞれ違う部署に配属されているが、ここへ入所した同期の戦友である。テッドがやっていた仕事は税金の計算方法が少しばかり特殊なところで、前任者より引き継いで彼が単身一人でやっていた。


そのテッドが倒れたというのだ。自然の成り行きなのかどうか知らないが、テッドの残した仕事はヒゲの総帥が現状業務と兼任で引き継ぐこととなった。このようにややこしい業務を満足いく資料も渡されず、孤独のままに黙々とやっていたのかと思い返せば頭が下がる。


それにしてもテッドは汚い字だ。「役所の三筆」に数えられるヒゲの総帥の手によって、エゴン・シーレのような野性的な曲線に支配された公文書は、クリムトの美しさを取り戻すのである。テッドが快復してまた役所へ戻ってくることとなれば、自身の業務を引き継いで見事に芸術へと昇華させた男の美学に男泣きすることだろう。


ゆっくり養生して、なるべく早く帰ってくるがよい。こちらは国税庁のHPとにらめっこで眠れていないのだ。役所内はネット禁止で暗記しなくてはいかんのが面倒だ。


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by amori-siberiana | 2019-06-18 23:41 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
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