ヒゲの総帥はグランフロントを後にする。店へ行って来場者の席を確保しなくてはならないのである、到着すると店はすでに版画家の柿坂万作によってテーブルは三階に片付けられ、ボロボロのカーペットの上には比較的に新しいイシュトヴァンのカーペットが敷かれていた。このイシュトヴァンについてはまた機会があれば触れようと思う。


万作は風呂へ行く、ヒゲの総帥はジャミロクワイのような帽子を頭からかぶり込みカーペットの上で昼寝する。そういえば昨夜はえらく遅くまでアラタメ堂のご主人やディエゴと酒を飲んで語り合っていたのだ、しまいには入れる店がなくコンビニのイートインのベンチで宿り木に止まる鳥のように三人並んでカップ麺を食べていた。なので寝不足なのは当然で寝不足をここで解消しておく。


ドンドンドンと聞き慣れない階段を上ってくる音がする、アイルランド音楽を演奏する三人が京都から到着したことをヒゲの総帥はまず耳で知った。クントコロマンサでは夏以来の演奏となる、つい先ほどまで京都にあるパワーレコードでインストアライブをしていたそうだ。パワレコのインストアといえばヒゲの総帥にはシベリアンなんちゃらの時代に苦い思い出があるが、それは言わない。


リハが始まる、生音でやるというのでヒゲの総帥は何もしない。ココペリーナという名の三人組の段取りの良さと手のかからなさにホッとする思いで、流れてくるアイリッシュに聞き惚れている。サッとリハは終了する、店は開店する。


ライブ後にヒゲの総帥が客から言われたことであるが、この日の客層はある意味でオールスター勢揃いの様相となっていた。「総帥のブログに登場するなかでも強烈な人たちと出会えて嬉しいです」と感激される陣容であった。その感激のされかたたるやポケモンのプレミアムレアをやっと見つけたような感じであった。


プレミアム・レアは舞台を正面に見て右翼側に集結する。


アラタメ堂のご主人を皮切りに常連の不思議な女、エイリアン、ギャラリーの女、不動産デザイナーで乾いた笑いの忌部、斥候の男、寸借詐欺に遭ったディエゴ、電気工事士のヤマトコ、ミドリさん、時計を止める男。時間をおいてハイタッチ冷泉、世界の果て会計事務所の経営をするドマツ先輩、そしてこの日も芋けんぴを1Kgほど持ってきたチンピラの男と山の向こうからきたファラオである。


舞台を正面に見て中間部にはココペリーナの音楽を求めてやってきた音楽好きたち。そしてオルガン横の左翼側に陣取るのは、頭領のエスタ君とアルセアやシャーリーを含む旅団カーバンクルのメンツやギタレレの女たち、そしてドツボ博士と助手の女。これらは自由人ばかりなので悠々自適に舞台で繰り広げられるココペリーナの演奏を享受している。


ここでビジネスの話しをしたら多分、もっとも過激でポップな異業種交流会になるだろうなと考えながらニヤニヤしているのはヒゲの総帥である。ヒゲの総帥は寿司詰めの店内に入れないので締まりの悪いガラス戸の外から漏れてくる音を聴いて楽しんでいた。


一番最初に来店したアラタメ堂のご主人は悠々とソファに腰を掛けていたが、ツタの絡まる青山ビルにてギャラリーを経営する301歳の女が登場するや、「ここは敬老席ですから」と席を譲って舞台最前線の狭いスペースに閉じこもることとなった。時計を止める男も同様に最前線へ散っていき、終演後はエコノミー症候群のようになっていたという。ヒゲの総帥はそれを聞いて腹を抱えて笑う。


コンサートの中盤でヒゲの総帥は日本刀を片手に持って舞台に近づく、忌部が「おっ、なんやなんや、物騒やな」と楽しそうにヒゲの総帥を見上げる。ヒゲの総帥はミュージシャンにとってのCDの利益がどれくらい大事なのか、コロマンサにとってチップがどれだけ大事なのかを日本刀片手に市ヶ谷駐屯所屋上での三島由紀夫よろしく演説してまたガラス戸の外に消える。ここで割腹しないのがこのヒゲの総帥のズルいところである。


間に休憩を挟んだ前後半の演奏会は盛大なフィナーレを迎える。コンサート会場ならここがクライマックスなのだがここは単なる酒場である何らの興行でもない、クライマックスなどというのは自分が死ぬその日まで酒場にはやって来ないものなので、皆でギャーギャーと騒いでは飲み始める。


ちなみにドツボ博士はダマされてここに連れて来られた。ヒゲの総帥が「土曜日にアイリッシュ音楽を聴きに来いよ」と博士に声を掛けたが、博士からは「前向きに検討します」という良からぬ類の応答があった。なのでヒゲの総帥は「皆があなたの持っているアヴァロンというゲームをしたくてたまらないというのだ」と攻める手を変えると、「日程調整できました、行きます」と博士から素晴らしい返答があった。もちろん、博士オススメのアヴァロンというゲームをしたいという意見は今のところひとつもないのだが。


ところがこのドツボ博士、無類のアイリッシュ音楽好きで自身もずっとアイリッシュバンドをやっていた。ヒゲの総帥が三階から自分のギターを持ってきて博士に渡すと、博士はココペリーナのメンバーと一緒に合奏をしだす。これよりイベントの第三部が始まるのであった。


ヒゲの総帥はココペリーナにお願いをする。


「僕たちは今、船に乗っている。だが、この船はもうじきに沈むことが決まっている。我々はこれから人生最後の音楽を聴こうという乗船客だ。それを踏まえて何か弾いてくれないか」という願いである。エイリアンは「そう!我らはこれから皆、死ぬ!」と嬉しそうに鬨の声を上げる。


バイオリンの女、バンジョーの男、ギターの男、そしてドツボ博士は曲を相談する。


そして始まった演奏は、ヒゲの総帥がこれまで聴いたなかでも珠玉の音楽であり名演であった。ああ、このまま死んでもよかろうと素直に受け入れられるほどであった。


演奏が終わったあと拍手が鳴る、声があがる。その後の一旦の静寂のときエイリアンが絶妙の間で発言する「こんだけいうといて、結局は沈没しなくて死ななくて済んだやんって終わりそうやね」と。場内は笑いの渦に巻き込まれる。これは名言である。人生、そんなことの繰り返しであるのだから。


夜も更ける。


舞台では冷泉とチンピラの男が殴り合いをする、その殴り合いにあわせて楽器を弾ける者たちによる演奏が始まる。「最初の音はDマイナー7thのフラット5にして欲しいんですわ」とチンピラの男が演奏家に注文をつける。世の中がこんな多方面に博識なチンピラばかりだったとしたら、さぞや愉快であろう。世界の果て会計事務所のドマツ先輩はニタニタしながらその模様を見てウイスキーを飲む。


そのうちチンピラの男はメンタルの鍛え方を演奏家たちに伝授するために椅子を殴ろうという。冷泉は生卵を三つほど飲んでは厨房近くでドマツ先輩と腹の殴り合いをする。


パキッ。


聞いたことのない変な音が店内に響く。


ドマツ先輩が「痛っ、イタタタ・・・」といい冷泉に殴られた脇腹を押さえる。「あれ、ドマツさん、どないしたんですか?」と冷泉が様子を伺う。


「あ、肋骨が折れた」と間が抜けた声でドマツ先輩がいう。


「ええっ!?」と一同は驚く。しかしあの音はその事実を納得するのに足りえる確証であった。


「すごい、骨が折れる瞬間をはじめてみました」と感心したように述べるのはギターの山本と時計を止める男であった。チンピラの男はバスタオルを使ってドマツ先輩の脇腹をぎゅっと締めてサポーターの代わりにする。その光景が抱っこ紐をつけられたおっさんのように見えてヒゲの総帥は思わず苦笑する。


チンピラの男は息をどれだけ止められるかでメンタルの訓練になると、この期に及んでも冷泉に向けてメンタル推しをする。ヒゲの総帥もそれに加わることにした、時計を止める男も加わる。いざ、息止めを始めようとする寸前、脇腹を押さえながら座り込んでいたドマツ先輩が苦しそうに歩いてやってくる。どうしたのかと一同の視線がドマツに向けられる。


「・・・俺も、それ、する」


バスタオルでぐるぐる巻きになり脇腹を抱えて息を止めるドマツ先輩の姿は、足柄山の金太郎にしか見えなかった。


ココペリーナが嵐をもたらした日、ドマツの肋骨、折れる。


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# by amori-siberiana | 2018-01-21 16:43 | 雑記 | Comments(0)


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