人気ブログランキング |

※入場無料


7月28日、最初の遊気Qでの演奏から丸一年が経った。とにかくいろんなことが起きた、やかましい一年だった。


残暑厳しいのは毎年のことであるが、今年は今月がそれほど連続した酷暑ではなかったので少しばかり得をした気分になっている。大阪は北濱にあるツタ絡まる大正レトロの青山ビル。その一角を占拠するギャラリー「遊気Q」では《巴里祭》なる催しが行われている。北濱のクリニャンクールたるべきを目指す、ギャラリーオーナーの本領発揮というべきであろうか。


この巴里祭に、一人の音楽家が登壇する。もちろん、私である。アモリのつもりというイベントは当初、回数限定のものだったが、いつしか皆の寛大さによってイベント回数を延ばしていくこととなっている。今ではヒゲの総帥のちょっとしたライフワークともなっている、小さなコミュニティでの小さな演奏会だ。


全ての季節を通じて、ここでギターの演奏をさせてもらっている。季節には色がつく。青春・朱夏・白秋・玄冬といえば知った人もいるだろう。私自身、こういったことを常に人から教わってきた。誰かに向けて何かを言わんとしようとする人の言葉より、なんら飾り気のなく、ほろりと口から漏れ出てきた言葉はいつも情緒と風情を伴っている。私はそれらを集めるのが好きだ、そういう意味で私は言葉のコレクターであるといっても言い過ぎではない。


人からの言葉によって生きている。人からの言葉によって一喜一憂して、人からの言葉によって自分が何者かを知る手掛かりを得る。


しかしながら、私は器量も良くなく偏屈な一面があるので、人からの言葉を正確に記憶する能力には乏しい。言葉の意味や真意よりも、その言葉から抽出される霊感のようなもののほうが好きなのだ。


言葉はそれを受けた側の人間の心に傷をつける(その傷自体が良い類のものか、悪い類のものかという議論は別にして)。


その傷跡に針を落として辿らせてみると、その言葉によってどのような心象を受けたのか、針は傷を伝わりその振動は音となって逆流してくる。そうなると言葉はすでに形を成さず、言語としては成立できず、ただ、単純な音のみとして耳に入る。そんな曖昧な演奏を毎回させてもらっている。


私は遊気Qでの演奏をコンサートだと思ったことはない。コンサートとは成熟した状態によってのみ開催されるべきであって、このように曖昧模糊とした状態を楽しむイベントではないのだ。これはとても中途半端な演奏会なのであり、私にとって毎度のこと楽しみな演奏会であり、小遣い稼ぎにもちょうど良いのだ。


このギャラリーに存在するノスタルジックな雰囲気は、そこに置かれているモノやそれを作りだすヒトの手によるものであることに疑いはない。それらを選別してコレクションとしているこのギャラリーの女オーナーが、私の演奏会を好き放題に企画してくれるというのは、果たして私も彼女のコレクションのひとつかも知れない。


それならば、それで光栄である。


北濱らしい。


8月10日の土曜日、19時00分からの演奏を聴きに来ていただけるなら本望であります。


d0372815_19592502.jpg

by amori-siberiana | 2019-07-28 19:59 | 雑記 | Comments(0)


d0372815_21183171.jpg



犬:コワーキングスペースって、なに?


オラウータン:シェアオフィスやレンタルオフィスとは異なり、実務を行う場所が個室ではなく図書館のようなオープンスペースとなっている。また、すべてのスペースを共有したり、イベントを行ったりといった試みを通して参加者同士のコミュニティ育成を重要視する傾向が強いことも大きな違いのひとつである。     ※Wikipediaより引用


犬:じゃあ、コワーキングスペースの『北浜リンクス』って、なに?


オ:大阪は北浜、閑静なビジネス街の一角にあるオフィスであり、このオフィスではいろいろな職種の人が自分のタスク(仕事)をコツコツとこなしていたり、ごくたまに力を合わせあったりして、緩くてフワフワした環境のなか、でも案外、性急な心持ちで働いているところである。ユーモア満点なのもいれば、そうでないものもいる。固い仕事をしているのもいれば、何の仕事をしているのか解らないのもいる。多様性に富んだ、懐の深い場所であることは確かだ。


犬:普段は仕事するところで、どうしてゲーム会なんかするの?


オ:うん、実はとても大きな意味が二つある。


このゲーム会は北浜リンクスを縁にして知り合った者たちがここのオーナーさん(通称:マンホー)を説得して開催しているというのが、まず一つの大きな意味だよ。リンクスは通常、日曜日は定休日なんだけれど無理を推してマンホーさんにお願いしたら、すぐOKが出たんだよ。


つまり、リンクスという場所だけを借りてどこかの誰かがゲーム会をしているんじゃなくて、このゲーム会自体がリンクスという場所から生み出されたものなんだよ。そしてオーナーのマンホーさんなんていうのは休日を返上して、ノリノリでこうしたイベントに乗り込んでくるから面白いね。


そしてゲーム会をするもうひとつの理由は、この北浜の『リンクス』という場所へ皆に来てもらいたいからなんだ。ずっとコワーキングというものが気になっていた人でもいいし、ここは一体なんだろうと気になっていた地元の人でもいいし、ゲーム目当ての人でもいい。ゲームをすることよりも、リンクスというコワーキング・スペースがあることを沢山の人に知ってもらいたいからという主旨のもと、イベントをしてるんだ。


犬:じゃあ、ゲームは二の次ってこと?


オ:まさかまさか、ゲームは何よりも本気だよ。そこを中途半端にするようなら、それはイベントの一番面白い部分を削ぎ落すことになってしまうからね。リンクスを知ってもらうということは、その場所やインテリアを知ってもらうことよりも、そこにどんな人が集まってくるのかを知ってもらうことが大前提。ワインだってボトルより中身の方が大切だからね。


犬:ってことは、今回のゲーム会を主催している「のっぽ」、「ヒゲ」、「エジプト王」はやっぱりリンクスの会員さんなの?


それも三者三様なんだよ。のっぽはリンクスのほぼ創成期からいるITの人。ヒゲは以前は会員だったけれど金が払えずに休眠会員とされた音楽家。エジプト王なんていうのは一度もリンクスにお金すら払ったことのない、ゲーム好きのキツネ目のおじさんだよ。けれども、会員だからとか会員じゃないからとかマンホーさんは言ったことがないんだ。それはゲーム会に限らず、どんなイベントでもね。


犬:他にもいろんな人が来るの?


オ:もちろん、このイベント自体、ほんとに沢山の人の協力のもとに成立しているんだ。本物のギャンブラーもやってくるし、一年の大半を海外出張ばかりの人とか、素晴らしい人とか、どうしようもない人とか色々ね。


犬:名刺交換とか、交流会みたいなノリは苦手なんだけど大丈夫?


オ:みんな苦手だよ、そんなの。好きでしている人がいるわけないじゃないか、したいときにすればいいし、したくないことはしなくていいんだよ。そういった自由があるのもコワーキングのいいところさ。そもそも、ゲームをするのに肩書や名刺なんてもの必要じゃない、ゲームのいいところはそういった社会的な鎖がその場では無効化されるところなんだ。


犬:お酒も出るみたいだし、絡まれたら怖いんだけど・・・。


オ:それも大丈夫、みんなロバのように静かだよ。それでも不安なら受付で「護衛をお願いします」と伝えてくれれば、屈強な男があなたの身辺警護についてくれるからね。   ※チップ不要


犬:子供連れでもいいかな?


オ:大いに歓迎するよ。といってもこの日ばかりはみんなが冒険心あふれる子供ばかりさ。  ※飲酒は20歳以上です。絶対。


犬:どうして、そんなにリンクスをみんなに知って欲しいの?


オ:そりゃあ、ここから僕の未来がスタートしたわけだからね。誰だって親孝行したいもんだし、また、誰に向けても誇れる場所であるからだよ。ちょっと遊びに来てよって感じさ。


犬:じゃあ、ゲーム会の詳細を教えて!


オ:オッケー、そしたら「のっぽ」ことアラタメ堂のご主人からの紹介文をそのまま転用するね。


https://www.facebook.com/events/393565694618581/



d0372815_21242103.jpg

by amori-siberiana | 2019-07-22 21:30 | 雑記 | Comments(0)

♪カララン、カララン




・・・。




♪カララン、カララン




・・・。




♪カララン、カララン




やかましい!




これまでに聞き覚えのない音色で目を覚ましたヒゲの総帥。ぼんやりとしたまま目を開けてみる、お世辞にも綺麗とはいない白地の天井が見えるが、ここがどこなのかわからない。もちろん記憶を辿ってみれば自分の現在地くらいは容易にわかるのだが、二日酔いというやつはそれすらも億劫になる。


起き上がろうとすると体が痛い、どうやら床に倒れ込んでいたまま夜を明かしたようである。しかしながら、起き上がったヒゲの総帥の視界には二つのベッドがあり、その二つとも先客で埋まっているようである。先ほどの聞き覚えのない音色は、そのうちの一人のアラームであることは何となくわかった。


ヒゲの総帥は意図してかどうなのかわからないまま同室になった人間の顔を恐る恐るのぞき込む。「誰だ、コイツ・・・」と思う、自分の知っている人間ではない。ドアに挟んで腫れあがった親指のような顔をして寝ている男を目の当たりにして後ずさりした総帥であったが、その男の横にメガネがある。どうやら普段、この男はメガネをつけているのだろうということが状況から推察できる。


ヒゲの総帥は自身の両手の親指と人差し指で「OK」の丸形をつくり、それをメガネに見たてて知らない男の顔にはめこんでみる。二日酔いで頭がぐらぐらするが、すぐにこの男が黒ずくめのIT参謀こと冷泉だということがわかった。そしてもう一方のベッドにて掛布団を体に巻き付けて寝ているのは、アラタメ堂のご主人だということもわかった。その様は呪われた館のようであった。


そもそもどうしてここ(床)で自分が寝ていたのかわからない。アラームが鳴っては起きて鳴っては起きてを繰り返していた冷泉がベッドの上で半身を起こす。起こして早々、「ぐふふふ」と低い声で笑いだす。それに連動してアラタメ堂も目を覚ます。


「どうして僕はこんなところで落ちてるんですか」とヒゲの総帥は寝ぼけ眼のアラタメ堂のご主人に問う。


「阿守さんは昨夜ここへ来て、ここで寝ると言いだして、そして勝手に寝てたんですよ」とアラタメ堂は自身の知ってることを返す。


ヒゲの総帥は何も言わずにここがどこなのかを確かめるために部屋の外へ出る、ここは観音寺にある老舗ホテルだということがわかり安心する。この安心するということの根拠の大前提として、誰にも世話にならずとも家まで辿り着けるというのがある。ヒゲの総帥はそのまま誰にも何の暇も言わずにホテルから駅まで歩く。昨日、あれだけ降った雨はあがっているが、空気中の湿度が高いことはアスファルトや脇の畑からの匂いでわかった。


駅に到着する。JR観音寺駅だ。


ここの駅の国鉄時代の看板はヒゲの総帥の実家に雨ざらしで置いてある。駅長室にはヒゲの総帥の父親が描いた大きな絵が飾られていたのだが、今はどうなのだろうかと思いながら駅舎のベンチで缶コーヒーを飲む。毎週の日曜日、観音寺の駅長から実家へ電話があった。父はいつも嬉しそうに電話で駅長と何やら話しをしていた。


中学1年のとき彼女ができ、3年の夏になると当時の彼女は実家へ遊びにくるようになった。父は挨拶がてらヒゲの総帥の部屋に顔を出してくる、どういう経緯なのか失念したが父はJRの業務用の記号やら線やらが複雑に入り組んだマニアックな書類を息子と息子の彼女の前に提示してきた。息子の彼女は頭が良いとの評判を誰かしらから聞いて、これを解けるかとゲームのつもりで持ってきたのであろう。


ヒゲの総帥はちんぷんかんぷんであったが、彼女の方はすらすらとそれを読み解いた。父親は非常に驚いた顔をした、どうしてわかるのかと父が訊ねたところ「私の父がJRなんです」と答えた。父はその言葉を聴いて、隠れキリシタンがバチカンからの荘厳な衣装に身を包んだ使者と会ったときのような会心の笑みを浮かべた。


そんなことを思い出しながら駅舎のベンチで電車を待っていると、「あれ!阿守さんじゃないですか」と声を掛けてくる銀髪の女がいる。大阪は北濱にある、大正時代に建てられたツタの絡まる青山ビルの一画を占拠するギャラリー「遊気Q」の自称304才の女オーナーである。


「どうしてこんなところにいるんですか?」とギャラリーの女はいうので、「気がついたらホテルの床で寝てました」とそのままを工夫なく答える。「まぁ」とギャラリーの女は目を丸くして品よく笑う。他にも見知った者たちばかりが観音寺の駅舎に集って賑やかにこれからどうするとか談義をしている。


「昨日、一緒にお酒を飲んだ地元の人から勧められたうどん屋へ行くんですよ。一緒に来ますか?」とギャラリーの女は朝からハイテンションであるが、二日酔いで頭がぐらぐらする状態なのでご勘弁をと失敬する。地元に帰ってきているのに、朝から会うのは北濱の仲間たちばかりで、その影響力はアナログゲームの「パンデミック」のようである。気持ちのよい仲間たちばかりである、彼ら彼女らはいつだってヒゲの総帥のことを放っておいてくれるのだ。


一行はさらに西へ行くという、香川の西の果てにある海辺の駅へ行くのだ。そこはヒゲの総帥の母親の生まれ育ったところであり、日に恵まれれば最高の夕日が見られる集落なのだ。山から急峻なるまま海へと入り込む地形、海のすぐ脇を崖と沿うよう国道と線路が走る。天候と波の具合によっては海の波がざぶんざぶん道に入ってきていたのも昔、ここを抜ければ愛媛県の川之江市が現れる。


ヒゲの総帥は逆方向、東行きの電車に乗る。ひとつの駅の区間が長いので、都会にいる感覚で「二つ向こうの駅まで」などとタクシーを使うとまあまあな額になったとは冷泉たちが苦笑しながら話していた。


車窓を眺める。頭痛は激しいが、これほど清々しい気持ちでJR四国に乗れたことはなかったのではなかろうか。雨が降ったせいだろうか、車窓から見える田畑や雑草の緑がとても鮮やかな彩色を帯びて見える。やっぱり電車は風景が見えたほうがよい、カタタタンタタン、カタタタンタタンという小刻みなリズムに同調して景色の燃え上がる緑はヒゲの総帥の視界へ飛び込んでは、消えていく。電車の中で地元の人から「昨日のコンサートは最高やった」と言われるので照れる。


最寄り駅に到着する。


何もない駅だ、たばこの空き箱のような駅である。都会に暮らす人間からすれば待てど暮らせど電車が止まってくれない駅である。


空き箱のような駅にはベンチが置かれ、そこには「まあ、一服と」言わんばかりに座布団が敷かれている。


家まで2キロほどあるのでふらふらと歩く。母親と息子はすでに起きており「おっ、帰ってきた。どこでおったん」というので「ホテルの床で寝てた」と返すと母は呆れ顔をする。息子は「一緒にマリオをしよう、昨日からずっと待っとったんや」とゲーム機を持ってヒゲの総帥の手をひく。


「昨日の最後から二曲目よかったな、あれ好きやわ」と息子がいう。「ああ、ツンドラか。チンピラの息子さんと一緒やな」とヒゲの総帥は返す。「ツンドラってどういう意味なん?」とヒゲの総帥の母親が訊く。「永久凍土の大地のこと、つまり一年中、氷が溶けない寒いところのことだ」とヒゲの総帥は答える。「俺はあの曲、ええと思うわ」と息子がいう。「氷が溶けんって・・・どういうこと」と母親は何かをイメージしている。


寝ぐせのままベースのヤマトコさんが寝室のある二階から談義中の一階へ下りてくる。「おはようございます」とお互いに挨拶をして、縁側でぶら下がったゴーヤやまだ熟れてない緑のトマトを見ながら煙草を吸う。


ヤマトコさんはヒゲの総帥の母親の車に乗って出ていく。母親の車はスポーツタイプのものでたまに若い人に乗ってもらい、回転数を上げてもらったほうが車の性能的にはいいのだという。ヤマトコさんと母はエンジンのことや、クラッチやギアチェンジの詳細について話しをしている。


ヒゲの総帥は息子とピアノのある部屋へ行く。息子はゲーム許可の条件と引き換えにピアノを面倒臭そうに練習する、ヒゲの総帥はごろっと横になりスマホを触りだす。


「もうこれでええやろ」


「ちょっと間違えたんちゃう?」


「もうこれでええ?」


「ちょっと間違えたんちゃう?」


「なあ、この写真の人は誰?」


「ああ、千代ちゃん」


「千代ちゃって、俺のおばさんになるんやろ。死んじゃったけど」


「そうやで」


「もうこれでええやろ、30分(ピアノの練習)したで」


ヒゲの総帥の母親が二人のいる部屋へやってくる。


「婆ちゃんは千代ちゃんには、練習したほうがええん違う?とか一回も言うたことないわ。もうそれ以上は練習やめといたほうがええん違う?ばっかりやったわ!」と母は孫にいう。


渋々、ピアノから下手くそな音が出てくる。


故郷で、ピアノが歌っている。



d0372815_20100734.jpg

d0372815_20103333.jpg


by amori-siberiana | 2019-07-20 20:10 | 雑記 | Comments(0)

チンピラの男からメールがあった。今週末にヒゲの総帥の故郷にて行われるシベリアンのライブを楽しみにしているという内容であった。


私の故郷は香川県の観音寺市。一族のルーツも同じだ。


私自身は23年のあいだ、この地で演奏することを拒んできた。それもいよいよ終わろうとしている、観音寺で開催される「銭形まつり」のコンサートにて大トリを務めさせていただくこととなったのだ。場所は観音寺市民会館大ホール(現在:ハイスタッフホール)となり、私の知っている大ホールからは移転改築されて全く違うものにグレードアップしているのだと聞いた。


このような舞台に立てるなど、多方面の人からの協力があったことは想像に難くない。だから、ずっと実感がなかった。自分の故郷であるのに、そこに音楽家としてステージに立つ自分たちを全く想像できないのである。それゆえに周囲の人には感謝しかない。なぜなら自分発信では絶対に起こり得ないことを起こしてくれたのだから。ありがとう。


道路にも同じ号線で新しいものと旧のものがある、それとよく似ていて私が知っていたもの、また故郷で経験してきたものは記憶の中で新鮮であろうとも、世間的には旧のものへと意識が変わっていくのである。


「香川でのライブの意味は大きいね。後悔のないライブになりますよう体調を自己管理すること」とは、先日、故郷にいる母親から送られてきたメールだ。


後悔のないライブ。確かにそうだ。


23年は長かった。


23年前、一緒に市民会館のステージに立った音楽仲間が今もシベリアンに在籍している。彼はどのような思いでここへ再び立つのだろうか。


私は多分、自分自身、23年もの間、この日が来るのを待っていたのかも知れないと思った。それはいつしか無いものとして扱われて、取り出されることなく心の奥のほうへしまい込まれた思いである。成就されないことを知り、なんらかのメロディーと形を変えた思いである。それらの思いの原型が今こうして、自分の心に再び姿を現したのである。


ずっと切れずにあったのだ、細い糸のような「思い」は、ずっと切れないままあった。へその緒のようなものだろうか。


一番出たかった場所に一番出たかったバンドで演奏できる。もちろん年老いた母親は「這ってでも見に行く」という。銭形まつりへ遊びに来た私たちのことをまったく知らない人も来るだろう。私の故郷の友人たちも見に来てくれるし、遠く彼方からも沢山の仲間が応援に駆けつけてくれるという。人の厚意に恵まれているなという実感が込み上げてくる。


私は高校を途中で辞めた。まったく後悔などしていない、自分自身が自分自身であるためには不可欠な選択であったのだ、我慢ならない毎日であったから日々、自分の心が死んでいくのに耐えられなかったし、それに慣れるということも考えられなかった。自分の生き方が他人に比べて下手くそなんだなとは、この辺から承知することとなった。


私の周囲にはそんな奴が多かった。いや、もしかして私の周囲だけではなく、皆がそうなのではなかろうか。


23年前、2曲しか持ち時間のなかった私だが、今では1時間半もの演奏時間をいただくこととなった。待望であり光栄である。この1時間半という時間は私にとって比類なき時間となる。


嬉しいときには線路を歩き、悲しいときには海を見ていた。鬱屈とした思いで眺めた小高い山々はどれもお椀を逆さまにしたような形をしていた。何度も何度もマリオカートを走った、玄関を使わずに私の部屋の窓枠から友人たちが深夜に流れ込んできていた。うどんがブームになろうとしていた。母が行っていたパートへアルバイトに行ったが半日で辞めて帰ってきた。母の顔に泥を塗ったわけだが、母は私のしたことについて寂しそうな顔をするだけで一切咎めなかった。


自営業だった父は深夜から仕事に出る。私は学校を辞めてなんの手伝いもせずにギターの練習か麻雀をしていた。このような息子に父が大きなギターアンプを買ってくれた、頼んでもいないのに買ってきた。自然にギターの練習に精が出るようになった、父は自身も音楽をやっていたが息子に何一つアドバイスをすることはなかった。


妹は常にヘッドフォンをしたままでピアノを弾いていた。私はヘッドフォンを取り上げて彼女に向かい「何か弾いて聴かせてみろ」と言うが、思春期だった妹は何も応答せずに邪魔くさそうな顔をするだけであった。そんな彼女を私はミス・サイレンスと呼んでいた。私にはギターのアンプが与えられ、妹には消音機能と自動演奏機能がついたピアノが与えられていた。音楽的な才能は彼女のほうにあったことは確かだ、妹を音大に行かせるためにと両親は懸命に働いていたが、突然、それはなくなった。


何をどうしていいのかまったくわからない23年だったかも知れない。いや、それまでだって何をどうしていいのかまったくわかっていなかった。


今だって何をどうしていいのかわからないことだらけ。ずっと子供のままなのだ。母がいる限りずっと子供でいさせてくれるのだ。


書き出すと取り留めもない・・・。


それは最初の一行からこうなるであろうことは予測できたのだが、書かずにはいられないことだってある。いつだって腑に落ちたような顔をして歩いているが、実際は詰め込まれた何かが今にも爆発せんとするのを何とか抑え込むために、そのような表情を取り繕っているのであろう。


市民会館の大ホール。コンテストで落選し失意のなか逃げるように帰ってから23年、再び同じステージに私のギターの席が用意されている。


是非、演奏を来きに私の故郷へ足を運んでいただきたい。皆の人生の時間を90分ほど拝借させていただきたい。


私はもう逃げ帰らない。一音だって無駄にはしたくない。なんだかわからないが、震えてくるのである。


私にとって以前のあらゆる栄誉や音楽的功績などもこの日と比べるとどうでもいい話しなのだ。そもそも比較対象になる度合いのことではない。


ずっとこの日が来るのを待っていたのだ。


祭りのはじまりは近い。


銭形まつり HP


http://www.kan-cci.or.jp/zenigata/

https://www.city.kanonji.kagawa.jp/soshiki/21/11656.html


d0372815_13243110.jpg


by amori-siberiana | 2019-07-10 13:24 | 雑記

ハンガリーの作曲家バルトークが1943年に書いたコンチェルト・フォー・オーケストラ(管弦楽のための協奏曲)という曲がある。全部で五つの楽章からなり、バルトーク晩年の最高傑作といわれる。


その中の5番目 「フィナーレ」。


冒頭、金管楽器(ホルン)の高らかなファンファーレが鳴り響き、突如として濁流のようにヴァイオリンがのたうち回る。旋律の節々にオチのようなものがつく、独特な音階をカノン形式で上昇していく中~低音域、それと反比例して下降してくる高音域。針金のように鋭いフレーズは様々な屈折を繰り返しながら、時間さえも焼きつくし、フレーズの行きつく先にどのような時限爆弾があるのかを感じさせる。トムとジェリーの攻防を思わせる、捉え方によってはパラパラ漫画のアニメーション的でもある。


始まって程なくして(大体1分10秒頃であろうか)、これでもかと言わんばかりに空気中に詰め込まれ圧縮されていた音は、高知の西の外れに到着する。ここは黒潮町というところだ。


これから皆で宴会場に向かうのだが、この町にはタクシーが一台しかないという。総勢何名いるのか数えるのも億劫になってきたので止めるが、一台をピストン運動させたところで宴会場へ先着した人間と最後に来た人間では随分と時間差ができてしまう。さて、どうしたものかとチンピラの男は頭をひねる。


取り急ぎ、女性陣は町に一台しかないタクシーにて宴会場へ向かう。しばらくすると、チンピラの細君の家のものが車を運転して我々の泊まるホテル前まで迎えにきてくれる、ただ遊びに来ただけの大人たちをここまで世話していただけるなど感激の極みである。さらに代行タクシーもあるというので、ヒゲの総帥はギバタの車で彼と一緒に宴会場へ行き、帰りは酔ったギバタを車もろとも代行でホテルに戻すという作戦を取る。


ギバタの車は賑やかである。車内に液晶テレビが幾つもあり、車のソファも快適で乗り心地が良い。ここに本棚やDVDを並べて、ジュースサーバーを設置すれば漫画喫茶として成立するだろうと考える。なるほどレンタル家族を飽きさせないため、彼も努力家であることが汲み取れたのは新しい発見だった。


最後にホテル前で残されたのは、チンピラの男、黒ずくめの冷泉、デザイナーの忌部、アキラメ堂である。この四人がどうやって宴会場まで来たのかヒゲの総帥は失念してしまったが、最終組として宴会場へ彼らが来たときには、もう出来上がっていた。


勘違いしてはいけないのは、出来上がっていたといっても出来上がっていたのは宴会場へ先着したメンツではなく、一番後からやってきたこの四人だ。どうやら宴会場へ到着するまで一升瓶を抜いて酒盛りしていたのだそうだ。忌部などは倒れ込むようにして宴会場へ入ってきた。半円形で中央にぽっかり空間があり、周囲は階層式になっている居酒屋はどこから人が集まってくるのか、よく繁盛していた。コロッセオで飯を食えばこのような感じだろうかというものである。


宴会が終わりホテルへ戻る。海辺にでて星を見ようということになる。ベガがよく見えた、ベガの隣にある四辺形を成す星のあたりに望遠鏡を向けると、条件が良ければ「リング星雲」が見える。距離は地球からおよそ2300光年、たばこの煙を吐き出すときに輪っかにする人がいるが、その輪っかに似ている。


夜、暗くなった浜辺ではTシャツがずらっと干されている。明日、この浜辺でオリジナルTシャツのイベントがあるそうだ、暗闇の中、海からの複雑な風が吹きつけるとTシャツが揺れる。風の痕跡をTシャツが音で教えてくれる。バタバタと音がする、風がTシャツに当たっては、どちらに主導権があるのかわからないが、風か生地のどちらかが声をあげるのだ。海鳴りの音は低音、それに真向から反撃するかのように世闇の中、一人暴走族もバイクを泣かせる。


ホテルに戻り、部屋飲みをする。ヒゲの総帥は浴衣に着替える、すると冷泉が「あ、阿守さん、僕も、それ(浴衣)、着たい、です」と言いだす。しかしながら酩酊している冷泉は浴衣の帯すら自力で結ぶことができないので、ヒゲの総帥が手伝いをする。が、ヒゲも酔っているので面倒になり、簀巻きの状態にして決着をつける。ほぼ、半裸の冷泉は嬉しがって回廊となっているホテルをウロウロする。ゾンビ。


皆が呂律の回っていないゾンビを部屋へ放り込み、「はやく寝ろ」というのだが、冷泉はまたむくりと起き上がり、部屋飲みしているところへやって来るを繰り返す。「阿守さんも一緒に休んでてください、冷泉さん一人だと寂しくなってこちらへ来るんですよ」とアキラメ堂のご主人はヒゲの総帥をいけにえに捧げようとする。


朝、起きる。


メタリカのライブのような冷泉たちのイビキを聴いて迎える朝は、いつもとは違った二日酔いをしていた。そもそも冷泉とは違う部屋のはずであるが、何故か冷泉がいたのは今もってしても謎であり、後日、調査しなくてはいけないことの一つである。


皆は朝から船に乗ってホエールウォッチングに向かうそうだ。深夜のうちに高知へ到着した第二陣のジローとイカした飲み仲間たちは駐車場に停めた車のなかで、到着早々に酒盛りしながら寝ていたとのことで、ヒゲの総帥は顔を合わせることがなかった。またここから第三陣として無法松先輩やビッチの女マスターもやってくるというではないか、この波状攻撃に耐えうることが高知の懐の深さであり、空気の清々しさでもある。


竜巻のようにしてやって来た一味は、また、竜巻のように元来た場所へと戻るのであろう。連続する毎日である、人はいつしかその連続性に慣れてしまい、それがずっと続くと思ってしまう。終わったことがないこと、味わったことがないことについてのヒゲの総帥の想像力というものは、常に水をつかむような不確実性に溢れている。だが、水をつかんでどうなるというのだ。自分の人生の始点から終点を知ってどうなるというのだ。終点を知ることによって今をより良く生きようと懸命になるのは良かろう、だが、そこまで切実になる必要が果たしてあるのだろうか。


もし、自分自身が地球を動かしているのであれば、それは動かし続けてもらわなければ困る。ずっと日照りする場所、ずっと夜の場所があっては確かに可哀そうである。ただ、ヒゲの総帥は世の中のなんらも動かしてはいない、論じることは多々あるが、それは常に法律にしても考え方にしても、誰か先人がすでに考えてきたことを拝借しているに過ぎない。自分自身で発明したことなど、何もない。


長くなったので終わりにしようと思う。


ヒゲの総帥はチンピラの男に誘われて高知へやって来た。夜、海鳴りを聴いた。それは眠ってはいるが野生のままの血液を感じた。ギターを持ち出して、夜が明けるまでずっと奏でていた、特に表現したいことなどなくて、漆黒に広がる血液と自分の血が混ざりあうものかどうか確かめたかったのだ。


私は恋しかったのだと気がついた。


血の海がしぶきとなり浜辺に打ちつけ、砕け散り続けるその様が、幾重にも工作と破壊を繰り返してきた自分の血と呼応する。私であったり、私の家族であったり、私の知人であったり、私の知らない誰かであったりが、ほんの些細なことで救われるのは、ほんの些細なことで悩んでいるからだ。


血が恋しかった。海に来れば、私はもう二度と会うことのない誰かと同じ音を聞くことができているような気がする。昭和53年の1月23日、私はどこからともなく出発した。出発して41年が経った、郷里を抜けるのに18年かかり、そこから23年は自分の故郷が幾ら恋しくとも、それを認めなかった。


海の音、風の匂い、砂の声、それら全てが密となり誘いとなり、自分がどこかの引き出しにしまい込んでいた記憶と繋がっては、血が通った状態で起き上がった。血が通うことで熱をともなう。その熱は風に運ばれてどこへ行くのだろうか、「Ctrl」+「z」で以前に立ち還ることはできても、「Ctrl」+何かを幾ら押したところで、未来などは誰も教えてくれないのである。


あれがしたい、これがしたい。そのために情報収集して、よりスマートに効率的に節約してというのが果たして賢い生き方なのであろうか。出会うべくして出会うことのくだらなさよ、第三者が設定して待ち構えたルーティンに引っかかってしまう虚しさよ、そこに血は通っているのか。


頼むから黒潮のようであってくれ、命ぜられずとも咲く山の花のように、気高くあってくれ。どこに行ってもWi-Fiの有無を気にしながら、自分を探すことだけに夢中とならないでくれ。


駅舎にて。


トラ君と祖母がヒゲの総帥を最寄りの駅まで車で送ってくれる。ヒゲの総帥はこれから同じ四国にある自身の郷里へ帰る。実家にはヒゲを訪ねて珍客が来ているそうだ。趣きのある駅舎のホームからは田畑があり、ビニールハウスの骨組みが見える。それぞれ立ち並ぶ家々は同じようであり、そのまたどれも違って見えもする。個性というものなどはそのようなところで発揮されるものではないという、土の声がしてくるようだ。


一本のレールが走っている。レールの東西を遠望するも、地に沿った二本のレールの先には特に何も確認できない。改めて昨晩はお世話になりましたと、トラ君の祖母から言われて大いに恐縮する。「また、ここへ来た際にはよろしく頼みます」とヒゲの総帥が図々しいことを言うと、「お待ちしております」と柔らかな返答があった。


よろしく頼みますという言葉ほど、言葉以上に何の意味もなさない言葉もない。だが、やはりこういうとき頼りになるのは「よろしく頼みます」なのだ。「よろしく頼みます」とか「よろしくお願いします」は、何度使われてもいつまでも言霊は枯れることなく日本中で使われている。


トラ君がもじもじする。電車がやってくる、遠く小さかった電車はぐんぐん近づいてくる。祖母に促されて恥ずかしそうにしながらトラ君は「電車で読んで」とギターを担いだヒゲの総帥に手紙を渡す。さようならと何度も言いながら電車の窓を挟んで、お互いの距離は離れていく。


電車のなかで手紙を読む。ギターを担いで帰路につくヒゲの男がここで何らかのトラブルにより死んだとしても、この手紙ひとつを読んでいただければ、このヒゲの男もそう悪い男ではなさそうだという証明書となるであろう。トラ君、彼は私にとってのシンドラーや杉原千畝である。


帰り道、高知駅で駅弁を買った。およそ30年以上ぶりではないだろうか。「カツオのたたき弁当」である。


カツオのたたきが数切れあり、思う存分のミョウガの細切りが乗っていた。カツオのたたきとミョウガを酸味のあるタレで口の中へ放り込む。切り立った花崗岩の峰々を想像させる鋭い味覚である、「うわぁ、これだこれだ、懐かしい。このシャキシャキした旨味と不味いが同居している感じ」とカツオとミョウガを奥歯で叩き潰しながら、白飯をもぞもぞしている口の中へ入れ、アンサンブルさせる。


東西に貫く四国山脈を南北に一刀両断する路線は大歩危などの景勝地も通過する、風光明媚な路線である。なので車内アナウンスでは観光名所であるところを強調してわざわざ説明してくれる。


この日だっていつもと同じように車内アナウンスが流れるが、車内の誰も「ワー」も「キャー」も言わない、スマホを取りだしたりカメラを回す人間も驚くほどまったくいない。


それだけで、なんだか、いい日になりそうな予感がした。


列車よ走れ、母が待っているのだ。母は「海」という言葉の中にも存在するのだ。


あなたは海のようだ。表面も十分に美しいが、あなた自身の深いところに潜ってみると、多くの人には見えない美しさがある。


d0372815_20105385.jpg

by amori-siberiana | 2019-07-01 20:12 | 雑記 | Comments(0)


北浜というビジネス街を独立させようと企む、ヒゲの総帥のブログです。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31